シャーレの不知火さん   作:おかだんごむし

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再始動 FOX小隊 後編

 D.U.の摩天楼を覆い尽くす曇天に一筋の黒煙が立ち上る。しかし道行く人々は興味を引かれた様子もなく一瞥しただけで歩き去ってしまう。無理はないキヴォトスではこのようなことは日常茶飯事だ。そしてそれは公安局長の尾刃カンナにとっても同様であった。

 

 彼女がいつものようにコーヒーをお供に書類の山を片付けていると端末が着信を伝える。その音は部下からの緊急連絡であること示していた。ここまで上がってくる事態は大抵碌なものではないが無視するわけにもいかない。覚悟を決めて受話器を手に取ると耳に当てるまでもなく声が届く。

 

「カンナ局長!問題が発生しました!」

 

 案の定慌てた様子だ。

 

「騒々しいな声を落とせ」

 

「す、すみません」

 

「それで何事だ?」

 

「オクトパスバンクで発生した強盗事件について、現地の生活安全局とPMCから警備局の到着を待たずに突入を強行するとの報告がきまして……」

 

「また、生活安全課が先走ったのか?責任者は誰だ」

 

 確かにそれは問題だ。生活安全局に強盗犯の現行犯逮捕の権限はあるものの、代償として犯人ごと人質と店が吹き飛んだのは記憶に新しい。加えて相手がカイザーコーポレーションに喧嘩を売るような輩となると正直無謀だ。そんな馬鹿な判断したのはどこの誰だろうか。

 

「……それが七度ユキノと名乗っていました」

 

 その名前が脳に届くと同時に彼女たちを生活安全課に推薦した人物の笑顔が浮かび、続けて巻き込まれるであろう面倒ごとが頭を駆け巡る。

 

「うぅ……」

 

「局長!?」

 

 彼女が人目を憚らず頭を抱えて唸るのも仕方がないことだった。

 

 時を同じくして人気のない路地裏で一つの作戦が動き出そうとしていた。

 


 

 1320 路地裏

 

「しかし、素人じゃないとは思っていたが、まさかFOX小隊だとはなぁ」

 

 『FOX小隊再始動』その言葉の意味に最初に気づいたのはA-10だった。

 

「FOX小隊って有名な方々なんですか?」

 

「軍事マニアの界隈なら知らない奴はいないんじゃないか?特殊作戦をこなすという意味ではキヴォトスで右に出るチームはいないぞ。いやはや、閉鎖したSRTからヴァルキューレに人員が流れたという話は聞いてたが、こんなところでお目に掛かれるとはなぁ。ほら拝んどけ、ご利益あるぞ」

 

「へ、へえー」

 

 説明の勢いに質問をした相棒が若干引いている。放置すればいつまでも喋りそうだ。しかし、指揮系統が別な以上、注意するかどうか迷ってしまう。

 

「はい、注目!ブリーフィングを始めるよ!」

 

「おお、悪い」

 

 するとニコが諌めてくれる。本当に頼りになる副隊長だ。

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして、ここからはFOX1の仕事だよ」

 

 ニコに促され前に出る。皆の注目が一身に集まるこの感覚は久しぶりだ。

 

「改めて、私はヴァルキューレ警察学校生活安全課の七度ユキノだ。現在オクトパスバンクは重武装の強盗犯によって占拠されており、警備局の到着までに逃走される可能性が高い。それでは市民を安全を確保すると言う命令を遵守できないと私は判断した」

 

 ヴァルキューレの制帽を被り直し気合を入れる。

 

「そこで元SRT特殊学園の生徒としての経験と知識から今回の人質救出任務の作戦立案を行う。私が立案する以上、この場にいる全員が私の指揮下に入ってもらうことになるが異論はないか?」

 

「本官は問題ありません」

 

「俺も異論はねぇよ。好きに使ってくれ、FOX1」

 

 その返答にひとまず安堵する。もしも、指揮系統の統合に反対されれば作戦が瓦解していまう危険があった。

 

「では、作戦の説明にあたってコールサインの付与を行う。キリノはPOLICE1、フブキはPOLICE2、A-10はKAISER1……」

 

 今になってA-10の相棒の名前を知らないことに気づく。

 

「あっ、私はモトコです」

 

 察してくれたのか教えてくれる。

 

「ありがとう、モトコはKAISER2だ」

 

「KAISER2了解」

 

「以降はこのコールサインで呼称する。わかったな」

 

 その言葉に威勢の良い返事が返って来る。

 

「それでは作戦を説明する」

 

 作戦を聞く皆の反応はてんでバラバラだった。静聴するFOX小隊、察しの良いフブキ、疑問の尽きないキリノとモトコ、オーバーリアクションなA-10。その一方で、皆の表情はやる気に満ち溢れていた。

