シャーレの不知火さん   作:おかだんごむし

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救いの手

 「護衛対象(ナギサ)と行動を共にする」言葉にすれば単純だが、現実はそう上手く行かないだろう。

 

 なぜなら、疑心暗鬼の闇に飛び込み信用を掴み取る必要があるからだ。どのように説得したものか頭を悩ませていると先生から声がかかった。

 

“お客さんみたいだよ、カヤ”

 

 その声に顔を上げるともはや見慣れた別館、その教室を覗き込むスズミが目に入る。

 

「今日訪問の予定はなかったはずですが……。どうしたのでしょうか?」

 

“わからない”

 

 一旦二人で観察を続けるも特に動きはない。

 

「こんにちは、スズミさん」

 

「ひゃっ!」

 

 仕方がないのでスズミに声をかけると、こちらに気づいていなかったのか可愛らしい悲鳴と共に翼と肩が小さく跳ねた。そしてこちらに目を向けると声の正体が私だと理解したのか表情が柔らかくなる。

 

「お二人ともご不在だったのですね」

 

“驚かせてごめん。私たちに何の用かな?”

 

「用事というほどではないのですが、アズサさんの様子を見にきたのです」

 

「アズサさんですか?」

 

「はい、何か思い出せるかもしれないと考えて……」

 

 スズミに視線は第二次特別学力試験のために机に相対しペンを走らせるアズサに向けられる。

 

「思い出す?何をですか」

 

「アリウス分校にいた頃の記憶です」

 

「!!?」

 

 予想だにしていなかった返答に私は開いた口が塞がらなくなる。

 

「しかし何も思い出せませんでした。意味はなかったようです」

 

「ちょっと待ってください。どう言うことですか?」

 

「私はアリウス分校の生徒です。いえ、正確には生徒だった可能性が高いそうです」

 

「……」

 

 かけるべき言葉を失った私たちにスズミはシスターフッドの地下室で聞かされたという自身の生い立ちを語ってくれた。

 

「……と言うことがあったのです」

 

「どうして今まで黙っていたのですか?」

 

「……怖かったからです。幻滅されるかもしれないと」

 

“そんなことはないよ”

 

「はい、先生がそうおっしゃることはわかっていました。だからこれは私の問題です」

 

「なるほど、スズミさんの経歴は不自然な点はないので問題ないと思っていたのですが、シスターフッドが入学の際に偽装していたのですね」

 

「はい、孤児だった私をトリニティに入学させるために手を回したと聞いています」

 

 シスターフッド、やはり侮れない組織のようだ。

 

「他にこのことを把握しているのは?」

 

「シスターフッドと救護騎士団の上層部のみだそうです」

 

「なるほどティーパーティーは把握していないと……」

 

「はい。しかし信じて欲しいのです。私は反逆者ではありません」

 

“もちろん、私はスズミを信じるよ”

 

「ええ、先生はそうでしょうね」

 

 私の言葉にスズミの瞳が不安そうに揺れる。

 

「ふふ、大丈夫です。私も疑ってはいませんよ。このタイミングでこのことを私たちに伝えるメリットが何一つありません」

 

“アズサと話をしてみる?彼女は覚えているかもしれない”

 

「いえ、大丈夫です。まだ時間はたっぷりとありますから、今は試験に集中して欲しいです」

 

“「……”」

 

 その言葉に私たちは妙な雰囲気になってしまう。当たり前だがトリニティの生徒のほとんどは補習授業部の退学については知らない。

 

「……?何か変なことを言ってしまったでしょうか?」

 

「そんなことはありませんよ」

 

 その空気を敏感に感じ取ったスズミの質問を躱す。

 

「それに事情を聞く限り、スズミさんはアリウス分校の生徒に歓迎されない可能性は高いと考えられます。お互いのためにも今は避けた方が良いでしょう」

 

“そうだね”

 

「はい、皆さんが無事に合格した時に改めて挨拶させていただきます」

 

 そう言って一礼するとスズミは帰って行った。

 

 

「……先生は驚いていませんでしたね」

 

“なんとなくそんな気はしていたからね”

 

 その背中を見送った後に切り出すとこの大人は悪びれることもなくそう言った。

 

「どうしてですか?」

 

“初めて会った時にスズミの銃に刻まれていたはずの刻印がある時から消えていたんだよ。それが印象的だったから覚えてた。まあ、確信を得たのはカヤが持ってきた資料を読んだ時だけどね”

 

「昔は校訓を銃に刻んでいたのですか。それならばスズミさんは完全にシロでいいですね」

 

“スズミの言葉は疑ってなかったんじゃ?”

 

「疑ってはいませんよ。信用するに足る情報がなかっただけです」

 

“私の言葉は信じてくれるの?”

