「おーし皆、集まってくれ」
オツキミ山のニビシティ側麓にある草むらの中、レッドはフシギダネ、コラッタ、ポッポ、バタフリーといった手持ちのポケモンたちをモンスターボールから外に出していた。
「俺達の新しい仲間だ。出てこい! コイキング!」
光とともに跳ねまわる魚影。地上におけるその姿は川から打ち上げられて身悶える魚の姿そのものでしかない。
「こいつはコイキング! 技は今は……攻撃技じゃない"はねる"しかないけど、俺達にとって貴重な水ポケモンの仲間だ。レベルアップして水の技を覚えれば、岩ポケモンの多いオツキミ山できっと活躍してくれる。皆サポートよろしくな!」
レッドの言葉にポケモンたちがそれぞれ鳴き声を上げて答える。皆レッドに大事に育てられて強くなってきたことをわかっており、新しい仲間のサポートにも理解を示してくれているようだった。
「さて、それじゃあオツキミ山の入り口を少し探索してみようか。ポケモンセンターにもよって、もう一度あの人にお礼を言っておこう」
ポケモンが500円で売っている。しかも草むらでは中々お目にかかれない水ポケモンということもあり、レッドはすぐに心惹かれコイキングを購入した。
純粋な少年は売ってくれた男性に対して深く感謝している。
(あれ、なんだろ?)
ポケモンセンターから警察であるジュンサーが複数人現れ、布を被せた男を連れて行っている。
「あいつ、ポケモン売買の許可証を持たずにポケモンを販売してたのよ」
「え」
レッドが振り向くと、そこにはノースリーブのTシャツにショートパンツといった様相の短髪の少女がいた。可愛さとワイルドさが同居している、そんな格好だった。
「売買って……」
「ってあら!? あなたこの前ニビジムに挑んでた子じゃない!?」
少女の声のトーンが急に上がり眼がきらりと光った。
「えっと、確かにこの前タケシさんと戦ったけど……」
「やっぱり! あの試合私も見てたの! 凄く楽しい試合だったわ!」
少女がはしゃぎながらレッドの手を握ってくる。こんな直接的に喜びをあらわしてくる同年代の少女に対し、レッドは気恥ずかしさと嬉しさから少したじろいだ。
「あっありがとう……」
「えっと確か、レッド君だったわね。私はカスミ。私もポケモントレーナーなの」
「え、そうなの!?」
「そうよ。あなたとポケモン息ぴったりって感じで最高だったわ。イシツブテもイワークもレベルが上なのに力を合わせてぎりぎりの勝利……! あなたみたいなポケモントレーナーって本当に素敵」
今度はうっとりとした表情でカスミはレッドを見つめてくる。
可愛らしい少女の好意を帯びた視線に、レッドの頬が純粋に紅潮する。
「そ、そこまで言ってくれるなんて……。でも、俺だけの力じゃないよ。皆がいてくれたから、あきらめずに頑張ってくれたから勝利できたんだ」
「そうね……」
カスミが急に声のトーンを落とし、レッドから距離をとって背を向ける。
「?」
「ねえ、レッド君。君はこれからオツキミ山に入るんでしょ?」
「? うん。でもしばらくはオツキミ山でポケモンのレベルを上げるつもり。新しい仲間が入ったばかりなんだ」
「そう……」
カスミは体をよじり、レッドを流し目で見ながら、
「私も一緒に行っていいかな?」
と首を傾げた。
「う、うん。でも、しばらくここのポケモンセンターを行き来するけど……」
「構わないわ。さ、行きましょ!」
カスミがレッドの手を掴みぐいぐいと引いていく。レッドの初めての洞窟探検には、大きな渦が待ち構えていた。
オツキミ山内部、入ったレッドとカスミにはすぐさま野生のポケモンが出迎えた。
「野生のズバットよ」
「行け! コイキング!」
(!?)
