カヤの1日はモーニングコーヒーから始まる。
朝起きてからすぐに電気ケトルでお湯を沸かす。その小気味の良い音を聞きながら、顔を洗い髪をセットする。
コーヒー豆を携帯コーヒーミルに入れて挽く。この香りだけでも気分が上がる。
ペーパーを密着させたドリッパーをカップの上に乗せお湯を注ぐ。この時にペーパーの臭いが落ち、道具も温まるのだ。
残りのお湯はポッドに移し適温になるのを待つ。その間挽いたコーヒー豆をドリッパーに入れ、抽出の準備が終わる。最近は3回に分けて抽出するのがマイブームになっている。
そして、のぼる朝日を眺めながらまずは一口、
「……美味しい」
渾身の出来だ。惜しむらくはこの味を共有できる人が身近にいないことだ。
先生も考えたが、そんなことをすればこれ幸いと毎朝要求されそうで嫌だ。
「……それにしても、いい朝ですね」
D.U.の執務室から見る朝日も良いが、砂漠が色を取り戻していく様には趣がある。
そうやってコーヒー片手に悦に浸っていると、端末がメッセージの着信を伝える。
「……?こんな朝早くに誰でしょうか?」
見ると制服を預けたクリーニング店からだ。服が帰ってくるにしては早すぎる。
「……嫌な予感がしますね」
そしてその予感は当たっていた。
出発時刻の5分前に先生が出てくるのを待つため外に出ると、先生も同じことを考えていたらしい。なんとも間の抜けた見つめ合いが発生する。
“……おはよう、カヤ”
「おはようございます。先生」
“何かあったの?”
不機嫌さがどうにも顔に出ているらしい。
「汚れた連邦生徒会の服をクリーニングに出していたではないですか。そのトラックが襲撃に巻き込まれたらしく、しばらくこの格好で過ごさないといけないようで……はぁ」
その連絡を受けた時は先生に聞こえるかもしれないにも関わらず大声で悪態をつきそうになった。先生は先生で私の言葉を鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で聞いている。
“ご、御愁傷様。けど、その制服も似合っているからいいんじゃない?”
「何も考えずに、とりあえず褒めるのはやめた方がいいですよ」
“いや、本当に似合ってるって”
「そうですか……ありがとうございます。まあ、連邦生徒会の制服はここでは悪目立ちしますからね。こちらの方が行動しやすいでしょう」
一応連邦生徒会と示すためカードホルダーと唯一予備を所持していたネクタイを身につけている。ネクタイはアビドスのものより色が濃い青色をしているので、一見違和感はないが、並べればわかる程度の違いはある。
「先生も昨日はセリカさんと何があったのですか?早く休んで欲しかったので詳しくは聞きませんでしたが」
“それが……”
「つまりセリカさんに嫌われてしまったと……」
昨日私のいない間に起こったことを聞くとなんとも難しい状況になっていたようだ。
“どちらかというと知らない大人を警戒してる感じだね”
「それでどうしたんですか?」
“放課後になんとか話だけでもしようと思って、何回も声をかけたんだけど……“
なるほど付き纏ったのか。
“当たって砕けた”
当たり前でしょと言いたくなる。
「生徒を思う気持ちはわかりますが、放課後に何回も声をかけるなんて逆効果ですよ」
“うん、軽率だった”
「まあ、私も時間をかけて行動で示す以外に有効な方法は思いつきませんね」
“アビドスのみんなに相談するよ“
「そうですね。それがいいでしょう」
その後、学校で先生はセリカのことをアビドスの面々に相談したが、皆も概ね私と同じ意見だった。その流れでセリカが放課後に何をしているのかという話になる。しかし、誰も知らないらしい。そんな中、ノノミが「放課後、セリカちゃんのあとをつけてみるのは、どうですか?」などと言い始めた。
「賛成」
皆が困惑する中、ホシノが即答する。そのタイミングでセリカが現れた。
「おはよう……」
議題が議題なので皆が愛想笑いで誤魔化そうとする中、セリカは視線を巡らせこちらを見る。というか信じられないものを見る目で凝視してくる。
「あの……私がどうかしました」
「てっ、てっ、てっ、転校生!?」
そうだった今私はアビドスの制服を着ているのだ。
“不知火さん、自己紹介を”
「セリカさんには初めまして、他の皆様には二度目となりますが、連邦生徒会所属、防衛室の不知火カヤです。先生の行動評価のために同行させてもらっています」
私はセリカが落ち着いた後、アビドスの生徒たちの前で改めて自己紹介をしていた。彼女が来る前にも自己紹介をしたのだが、その時は先に先生が説明してくれたおかげで、あのような勘違いは起こらなかった。
「その……セリカさんの期待を裏切って大変申し訳ないのですが、転校生というわけではありません」
セリカを肩を落とす。
「なんでそんな格好をしているのよ」
気の毒になるくらい凹んでいる。
「それは色々事情がありまして…」
「……というわけで新しい制服が届くまでこの格好で過ごすことになったのです」
「大変だったのね!困ったことがあったら相談して、力になるから!」
事情を話すとセリカはすぐに納得してくれた。少し素直すぎるのではないだろうか。そこからはセリカとも打ち解けることができた。まあ、ホシノには相変わらず警戒されているようだし、先生は羨ましそうな目でこちらを見てくる。子供と仲良くなりやすいのは子供の特権なのだからそんな目で見ないでほしい。
