突然だが考えてみてほしい。平成、令和の世に生まれ育った人間がいきなり大正時代に転移したら、生きて行けるのか。答えは否、である。
では、なぜこんな話をしているかと言うと、今のオレがまさしくその状況にあるからだ。
「ここは・・・?」
やけに暗闇が濃い。いかに夜間とはいえ、街灯すら見えないのはさすがに異常だ。ついさっきまで、オレは東京都内に居たはず・・・
ふと気配を感じて立ち止まる。入り乱れる金属音に、濃厚な血の臭い。
「まだ生き残りがいやがったのか?」
「!?」
立ち塞がる異形に、倒れ伏す和装の若者たち。そして彼らの羽織にデカデカと書かれた『悪鬼滅殺』の文字。ああ・・・これは例の大ヒットアニメ、だよな?
しかし。オレはあの作品のことをあまりよく知らない。もとよりホワイトルームでは、エンタメ関連のカリキュラムなど皆無だったしな。松雄の隠れ家で多少ネットから情報は得ていたものの、いずれ・・・と思っているうちに劇場版の上映が終わり、コミックも連載終了。気付けばすっかりブームも落ち着いてしまった。ふっ、これは完全に乗り遅れたな。(諦念)
確か1910年代の日本で鬼を斬る話だったと思うが、詳しいストーリーも登場人物も曖昧模糊としている。これじゃほとんど、ぶっつけ本番だ。身を隠して過ごしたいとは願っていたが、まさか過去へのバカンスとか冗談にも程がある。拙い原作知識を辿って身構えながら、密かに我が身の不運を嘆いてみるが、眼の前の現実が変わることはなく。
そう、いつの間にかオレは大正時代に転生?していたのだった。
さて、いきなり下弦の鬼とかいう輩に遭遇したオレは、そこらに落ちていた刀を手に、救援が来るまで時間稼ぎをしてみせた。当然ながら、剣術はホワイトルームで履修済み。免許皆伝の腕だ。現代日本で使う場など無いと思っていたが、まさかこんな形で役に立つとはな。文字通り芸は身を助ける、ということか。で、後はまぁ、お決まりの展開だ。察してくれ。
唯一の心配は、オレに原作知識という名のチートが無いという点だが、そこは二次創作なので何とかなるだろう。(雑)
* * * * * * *
「ここか」
さて、鬼殺隊本部に伝説の育手とやらを紹介され、遥々山を越えて来たは良いが、目の前にあるのは寂れた山小屋。とても強キャラが居るようには見えない。こりゃ開始早々外れ籤を引かされたか・・・
「!!」
不意に飛んで来た斬撃を仰け反って躱すと、続く横薙ぎをバックステップで避け、距離を取った。
「あっぶな・・・!」
「ほう、今のを躱すとは。何かやっていたのか」
「・・・ピアノと書道を少々」
「ふっ・・・喰えんヤツだ」
そこに立っていたのは、女袴を着崩した大正乙女。令和でも充分通用する美人さんだ。何処とは言わんがとにかくでかい。いつの世にも居るんだな。というか、乙女と呼ぶには些か微妙な年頃だが。
「貴様、いま何か失礼なことを・・・」
「滅相もございません」
再び膨れ上がる殺気に全力で謝罪。斬撃も面倒ごとも避けるに限る。オレのモットーは事なかれ主義なのだ。
「で、お前が綾小路か」
そう言って納刀した彼女は、やる気が無さそうに名乗る。
「茶柱佐枝だ。貴様に鬼殺の全てを教えてやる。ただし私に惚れるなよ。筆下ろしの世話までは御免だからな」
* * * * *
「貴様・・・本当に素人なのか?」
茶柱の呆れたような声に、構えを解く。結論から言うと、鬼殺隊士になるための修行は退屈極まりないものだった。ホワイトルームの最高傑作とまで呼ばれていた身には、正直児戯にも等しい。要は呼吸法で身体能力を高めればいいだけのこと。全集中をマスターしたら、あとは自然と身に付いた。普通はこの程度の鍛錬に数年間を要するらしいが・・・
素直に疑問を口にすると、おかしいのはオレの方だと言われた。なぜだ?
