ハーフボイルドとアイドル   作:日高昆布

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佐藤心編の後半です
よろしくお願いします!


Mはしゃべらない/本当のファン

 安部菜々がスタジオに到着した時、受付で控えめな揉め事を目撃した。

 

「中に入れてくれって訳じゃなくて、佐藤心に連絡を取って欲しいだけなんだって。何なら館内放送でもいいから! 頼む!」

 

「そう言ったことはできません」

 

「そこを何とか! 飼い主の子が首を長くして待ってるんだよ! せめて誰かに猫を持って来させてくれ!」

 

「そう言われましても」

 

 知己の名前が出たことで意識を傾けていたのだが、思わず足を止めてしまう内容だった。何がどうして彼女が猫を連れてスタジオに向かっているのか。セキュリティゲートを突破するための嘘としては0点のその内容は却って真実味があり、助け舟を出してあげることにした。

 

「あのー、はぁとちゃんの連絡先なら知ってるから本当か確認しましょうか?」

 

「!! すげえ本物の安部菜々だ……」

 

 予想外のイケメンに認知されていたことに、内心テンションが上がる。ニヤつきそうになる顔を抑えながら、心と連絡を取る。

 

「あ、もしもしはぁとちゃん? 今受付に猫を預けっぱなしって言ってるイケメンが来てるんだけど」

 

 イケメンと言う言葉に反応し、佇まいを正す翔太郎。その仕草を見て、もし彼が芸能界にいたらどのポジションになっていたか、容易に想像できた。

 

『猫? ……あっ。ナナ先輩、悪いけど翔太郎連れて来てくれないか? もうメイクに入っちまってて』

 

 名前で呼ぶとは、予想以上に親しい間柄のようだ。後日取り調べを行うとして、猫を持っているのは本当のようだったので、イケメン、翔太郎を連れて控え室に向かうことにした。

 

「いやホントに助かったっす。これで飼い主の子供が悲しまなくて済みます」

 

「いえいえ〜。それにしてもはぁとちゃんに翔太郎君みたいな友達がいたなんて知らなかったよ」

 

「いやいや、今のパイセンと友達なんて、そんな烏滸がましいこと言えないっすよ。中学の時仲良くて、今日たまたま再会したってだけっすから」

 

「でも名前呼びってかなり親しくないとしないと思うけどなあ」

 

「パイセンはずっとそんな感じだったんで、勘違いしてる奴は結構いましたね」

 

「ああー……気軽に肩とか組んでそう」

 

 エレベーターに乗り込む。

 

「ところで何で猫なんて持ってたの? 譲渡会の人?」

 

「迷い猫捜索の依頼を受けてて、立ち寄ったカフェでパイセンと再会して、そこで色々あって少し預かっててもらったら2人揃って忘れてって感じですね」

 

「依頼? もしかして探偵だったりします? もしかしてその服装も」

 

「さっすがウサミンさんっすね」

 

「正装ですよね!」

 

「分かりますか!」

 

 ・

 

 

 フロアに出ると、忙しく行き来するスタッフに混じって移動する芸能人が出て来る。知ってる著名人を見る度に小声で、すげえ、本物だ、と呟く姿は完全なお上りさん。

 

「そういえば、そのカフェではどんな話したの?」

 

「これと言って実のある話じゃないっすよ。中学ん時の教員の話とか、人が聞いてもしょうもない話っすよ」

 

「んーじゃあ最近の話とかした?」

 

「仕事の話は全然。守秘義務とかありそうですし」

 

「プライベートの話は?」

 

 そこまで言って何を聞こうとしているのかを察した。トラブルに遭っている、と聞いたのかを聞きたいのだろうが、藪蛇にしたくないから遠回しに確認しようとしているのだろう。

 

「元気のない理由なら聞きましたよ。パイセンのことだから心配掛けないようにって、詳しいことは周りに話してないんじゃないっすか?」

 

「私はとしう、じゃなくて仲良いから聞いてるけど。自演だとか売名とか心無いこと言ってるのは、本当にごく一部なんだけど、そう言うのってどうしても目に入っちゃうからさ。運が悪いってだけなのにね」

