シャーレの不知火さん   作:おかだんごむし

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真夜中の訪問

「早く着きすぎましたね……」

 

 雨上がりの澄んだ夜空、そこに瞬く星々を橋の袂で眺めながら一人呟く。それは誰に届くこともなく鏡のような水面に吸い込まれていった。

 

 合流地点として指定されたこの橋はトリニティとゲヘナを結ぶ友好の象徴のはずだが、深夜だということを鑑みても規模の割に車通りは少ない。それだけトリニティとゲヘナの直接の交流は少ないということだ。もちろん理由は他にもある。それは……

 

「オイオイ、トリニティのお嬢様がこんな夜中に危ないんじゃねえのか?」

 

こういう輩が跋扈しているからだ。

 

 境界線付近は緩衝地帯としての特性上、双方の治安維持組織が表立って活動できない。そのためこのような無法地帯になっているのだ。

 

「人を待っていますので」

 

「連れないなー」

 

 一応拒絶の意思を示すも意味はない。不良たちが何処からともなく次々と現れる。一人いればなんとやらだ。

 

「こいつを誘拐すればしばらく遊べるぜ」「ナイスアイディア!」「冴えてるー」

 

 庇ってくれる先生がいない以上暴力に訴える訳にはいかない。もちろん先に手を出してくれればその限りではないが……

 

 どうしたものかと私が頭を悩ませていると不良の一人が優しく肩に手をかけてくる。さっさと逃げ出したいが、待ち合わせをしている以上そういう訳にもいかない。

 

「なあ、ちょっと安全なとこ知ってるからさ、ほら着いてきてよ」

 

「嫌です」

 

 その言葉に肩を掴む力が強くなる。

 

「この!優しくしたらつけ上がりやがって!」

 

 激昂した不良の振りかぶる銃床を見ながら、始末書を片付ける覚悟を決めた瞬間

 

「すまない!待たせた!」

 

その声と共に暗闇の中でも存在感を放つ銀髪をなびかせ少女が突っ込んでくる。

 

「くらえ!」

 

「ふんぎゃあ!」

 

そのツインテールの少女は不良を蹴り飛ばすと、私を庇うように立つ。

 

「イオリさん、集合時間の5分前に到着とは感心ですね」

 

「そんなこと言ってる場合か?」

 

「ふ、風紀委員会か!」「相手は一人だ、助けを呼ばれる前に囲んで叩け!」「知ってるぞあいつ!落とし穴を用意しろ!」

 

 確かにあっという間に囲まれてしまった。というかイオリを無力化する割と的確な指示も飛んでいる。

 

「勢いよく飛び出したのはいいけど、思ったより多いな」

 

「考えなしに突っ込む所は変わってませんね」

 

「だって危なそうだったからさ」

 

「そうじゃないのは、あなたが一番良く知っているでしょう」

 

「ぐっ!」

 

 イオリが言葉を詰まらせる。そんなことを言っている間に包囲が狭まってゆく。

 

「……ただ困っていたのは事実です。助けようとしてくれたことには感謝します」

 

「えっ!ああ、どういたしまして」

 

「だから、この場は二人で切り抜けましょう」

 

「わかった」

 

 そう言ってイオリは銃を構え……

 

「しかし、私はあの時と同じで正当防衛という形でしか反撃できません」

 

「ええ!」

 

 驚いて構えを解き、こちらを見たイオリにインカムを握らせる。

 

「ですから、私の指示通りに動いてください」

 

「どういうことだ?」

 

 イオリが素直にインカムを装着しながら聞いてくるが、

 

「何をごちゃごちゃと!やっちまえ!」

 

そんな掛け声と共に不良たちが襲いかかってくる。

 

「クソッ!!」

 

 イオリが悪態を吐きながらも足を止めて不良の攻撃を捌く。

 

「実践したほうが早いですね。…半歩引いて」

 

「?」

 

「私を庇う必要はありません!半歩引いて!」

 

 イオリが不思議そうにしながら半歩引いた瞬間、彼女の鼻先を狙撃が掠める。

 

「!!?」

 

「3時方向!ポニーテールの敵を狙撃!」

 

 イオリが言われた通りに狙撃すると、手榴弾を投げようとピンを抜いていた不良が倒れ、投げ損なった手榴弾が炸裂、付近の仲間も巻き込み纏めて無力化される。

 

「す、すごい……」

 

「つまり先生がするように私があなたの隙を埋めると言うことです。理解できましたか?」

 

「……理解した。指示に従う」

 

「本来の集合時間まで後3分です。それまでには終わらせますよ」

 

「流石に無茶だ!」

 

「不可能なら提案しませんよ。12時方向に突撃!」

 

「ええい、どうにでもなれ!!」

 

 涙目のイオリはそう叫ぶと敵陣へと突っ込んだ。

 

 

「覚えてやがれー」

 