 

「続けて、時刻整合…… 私がハックと掛け声を出す。その瞬間時計を13時25分に合わせてくれ」

 

「了解しました!」

 

 キリノたちにとっては初めてであろう言葉は分かりやすく言い直す。SRT時代とは違い、前提知識の差異から噛み砕いた説明を意識する必要がある。手間がかかる一方で入学したての新入生を思い出して少し楽しいのは秘密だ。

 

「15秒前……10秒前……ハック」

 

 合図に合わせて皆が竜頭を押し込む。今この瞬間に時が揃った。

 

「行動開始だ。総員配置に付け!」

 

 掛け声と共に皆が持ち場へ駆け出す。

 

「FOX2、射撃用意良し」「FOX3、いつでもいける」「FOX4、配置完了」

 

「こちらPOLICE1待機してます」「POLICE2、準備できたよ」

 

「KAISER2、敵戦車を照準に捉えました」

 

 少しして準備完了の報告が届く。

 

「こちらKAISER1、位置についた。ただ、悪い知らせがある。営業のやつが地下金庫へ連れて行かれた」

 

 そんな中、KAISER1からの気になる知らせが混ざる。鷹の目の映像を確認すると確かに人質が1人減り、視点の一つが「No Signal」と表示されている。

 

「大柄な人質のことだな?」

 

「ああ、そうだ。それでどうする?一旦中止して作戦を練り直すか?」

 

「むしろ今が好機だ。地下と地上の連絡は不可能、その上に電力供給を遮断すればエレベーターも使用不能になり、敵を分断できる」

 

 ちなみにオクトパスバンクの非常用電源は管理コンピューターを正常に停止させるための機能しか無いので気にする必要はない。

 

「わかった。アンタの予想の範疇なら問題ないな」

 

 A-10が納得したのを確認し、耳を傾けていた皆に呼びかける。

 

「全員聞いたな。敵は地下に見張りを回した分、その数は減っている。数に劣る私達が強襲するには絶好の機会だ。地下の集団が状況を把握する前に地上を制圧する」

 

 そこで一度言葉を区切る。次の言葉でこの場にいる全員が引き返せなくなる。だが、もう迷いはなかった。

 

「1330作戦開始」

 


 

 1330 重戦車 車内

 

「ふわぁぁ……暇だなぁ……」

 

 重戦車の車長は戦車としては規格外に広い車内で手足を思う存分伸ばしあくびを噛み殺す。

 

 カイザーコーポレーションの系列企業への襲撃、初めに聞いた時には正気の沙汰とは思えなかったが、こうも上手くいくとは情報は本当だったようだ。

 

「カイザーPMC、正直拍子抜けでしたね」

 

 砲手が笑いながら話しかけてくる。

 

「あとから来たヴァルキューレの連中もビビったのか尻尾巻いて逃げましたからね。情けない奴らですよ」

 

 操縦手も余裕の表情だ。

 

「そもそもヴァルキューレの装備じゃこいつの上部装甲すら貫けないだろ、話にならないさ」

 

 キューポラのハッチを叩きながら軽口を叩くも、そのハッチを閉鎖し自分が車内に閉じこもっている理由を思い出し気分が沈む。

 

「……とはいえ相手の狙撃手は優秀みたいだからな、警戒は怠るな」

 

「「了解」」

 

 事実、こちらの随伴歩兵の4分の1は狙撃で戦闘不能になっている。狙撃の候補地点をあらかじめ絞っておいたおかげで即時反撃できて狙撃は止んだが、仕留められたかはわからない。そのせいで今は護衛の歩兵を狙撃から守るために車両を盾にせざるを得ない上、モニタか小窓からしか外を窺えない。

 

「全く厄介だな、スナイパーとかいうやつは……」

 

 そう呟いた瞬間、護衛の軽戦車が同時に炎に包まれ、車内にミサイルアラートが鳴り響く。

 

「衝撃に備えろ!!」

 

 来るであろう衝撃に身構えながら叫ぶも爆発音と少しの振動と共に警報が鳴り止む。直後、APS(アクティイブ防衛システム)が正常に作動したことを示すランプが点灯した。ひとまず無事なことに安心すると同時に怒りが湧いてくる。

 

「クソ!こちら戦車隊、敵の攻撃を受けた!指示を請う!」

 

 感情的になっての上官への報連相を怠らない生真面目な車長だったが、肝心の上からの無線が一向に帰ってこない。

 

「ジャミングか?小癪だな」

 

 この場合は現場に判断は一任される。だとすると選択は……

 

「反撃するぞ!報告は周囲の安全を確保してからだ」

 

 現状の兵力差なら妥当な選択だった。

 

