あなたが勝つって、信じていますから   作:o-fan

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セキチクシティ

 タマムシシティ。レッドは次のジムがあるセキチクシティを目指すため、ヤマブキシティを離れ、タマムシシティの西からセキチクシティへ繋がるサイクリングロードを目指していた。

 レッドは怪我から回復した姿をエリカに見せるためタマムシジムに寄り、エリカに見送られながら再び旅立とうとしていた。

「怪我のないようになさってくださいね。ハンカチとティッシュは持っていますか? 回復の薬と食料の携帯は? ポケモン達の回復は? 怪我の具合は本当に……」

「だ、大丈夫だよエリカさんっ。本当にもう怪我は治ってるし、準備も万全だよ!」

 ベタベタとレッドの体を触りまくるエリカ。本人は心配であるがゆえに行っているために、レッドも無碍に振り払えず、声を上ずらせながら答えるしかない。

「……わかりました。でも、本当に気をつけてくださいね」

 エリカもやっとレッドから離れる。以前タマムシでレッドと戦い旅に送り出した途端、再会したのが彼の病室だったショックを、エリカは表面上大丈夫そうにしながらも引きずっているようだった。

「うん。エリカさん。これを……」

 そんなエリカを察して、レッドは用意しているものがあった。それは日記帳。

「これは……?」

「俺がマサラタウンを出た時からつけている、旅のレポート」

「え……そんな大事なものを、私に……?」

「エリカさんに持っていて欲しいんだ。これからも、カイリュー便でエリカさんに届けるよ。それにエリカさんはタマムシ大学でポケモンの研究をしてるんでしょ? ポケモン達と一緒にいて気づいた事も書いてあるから、役に立てるかなって思って」

 レッドがポケモン達と辿ってきた旅の記録。エリカはその重みをひしひしと感じながら、大事に受け取る。

「……わかりました。ですが、一時的に預かるだけです。必ず、取りに来てください」

「……もちろん。それじゃあ、行ってきます」

「……行ってらっしゃい。サイクリングロードは最近暴走族が出ると聞いています。どうか、お気をつけて……」

「うん!」

 さよならは言わない。レッドは後ろ髪が引かれる思いを振り切り、自転車にまたがってエリカへ手を振りながらサイクリングロードへ向かった。

 

 サイクリングロード。そこはタマムシシティから西南へ降った半島の先から、海上に架かってセキチクシティへの道を繋ぐ二輪車専用橋。

 橋そのものがセキチクシティへ下る坂状になっており、タマムシシティからセキチクシティへ向かう自転車搭乗者はペダルをこがずに一気に抜ける事ができる。

「おー!!」

 レッドも多くの利用者の例にもれず、自転車に座っているだけで風を切ることができる楽しさに興奮していた。海上を通っているだけあり、自転車から見える景色はまるで空を飛んでいるかのような光景だった。

(そういえば、こんな場所に暴走族ってどういうことだろう? この坂では皆坂に身を任せてスピードを出すだろうから、暴走も何もないと思うけど……。でも、あんな怪我をしたあとだ。気を引き締めて行こう。もう、仲間達に心配かけるわけにもいかないしね)

 そんなレッドの気の引き締めは、無駄に終わった。レッドが降っていた先、自転車の前輪の高さに合わせて張られたワイヤーが、猛スピードで来たレッドの自転車にひっかかる。

「へ」

 レッドが見る景色が空に舞い上がり、逆転した。自転車がワイヤーによって空に跳ね上がり、乗っていたレッドもまた、自転車のサドルから大きく上方に投げ出される。

 幸か不幸か、レッドが投げ出された場所は走者が緩やかに減速するためのカーブ地帯。レッドは自転車と共に落下防止柵を高々に超えて海上に投げ出され、どぼんという水音と共に気を失った。

(ん……あれ……? ここは……)

 潮の香りと共に、さざ波の音が聞こえる。また、レッドがいる場所がゆらりゆらりと揺れていた。海上に浮かぶ小舟だった。

「気がついたよ、ちちうえ」

「!? え……」

 レッドの顔を覗いていたのは覆面の忍び装束の少女。高い声とレッドよりも低い背丈、その少女が小舟の先端に立つ人物へと報告する。

「うむ! お主。怪我はないようだな」

 落ち着いていて少ししわがれた男性の声だった。しかし、少女と同じく彼も覆面、忍び装束を着ている。レッドは状況を把握した。どうやらサイクリングロードから海に投げ出され、彼らによって救われたのだろう。

「助けていただき、ありがとうございます。あ、俺の荷物……」

「ここだよ」

 少女がレッドの寝ていた横を指さす。荷物は水に濡れているが、中を荒らされた形跡はない。自転車も無事だった。

「あの、あなた達は……」

「すまぬな。お主をすぐに陸へ届けたいところだが、拙者達の用事がすんでからとなる。今は体を休めておくといい」

「え、ええ。あの、どうして覆面を?」

「あたいたちにも、事情あるのだ!」

 少女が舌足らずなしゃべり方で胸を張る。覆面の男は特に反応しなかった。

(答える気はないってことか……。悪い人たちじゃあなさそうだけど。仕方ない、今は言うとおり体を休めとこう)

 ピジョットを使って空をとぶ事も考えたが、現在地がつかめない場所でいたずらに飛ぶのはかえって危険だと思い直し、レッドは目を瞑った。

 覆面の者達も特に会話せず、海の上の小舟は静かに進んでいく。晴天だったが、しばらくすると海上を霧が覆い始める。

(……船が止まった?)

