第二次特別学力試験を前日に控え皆が勉強に励む中、私は先生と共にナギサの元を訪れていた。
「……お待ちしておりました。ご無沙汰しております、先生、防衛室長」
“久しぶり、ナギサ”「こちらこそご無沙汰しております、ナギサ様」
しばらく見ないうちにナギサは随分とやつれている。裏切り者の影に怯えながらエデン条約の調整を進めているのだ無理もない。それでもその気品に衰えがないのは流石と言う他ないだろう。
「あれからお変わりありませんか?合宿の方はいかがでしょう、別館の一部が倒壊したと聞きましたが大丈夫でしたか?」
“うん、おかげさまで何とか。ところで今日はどんな用事”
「ふふっ……この合宿は言うなれば元々、「生徒たちをよく観察できるように」という配慮でした。そういうことなのですが、いかがでしたでしょうか?何か判明したことなどありましたか?」
「そうですね……。あえてお伝えできる事があるなら、今の調子なら補習授業部の皆さんが合格できそうなこと……ぐらいでしょうか?」
それを聞いた途端ナギサの雰囲気が鋭くなる。
「もっと直接的に言いましょうか、「トリニティの裏切り者」はどなただと思いますか?」
“……前と同じになるけど、私は私のやり方で対処するよ”
「私もまだ特定には至っていません」
「……そうですか。ただ第二次学力試験を前にして、あらためてそこを確認したかったのです」
この質問は前座だ。すでに分かりきっている意味のない問いだ。
「そこで、本日はお二人にこうしてお越しいただいていたわけでして」
だとすると本命の質問は……
「……おそらく、ミカさんも接触してきましたよね?ミカさんと何をお話になったのか……よろしければ、教えていただけませんか?」
予想通りミカの事だった。やはり彼女の来訪は露見していたらしい。
「ミカ様はあなたが先生に意図的に伝えていないことを教えにきただけですよ。公平じゃないと……」
私は予め先生と用意していた答えを伝える。
「……なるほど、ミカさんらしいですね」
ナギサは少し驚いた様子だったが、すぐに平静を取り戻す。
「隠し立てをして申し訳ありませんでした。セイアさんのことは機密事項でしたので外部に漏洩する可能性はできるだけ低くしたかったのです」
“いいよ、気にしていないから”
「では、セイアさんのことを先生も知ってしまったのですね」
“そうなるね”
「それでは先生も「裏切り者」を……セイアさんを殺した犯人を探すのを手伝ってくれませんか」
“私は、誰かを疑うことに時間を費やすつもりはないよ”
「……?」
“あの子たちの頑張りが報われるように最善を尽くすだけ”
「……」
ナギサは予想外の答えだったのか絶句してしまう。
「一度あらためて、説明して見ましょうか?どうして彼女たちなのか」
「結構です。それは先生の役目ではありませんから」
「……!」
私はナギサの提案を拒否する。
「どうしてあなたは先生が協力してくれると考えているのですか?」
「……そ、それは」
「確かにシャーレは生徒の問題を解決する組織ではあります。しかし、騙すような形で依頼して生徒を人質に取って力を貸してもらえると本気で考えているのですか?」
「……」
「先生は呼べば全てを解決してくれる便利な道具ではありません。先生へ向けるその信頼をどうしてヒフミさんに向けてあげないのですか?ナギサ様の大切な方なのでしょう?」
「……信じています、いえ信じていたからこそ一番怖いのです。何かが見えなくなっている……盲目な状態になっているのでは、と」
「どれだけ注意を払って築いた塔も、小さな亀裂から簡単に崩れてしまうもの……」
「私はちゃんとヒフミさんのことを理解できているのか、それともやはり私が知らない真実があるのか……私にはわからないのです」
“誤解だよ……ちゃんと事情があって、私もちゃんと説明ー”
「どうやって?」
先生が諭すように話しかけるもナギサがその一言で一蹴する。
「証明ができるのですか?ヒフミさんの心を、本心を、本音を、どうやって証明すると言うのですか?そうではない、誤解だ、事情がある……その言葉に、どれだけの意味が?どれだけの真実性が?」
ナギサは怯えた子供のように捲し立てる。
「……心の中身など証明できるものではありません。ヒフミさんの優しい心、礼儀正しいところ、優しいところ……それらを痛いほど知っていても、本音を知ることはできないのです」
そこまで一気に話すとナギサはカップに目を落とし、
「当然です……どう足掻いたって私たちは、所詮「他人」ですから」
そう消え入るような声で呟いた。
“「……”」
「ですから、退学させるしかないのです。エデン条約……その成功のために」
そこでようやく確信する。ミカからの進言で補習授業部の設立を決めた時点でナギサの決心はついていたのだ。先生を利用し裏切り者をまとめて排除する。その決心が……
だが同時に先生という名の希望に縋ってしまったのだろう。
「落ち着いて聞いてください、「裏切り者」を特定するための情報は集まりつつあります」
「でしたら教えていただけないでしょうか?」
「申し訳ありません、ナギサ様。失礼ながら今のあなたに私の知りうる情報を全てお伝えしたとしても正しく使えるとは思えません」
「……どうしてですか?私はトリニティで起こる事を全て知る権利と義務があります。何か話せない理由があるのですか?」