 

「まあ、それなりの付き合いになりますからね」

 

 私の言葉を聞き先生が満面の笑みを見せる。

 

「なんですかその顔は、気持ち悪いですよ」

 

“いや、嬉しくって”

 

「私は信じるためにまず疑う、それだけです」

 

“そうだね。それがカヤの人との付き合い方だものね”

 

「はい」

 

 だってあなたのような勇気はないから……。その言葉をついぞ口に出すことは出来なかった。

 

 

 ナギサの元に向かうため荷物をまとめる。私物はほとんど持ってきていないのもあって全てスーツケース一つに収まってしまった。

 

 それでも物のなくなった部屋は寂しいものだ。広くなったように感じる部屋を眺めていると、にわかに教室が騒がしくなっているのが耳に入る。教室に向かうと皆が慌ただしく動き回っていた。

 

「何事ですか?」

 

“試験会場がゲヘナに変更になった。今から行かないと試験開始に間に合わない”

 

「行くつもりなのですか?どう考えても合格させるつもりはないでしょう」

 

“だとしても少しでも可能性があるなら行かなくちゃ”

 

「……なんというか、先生らしいですね」

 

“けれど、エデン条約前にこんなことして大丈夫なのかな?”

 

「まるで自暴自棄になっているようです…ね……」

 

 自暴自棄、その言葉を口に出した瞬間雷に撃たれたような衝撃が走った。

 

「いえ、まさか……」

 

 しかし仮にナギサの行動原理が保身ではないのだとしたら……。

 

 先生を騙すような形で協力を仰いだこと、ミカが容疑に上がっていないこと、補習授業部の4人が物的証拠ではなく怪しいからという理由だけで選定されたことに説明が付く。

 

“どうしたの”

 

「確かめたいことが出来ました」

 

“わかった、任せたよ”

 

「いってきます」

 

“いってらっしゃい”

 

 

ナギサの元を訪れると丁度彼女は()()()()のティーパーティーの制服に着替えている最中だった。

 

「本当に信用できる人が少ないようですね。行き先はセーフハウスといったところでしょうか?」

 

「そうだとしてもあなたに教えるつもりはありません」

 

「おや、私も信用されていないようですね」

 

「この期に及んで裏切り者の名を口にしないあなたをどう信用しろと?」

 

 反応は冷たい。昼にあのような態度を取ったのだから当然だろう。だが、完全に拒絶されている訳でもない。

 

「ではなぜこの部屋に招き入れたのですか?」

 

 ナギサの手が止まる。

 

 そう、本当に対話を諦めたのだとしたらここに立つことすら叶わなかったはずだ。ナギサは少し逡巡した後、意を決したのか口を開く。

 

「……そうですね。私はあなたのことを信用して……いいえ、信じたいからでしょうね」

 

 彼女のその言葉に安堵する。ここで躓いては交渉どころでは無い。

 

「それで良いと思います。簡単に信用する必要はありませんよ」

 

「どういう意味ですか?」

 

「セイア様が殺害され、犯人の正体は依然不明。他人を信用するなんて危険極まりない行為ですよ」

 

「……」

 

「あの大人はそうは考えていないようですが、それは理想論です。人はそこまで強くない」

 

「先生のことですか」

 

「ええ、先生もあなたと同様に縛られているのですよ。生徒の全てを信じると宣言し、それを実現しようとして信じ続けるしかなくなった。先生も難しい立場であることはご理解いただきたい」

 

「……理解はしているつもりです」

 

 自らの行いを改めて思い返しているのかナギサの表情に陰りが差す。しかし次の瞬間にはいつものティーパーティーの首長の顔に戻っていた。

 

「それでこんな夜中になんの用ですか?」

 

「まあ、慌てないでください」

 

 着替えを終え、急かすナギサを制しながら、鞄からあるものを取り出す。

 

「それは?」

 

「ヴァルキューレで採用予定のジャミング装置です。ミレニアムのハッカーでも突破に時間がかかる代物と聞いています」

 

 装置の電源を入れた瞬間、その出力故か部屋の照明が瞬く。その様子を興味深そうに眺めていたナギサに、装置を手渡す。

 

「ここからの会話は盗み聞きされるわけにはいきませんからね。よろしいでしょうか?」

 

「構いません」

 

 装置を起動したままにするリスク、そしてそれを渡された意味を理解できない彼女ではない。覚悟なんてとうに決まっていたのだ。

 

「それでは、早速本題に入りましょうか」

 

 こうして二人きりのティーパーティーが始まった。

 

 

「まず、守月スズミという生徒をご存知でしょうか?」

 

「自警団のリーダーですか?知っていますよ」

 

「彼女はアリウス分校出身の生徒です」

 

「!!?」

 

「やはりご存知ではなかったのですね」

 

「つまり、スズミさんが……」

 

「いえ、裏切り者ではないと考えています」

 

「それでは、誰が……」

 

 アリウスの名前を出したにも関わらずこの反応、私の推測はあっていたようだ。

 

「お昼にもお伝えしましたが裏切り者を特定するための情報はほとんど集まっています。スズミさんが裏切り者ではないと確信できる程度には……」

 

「しかし残念なことに手詰まりです。なにせ証拠がありません。そこで一つ提案があります」

 

「なんでしょうか」

 

「裏切り者を罠にはめます。それに協力していただけませんか?」

 

 私の言葉にナギサが息を呑む。

 

「……つまり私に囮になれということですか?」

 