 レーダーがすぐさま脅威度の高いミサイルの発射諸元を特定し、砲手が照準。APSの排煙越しではあるがPMCの二人組をカメラが捉える。ロボットの方はミサイルの発射装置を投げ捨て対物ライフルを構え、ヘイロー持ちは観測用のスコープをこちらに向けている。重戦車の主砲が指向したはずだというのに隠れる素振りもない。

 

「舐めやがって!主砲を喰らわせてやれ!榴弾装填!」

 

「しゃ、車長」

 

 すると突然操縦手が声を上げる。

 

「どうした?」

 

「妙です、煙がまったく晴れません……」

 

 指摘されて初めて異変に気づく。

 

「……なんだ?どうなっている!?」

 

 炸裂後に速やかに拡散するはずのAPSの排煙が逆に濃くなっている。すでに戦車の周囲は煙に包まれ、視界が失われつつあった。

 

「こちら戦車隊、煙が晴れない!外はどうなっている!」

 

 すぐさま外部との連絡を試みるが、護衛をしてくれているはず歩兵からの返事が来ない。

 

「歩兵は何をしている……外はどうなっているんだ……?」

 

 歩兵とは無線機だけではなく車体に取り付けられた通信機でも会話できる。先の攻撃の方向では通信機の破損は考えにくい。

 

 つまり残された可能性は……まさか、この短時間で全滅した?……その考えに辿り着いた瞬間、頭上から音が聞こえる。この音は知っている。これは誰かが戦車の上を歩いている時のものだ。足音はキューポラ近くで止まる。随伴歩兵が連絡のために登って来たのなら一定のリズムで装甲を叩く手筈だが、それがない、つまりその事実が示すのは……

 

「取り付かれた!排除を要請する!おい!誰か返事を!」

 

 戦車は接近戦に無力だ。それを防ぐための随伴歩兵だと言うのに返事はない。

 

「こちら戦車隊、敵の攻撃で歩兵が全滅した!応援を求む!」

 

 ダメもとで指揮官にもう一度通信を入れるも無線機からはノイズが無慈悲に返ってくるだけだ。

 

「こうなったら全速で動き回れ!振り落とせ!」

 

「周りには味方が居るんですよ、踏み潰しちゃいます!」

 

「だったら!砲手!砲塔の旋回じゃ……速度が足りないか……」

 

「そうですねぇ、八方塞がりです」

 

 車内が阿鼻叫喚に陥る中、ハッチのロックが強制解除される音が車内に響く。

 

 皆が息を呑み視線を注ぐ中、ハッチがゆっくり開く。そこには先ほど尻尾を巻いて逃げたはずのヴァルキューレが仁王立ちしていた。

 

「……ひぃん」

 


 

1333 同戦車 車内

 

「車内及び玄関前の制圧完了、POLICE1、POLICE2、予定通りに」

 

 気絶した搭乗員を引き摺り出し、フブキが操縦席に収まる。

 

「うん、やっぱり汎用品だね、問題ない」

 

 フブキが座席を合わせ操縦系の確認を終わらせるのを見届けると、外で作業をしていたキリノ達が近づいてくる。

 

「こちらPOLICE1。経路確保、完了しました!」

 

「了解、発進準備、FOX2、FOX3は搭乗しろ。POLICE1は作戦通り戦車の誘導を」

 

 2人が戦車に乗り込み、煙幕にキリノの持つ誘導棒の光が浮かび上がり、

 

「ご搭乗の皆様、当車両はこの後強い揺れが予想されます。座席に座りシートベルトをしっかりとお締めください」

 

フブキの軽口と共に重戦車のエンジンが唸りを上げた。

 


 

 1321 路地裏

 

「作戦を説明する」

 

皆の注目を一身に浴びながらタブレットの見取り図にペンを走らせる。

 

「作戦の第一段階は敵の重戦車の鹵獲及び陽動だ」

 

「鹵獲?軽戦車は対物ライフルで十分対処できるとしても、重戦車の搭乗員とその随伴歩兵の排除は難しいぞ。随伴歩兵は数は多いし、虎の子の対戦車ミサイルも一発しかない上、あの重戦車ご丁寧にAPS(アクティブ防衛システム)まで装備してる」

 

 A-10は怪訝な表情だ。

 

「このミサイルは弾頭と飛翔のモードを個別に設定できる。つまり弾頭は対空モード、飛翔はトップアタックで運用できるだろう」

 

「可能だが、対空モードでは貫徹力に欠けるぞ」

 

「逆に加害範囲は広い、それで随伴歩兵を巻き込み一網打尽にする。加えてAPS(アクティブ防衛システム)は戦車側面から上下方向に打ち出すタイプだ。随伴歩兵は狙撃を警戒しているのか、戦車を遮蔽として利用するために距離が近い、十分な効果が見込めるはずだ」