 

「そりゃ許せねえな。そんなことしなくてももっとビッグになれるって分かんねえのかよ」

 

「だよね〜」

 

 尋問官の襲来を告げる音が鳴った。ギクリと体を強張らせ、携帯を取り出す。体を屈め、口元を隠しながら電話に出る。その時ポケットからジップロックが落ちたが、翔太郎は気づいていない様子。菜々はそれを拾い、中身を見て思わず笑ってしまった。

 何せ猫の髭をわざわざジップロックに入れてるのだ。

 電話を終え、草臥れた様子の翔太郎に猫の髭が落ちてたと言い、返す。やはり気付いておらず、大袈裟な程に感謝される。

 先の丸まった背中に、保護した猫の髭を収集と言い、翔太郎の普段の立ち位置は間違いなく3枚目だと確信した菜々であった。

 ・

 

「あ、ここだよ。はぁとちゃん、翔太郎君連れて来たよ」

 

『はぁ〜い⭐︎』

 

 パンピーの後輩の前でキャラ作りをするのはかなり心に来るものがあっただろうが、誰に聞かれるか分からない以上、崩す訳にはいかないのだ。そのプロ精神に、菜々は内心で称賛を送った。

 

「パイセンすいませんっした、余計な手間取らせちゃって」

 

「その言い方舎弟みたいで可愛くないからパイ⭐︎センて呼んで⭐︎」

 

「どうやってほし入れるんすか」

 

「お、彼が噂の後輩君?」

 

「懐かしい後輩に会ったって言っただけだから⭐︎」

 

「メイクの人か?」

 

「そうでーす。この色々ギリギリのアイドルのファンでーす。1年ぐらい片思いして今日ようやく担当できてめっちゃテンション上がってまーす」

 

「誰が限界ギリギリ崖っぷちアイドルだって? ⭐︎」

 

 室内にはメイクを終えた心とメイク担当の女性スタッフがいた。それなりに気心が知れているのか、気安い雰囲気だった。

 キャリーケースはテーブルに置かれており、中の猫は外界のことなぞ何も気にせずぐっすりと寝ている。心配はしていなかったが、こうして無事な姿を見て、ようやくホッとできた。後は飼い主の子に届けるだけだ。

 名残惜しそうにキャリーケースを抱えて歩く心。ちょうどロッカーの前に差し掛かった時、それは起こった。ロッカーの上に置かれた段ボールが突如動き、宙に飛び出したのだ。真下には心がいる。

 

「危ねえ!」

 

 飛び出した翔太郎が心を押しながら抱え込み覆い被さる。その行動が功を奏し、間一髪どちらにも当たらずに床に落ちた。

 

「大丈夫かパイセン! あと猫!」

 

「お、おう。大丈夫」

 

「シャー!!」

 

「痛え! 何で助けたのに引っ掻くな!」

 

 心を起こし、落下した段ボールを確認する。側面と底部が破れ、中身が散乱している。何に使うのかは分からないが、金属製のパーツが敷き詰められていた。これだけの量を段ボールに詰めること、そしてそれを控え室のロッカーの上に置くこと。いずれも不自然極まりないことだが、翔太郎は散らばったパーツの上にあるそれは(・・・)を見付け、目を細めた。指先で摘み上げる。

 

「何それ? 糸?」

 

 メイクスタッフが言う。

 

「いや、分からねぇ。何でこんなのがあんのかなって思ってな」

 

「愛しい先輩を放ったらかして猫ちゃんの髭で和むなよ⭐︎」

 

 尻を蹴られる。指から離れ空中に放り出されたそれ(・・)を、慌てて手のひらで受け止める。

 

「そうですよ、後輩君。ただでさえさっきも銃を突きつけられるなんて物騒なことに巻き込まれてるんですから」

 

 初耳だった菜々は思わず芸人のようなリアクションを取ってしまう。

 

「ええ〜〜??!! ちゃんと生きてるよね?!」

 

