シャーレの不知火さん   作:おかだんごむし

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子供の現実

 幸い今日中に終わらせなければならない書類は大した量ではなく、予想よりも早く帰路に就くことができた。

 

 そしてその帰り道、私は先生と舌戦を繰り広げていた。

 

「ですから、何度も言っている様にあのような状態の学校に縛りつける方が酷と言うものです。このままでは勉強もままならないでしょう?これ以上、ただ借金の返済に追われるだけの生活を続けさせるべきではありません。あの子たちのことを考えるなら、諦めさせることも必要です」

 

「……そもそもの話、まともに授業もできない、人が集まる保証もない。そんな学び舎の体裁も保てない場所が、どうして学校なんて呼べるんですか?」

 

“それでもあの学校はみんなの居場所で、それを必死に守ろうとしている”

 

 先生は先ほどから同じ綺麗事しか言わない。どうしてアビドスはもうどうにもならないという現実から目を逸らすのだろう。

 

「……しかし、アビドスを廃校として処理し、自治区は連邦生徒会の直轄地として財政再建を行う。生徒は連邦生徒会の支援という形で、他の学校への転校を仲介する。現実的な落とし所としてはもう十分過ぎるでしょう。この方法なら私の方から連邦生徒会に働きかけることもできます。それでも拒まれると言うのなら……私からしてあげられることは、もうありません」

 

“カヤは立派だね、自分のできることを一生懸命考えてくれる。でもね、子供の願いや希望を支えるのが大人だから”


 

「……はあ、それはまた随分と甘いことを」


 

 それは理想だ。絶望の中で思わず人が縋りたくなる危険な考えだ。

 

「先の未来に理想だけを掲げたところで、目の前と足元の現実が見えていなければ躓くだけです。現実を教え、妥協を教え、その中でも幸福でいられる様に支える。そうあるべきだと、私は思いますが」


 

“それでも大人として子供の意思を否定したくない”


 

「……わかりましたよ。言っても折れなさそうなので、好きにしてください。これもまた妥協というやつです。一応伝えておきますが、現状、連邦生徒会として私は干渉することはできませんよ」


 

 ただ、確かにアビドスの対策委員会の面々が諦めていないこともまた事実だ。そして先生も。

 

“わかってる。……ここがカヤの言ってた拠点?”

 

「そうです。ここがアビドスでの活動拠点になります」

 

 見た目は寂れたアパートだが内装は小綺麗で必要十分な設備が整っている。

 

「これが鍵です」

 

“そのカヤ、ずっと聞きそびれていたんだけど…”

 

「なんですか?」

 

“なんでアビドスの制服を着ているの?”

 

 確かに今の私はアビドスの制服を着ているが……

 

「もとの制服が今回の砂漠越えでボロボロの状態になったでしょう。替えは持っていなかったのでそのままの格好で知り合いに会うはめになったのですよ。その時に余っているからと何着か譲っていただきました」

 

“その人制服屋さんなの?”

 

「そんなところです」

 

 部屋に入る。

 

「奥が寝室で、こちらがお風呂その手前がトイレになっています」

 

“こっちはキッチンか。冷蔵庫がある”

 

「小さいものですがあると便利ですからね。コインランドリーとコンビニの場所を示した地図です。いくつか気になる飲食店もピックアップしておきました」

 

“この柴関ラーメンって気になるね”

 

「評価が高かったですからね、アビドスにいれば行く機会もあるでしょう」

 

 会話が途切れる。顔を上げると先生がこちらを向く

 

“改めてほんとに今日はありがとうね”

 

「どういたしまして」

 

感謝の言葉は素直に受け止める。円滑な人間関係のコツだ。

 

「お互いにできることをしているだけです。私も先生が行動しなければアビドスまで足を運ぶ機会なんてなかったでしょうし、実際収穫もありました」

 

ただ、先生に貸し借りを作るのは危険な気がして言い訳を並べる。

 