 

「なるほど、面白いことを考えるな」

 

 A-10はバイザーを瞬かせ肩を震わせる。

 

「鹵獲の流れは、まずジャミングで戦車隊と銀行内の敵を分断、随伴歩兵を排除後、煙幕で視界を奪ってハッチを開けて乗り込む、以上だ」

 

「なら一番危険なミサイルの射手は俺に任せろ、何せこの足じゃそれぐらいしか出来ない」

 

 確かにA-10の片足は膝から下がごっそり無くなっている。

 

「ああ、そんな顔するな、トカゲのしっぽみたいなもんだ。交換すれば元通りさ。それに相棒に運んでもらう時に重いからパージしただけだ。痛みもない」

 

「……了解」

 

 気を使わせるとは私もまだ未熟だ。知らないうちに表情に出てしまっていたらしい。

 

「だが捨て駒にするつもりはない、誰か護衛を付けよう」

 

「だ、だったら私が。私に護衛をさせてください」

 

 名乗りを上げたのはAー10の相棒だった。その目には確固たる意志が宿っている。

 

「任せた。次に煙幕手榴弾の投擲は誰が担当する?」

 

「煙幕は本官が投擲します。遠投には自信があります」

 

「わかった。手間取れば2人が危険に晒される。頼むぞ、POLICE1」

 

「了解しました」

 

 こうなればトントン拍子だ。皆に次々仕事を割り当てる。

 

「それで戦車を奪った後はどうするのですか?」

 

 割り振りが終わるや否やキリノから続きを催促される。今すぐ助けに行きたいのだろう。

 

「慌てるな。この戦闘自体が陽動になっている。つまり作戦第二段階は……」

 


 

 1333 銀行 屋内

 

「何があったんだ?」

 

 薄暗い屋内で指揮官は無線機を握りしめながら一人ぼやく。

 

 外で複数回爆発音があって以降、気味が悪いほど静かだ。加えて戦車隊と連絡がつかない。最悪鹵獲された可能性すらある。警備局にしては早い、PMCだろうか。

 

「ちょっと見てこい」

 

 どちらにせよ確認が必要だ。指示を聞いた部下が防犯シャッターに開けた穴を覗き込む。

 

「……煙のせいで何も見えませんね」

 

「確認させるつもりはないということか……地下の奴らを呼び戻せ、総員戦闘準備」

 

 何はともあれ敵襲に違いはないだろう。人質をバリケードの側に立たせて、壁を背にカウンターを遮蔽にして迎撃の用意を始める。

 

「電源が遮断されました。地下との連絡も不可能です」

 

「ならほっとけ、その内戻ってくる。対戦車戦闘用意」

 

 続けてその掛け声で88mmFlak36対空砲(アハトアハト)がその勇姿を表す。

 

 警備局やPMCの突入ルートは定石なら通りなら扉か窓だ。地雷と有刺鉄線を中心とした十分なバリケードの構築に加え人質の存在が突撃の勢いを殺す。その上で地形的な有利に加え切り札の88mmFlak36対空砲(アハトアハト)で蜂の巣にすれば撃退は容易だ。万が一重戦車で突撃を敢行されたとしても、この距離の88mm徹甲弾にはさすがに耐えられない。

 

「私は用意周到なんだよ」

 

 馬鹿正直なヴァルキューレの犬か、カイザーPMCの奴隷か、どちらか知らないが返り討ちにしてやろうと獰猛な笑みを浮かべる。

 

 次第に建物の中で緊張感が高まる中、不思議な音を耳が捉える。

 

「……何だ?」

 

 音の正体を探すと受付の小物が震えている。みるみる大きくなる振動に一つの確信を持つ。

 

「総員射撃用意!戦車の突撃が来るぞ!」

 

 その号令に全員が武器を構え直した瞬間、轟音と共に味方が()()に向かって吹き飛ばされバリケードに激突するのが目に入る。

 

「えっ……?」

 

 予想外の光景に思考が一瞬静止してしまうが、何とか首だけ後ろに向ける。そこには背後の壁を突き破った味方の重戦車が擱座していた。状況が状況だけに理解が遅れるが数人の敵が侵入してきたのは冷静に捉える。続けて戦車の損傷と壁面との隙間を改めて一瞥し大部隊の突入及び戦車の継戦は不可能と瞬時に判断、陽動と確信する。

 

「後ろは陽動!正面が本命だ!A班は……」

 

 その優秀さが致命的だった。

 

 突然視界が白く染まり音が遠のく。

 

「……っ!!」

 

 目の痛みに怯みながらも自身の過ちを理解する。この練度は警備局でもPMCでもない、

 

