ハーフボイルドとアイドル   作:日高昆布

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皆様ご機嫌麗しゅう。新作でございます。
今更仮面ライダーWとアイマスシリーズとクロス物です。
可愛がってあげてください。よろしくお願いします。


Mはしゃべらない/シュガーハートな先輩

 昼時の喧騒でオープンテラスのレストラン。2人がけのテーブルに座る女性が1人。

 キャペリンを被り、大袈裟なサングラスを付けているが、それでもその女性が美人であることを隠すことはできていない。物鬱げな雰囲気さえも、彼女の容姿を際立たせていた。

 尤も雰囲気だけではなく実際に憂鬱な気分であり、無遠慮に声をかけられようものなら猫を被りきれないかもしれないと危惧するくらいには荒んでいた。しかしその美貌と物鬱げのアンマッチさは、遠巻きに注目させるには十分だった。

 彼女の名は佐藤心。年齢ネタを前面に出す独特なキャラで人気上昇中のアイドルである。

 

「お客様。申し訳ありませんが、ペットをお連れの方との相席をさせて頂いてもよろしいでしょうか」

 

 一瞬迷うが、今の自分なら気付かれないだろうという自虐的な思考から了承することにした。

 

「良いですよ」

 

「ありがとうございます」

 

 案内されて来たのは男性だった。ノリが効きパリッとしたスラックスに、袖を捲ったワイシャツとベスト、そして中折れ帽子。着こなしがかなり大変そうな組み合わせを、似合ってると思わせるほどに男性の容姿やスタイルは整っていた。捲られた袖から見える腕も鍛えられていることを窺わせ、ペット用キャリーケースにいる猫に引っ掻かれたであろう傷を拵えている事で、彼の人となりも見えて来る。

 

「すまねえなお嬢さん。助かったよ」

 

 適当に会釈で済ませるつもりだったが、妙にキャラの立っている男だったので、サングラスなのを良いことに少し観察することにした。

 コーヒーを注文すると、足元の猫に文句を言い始めた。

 

「全くよ〜、お前のせいでとんだ出費だぜ。家猫なんだから、こんな気合いの入った家出すんなよな」

 

 にゃー

 

「にゃーじゃないだろ。お前が逃げてる最中に落とした植木鉢とか、倒して壊した自転車のベルとか、全部俺が謝罪して弁償したんだからな。レシートもねえから経費で落とせないし。飼い主の子に請求する訳にはいかねえんだから、俺の勇姿をちゃんと話しておくんだぞ」

 

 にゃうん

 

「頼んだぞ」

 

 ──ヤバい、この兄ちゃん、面白すぎるだろ……

 

 しかも内容が絶妙にしょっぱいのも腹に良くない。残念なイケメンとはこう言うのを指すのか、と震える口元を見られないよう俯きながら得心する女性。

 

「やべ、亜希子からだ……。もしもし」

 

 力関係が一瞬で分かるリアクション。彼女か伴侶かは分からないが、完全に尻に敷かれていることが分かる。

 

「おう、2つ隣の街まで来ちまったけどちゃんと捕まえたぞ。今休憩してるから、後1時間くらいしたら返せるって依頼人の子に言っておいてくれ」

 

 依頼人という変わった言い回しが、なぜか少し引っ掛かった。昔、やたらとその単語に執着してた奴がいたような気がする。

 

「ん? 依頼料? そりゃ適正価格に決まってんだろ。────だから適正価格だって。聞いてる? ……何を? ────1,000円」

 

『ショータロークーン!!』

 

「うっせえな、電話で怒鳴んな!」

 

 ハンズフリーでもないのに聴こえてくる向こう側の声。何の界隈なのかは分からないが、街を2つ跨いでいるなら1,000円は確かに安い気がする。しかしそれよりも気になったのが、女性が金切り声で言った名前。それが芋蔓式に一気に過去の記憶を呼び起こした。アイドルと同じか、それ以上に荒唐無稽だと言われる夢を高らかに宣言していた男のことを。

 

「お前、左翔太郎か……?」

 

「今月の給料なしってお前、え?」

 

「よく放課後に、お互いに馬鹿みたいな未来予想図発表し合ってただろ?」

 

「…………パイセン?」

 

 ・

 

