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2つのサッカー部の選手たちがそれぞれのベンチに集まる。雷紋イレブンは赤いビブスを身に着けはじめた。
雷門側の選手は専用のジャージを着ていたものの、雷紋の選手達は思い思いの練習着だったためだ。試合の予定ではなかったため無理もないが。
「この練習試合、ボールを持っている側が圧倒的に有利になるな~」
「豪炎寺さんがどのくらい攻めてくれるかにもよりますけどね」
「あー、そういやパスオンリーのフリーマンとは別に言ってなかったっすね」
燎莉の言葉に雷紋DF陣は顔を青くする。
「ドリブルもしてくるってコト!?」
「敵として豪炎寺さんと対面とか怖すぎる」
この練習試合に当たって豪炎寺選手から提案されたのが、"フリーマン"を使った試合だ。
"フリーマン"として試合に参加する豪炎寺は、ボールを保持している側のチームの味方としてプレーをする。つまりボールを持っているチームは12人となり、攻撃側が人数有利となる。
「豪炎寺さんのシュートは止められんぞ」
キーパーグローブのマジックテープを付け直しながら、多井が真顔で宣言する。
「そこは止めるって······言えねーか」
「いや~流石にシュートはしないか、せめて手加減してくれるだろ~」
「アタシは豪炎寺さんの本気のシュート見たいっすけどねえ」
「俺を殺す気か。向こうのゴールへのシュートが見れるといいな」
茶化し合いながら、コート横で自分たちと同様に軽いアップを行う豪炎寺を見る。
「それにしても、あの豪炎寺さんと同じピッチに立てるなんてな〜」
「確かに。現実感なくてまだフワフワしてますよ私」
「練習とはいえ、一応試合形式。余りみっともない姿は見せられない」
「っすね!雷紋FW陣の力、見せてやりましょうよ!」
アップを終えると、青山コーチから合図が出た。2チームの選手たちがそれぞれのポジションへと散らばっていく。
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雷紋中:フォーメーション
FW
10 滝ノ上昇太(3) 9 山口透(2) 11 燎莉聖火(1)
MF
13 吹越伊澄(1) 6 天羽隆弘(3)
7 安芸創士郎(2)
DF
5 渋谷紡来(2) 2 駅田裕司(2)
4 館山大貴(3) 3 門坂千尋(2)
GK
1 多井國次(3)
ベンチ 12 月城源(1) 8 那須日凪子(2)
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雷門中:フォーメーション
FW
10 刀掛真(1) 11 宇野大河(2)
MF
9 園部麻衣(3) 6 日置陽太郎(1)
7 本間悠征(2) 14 風間莉緒(2)
DF
5 増渕黄河(3) 3 鷹野蓮(3)
4 盤洞雄大(3) 2 理村孝作(2)
GK
1 佐護砦(2)
ベンチ 8 墨達人(3) 12 才剛鉄矢(3)
13 小野謙太(2) 15 奥田祐馬(2) 16 服山慎一(2)
17 左澤奏多(1) 18 右島泰輔(1)
19 中原曜子(1) 20 太田弘人(3)
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雷紋中のFW、山口と燎莉がキックオフのためセンターサークル内に立つと、豪炎寺は
「声出してけよー」
と屈伸しながら声を張るのだった。それに両チームの選手が応えると共に、笛が鳴った。
「豪炎寺さん!」
山口が足裏で転がしたボールを、燎莉はダイレクトで豪炎寺へと渡す。どんなプレーが見られるのか、コート上の選手たちが豪炎寺に注目する。しかし、その先のボールの動きを捉えることができた者は、極僅かだった。
「は?」
「クソッ」
豪炎寺がシュートを撃った、と選手たちが辛うじて認識する頃には、ボールは雷門中側ゴール右上隅に突き刺さっていた。静寂の中、横っ飛びでシュートに食らいついていた雷門中GK佐護の、地に落ちる音だけがフィールドに残る。
「ええ······?」
「ナ、ナイシュー······」
