ハーフボイルドとアイドル   作:日高昆布

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後編です
今回、オリジナル要素が出ます
寛容な心で見ていただければと思います


Cでトップアイドル/輝く少女

 そこで休んでな、と言われた革張りのソファーで膝を抱え込み座っている円香。膝に顔を埋めており、よく見ると小さな寝息が聞こえる。翔太郎に会えたことで緊張の糸が切れたことと、心身の疲労を考えれば無理のないことであった。

 しかし無理な姿勢で寝ていたことでシャーキングが起き、一気に覚醒する。その拍子に掛けられていたタオルケットが落ちた。

 

「起きたか」

 

 暫し呆然としていると、少し離れていたところでテレビを見ていた男が話しかけて来た。

 

「足大丈夫か」

 

 言われ、意識してみると足裏に痛みが感じた。この前のループの時に裸足で走ったからだ。

 

「靴擦れか?」

 

「……裸足で走ったから、です」

 

「そうか。ここに足乗せろ。消毒しとかねえと化膿しちまう」

 

 スツールを置き、促す。普段の彼女であれば一言二言は口にしそうだが、この時ばかりは素直に言うことを聞いた。

 コーヒーショップ内にあった救急箱から消毒液と脱脂綿と絆創膏を取り出す。

 消毒の痛みが、ここを現実だと改めて認識させる。

 

「俺は左翔太郎だ」

 

「樋口、円香です」

 

「ノクチルの樋口円香だろ? 知ってるぜ」

 

「……何か、意外です」

 

 カジュアルフォーマルな服装から、少し硬めの印象を持っていたのだ。

 

「同居人がどハマりしててな。古今東西のライブ映像、ドキュメンタリー映画、フィクションものの鑑賞に付き合わされててな。それと中学の時の先輩が現役のアイドルってこともあってな。自然と詳しくなっちまった。さて、終わったぜ。痛みはないか?」

 

 歩いても剥がれないよう、包帯も巻かれていた。少々大袈裟な気がしたが、今はそれが心地よかった。

 

「大丈夫です」

 

「そりゃ何よりだ。冷蔵庫に飲み物があるから好きに飲みな」

 

 そう言って立ち上がり、またテレビの方に戻る翔太郎。

 円香は言われた通り冷えたお茶で喉を潤し、所在なさげに翔太郎の傍に移動した。

 芸能関係ではない一般男性の前でアイドル衣装は少し恥ずかしく、タオルケットを羽織ったままだった。

 

「ん? 好きに座っていいぞ」

 

「何を見てるんですか」

 

「アイドルのコンテストだ」

 

 鼓動が早くなる。そこに映っているのは、紛れもなく円香が出場していたコンテスト。あの不気味さと恐怖は、円香の脳裏に生々しく刻み込まれていた。

 様子のおかしくなった円香を見て、すぐに察した翔太郎は彼女の手を引き離れたソファーに座らせた。

 

「あの現場にいたのか」

 

「……はい。ずっと、他人を浅倉達だと思い込んで、何度も……」

 

「そうか……。悪かったな、思い出させちまって。ただ恐らく、あれがこの事態の中心なんだ」

 

「え?」

 

 翔太郎が発した言葉は、俄かには受け入れ難いものだった。あのコンテストが事態の中心、と言う事実ではなく、この状況を理解し調査していた、と言う事実にだ。

 

「な、何で分かるんですかそんな事が」

 

「そこらの建物の上の方がのっぺりしてるのは気付いてるか?」

 

「気付いてます」

 

「このコンテストが行われてる建物は地下から最上階、内外もしっかり作り込まれている。入る事さえ出来ない建物もあるってのにだ。更に、霧の壁の向こうから来る女の子も参加してるしな」

 

「?! なら霧の向こうに行けるって事ですか!」

 

「ああ。ただこことは別の住宅街の一角があるだけで、一部を除いて霧に覆われてる。恐らくこの女と一緒に描写(・・)された場所には行けるんだろう」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい。『びょうしゃ』って何ですか」