 アイドルとハードボイルドな探偵。進路希望に記入したら突き返される夢を本気で叶えようとしている者同士何かが通じ合ったのか、1年にも満たない期間であったが親交を重ね、夢を馬鹿にして来た級友への愚痴や、オリジナルの歌の披露(黒歴史)、オリジナルダンスの披露(黒歴史)狸の皮算用な将来の展望などを語り合ったのだ。

 

「翔太郎が探偵か〜」

 

「ハードボイルドを付け忘れてるぜ」

 

 中折れ帽のブリムを指で押し上げながら言う翔太郎。それっぽさは中々堂に入っていた。

 

「猫に靴引っ掛かれてるぞ」

 

「あ、お前! 爪立ててねえだろうな!」

 

「ハードボイルドねぇ〜」

 

 猫の脚を優しく押し込む姿をニヤニヤしながら眺める心。馬鹿にしている訳ではなく、決めようと思った時に限って失敗する様が昔のまま過ぎて笑ってしまったのだ。それに探偵という夢を叶えていることも嬉しかった。猫の捕獲依頼を受けていたり、家賃の支払いにも苦労しているなど、思い描いていたハードボイルド探偵とはかけ離れているようだが。

 

「そういうパイセンも、アイドルとして活躍してるみたいじゃねえか」

 

「え、お前アイドル番組見るの?」

 

「身内にどハマりしてるのがいてな。そいつから聞いて、映像で見てピンと来たって訳よ。それで」

 

 姿勢を正し、心を正面から見据える。

 

「ん?」

 

「何かあったんだろパイセン」

 

 表情を崩さずにいられたのは流石のアイドル、ではなく、言い当てられたことに驚き固まったからだ。

 心が独り黄昏ていたのには理由があった。しかしそれはプロデューサーや仲間には気軽に言える内容ではなく、かと言って放置しておく訳にもいかないものであり、それが彼女の胸に暗い影を落としていた。

 悩んでいると言い当てられたこと、一期一会の再会。それが心の口を軽くした。

 

「探偵業で培った推理力か?」

 

「勘さ」

 

「そうかよ。……ん〜〜実はさ、最近妙にトラブルに巻き込まれてさ。車とかバイクとか自転車に轢かれそうになったり、工事現場の近くで事故に巻き込まれそうになったり。で、そん時にドライバーとかがさ、みんな一貫して何でこんな事したのか分からないって言ってさ。それだけじゃなくて、家族とか友人も皆そう言うからさ。それでネットで自作自演て言われちゃってよ。流石にはーとのハートもささくれちゃってさあ……」

 

 肘を付いた手に顎を乗せ、わざとらしく唇を尖らせながら言う心。思わず愚痴ってしまったが、あまり深刻に取られないようにというささやかな抵抗だ。しかし流石にへーと聞き流せる内容ではない。俄かに翔太郎の目付きが鋭くなる。

 

「分からないってのはどういう意味なんだ?」

 

「そのままだよ。それをやった記憶がなくて、気付いたら事を起こした後だったんだと」

 

「記憶がない?」

 

「そっ。……だけどそれも分からなくはないんだよ。やった直後にこっちを見てた顔付きが、なんか多重人格か? ってくらい違くてさ」

 

「そりゃ奇妙な話だな。……ところでパイセンは今日誰かと待ち合わせしてた?」

 

「いや。孤独に黄昏る予定だったから、誰ともしてないぞ」

 

「じゃあスキンヘッドの知り合いは?」

 

「ああ? いるかもしんねえけど、パッと思いつくほどの奴はいねえな。てか、何の話」

 

 テーブルを払い除け、更に心までも払い除ける翔太郎。まさかこいつも、と愕然とするが、翔太郎はそのまま横を走り抜けた。何とか受け身を取りつつ、何事かと振り返ると、スキンヘッドの男と揉み合いになっていた。しかしその驚愕はすぐに衝撃に変わる。両者の間にフィクションの世界でしか見たことの無い、拳銃が見えたからだ。

 男が翔太郎を押し除け、拳銃を構えた。

 

「翔太郎!!」

 

 しかし轟音は鳴らず、ハンマーの音だけが虚しく何度も響くだけ。

 戸惑う男に、翔太郎は見せびらかすように両手のものを掲げた。

 

「装填された弾も、弾倉もこっちだ。何にも出やしねえよ」

 