「室長なんて仕事をしていると市民の声を直接聞く機会なんて無くなってしまいますからね。私も感謝していますよ」

 

“……あとセリカのことで相談したいことがあるんだけど”

 

「明日にしてください、睡眠を今日は多めにとったほうがいいです」

 

“……はい”

 

「では、私はコンビニで銃弾の補充をしてきます、先生もすぐに寝てくださいね。私は又隣の部屋にいます。体調が悪くなったら連絡してください。すぐいきます」

 

「あと念の為、お風呂は浴槽にはお湯を張らずシャワーで済ませてくださいね」

 

“わかった、お風呂で溺死は嫌だからね。おやすみなさい、カヤ”

 

「おやすみなさい、先生」

 

 

 

 コンビニで銃弾を補給する。商品棚には手榴弾なども並んでいる。今朝買ったペットボトルの水より圧倒的に安い。人の財産を破壊するものがこんなお手軽に買えて良いのだろうか。しかしこうして助かってもいる。皮肉な話だ。

 

 そしてコンビニからアパートとは逆方向へと進むと人気のない砂だらけの公園に着く

いた。そろそろいいだろう。

 

「こんな夜中に散歩ですか?ホシノさん」

 

「うへー、バレちゃった?たまたまコンビニから出てくるとこ見かけてさ〜、おじさんどこ行くのか気になっ……」

 

「学校を出るところからの間違いでは?」

 

「……昼の戦闘を見ていたのは君でしょー」

 

 やはり気づいていたのか。

 

「ええ、観察させてもらいました。先生の指揮を俯瞰的に見ることができる滅多にない機会でしたから、良い勉強になりましたよ。ホシノ副会長」

 

「「……」」

 

 空気が凍りつく。

 

「いまさら連邦生徒会が何の用かなー?アビドスを廃校にするつもりなのー?」

 

 口調は変わっていない、だが油断のない射抜くような視線だ。リンのそれが単なる過労によるものだったのだなと改めて実感する。

 

「聞き耳を立てていたのならばわかるでしょうが、あれは私個人の先生への提案であって連邦生徒会の意思ではないです。それに私にはそんな権限はありませんし、権限のある先生にはその気はないです。第一、私の目的は先生の監視なのです」

 

 ここでホシノと敵対するのはまずい。

 

「監視?……あぁー、あの人連邦生徒会でも持て余してるんだねー」

 

「はい、あれだけの権限を持った大人が現れ、その直前に生徒会長が引き継ぎもなしに失踪したのです。何も考えず信用する方が難しいでしょう。先生に対する評価は概ねあなたと同じだと思いますよ」

 

 共感して少なくとも敵ではない状態にしないと。

 

「うへえ、私が先生を信じていないっていうのー?」

 

 だがなぜだろうか、ホシノの態度に腹を立てている自分がいる。

 

「はい、この尾行もそうですし、今日の戦闘で手を抜いていたでしょう。そんな盾を持って、彼女の意思でも継いだつもりですか?」

 

「おじさんその話したくないから、別の話題にしてくれるー」

 

 平静を保たなくてはならない。

 

「正直、ユメ会長もあなたもあの代でアビドスを捨てて別の場所で幸せに過ごすべきだったと今でも思っています」

 

「その名前を口にしないで」

 

 ホシノの声のトーンが下がる。逆鱗に触れてるのがわかる。けれど黙れない。

 

「そうすれば、あなたの後輩たちもこんなところに執着せずに済みました」

 

 今のホシノはあの人と同じだ。1人で背負うには重すぎる責任を誰にも言わずに抱え込んで……

 

「ユメ会長の真似事をしてアビドスと後輩を守ったところで、彼女は帰ってこないのですよ」

 

 だから、恐らく行く着く先も同じだ。

 

「黙れ」

 

「嫌です」

 

 反射的にその言葉が飛び出した。次の瞬間離れていたはずのホシノの姿がぶれ、目の前にいた。

 

