「あなたは……」
「取引は無事に済んだみたいね、それじゃあ
海原が目の前の少女に驚いている間にも大胆にドレスの少女は海原の横に近寄る。その立ち振る舞いと声を聞いていると、初対面だというのにまるで昔ながらの友人かのように言うことを聞いてしまいそうになる。
「!ッ、 こっち」
「うわっあぁ!?」
小包を渡そうと海原が手を伸ばした瞬間、ドレスの少女は何かに気が付いたように厳しい顔をすると海原の胸倉を掴み近くにあったテーブルの陰に隠れる。カシュッというスプレー缶を最初に開けた時のような音がしたと思えば、つい先ほどまでいた床がボロボロと崩れた。
「……ちょ、いったいなんなんですか」
「静かに、下手したら死ぬわよ」
ドレスの少女、暗部の間での通り名は心理定規と呼ばれる彼女はうろたえる海原を引き寄せながら冷たく忠告する。こればかりは脅しでも何でもない。その声色に真剣さを感じ取った海原は、コクリと小さくうなずきテーブルの後ろに隠れることしかできなかった。
「ブツがここにあるのは分かってる、大人しく渡すなら命だけは助けてやる。あまり俺の気は長くねぇぜ」
海原たちが隠れて様子を伺っていると、厚底ブーツで床を鳴らし、片手には大きめの拳銃を携えたヘルメットの侵入者が海原たちが隠れている部屋に入ってきた。
(どうしようかしら、出口は二つ。両方ともテーブルから姿を現さずに出るのは不可能)
心理定規が入って来たのは海原が入って来た方とは正反対の方向にあるが、テーブルから体を乗り出せば一瞬で見つかる。最善手を考えている間に先に動いたのは侵入者の方であった。
「そこだ!」
「!」
侵入者ヘルメットの横に軽く触れると、ブオンと小さな電子音と共にゴーグル部分にディスプレイのようなものが映るとテーブルに隠れているはずの心理定規の方向に向けて引き金を引く。
銃口から響く音は軽いというのに、その銃口の先にあったテーブルは簡単に粉砕される。立ち上がって逃げようとした海原は心理定規に押されて体勢を崩して尻もちをついてしまう。
「やっと出てきたな、そいつをよこ……!?」
のこのこと出てきた海原に銃口を向ける侵入者であったが、海原を囮に素早く視界から外れるように動いていた心理定規が横から護身用の銃を押し付け発砲する。弾丸が二発しか入らない小さな銃では、おそらく防具を纏った相手に止めにはならないと判断した彼女は、さらに怯んだ相手から拳銃を奪うとその眉間に突きつけた。
(軽い?)
心理定規が感じた違和感は握った拳銃の軽さにあった。今の技術では量産のしやすさとコストの関係で、グリップなどの一部部品にプラスチックが使われ手触りや見た目が玩具のような拳銃も存在する。しかし、それでも弾丸や発砲時の熱に耐える部分は金属製のはずである。だというのに、奪った拳銃は明らかにそれらのものよりも軽かったのだ。
それどころか、防弾チョッキを着ていたとしても拳銃の発砲をまともに受ければ骨の一つくらい折れるのが普通である。だというのに、侵入者は何もなかったかのように動き出す。
「そいつは俺には効かねぇよ」
(ガスガン!?)
心理定規が躊躇なく引き金を引いたが、返って来た反動は軽くガスの力でプラスチックの弾を打つ玩具であることに気が付いたと同時に、侵入者は懐から取り出したもう一つの銃を突き付けていた。
「早くそいつをよこせ! いっとくがもう一人の男も出てこい! 何か妙な動きをすればこの女の頭はハジけるぞ!!」
男の怒号が響き、あまりの事態に呆然としていた海原もゆるゆると立ち上がり両手を上げる。
(この男、妙な精神してるわね……心理定規を適応させるより早く打たれるのは確実)
心理定規の能力は端的に言えば、『自分と相手の精神的な距離を操る』というものである。声と目線を合わせれば一瞬で適応できることから、海原との距離を操ることで、心理定規を海原にとって大切な人の距離感に変更することで荷物を奪うところまでは良かった。
しかし、目の前の侵入者は目線は隠されさらに精神も常人のそれではない雰囲気があり、心理定規を使うよりも早くあのガスガンで撃たれるのがオチだろう。
「渡すのはいいけれど、代わりに貴方のその銃の秘密は教えてもらえないかしら? もう私にこの状況をどうにかする力はないわ」
能力は使えず武器も効かない。だからといってそれが全てでは暗部は生き残れない。
「本物みてぇだな……冥途の土産だ。教えてやるよ、俺の能力は”硬度減衰
心理定規の声色に手の仕草、目線が”絶妙にか弱い女”の雰囲気を醸し出す。侵入者も緊張していたところから、目的を達成したことにより警戒の心が緩んだところに心理定規の言葉は彼の精神を揺さぶり"教えてやろう"という精神状態にさせていく。
「効果はさっき見たように能力を込めたものは、次に接触した物体の硬さを著しく下げる。こんな風にな」
(さっきの私の銃弾もそれで防いだのね)
男が近くの椅子に向けてガスガンを打つと、椅子は原形を止めないほどに崩れる。先ほどみた机の破壊され方と全く同じであり、これだけの威力であればその反動や音はすさまじいものになるはずなのに、それらがまったくないのはこのような能力が裏にあったのだ。
目の前の男の前には物理的な盾は意味をなさず、拳銃をゼロ距離で撃っても無傷。おまけに精神系の能力の効きも悪いとくれば、心理定規ができることはもはやないに等しい。
「それじゃあお喋りは終わりだ、もうあんたには用はねぇよ」
男がカチリと軽く引き金を引くと、数発のBB弾が心理定規めがけて発射される。死の間際だからか、妙にゆっくりと迫るそれが自らの頭に当たる前に目を瞑る彼女であったが、数秒たっても彼女の意識は続いている。
「な、んだこりゃあ!!」
「何とか……間に合ったみたいですね」
心理定規が目を開けると、そこにあったのは空中に全てのBB弾が固定され浮いている光景と、海原光貴が男と自分の間に立ち塞がっている光景であった。
「とりあえず大人しくしてもらいますよ」
(どんな武器でも俺には物理攻撃は効かねぇ! このままゼロ距離で硬度減衰
海原が何らかの方法でBB弾を直接触れずに防いだのは理解した。空気を固定するような能力であるならば、銃口を当てた状態で能力を使えば致命傷になるはず。そう信じて足を踏み出した瞬間、
「がァッ!?」
男はまるで巨人に全身を鷲掴みにされたような衝撃を受けて意識を手放すのであった。