カスミが声を上げそうになるが、喉で押し殺してレッドの動向を見守る。
「よし、もどれコイキング! 行け! バタフリー!」
「……」
バタフリーがズバットを念力で倒し、ボールを収めたレッドは一息つく。
「ねえ、レッド君。そのコイキングって攻撃技もってないんでしょ? どうして育てているの?」
彼は知っているのだろうか。そのポケモンのポテンシャルを。
「えっと……初めて手に入れた水タイプのポケモンってこともあるんだけど、なんていうのかな」
レッドがぽりぽりと頭をかく。
「確かに今は強くないけど、これから戦いの経験を積めば、きっと強くなるって、そう思ったからかな」
レッドがコイキングの入ったモンスターボールを期待に満ちた目で見る。
育てれば進化するという知識をひけらかすわけではない。かといってとぼけているようにはとても見えない。
普通知識のない人間がコイキングを見ればなんと役に立たないポケモンと判断するだろう。
しかしレッドは、期待している。努力の積み重ねの先にあるものを。
「レッド君はさ」
「?」
「もし絶対に勝てない相手、何度戦っても実力の差を見せつけられるような相手がいたら、どうする?」
カスミはレッドではない虚空をみて質問している。
(絶対に勝てない相手……)
『やい、泣き虫レッド!』
「……あきらめない。例え一時的に逃げることや、落ち込むことはあっても、でも絶対勝ってやるって、頑張るかな」
レッドの顔は真剣そのものだった。
「今は、一緒に頑張ってくれる仲間もいるしね」
そして手に握るモンスターボールを見てほころんで笑顔になる。
カスミはレッドの答えに高揚していた。
「うん、そうよね。私やっぱりレッド君のこと、好き」
「え!?」
「ポケモントレーナーとして、ね。そういう風に頑張れる人が、私は好き」
「あ、ああ、そういうこと」
レッドはいつになくどぎまぎしていた。
「……」
「カスミさん?」
(……)
ハナダジム、カスミ達4姉妹がジムリーダーになったばかりの頃。
「カスミ! いい加減にしなさい! もう勝負はついていたわ!」
泣きながらジムから走り去った挑戦者に見向きもせず、カスミは姉の声に苛立っていた。
「はあ? 相手のヒットポイントは残っていたわ。そこに全力で技を放って何が悪いの?」
「相手に降参する隙を与えなかったでしょう。最初の一撃で力の差は明らかだったわ。相手もあきらめてた」
(くだらない)
「それがなに? ポケモントレーナーだったら最後の瞬間まで勝利を目指すのは当たり前でしょ?」
「ポケモンは戦いの道具じゃない。私達と同じ生き物なのよ。ポケモンとの正しい付き合い方、自分達の力量を把握して正しい決断をするのもトレーナーの仕事。そういうトレーナーとして必要な事を教えるためにジムがあるのよ」
「冗談じゃないわ! ポケモンバトルを行うトレーナーなら常に勝利が一番大事。ボタン姉達がそんな甘い考え方だから、私に一度も勝てないのよ」
「カスミ!!」
「スターミーも言ってるわ。もっと強い敵を圧倒的に倒す。……ジムリーダーになればカンナさんに近づけると思ってたけど、とんだ勘違いだったみたいね」
「カスミ、待ちなさい! カスミ!」
(タケシもレッド君も、最後までポケモン達と勝利を目指したからあんな素晴らしい戦いができた。どうしてわからないの、お姉ちゃん……)
「カスミさん?」
「……? わっ!?」
気がつけばカスミの目の前にレッドの顔があった。
「ごっごめん! カスミさんすごくぼうっとしてるみたいだったから……」
「あはは、ごめんなさい。そのとおりでーす。ねえ、そのカスミさんっていうのむず痒いから、カスミって呼んで? 私もレッドって呼ぶからさ。お互い堅苦しいの無しにしようよ」
「そう? じゃあカスミ、そろそろフシギダネ達のHPが少なくなってきたから、ポケモンセンターに戻ろうと思うんだけど、いいかな」