選手たちは一瞬の出来事に頭がついていかない様子。ベンチに座っている教師陣も、手を叩いて笑う半田監督を除いて再びの困惑だ。
「え、えー。雷紋中一点!――気を取り直して雷門中ボールでキックオフしましょう」
冷や汗を流す審判役の青山コーチが、得点の笛を吹く。理解できない状況に戸惑いながらも、センターマークに再びボールをセットする雷門中チーム。シュートを決めた後も、特に何も言わず待機する豪炎寺に不安を抱きながらも、今度は雷門中側FWがパスを出す。
「くっ」
再び豪炎寺から放たれる超高速のシュートに、多井は動くことすら叶わない。これで得点は1-1。しかし、豪炎寺以外の選手はほぼサッカーをできていない。
「すまん」
「······見れたな。豪炎寺さんのシュート」
この状況では、なににどう対処すればいいかも分からない。この先の方針を考える間もなく、再びコート中央にボールが戻る。
「······どうする?」
山口は燎莉に尋ねる。豪炎寺にパスを出すだけでは、先の光景が繰り返されるだけだろう。このままでは折角の貴重な時間を無為に消費してしまう。
「アタシはこのまま、見たいっす」
(様子を、ってことか?まあ、点は入るだろうしな······)
「わかった」
既にリスタートの笛は吹かれている。山口は仕方なく燎莉へボールを転がし、そのボールが豪炎寺へと渡る。その先は同じプレーの焼き直しと言って差支えのないものだった。
豪炎寺の脚が振るわれたかと思えば、ボールは雷門中側のゴール右上隅に収まっていた。初回とは異なり、佐護の手はボールに届いたものの、その威力の前に簡単に弾かれてしまう。
「ドンマイ!」
「次は、止める······!」
得点は2-1で雷紋中のリード。だが雷門中の選手たちも、予想はしていたためショックはない。とはいえ豪炎寺のプレーの意図が分からず、困惑しているのは両チームとも共通だ。
但し、二人のプレイヤーを除いて。
「······そういうことか」
「ふむ」
時を同じくして、両チームの司令塔、本間と安芸がこの試合の狙いを理解する。ただ、それを確かめる機会を先に得たのは、雷門中チームであった。
「試合を組み立てる。こっちだ!」
本間からの呼びかけに応え、雷門中FW宇野からMFの本間にパスが渡る。そこへ雷紋中FW山口がプレスをかける、が。
「ワンツーを!」
そう言いながら、本間は豪炎寺へとパスを出す。
「よし!そうだ。声、出してこう」
「なっ」
豪炎寺から、走り出した本間にパスが返る。奇麗なワンツーパスが通り、山口は置き去りに。
「上がれ!」
本間の号令で、雷門中イレブンが一斉に前線へと駆け出す。ボールを持った本間もそのままドリブルで雷紋中陣地に攻め込んでいく。
「溜めをお願いします!」
「ひー。私がいかないとだよね〜」
再び豪炎寺へとパス。雷紋中MF吹越が豪炎寺に向かうが、背を向けてのキープに為す術がない。
「マークにつけ!」
安芸からも指示が出る。しかし突然の豪炎寺のシュート以外のプレーに、雷紋中の選手には判断の遅れが出る。本間には渋谷がマークにつくも、それを見るや否や本間は豪炎寺の前を横切るように右へと走り出す。
「パスを!」
「行かせるか!」
本間にはピタリと渋谷が張り付き、パスを出させまいとする、が······
「違う!DF!マークを外すな!」
右に向かう本間に雷紋中DF陣が意識をやる、その一瞬。隙をついて雷門中FWの刀掛が抜け出す。豪炎寺が振り向きざま、逆サイドを駆け上がる刀掛へスルーパスを送る。
「しまっ······」
雷紋中DFの駅田と門坂が追いすがるが、完全に裏を取られている。マークを引き剝がした刀掛が、飛んでくるボールに合わせ跳躍した。
「もう遅い! バイシクルソード !」
「くっ」
ダイレクトでオーバーヘッドシュートを叩き込む。黒いオーラをまとったボールが、剣のように鋭くゴールを襲った。
「止める! 地和! 」
多井も負けじと飛び上がり、落下の勢いを掌に込めて叩きつける。必殺技と必殺技のぶつかり合い。制したのは、シュートの勢いの方だった。
「ぐああっ!」
地和のオーラを斬り飛ばし、ボールがゴールネットを揺らした。得点を報せるホイッスルが鳴り響く。
「多井先輩!」
「すみません、フリーで打たせてしまった」
