「今日はミカ様以外と会う約束はしていましたか、先生?」
“いや、ないよ。正義実現委員会への通報は?”
「もう済ませましたが、到着には時間がかかりそうです」
茂みの影から別館の様子を伺いながら先生と情報を共有する。私たちが到着するまでに響いた爆発音は間を置いて3度。にも関わらず今は耳が痛くなるほどの静けさが辺りを支配している。
「ロビーで爆発が起こったようですね」
“アズサのトラップかな?何者かの襲撃の可能性は否定できないね”
「すでに補習授業部は制圧されたのでしょうか」
“3度の爆発であの四人を無力化できる?”
「……私なら一度の攪乱で可能です。何より教室ではアズサさん以外は銃を携帯していませんから難しくないでしょう」
“最悪のケースは想定しておかないとだね。仮に襲撃者がアリウス分校だとすれば、
「つまり悠長に正義実現委員会を待つ訳にはいかないと……」
“頼める、カヤ?”
「もちろん構いません」
返事をしながら私は戦闘の準備を始める。
「侵入します。私から離れないでください」
“わかった”
中に入ると先生の予想通りアズサの設置したトラップが作動した跡がある。周辺を警戒しつつ進むと話し声が聞こえてきた。教室に皆はまだいるようだ。
「……」
「…………」
何か話しているがよくわからない。
「……ごめん……」
だが、アズサの押し殺すような言葉だけは嫌になる程はっきりと耳に届いた。先生にも聞こえたらしく珍しく険しい表情を見せる。無言で先生に閃光弾を見せると何をするか察したらしい。先生は何も言わずに頷く。
閃光弾のピンを抜き少々間を置いてから教室に向けて投擲。閃光弾は甲高い音を立てて見事に空中で炸裂する。教室が光に包まれるのと同時に突入!!
扉を蹴り飛ばし、目を覆っているシスター服の人物に死角から一気に接近し締め上げる。すると背後から撃鉄を引く音が響く。すかさず用意しておいた煙幕弾を足元に叩きつけ敵の視界を奪い、締め上げた人物を盾にしながらシルエットに向けて発砲。頭に向けて弾倉内の弾薬を全てを撃ちこみ、すぐさまリロード。相手が動かなくなっていることを確認してから絞めている相手に銃を突きつけ一言、
「答えろ」
煙幕のせいか自分でも驚くようなドスの効いた声が出ていた。
「!?わ、私は……えっ、あっ、伊落マリーです!えっとシスターフッドの所属で……」
相手は震えながらも喋り始める。質問の内容をこちらが限定をしないことで相手から可能な限り情報を引き出すテクニックなのだが、まさか自己紹介が始まるとは思わなかった。というか……
「シスターフッド?」
“ストップ!ストップ!”
次の瞬間、先生の声が教室に響き渡る。
それを聞き、マリーに突きつけていた銃を下ろす。徐々に煙幕が晴れ周りが確認できるようになる始めた。するとまず、アズサが伸びているのが目に入る。次に震えながらもコハルがハナコに庇うように覆い被さっているのを確認する。最後に私に絞められながら涙目で震えているのはどう見ても戦闘員などではない。
状況に理解が追いつくと同時に冷や汗が噴き出る。恐る恐る先生の方を見ると、苦笑いをするヒフミの隣で先生も情けない顔をしていた。
「……これ、もしかして私たちやっちゃいましたか?」
“やっちゃったね……”
「“申し訳ありませんでした!!」”
先生と二人で皆に向かって頭を下げる。
お互いに落ち着いた後に話を聞くとマリーは連絡をせずに別館を訪れたため、アズサのトラップが起動し、それに巻き込まれたらしい。私たちが聞いた3度の爆発音の正体はその音だった。そして私たちの聞いたアズサの「ごめん」は今の私たちのようにそのことをマリーに謝罪していただけだったのだ。
「頭を上げてください。連絡もなしに突然伺った私も悪いですし、勘違いとはいえお二人とも皆さんを助けようとしたのですよね。あの場には悪人はいなかった。それで良いではありませんか」
「そうは言われましても……」
“やってしまったことは事実だから”
マリーは許してくれるが、それが逆に情けなくなる。最悪の場合に囚われすぎて焦って確認を怠ったのは事実だ。
「私も今度こそ襲撃者だと思い込んで引き金に指をかけてしまったからおあいこだ。よくある勘違いだから気にしなくていい。それよりも見事な突入と制圧だった。参考にさせてもらう」
氷でこぶを冷やしながらアズサがフォロー?をしてくれる。
「アズサちゃん、そんな勘違いは普通ないと思います。それに参考にしてどうするつもりですか……」
ツッコミを入れているヒフミだが、誤解を解いてくれたのは彼女だ。閃光弾が直撃して視力を一時的に失った状態にも関わらず、教室からいち早く脱出し先生に事情を説明してくれたらしい。
「まあ、皆さんもこうおっしゃっていることですし水に流すのが一番だと思いますよ」
ハナコも慰めてくれる。ちなみにコハルはというと庇われたのがよほど嬉しかったのか満面の笑みのハナコの膝の上に座らされ、無抵抗で抱き締められている。最初は「恥ずかしいから」と言って抵抗していたもののハナコがずっと笑顔なので今やされるがままだ。
「それでなんの用事だったのでしょうか?」
落ち着いてきたところでヒフミがマリーに質問する。
「それは……」