「死んでたら目の前のはぁとは何なんですか。翔太郎が助けてくれたから、この通りピチピチ⭐︎  な?」

 

 ⭐︎を外して突っ込んでしまうが、すぐに普段の調子で無事(?)であることを告げ、翔太郎に同意を求めた。

 

「……」

 

「翔太郎?」

 

 リアクションを返さない翔太郎に3人の視線が集まる。指先で摘んだものを弄りながら、何事かを考えている。激変と言って良い雰囲気に、戸惑いながら声を掛ける。

 

「ん? どうしたんすか」

 

「いや、珍しく考え込んでるから」

 

「常日頃から深く考えて生きてますよ。あ、やべ時間がねえ! 行くぞ猫! 遅れるとマジで亜希子に殴られる! じゃあパイセン! これからも頑張って下さい! そのイベントもテレビの向こうで応援してますから!」

 

 心も大きく写っている特大のポスターを指差しながら、キャリーケースをラグビーボールのように抱え小走りに部屋を後にする翔太郎。あまり慌ただしく一方的な別れ。ドアがパタンと閉じたところで、まともに応対できなかったことに気付く。中途半端に伸ばされた手が寂しげだった。

 

「あ、そうだ。名刺、何か無くしそうなんでちゃんとスマホケースにでもしまっておいて下さいよ。あと何かあったら力になるんで」

 

 何食わぬ顔だけをひょっこりと出したかと思うと、そのままの体勢で止まる。何をしているのかと思ったが、自分がケースにしまう所を確認しようとしているのだとすぐに気付く。そして見届けると、サムズアップを残して今度こそ姿を消した。

 もう一度名刺を取り出す。

 

『鳴海探偵事務所所員 左 翔太郎』

 

 ここ最近は本当に悪いことしか起きなかったが、今日は久しぶりに気分よく眠れそうだった。

 

 ・

 

 3日後。翔太郎の携帯に、未登録の番号から電話が掛かってきた。知らない番号からの電話には出ないことにしているのだが、あまりにしつこ過ぎたのでおっかなびっくり通話ボタンを押した。

 

「こちら、鳴海探偵事務所の左」

 

『翔太郎君?! 私、安部菜々!』

 

「おお、ウサミン。急にどうしたんすか」

 

『はぁとちゃんがいなくなっちゃったの! 今日、色々な事務所と合同でフェスをやるんだけど、何か3、4人の人達と一緒に外に出てっちゃったみたいで……。電話も通じないし……。プロデューサーさんも探してるけど、どこに行ったのか見当もつかなくて。どうしよう、どうしたら良い』

 

 無責任ではなくあまりに不可解な行動に不安を募らせ、泣きそうな声で翔太郎に縋る。

 

「安心しなウサミン。パイセンは俺が必ず無事に連れ戻してやるよ。だから待っててくれ」

 

『連れ戻すって……今翔太郎君どこにいるの?』

 

「これから行くところさ」

 

『どこに』

 

「パイセンのところだ」

 

 ・

 

 虚な目をした4人の男女により車に乗せられ、連れて来られたのは廃工場だった。機械の類は全て搬出され、ガランとした工場内に足を踏み入れた。周りを囲う者達は、まるで自分の意思を持たずに何かに引かれるように歩いていた。

 突然軽い衝撃と共に視界が大きく上に動いた。そして空中で止まる

 

「は? え?」

 

 どこをを見ても自分を吊ってるもの、支えてるものはない。眼下の4人は人形のように不動。あの4人が接触して来た時点で尋常ならざる存在に狙われているのだと遅まきながら気付いたが、想像を遥かに超える事態に恐怖が足元から塗り潰してくる。

 どうにか状況を打開しようと辺りを必死に見回していると、正面から近付く人影らしきものが見えた。この状況で、工場の奥から歩いて来る人が、まともであるはずがない。そう覚悟していたが、影から現れたのは怪物だった。クロスした木の板のようなものが顔の位置にあり、両端からは糸のようなものが垂れている。球体関節の手首がグルグルと回っている。それがピタリと止まると、今度は手指が激しく動き始めた。カチャカチャと硬質な音が響く。それだけでは終わらない。眼下の4人が突然狂ったように全身を振り乱し始めた。怪人が手指を止めると硬直したように止まり、また手指に合わせ動き始める。