「総員、警かっ!?」

 

だが、警告が味方に届くことはなかった。()()からの衝撃で彼女は意識を手放してしまったからだ。

 


 

 1323 路地裏

 

「作戦第二段階は鹵獲戦車を利用しての突入による撹乱だ。突入は北側の壁面を想定している」

 

「……?そ、そこは鉄筋コンクリート製の分厚い壁ですよ。いくら重戦車でも損傷は免れません。戦闘に支障が出る可能性が高いです。南の窓側の方が良いのでは?」

 

 モトコがおずおずと反論してくる。

 

「基本に忠実な考え方だが、それでは窓際に配置された人質を怪我させる可能性が高い。その上に室内で重戦車は恰好の的だ。ここまで準備を徹底している用意周到な相手だ、確実にプロだろう。重戦車を撃破できる装備を所持していたとしてもおかしくは無い」

 

「確かに強盗で奪うお金よりも、あれじゃあ準備の方に費用がかかってそうだからね」

 

「出資者がいるんだな、それに恐らく指揮官もいる。それも優秀なやつが」

 

 フブキとA-10は察しが良い。

 

「だからこそ、相手の意表を突ける。相手の仮想敵が警備局やPMCなら警戒している突入ルートはセオリー通りの扉や窓のはずだ。これは収集した敵と人質の配置からも読み取れる。第一段階の戦闘による陽動はここに効く。戦闘が玄関前なこともあって敵の注意は正面に集中せざるを得ない」

 

「しかし、この敵の配置ではバリケードと人質は無視できても、すぐに集中砲火されませんか?」

 

「いや、正面を本命と誤認したならば相手は我々を囮と判断し、一部の戦力しか割かないはずだ。加えて指揮官を叩ければ、全体の動きが止まる。何せ訓練を受けた優秀な兵士だ。事前に想定されていない状況には弱い」

 

「どう言うことですか、優秀なんですよね?」

 

 キリノは不思議そうな表情だ。よく理解できていないらしい。

 

「えっとな、スタンドプレーの多い生活安全局には馴染みのない考え方だろうが、想定外の状況に陥った時の一兵卒の基本は混乱を避けるために指示があるまでその場で()()()()()待機なんだ」

 

 するとA-10が補足してくれる。

 

「なるほど!勉強になります!」

 

「まあ、きちんと訓練された軍隊と戦う時しか役にたたねぇ知識だけどな。一応特殊部隊相手にも通用する手だぜ。まあ、FOX小隊ならいざ知らず、そこの2人がそんな奴らとやり合う機会なんてないだろうけどな」

 

 キリノの反応に気を良くしたのかA-10は上機嫌だ。

 

「じゃあ、戦車の運転は私に任せて、免許持ってるし」

 

「助かるPOLICE2」

 

「それで、FOX1。次はどうするの?」

 

 心底楽しそうにフブキが聞いてくる。作戦が失敗する心配など全くしてない顔だ。

 

「もちろん、作戦最終段階、殲滅だ」

 


 

 1337 銀行 屋内

 

「くそったれ!」

 

 白く焼きついたモニターにパワードスーツのパイロットが毒づく。

 

 強化型外骨格(パワードスーツ)、キヴォトスにおける銃火器の殺傷力の低さ、つまり抑止力の形骸化から生まれたキヴォトス独自の技術ツリーを持つ兵器である。市街地における走破性、対戦車兵器を回避する機動性、小銃をものともしない装甲。何よりその体躯を活かした威圧感が敵には畏怖を与え味方を鼓舞する。並の生徒なら100人集まろうとだろうと一蹴できる兵器だ。

 

 だからこそ味方を傷つけないために、周囲が確認できない状況で動くわけにはいかない。復旧まで10秒程度の辛抱だと心を落ち着ける。

 

 モニターが回復すると指揮官が倒れており、敵が侵入しているのを確認する。味方は混乱しているものの命令通り正面への警戒を解いていない。白を基調とした制服、敵はヴァルキューレの生活安全課、数は3。明らかに本命ではない。

 

「隊長は意識不明、指揮権の移行を確認した。敵の狙いはおそらく陽動と対空砲の排除だ。1班反撃!他は突撃に備え待機!」

 

 指示を出す中、金髪の警官が対空砲に駆け寄るのが視界に入る。やはり対空砲を本隊の突入前に破壊するつもりだろう。残りの2人は1班に任せ、妨害のために進路に割こみ重機関銃を喰らわせる。だが、大楯で上手く弾かれ勢いが止まらない。それどころか突撃に気を取られ、桃髪の警官の横槍の射撃に気付くのが遅れる。

 