レッドは目を開ける。小舟は海上の大きな橋の下、その支柱に着けていた。覆面の少女がロープで船と支柱を固定する。

「一人船の上にいるのは危険だ。お主も上に上がれ。ポケモンは持っているか?」

「う、うん。ピジョットがいるから」

「よし、出てこいモルフォン!」

 覆面の男がモルフォンを出す。覆面の男と少女がモルフォンに掴まって橋に上がり、レッドもピジョットと一緒に上がった。

(ここサイクリングロード、だよね)

 ここまでくればレッドは彼らに付き従う必要もなさそうだったが、レッドは彼らが気になった。

 覆面の二人は霧の中を進んでいく。その先に人の笑い声が聞こえた。

 複数の野太い男の声だった。声の主達は皆派手なパンクルック。派手なバイクに跨がり談笑しているようだった。

(彼らは一体なにをするつもりなんだ……?)

「行け、モルフォン!」

「いけ! ズバット!」

「げっ! 忍者だ!!」

「やべえ逃げるぞ!!」

「え!?」

 覆面の男がモルフォン、少女がズバットを出現させると、パンクルックの男たちがバイクを発進させて逃げようとする。

「逃しはせんよ! 観念してもらおう!」

 しかしモルフォンとズバットがすぐさま行く手を阻む。

「ちい! やるぞ! 行け! ゴーリ……うわあ!」

 モンスターボールを投げようとした瞬間、モルフォンが男にサイケこうせんを発射して吹き飛ばす。

 もう一人のほうも少女のズバットによって、モンスターボールを握っていた手を打たれていた。 

「勝負をする気はない。さあ、荷物を全て出してもらおうか! そちらの男もだ」

 覆面の男が恫喝するとパンクルックの男たちは苦虫を噛み潰した表情で従う。レッドは驚愕した。

「なっ!? なにをしているんですか!? くっ!」

(こんな事をする人たちだったとは! 早くポケモンを出さないと……!)

「お主、動かん方がいい」

「!?」

 レッドは覆面の男に言われ初めて気づいた。レッドの背後にポケモンの気配がある。

「ドガア……」

(ドガース!? いつのまに!?)

「ポケモンを出して拙者達の邪魔をするのはやめてもらおう。さあ、荷物を全て出した後は両手を上げて跪くのだ」

「くそっ!」

 レッドが見ているしかないなか、パンクルックの男たちは持ち物を覆面の二人に回収され、今度は手足を縛られた上目隠しをされた。

「よし、後はいつも通りに」

「うん、行けズバット!」

 少女がズバットに命令すると、ズバットがサイクリングロードの地面すれすれを攻撃した。レッドが注意深く見ると、細い紐のような物が地面に落ちている。

(あれは……ワイヤー? 地面に張られていたのか?……!)

 レッドは自分が海に投げ出された時の事を思い出した。確かあの時、自転車が地面に張られたワイヤーで……。

「終わったよ、ちちうえ」

「うむ。少年も気づいたようだな。ドガース、戻れ」

 レッドの後ろにいたドガースが覆面の男のモンスターボールに戻る。 

「あのワイヤーは、彼らが張っていたんですが?」

 レッドはもうポケモンを出す気はなかったが、覆面の者達を見る眼は険しい。

「そうだ。奴らはこのサイクリングロードを根城にする暴走族。ふっ、暴走するだけならまだしも奴らは、コースにワイヤーを張って利用者が飛び上がるのを面白がっている上、けが人が出ても通報せずに荷物を強奪する始末。少年だって、拙者達がいなければ命が危なかっただろう」

「……そのことについては、感謝します。彼らが悪い人だとういうのも。しかしそれは、ジュンサーさん達の役割では?」

「ジュンサーなんて!」

 覆面の少女が叫ぶ。覆面の男はすぐに少女をいさめる。

「よせ。少年の言う事もわかる。だが、現状ジュンサー達の動きを待っていても被害が広がるばかり。現に彼らはこの霧を利用してワイヤーを張って獲物を待っていた。我らが海上から潜入して虚をつかねば、捕まえるのは難しかっただろう」