 あまりに異常な光景に、歯の根が合わなくなる。

 

「安心してよ。殺したりはしないからさ」

 

 人の言葉を話したことに一縷の光を見た。

 

「な、何が目的なんだよ! こ、こんな恨みを買った記憶はないぞ」

 

「恨み? とんでもない! 私はシュガーハートの大ファンさ! だから今まで何度も怖がらせてしまったことは大変申し訳なく思ってるんだよ」

 

「今まで……? まさか」

 

 意思のない人形のような4人。犯行時の記憶がないという供述。点と点が繋がる。

 

「お前が操ってる……のか?」

 

「そうだよ」

 

 問われたから答えた。怪人の言葉には、何の感情も籠っていない。今もなお勾留されている無実の人達に、何も思うことなどないのだと。恐怖で満たされていた心に、怒りが沸々と沸き上がる。

 

「お前の訳の分かんない目的のために、無関係の人を……!」

 

「訳の分からないだって? 全部君のためにやったのに酷いよ!」

 

 地団駄を踏みながら言ったことは、やはり意味が分からず怒りを薄れさせた。困惑と恐怖の混じった顔を見て、深くため息を吐く怪人。

 

「まあ今すぐ分かってもらおうとは思ってないよ。でも間違いなく、私に感謝することになるよ。だってこれで皆の記憶に残れるんだから」

 

 眼下の4人が頭部を引っ張られるように天を仰ぐ。

 

「君は初の大型フェス当日に誘拐され、暴行され、再起不能になり、悲劇のアイドルになるんだ!」

 

 怪人の手が動くと同時に浮遊感が消え、落ちる。

 途端に音が消える。上へと流れる景色が緩慢に見える。思考は止まっている。ただ漠然とここで死んでしまうのかと言う思いだけがあった。

 軽い衝撃と、急激に横へ流れる景色が心の意識を取り戻した。次第に音も戻り、自分の耳元で鳴っている音がエキゾーストノートであることに気付く。そして目の前にいるライダーが翔太郎であることにも。

 

「怪我はねえみてえだな、パイセン」

 

「翔太郎……? 何でここに」

 

「この間渡した名刺はウチの相棒謹製の特別品で、居場所が分かるようになってんすよ。保険として一応渡しておいたんすけど、役に立って良かったっす」

 

 地面に降ろされるが、当然腰は抜けておりそのまま座り込んでしまう。

 

「……さて、と。おい、ドーパント。お前、この間控室で会ったメイクのスタッフだろ?」

 

「え?」

 

 立て続けに出て来る情報の中で唯一理解できたのは、翔太郎が目の前の怪人を先日のメイクスタッフだと断定したことだけだった。

 怪人は何も言わず佇んでいたが、突然体が崩れ、中から人が現れた。それは正しくメイクスタッフだった。

 

「何で分かったの?」

 

「違和感の積み重ねさ。1つ目。アンタはパイセンが銃を突きつけられたと言ったな。でも銃を突きつけられたのは俺だ。SNSにも事件現場にいたとは書かれてても、被害者とは書かれてなかった。2つ目。段ボールが落ちた時に見つかったものを、アンタは糸だと言った。巻き込まれた猫がいたにも関わらず、髭ではなく糸だと断定した。3つ目。あの段ボールを運んでるアンタが目撃されてる。だがあの部屋には、アンタが乗ってもロッカーの上に届く椅子や台はなかったし、仮に届いたとしても持ち上げられるもんじゃない」

 

 あの短い邂逅の間にそこまで見抜かれていたことに、努めて平静を装いながらも動揺を禁じえなかった。

 

「なんで……」

 

「何でってさっきから言ってるじゃない。シュガーハートのためだって。だって貴女は絶対にトップに立てないもの」

 

「は……?」

 