 

「ああ、悪い。先走ってたな。恐らくここは、媒体は分からねえが創作物の世界だ。この世界にいる人は全員、主演、脇役、エキストラとして連れて来られた被害者だ」

 

「────」

 

 荒唐無稽を通り越した内容に絶句するが、同時に腑に落ちるものもあった。のっぺりしたビルや霧の向こう、コーヒーショップなのにコーヒーがないのは描写されていないからで、ぶつかっても携帯を落としても何のリアクションも起こさなかった人達は登場人物だから役割をこなす以外出来ない。それに倣うと、自分はアイドルユニット・ノクチルの樋口円香として設定されていた、と言うわけか、と理解した。

 納得出来たが、どう言う筋道を立てればその発想に至るのか、円香にはそれが全く分からなかった。

 

「で、肝心の解決方法なんだが、恐らく物語を完結させることなんだが、この作品が何なのかまだ特定しきれてない。どう言う行動をすれば完結するのかが分からない内に動き出すと見付かる可能性が高い」

 

「見付かるって誰にですか」

 

「黒幕さ」

 

 この事態が自然現象でないことは円香も分かっていた。しかしそこに人の悪意が介在しているとまでは考えが及んでいなかった。そも彼女はまだ高校生である。このような事態を引き起こすレベルの悪意に触れる機会がある訳がないのだ。

 

「黒幕……。あの、あなたは一体何者なんですか」

 

「ただのハードボイルドな探偵さ」

 

 ハードボイルドかはともかく、探偵としての優秀さは間違いない。不幸中の幸いとはこのことだろう、と思う円香だった。

 

「──よし、始まるまでまだ時間あるし、せっかくだからメンバーの話聞かせてくれよ。フィリップに自慢してやるから」

 

 ・

 

 

「この作品は所謂ドキュメンタリーなんだ。かつての大人気アイドルが大規模なコンテストでの優勝を目指す軌跡を追ったものでな。コンテストの開催に合わせて公開したんだ。ここまでなら普通なんだが、どうもそのアイドルの優勝を前提にしたコンテストだったんだ。本人に知らせた上でな」

 

「やらせってことですか」

 

「そういうことだ。ただそのアイドルのパフォーマンスもかなりのものでな。普通に事が進んでたら、やらせがバレることはなかっただろうな。運悪くなのか、運良くなのかは分からねえが、本物の天才が出ちまったのさ。その圧巻の歌と踊りに魅了され、買収してたはずの審査員が公正なジャッジを下したんだ。結果そのアイドルは準グランプリ。ただその後、審査員が自白したことで買収が明るみに出て世間から猛批判に晒され表舞台から姿を消した」

 

「……アイドルなんて人生掛けてまでやることじゃないと思うんですけどね」

 

「何に重きを置くかは人それぞれだ。間違った選択をしちまったが、その熱意や情熱までは否定するもんじゃないぜ。かと言って持てないこと、持たないことを否定していい訳でもないからな」

 

「……それで結局どうすれば良いんですか」

 

「本来なら主人公の後にもう1人いるんだが、主人公のパフォーマンスが終わった時点で巻き戻ってるんだ。しかも初めからその立ち位置には誰も割り当てられてない。自分の後にやったのが天才だったからな、それが余程トラウマになってるみたいだな」

 

「ならそこに誰かをあてがえば、この自己満足の作品は終わるってことですか」

 

「その通りだ」

 

「なら、今から探しに行くってことですか」

 

「いや」

 

 足を止めた翔太郎が振り返る。往来で止まっても、誰も何も言わない。

 手首のスナップと共に、空を指していた人差し指は円香を指した。この世界で出会ってから幾度となく見た、その勿体ぶって気障ったらしい仕草。

 

「本気ですか、ミスター・ハーフボイルド」

 

「お、おま、ハードボイルドの擬人化を差して、何ちゅー呼び方しとんじゃ! 全くパイセンと言い、お前といい……。生憎冗談じゃねえよ。円香、お前が優勝を掻っ攫うんだ」

 