「……確かに。彼らはこれから?」

「船に乗せてセキチクシティに運ぶ。その後はこいつらの悪事の証拠をまとめて一緒にジュンサー達の元に引き渡す。匿名でな」

 覆面の者達が慣れた様子で男たちをポケモンで船に運んでいく。

「さて、少年。ここから自転車で下に降りていけばセキチクシティに行けるが、どうする?」

「……俺も、乗せてくだい」

「? なんで乗るんだ?」

 少女が不思議そうに言ったが、男は特に気にした様子はなかった。

「いいだろう」

 パンクルックの男二人が増え、また船が海上に出る。レッドは船に揺られながら、思案にふけっていた。

「逃げようとしても無駄だ。荷物は全てこちらが持っている上、ここは海上。下手な事はしないことだ!」

 覆面の男の声に、パンクルックの男たちは怯えた声を出す。ポケモンの技を向けられた事もこたえているのかもしれない。

(この覆面の二人、相当な使い手だ。ジムリーダー達と比べても遜色ないかもしれない。だが……)

 レッドが思い出すのは、先ほどのモルフォンとズバットに追い詰められて怯えるパンクルックの男たち。

 確かに治安を乱す者達を自主的な活動で捕らえるのは、称賛される事だろう。しかしレッドの脳裏に浮かぶのは、シルフカンパニーで自らを襲ったゴルバットの凶刃。

(ポケモンの技を人に向ける……。いや、覆面の人たちはいたずらに人を傷つけるために戦っているわけじゃない。正式なバトルでない以上仕方のない事だ。エリカさんだってゲームコーナーではねむりごなを使っている。わかってはいる。わかってはいるのだが……)

 レッドの心に残る謎のしこり。しかし、レッドがその謎を解く前に、船がまたしてもサイクリングロードの支柱に取り付く。

「行くぞ。少年もついてくるなら、飛べるポケモンをだすことだ」

「……」

 サイクリングロードに出ると、覆面の男がベトベトンを出し、パンクルックの男たちをその背中に乗せて運んでいく。

 覆面の少女はズバットと共に、レッドと覆面の男よりも先駆けしていき、しばらくすると戻ってきた。

「いたよ、ちちうえ。あそこの物陰に一人」

「うむ。行け、モルフォン! かぜおこし!」

(!! 相手が気づいてないところを!?)

 物陰でニヤついた笑みを浮かべているスキンヘッドの暴走族の男にモルフォンが迫る。すると男は気付いたのか、一気に恐怖の顔に歪んだ。

「ひいっ!?」

「……ピジョットお!」

「なに!?」

 スキンヘッドの男にモルフォンのかぜおこしが当たる直前、レッドがピジョットをしかけ、ピジョットのかぜおこしで相殺した。

「なっなんだ。お前ら!?」

 スキンヘッドの男は訳が分からず混乱している。レッドは覆面の男たちと暴走族の間にピジョットと共に立つ。

 覆面の男と少女のレッドを見る瞳が、一気に敵意に変わる。

「なんのつもりだ、小童」

 レッドは表面上落ちつていたが、その胸中は迷っていた。

(今俺がやったことは、正しいことではないかもしれない。覆面の人たちは治安を守るため、正義のためにポケモンと一緒に戦っている。だけど……)

「……ポケモンが人を傷つけるところを、黙ってみている訳にはいかない」

 レッドとピジョットの体が勝手に動いていた。絶対の正義などレッドにはわからない。ただ、レッドが言っていることだけが全てだった。

「ほう……」

「お前なにを言っているんだ! そいつは暴走族だぞ!」

「まあ待て」

 覆面の男が少女を制し、少女は不満げに押し黙る。

 レッドと覆面の男が無言で対峙する。すると、レッドの後ろにいた暴走族がモンスターボールを構えた。レッドも敏感にそれに気づいて振り返る。

「なんだか知らねえが、俺の前から消えな。俺はサイクリングロード暴走団の一人! 下手に歯向かえば痛い目を見るぜ!」

 スキンヘッドの男はレッドに助けられた事を微塵も気に止めず、モンスターボールを放りオコリザルを出現させる。

 レッドはふっと笑う。

「ポケモン勝負か? なら受けて立つ!」

「ああん? なんだこのガキ」

 暴走族はレッドをよくわからない生き物を見るような目で見る。 

「まあいい! オコリザル、奴を蹴散らせ! メガトンパンチ!」

「ピジョット! かぜおこし!」

 レッドはタイプ相性をいかし、ピジョットを上空に羽ばたかせてメガトンパンチを避け、オコリザルの背中にかぜおこしをクリーンヒットさせる。

「くそ! メガトンキック!」

 しかし負けじとオコリザルも飛び上がり、メガトンキックでピジョットに突撃する。

「ピジョット、つばさでうつ!」

 ピジョットも肉弾戦に応じる。つばさでうつとメガトンキックの激突は、以外にもオコリザルに軍配が上がった。

「よっしゃあ! もう一度だ! オコリザル! メガトンキック!」

「負けるなピジョット! つばさでうつ!」

(この少年……)