「いや、仕方ないさ。キーパーの俺ですら、 10番の飛び出しに気づくのが遅れた。いや、今はそれよりもだ」
多井はゴールの中に転がったボールを拾い、安芸に投げ渡す。安芸は両手でそれをキャッチし、受け取ったボールを見る。
「そうですね。豪炎寺さんのあのプレーと『声を出せ』の指示はつまり、『意図を持って自分を動かせ』ということだったんでしょう」
「······そういうことだったのか」
「ちゃんと次のプレーを考えてパスを出せってことね」
「確かに最初は、雷紋中も雷門中も『なんかしてください』みたいなパスだったな」
安芸の言葉に得心が行ったと頷く選手たち。豪炎寺は、選手達に考えがなければ練習にならないぞ、ということを言いたかったのだろう、と。しかし、安芸はボールを見つめたまま思案を続けている。
「······どうした、安芸」
「いえ、先刻の本間――敵7番のプレー。豪炎寺さんの意図に気づき、即座に活用して見せたのは勿論なんですが······」
安芸の答えに、多井は敵の一つのプレーを思い浮かべる。
「――あのパスをもらうと見せかけた動きか」
「ええ、あのプレーで自分に注目を集めるだけでなく、あえて豪炎寺さんの前を横切ることで、守備側から豪炎寺さんへの視線を一瞬遮った」
「ええっと、そうすると······?」
吹越が尋ねれば、安芸が言葉を続ける。
「ボールを持っているのはあの豪炎寺選手。それが一瞬とはいえ視界から消える。その次に、守備側の意識はどうなると思う?」
質問で返され、うーんと唸る吹越。だが、DFの視点になって状況を想像してみれば、すぐに答えは出た。
「あっ、なるほど!いつもよりボールの場所に注意しちゃうってことですね!」
「そう。その瞬間を狙って、あの10番が走り出した」
▽
雷紋中が敵の攻撃を分析している中、ベンチでも同じく野咲に向けて解説が行われていた。
「更に、豪炎寺······選手にゴールに対して背を向けさせたのも、守備側からボールを見えにくくして注意を集めさせる、視線誘導の一環でしょうね」
半田の持つ作戦ボード上には、マグネットとペンを使ってコートの状況が再現されていた。
「声でもキープの指示は出してましたが、そちらの13番ちゃんがすぐにプレスをかけられるような位置にパスを出した。豪炎寺選手ならその意味が分からない筈がない」
「パスを通じて『ボールを隠すようにキープして欲しい』という意図を伝えたんですね。雷紋中の選手がボール観測者になりやすいように、そんな沢山の罠を」
手持ちのノートにメモを取る野咲。そんな彼女を微笑まし気に見ながら待つ半田。野咲は途中でペンを止めると、
「その後のロングパス······そちらの豪炎寺選手への指示はどうやって?」
「それもプレーを通してって奴でしょうね。雷門中の7番が右に走ることで、豪炎寺選手の左前側にスペースが空きましたから。そして、空いたスペースの先には、左サイドを上がる10番が見える。あいつもボールをくれ、とハンドサイン出してましたね。あとはもう、そこにパスを出してもらえれば······」
「――あの速攻が生まれる訳ですね。······ありがとうございます。参考になります!」
「いえいえ、このくらいは」
野咲が深く頭を下げれば、半田はにこやかに答える。
予想以上にいくつもの考えが込められていたワンプレーに驚きつつ、野咲は再びフィールドに目を向けるのだった。
▽
「しかし、それをあの短い時間で組み立てたのか…」
「ええ、それにあの10番にも素早い戦術理解能力が求められるプレー。流石は日本のトップレベル······というところか」
腕を組んで敵陣地を眺める多井。名門校の強さは伊達じゃないと、再認識する。だが得点は2-2の同点だ。弱気になる場面ではない。
「次は私が、素晴らしい戦術を描いて見せましょう」
「ああ、頼むぜ」
「······」
四度目のリスタート。燎莉は転がってきたボールを後方に向けてトラップ。誰もが後ろからのビルドアップを図るのだろうと考えていた。しかし······
「すんません。アタシはこの試合、勝ちたいんです」
そう言うと燎莉は試合序盤に豪炎寺が見せたように、超ロングシュートを放つ。自陣ゴールに向けて。