「ええいいわよ。行きましょうか」
姉たちの考えが間違っていることを、この子も証明してくれている。勝利にむかって邁進する姿がポケモントレーナーの真の姿なのだ。
「うん? この石ってもしかして……」
レッドがきれいな鉱石を拾う。光が顔に反射して、あどけなさが残りながらもたくましさを備えつつある男子の瞳が洞窟に浮かび上がっていた。
(レッド、本当にいい子だな……。年下だけど結構……)
カスミが持つレッドへの感情がゆるやかに上がっていく。しかし、そんなところに空気を読まない闖入者。
「待て、そこの二人! 俺達はロケット団だ!」
「有り金とポケモン全部置いてってもらおうかあ!」
前方に一人、後方に一人。洞窟の道を塞ぎレッドとカスミ二人を閉じ込める黒尽くめの男たち。
「ロケット団……!?」
「気をつけてレッド。やつらはポケモンを使って悪事を働く不逞者よ。まさかこんな場所にまでいるなんてね……」
驚くレッドと対照的にカスミは落ち着いていた。少女の一人旅、この程度の修羅場は慣れているし、打開できる実力があると自身確信している。
「行くぞ、坊主の相手は俺だ」
「じゃあ俺は女の子だな。任せてよ兄貴!」
しかし位置がまずかった。前後ろに陣取られてはカスミが二人同時に相手にできない。
(まずいわね……レッドは今回復に向かおうとしていたばかり。戦えるポケモンは)
「大丈夫だよ、カスミ」
「え」
カスミの心配を悟ったのだろう、レッドが落ち着いた言葉を発する。
レッドの手持ちはコイキング以外大分疲弊している事をカスミはわかっていたが……。
「わかったわ。レッドはそっちをお願い」
「うん」
相対する4人が一斉にモンスターボールを構える。試合とはまた違う、息の詰まる戦いはレッドは初めてだった。
「行けっ!ズバット!!」「イシツブテ!」
「行きなさい! ヒトデマン!」
「行け! コイキング!」
『えっ!?』
驚愕。この状況でレッドが繰り出したのはコイキング!
「ぶっはははあははっは!!! なんだそのポケモンは! やけくそか!?」
「兄貴ぃ! 楽勝じゃないっすかあ!」
「れッレッド! 今はレベル上げなんてしてる場合じゃないのよ!?」
「ふざけてなんかないさ」
レッドは大真面目だった。帽子から垣間見える鋭い眼光にレッドに対していたロケット団の笑い声が止まる。
「……ほう。なら存分に痛めつけてやる! ズバット! きゅうけつ!」
「レッド! もうっ!」
「やっちまえ兄貴!」
(すぐにこいつを倒してレッドの援護に向かわなきゃ!)
カスミからすればレッドが何を考えているかわからない。幸いイシツブテを出したこの相手は大したことなさそうだった。
「ヒトデマン! ハイドロポンプ!」
「ぐえっ!?」
カスミがイシツブテを出したロケット団の手持ちを蹂躙していく。
対して、レッドは全員の予想通り苦戦していた。
「どうしたどうしたぁ! この程度かよ」
「……頑張れ、コイキング」
レッドは静かに待っていた。勝利のチャンスを。
「ぐああ! 兄貴!」
「レッド! 今行く!」
そうこうしているうちにカスミが決着をつけたようだった。しかし、
「うおお! 兄貴の邪魔はさせねえ!」
「え!? しまった!」
カスミは逸る気持ちで油断していたのだろう。相手がまだ一体残していたことに気がつけなかった。そして最後に繰り出してきたイシツブテの狙いは、天井。
「いわおとしだ!」
「あっ!?」
狭い通路の中で岩の天井が崩れる。カスミは間一髪でかわしながらヒトデマンを操りイシツブテとロケット団の一人を戦闘不能にしたが、レッドと完全に分断されてしまった。
「レッド!」
「ははは、そんな弱っちいポケモン出してよくカッコつけれたもんだな坊主!」
「……」
しかしレッドの眼光の鋭さは変わらない。コイキングもよく耐えていた。