 覆面の男は静観していた。

 再びのピジョットとオコリザルの激突。今度は相打ちで両者吹き飛び、オコリザルが着地に失敗する。対してピジョットは空中で身を翻し体勢を立て直した。

「くそ! オコリザル!」

「ピジョット、かぜおこし!」

 オコリザルはかわしきれずに吹き飛び、力なく声を上げて倒れた。

「な!? くそ! 負けた……!」

 暴走族の男はオコリザルを戻し、苦い顔をしながらレッドを睨む。

「俺はマサラタウンのレッド。ポケモントレーナーです ポケモン勝負なら、いつでも受け付けます。……いい戦いでした」

 レッドはピジョットをボールに戻して、自ら暴走族の男に近づいていく。そして、握手をするように手を差し出した。

「なっ……なんのつもりだ……!!」

「あなたのオコリザル、凄く連携がとれていました。タイプ相性をものともせずに戦う姿は手ごわかった。大事にされてるんですね」

 スキンヘッドの男はキョトンとした後、吹き出して笑った。そしてレッドの握手に応じる。

「ははっ! わかる奴じゃねえか!……マサラタウンのレッドか。次は負けねえぜ」

 そしてレッドの握手に応じた。レッドは続けて話す。

「一つ知っていたら教えていただきたいことがあるんでいいですか?」

「ああん? なんだ?」

「今サイクリングロードで、コースにワイヤーをつけて利用客に怪我をさせる事件が起きています。なにかご存知でしたら、教えていただきたいのです」

「……」

 スキンヘッドの男はレッドの握手を離すと、罰が悪そうに自分の頭を掻いた。

「ああ、それは俺がいるサイクリングロード暴走団の一部の連中がやってる事だ。俺たちはジュンサーの眼を掻い潜るのに慣れてるからな。好き放題する奴らもいるってことだ」

「なるほど……ご協力ありがとうございます。もし知っていたら、そういった事が頻発する場所を教えてもらえませんか?」

「……俺がやってるとは、疑わねえのか?」

「ポケモントレーナーに、悪い人はいませんから」

 レッドの裏表のない笑顔に、暴走族の男は少しひるんだ。

「……この先のカーブと、セキチクシティ最後の直線の中間地点にある休憩所に行ってみろ。ただ、坊主。行くなら一人では行くな。必ずジュンサーか大人の奴と行け。世の中皆、聞き分けがいいやつばかりじゃねえからな」

「ありがとう。それじゃあ」

「……おう」

 スキンヘッドの男がバイクに跨って去っていく。

「甘すぎるな」

 消えていた覆面の男が霧から現れる。レッドも覆面の男に向き直る。

「奴は暴走団の一員。奴がワイヤーを張ったことがあれば、利用客の荷物を強奪したことがあるかもしれない」

「……そうかもしれない。……でも、俺は……」

 レッドは自らのモンスターボールを取り出し、見つめる。

「ポケモンと確かな絆を築いている人を信じたい。例えさっきの人が罪を犯していたとしても、オコリザルと共にガムシャラに頑張っていた事を思い出せば、自分の誤ちを自ら正そうと、行動を改めてくれると信じたい。被害を最小限に抑えることはもちろんです。だけど、ポケモンと一緒にいるがゆえに途中で道を誤ってしまった人の心を改める事も、同じくらい大事な事だと、俺は思います」

 シルフカンパニーでビルが倒壊した後、レッドがテレポートした場所で真っ先に助けに来てくれたロケット団員。さっきのスキンヘッドの男もきっと、バトルを通してなにか感じることがあったと、レッドは信じている。

「……甘いだけでなく、欲張りな小童だ。だが、だからこそポケモンとの絆の深きトレーナーとなれた、か」

 覆面の男が覆面を外し、素顔をレッドに晒した。

「ちちうえ!? なんで!?」

「あなたは……?」

 男は少女の声を無視し、レッドに名乗った。

「拙者はセキチクシティでジムリーダーをしているキョウ。こちらは我が娘のアンズ。お主のことは、各地のジムリーダーから話を聞いていた。大分無茶な事をしてたようだな」

「ジムリーダー!? 通りで……」

「小童。お主の言う事、拙者は実現不可能のことだと思う。世界には光があれば影があり、悪がいるから正義がいる。各地のロケット団と戦った君ならば、ポケモンを使い理不尽な事をするどうしようもない連中がいるのはわかるはずだ」

 キョウの言葉に、レッドは目を閉じる。そしてゆっくりと開き、自分に言い聞かせるように言った。

「ええ。だからこそ、ポケモントレーナーとして、自分にできることを俺はやるだけです。ポケモン達は皆純粋です。ポケモンと触れ合って生活している人であれば必ず、ポケモンと一緒にいられる喜びが記憶の底に眠っている。それを思い出すことができれば、必ず……」