 無意識に足が一歩、退がった。

 何故そんな重大な役目を自分に課すのか。

 

「この世界で登場人物を演じてないのは、俺と円香だけだ。事が動き始めたら、黒幕は間違いなく妨害してくる。俺はそれを阻止しなきゃなんねえ」

 

 理解も納得もできる理由だ。しかしそれはつまり、この世界を終わらせられるのは自分であり、ここに閉じ込められている人を救えるのも自分だけ。

 

「──無理です。そんなこと、できる訳ない……」

 

「いや、できる」

 

「できません……」

 

「できる」

 

「できません……!」

 

「星を掴もうと必死に足掻いてるお前ならできる」

 

「……は?」

 

「コーヒーショップでメンバーの話を聞いた時思ったんだよ。浅倉透に抱いている感情は、俺がフィリップに対して抱いてたのと似てるってな」

 

「似てる?」

 

「ああ。ある時期を境に、俺はフィリップの力について行けなくなった。それは俺も薄々分かってた事だったが、足を引っ張るわ、本人からも言われるわでキツかったな。ああ言う天才肌ってのは、こっちのレベルにゃ合わせてなんてくれない。なら対等でいるにはどうすればいい?」

 

「……自分が、上がるしかない」

 

「そう言うこった。死ぬ気で食らい付くしかない。お前もそうだろ?」

 

「……」

 

 沈黙が何よりの肯定である。

 

「天才に食らい付こうとしてんだ。偽物のシンデレラと観客と審査員なんかどうとでもなるだろ?」

 

「……あなたは」

 

「あん?」

 

「あなたは食らい付けたんですか」

 

「今でも必死に食らい付いてるさ」

 

 ・

 

 会場は熱気に包まれているが、この世界の正体を知った今では虚な熱気で不気味なものでしかなかった。

 決心しここに至ったが、それでも緊張と不安から解放されるわけではない。自分がトチれば、自分だけでなく皆が閉じ込められたままになる。

 

「ふ──……」

 

 頻りに深呼吸を繰り返す円香の頭に、手の重みと共に何かが乗せられた。視界の上方に差した影で、それが帽子だとすぐに分かった。

 

「何です」

 

「不安そうにしてるんでな。俺代わりだと思えば、不安も吹き飛ぶぜ」

 

「……確かに、横に変なコスプレしそうな人が横にいると思えば緊張も和らぎますね」

 

「何で知ってんだ?」

 

「何もしてないのに、勝手に誘導尋問に引っ掛からないで下さい」

 

 どっちが素なのか判然としなくて困るが、この人にそんな器用な真似はできないなとすぐに思い直す。

 2人がいるのは舞台袖で、今まさに決勝戦が行われている。圧倒的な声援を受けながら、圧巻のパフォーマンスを披露している。

 

「円香。何が起こっても俺が守るから、絶対にパフォーマンスを止めるなよ」

 

「何ですかいきなり高校生相手に」

 

「そろそろ終わるぞ。準備できてるか」

 

「……ご心配なく、ちゃんとできてます」

 

 先攻のアイドルが大きく手を振ったり、投げキッスで観客の余韻を煽りながら舞台袖に向かってくるが、最後まで待たずに飛び出す円香。

 後攻のアイドルが出てきたことで、それまでの歓声が疎になり、審査員が姿勢を正す。照明が切り替わり、スポットライトが円香だけを照らす。

 紡ぐは『夢見鳥』。踏み出すことへの恐怖と、それでも少しでも遠くを見るため自らを信じようとする少女の歌。

 それがかつての自分を想起させ、女は歯を食いしばりながら振り向いた。

 

「円香の邪魔はさせないぜ」

 

「どけ! 私の夢を壊す気か!」

 

「自分を慰めるために1人でやってるなら文句は言わねえさ。だが人を巻き込むってんなら話は別だ。アンタの夢、壊させてもらうぜ」

 