「なんだぁ!?」
「······!」
「ほう······」
雷門中の選手たちは燎莉の不可解なプレーに驚愕する。そしてそれは、チームメイト達からすれば猶更だ。
「うおっ!?」
ゴール右上に飛んでくるボールに、多井は思わず両手でキャッチしようとするが、念のため胸でのトラップに切り替える。明らかにパスの弾道ではなかったため、反則を取られる心配はないだろうが、想像すらしていない状況に混乱していた。
「ちっくしょ!やっぱそんな上手くはいかねえか!」
「おい、どうした燎莉ー!」
「さーせん、多井先輩!そのボール、ゴールに入れといて下さい」
頭を下げて頼み込む燎莉に、ようやく頭が働きだす雷紋中選手たち。
「······ああ。聖火ならそうするか」
吹越がそう仕方なさそうに笑えば、周りの選手たちもつられるように破顔した。一部、えーと肩を下げている者もいたが。
そしてボールを足の裏で抑えた多井は、ほんの少しの逡巡の後に、
「全く、仕方ないな!」
そう言って、背後にボールを転がすのだった。
これで得点は2-3。しかし、その内の雷紋中側の2点と雷門中側の1点は豪炎寺に依るもの。刀掛の得点で点数的には2-2の同点になったものの、豪炎寺の得点での同点はフェアでないと燎莉は考えたのだ。
「はっはっは!いいな、そういうの。君、名前は?」
茶化しながら責めてくるチームメイトに、燎莉が両手を合わせて謝っていると、豪炎寺が声をかけてきた。燎莉は話しかけられたことに驚きつつ、少し緊張しながら答える。
「燎莉です!燎莉聖火と言います!」
「そうか。燎莉、折角のハンデを捨てたからには、活躍しないとな」
「うっす!すっげえシュート決めてみせますから、見ててくださいよ!」
「楽しみにしてるよ」
豪炎寺と言葉を交わす燎莉をじっと見つめるのは、雷門中のエースストライカー・刀掛だ。それに気づいた本間が声をかけた。
「刀掛、あのシュートはやはり」
「はい。威力も精度も雑魚そのものでしたが、助走、軸足の位置、ボールに当てる足の角度······。豪炎寺さんの三度のシュートを、意識的に再現したのは間違いありません」
豪炎寺からフォームのアドバイスを受ける燎莉。それを見る刀掛の握る拳に、少し力がこもる。それを知ってか知らずか、本間は言葉を続ける。
「面白い選手だな。意図を探っていた私達とは違い、彼女はあのシュートを真似るため豪炎寺さんを見ていたという訳だ」
「······再現と言いましたが、そう表現するには粗末なものでした。頭が足りていないが故の行動に、実力もついてきていない」
刀掛の語気を強めたその口調に、本間は微笑を浮かべた。
「フフフ、どうした刀掛。嫉妬でもしたか?」
「な、なにを。······俺は別に」
刀掛はバツが悪そうに下を向いてしまった。
「そうか、すまないな。だが彼女の行動にも一利ある。先人の技を盗むのも、効果的な練習のひとつだ。これは練習試合なのだから」
「それは、そうですが······」
「まあ、当の彼女はこの練習試合も本気で勝つつもりのようだがな」
豪炎寺からの助言を聞き終えセンターサークルに戻る燎莉を、視線で示しながら笑う本間。
しかし刀掛は、ポジションに小走りで戻りながら、誰にも聞こえないような声で、
「身の程を弁えない馬鹿は嫌いだ。足りないハンデを捨て、俺たちに勝つ?だが、アイツは俺が直接教えてやるまでもなく思い知る。自分が、どれだけ弱いのかを」
そう溢すのだった。
前半6分、得点は2-3。試合はまだ始まったばかりだ。
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☆大人たちのコーナー
歳を重ね、威厳や器の大きさを手に入れた半田監督。稲妻KFCでの実績から雷門中監督に抜擢。指導力はかなりのもので優秀だが、前監督(円堂がプロ復帰後戻った)とチームの相談をするとよく甘すぎると言われる。
(豪炎寺が前監督みたいな指導の仕方してら。にしてもやり方。笑)
最初期メンバーとして苦しい時期を共にした2人が成り上がったんだから、これぐらい良いじゃない!円堂とか選手も監督も両取りとかずるいじゃん。染岡も錦の指導とかしてたし。