マリーはアズサへの言伝を預かっていたそうだ。それはアズサへの感謝の言葉だった。補習授業部が発足された日にアズサはいじめの現場に居合わせ、被害者の生徒を助けた。その生徒からのものだった。
しかし、その報復に正義実現委員会が差し向けられ、結果としてあそこまでの事件に発展したらしい。そしてあの惨劇は正義実現委員会の戦力の逐次投入とアズサのゲリラ戦法が奇跡的に噛み合ったが故のものだったようだ。
確認不足で無実の人に害を与えたと言う意味では正義実現委員会もアズサもそして私たちも同じ間違いを犯してしまったのだろう。
しかし、シスターフッドは秘密主義の不透明な組織であると思っていたが、献身的な一面もあるようだ。認識を改めるべきだろう。
用事の済んだマリーはハナコに連れられて帰って行った。二人は知り合いのようだ。ハナコが一年生の頃、シスターフッドが彼女を引き込もうとしていたとミカが言っていたと先生から聞いた。ハナコの奇行が目立つようになったのは最近だ。それまでは良い関係が築けていたのだろう。
そんな二人の背中を見送りながら反省会を開く。
「中の様子をもう少し詳しく観察するべきでしたね」
“私もアズサの声で慌てちゃったからね”
「私も気付けるタイミングはいくらでもあったはずなのですが……」
「“はあ……」”
「これでは二人で半人前ではないですか」
“違いない……”
こうして忙しない1日は終わりを迎えた。
その夜、アズサはいつも通り抜け出し、それを水着姿のハナコが無言で見送っている。先ほどまでその姿でアズサの注意を引こうとしていたが「夏とはいえ夜は冷えるだろう?」と上着を羽織らされて立ち尽くしている。その小さく見える背中に私は声をかけた。
「こんばんは、ハナコさん。今日も追わないのですか?」
「っ!?……不知火さん、一体いつから……」
「水着姿で部屋から出てきて物憂げな表情で「アズサちゃん」と呟いたところからですよ」
「それは最初からですね……」
ハナコが困ったように笑う。
「それはさておき、あなたには色々と聞きたいことがあります」
「なんでしょうか?私の〈自主規制〉の場所ですか?それとも私がいつ〈自主規制〉をしているかでしょうか?」
「そうではありませんよ。あなたの嘘についてです」
その私は戯言を聞き流し、質問をぶつける。するとハナコの薄ら笑いが凍りついた。下積み時代に奇人変人の相手はよくしたものだ。ハナコはその中では下の中だ。
「私は……嘘は言っていません」
「本当に息を吐くように嘘をつきますね。それがトリニティの天才のあり方ですか?」
その言葉にハナコの顔が真っ青になる。
「……私はあなたが期待するような人物ではないですよ」
長い沈黙の後予想通りの答えが返ってきて安心する。やはりハナコは普通の少女だ。人よりも遥かに頭はいいのだろうが感性は普通だ。火傷をしないように靴を履いて、裸には耐えられないから水着で徘徊するのが精一杯の普通の少女だ。
「何も期待していませんよ」
だから私の答えも決まっている。それを聞いたハナコは少し不思議そうな表情をすると
「……なるほど、これは確認……あなたは私の嘘の理由を知りたかったのですね」
こちらの意図を一瞬で悟ったようだ。
「その通りです。それを踏まえた上で聞きます。あなたは何故アズサさんを追わないのですか?」
ハナコは少し考えると見たこともない真剣な顔になる。
「……誤魔化しても無駄ですね。居心地の良いこの場所が、温かい関係が壊れるのが怖いからです。あなたの予想通りでしたか?」
「……はい」
「それではアズサさんを休ませてもらえませんか?あのままでは遅かれ早かれ体調を崩してしまいます」
「それは私の仕事ではありません、先生の仕事です」
「私たちを監視していたのは先生の指示ですか」
「いいえ、私の意思です」
「その言葉をどうして信用できるのですか?」
信用には信用、疑念には疑念、当然の結果だ。しかし、この質問も想定済みだ。向こうもすでにそのことを理解しているはずだ。これは答え合わせにすぎない。
「あなたが信じなくてはならないのは私や私の言葉ではないことはあなたが一番理解しているはずでしょう」
「愚問でしたね。申し訳ありませんでした」
ハナコもこの答えを待っていたのだろう。ようやくいつもの笑顔が戻る。
「それでは先生に夜這いを仕掛けるとしますか、不知火さんも一緒にどうですか?新しい扉が開くかもしれませんよ」
「遠慮なく遠慮しておきます」
「残念です」
そう言って水着姿のまま先生の部屋に向かうハナコを見送ると端末が着信を伝える。
「こちら連邦生徒会防衛室長不知火カヤです。何事ですか?」
「夜分遅くに申し訳ありません。哨戒機から緊急連絡です。トリニティの沿岸にて
「わかりました。総員第1種警戒配置、念のため沿岸に避難準備情報を出してください」
「了解」
「最接近の予想は?」
「明朝から昼にかけてです。その間は天候不順が予想されます。天気予報が当てにならないので注意してください」
「了解、ご苦労様です」
通信を切ってため息を吐く。
「人間ほどでは無いですが厄介ですね、怪獣というものは……」
私の独り言は輝く夜空に消えていった。
先生とカヤ、そしてアズサが同じ理由で失敗する回です。敵襲を警戒していたために起こった悲劇でした。次回もお楽しみに!