 テーブルが倒された時に落ちたピッチャーの蓋を開け、弾倉から弾丸を指で押し出して落とし、再度蓋を閉める。

 

「こいつはセルフサービスだ。取り出したきゃ自分でやりな。まあもっとも」

 

 踏み込み、足が跳ね上がる。背足の上段回し蹴りが手を打ち据え、拳銃を蹴り飛ばした。

 

「そんな危ねーモンは没収させてもらうけどな」

 

 遠くに落ちた拳銃の音をゴングに、男が突っ込む。

 

「パイセン離れてろ!」

 

 前傾姿勢に、脇を締め顔をガードする男。格闘技の経験者か、と内心舌打ちしつつ応戦する。

 続け様に放たれるジャブとストレートを、サイドスウェーで回避。腕の外側に回り込み、開いた手の甲による目打ち。怯んだ隙に肝臓と胃へブロー。胃液を吐くが、驚くべきことに男は止まらなかった。

 

「おっと」

 

 伸ばされた腕を叩き落とすが、その勢いを利用され、タイトな角度の後ろ回し蹴りが放たれた。帽子が落ちぬよう抑えながらバック転。

 開いた距離を、跳躍しながらの2段蹴りで詰める。払い受けで捌きながら前足を軸に回転し背後に回り込み、背中に後ろ蹴りを見舞う。両足が接地していなかった男は、うつ伏せに倒れる。転倒のショックから抜け出す前に拘束しようと距離を詰めるが、反転と同時に回転脚で接近を阻止。その僅かな時間で男は既に立ち上がっている。

 

「歳の割に随分動けるじゃねえか」

 

 軽口で称賛するが、相手が尋常でないことに気付いている。

 途切れぬ殴打を、敢えてガードせず体捌きで回避し続ける。先の攻防で既に荒くなりつつあった息は、動いている中でも肩を上下させていることが分かるレベルになっていた。しかし動きが止まるどころか、鈍る様子さえ見られない。

 足元のメニューを蹴り上げて男の視界を塞ぎ、サイドに回り込む。男は迷う素振りも見せず裏拳を放つ。腕でブロックしつつもう一方の手で掴み、膝裏を蹴り地面に膝を付かせる。掴んでいる腕をそのままに背後に回り込み、肩関節を極める。

 自由な腕による抵抗を躱しながらネクタイを解き、素早く両腕を拘束。その状態で尚、抵抗しようとしていたが、突然脱力し地面に倒れ込んだかと思うと、今度は叫び出す。

「ん? あ? いててててて!! 一体何じゃ! おい! お前何のつもりだ! いてててて! なんでこんな全身が痛いんじゃ!」

 

 その時、男の袖から細く短い何かが剥がれ落ちたことに気付く。咄嗟に空中で掴み、ポケットにしまい込んだ。

 

「アンタが鉄砲持って来て撃とうとしたんだろうが」

 

「ワシが?! こんなところに持ち出すか! いてててて!!」

 

「……なるほど。こういうことか」

 

 匂う(・・)本業に関わる匂いが(・・・・・・・・・)プンプンと漂っている(・・・・・・・・・・)

 

 ・

 

 通報を受けて警察が駆け付けたが、男が立ち上がれないほどの痛みを訴えたため、救急車を手配することとなった。パトカーで隔離されているが、心のメンタルが心配であったため、警察への対応を中断し、彼女の元へ向かった。

 

「大丈夫かパイセン」

 

「……おお。お前のおかげでな。てゆーか、お前めちゃくちゃ強いんだな。驚いたぞ」

 

「こう見えても、探偵として結構な修羅場は潜って来てるんだぜ?」

 

「へえー。浮気現場とか?」

 

「そうそう。した方が逆ギレして襲い掛かってくるから、って、違うわ! 俺が受ける依頼は、ハードボイルドなものだけだぜ?」

 

「猫探しは?」

 

「……子供の依頼を断るのは、ハードボイルドじゃないからな」

 

「……お前、ホントに変わってねえな」

 

 呆れを多分に含みつつも、やはり嬉しそうに笑う心。

 すると現場検証を行なっていた警察達の中からこちらに歩いて来る、異様に目立つ格好の男の存在に気付く。真っ赤なライダースーツに、同色の革ジャンという出立ち。鋭い目付きも相俟って、無意識に翔太郎の腕を握ってしまう心。