 かろうじてメインカメラとコクピットを腕部で庇うが、予想していたような衝撃はない。その代わり四肢の関節に餅のようなものが付着している。

 

 重機関銃の故障と関節部からの軋みから対多脚戦車用の硬化拘束弾と判断、即座にリミッターを解除、過負荷の警告が鳴り響く中、それを無視して金髪の警官に殴りかかる。だが、大楯で軌道の逸れた拳は床を抉る。しかし無駄ではなかった。その衝撃で金髪の警官の手から厄介な大楯が離れ宙を舞い、パイロットはその軌跡をほんの一瞬目で追う。

 

 否、追ってしまった。

 

 それは1秒にも満たない、普段なら何の問題にもならないわずかな間。だが、戦場では瞬きですら致命的な遅れになる。視線を戻した時には金髪の警官は忽然と消えていた。

 

「なっ!?」

 

 直後、衝撃と共にモニターが暗転。瞬時に予備に切り替わるも映像は不鮮明で敵味方の識別ですら困難だ。

 

「ちぃっ!有視界に移行する。1班援護!」

 

 そう叫びながら返事を待たずにハッチを解放、目視に切り替える。弱点を晒すリスクの高い行為だが歩兵の援護があれば敵も悠長にコクピットは狙えない。たったの2人の警官に倍以上の数の兵士が負けるはずはないし、戦車から出てきた敵は強力な武装を持ち込むことは難しい。妥当で普通の判断だった。

 

 そして相手は普通ではなかった。

 

 視界が開けたパイロットが目にしたのは、完璧な正円を形作る対物ライフルの銃口と倒れ伏した1班の面々だった。

 

「あれ?……」

 

 炎を吹き上げるライフルを前にして、ようやく敵の狙いは対空砲だけではなく自分でもあること、そしてこの部隊こそが本命であることを手遅れながらも理解した。

 


 

1336 銀行 屋内

 

「突入!!」

 

 建物の壁を突き破った重戦車から飛び出すと敵集団目掛けて閃光手榴弾を投げ込み、炸裂を待たずにクルミを先頭に突入する。

 

 正面のバリケードを警戒していた敵は完全に虚を突かれ、動きが止まる。その中で唯一こちらを観察し指示を出している敵が空中で炸裂した閃光に目を焼かれ悶える。見つけた……

 

「FOX3よりFOX4、敵指揮官を特定、座標K5、身長1.6、撃て」

 

「了解、FOX3」

 

 通信から一息置いてオトギの狙撃が防犯シャッターを貫き敵の指揮官を射抜く。倒れ伏した指揮官は微動だにしない。

 

HIT(命中) Tango Down(標的沈黙)

 

 完全に目標が見えない中での精密狙撃。SRTの中でも指折りの狙撃能力も持つオトギとポイントマンであるクルミとの信頼が実現する神技だ。指揮系統に空白が生じ再編の隙が生まれる。その間に陣地を確保し各種大型武装の組み立てを済ませる。

 

 敵のパワードスーツを中心とした小隊規模の部隊がこちらの迎撃に回る。作戦通り陽動と思われているようだ。

 

「POLICE2、離脱した。後は頼んだよ」

 

「了解、こちらこそ頼んだ」

 

 フブキとキリノは最初の砲撃のダメージが残っていた。無茶をさせる訳にはいかないので、正面広場で気絶している敵の拘束が担当だ。おかげで敵の増援を考えずに戦える。

 

「作戦続行」

 

 クルミが対空砲へと弾かれたように駆け出し、迎撃にパワードスーツが単機で動く。ならば私の相手は敵部隊だ。しかし、一部の戦力とはいっても数はこちらの倍以上、正面からの撃ち合いでは時間が掛かる。だから、

 

「FOX1よりFOX4狙撃支援、座標A4、B8、C23、C46、以上」

 

「FOX2よりKAISER1狙撃支援……座標D5、E3、以上」

 

「了解、FOX1」「了解、FOX2」

 

 次の瞬間、防犯シャッターを貫いた徹甲弾が後方から敵に襲いかかる。オトギに加え鷹の目(戦術データリンク)とモトコの補助を受けているA-10の狙撃。突然の挟撃に動揺が広がる。

 

 その隙を逃さずにショートシールドを構え一気に距離を詰める。

 

 相手も慌てて狙いをつけるが……

 

「遅い!」

 

 引き金を引くより先に飛び蹴りをくらわせ姿勢が崩れたところに拳銃を突きつけ急所に二発。昏倒した敵を盾にしつつ距離を詰め、そのままぶつけて押し倒し、仲間の下でもがく敵をシールドで殴りつけ意識を刈り取る。振り向きざまにショートシールドを投げつけ怯んだ敵を投げ飛ばす。ショートシールドと拳銃、変則的なCQB(近接戦闘)だが、SRTに選抜される才能と日々の努力が最適解を出し続ける。

