ノクチル、散る   作:Leysun

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夏、とても暑い日

 夏、猛暑、東京某所

 うだるような熱気が行き場を彷徨い、地上で幾重にも折り重なっている。

 太陽にはもっと低燃費でいてくれと何光年も先へ祈りが届く速さが上がるように

 世が発展して欲しいものだ。

 まぁ太陽が快く受け入れてくれるかどうかはまた別の話だが

 

 高燃費……

 ”彼”が綻んだ顔を見せ快活に頷き了承する姿が思い浮かび

 すぐさま頭を、邪念を、振り払う

 

 樋口「……最悪」

 

 より暑さが増したように感じる

 事務所へ向かっている途中だったため、つい頭に浮かんでしまったのだろう

 なにせ仕事先の上司みたいなものだ、考えることが増えても問題はない

 そう、そのはず

 

 誰にするわけでもない説明を必死に頭で取り繕う

 そのせいか暑さに耐えられなくなりふと目についたコンビニへ足を運ぶ

 

コンビニ

 

 樋口「涼し」

 やはり文明の力というものは素晴らしい。

 ついでになにか冷たい飲み物でも買おうかと思い、店内を見回す

 コーヒー、レモンティー、ミネラルウォーター、ジュース

 汗として流れた水分を一刻も早く補給しようと身体が騒ぎ立てる

 どれにしようか、と目くばせする。

 

 『だから、この車買おう』

 『でも、こいつがあれば逃げ切れるかもよ』

 『稼がないとね、いっぱい』

 

 先日、浅倉透が言っていた言葉が頭の中で反響する。

 この飲み物を買わなかったところでさして車が買える時期に変化はないと思うが

 あの時思った、

 『将来のことについてその程度しか考えていなかったのか』

 誰かが侮蔑しているように感じる

 レジへ持っていこうと手をついていた商品を再度棚に戻し

 そそくさとコンビニを後にする。

 

事務所

 

 ペットショップの横にある階段を登り、所属する283プロダクションの扉を開く

 中には一足早く件の浅倉透がソファーに座りジュースを飲んでいる水滴がついている。

 さぞ、よく冷えているのだろうと想像つく。

 

 浅倉「おーす」

 樋口「それ、どうしたの?」

 浅倉「これ?買った、コンビニで」

 樋口「そう」

 

 バッグが肩から落ちそうになるが、慌てて支える

 落胆しそうになるが、よく考えれば彼女はもともとこうだったのかもしれない。

 

 浅倉「なにかあった?」

 樋口「いや、なにも」

 

 ない。

 

 P「お、円香。来てたのか」

 樋口「どうも、お疲れ様です」

 

 先ほど、いろいろ考えていたせいでつい彼を見る目がきつくなりそうで

 普段より表情を柔らかくするよう努める。

 

 P「ど、どうした円香、俺の顔になにかついてるか?」

 

 逆効果だったかもしれない。

 

 樋口「いいえ、なにも」

 

 ない。

 

 本当になにもない。

 決して。

 

 浅倉「ついてるよ、目と鼻」

 P「はは、それならよかった」

 

 浅倉がソファから身を乗り出し、Pへと返答する。

 片手にはジュースを持って。

 つい目が追ってしまう。

 

 『その程度しか考えていなかったのか』

 

 違う。

 私が勝手に感じただけ

 誰の言葉でもない。

 浅倉が悪いわけではない。

 私が勝手にそう思っただけだ。

 

 市川「やは~おまたせ~」

 福丸「ご、ごめんなさい……遅くなっちゃって!ほら、雛菜ちゃんも謝らないと!」

 P「おう!二人もお疲れ!時間はまだ余裕あるから大丈夫だよ」

 樋口「揃ったなら早くミーティングにはいりましょう」

 P「そうだな、四人ともすこし早いけど始めちゃっていいか?」

 市川「雛菜はいいよ~」

 福丸「わたしも大丈夫です!」

 浅倉「おーけー」

 ――――――――――――――――

 P「そういうわけで、雑誌の写真撮影の仕事なんだがみんなはどうしたい?」

 浅倉「やろうよ」

 P「!」

 P「いつになくやる気だな」

 浅倉「お金、稼がないといけないから」

 P「はは、なにか欲しいものでもあるのか?」

 浅倉「あるよ、とんでもないのをね」

 P「それは楽しみだな、仕事も頑張ろうな!」

 

 ”それ”が手に入るときはあなたから離れる時だということも知らず

 相も変わらず快活な顔を見せている

 私たちを信じて微塵も疑っていないような気さえさせる

 あなたはまた私たちが遠くへ行ってしまう時

 行ってしまった時、どんな顔をするのだろうか。

 

 P「3人も大丈夫そうか?」

 樋口「私は構いません」

 福丸「わ、わたしも大丈夫です!」

 市川「雛菜もいいよ~」

 

 どちらにせよ、もう見ることはないのだ。

 気にしても仕方ないだろう。

 

 P「みんなのためにもいっぱい仕事とってこないとな!」

 樋口「暑苦しいのでやる気を見せるのは後からにしてください」

 P「確かに、夏だし見苦しかったか……」

 P「すまない」

 

 幸いにもこちらの太陽には話が通じるようだ

 

 P「確かにもう暑いもんな。すっかり夏って感じだ」

 浅倉「Pも飲む?これ」

 

 彼女が手に持った飲みかけのジュースを軽く振りながらPに問いかける

 思わず、声が出そうになる。

 

 P「はは、気遣ってくれてありがとうな。でも、自分の分があるから大丈夫だよ」

 浅倉「そうかー」

 

 彼ならそういうだろうとは思ってはいたが

 身構えていた身体の緊張を解き、胸をなでおろす。

 

 しかし、浅倉も先日話していたことについて彼女なりに考えていたようだ。

 彼女が言い出したことなのだから当然といえば当然かもしれないが

 先ほど下ろしたばかりの胸が高鳴る。

 少なからず、彼女も私たちと共に往く未来を望んでいる。

 ”彼と”ではなく”私たちと”だ。

 

 市川「透せんぱーい、雛菜飲みたい~」

 浅倉「うん。いいよ」

 市川「やは~。ありがと~」

 市川「小糸ちゃんは~?」

 福丸「雛菜ちゃん!それ、透ちゃんのだよっ!」

 浅倉「小糸ちゃんもいいよ」

 福丸「そ、そう?それじゃあ少し頂くね」

 福丸「お、おいしい!」

 浅倉「でしょ?」

 

 樋口「もうミーティングは終わりですか?」

 P「あぁ、今日はもう特になにもないぞ」

 樋口「では、用もないので帰ります」

 福丸「わ、わたしも帰ろうかな」

 市川「雛菜も帰る~」

 浅倉「私はもう少し残ろうかな」

 樋口「!」

 樋口「……なんで?」

 

 なんで?

 ”彼と”いたいの?

 

 浅倉「んー特に理由はないけど、なんとなく?」

 浅倉「暑いし、外」

 樋口「そう」

 

 たしかに、暑い

 ほんの十数分しか事務所で過ごしていないので

 涼しさを堪能できていない

 

 樋口「それじゃあ、私ももう少しいる」

 浅倉「おーいいねー」

 

 暑いから

 仕方ない

 暑いせい

 どちらとも

 

 樋口「浅倉、私にもそれ頂戴」

 浅倉「おっけー」

 

 これで、浅倉だけのせいじゃない

 私も雛菜も小糸も飲んだ

 みんなが飲んだジュースだ

 なにも問題はない

 

 樋口「にが」

 

 

 浅倉「どうかした?」

 樋口「いや、なにも」

 

 

 

 ない。

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