「そんなの関係ない! あいつらは悪だ! すぐにとっちめてやらなきゃ」

「やめろアンズ、帰るぞ」

「ちちうえ!?」

「奴らが潜んでいる場所がわかった。さすがのジュンサーも、あらかじめ場所がわかっていれば取り逃すことはあるまい。拙者達は与えられた本分に戻る」

「……」

 アンズは納得していないようだったが、しぶしぶキョウに従った。

「お主もここからはサイクリングロードを降れ。脇の側道を通れば、奴らもいないだろう。さっきのスキンヘッドの男の言葉を信じるならな。まさか、一人で奴らのところに行くきはあるまいな?」

「……ありませんよ。大人の方の忠告は聞くものですから。あなたの本分がジムリーダーでありトレーナーを迎える事であるように、ジュンサーさん達も道を間違った人たちを捕まえて、更生させるのが本分ですから。今はそれを信じて、俺はセキチクシティのジムに向かいます」

(……純粋に過ぎるな。その純粋さが、濁らない世界でありたいものだ……。)

 しかしキョウはそう思いながらも、あえて視線をきつくしてレッドを見る。

「……先ほどの大言、貫くならばトレーナーとしての力をジムで見せてみろ。口だけでなくな」

 そう言ってキョウ達は霧に消えた。

 レッドは自転車に跨がり、緊急時に対応できるようピジョットを出して並走するようにする。

「ピジョット、戦ったお前はどうだった? さっきのスキンヘッドの人は、本当に悪い人だったのかな」

「ピジョォ!」

「はは、そうだよな。俺も、そう思うよ。行くか!」

 レッドはピジョットに微笑み、一気に坂を降る。霧が晴れ、視界にセキチクシティが現れた。

 

 セキチクシティ、そこは自然多き豊かな街。

 この街の目玉は自然の豊かさを生かしたポケモンゲットツアー施設サファリゾーン。

 サファリゾーンでしか手に入らない珍しいポケモンを求めて、多くのトレーナーが訪れる。

 レッドはそれを一瞥し後で寄ってみようと思いながら、キョウが待つセキチクシティジムを目指していた。

 しかし道中、目の前につい最近出会った女性が現れる。

「……あら、レッド! 嘘……すごい偶然………!」

「ナツメさん! どうしてここに?」

 ナツメがレッドに駆け寄って来てレッドの両手を握る。

「セキチクジムに使われてるギミックの監修に来たのよ。ジムを今度新しくするからって頼まれて……あ。これ、オフレコでお願いね」

 ナツメが顔をレッドに近づけウインクする。

「ジムを新しく? じゃあ、今日のジムの営業は……」

「それは大丈夫。ジムの営業に支障がでないようにスケジュールされてるから。今日も通常通り行われるはずよ」

「そうですか……」

 レッドは難しい顔をしている。

「どうしたの? なにかあったの?」

「いえ……。そのナツメさん。セキチクシティのジムリーダーって……?」

「そうね……。セキチクシティジムリーダーはキョウ。専門は毒タイプで、ジムリーダーの中でも古参の方ね。私もバトルを見たことあるけど、毒ポケモン使いの中ではカントー地方一でしょうね」

「どんな方なんですか?」

「どんな、ねえ……。忍者の末裔っていうのは聞いたことあるわ。毒に対抗するための薬の知識も豊富。サファリゾーンや周辺をボランティアでパトロールしてて、市民の人からも信頼されているそうよ」

「……」

『小童。お主の言う事、拙者は実現不可能のことだと思う。世界には光があれば影があり、悪がいるから正義がいる。各地のロケット団と戦った君ならば、ポケモンを使い理不尽な事をするどうしようもない連中がいるのはわかるはずだ』

(キョウさんのあの言葉は、やはり経験に裏打ちされたものだったのだろう。だけど……、俺が戦うのは悪を倒すため……いや、素晴らしいバトルがしたいからだ。マチスさんと戦った時のような、見ている人すらも熱くさせる、そんなバトルを……)

 そしてレッドの脳裏にエリカの顔が浮かぶ。

(エリカさんも、故郷を守るために戦った。それは正しいことだ。だが、エリカさんが再び心に光を取り戻した時、キョウさんがやった事をするだろうか。ポケモンと共に、悪を打つ……)

 言葉だけならヒロイック。しかし、レッドは自身の行動を思い出す。オツキミ山の時のロケット団員。サイクリングロードでのスキンヘッドの男。そしてシルフカンパニーでのサカキ……。

「レッド? どうしたのそんなに眉間にしわ寄せて……。なにか、悩み事?」

「ああ、いえ。えっと……」

「言ったでしょ。あなたの力になるって。相談ならいつでものるわよ」

「ナツメさん……」

 レッドはナツメの顔を見て、今まで戦ってきた人たちの顔を思い出す。タケシ、カスミ、マチス、エリカ、ナツメ。そして……。

『勝負はおあずけだな! 待っているぞ!』

(皆……どこか晴れやかな顔をしていた)

 しかし、ただひとつの心残り。

『こんな……こんなの認めねえ! 畜生!』

(グリーン……)