「なら殺してやる! 『シネマ』!」

 

 シネマカメラの頭部。無機質なレンズが翔太郎を映している。両肩には円盤のケースに収まったフィルムが刺さっている。

 

 ──スタッグ

 ──バット

 ──スパイダー

 

10分間(・・・・)付き合ってもらうぜ」

 

 ・

 

 舞台袖から派手な物音が聞こえた。何かが倒れたとか、蹴ったような音ではない。破壊の音。これが翔太郎の言っていた『何が起こっても』なのだと理解した。

 この世界に来てから初めて迫る、肉体的な危機に言葉が途切れそうになる。

 

 ──円香。何が起こっても俺が守るから、絶対にパフォーマンスを止めるなよ

 

 帽子を強く握る。

 彼は自分の弱さを知った。自分が隣に立てる器じゃないと知った。それでも諦めなかった。星を掴もうとするだけじゃなく、隣に並び立とうと足掻いた。決して進んで話したいことじゃないはず。それを聞かせてくれたのは、状況打開の勇気付けだけじゃない。私が透の隣に並び立てるように、と。

 そうだ、こんな訳の分からないところで終わっていいはずがない! 見上げるだけのままでいいはずがない! 

 

 ・

 

 投げ飛ばされ機材を巻き込みながら転がる翔太郎。バットショットとスタッグフォンが撹乱し、その隙にスパイダーショックに引っ張り出される。

 女はシネマメモリが所謂戦闘型でないことは分かっていたが、奇妙なガジェットを使うとは言え生身の人間にここまで粘られるのは想定外だった。苛立ちを払うように足元のカメラを蹴り飛ばす。

 

「────」

 

 その瞬間、歌の雰囲気が変わった。過去の栄光とはいえ、かつては世間に名を轟かせた実力を持つ女だからこそ、垣間見ただけで円香の実力に気付いた。

 ──審査員達は映画の流れに忠実だ。演者がいなければ何もしない。演者がいたとしても私のパフォーマンスを上回らなければあの時の流れにはならない。だが、だが、もし上回っていれば……

 

「おっと。まだ俺と遊ぼうぜ。それとも円香の歌に魅了されてお触りでもしたくなったか? だが生憎だな。自ら地に落ちたアンタに、輝く星を掴む資格はないな」

 

「──何だと」

 

「アンタに星を掴む資格はないって言ったんだよ」

 

 肩の円盤が猛烈な回転を初め、フィルムが射出された。横っ飛びで身を投げ出すが、頬に痛みを感じた。

 振り返ると、フィルムは音もなく壁に刺さっていた。大した抵抗もなく巻き取られ、再び射出。バック転で回避するが、フィルムが床板を剥がし、翔太郎へと投げ飛ばしてくる。

 

「危ねえ!」

 

 雑な狙いで外れるが、上方へと伸ばされた2本のフィルムが、翔太郎目掛け撃ち出された。避けるがその度に床を剥がされ、猛烈な勢いで足場が悪化していく。堪らず前方の扉に飛び込むが、フィルムは壁を容易く貫通する。壁を斬り裂きながら迫るフィルムから逃げるが、挟撃する形で一歩先の足元にフィルムが現れる。高低差から生まれた僅かな隙間に身を投げる。

 フィルムがすれ違ったのに何の感触もないことで回避されたことを察したCドーパントは、嬲ろうとすることさえ上手くいかないことに、苛立ちは頂点に達している。壁を蹴り砕く。廊下の先には翔太郎がいる。

 火花を散らしながら猛烈な回転をする円盤から放たれる。敢えて掠らせるだけに留め、恐怖心を煽る。

 

「今度は躱せないでしょ!?」

 

「そいつはどうかな」

 

 流れた血が袖を染めても、翔太郎の態度は全く変わらない。その不変さが、強さが、まるで道を踏み外した自分を責め立てているようだった。

 

「いちいち腹立つんだよ! 腕を斬り落とされてもその態度を取れるか?!」

 