「ちっ! 気に入らねえなその眼! ズバット!」
「ギャア!!」
コイキングを襲っていた刃がレッドの頬をかすめる。
「あっあんた! レッド! どうして他のポケモンを出さないの!」
岩をどかし、かろうじて顔が見える程度に穴が空いた土砂からカスミの悲鳴が響く。
「違う」
「なに?」
レッドの声は、憤怒に満ちていた。
「あんたにはわからないのか。ズバットの気持ちが」
「ズバットの気持ちだあ? なにを訳のわからないことを」
「コイキングがここまでなぜ耐える事ができていると思う。あんたの命令に対して、どうして俺がこの程度ですんでいると思う?」
「なにぃ?」
ロケット団の男はレッドの顔を見る。確かに顔を切り裂いたつもりだったが、かすり傷程度ですんでいる。コイキングも思えば、硬すぎるような……。
「ポケモントレーナーはポケモンと息を一つに合わせ、お互い理解しあわないと力を発揮できない。あんたが何回ズバットに命令しようと、俺と俺のポケモンは倒せない」
「何を馬鹿な! いい加減とどめを刺せ! ズバット!」
ズバットが何度もレッドの顔や体を襲う。しかし、レッドを守るかのようにコイキングがズバットの回りを跳ねまわった。
「ちょこざいな魚が! ……え?」
そこでロケット団の男は初めて気づいた。ズバットが傷んでいる。
水ポケモンのエキスパートであったカスミも、その言葉でやっと気づいた。
(コイキングははねてたんじゃない! あれは、"わるあがき")
「想いが通じあっていない力など、ありはしない! あんたもポケモントレーナーのはしくれなら、ズバットの声に耳をかたむけてみろ!」
「なっ……!?」
ズバットの羽ばたきが疲労からか、がくんと落ちた。
「そこだコイキング!」
コイキングのわるあがきは急所にあたった! ズバットは倒れた。
「嘘だろ……!?」
「嘘……!?」
カスミですら目を疑った。こんな勝利見たことがない。
「ぐっ……!」
「レッド!」
レッドも経験したことのない痛みに膝をつく。しかし、それでもなお彼は語りかけた。
「くっ……ポケモンを道具になんか使わないでくれ。俺は……あんなつらそうに戦うズバットを……見たくない……」
「なっ……!?」
(つらそうだと……こいつ、ポケモンの気持ちがわかるとでもいうのか!?)
「レッド!!」
カスミがレッドに駆け寄る。ロケット団の男の手持ちは残っていたが、コイキングが見せた常識外のガッツ、そして年端もいかない少年の感情に満ちた言葉に、なぜか体が動かない。
「小僧……お前は」
「あっ……兄貴! ジュンサーが!!」
オツキミ山で誰かが騒ぎを聞きつけて通報したのだろう。ロケット団二人はあっという間にお縄になった。
「レッド……」
「大丈夫、ありがとうカスミ」
レッドがカスミの手を借りて、なんとか立ち上がる。
「小僧、一つ聞かせろ」
ジュンサーに手錠をかけられた男が、レッドに問う。
「どうして、お前はコイキングで勝てると思った」
レッドは迷わずに言った。
「コイキングの熱い闘志が、伝わってきたからだ」
シラフでこんなことを言う奴がいる。ポケモントレーナーという称号は、こんな少年を生むのか…… 。
「熱い、闘志……」
カスミも思わず、レッドの言葉をつぶやく。
「……そうか。俺のズバットは、なんて言っていたのかな……」
「ちゃんと向き合うんだ。その手にモンスターボールを掴んだのなら。聞こえる日が来るはずだ」
「……」
「兄貴……?」
ロケット団の男は連れいてかれる最後に、微笑んだような気がした。
「ふう、もうすぐ山頂だねカスミ」
「……そうね」
一度ニビシティまでもどった二人はレッドの傷の回復を待ち、オツキミ山の踏破に望んだ。
正直カスミは途中でレッドを残して引き返すつもりでいた。カスミはただ今家出中である。
しかしレッドと別れるのが名残惜しく、結局ここまでついてきてしまった。
