「はい、召し上がれ」
満面の笑みでお茶碗を差し出す胡蝶カナエ。周りには座布団が敷かれ、簡単なちゃぶ台まである。そして手元で湯気を立てる味噌汁。あれ?オレの転移先はサザエさんだったのか?(錯乱)
今日は選別三日目。贅沢なランチを終えたオレは、あの運営少女から手渡された型録を眺めていた。上質な和紙で作られたそれには、野営用のテントから鍋釜、箸、湯呑に手拭いや食材まで、あらゆる生活必需品が掲載されている。頼めば直ぐにレンタルできるのだ。なお、代金は例の十万円から差し引かれるとか。オイオイ。
価格設定も絶妙で、七日間のレンタルでほぼ十万円に到達するように調整されていた。つまりそういうことだ。
結局、みんなで少しずつ持ち分を出し合って必要な品を揃え、最低限の住環境を整えた。もちろん、自分の取り分が減るのを嫌って支払いを渋るヤツも居たが、そもそもこの選別に生き残れなければ意味がない。尤も、生き延びた暁には残額ゼロになっているだろうが。文字通りの子供騙しだ。
つらつら考えながら、オレは初日の出来事を思い出していた・・・
「皆さん、ちょっと待って下さらないかしら?」
チュートリアル少女が消え、平田の発案で全員が名乗った後、胡蝶カナエが声を上げた。
「胡蝶さん、だったよね。どうしたの?」
すかさず櫛田が反応する。主導権争いのつもりなんだろうが、
「はい、皆さんにひとつ聞いて頂きたい提案があります」
改まって切り出すカナエの様子に、思わず皆が耳を傾ける雰囲気になったところで邪魔が入った。
「ククク・・・俺に話を聞かせたいなら、それ相応の見返りがなくちゃなぁ?」
そう言って下卑た笑いを浮かべたのは、龍園とかいうロン毛。あれでまさかの同い年とか、ウソだろ・・・
「黙って姉さんの言うこと聞きなさいよ!」
しのぶが混ぜ返すが逆効果だ。
「チッ!まだ生えてもいねぇ餓鬼が。おいアルベルト!剥いてやれ」
「Yes , Boss.」
龍園の手下、グラサンに羽織袴という山田アルベルトが手を伸ばす。ハッとして身体を強張らせるしのぶだが、逃れる術はない。
「ら、乱暴はいけないよ!同じ仲間同士じゃないか・・・」
腰の引けた平田の言葉など、何の効き目もない。まずいな、止めるか。
「山田くん?」
と、カナエのひと言にビクリと動きを止めるグラサン。口調はあくまでも穏やかだが、有無を言わせぬものがある。しかもここでヤツを
「チィ!目標変更だ!アルベルト!生えてる姉の方を・・・」
「翔くん?」
「ヒィ!?」
一撃で腰を抜かす龍園。マジか。嫋やかな外見に騙されそうになるが、
呆気なく姉に無力化されたふたりを見て、しのぶが再起動する。
「ぜ、全然怖くなんてないんだからね!あ、あるべると?そこの長髪素浪人風情を剥いてやりなさい!」
調子に乗りすぎだ。
「しのぶちゃん?」
「ひゃん?!」
その後、妙な組み合わせの三人が正座させられ、カナエからお説教を受けたのは言うまでもない・・・
そして彼女の提案で、オレたちは協力体制を築くことになったのだ。藤の木の群生地にベースキャンプを設定し、昼間は休息や物資の調達に努め、夜は周囲の警戒と鬼狩りだ。お蔭でオレたちはまだ、ひとりの脱落者も出していなかった。
実を言えば、オレは単独でもこの選別を乗り切る自信があったのだが、カナエの同調圧力に押し切られてしまった。それに、わざわざひとりで苦労するよりは群れていた方が楽だしな。
取り敢えず身の安全を確保したオレは、単独行動で雑魚鬼相手に実戦経験を積む傍ら、カナエからしのぶの事情を聞かされたり、例の木箱の
「ちょっと出てくるぞ、山田」
「Yes.」
門番の如く仁王立ちしているデカブツに声を掛けると、オレはベースキャンプを出た。定時巡回のためだ。因みにヤツと龍園はカナエにやり込められて以来、借りてきた猫のようにおとなしい。山田くん呼びも彼女の提案だしな。笑えるぜ。
日輪刀の状態を確かめながら山中へと分け入る。まだ夕方なので、面倒事に出会う心配はないだろう・・・
・・・と思っていた時期もありました。
「あームカつく!何なのよあの女!やけに上品振りやがって!お育ちが良いのを自慢したいの?それに鬼を助けたいとか巫山戯んな!」
巡回中に感じた人の気配を辿ってみると、思わぬ場面に遭遇してしまった。天使櫛田のご乱心。どうやら、ディスられてるのは胡蝶姉らしい。にしてもこの声はまずいだろ・・・
「それにあたしの役回りを盗りやがって!クソ女がっ!!」
ひときわ大きく喚くと、手近な藤の木に回し蹴りを放つ櫛田桔梗。轟音とともに大木が倒れる。何て馬鹿力だ。あれだけでもう柱レベルだろ。が、色々と迂闊なヤツ・・・とにかく、関わり合うべきではない。
そう考えて立ち去ろうとしたオレだったが、その僅かな足音に櫛田が振り向く。
「なっ!?あんた何時から・・・」
「たったいま来たところだが・・・」
待ち合わせでは定番の返しも、さすがに此処では通用しなかった。当たり前か。
「そっか・・・全部見られちゃったんだね」
にわかに天使の笑顔を浮かべ、少し恥じらいながら近づいてくる櫛田。怪しさが半端ない。そしてオレの手を取ると、自らの胸に押し当てた。痴女か?