「何人ものアイドルを見て来たから分かるの。貴女はそこそこ売れても、絶対にトップには立てないし、誰かの記憶に残れるアイドルにもなれない」

 

 咄嗟に否定の言葉が出て来なかったのは、どこかで心自身がそう思っていたから。自分なんかよりもっと若く、それでいて自分より上のパフォーマンスを見せるアイドルを何人も知っている。そんな彼女達でさえトップに立つことができない世界なのだ、アイドルとは。

 

「私の推しが忘れられるなんて許せない。でも悲劇なら皆覚えておいてくれる。皆の記憶に残れる! だからさ、悲劇のヒロインになろうよ」

 

 溢れた悔しさが頬を濡らす。その悔しさの源は何か。自分が不甲斐ないことか。認めてしまっていることか。反論できないことか。

 俯く顔から落ちた涙が床を濡らす。

 濡れた地面を覆うように影が差した。

 

「翔太郎……わたし……」

 

「アンタの涙はこんな場所で、こんな奴相手に見せるもんじゃないぜ」

 

 しゃがみ込み視線を合わせた翔太郎が言う。中折れ帽を深く被せ、涙を隠す。そして心の前に立つ。

 

「おい、よく聞けドーパント。佐藤心はお前の下手くそなプロデュースなんかなくても、トップに立てるアイドルだ」

 

「……何なんだよお前」

 

「俺か? 俺は佐藤心の最初のファンで」

 

 ──ジョーカー! 

 

「仮面ライダーだ。変身!」

 

 地球と言う巨大な器に内包された『切り札の記憶』が呼び起こされた。メモリから放出された粒子が翔太郎の肉体を包み、彼を漆黒の戦士へと変える。

 

「かかか仮面ライダー?! 冗談でしょ?!」

 

 ──マリオネット! 

 

 舌の生体コネクタにガイアメモリを差す。

 

「でも、こいつらに攻撃できないでしょ!」

 

「3日も時間があったんだ。対策してるに決まってるだろ?」

 

 ──ヒート! 

 

 炎を纏ったスタッグフォンが、M・ドーパントと4人の間を高速で飛行。何もないはずの空間で、何かが燃え、切断された。

 

「──え、どこだここ」

 

「──おわ! バケモンだ!」

 

 スタッグフォンが燃やして切断したのは、彼らを操っていた糸。マリオネットドーパントが生成した不可視の糸が付着した物は、生物・非生物を問わず意のままになってしまうのだ。

 

「よぉ、早く逃げな。……さてと。さあ、お前の罪を数えろ」

 

「なに?!」

 

 踏み込み、彼我の距離を一気に詰める。エネルギーに包まれた拳を叩き込む。前腕でガードするM・ドーパント。しかし威力を殺しきれず、床を滑る。その動きで、メモリユーザーが格闘技を習っていたことを思い出す。

 

「推しのためにやったことの何が罪だって言うのよ!」

 

 確かな経験に裏打ちされ、メモリの力で増幅された膂力による攻撃は、離れた心の耳にも届くほどの音を立てた。

 ジャブ、ストレート、上段回し蹴り、上段後ろ回し蹴り、中段前蹴り。矢継ぎ早に放たれる攻撃。

 

「お前自分がファンだって思ってんのか?」

 

 下段からの上段の2段蹴りを止められ、軸足を払われる。体が一瞬宙に浮いた瞬間、胴体に拳が突き刺さった。地面を抉りながら転がっていく。

 

「ゲホッ……! 私以上のファンなんかいるはずない!」

 

「ならお前の罪を教えてやるよ」

 

 苦し紛れのフックを止められ、猿臂が顔面に叩き込まれる。

 

「1つ! パイセンを傷つけようとしたこと!」

 

 鉄柱にぶつかり、跳ね返るM・ドーパントを蹴りが迎える。壁打ちのボールのように蹴られては跳ね返るドーパント。鉄柱が壊れたことで何とか逃げる。

 

「クソ、お前も操ってやる!」

 

 頭部を大きく振り被り、不可視となった糸を一気に伸ばす。しかしあろう事か、ジョーカーは回避も防御もせず、真っ直ぐに突っ込んだ。

 