 彼とはシルフカンパニーで出会った時、何倍もたくましくなっているように見えた。だが、レッドはグリーンの今の本質を、まだ知らない。

「大丈夫です。悩みは晴れました。ありがとうナツメさん」

「え!? あ、そっそう……。でもよかったわ。これからジムに挑むんでしょ? 私も同行してもいいかしら?」

「ええ。もちろんです」

 セキチクジムにはすぐに到着した。中に入ると、キョウがジム中央のバトルスペースで目をつむり正座している。その後ろにはキョウの娘のアンズが控えていた。

「来たか……む、ナツメ殿も」

「えっと、ジムのギミックの監修に来たんだけど……。先にやった方がいいかしら? ごめんね。すぐに終わるから」

 しかしキョウがレッドとナツメに手をかざす。

「否、その小童に小細工は不要。ナツメ殿、この戦いが終わるまで待っていただきたいが宜しいか」

「いいわ。頑張ってねレッド」

「はい」

 ナツメが観客席に移動する。レッドの顔は、覚悟を決めた戦士の顔。

(ほう……)

 キョウがその顔を見て、笑った。

「下がれ、アンズ」

「うん」

 キョウがバトルスペースに立つ。目を閉じて軽く顎を引き、直立するその姿はまさに時を待つ忍びそのもの。

 レッドもまた、モンスターボールをその手にしながら目を閉じた。

 嵐の前の静寂。突如訪れた張り詰めた空気に、ナツメとアンズも息を呑む。

「答えは変わらぬか、小童」

「一度ポケモンの手を取り、心を通わせたならば、確かな光が心に宿る。俺はそう学びました。ポケモントレーナーならば、ポケモントレーナーとしてぶつからないと分からない事がある。伝えられない事がある」

 レッドは目を開き、モンスターボールをキョウに向ける。

「俺がポケモントレーナーの道を進み続けるのは、バトルを通して得られる確かな絆があるからだ。共に戦う仲間だけじゃない。戦ってきたライバル達にも、俺は心のつながりを感じている」

 その言葉に、ナツメは驚く。

(レッド……!? まさか、あなた、サカキにも……)

「ファファファファ! まさかロケット団と戦いあんな目にあっておきながら、その道を進み続ける意味を確信したというのか!」

「ええ。キョウさん。あなたがサイクリングロードでやっていたことは、被害を迅速に食い止めるためには最善の手段でしょう。だけどやはり俺は、一人ひとりとポケモンバトルを通して、光ある道に気づく手助けがしたい」

 レッドは微笑んだ。自分が進む道が今、また一つ扉を開けた。

「俺達は、ポケモントレーナーなのですから」

「ならば小童。そのポケモン達とともに、拙者の心を震わせられるか?」

 レッドはモンスターボールを構えることで答えた。

「ファファファファ!! 始めるぞ小童! 行け! モルフォン!」

「行け! ピジョット!」

『バトル開始ィ!』

「モルフォン、どくどく!」

「ピジョット、空をとぶ!」

 モルフォンがジグザグに羽ばたきながら毒をまき散らすが、ピジョットは身にかかる毒に構うことなく突貫する。 

 そのままピジョットの加速した体当たりが直撃し、モルフォンが地に落ちてバウンドする。

「影分身!」

「つばさでうつ!」

 モルフォンはすぐに体勢を立て直すと、その体がぶれて残像のように姿が分身する。ピジョットはその内の一つを翼で切ったがなんの感触もなく、切ったモルフォンの姿は空に消えた。

「つばさでうつ!」

「吸血!」

 両者の戦法は一気に分かれた。影分身、そして毒と吸血で持久戦に持ち込むモルフォン。タイプ相性を生かし一気に勝負を決めたいピジョット。

 観客席のナツメも冷静に戦況を見つめる。

(どくどくは普通の毒よりも消耗が早い……。だけど下手にピジョットを変えれば、それこそ毒を用いた持久戦を得意とするキョウの術中。ピジョットの一撃なら後一回当たりさえすればモルフォンを仕留められる。当たればだけど……)

「モルフォン、影分身!」

「くっ! つばさでうつ!」

 ピジョットの毒が回り始めるのと対照的に、モルフォンは冷静に吸血して体力を回復していく。

「ファファ! どうした小童! その程度では人の魂を震わすなど、夢のまた夢!」

「証明してみせるさ。俺とピジョットならば、どんな逆境だって跳ね返すことができる! ピジョット! かぜおこし!」

「無駄だ!」

 ピジョットのかぜおこしはモルフォンの分身を一つ消すだけ。しかし、レッドは繰り返す。

「かぜおこし」

「ふん! やけになったか……いや、これは!?」

 ピジョットはマッハ2で飛ぶ事ができる羽の持ち主、その翼が全力で風を起こせば、閉めきったポケモンジム内に強烈な気流が巻き起こる。

(あれは、シルフカンパニーで見せた……!)