 聞き飽きた捨て台詞と共に不良たちが逃げてゆく。

 

「時間通りですね。上出来でしたよ」

 

「本当に3分で終わった……」

 

「どうでしたか私の指揮は?」

 

「その、不思議な感じだった……。なんか先生みたいな感じ?あのすごく戦いやすくなる感覚が似てる」

 

「……まあ良いでしょう」

 

 感想を聞きたかったのは確かだが予想外の反応で複雑な気分になる。

 

「そういえばイオリさん、戦闘中に見ていて気になったのですが足元に注意を割いていましたね。おかげで罠への回避の指示が少なくて済みました」

 

「ああ、あの一戦から罠には出来るだけ気をつけるようにしているんだ」

 

「良いことではないですか」

 

「まあ、余裕がある時だけなんだけどな」

 

「十分ですよ。そのうち意識しなくても体が勝手に動くようになります」

 

「それならいいんだけど……」

 

「大丈夫です。私から見て確実に成長していますから」

 

 

 その後はイオリが隣にいたおかげか何事もなく目的地であるゲヘナ風紀委員会の本部に到着する。夜中にも関わらずその明かりは煌々と輝いている。流石はキヴォトスでも一二を争うほど忙しい(ブラック)と言われる場所だ。ちなみに対抗馬は連邦生徒会とシャーレである。

 

「委員長、アコちゃん、お客さん連れてきたよ」

 

 委員長の執務室に案内されるとヒナとアコがその手を止めて顔を上げる。

 

「もうそんな時間なのね。ご苦労様、下がっていいわ」

 

 書類に埋もれ一人で抱え込んでいるその姿に連邦生徒会長を重ねてしまう。だが、そのすぐ隣にアコが控えているのが大きな違いだ。それに前に会った時よりも少し血色が良くなっている気がする。先生との密会は息抜きになっているのだろうか。

 

「アコ、お願い」

 

「承知しました」

 

 ヒナの指示でアコが部屋から出てゆく。

 

「これで二人きりよ」

 

「心遣い感謝します。では早速、こちらが補習授業部の資料です」

 

「この情報、私に渡してもよかったの?」

 

「ヒナのことは信じているから……とのことです」

 

「全くあの人は……」

 

 そう言いながらヒナは机からファイルを取り出した。

 

「これが最新のエデン条約の内容よ」

 

「機密情報ですよね」

 

「ええ、先生からの言伝、伝える必要があるかしら」

 

「あー、遠慮します」

 

 そこからはお互いに資料に目を通すためにしばらく無言になる。その沈黙を先に破ったのはヒナだった。

 

「……先生も相変わらず厄介なことに巻き込まれているのね」

 

「そうですね。いつも通り、生徒を信じて支えているだけです」

 

「こんな誰の言葉を信じればいいのかわからない状況でも変わらないのね」

 

「ええ、その甲斐もあって、補習授業部のメンバーとは上手く交流できています。今頃先生は皆さんと夜遊びをしているはずですよ」

 

 次の瞬間部屋の空気が一気に冷え込む。

 

「………」

 

「あの、とても顔が怖いのですが……」

 

 それだけでは無い、ヒナの翼が威嚇するかのように広がっている。そこで自分の失言にようやく気づいた。

 

「よ、夜遊びといっても食べ歩きなどの健全なものですよ」

 

 それを聞いたヒナは目を丸くした後、耳まで真っ赤にすると

 

「ごめんなさい」

 

か細い声でそう言った。破廉恥な想像をしてしまった自分を責めているのだろうか。

 

「ま、まぁ、私の表現も悪かったですし仕方ありませんよ。しかし、このような時期にシャーレがトリニティに肩入れしていることにゲヘナ内部で反発はないのですか?」

 

「問題ないわ、みんな政治には興味ないもの」

 

 気まずい空気に慌てて話題を変えるとなんとかヒナもなんとか持ち直す。

 

「それに先生はそんなことをしないって信じている。それにあなたも見てくれているし……」

 

「随分と買ってくれているのですね」

 

「別にあなたを信じる先生を信じているだけ」

 

「そうですか……。だとしてもエデン条約を主導している万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)からは不満が出そうなものですが……」

 

「大丈夫よ。マコトは興味ないし、主導しているのは私だもの」

 

「ヒナ委員長がですか?どうしてそのようなことに?」

 

 普通は条約締結にはお互いの政府の代表、つまり生徒会が主導するのは普通だ。それが下部組織、ましてや治安維持組織である風紀委員会となると歪な状態だ。

 

「元々はティーパーティーから万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)に条約に関しての打診があったそうなのだけど、「適当に処理しておけ」ってマコトが私たちに丸投げしたの。だけど私にとっては都合が良かったから利用させてもらった。それだけよ」

 

「つまり万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)は条約の件にほとんど関わっていないということですか」

 