「見えないからって自棄になっちゃった?!」

 

 その程度の浅い判断しかできないドーパントに、勝ち目などあるはずがなかった。

 不可視であろうと、ただ真っ直ぐに伸びる糸を避けることなど容易い。不可視に絶対の自信を持っていたM・ドーパントはその光景に強いショックを受けるが、工場内に点在する不法投棄された部材目掛け糸を伸ばす。

 

「このメモリはこう言うこともできんだよ!!」

 

 鉄骨や鉄筋、バリケード、パイプ。糸が付着したそれらが、ドーパントの意のままに動く質量兵器となる。指揮者のように手腕を振り乱し、その全てをジョーカーへと放つ。

 しかしやはりその程度でしかない。悉くが叩き落とされる。何度放っても、どれだけ放っても、ジョーカーの歩みは止まらない。速度すら落ちない。その姿は恐怖を抱かせた。

 ジョーカーメモリに特殊能力はない。武器の生成はもちろん、エレメント能力もない。ただユーザーの身体能力を引き上げるだけ。

 

「く、来るな! 来るなぁ!」

 

 故に強い。

 あっという間に再び懐に潜り込まれる。

 逆袈裟に振るわれた手刀は、まるで本物の刃物のように胴体と糸を斬り裂き、火花が工場を照らす。武器が全て落ちる。

 

「2つ! パイセンの実力を信じてないこと!」

 

 軌跡を見ることさえ叶わない。自らの打ち据えるものが、拳なのか、肘なのか、脚なのか。ただ激しく視界が揺れる。最早M・ドーパントは自らの意思で立っていない。倒れることさえ許さない連打。

 視界が大きく傾いたことで、ようやく倒れることを許されたのだと思った。しかし激しく入れ替わり続ける天地に、殴られたのか、蹴られたのか、何れにせよ自分が回転しながら吹き飛んでいるのだと気付く。

 

 

「3つ! パイセンを泣かせたこと!」

 

 ──ジョーカー! 

 ──マキシマムドライブ! 

 

 不可視の糸を当然のように掴み、倒れているM・ドーパントが宙を舞うほどの力で引く。

 小指から順に指が握られていく。欧軋音と共に、拳がエネルギーを纏う。

 

「ライダーパンチ!」

 

 体がくの字に折れる。体を両断されたかのような衝撃がM・ドーパントを襲う。拳のエネルギーは体表と体内を超え、ガイアメモリを捉え、破壊した。メモリブレイクと共に、変異したユーザーの肉体は爆散。

 

「しっかり反省して真っ当なファンになりな」

 

 ・

 

 怪人、もといドーパントが爆発し、炎の中から翔太郎と、抱えられたメイクスタッフが姿を現したことで、心は安心すると同時に一気に腰を抜かした。

 

「しょう」

 

 壁を突き破り、真っ赤な何かが現れた。バイクのように見えたそれは、スピンをしたかと思うと、人型になっていた。

 

「すまない遅かったようだな、左」

 

「いやちょうどいいタイミングだ。これから野暮用があるんでね。こいつは頼んだぜ」

 

 ガイアメモリのユーザーを引き渡し、心の元へ走る翔太郎。

 

「立てるかパイセン」

 

「いや無理」

 

「そうかい。ならちょいと失礼するぜ」

 

 言うや否や、横抱き、所謂お姫様抱っこで持ち上げると、心の狼狽を無視しハードボイルダーに乗せる。

 

「ど、どこに連れてく気だよ!」

 

「どこって、フェスの会場に決まってるだろ? ウサミンに約束したんでね、連れてくって」

 

 言われてようやく思い出した。慌てて時間を確認する。まだ開演時間前だが、ここから間に合うはずがない。反故にすれば顰蹙を買うだけではない。事務所も信頼を損なうことになる。自分だけで済む問題ではない。解決策を見出せない事態に、翔太郎に問い縋る。

 

「ど、どうしよう翔太郎」

 

「心配すんなって。必ず間に合わせてやるさ。そのための準備も今来たところだ(・・・・・・)

