エレベーターを降り、廊下を抜け、部屋に入ると街の風景を眺める大きな背中が見える。
「お元気そうで何よりです。カイザーPMC理事」
そうここはキヴォトスで悪名高き大企業カイザーコーポレーションの系列企業、カイザーPMCの応接室である
「久しぶりだな。カヤ室長」
そう言いながら大柄なロボット、カイザーPMC理事が振り返る。彼はカイザーPMCの代表取締役にして、カイザーコーポレーションやカイザーローンなど複数の会社の理事も兼任している優秀なビジネスマンである。その彼がこちらを見るなり目を丸くした。
「どうしたのだ。その格好は?」
「まあ、色々ありまして…」
今の私の制服は煤だらけだ。一応シャワーは浴びてきたものの、服はどうにもならなかった。おかげでここにくるまでに何度も警備員に呼び止められた。理事にビナーのことを報告すると気の毒そうな表情になる。
「あれに遭遇するとは災難だったな。サイズが合うかわからんが服なら前まで取り扱っていた不良在庫がある。格安で譲るがどうだ?」
「無料ではないんですね」
「私たちがタダで譲るといったときより怖いものもあるまい」
そう言って理事は笑う。
「ではお言葉に甘えて……」
「うむ、担当の部下に伝えておく」
「ありがとうございます」
「それでは本題に入るとしよう」
「はい、こちらが連邦生徒会が把握しているアビドス自治区の状況となります。そしてこちらはシャーレと先生に関する資料、あとで目を通していただければ幸いです」
理事はアビドスの状況に関する資料に目を通す。
「2年前からほとんど更新が止まっているな」
「はい、例の事件以降、アビドス自治区と連邦生徒会は交流がほとんどできていません。せいぜい現地のヴァルキューレからの定期報告書が来る程度です」
「なるほど、ならこのままで問題はない」
そう言って理事は書類を渡してくる。
「承知しました。では、この状態で先生にお渡しします」
「改めて確認するが、君たちは我々の邪魔をしない、その認識で良いのだな」
「はい、自治区からの要請が無ければ防衛室は動けません。逆に言うと自治区が要請するほど派手に動かなければ問題ありません。ただ先生はその限りではありません」
「……厄介だな。……わかった。今回の件の報酬はどうする?」
防衛室は少なくとも前室長の時代からカイザーコーポレーションと癒着している。
「いつも通り防衛室に武装と弾薬を優先して供給していただければ十分です」
前まで平和だったという理由で、今は実績がないという理由で予算を削られ、慢性的に物資が不足している防衛室からすると逃すわけにはいかない相手なのだ。
「手配しておこう」
「ありがとうございます。では、失礼します」
退室すると理事の部下が待機していた。
「こちらでございます。カヤ様」
別の部屋に案内されるとそこにはダンボールの山のように積まれている。理事の部下はその中から一つの箱を取ってきた。
「こちらになります」
「なるほど、これが不良在庫とは現状のアビドスの状況では無理なからぬ事なのかもしれませんね」
それはアビドス高校の制服だった。着てみるとサイズもぴったりで意外と悪くない。
「仕立て直しの必要はなさそうですね。お似合いですよ」
「ありがとうございます。着心地がいいですね」
どれも通気性の良く頑丈な素材でできている。それに日差しを防ぐ袖の長いワイシャツに夜冷えた時のためのセーターとブレザーまである。ただ……
「……スカートの丈、短すぎじゃありませんか」
連邦生徒会のものと比べ圧倒的に短い、風通しはいいが落ち着かない。
「昔は安全のため野暮ったいズボンだったこともあって、その制服をお披露目した時は可愛いからと生徒さんに人気でした、社内でも評判は良かったんですよ」
理事の部下が説明してくれる。
「お詳しいんですね」
なぜ、一社員がここまで知っているのだろうか?制服マニアだろうか?