 

 しかし、相手も都合の良いやられ役では無い。近接戦で不利と見るや否や散開して距離を取り、遮蔽に隠れて連携することで対抗してくる。だが、遮蔽に隠れ動きがなくなった敵は狙撃の餌食になり、慌てて飛び出した敵はニコと私に狩られ敵小隊は瞬く間に無力化された。

 

 敵小隊を全滅させると丁度パワードスーツに取りついたクルミが吸着爆弾で頭部を破壊し、爆炎を背に対空砲へ駆け出すところだった。そこで対物ライフルを抱えたニコと目が合う。対物ライフルは強力な装備ではあるものの取り回しに難がある。特に閉所での伏せ撃ちは射角の制限が顕著だ。だから、

 

「肩を貸す!FOX2!」

 

「借りるよ!FOX1!」

 

 すぐさま膝をつくとライフルの銃身が肩にのせられる。こうして射角を確保するのだ。閃光(マズルフラッシュ)対策に敵に背を向ける形になるが、後はニコを信じて任せる。

 

「あれ?……」

 

 パイロットの困惑の滲む声は直後の銃声によってかき消された。ニコの表情から上手くいったことを理解する。振り返ると主人を失ったパワードスーツは膝をついていた。一方、取り回しの悪い対空砲は肉薄するクルミに指向が間に合うはずもなく、取り付けられた吸着爆弾で項垂れるように沈黙する。

 

 一小隊全滅、指揮官、対空砲及びパワードスーツの無力化、戦力の要と指揮系統を失った強盗犯は烏合の衆だ。全滅は時間の問題だった。

 

 

「こちらFOX4、残弾なし」「KAISER1こちらも残弾なし」

 

 結果として対物ライフルの弾が切れた頃、私たち以外に動いているのは人質だけになっていた。

 

「1340地上制圧完了、FOX小隊は地下の制圧に移行する。合流して人質の解放と……」

 

敵の拘束を頼むと言いかけたところで、地下に繋がるエレベーターが動き出す。

 

「総員警戒!KAISER2、電源はどうなっている」

 

「しゃ、遮断してます!動くはずが」

 

 私がエレベーターの扉に照準し、クルミは盾を構え、ニコは地下の階段を警戒する。美術品を運び込むこともできる大型のエレベーターだ。何が出てきてもおかしくない。緊張が走る中、エレベーターの扉がゆっくり開くと黒塗りの巨体が姿を現す。カイザーコーポレーションの最新型強化型外骨格、ゴリアテだ。同時に見覚えのある顔と目が合う。

 

「むっ、終わったのか?」

 

 搭乗していたのは地下に連れて行かれたはずの大柄な営業職員だった。

 

 幸いすぐさまオトギとモトコに連れられたA-10が間を取り持ってくれたおかげで無用な衝突は防ぐことはできた。話を聞くに隙を見て見張りを金庫に閉じ込め、保管していたゴリアテを使って一発キツイのを喰らわせるつもりだったようだ。エレベーターに電力を供給していたのもゴリアテだったそうだ。今は汎用型に換装した腕部でバリケードを丁寧に解体し通路を確保している。大型の機体であれほど繊細な操作をするとは器用なものだ。

 

 金庫に閉じ込められた見張りを私達が拘束し地下から戻ってきた頃には残すところは戦闘の影響で歪んだ防犯シャッターだけだった。

 

「手を貸す」

 

「感謝する」

 

 皆で力を合わせシャッターに隙間を作り、そこにゴリアテが腕部をねじ入れ一気に上げる。薄暗い室内に日が差し込み視界が白く染まる。それが収まり世界に色が戻るとばつの悪そうなキリノ達と般若のような顔をした警備局長と目があった。

 

 

 お冠の警備局長に待機を命じられ、警備局員が人質の保護するのを何もせずに眺める。キリノ達は戦車の砲撃で受けた怪我を救護班に見てもらっているので今はFOX小隊のメンバーしかいない。しかしながらこうして警備局員の顔ぶれをゆっくり観察していると見知った顔が混じっているのがわかる。先日の歓迎会に参加していたメンバーだ。こちらに気づくと笑顔で手を振ってくる。

 

 それに手を振り返していると見覚えのある獣耳が人混みを掻き分け近づいてくるのが目に飛び込んでくる。規制線をくぐるその顔は記憶と変わらず苦虫を噛み潰したかのようだ。

 

「この作戦の責任者はお前だな」

 

 その言葉に今日行った違反行為の数々を思い返す、命令違反、器物損壊、職権濫用、恐らく交通違反もだ。明らかに生活安全課としては出過ぎた真似だった。

 