「それは……」
しかし、言い淀んでしまう。今のナギサは冷静な状態ではない。その責任感から平静を装ってはいるが混乱している。そんな彼女にはどんな言葉も嘘になってしまう。
“ナギサ。今の君はきっと疑心暗鬼の闇の中だ”
「……?……はい?疑心暗鬼の、闇……?」
私の様子を見かねたのか先生が話し始めた。
“見たいものだけを見て、信じたいことだけを信じているんだと思う”
「……」
“君を、そこから出してみせる。そして絶対に補習授業部のみんなを合格させる。今の私にできることはそれだけだ”
「……ふふっ、そうですか」
その宣言に虚をつかれたのか少し驚いたような表情を見せた後ナギサは楽しそうに笑う。
「理解しました。まあつまりは、お話がシンプルになったと言うことですね」
“うん、期待に答えられなくてごめん。だけど不知火さんが捜査を進めている。それだけは信じて”
「……承知しました。どうか頑張ってください。私は、私なりに頑張りますので」
私たちはナギサの言葉を背にその場を後にした。
「派手に宣戦布告しましたね、先生」
“やっぱりそうなるよね……”
ナギサとの面談の帰り道、私たちは反省会を開いていた。
「いえ、私もどんな言葉をかければ良いのかわからなかったので助かりました」
“私にできることはもうこれだけだから”
そう言って先生は肩を落とす。この大人が生徒のことで自信なさげにしているのは珍しいかもしれない。
「先生は言うなれば「信用の網」に囚われているのかもしれませんね」
“確かにいろんな意見や主張にがんじがらめで首が回らないね”
「皆を信じるなんて無茶を言うからそうなるのですよ」
“それでも私は先生として生徒を信じないと”
「それがあなたの役目だと?」
“もちろん”
「それではいつか悪い生徒に裏切られますよ」
“その時は向こうにも事情があるだろうから”
そう言って笑うこの大人はどこまでお人好しなのだろうか。
「本当に器が大きいのか、何も考えていないだけなのか分かりませんね」
“器が大きいと言うことでここは一つ”
「何も考えていませんね」
“ごめん”
「何はともあれナギサ様が先生のおっしゃる通り「疑心暗鬼の闇」の中にいるのは確実です」
“それだけセイアの死がショックだったんだろうね”
その先生の言葉を聞いて一つの可能性に思い当たる。
「ショックどころではないでしょう」
“どう言うこと?”
「キヴォトスでは
この大人はキヴォトスでの
「先生のいた世界では銃で撃たれれば人は死にます。違いありませんね」
“うん、銃どころか転んだだけでも死ぬ時は死ぬね”
「対してキヴォトスの住民はそう簡単には死にません。方法がないわけではありませんが、とても難しい。そのため
“死がわからないってこと?”
「正確には
“ゴールドマグロ……”
「美食研究会が強奪したマグロですね。こんがり焼けて死んでしまったと聞いています。しかし、彼女達は無事でした、同じ目にあったというのに」
“そうだね”
「私たちは死から程遠い存在です。それは先生自身が一番実感していると思います。しかし死なないわけではありません。だからこそ、死の意味が先生の知っているものよりも重く恐ろしいのです」
そうだ、キヴォトスに死がないわけではない。
「セイア様の死はナギサ様を「疑心暗鬼の闇」に捉えるには十分でしょう。自分と同じ立場の人間が殺された。次は自分かもしれない。あるいは……」
“ミカ……”
「そうですね。ただし本当に裏切り者の目的がエデン条約の阻止だとすれば、反対派であるミカ様を狙う理由はありません」
“じゃあ、ナギサはずっと死の影に怯え続けている”
「そう言う事です」
“……カヤ”
「なんでしょう?」
“ナギサの事を任せてもいい?”
「もちろんです。これ以上犠牲者を増やすつもりはありません」
“ありがとう”
「それに相手がナギサ様を狙っているのなら逆に罠にかけることも可能でしょう」
“おあつらえ向きの場を用意するんだね”
「そうなりますね。これだけ捜査しても物証がない以上危険を犯してでも現行犯で逮捕するしかありません。被害が出てからでは遅いですから」
“具体的には決まっているの?”
「大まかには……。ただし実行にはナギサ様の協力が必要なのでどうなるか……」
“大丈夫だよ。カヤならできる”
「そうやって耳障りのいい言葉を考えなしに振り撒くから難しい立場になっているのでしょう」
“じゃあ、えーと……”
先生はなんとか言葉を捻り出そうと唸り始める。
「言い慣れていないのなら無理しなくていいですよ」
“……はい”
「目下の問題は第二次特別学力試験ですね。今回は何かしらの妨害が入るのは確実でしょう」
“覚悟の上だよ”
「当然、補習授業部内でも反発が出るはずです。皆さんが挫けないようによろしくお願いします」
“もちろん”
「そうと決まれば私はナギサ様と合流します」
“分かった。お互いに頑張ろう”
「ええ、最善を尽くしましょう」
そしてナギサと行動を共にするためどう説得するか先生と知恵を出し合い頭を悩ませる。すると先を行く先生が何かに気付く。
“お客さんみたいだよ、カヤ”
顔をあげるとこの一週間ですっかり見慣れた別館にスズミが佇んでいた。
ここからカヤは先生と別れ、行動することになります。次回もお楽しみに!