 

「左」

 

「照井。何でお前がここにいるんだ」

 

「それはこちらのセリフだ。……少しいいか?」

 

「分かった。パイセン、こいつのこと見ててくれ」

 

「お、おお。分かった」

 

 翔太郎の知己だと分かり安心したが、離れて行ったことが少し心細く、預けられたキャリーケースに体を預ける。呑気に鳴く猫に、少し癒された。

 

 ・

 

「お前、彼女と知り合いなのか?」

 

「同じ中学校だ。でパイセンが卒業して以来の再会を、ここで偶然したってだけだ」

 

「そうか。……あの男、妙なことを言ってなかったか?」

 

「何でこんな状況になってるのか、まるで分かってないようだったな」

 

「やはりか。最近、現行犯で逮捕された犯人が、事件を起こした記憶が全くないと供述するケースが複数確認されてる。その時の被害者は全て」

 

「佐藤パイセンって訳か。……あいつとやり合った時、痛みを無視したり、現役の格闘家のような動きをしたり、目隠しが全く効かなかった。こりゃ、俺達の領分かもな」

 

「その可能性は高い。調書のデータを後で送っておく」

 

「オーライ。ちゃんとスタッグフォンに送れよ」

 

「分かってる。そちらこそ無くすなよ」

 

「おっと、照井これ何か分かるか」

 

 先程男の袖から落ちたものを取り出す。一見すれば無色のナイロン製の糸のようにしか見えないが、それが袖からあのタイミングで落ちて来るのは不自然でしかない。あれだけ動き回って付着したままと言うのは考えにくい。

 

「何だこれは。見せろ」

 

「あの男が正気に戻ったタイミングで袖から落ちてきた」

 

「普通の糸にしか見えんが、確かにそのタイミングは気になるな」

 

「あ、そうか。糸か。猫の髭かと思ってたぜ」

 

「もう少し常日頃から考える癖を付けておけ。他の現場でもなかったか確認しておこう。それはフィリップに調べさせた方が早いだろうから、お前が持っていろ」

 

 小さなジップロックに入れ、改めてポケットにしまう。

 

「おーい、翔太郎!」

 

 自分を呼ぶ声に振り返ると、ブンブンと手を振る心と、スーツの男性がいた。高い身長に、厳つい顔付き。事務所のセキュリティか何かだろう。

 照井に断りを入れ、2人の元に向かう。

 

「ありがとうございます!」

 

 卸したてスーツの折り目のように、はたまたはOBに挨拶する運動部員のような懇切丁寧なお辞儀で迎えられた。

 

「事の顛末は聞きました。佐藤さんを守って頂いたと」

 

「俺が狙われたのかもしれないし、礼はいらねえよ。それより長居すると悪目立ちするんじゃないか」

 

 気遣い半分、事実半分だが、何やら男性は感銘を受けているようだった。

 

「そうだパイセン。ウチの事務所の名刺だ。何かあったら格安で受けるぜ」

 

「そういう事すっから所長に怒られるんだろ」

 

 ・

 

 迎えの車に乗って走り去る2人を見送る。改めて照井のところに戻ろうとすると、何故かすぐ後ろにいた。

 

「うおっ。びっくりさせんなよ」

 

「左、彼女に猫を預けてなかったか」

 

「──────」

 

 速度違反するなよ、という言葉に見送られ、ハードボイルダーを走らせる。

 駐車場にまで取りに行っている間にだいぶ離されてしまっているが、まだ視界の中にいる。しかし法定速度を守りつつ、しかもすり抜けもしないため中々距離が詰まらない。

 30分くらい走っただろうか。2人を乗せた車がビルの地下駐車場に入って行った。どうやら目的地に到着してしまったらしい。同じように進入。料金を3度見してあまりの金額に動悸と吐き気を覚えながら駐車。

 猫の引き渡し時間まであまり余裕はなく、そしてなるべく駐車時間を短くするため全力で走った。エレベーターでロビーへ。心の姿は見当たらず。辺りを見回すと、セキュリティゲートの奥のエレベーターに乗る彼女の姿が見えた。

 

「パイセーン!」

 

 閉まる扉が、無情にも言葉を遮った。

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