 瞬間、会場を揺らすような歓声が響いた。

 それはあの時、自分に負けを確信させたものと同じもの。

 それはあの時、羨望を抱かせたものと同じもの。

 

「なんで?! まだ時間は──」

 

「良く考えろよ。この局面でそんな長い曲を歌わせると思うか? ま、俺へのヘイトでそこら辺を気付かせないようにしたんだが、上手くいったようで何よりだ」

 

「──ふざけるな! 私の夢をこんな所で終わらせてたまるか!」

 

「おっと、もう少し付き合ってもらうぜ」

 

 身を翻そうとしたCドーパントの足にスパイダーショックのワイヤーを巻き付け、ジャストのタイミングで思いっきり引っ張り転倒させる。

 

「離せっ──ああっダメだ! 夢が終わってしまう!」

 

「夢からはいつか絶対に目覚めなきゃならねえ。それが未練であってもな」

 

 ・

 

「樋口!」

 

 突然耳を打った幼馴染の声で、モヤの中にあった意識がようやくはっきりとする。

 

「みんな……。何でここに」

 

「先輩がいなくなっちゃったからじゃん!」

 

「円香ちゃん、どこも怪我してないよね?!」

 

「いなくなった……怪我……」

 

 そこで自分が映像作品の中に閉じ込められる、という異常事態に巻き込まれたことと、翔太郎のことを思い出した。

 

「翔太郎さんは?!」

 

「呼んだか?」

 

 変わらぬ調子の声に安堵したが、その姿を見た瞬間に絶句してしまう。音である程度は予想していたが、こんな痛ましい怪我をするなど考えてもいなかった。

 

「やあ翔太郎。随分ボロボロだね」

 

「ドーパントを倒した所で戻れる保証がなかったからな。円香がいなかったらどうなってた事やら。良い歌だったぜ円香」

 

 突然の悲鳴。映画の世界から解放され、安堵していた人々がスクリーンの前に佇むドーパントの存在に気付いたのだ。

 舞台上からは見えず、スクリーンにも映っておらず、円香達にとってもドーパントは未知と恐怖の存在であった。

 

「俺がやる。フィリップは避難誘導を頼む」

 

「軽傷とは言え怪我をしてるのだから、無茶はしないように」

 

「分かってる。円香、帽子はまだ持っててくれ。もう一仕事あるからな」

 

「もう一仕事って、何をする気ですか!」

 

「あいつの罪を数えてやるのさ」

 

 ──ジョーカー! 

 

 ロストドライバー装着と同時に、ジョーカーメモリを装填。正中線を軸に体をゆっくり捻りながら、肘を曲げた右腕を胸の前に掲げる。

 

「俺、変身!」

 

 左手でスロットを開く。切札の記憶を雄叫びを上げ、翔太郎の肉体を漆黒の超人に変貌させる。

 

「仮面ライダー……!」

 

「仮面ライダージョーカー。さあ、お前の罪を数えろ!」

 

 ・

 

 敷地の外には救急車とパトカーが複数台待機しており、避難した被害者達を保護していた。高級住宅街には似つかわしくない騒然とした事態に、辺りの住人は遠巻きに眺めている。

 

「フィリップ。左は中か? 単独で大丈夫なのか」

 

「あの程度のドーパントなら問題ない。それにあの状況ではダブルになる方が危険だったからね」

 

「そうか。ならいいが」

 

 そんな2人の会話を尻目に、邸宅から目を離さない円香に透は気になっていたことを尋ねた。

 

「樋口さ、何でこんなとこ入っちゃったの」

 

 常識であればいくら廃墟同然とは言え、鍵まで掛けられた場所に入ろうとは思わないし、円香がそんなことをするとも思えなかったのだ。

 

「…………」

 

「樋口?」

 

「分からない。ここに入った記憶がない……。なんか、変なビラを渡されて、誰かに静止されて……。翔太郎さんの声?」

 

「……もしかして催眠術?」

 

 雛菜が呟いた言葉を、この状況で荒唐無稽と言える訳がなかった。しかし意外な人物がそれを否定した。

 

「いやそれはあり得ない。あのドーパントの能力は映画の世界を再現するものであるはずだ。だが確かにそれだけでは、これだけの人数を捕えることは不可能だ。……まさか」

 

 淡々とした表情と態度を崩さなかったフィリップが、焦りを多分に含んだ表情になった。その瞬間、邸宅から轟音が響き、目視できる土埃が舞った。

 

「照井竜!」

 

「分かってる! 変……身!」

 

 ──アクセル! 