「カスミ! あれピッピだよね!」
洞窟から外に出た山頂付近、満月の下の円形にくぼんだ場所にピッピが群れで円を作って踊っている。
「えっうそなにあれ!? 私もあんなの初めて見た……」
そのうちの一匹が円から外れ、レッドとカスミの手を引く。突然の友好的な動きにポケモンを出すという選択肢が頭に沸いてこない。
戸惑いながらも円の中心に導かれるレッドとカスミ。一匹のピッピが、レッドのポケットをしきりにつついている。
「あっ……そうか、博物館で見たのとやっぱり同じ、これは月の石か」
レッドはそれをピッピに導かれるまま、天高くかかげる。月の石が輝き、円になって踊っていたピッピ達が光の粒子をまとって宙に浮いていく。
可愛らしい鳴き声と共に夜空に光のカーテンを作りながら、月の石の力を得たピッピが夜空に舞いながらピクシーへと進化していく……
「綺麗……」
「すごい……」
「レッドへの、ご褒美かもね」
「ご褒美?」
「オツキミ山の平和を魔の手から守ってくれたっていう、ご褒美」
「それだったら、カスミも同じじゃないか」
「私は別にいいわ」
光のカーテンが終わり、ピクシーが夜空へ消えていく。
それと同時に、カスミはレッドから距離をとった。
「カスミ?」
「ここからは一本道だから、ハナダシティまで迷うことはないわ。私は一足先に行ってるね」
「カスミ……?」
カスミがレッドへ背中を向ける。
「ハナダで待ってる」
その一言でカスミは闇に消え、レッドから見えなくなった。
カスミが待っているであろう場所が、レッドの頭に浮かぶ。
なんの根拠もなかったが、不思議な確信があった。
コイキングの勝利を疑わなかったのと同じような確信が。
(私があの時、レッドと同じ状況だったらコイキングを勝利に導けただろうか)
ハナダジムは波立っていた。久方ぶりの帰還。ジムリーダーだけが許される最奥の間、出て行く時は陰鬱でしかなかったこの場所が、今は妙に馴染んでいる。
「一体どういう風の吹き回し、カスミ」
「お姉ちゃん……」
姉はカスミを咎めなかった。今の言葉も笑顔で言っている。
「勝手してごめんね、おねえちゃん。私がここで抱いた疑問、お姉ちゃんに言われた言葉……私の心に霧がかっていたものの形が見え始めてる」
あのロケット団の男の心には確かに、ポケモントレーナーの火がくすぶり始めていた。そうさせたのは間違いなく……。
(ただ勝つだけじゃない。ポケモンと人との心のつながり)
「その霧は、あの子によって晴れるのかしら」
姉が入り口に現れた男の子を見つめる。
「わからない。でも私は、確かめたい!」
おてんば娘はモンスターボールを手にする。
「待っていたわレッド」
「カスミ……」
「ふふっ。驚いた?」
「少しね。でも、納得したかな。今のカスミはきっと、俺が今まで相手してきた誰よりも手強い気がする」
「気がする、じゃないわよ」
水辺のバトルスペース。互いに好戦的な笑顔を向け合い、構える。
「私はハナダジムリーダーのカスミ。水を司るポケモントレーナーよ!」
「マサラタウンのレッド!」
『バトル開始ぃ!』
「行け! フシギソウ!」
「行きなさい! ヒトデマン!」
フシギソウのつるのムチを、ヒトデマンが水鉄砲の水圧ではたき落とす。
(私は勝利こそがポケモントレーナーの至上の喜びだと思っていた。勝利を目指せない奴はただの根性無しで眼中に入れる必要なし。そう思っていた。だけど、レッドの考えは違う。ポケモントレーナーで一番必要なのは勝利じゃない! ポケモンは私達と同じ、感情のある生き物)
フシギソウのつるのムチが逃げるヒトデマンを追い詰めるが、ヒトデマンはひるまずフシギソウに肉薄する。
カスミは懸命にヒトデマンを見つめる。今草ポケモンに追い詰められたヒトデマンになにを命令すればいい。
(ヒトデマンはフシギソウを恐れてない! ならば!)