「もし喋ったら、あんたに手籠にされたって騒いでやる」
一転して歪な無表情を浮かべる櫛田。これが裏の顔か・・・て言うか、ここで揉みしだいたらその顔がどうなるのか、試してみたい気もするが・・・
「これで口止めのつもりか?」
こちらの反応が薄いことに焦れたのか、ヤツの声が大きくなる。
「あたしは本気よ!何なら今すぐ鬼殺隊本部に・・・!」
「そんな暇は無さそうだぞ?」
「え?」
既に辺りは日が翳り、雑魚鬼たちの気配が充満していた。まぁ、あれだけの大声や轟音を立てたのだから当然だ。
「う、うそ・・・?た、助けて綾小路くん!」
その変わり身の早さには呆れるばかりだが、ここまであからさまだと、ある意味却って清々しい。見たところ、彼女の剣術はせいぜい中の下といったレベル。単独でこのピンチを切り抜けることは難しいだろう。
正直、櫛田がどうなろうと知った事ではないが、どうせこの状況では戦わざるを得ないのだ。自分自身以外にもうひとり助けたところで、手間暇に大差は無い。それにコイツのコミュニケーション能力は有用だ。つまり、まだ使い道はある。
櫛田を助ける理由を考えながら、オレはゆっくりと日輪刀を抜いたのだった。
* * * * * * *
さて、どうしてこうなった?
六日目の朝を迎え、残すところ、あと一日。雑魚鬼はあらかた狩り尽くしたし、警戒態勢にも抜かりはない。もはや不安要素は何ひとつ無かったはずなのだが・・・
「清隆くんって凄いんだね!居並ぶ鬼たちを
あれ以来、やけに櫛田が懐いてきたことを除けば。いやそれよりも、カナエの笑顔がどんどん怖くなってきているような気がする・・・
「あら、名前で呼び合うなんて、おふたりは随分仲良くなられたのですね?」
「は?」
どこをどう見たらそうなる?
「うん!だって清隆くんは命の恩人だもん!」
天使モードの櫛田は太陽の如く微笑むが、そこに元星柱の顔が重なって見えるのはなぜだ?恋か?いや違うな。
すると背後から別の小さな声が。
「か、かっこいいなと思ってたのに、こんな女誑しだったなんて・・・」
「え?」
最近、
「な、なんでもないっ!」
真っ赤になって走り去る小さな背中を見送っていると、最上級の笑顔でカナエが迫ってきた。
「
果たしてオレは、この最終選別を生き延びることが出来るのだろうか。
そして・・・
「しのぶの下着が無くなったの」
深刻な表情で呟くカナエ。
六日目の日も暮れ、試験終了までのカウントダウンが始まるこのタイミングで、最悪のクエストが発生したのだった。
「今すぐ全員の持ち物を改めるべきよ!」
やはりと言うべきか、怒りに任せて暴走するしのぶ。先日の櫛田同様、柱に匹敵する迫力だ。
「ま、待ってくれ胡蝶さん。まだ誰の仕業かはっきりしていないし・・・」
平田が宥めるが効果なし。まあ、アイツじゃこの程度が限界だろう。
「そんなの、男子の仕業に決まってるじゃない!」
女子の仕業というオチも期待していたのだが、さすがにそれを口にするほどズレてはいないつもりだ。
すると、怒髪天のしのぶが鬼の形相でこちらを睨みつけてきた。いやだからなんでそこでこっちを見る?