 ナツメも気づいた。レッドとピジョットは風の流れを利用できる。

「ぬ……モルフォン!」

 モルフォンはピジョットがおこした乱気流にバランスを保つのがやっと。そのせいで、モルフォンとモルフォンの分身達の動きが鈍り始める。

(ピジョット! タイミングはお前に任せる。お前ならば、この乱気流の中で全てのモルフォンが一列になる瞬間を貫ける!)

 ピジョットの眼が見開いたのを、レッドは見逃さなかった!

「ピジョット、突進だあっ!」

「ピジョォ!!」

 ピジョットが羽ばたき、急旋回してモルフォン達に突撃する。自らが作り出し、ピジョットだけが入ることができる一瞬の風の道筋、そこには風に流されて身動きが取れないモルフォン達が直列していた。

 一つ、二つ、三つとモルフォンの分身がピジョットの突撃で消え、最後に残ったモルフォンがピジョットのくちばしに弾き飛ばされる。

 風の流れが止むと同時に、ピジョットは足で降り立ち、モルフォンは背中から落ちで動かなくなった。

『モルフォン、戦闘不能!』

「よくやったなピジョット。戻れ」

 レッドは消耗したピジョットを戻す。ピジョットが再び戦うには毒を直さなければならない故、実質的には相打ちだった。

「まずはお見事! 行け! マタドガス!」

「行け! バタフリー!」

「マタドガス、えんまく!」

「バタフリー! サイケこうせん!」

 放出されたえんまくはバトルスペースの半分を覆い、マタドガスはバタフリーから完全に見えなくなった。バタフリーのサイケこうせんは煙幕の中に消える。

(当たったのか!? 無闇に打ち続けるのも……)

「マタドガス! ヘドロこうげき!」

「フリー!?」

「バタフリー!」

 しかしえんまくの中からはバタフリー目掛けて正確にマタドガスのヘドロこうげきが飛んでくる。

「くっ! バタフリーあそこだ! サイケこうせん!」

 ヘドロこうげきが飛んできた場所へサイケこうせんを打ち込む。しかしマタドガスが悲鳴をあげないため、命中したのかどうかがわからない。

(さすがだ! 勝つための戦術をポケモンに徹底させている。だがこれを打ち破ることができる戦術を、俺とバタフリーが編み出す。今ここで!)

「……よし、バタフリー! しびれごな!」

「むう!?」

 バタフリーが羽ばたき、煙幕に覆われたフィールド全体にしびれごなを巻いていく。

「だが、攻撃は当たらん! ヘドロこうげき!」

 バタフリーにヘドロこうげきが直撃する。しかしレッドはそれを待っていた。

「そこだ、バタフリー!」

 バタフリーは煙幕内に突入した。そして、煙幕の中ガスが噴出している球体の影を見つける。

 しびれごなで動きが鈍ったマタドガス、この距離ならば外さない。

「しとめたぞ! サイケこうせん!」

「マタドガス、じばく!」

「なっ!?」

 煙幕が爆風によって吹き飛ばされ、後には力尽きたマタドガスとバタフリーが残る。

 あのままならばバタフリーのサイケこうせんがマタドガスを仕留めていた。そう判断したキョウの対応は早かった。

「非情だと思うか? 小童」

「勝つために次の仲間へと繋げる。あなたのマタドガスの反応は早かった。勝利への意思統一と自らの犠牲を厭わない気概がなければできないことだ。お見事です」

「……小童。いい戦いをしてきたようだな」

 互いにポケモンを戻す。キョウは笑っている自分に気づいた。

(年甲斐もない。こんな小童の言い分に熱くなり、あまつさえこのポケモンバトルを楽しいと感じている)

「小童。お主の目指す終着点はなんだ?」

「ありません。仲間達と遙かなる高みに行くのみ!」

(ポケモンリーグ優勝でもなく、ポケモンマスターでもなく、即答でそれか)

「ちちうえー! 頑張れー!!」

 キョウは観客席で叫ぶアンズを見た。

(アンズのポケモントレーナーとしての腕、申し分ない。拙者の後を充分に告げるだろう。その後拙者は、今までポケモントレーナーとして過ごしてきた全てを次代に伝えようと思っていたが……)

 キョウの心に、忘れかけていた火が再び灯る。

(高みか……)