 

「え?」

 

 ・

 

「はぁとちゃんと連絡付いたって本当ですか、プロデューサーさん!」

 

「ええ、ただ移動中なのか風の音が凄くて、辛うじて屋上のカギを開けて欲しい、としか聞き取れなくて」

 

「なんで屋上? でもはぁとちゃんが言うなら」

 

「ええ、もうカギは借りてきてあります」

 

「さっすがプロデューサーさん!」

 

 急ぎエレベーターに乗り、屋上を目指す。フェスの開演まで30分を切っている。屋上のカギを開けさせる意味は分からないが、何か意味があるはずだ。

 最上階は屋上へ通じる扉しかなく、廊下を走り、カギを開く。

 何の変哲もない屋上。乗り越え防止用の高い柵の隙間から街が見え、少しだけ空が近い場所。

 ここで何をすればいいのか。待っているだけでいいのか。心を信じているとは言え、拭いきれない不安がじわじわと広がっていく。

 

「何か、変な音が聞こえませんか」

 

「音、ですか?」

 

 言われ、耳をすませてみると、確かに風以外の音が聞こえる。認識した途端に、それがどんどん大きくなっていることに気付く。そして音がビークになった瞬間、柵の向こうを何かが高速で通り抜けた。追いかけ、空を見上げる。太陽と重なったそれは、黒とメタリックレッドに彩られ翼を持っていた。

 そこから何かが飛び降りて来る。

 

「お、お待たせ」

 

 髪を乱れさせた心が、黒い人型にお姫様抱っこで抱えられていた。

 大事な後輩が無事だったことは何よりも嬉しいが、この状況を処理することは、芸能界という魔境を渡り歩いてきた菜々でも難しかった。

 

「よお、ちゃんと約束は守ったぜ」

 

 心を地面に下ろしながら人型が言った『約束』という言葉で、菜々はすぐに正体に思い至った。

 

「しょ、翔太郎君なの?!」

 

「オフレコで頼むぜ。じゃあ俺はもう行く「あ、あの!」」

 

 黙りこくっていたプロデューサーが突然、言葉を遮り大声を上げた。視線が集中しても全く気にせず、前と踊り出て言った。

 

「サインをください!」

 

 腰を深く折り、メモ帳とボールペンを真っ直ぐに差し出していた。ロケやスタジオでどんな有名人に会っても、プロフェッショナルとしての姿勢を崩さず、あくまで同業者として振る舞うプロデューサー。そんな彼の見たことのない姿をキョトンと見詰める2人。

 

「実は、私風都がテロリストに占拠された時、あの街にいまして。それからファンです」

 

「あん時に風都にいたのか。無事で何よりだ。えーと、『仮面ライダーW』」

 

「『武内P』でお願いします。……ありがとうございます。家宝にします」

 

「おもしれー人だな、アンタ。さて、パイセンも送り届けたことだし、ここいらで失礼するぜ」

 

「もう行くのか? 礼になるか分からないけど、関係者席で見るぐらいなら」

 

「パイセンがフェスで元気に悔いなく歌ってくれるなら、それが礼っすよ。ネットの生配信でしっかり見させて貰いますから。じゃ、3人ともこれからも頑張ってください」

 

 軽く身を屈め、跳躍。頭上で待機していたハードタービュラーに乗り込む。眼下の3人に軽く手を振り、加速。あっという間に3人の前から姿を消した。

 

 ・

 

 鳴海探偵事務所。よく言えばレトロな、悪く言えばボロく既に閉店したビリヤード店を事務所とする、風都では知る人ぞ知る限定的な駆け込み寺。

 彼の事務所と探偵を知る者は皆言う。『もし不思議な事件に巻き込まれたらあそこを頼れ』と。

 自分の知らぬところで後輩が、夢を叶え、そして街のヒーローになっていたことが誇らしかった。

 少しだけ逸る鼓動を嗜めつつ、彼の記憶と変わらぬ振る舞いでドアを叩く。

 

「翔太郎いるかー?」

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