朝の一杯を楽しみながら例の部下の報告書に目を通す。
とても興味深い内容だ。
始まりはアビドスに赴任した際、ヴァルキューレの拠点の土地の管理者がカイザーコンストラクションであることに気づいた時だ。
利益第一のカイザーコーポレーションがアビドスの土地を購入していることに違和感を感じ捜査を開始した。
初めはアビドス自治区に何か地価の上がるような良い変化があったのかと考え調べた。
しかしアビドス自治区の砂漠化と人口流出は進行し、今後ますます経済規模は縮小していく見込みだ。それに地下資源はないことが地質調査で判明している上、神出鬼没なビナーなどのデカグラマトンも徘徊している。
つまり購入すれば損失しか出ない土地のままだった。
そのため絶対に何か目的があると確信を持ちカイザーコーポレーションの私有地で発見したのが、
「これですか……」
写真が何枚もある。いずれも似た外観の大規模な施設が写っているが、それぞれ場所が違う。そしてその壁にはカイザーPMCの文字。
報告書はこのプロジェクトの責任者がカイザーPMC理事で地下にある何かを探している可能性が高いと結論づけていた。
「アビドスの地下ですか……一体いつから計画を……」
これらの前提を踏まえた上で、ここ数年は土地の購入が停止している。
購入から漏れているのは現アビドス高等学校の敷地とその周辺のみであり、ほぼ同時にヘルメット団による襲撃が始まっていた。
そしてアビドス高校がカイザーローンに多額の負債を抱えていることは周知の事実であり、後は少し想像力を働かせればヘルメット団に襲撃の指示を出しているのが誰なのかは推測できる。
その後、上司にカイザーPMCに対する強制捜査の許可をもらおうとしたものの「対策委員会からの要請がない以上、この状態を是としているのだろう。カイザーコーポレーションの行為自体も合法だ。これは我々の仕事ではない、強制捜査の許可は出せない」と取り付く島もなかったそうだ。
「だから証拠集めに固執していたのですね……」
ただ上司の言っていることも正しい。土地の権利の売買など繊細な問題を対策委員会が把握していないはずがない。事実アヤネがヘルメット団の使用していた装甲車の部品を回収していた。対策委員会も部下と同じところまで掴んでいると考えて良いだろう。
「アヤネさんは抜かりないですね」
随分前に自治区の生徒会が消滅した場合、連邦生徒会の正式な介入までカイザーコーポレーション及びその系列企業に自治区における限定的な治安維持活動を認めるという書類の承認を通した覚えがある。もちろんカイザーコーポレーションからの要請である。
即応できる政治的に中立で治安維持が可能な戦力がカイザーPMCしかいないこと、企業への治安維持委託自体には前例があることを何度も説明して取り付けたのだ。大変苦労したので印象に残っている。
今考えてみるとあの要請はアビドス関連の布石だったのだろうか?しかし、どうにも釈然としない。
「こういう時は彼ですね」
そう呟き端末を手に取る。情報は多いに越したことはない。
今日の対策委員会の議題は「学校の負債をどう返却するか」だ。
だが、議論は「会議中のお互いの呼び方」になり早速脱線している。連邦生徒会のまとまらない定例会議といい勝負をしている。
アビドス高等学校に融資をしているカイザーローン、確かにキヴォトスでは悪徳高利金融業者というイメージだ。しかし、その母体のカイザーコーポレーションが堅実なこともあり、基本泥舟に乗ることはない。
つまり、相手が学生であろうとも融資をするが、最終的に回収できるかどうかはしっかり審査している。
破産されると損するのは貸した側なのだ。
そんな思考を巡らせているとようやく議論が借金問題に帰ってきた。
「毎月の返済額は利息だけでも、788万!私たちも頑張って稼いでいるけど、正直利息の返済も追いつかない」
確か借金の総額は9億6235万だから一月の利率は0.8%、年利にして9.8%ほどか、年利の相場は約15%だったはずだ。借金の総額と返済しているのが5人の学生という点に目をつぶれば相当良心的な利率ではある。しかしなぜ理事はこんな生殺しのような真似をするのだろうか。
「これまで通り、指名手配犯を捕まえたり、苦情を解決したり、ボランティアするだけじゃ限界があるわ」
セリカがもっともらしいことを言っているが、指名手配犯の逮捕や苦情の解決は良いとしても、ボランティアは一銭にもならないからボランティアなのではないだろうか
「このままじゃ、らちがあかないってこと!何かこう、でっかく一発狙わないと」
セリカの熱演は続く。彼女の言うことには一理ある。この状況なら貸した側はなんとしても回収したいはずだ。そこで具体的な企画書が提出することができれば、さらなる融資を引き出せる可能性はある。本来法律上は貸した方が弱いのだ。正直、頭の弱い子と思っていたがその評価を変える必要があるかもしれない。
「そこでこれよ!」
セリカは懐から一枚のチラシを取り出し続ける。
「このゲルマニウムブレスレットを売るの!これでガッポガッポ稼ごうよ!」
前言撤回、とんでもないことを言い始めた。
「これね、身に着けるだけで運気が明るんだって!で、これを周りの3人に売れば……」
「セリカちゃん……それ、マルチ商法だから」
アヤネがなんとも言えない顔で指摘する。
「そ、そんな……二つも買ったのに」
セリカはガックリとうなだれる。あまりにも哀れだ。
「最近購入したものならクーリングオフが間に合いますよ。マルチ商法なら期間も長めですし」
一応助け舟を出す。
「そうなの!?ありがとう!」
本当にこの子は社会でやっていけるのだろうか?