「行くぞ小童! これが最後のポケモン! 行け! ベトベトン!」

「行け! フシギバナ!」

 フシギバナは毒タイプを持ち、ベトベトンは草に耐性がある。残る戦いの選択肢は真っ向勝負の肉弾戦。

「フシギバナ、突進!」

「ベトベトン、かたくなる!」

 フシギバナの巨体を生かした突進。ベトベトンもその体を硬質化させて迎え撃つ。

「すてみタックル!」

「ものまね!」

 フシギバナとベトベトンの額が真っ向からぶち当たり空気が振動する。もう、レッドとキョウの命令は必要なかった。

「フシギバナ! 一歩も引くなー!!」

「ベトベトン! そこだ! 行けえ! ぶっとばせぇ!!」

 キョウが拳を振り乱し叱咤激励すると、ベトベトンが応えるように硬質化したヘドロで拳を作りフシギバナを殴る。

「ち、ちちうえ……?」

「あらあら……」

 父親の変貌に戸惑うアンズと、顎に手を当てて微笑むナツメ。

「あんなちちうえ、初めて見る……」

「いいんじゃない? こういう暑苦しいのも、ポケモンバトルでしょ」

「バナぁ!!」

「ベトォ!」

 異種ガチンコファイトはお互いのずつきが炸裂し、終了のゴングが鳴った。

 ふらつきながら立ち上がったのは……。

『ベトベトン戦闘不能! 勝者、挑戦者レッド!』

「見事小童。いや、マサラタウンのレッド!」

「こちらこそ。いい戦いができて、本当に嬉しかったです」

 キョウとレッドが近づき、笑顔で握手する。しかしすぐにキョウは手を離し、レッドに背を向けて歩き出した。

「そら! ピンクバッジを受け取れ!」

「おっと」

 キョウはレッドを見ずにピンクバッジを放り投げる。バッジはレッドの手元へ寸分の狂いなく収まった。

「ち、ちちうえ。どこへ……」

「ナツメ、戻ってポケモン協会へ伝えろ。本日を持って、キョウはジムリーダー代理として、娘アンズを指名する。キョウは今任期を持って退任し、後任にはアンズを推薦するとな!」

「ちょ、ちょっと。いきなりどこへ行くつもり!?」

 ナツメも慌ててキョウに叫ぶ。しかしキョウは気にせず自分の言いたいことをぶちまける。

「アンズよ。迷うことあれば今日(こんにち)のバトルを思い出せ。お前の実力は父が認める!」

「は、はい!」

「レッドよ。年甲斐もなく拙者を熱くさせてくれたな。拙者にとってジムリーダーは終着ではないと、錯覚してしまったではないか!」

 キョウは怒りながら笑っているようだった。

「ファファ! まずは手始めにサイクリングロードのトレーナーに片っ端から挑んでくるとするか。さらばだレッド! 高みでな!」

「……はい!」

 アンズとナツメはキョウの突然の変貌ぶりにキョトンとしていたが、レッドはその背中を逞しく思っていた。

(今、サイクリングロードの"トレーナー"って……。……高みか)

 また一つ、約束が増えた。しかし、嬉しさしかない。

「えっと、じゃあアンズ? その、ジムのギミックの監修いいかしら。バリヤードで見えない壁の点検するから、図面見せてもらっていいかしら?」

「え、あ、はい! こちらです! ええと、どこに置いてたっけちちうえ……」

 どうやらアンズの初仕事は、やけに事務的なことから始まったようだ。

 レッドはその様子を微笑んで見守りながら、ピンクバッジを胸元に取り付けた。

 その後レッドはナツメに腕を引かれて共にサファリゾーンに入ったり、何故かポケモンの戦い方についてアンズに相談されたが、大した話ではない。

 ナツメとアンズと別れ、レッドが次に向かうはふたご島、そしてその先のグレン島。

「えっと、ここからは海を超えるか。ギャラドスなら……ん?」

 海岸でギャラドスを出そうとした矢先、海の向こうから波に乗ってサーフィンする少女が見えた。

「待っていたわよーレッド! 波乗りの極意! このカスミが教えてあげるわー!! いやっほー!!」

 波から空に舞い上がりポーズを決める、スターミーをサーフボードにして乗っているカスミ。黒い水着が体のラインをくっきりと写し、太陽に照りつけられて鈍く光っている。

 ほどなくレッドがいる海岸まで猛スピードで海上を滑ってくる。

「えへへー。また会ったわねレッド!」

「カスミ、なんでここに?」

「だから言ったでしょ! ポケモンで海を超える波乗りの極意、この私が教えてあげるわ。不満かしら」

「それは、ありがたいよ。でも、ジムは?」

「今は休暇中よ、さ、レッドも水着に着替えて着替えて♪」

「え、水着持ってないけど……」

「なんですって!? じゃあさっそく買いに行きましょ! セキチクシティなら売ってるでしょ!」

 今度はカスミがレッドの腕を引っ張って行く。レッドは苦笑いしながらも、旅で出会う様々な人たちとの交流を、胸に刻んでいた。

 所変わってタマムシシティ。エリカの自宅。カイリュー便からレッドからの手紙が届く。

 それをエリカは自室で綺麗に封を空け、愛おしそうに微笑みながらその書面に目を走らせる。

(まあ、キョウさんがジムを空けたのはそんなことがあったのですね。レッドも怪我がなくてなにより……ん?)

 ナツメとカスミに関する記述でエリカの目がとまる。

(………ナツメさん、一緒にサファリゾーン行く意味ないですよね。それに、ジムを休んでまでカスミは……しかも水着って……)

「ふふ、ふふふ。ふふふふふふ」

 クサイハナが主の微笑みに、生まれて初めて恐怖した。


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