「はい、何年も前にアビドスの制服を決めるコンペで私がデザインし採用された時のものですから、思い出深い品になります。しかし、もうすぐ着てくれる生徒さんがいなくなると思うと少し寂しいですね」
違った野生の凄腕制服デザイナーだった。
「どんな制服もいずれ変わるので仕方ないことではありますが、やはり終わりというものはどうしても慣れませんね」
そう言いながら彼は肩を落とす。カイザーコーポレーションには彼のように自分の仕事に誇りを持ち働くものも少なくない。悪い噂が絶えない企業ではあるが、同時に彼のような社員を山ほど抱えるほどの超巨大企業でもあるのだ。
先ほどの社員から教えてもらったクリーニング店に汚れた制服を出してから、学校へと向かう。するとキヴォトスでは日常となっている忌々しい音が聞こえた。銃声だ。
方向は学校だ。戦闘が行われている可能性が高い。急いで向かう。
「先生は……まあ……やっぱり巻き込まれていますね……」
案の定アビドスの生徒たちがヘルメット団と戦闘している。その中にはシロコの姿もある。先生は……学校の上の階にいる。どうも戦局はヘルメット団の方が優勢のようだ。銃を持っているとはいえ、キヴォトスの生徒の大半は戦闘訓練を受けていない。数に勝るヘルメット団の方が有利なのは当然だろう。その上アビドス側は最低限の弾薬しかないためか、出し惜しみをして有効な制圧射ができていない。
「お手並み拝見といきましょうか」
固まって弾幕を張っているヘルメット団に対して、数と物資に劣るアビドスの生徒たちは前衛の4人が遊撃することで状況を打開しようとしている。しかし、それぞれが好き勝手に動き回るためかお互いの位置が把握できていない。
案の定一番動き回っているシロコが別の生徒、ノノミにぶつかり、それに気を取られたホシノが手榴弾で吹き飛ばされ……ない。無傷のようだ、相変わらずである。だがユメ会長の盾を持っているせいでホシノ本来の攻撃的なスピードが出せていない。正直あんな盾は置いて、1人でさっさと制圧した方が良いと思うのだが。彼女なりに合理的な考えがあるのだろう。
そのうちジリジリと押し込まれ、一箇所に固まったところに一方的に手榴弾を投げ込まれる状況になってしまった。
「これはひどいですね。……ようやくご登場ですか」
手榴弾の投擲が途切れたタイミングで先生が息を切らして現れ、生徒たちに声をかける。
“君たちはどうしてこの学校を守りたいんだい?どうして?”
シロコが答える。
「それは…ここが私たちの居場所だから」
“みんなも同じかい?”
「「「「もちろん」」」」
最低限の会話で生徒の士気を回復させた。見事なものだ。
突然発生した謎のイベントに面食らっていたヘルメット団のリーダーが喚きながら攻撃を再開する。先生の本領はここからだ。将棋やチェスのように生徒たちに必要な時に必要な行動を指示していく。
手始めに出し惜しみなしのノノミの弾幕で土煙が上がる。敵のシルエットが見える薄い土煙だがヘルメット団はバイザーのせいで視界を失ったらしく動揺している。その隙を見逃さずツインテールの生徒セリカが次々狙撃していく。
キヴォトスの人間は頭を撃たれた程度では問題ないが、フルフェイスのヘルメット団は素顔が少しでも晒されそうになると恥ずかしさから戦闘不能になる。それを的確に狙っている。
前衛の崩れに畳み掛けるようにホシノとシロコが突撃する。ホシノは弾の節約のために盾で殴り倒しているのに対し、シロコはお構いなしに連射している。その弾薬補給をメガネをかけた生徒アヤネがドローンで行う。先生の指示だろう、タイミングが完璧だ。ヘルメット団の陣形は崩れ、リーダーがシロコにゴーグルを割られたことで撤退していった。
「指揮能力は本当に高いですね……」
先生に声をかけようかと思ったが、今はあの輪の中に私が入るタイミングではない。そう思い止まり先生にメッセージを一つ送り、拠点の確保を済ませるために立ち去ることにした。
その夜校舎に向かうとまだ明かりがついている。その部屋に向かうと予想通り先生が部屋で書類と格闘していた。
「お疲れ様です、先生。ヘルメット団の撃退及び前哨基地の破壊、お見事でした」
「書類手伝いますよ」
“ありがとうカヤ、助かるよ”
「私も今日は色々あって書類が残ってますからね。そのついでです。それに病み上がりの人に無理させるわけにはいきませんから」
“私は元気だよ”
「迷子になった上、日中の砂漠を水も持たずに横断しようとしたあげく、熱中症になって行き倒れたのに?」
“それはその、助かりました”
「あのような時は意識を失うまで歩くのではなく、日陰で水を持った誰かが来るまで待った方が安全ですよ」
「あと、拠点の確保と家具の搬入を済ませておきました。費用はシャーレにつけています。こちらはその書類です。確認とサインをお願いします」
“わかった”
「こちらがまとめておいたアビドスの資料です。今のうちに目を通してください。その間私は今日中に済ませる必要のある書類を分けておきます」
資料を先生に渡し、先生から書類を奪い仕分けを始める。
“わ、わかっ……”
「先生は自分で気づいてないだけで疲れているんです。今日は無理な仕事はせず、回復のためにさっさと帰って早く寝ますよ!」
“……はい”
その後は2人の作業する音が夜の校舎に吸い込まれるのみだった。
理事の部下は( I I )この顔のタイプのロボットを想像していただければ
一番設定を弄っているのはカイザーかもしれない