次はホシノが発言を始める。アヤネの「嫌な予感がしますが……」という言葉に完全に同意である。
そのアイディアは……
「スクールバスを拉致して、生徒数をグンと増やそうよー」
論外であった。
「どこに狙いを定めるかによって、戦略を変える必要があるかも」
なぜかシロコが乗り気である。それに発案者であるはずのホシノが困惑している。拒否される前提で意見を出すのは直後に絶対に通したい案を出す時だが、特になかったらしい。
「先日、セリカさんが誘拐された時何が起こったのか考えれば、結果は火を見るより明らかですよ」
そう指摘すると
「そうですよ。他校の治安維持組織が黙ってませんよ…」
そうアヤネが同意してくれる。彼女の感性はまともらしい。
「いい考えがある」
シロコが話し出すが、先ほどの議題に乗り気だった時点で嫌な予感がする。
「銀行を襲うの」
あまりにも荒唐無稽な話だ。ホシノのように本気ではないだろう。
「ターゲットは選定済み。市街地にある第一中央銀行」
「金庫の位置、警備員の動線、現金輸送車の走行ルートは事前に把握しておいたから」
嫌に具体的な上に、ご丁寧に目出し帽まで用意している。
「防衛室長の目の前でいい度胸ですね。私がアビドスにいる間は犯罪は一件たりとも容認しませんよ」
「わかった。いないときにする」
「わかってないじゃないですか!」
当然シロコは後輩2人に反対され、引き下がった。
ノノミが話し始める。彼女はネフティスの令嬢だ。どんな意見が飛び出るか……
「アイドルです!みんなでやりましょうスクールアイドル!」
「却下」
ノノミの言うことには賛同しそうなホシノが珍しく拒否する。
「なんで?ホシノ先輩なら、特定のマニアに大受けしそうなのに」
セリカが若干失礼なことを聞いている。
「うへーこんな貧相な体が好きとか言っちゃう輩なんて、人としてダメでしょー。ないわー、ないない」
特定のマニアに辛辣なホシノであった。
その後ノノミが徹夜で考えたという決めポーズとユニット名はセリカによってダサいと一蹴される。
「室長はどう思います。アイドル」
「アイディアとしては悪くないと思います。ただこの中に作詞作曲できる人、またはその伝手のある方はいるのですか?」
「「「「…………」」」」
この雰囲気私が悪いのだろうか。
「じゃあさ〜、君には案はあるの〜?」
ホシノが聞いてくる。
「私の考えは……」
意地悪な質問だ。知っているくせに。
ただ、実は報告書を読む前にはアイディアが一つあったのだ。ミレニアムに巨大実験施設の建設場所として砂漠を提供し、土地の使用料を徴収する方法だ。
砂漠には何もない、ノイズすら少ない。これを逆に利用する。そのためには砂漠を徘徊しているビナーなどを排除する必要があるが、問題は随分とシンプルになるはずだった。ただ、その土地の権利者はアビドス自治区ではなくなっているため今朝、没になった。
「私の立場では内政干渉になりますのでノーコメントで」
今はこう言うしかない。
「ふーん、じゃあさ、今まで出た中から先生に決めてもらおうよ」
ホシノからのとんでもない流れ弾に先生が驚いている。アイドル、銀行強盗、拉致、究極の選択だ。いや、二つは普通に論外だが……
するとアヤネが小さく震えていることに気づく。書類の山の前に発狂しかけていた時のリンとそっくりだ。
つまり、そっと距離を取る。次の瞬間
「いい加減にしてくださーい!!」
渾身の叫びと共に机が宙をまった。
その後なぜかその場にいた全員がアヤネから説教され、機嫌を治すためラーメンを奢ることになった。
セリカはバイトの制服に着替えて、接客してくれている。これもアヤネへのサービスなのだろうか?
私はいつも通り皆から離れカウンター席でちゃっかりラーメンを啜っっていると、ゲヘナの制服を着たオドオドした少女が入ってくる。会ったことは無いはずだが妙に見覚えがある。
「…こ、ここで一番安いメニューって、お、おいくらですか?」
少女はセリカが看板メニューの柴関ラーメンの値段を伝えると外に出ていく。店の前で誰かと相談しているようだ。
少しして4人組が入ってくる。
その顔ぶれを見て記憶が覚醒しラーメンを吹き出しそうになる。
思い出したあの4人組はゲヘナで指名手配されている便利屋68、ヴァルキューレでも要監視対象の部活のはずだ。まあ、アビドスの生徒たちが何も言わないならいいだろう。この場で犯罪を起こすつもりなら別だがそのような気配もない。
それよりもラーメン一杯を4人で分け合うつもりなのを聞いて、セリカと大将のお節介魂に火がついたようだ。大将が鍋のような器を取り出している。
便利屋68は席に着き相談を始めている。指名手配されている上、口座は凍結中で経営は火の車のはずだがそれでも楽しそうに話をしている。その仲の良さを今の連邦生徒会に少し分けて欲しい。
そして出てきたラーメンは見たこともないほどの大盛りも大盛り、10人前はありそうだ。
大将は「ちょっと手元が狂っちまった」などと言っている。本当に優しい人だ。
便利屋の4人は最初は遠慮していたものの大将とセリカの言葉に安心したのか。食べ始める。
ラーメンに舌鼓を打っている4人を大将はニコニコしながら眺めている。そこに対策委員会も加わりすぐに意気投合してしまった。美味しい料理は立場を超えて絆を結ぶ、一つの学びだった。
アヤネが優秀が故に対策委員会が土地の売却を把握していると勘違いしているカヤです。
あの行動はヘルメット団を支援している組織がいることを見越していなければしないですからね。
ここのカヤの中ではアヤネの評価が高いです。