「まあ、目立ちたがりだから交渉の場ではでしゃばってくるけど、条約の内容を詰めているのは風紀委員会、だからこうして資料も簡単に集まった」

 

 これでようやく合点がいく。万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)は風紀委員会にエデン条約に関する裏方の仕事を一任しているのだ。それだけの信頼が二人の間にあるのだろう。だが、もう一つ不思議なことがある。

 

「ちなみに都合が良かったというのはどういうことですか?」

 

「単純な理由よ、ETOが結成されれば風紀委員会の負担は減る、そう考えた。私が引退しても問題ないぐらいにね」

 

「引退とはまた突然ですね」

 

「色々面倒になってしまって……」

 

 その憂いを帯びた表情に日々の疲労が垣間見える。だからこそエデン条約をマコトはヒナに任せたのだろう。できるだけ彼女の好きにできるように。その上で精神的負担の大きい交渉には自分が出るのだろう。いつもリン相手に無茶苦茶なことを言っているからただ馬鹿なのかと思っていたが、演じているだけで意外と仲間思いなのかも知れない。少しだけマコトの評価を改める。

 

 そして今のヒナに伝えるべきことがある。

 

「気持ちは理解できます。しかし、後輩への引き継ぎはきちんとしてくださいよ。後任が地獄を見ますから」

 

「それは実体験?」

 

「もちろんです」

 

 絶賛連邦生徒会は地獄を見ているわけである。

 

「肝に銘じておくわ」

 

 会話が途切れ再び部屋を紙を捲る音が支配する。その沈黙を破ったのはまたしてもヒナだった。

 

「……裏切り者はあなたが探しているのね」

 

「ええ、これは私の仕事ですからね」

 

「それで、聖園ミカが裏切り者だと?」

 

「現時点でミカ様とアリウス分校の共謀が一番可能性が高いというだけです。ナギサ様もシスターフッドも完全に容疑からは外せていません。何せ物証がありませんから」

 

「トリニティの秘匿体質が悪さをしてるのね」

 

「はい、確固たる証拠が一つもありません。それにミカ様も立場が立場だけに無理やり拘束、尋問することもできませんし本当に厄介です」

 

「その上、聖園ミカとアリウスの目的の不一致の可能性まであるとなると……」

 

「一筋縄では行かないかと」

 

「どちらにせよ。アリウス分校に関してはこちらではノーマークだったわ。何かわからないか探ってみる」

 

「ありがとうございます」

 

「不満があるなら分かりやすく暴れてくれた方が堂々と制圧できるのに……。ままならないものね」

 

「一般的に事件を防止することは困難です。相手が水面下で動いているのなら尚更でしょう」

 

「私も貴方みたいに直接先生を手伝えたら良かったのに……」

 

「連邦生徒会は優秀な人材を手広く募集しています。歓迎しますよ」

 

「それは遠慮するわ」

 

「どうしてですか?」

 

「だって……」

 

 だが、ヒナの言葉はスマホの呼び出し音で遮られた。

 

「どうぞ」

 

「失礼するわ、私よ……うん…」

 

 良くない知らせのようだ。その証拠に相槌を打つたびにヒナの顔が険しくなっていく。通話が終わった時にはその表情は不機嫌そのものになっていた。

 

「何があったのかお聞きしても良いでしょうか?」

 

「……ゲヘナの美食研究会は知ってる?」

 

「もちろんです。それがどうかしましたか?」

 

「トリニティの水族館を襲撃して希少な魚を強奪、正義実現委員会に逮捕されたそうよ」

 

「えっ?」

 

「ゲヘナの生徒は自由と混沌を好む。それでも最低限の秩序は必要……」

 

 気づくと彼女の角の亀裂が拍動するかのように明滅し、

 

「だから魅力的なお誘いだけどお断りさせていただくわ。私はここを守らなくてはならないもの」

 

コウモリのような翼が広がり、空崎ヒナという象徴が完成する。

 

「……けれど、もしエデン条約が無事に締結されて私の仕事がなくなってしまったら、その時はよろしくね」

 

 そう言ってヒナは微笑んだ。

 

 

 その後、先生がトリニティ側の代表としてやって来ると言うイレギュラーはあったものの引き渡し自体は滞りなく終わる。こんな時にSRTが健在なら手続きはもっと楽だっただろうが、無いものを嘆いても仕方がない。

 

“お疲れ、ヒナ。それで補習授業部のことだけど……”

 

「安心して、もう把握しているから……。詳しくは防衛室長から聞いて」

 

“わかった”

 

「……補習授業部のことは先生たちが守るのよね?」

 

“うん”

 

「そう、お互いに頑張りましょう」

 

“ありがとう、ヒナ”

 

「じゃあ、またね」

 

 そう言って立ち去るヒナを見送り、先生と共に帰路に着く。こうして長い1日はようやく終わりを迎えるのであった。




 次回はナギサとカヤ、そして先生の三者面談の会になります。お楽しみに!
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