「ヒトデマン! スピードスター!」
「なに!?」
『フシギソウ戦闘不能!』
(昔の私だったら、ヒトデマンをあきらめて即効で次のポケモンで仕留めようと考えてたわね……)
「さすがだ。カスミ」
「当然よ。さあまだ終わりじゃないでしょ」
「もちろん。行け! コイキング」
「容赦しないわよ」
しかし、ヒトデマンの動きが鈍った。蔦が絡みついてる。
(やどりぎ!?)
「コイキング、たいあたり!」
『ヒトデマン、戦闘不能!』
(そうよねレッド。私達は強くなれる。ポケモンと二つ心を合わせれば、どこまでも!)
「行きなさい! スターミー」
コイキングが光がかやき、青き龍となってスターミーに相対する。
レッドが図鑑を確認し微笑む。
「すごい……やったなコイキング。いや、ギャラドス! 行くぞカスミ!」
「ええ、この戦いで決めるわよ!」
「バブルこうせん!!」
「かみつく!!」
大口を開けたギャラドスがスターミーに迫り、その口めがけてスターミーのバブルこうせんが炸裂する。
迫るギャラドスの動きはゆっくりになるが、確実にスターミーに迫る。スターミーのバブルこうせんの勢いは止まらなかったが、ギャラドスの勢いもまた、止まらなかった。
ガシッ!
「行けっ! ギャラドス!!」
「スターミー!!」
カスミは勝利のためスターミーを懸命に見た。そして、理解した。スターミーが引いている。
(あ………あんた、結構臆病だったのね……ごめん)
『スターミー戦闘不能! 挑戦者レッドの勝利!』
「新しいポケモンかと思ったわ……」
「まさかあれが預かりボックス開発者のマサキさんとは……」
戦いが終わり、レッドはカスミにそのまま腕を引かれハナダの岬にまで来ていた。
名目はポケモントレーナーならば一度ポケモン預かりボックス開発者のマサキさんに会った方がいいという事だったが、どうやら本命はその帰り道にあったらしい。
「かっカスミ……ここって」
「ふふ、なに恥ずかしがってるの?」
二人がいるのはハナダで話題のデートスポット。夕焼けが綺麗に見えるハナダの岬。レッドとカスミの回りには多くのカップルが自分たちの世界に浸っている。
「私達もそう見えるかしら?」
カスミはいたずらっぽい笑みを浮かべて舌を出す。レッドからすれば本気なのか冗談なのかわかりかねる。
「えっと……」
「レッド、目をつむって」
「え」
レッドの顔が赤くなる。恐る恐る目を瞑ると、カスミがレッドに近づき……
「はい、これ」
「あ」
カスミがレッドの手を取り、何かを握らせる。目を開けるとハナダジムバッジが輝いていた。
「ハナダジムリーダーカスミがレッドの実力を認め、これを進呈します」
「ぷっ、似合わないよ」
二人静かに笑い合う。そして、ゆっくりと見つめ合う。
「私、もう一度ジムで頑張ってみる。ポケモントレーナーとして強く、大きくなりたいから」
「そっか、じゃあお別れだね」
「レッドは、これからどこへ?」
「とりあえず、タマムシシティを目指すよ。フシギダネとの付き合い方を教えてくれた、大切な人がいるんだ」
「それって……」
カスミに芽生えた静かな対抗心。
「レッド、眼を瞑って」
「え、さすがに二回目は……」
と言いながらも目を瞑るレッド。
チュッ
「…………!?!?!?」
呆然としたレッドをよそに、真赤になった顔を悟られまいとカスミが逃げ出し、距離があいたところで振り返って叫ぶ。
「中途半端な所であきらめちゃだめよ! レッド!」
「……ああ!」
ハナダの岬で、二人のポケモントレーナーが一つ扉を開く……。