「そうだ」

 

「……ここは人目が多すぎる。場所を変える。着いてこい」

 

「了解」

 

 若干殺気立つ仲間を押し留め、1人でカンナの後を追う。SRTなら謹慎処分では済まない。しかし、そんなことは作戦を行うと決めた時点で覚悟している。

 

「……この書類にサインを」

 

 人気のない路地裏に着くと口をへの字にしたままカンナは懐から数枚の紙を取り出す。内容はカイザーコーポレーションの所有物の破壊と武器の無制限使用の許可証だ。公安局どころかヴァルキューレの権限でも到底用意できるものではない。

 

「誰がこんなものを?」

 

「それは、私の口からは言えない」

 

「……了解」

 

「最後に報告書が人数分だ」

 

「……本当にこれだけなのか?」

 

 あまりにも軽い処分に困惑しているとカンナは初めて見せる呆れ顔になる。

 

「はぁ、生活安全課の現行犯逮捕にいちいち目くじらなんぞ立てん。人質と職員に作戦自体による怪我人はなし、武装の供与と器物の破損に関しても先ほどの書類で事足りるとなれば、これ以上の処分は不要だ……少なくとも上はそう判断している」

 

 カンナの説明に自分の心配が杞憂に終わったことを理解する。

 

「それと言伝を預かっている。『早速期待通りの働きをしてくれたようですね。そのまま生活安全課の抑止力として業務に励んでください。私もいずれ生活安全課として頼らせてもらうかもしれません』とのことだ」

 

 カンナの披露した見事な声真似に、捉えどころない笑顔が脳裏に浮かぶ。また助けられてしまったようだ。

 

「私の仕事は済んだ。これで失礼する」

 

 そう言うと踵を返したカンナは瞬く間に雑踏へと紛れてしまった。

 

 

 カンナの、カヤの言葉の意味を噛み砕きながら、皆のもとに戻ると何か盛り上がっている。

 

 どうやら私が不在の間に、あの親子が来たらしい。稲荷のストラップを握った子供をニコが抱き締め、クルミとオトギは頭を下げる母親を宥めているようだ。

 

 子供に避けられた私が今さら行っても場の空気が悪くなるだけだろうと、遠巻きに眺めているとオトギがこちらに気づく。やはりスナイパーなだけあって目が良い。

 

 するとオトギが子供に耳打ちする。途端にニコの腕から飛び出しこちらへ一直線にかけてくる。そのまま抱きつかれてしまい、視線で皆に助けを求めるも生暖かい目で見られるだけだ。どうしたら良いか困っていると

 

「ありがとう、狐のお姉ちゃん。ヒーローみたいでカッコよかったよ」

 

あまりにもまっすぐな言葉をぶつけられ面食らってしまう。しかし、満面の笑みに、守れた日常に暖かな思いが溢れる。彼にとって今日という日が恐怖の思い出にならなかったのだ。そのことに心から安堵する。

 

「どういたしまして、よく頑張ったな」

 

 その言葉は自分でも驚くほど自然に紡ぐことができた。

 

 

 遠のく2つ背中を皆で見送るとニコが顔を覗き込んでくる。

 

「よかったね」

 

「ああ」

 

「それで、公安局長は何の用だったの?ユキノの顔を見るに悪い話ではなかったみたいだけど」

 

「そのことなら……」

 

 路地裏での会話のことを説明すると皆は神妙な顔になる。

 

「何というか、私達じゃ出来ないことを平然とするね」

 

「確かに、なんだか昔に戻った気分」

 

 オトギが感嘆を漏らし、それにクルミも同意する。

 

「それが彼女の仕事だからな」

 

 それにしても手際が良い、企業とのパイプはこう言う時にも役立つのだろう。すると手当が終わったキリノ達が救護班のテントから出てくる。

 

「お疲れ様です!」

 

「お疲れさん」

 

 A-10の足は修理されたのか自力で歩いている。

 

防衛報酬(ボーナス)も出るし、約束通り寿司屋で奢ろう。好きなネタは何だ?」

 

「中トロ」

 

「さすが元ヘルメット団、がめついな」

 

「ツナマヨとコーンです!」

 

「回転しない寿司屋で出るかぁ?」

 

「ドーナッツだね」

 

「もはや寿司じゃねぇ!」

 

 遠慮のない3人に大の大人が律儀に突っ込む。

 

「そんでアンタらは?」

 

「「「「お稲荷さん」」」」

 

「経済的だな!もうちょっと欲を出せよ!」

 

 その後、女子高生とはいえ食べ盛りの7人に寿司を奢った結果、A-10の防衛報酬(ボーナス)が吹き飛んだのはまた別のお話である。




 次回から本筋に戻ります。お楽しみに。
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