「クッ!」

 

 銃を抜く暇なんてあるはずがない。

 

 咄嗟に自分に向けられつつある彼女のショットガンを払い、殴りかかる。

 

 しかし、ホシノはそれをあっさり避け、腕に絡みつき関節技をかけてくる。

 

 そうはさせじと力任せに放り投げるも、勢いを殺され思ったほど飛んでくれない。

 

 ホシノが空中で体勢を立て直し着地する間に拳銃を抜くが動きが速すぎて狙いがつかない。

 

 仕方がないので当てるのは諦め、ホシノの散弾を避けるのに専念する。

 

 埒が明かないと思ったのか先ほどのように一気に距離を詰めてくる。

 

 その頭を狙って横なぎに腕を振るがやはり避けられ背後に回り込まれる。

 

 狙い通り!

 

 私の横長の瞳孔は闇の中でも視野を広く保てる。その視界の隅に捕らえたホシノの足を踏み抜く。

 

「なっ」

 

 初めて驚く声を聞く。しかし折る気で踏んだのにびくともしていない。

 

 そのまま振り返り姿勢を崩した彼女の銃を手ごと押さえる。

 

 しかしホシノは素早く体勢を立て直しこちらの銃を押さえてきた。

 

 膠着状態に陥る。だが、速度は負けるが単純な力比べならこちらに分がある。

 

 自然と彼女のオッドアイと目が合う。一言では言い表せない感情が彼女の中で渦巻いている。

 

 そしてその瞳にひどい顔をした少女が見える。

 

 ボスッという少し気の抜けた音が耳に入る。それが距離を詰める前にホシノが投げた盾が公園の砂山に落ちた音だと気づく。

 

 お互い少しずつ落ち着きを取り戻していく。銃からゆっくり手を離す。

 

「言い過ぎました。ごめんなさい……」

 

「生徒会長の件も力及ばず申し訳ありませんでした」

 

 頭を下げる。あの件については完全に防衛室の落ち度だと私は思っている。

 

「……もういいよ、終わったことだから。それに私も脅すようなことしてごめん」

 

 銃を返しながらホシノが答える。

 

 この言葉で確信する。彼女の中では終わっていないのだ。そして彼女は自分を許せていない。

 

 またしても沈黙が場を支配する。彼女のオッドアイを目を逸らさずに見つめ続ける。沈黙を破ったのはホシノだった。

 

「本当に連邦生徒会はアビドスに何もしないんだね」

 

「はい、アビドスの生徒会が機能していない以上、今後も傍観という立場をとるしかありません」

 

「そっか……そうだよね……」

 

 張り詰めた空気がようやく解ける。

 

「ごめんねー、怖がらせちゃって〜」

 

「いえ、先に手が出たのは私です。子供の喧嘩として水に流すのが一番だと思います」

 

 実際あの接近は脅しの可能性もあった。ただ、咄嗟に手が出てしまった。

 

「そういえばどうしてこんなに遠いところにおじさんを誘い込んだの〜」

 

「先生はキヴォトスの外から来た人です。当たりどころが悪ければ一発の銃弾で即死します。万が一の可能性を考慮しただけです」

 

「ふーん、信用してない割には気を使うんだねー」

 

「自分の不注意で誰かが死ぬなんてことはもう許さない。それだけです」

 

「立派だね〜、せいぜい気張りすぎず頑張りなよ〜」

 

 そう言って立ち去ろうとするが、何かを思い出したのか突然振り返る。

 

「そういえば、おじさん気になっていたんだけど、どうしてアビドスの制服を着ているの〜」

 

 その日2回目の説明をする羽目になった。




多分カヤは謝るべき相手がいて、自分に非があると感じたらさっさと謝るぐらいの世渡りの上手さはあると思う。
ただ、原作だと謝って済むような問題じゃないのに、謝ってと言われて混乱したんじゃないかというのが筆者の予想。
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