そして結局放課後にセリカの尾行を行うことになった。
セリカはターゲットと呼ばれ、ハウンドはホシノとノノミの2人であらかじめ決めたポイントで交代する。シロコは全体を俯瞰できる位置につき、アヤネと先生はオペレーターと本格的だが……
「全員顔が割れているのになぜ交代を?」
「こういうのは雰囲気が大切ですから〜」
“雰囲気は大事”
ノノミは実質交代に意味はないと言っているが、先生は楽しそうにしているので雰囲気の意味はあるのだろう。
尾行は続き、セリカはある建物に入って行った。
“ここは……”
「考えていたよりもずっと早く訪れることになりましたね」
そう昨夜話していた柴関ラーメンであった。
待てども待てどもセリカは出てこない。ラーメンを食べるにしても時間がかかりすぎている。とうとう大食いチャレンジでもしているのではという意見まで出始めた。状況的にここでバイトをしているのだろう。するとノノミが「お腹も空きましたし、私たちも入ってみましょうか」と提案した。反対意見は出なかった。みんなお腹が空いていたのだ。
店に入ると予想通りセリカが働いていた。この時間に私たちがここを訪れたことは予想外だったらしく慌てている。その様子や制服姿を口々に揶揄われている。
テーブル席に案内されたが、昨日あんなことになったホシノと同じ席に座るのは流石に気が引ける。「私は部外者なので」と断ってカウンター席に座る。
大将に事情を説明しアビドスの生徒ではないから特別な配慮はいらないと伝えたが「大変だったなサービスするぜ」と言ってくれた。いい人だ。仕事柄、人を疑いながら過ごす必要があるからこそ何の関係もない人との交流が気楽で良い。
見ると先生はノノミとシロコどちらの隣に座るかで迷ってオロオロしていた。見ている分には面白いが助け舟を出すことにしよう。
「こういう時はここです。この位置なら2人の隣ですよ」
そう言って、大将に許可をとってからカウンター席の椅子を持っていく。所謂誕生日席だ。二択しかない選択肢などあり得ないのだ。
柴関ラーメンの味は評判通りの味だった。つまりとても美味しい。この味なら場所を選ばずやっていけるだろう。こんなところでなければもっと繁盛しているはずだ。
先生と大将の会話を聞く限り客足はやはり落ちてきているらしい。当然だ、人口の流出が止まっていないのは統計的にも明らかだ。人は住みやすいところに集まる。人が住みにくいところに人を集めるには何か特別な価値が必要だ。
「なあに、腹を減らして来てくれた客に、ドンとうまいもんを食わしてやる。うちのモットーはそれだけだ!」
そう言った大将に先生が大層感激している。その姿を見ながら大将のような市民を守らなくてならないと再確認する。
「ごちそうさまでした」
そんなことを考えている間に完食してしまった。アビドスにいる間に全てのメニューを制覇しよう。人知れずそう決心するのだった。
柴関ラーメンから出てアビドスの面々と別れる。久しぶりに良い店に出会えた。たまには遠出をしてみるものだ。
すると先生から“相談したいことがある“と言われた。またセリカの件だろうか。だが先生の口から出てきたのは予想外な言葉だった。
“昨日の晩、コンビニの帰りに何があったの?”
真剣な顔でそう聞かれる。
「……どうしてそう思うのですか」
今朝、先生が聞いてきたのはこのことだったのか。
“帰ってくるのに時間がかかりすぎてたし、それに銃声もした”
「それだけでは根拠に弱いですね」
“あとホシノと話す時だけお互いに気を使ってたよね”
“……喧嘩でもしたの?”
どうしてセリカにはあのような距離の詰めかたをするのに、こういうことには目ざといのだろうか。
「……なんですか、見てたんですか」
“いや、なんとなく”
あの件に関して話すつもりはなかった。言葉で人を傷つけ怒らせ、ましてや喧嘩をしたなんて恥ずかしいからだ。
「はぁ、確かにホシノさんと喧嘩しました。けれどお互い謝罪して今は距離を取っているんです」
しかし、それはつまらない意地だ。
“流石に気まずいもんね”
「はい、ただ……すみません。彼女とは仲良くなれる気がしないです」
“無理に仲良くなる必要はないよ”
なんというか、その言葉を聞いて気が楽になったのに気づく。久々の失敗が思った以上に効いていたようだ。
「……そんなものですかね」
“お互いにきちんと謝ったんでしょ。なら大丈夫だよ”
「そうですか」
信用したわけではないが、こういう時に相談できる大人が身近にいるというのは心強い。
「憑き物が落ちた気分です。ありがとうございます」
“どういたしまして”
相談が一区切りついたのでいつもの話題を切り出す。
「ところで先生は戻って仕事をしますか?」
“いや、帰る。カヤは?”
「私も帰りますよ。それではまた明日……」
そう言って先生と別れようとして自分の間違いに気づく。
“……あの、帰る方向一緒のはずだけど”
そうだった拠点は同じ建物だった。いつものように自宅に帰るつもりで言ってしまった。
「……何見てるんですか」
“いや、可愛いなと思って”
「ぶっ飛ばしますよ」
“耳赤いよ”
「あぁ、もう先生なんて嫌いです!」
結局拠点に帰るまで揶揄われてしまった。
本日対策委員会編3章が更新されますね。
ここのカヤはこれから対策委員会編が終わるまでは基本アビドスの制服を着て過ごすことになります。