 

『加速』の記憶を持つ紅き戦士。仮面ライダーアクセル。バイクに乗せていたエンジンブレードを手に取り、フィリップを伴い中庭へと走った。

 その2人を見送っていると、何故かその後を走る円香がいた。

 見間違いかと思わず、近くにいたはずの円香に視線をやるが、やはりいなかった。もう一度走る円香を見る。

 

「樋口……!」

 

「先輩!」

 

「円香ちゃん!」

 

 三者三様の焦りと共に後を追う。

 

 ・

 

 円香と彼女に追い付いた3人が中庭に到着した瞬間、邸宅の壁を破壊しながらジョーカーが吹き飛んで来た。地面を削りながら転がり、ようやく止まる。

 ダメージが大きいのか、立ち上がれずにいるジョーカーの前にアクセルが立ち塞がる。

 

「大丈夫か左」

 

「ああ……何とかな。気を付けろ、あいついきなり早くなりやがった。トライアルのマキシマムと同じかそれ以上に速え」

 

「何だと……。フィリップ! さっき何を言い掛けたんだ!」

 

「あり得ないことだが、奴は複数の能力を持ってる。映画の中に出て来る能力を使えるんだ」

 

「ディスクを読み込んだのはそう言うことか」

 

「そう言うことだよ! 今の私はお前達じゃ見ることもできない!」 

 

 敢えてゆっくりとした足取りで姿を見せるCドーパント。両肩のフィルムは無くなっており、リーダーとなっていた。

 高速移動からの打撃によるダメージは抜けきっておらず、それでも呻きながらも何とか上体を起こすジョーカー。

 

「どうすんだよ仮面ライダー! 私に罪を教えてくれるんじゃなかったのか?!」

 

 Cドーパントの慟哭への答えを口にせず、しかし立ち上がることで翻意するつもりがないと示す。

 

「照井、頼みがある。時間稼ぎと、お前のエンジンメモリを貸してくれ」

 

「……良いだろう。無茶をするなら、フィリップからの小言は覚悟しておけ」

 

 ──トライアル! 

 

 少しでも身軽になるためエンジンブレードを投擲。

 イエローシグナルを経て現れたるは、蒼き『超加速』の戦士、仮面ライダーアクセル・トライアルフォーム。

 地面を蹴り飛ばしCドーパントへと迫るが、余裕を持って回避される。一瞬で出来た彼我の距離が、かなりの速度差があることを示している。しかし臆することはない。仲間がいるからだ。

 

「頼んだぜ照井。それと、俺の体!」

 

「待て翔太郎何をする気だ!」

 

 ──エレクトリック! 

 

 マキシマムスロットに装填した瞬間、ジョーカーの全身から放電現象が起きる。地を焼くだけでなく、ジョーカー自身の肉体をも蝕む。

 

「正気か翔太郎! それはロストドライバーで使う事は想定されていないんだぞ!」

 

「正気も正気! 電気の力を使えば早くなるって寸法よ!」

 

「確かに理論上は可能かもしれないが……」

 

 全身を襲う激痛に身を捩りながら、それでも歯を食いしばり耐え、前を見据える。

 

 ──エレクトリック! 

 ──マキシマムドライブ! 