「無理にとは言いません、今なら連邦生徒会であなたを保護することもできます。もちろんその場合はミカ様にお願いすることに……」

 

「それはお断りします」

 

「何故ですか?ミカ様の強さを考えればナギサ様よりも適任と考えたのですが……」

 

「絶対にダメです!」

 

 珍しくナギサが声を荒げる。久しぶりに彼女が感情的になっているのを見た。

 

「それはティーパーティーのホストとしての言葉ではありませんね」

 

「っ!」

 

 歪んだナギサの表情に私の推測は確信となった。

 

「やはり今までの行動は全てミカ様のためだったのですね」

 

「……」

 

 元々補習授業部のメンバーの選定に違和感はあった。

 

「ミカさんは政治には向いていません、こんな政争に巻き込むわけにはいきません」

 

 第三次特別学力試験はエデン条約の締結前に行われる。特にコハルは正義実現委員会への牽制の役割しかない以上、仮に退学になればそのタイミングで一気に不満が噴出する恐れがある。自身の保身が目的だとすれば明らかに不自然だ。

 

「そのためにコハルさんを巻き込み、ヒフミさんの気持ちを裏切ることになってもですか?」

 

「……当然です。大義をなすための犠牲はやむを得ません」

 

 こちらを睨みつけ震える声でナギサは言い切る。

 

「……それで良いのではないでしょうか、退学になっても別に死ぬわけではないですし、今のナギサ様に他の選択肢があるとは私には思えません」

 

「セイア様の死を表沙汰に出来ない以上、こちらの行動は大きく制限されています。何よりご自身が標的であると推測されるのならば、間接的な情報しか手に入りません」

 

「そんな中でナギサ様は最善とまではいえませんが、次善の策は取っています。十分ですよ」

 

 言葉を重ねるたびにナギサの表情が和らいでいく、受け入れられるとは思ってはいなかったのだろう。それだけの覚悟を決めて孤独の中戦っていたのだ。

 

「私があなたの安全は必ずお守りします。しかしながらこの作戦はナギサ様を危険に晒すことに変わりはありません」

 

「裏切り者を捕えることが出来るなら構いません。しかし、戦力はどうするのですか?隙を晒すと言うことは正義実行委員会は陽動に回すとなると……。トリニティ自警団を使うつもりですか?」

 

「いえ、彼女たちは戦力としては十分ですが、隠密性に少々難があります。確実にマークされているでしょう」

 

「では、ゲヘナの風紀委員会を呼ぶとでも言うつもりですか?」

 

「不可能ではないですし意表はつけますが、彼女たちはトリニティでは目立ちすぎますよ」

 

「だとしたら、どの勢力を……」

 

「ナギサ様、我々連邦生徒会はキヴォトスにおける問題解決のために学園の境界を越えて活動できる組織を擁しています」

 

「……SRT特殊学園はすでに閉鎖したと聞き及んでいますが?」

 

「ええ、残念ながら閉鎖と共にその独立した調査権も失われています。しかし人員や装備まで泡と消えたわけではありません。()()はヴァルキューレ警察学校に編入しています」

 

「理解しました。しかし必要以上の連邦生徒会による介入は不審に思われてしまいますよ」

 

「問題ありません。SRTの中でも特に優秀な生徒を少数精鋭で警備に回します」

 

「しかしそれではヴァルキューレが学園の要請なしで活動することになるのではありませんか?」

 

「人の命がかかっているのです。原則など知ったことではありませんよ」

 

 ナギサは虚をつかれた表情をしている。

 

「失言でしたね。忘れてください」

 

 慌てて言い繕う私をよそにナギサは俯いて震え始める。

 

「あの、ご気分を害しましたか?」

 

 先ほどの発言は学園の自治権の無視にも当たる。不安が一気に膨れ上がった瞬間、ナギサは声を上げて笑い始めた。

 

「いえ、申し訳ありません。仮にも室長がそんなことを言うなんておかしくて……」

 

 目に涙を浮かべるほど笑っている。

 

「私は失言だったかもしれないと真面目に不安だったのですが……」

 

「大丈夫ですよ」

 

「それなら良いのですが……。では改めて護衛のために同行の許可をお願いします」

 

「わかりました。よろしくお願いします」

 

 そう言ってナギサは見惚れるような動作で頭を下げた。

 

 

「そういえば、どうして試験会場をゲヘナにしたのですか?」

 

 交渉がひと段落ついたところで気になっていたことを聞くことにする。

 

「わかっているとは思いますが、補習授業部を合格させないというメッセージです。普通、危険を犯してまで試験を受けようとは考えないでしょう。一応形だけの試験用紙とメッセージも用意しましたが試験開始時間と共に爆破されるはずですから……」

 

 そこでナギサは私がバツの悪そうな顔をしているのに気づいたようだ。

 

「……まさか」

 

「今頃先生たちはゲヘナの自治区に入った頃ではないでしょうか……」

 

「……っ!?」

 

 その日私が思っている以上にナギサは表情豊かな人物だと言うことを知ったのだった。




 次回はあの小隊が再登場の予定です。お楽しみに!
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