「素直に名乗り出たら、その心意気に免じてひと思いに斬殺してあげる!!」
そりゃまた有り難いことで。鬼は斬れなくとも変態なら斬れるってことか。ま、本人には絶対言わないがな。
「落ち着きなさい、しのぶ。いくらなんでも言い過ぎよ」
カナエが諌めるが、なおもしのぶは収まらない。この展開、まずいな・・・既に鬼の接近を感じ取っていたオレは、仕方なく口を挟んだ。
「それくらいにしておけ、しのぶ」
「一番怪しい貴方に言われたくないわ!!」
しかし、オレの警告を遮ったしのぶの叫びに地鳴りが重なる。そして茂みの向こうから現れたのは、多数の手を生やした巨大な鬼だった。雑魚鬼とは明らかにレベルが違う。レギュレーション違反だろ、これ。
「小僧、今は明治何年だ?」
と、不意にヤツが問い掛けてきた。てか、なんでオレ?
「ん?今は令和だが・・・」
思わず答えてから間違いに気付いたが、まあいいか。どうせこれから斬り捨てるのだから。
「アァアアア!!年号がァ!!年号が変わっているぅ!!」
そして、なぜか悶絶するヤツの頭には真っ白な肌襦袢が引っ掛かっていた。てかお前だったのかよ!
「水の呼吸壱ノ型、水面切り!」
「水の呼吸弐ノ型、水車!」
オレが黙ってツッコミを入れている間にも、衝撃から立ち直った冨岡たちが次々と技を放つが、効果は無い。何本もの腕に阻まれてこちらの攻撃は届かず、肉体の再生速度も桁違いで歯が立たないのだ。初心者向けの採用試験だったはずなのに、いきなりハードモードとか難易度調整間違ってるだろ、運営。
いや待てよ?これはあれか。いわゆるピンチになったら覚醒する主人公のパターンなのか?だがしかし、当の
「くっ!綾小路くん、頼む!」
手鬼の圧力を受けて後退して来た平田が、いまだ攻撃を行っていないオレに向かって叫ぶ。いやしかし、そう言われてもな・・・
「なぁ平田、技の名前って絶対言わなきゃダメなのか」
「そ、そんなことより早く攻撃を・・・!!」
目の前で狐のお面を付けた少女、真菰が手鬼に足を掴まれバランスを崩した。はぁ、さすがに仕方ないか・・・軸足を踏み込むと、流れるような動きでオレは抜刀した。ええい、ままよ!
「お茶の呼吸壱ノ型、焙煎!」
次の瞬間、オレを除く全員がその場でズッコケたのだった。
* * * * * * *
「俺の手を握ってくれよ、いつものように・・・」
小さな声で呟きながら、手鬼が崩れてゆく。きっと人間だった頃の記憶が甦っているのだろう。まぁ、オレが屠った相手ではあるが、せめて安らかに眠れ・・・
「・・・兄ちゃん兄ちゃん、手ぇ握ってくれよぉ・・・たわばっ?!」
なんと、今際の際に爆裂したっ?!まさか捨て身の血鬼術か?!
「ごちゃごちゃ言わずにさっさと逝きなさい、この変態!」
いや、単にしのぶが手鬼の頭を踏み潰しただけだった・・・しかし容赦ないな・・・コイツも未来の柱候補かも知れん。うん、やっぱりこの姉妹は怒らせちゃダメだ・・・(確信)
最終選別は終わった。オレたちは犠牲者ゼロで乗り切ったのだ。鬼殺隊史上初の快挙らしい。下着泥棒も同時解決(被疑者死亡)したし、まずは文句なしの結果と言えるだろう。その後、隊服の採寸や日輪刀の素材選びを終え、オレはいよいよ
【大正コソコソ噂話】
例の十万円だが、かなりの額を手元に残しておいたのに、隊服代と日輪刀製作費の名目で全部持っていかれた。なぜだ。
あと、伝令役として充てがわれたのは『鈴音』という名の、無愛想な雌の鎹鴉だった・・・
「どうだ、少しは本気を出せたか?」
「は?何時だってオレは本気ですよ?」
「フッ・・・やはりお前は喰えんヤツだ」
そしていま、無事帰還したオレは
「そう言えば師匠」
「なんだ?」
ひと通りの報告を済ませると、オレは前々から気になっていた疑問を投げかけた。
「師匠は現役時代、何柱を拝命していたんですか」
「・・・私にそれを聞いてきたのは、お前で二人目だな・・・」
ため息混じりに呟くと、妙な間を空けてから彼女は口を開いた。
「茶柱だ」
おわり