茶柱の元で過ごすこと早1ヶ月。
日持ちする漬物や干物ばかりの食事に、乱雑を極めた小屋の中。剣術の師匠である彼女は、女子力が高そうな見た目に反して家事全般は『からっきし』だった。だが生憎と、ここにはコンビニもファミレスも無い。
「師匠、食事は作らないんですか?」
「ん?そんなの、週末に店で食い溜めするものだろう?」
「じゃあ洗濯は?」
「週に一度、麓の村から女将さんが来てくれるが?」
そんなやり取りを経て確信する。駄目だこりゃ。そこでオレは、自分と残念な師匠の健康で文化的な最低限度の生活を維持するため、修行に加えて専業主夫業務にも励むことになったのだ。てか女性の肌襦袢を毎日手洗いさせられるとか、実はこれがいちばんハードな修行項目だったりする。
「なにっ!?お前、料理が出来るのか?」
「まぁ、ひと通りは。どうせ食べるなら美味しい方が良いですから」
で、今日も朝食を作っていたら、起き抜けの茶柱が愕然とした様子で立ち尽くしていた。それよりも取り敢えず、ちゃんと身嗜みを整えてくれませんか。さすがに色々と問題が。
因みにこちらは全くそんな気は無いが、やはり健全な男子にとっては朝から些か目の毒だ。いや、繰り返すがそんな気は全然無いからな?そもそもそんな感情など、あの部屋に置いてきた。
「くっ・・・負けた・・・いや待てよ、私にもやっと遅い春が・・・」
ひとまず、何やらぶつぶつ言ってる彼女は置いておこう。これ以上聞いちゃダメなやつだ、これ。
「き、清隆。これから毎日私に味噌汁を作ってくれないか?」
「は?最後の方がよく聞こえなかったんですが」
いつの間にか呼び方がサラッと『貴様』から『清隆』へと昇格している事実に戦慄しながら、難聴系キャラで切り抜けようとしたオレは、外から聞こえた声に思わず振り返った。
「サエちゃん居る〜?」
微妙な空気を破り、深閑とした山小屋を訪う客人がひとり。応対に出た瞬間、即座に理解した。これは面倒くさい相手だと。いきなりサエちゃん呼びとか、茶柱の同期か?
現れたのは、ゆるふわな感じの若い女性。茶柱とはまた違ったタイプの、一瞬で相手を魅了する蠱惑的な美人さんだ。初心な少年ならばイチコロだろう。だが腰に差した日輪刀が、彼女の素性を如実に物語っていた。
「私、元星柱の星之宮知恵って言います。宜しくね」
やはりな。
小首を傾げながら、上目遣いでの自己紹介。実に魅力的。だが、いかにも打算的な言動がいちいち鼻につく。オレは警戒レベルを引き上げた。
「あ、もしかしてきみが清隆くん?」
またまたいきなりの名前呼び。言いながら更に距離を詰めてくる。とてもいい匂いがする。あと笑顔があざとい。
「ふーん。きみ、モテるでしょ。私が育手だったら絶対放っておかないんだけどなぁ」
いや、放っておいてくれて構いません。寧ろ放っておいて下さいお願いします。
全力で拒否するオレなどお構いなしに、星之宮は両手を胸の辺りで組み、ひたひたと摺り足で迫って来た。まさかこれが『星の呼吸壱の型』とか言わないよな?
「そうだ!清隆くん、私のところに来ない?お姉さんが色々と教えちゃうぞ。今なら特別に筆下ろしもしてア・ゲ・ル・・・ぐぎゃ!?」
不意に乙女が出しちゃいけない声を上げて、星之宮が悶絶した。茶柱が刀の鞘で彼女の頭をひっぱたいたのだ。
「いった〜い!サエちゃんいきなり何するの!」
「それはこちらの台詞だ。お前こそ、私の継子に何をしている?」
頭を吹き飛ばすほどの強烈な一撃を受けながら、涙目だけで済んでいる星之宮。ええぃ!鬼殺隊のはいからさんは化け物か?!
「だって清隆くんとっても可愛らしいんだもん!だから私のところに来ないか誘惑・・・じゃなくて勧誘してただけだよ」
その歳で、だもん!じゃないだろ。それにいまさら言い直しても手遅れだ。
「どうせサエちゃん、
何を?とは敢えて聞かない方が良いのだろう。
「なっ!?ふ、巫山戯たことを・・・だいたいお前も継子を抱えているんだろう?」
あの茶柱が狼狽えている。やはりただのゆるふわじゃないようだ。
「うん、まあね・・・あ!それじゃ清隆くんとうちの継子、交換しない?正直、あの子見込み無さそうなんだよね。あれじゃたぶん最終選別で死んじゃうだろうし。てへ♪」
「チエ、貴様・・・」
不穏すぎる会話の中に紛れ込んだ、聞き逃せない一言。しかし俺がそれを指摘するより早く、星之宮は後ろに飛び退いた。刀に手を掛けて一歩踏み出す茶柱。
「あはは!冗談冗談!清隆くん、じゃあまたね。その気になったらいつでも大歓迎だよ。夜這いドンと来い!」
ひらひらと舞うように去ってゆく細い背中。てか結局、用件は何だったんだろうか。
「なんか、凄い人でしたね・・・」
「気にするな。あれでも腕は確かなんだがな」
柱まで登り詰めながら、あの若さで一線を退いて後進の育成にまわるとは・・・鬼との戦闘で何か深手を負ったのだろうか。それとも・・・まさかな。確か鬼滅って少年漫画だったし。
・・・などと自分で否定しておきながら、オレは余計な質問をしてしまった。
「彼女はなぜ育手に?」
「・・・気になるのか?」
僅かに躊躇う素振りを見せる茶柱。その時点でもう、答えは出ているようなものだが。
「ヤツはその・・・若い隊士を喰いまくってお館様の逆鱗に触れたのだ」
「・・・」
敢えて言おう。鬼より先に
そして翌日、オレは最終選別行きを告げられたのだった。
次回中編:ようこそ最終選別へ