 

「うおおおおお!!」

 

 ジョーカーを中心に紫電に満たされた空間が形成され、それは敷地全域に及んだ。

 

「はあ、はあ……。よし、思い付いた。『ライダーバニシングアタック』!」

 

 体に紫電を纏いながら踏み出すと、ジョーカーの姿が消える、と同時にCドーパントが吹き飛び、何かに激突されたように中空で何度も跳ねる。

 

「そうか、この紫電は放電経路。リターンストロークを起こしてるのか。翔太郎のくせにやるじゃないか」

 

 光速の半分近い速度で移動する現象に、音速を多少上回る程度では到底敵わない。

 自身の身に何が起きているのか、Cドーパントは何も分からなかった。地面に落ち、そこでようやくリーダーが破壊されていることを知った。これでもう、夢を見ることはできない。その事実に打ちひしがれながらも、死に体で立ち上がる。答えを聞くために。

 

「夢を見ることが、罪だって言うの……!」

 

「違う。アンタの罪は自分を信じなかったことだ」

 

「──なら信じさせてよ!」

 

 自身の体が崩壊していくことを感じながら、拳を振り翳しジョーカーへと向かう。

 

 ──ジョーカー! 

 ──マキシマムドライブ! 

 

「ライダーパンチ!」

 

 踏み込みCドーパントの拳を躱し、自らの拳を叩き込む。ダメ押しの一撃が、メモリを破壊した。ドーパントの肉体が爆発し、倒れゆく女の体を抱き止める。

 

「罪を償ったら、アンタの歌を近くで聞かせてくれよ。今日みたいな夢の中じゃなくてな」

 

「キザな……男……」

 

 ・

 

 検査入院や事情聴取が終わり、ようやく一息を付けたのは事件から1週間後のことだった。

 体に異常は全くないのだが、両親から今週ぐらいはゆっくり休めと言われ、平日の午前中から横になっているのである。

 体を起こし、机を見やる。そこには返しそびれた帽子が置かれている。手に取った携帯には照井から聞いた探偵事務所の住所が入っている。住所を地図アプリに入れる。電車が必要な距離だがそこまで遠くない。30分もあれば乗っていれば着く程度だ。

 と言う一連の動作を、すでに4回ほど行っている円香。何をウジウジしているのかと、自分に何度も発破を掛け、ようやく家を出た。

 

 ・

 

 地図アプリを頼りに歩く。そこらかしこに風車が飾られており、風を知らせる素朴な音は聞いていて飽きなかった。

 やがて開業しているのか怪しい外観の建物に到着した。パッと見て目に入るのは、「カモメビリヤード」の文字。戸惑っていると背後から声を掛けられた。

 

「そこは探偵事務所になってるぜ」

 

 振り返ると、日傘に中折れ帽子という独特のファッションをした女性が立っていた。

 

「その、探偵事務所の人に用事があって来たんです」

 

「そっかそっか。自分も用事あるから一緒に行こうぜ」

 

 迷いのない足取りで中に入っていく女性の後を追う円香。

 ドアのチャイムを鳴らす。しばらくすると開き、疲れた顔をしたフィリップがいた。

 

「おや樋口円香もいるのか。何の用事か知らないがちょうどいい。2人で翔太郎の世話をしてくれ」

 

『は?』

 

「先日の戦いで無茶をしたせいであちこちで筋断裂を起こしててね。日常生活に支障をきたしてるんだが、そろそろ世話が面倒になってね。佐藤心に頼むつもりだったが、樋口円香、君もやってくれたまえ。人手が多いに越した事はない」

 

 言うだけ言うと事務所の奥にスタスタと歩いていくフィリップ。

 思わず互いを見る2人。そして被っている帽子と、持っている帽子が誰のものかを悟る。

 

「翔太郎。佐藤心と樋口円香が来たから2人にやってもらうといい。僕はもう疲れたよ」

 

「パイセンと円香?! 体拭いてくれって言ってんのに2人に頼める訳ねえーだろ!」

 

「あれしか方法がなかったとは言え、僕の忠告を無視したんだ。それぐらいの意趣返しはさせてもらうよ。じゃあ2人とも頼むよ」

 

「やめろっ、フィリップ!」

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