「いやさあ、気持ちは分かるんだけどさ。もうちょっと、なんというか……こう、さあ」
眉間にしわを寄せたまま、複雑な表情を浮かべたままの海に向かい合って、華耶はぱたぱたと右往左往した。いくつになっても海のこうしたときの感情や言動のパターンはつかめるのだが、メンタル面を平常に戻す方法がなかなか見当たらず、この気難しい男の操縦は難しいものだと改めて華耶は考えていた。
「素直に喜べないのはまあ、分かるよ。でもさ、世の中みんなが海くんみたいにはなれないんだよ。あたしも、そっち側の人間だったしさ」
「……」
「でもさ、これも薫ちゃんなりに色々考えた結果なんだよ。そこは……まあ、分かってるからこそ、海くん、色々考えこんじゃってるんだろうけどさ」
「……」
新聞紙にうっすらとだけ書かれてある、薫の入団報告。
選手としてではなく、球団職員――それも、打撃投手として。
打撃投手は全ての打者を支える重要な役割だというのに、その給料は重圧や仕事内容に見合わないほど薄給だ。
聞けば、チーターズは他球団よりは打撃投手や用具係、球団スタッフなどに対して給料はそれなりに厚遇されているほうらしいが――それでも、自分が5億、6億と高額な年俸をもらっている中で、その1割にも遠く及ばない年俸しかもらえずに激務に追われるということを考えると、薫はそうまでして独立リーグとしての選手や社会人野球の一員ではなく、選手でなくてもいいからプロの世界の一員でいたかったのだろうか――海はそんなことを考えていた。
世の中金が全てではないことは、痛いほど分かっているつもりだ。
しかし、自分が見ている『世の中金が全てではない』というものはあくまでも、金がいくらあってもこんな辛い目にしか遭わないという、持っている側の人間のごく主観に満ちたものだ。持っていない側のことを、自分は知らない。
選手以下の待遇に、選手同等かそれ以上の責務。そして選手以上の肩の酷使――。打撃投手は誇りで飯を食うようなものだ。相手が打ちやすいような球、実戦に近い球、いずれも投げられなくてはいけないし、それでいて肩のケアもしなければならない。数年でやつれ果ててこの仕事を辞めていった者も海はこの長いプロ生活の中でよく見ていた。
精神も身体もすり減らし、そして大して金ももらえず、選手やチームからも大して祝福されずに去っていく――。そうした、ありとあらゆる『持ってない』側の人間を自分が案じること自体が、そもそも不適切で、失礼なのではないだろうか――海はそういった自問自答含め、険しい表情を浮かべていた。
「……海くん。あたしがさ、もし薫ちゃんと同じ立場だったら――やっぱさ、それでも打撃投手としての道を選んだと思うよ」
「そういうものかな」
「そうだよ。プロの選手としては無理でも、プロの選手の手助けが出来るなら――やっぱさ、通せるなら、プロ球団のユニフォームに袖通したかったもん。独立リーグの派手なユニフォームもいいけどさ、やっぱりこう……伝統のあるプロ球団のユニフォームって、やっぱ違うじゃん。重みが」
「……俺には、そういうこの国の伝統とかが分からないからな。きっと、華耶が言うなら、そうなんだろう」
華耶は一瞬、口元に手を当てはっとした表情を浮かべた。何気なく言ったつもりの言葉だったが、日本に移り住むまでは日本のスポーツ事情なんか知らずに生きてきた海にとっては、理解できないものなのだ。
「ごめん」と一言謝った華耶に海は一言「別に、いいよ」と返し、一瞬ぎこちない空気が流れた後、華耶はその話を続けた。
「やっぱりさ、どんな形であれ、夢の一部だけでも叶えられるなら、やっぱ叶えたいもんだよ。薫ちゃんがそれだけプロの世界にこだわってて、そこに形こそ変わったとしても、チャンスがちょっとだけでもあるならね」
「それは……分かるんだけどさ」
歯切れの悪い返事を海はし、海はその長い髪をぐしゃぐしゃと両手でかき乱し、頭を抱えた。華耶はそんな海の隣に寄り添い――黙って何もせずに、ただじっと、隣にいてやった。
「……分かるよ。華耶から見てみたら、夢を叶えられた側の俺が何言っても、嫌味にしか聞こえないだろうし、自惚れてるっていうかつけあがってるっていうか……思い上がってるようにしか見えないと思う」
「そんなことないよ」
「……うわべだけでもそう言ってくれてありがとう。……気持ちだけで才能なんかどうにもならないってことは俺もこの世界に長く居て、よく知ってるつもりだ。もちろん、この世界に入る前から……普段から思ってたことでもある。でも……」
野球が好きなわけではなかった自分がプロでずっと期待され続け、今では野球以外に自分を表現できるものがギターくらいしか残っていない海。
野球が好きで好きで仕方がなく、ずっと練習に向き合っていて――高校時代もその才能を期待されていながら、とうとうその才能を開花しきれずにプロへの夢を諦めた薫。
そして、同じく――誰よりも野球が好きだったのに、体格の問題や便利屋として使われるうちに、自分の野球が分からなくなって野球そのものを辞めざるを得なかった華耶。
海がこの世に神なんてものはいないと思うのは、生きれば生きるほど、野球を通じて、世の中の残酷さが現実としてその心臓を突き刺してくるからだった。
かつて自分がジェネルに言った『自分になら何とかできると思っているのか、つけあがるなよ』という言葉さえも、自分に跳ね返ってくるようで、海は人間、強い意味を持つ言葉なんてのは簡単に吐き出すものではない――とさえ思った。
別に薫がチーターズに入団してくることが不満なのではない。
何故、仮に神というものがいるならば、薫にその夢を叶えてやれなかったんだ――ということが不満だったのだ。
その夢のぶんまで自分が頑張らなければならないということは海だってよく分かっている。自分の体には、自分以外の夢というものが託されている。どれほど『自分のために戦って』と言われても、他人の夢や思いはどうしても自分の意思にかかわらずのしかかってきてしまうものだ。
華耶も『薫の分まで頑張って』などという、気をつけていなければつい口に出してしまいそうになる安易な言葉がそうして海に負担をかけてしまうことを分かっているからこそ、あえてその言葉は口にはしなかった。
薫なりに全力を尽くしてこれまでやってきたことは想像に容易かったし、薫がプロ入りを断念するまでどんなことを考えてたかなど、今の海にとっては想像ができない。きっとここまでの決断に至るまでの道のりは、簡単に言葉では表せないほど苦しいものだっただろう。
自分がいつかプロを辞めるその日が来たとしたら、きっと、薫がプロ入りを断念したときのように、自分もまた苦渋の決断を迫られるだろう。相変わらず、自分が満面の笑みをもって、自分なりに最高の形でプロ生活をやめるというビジョンが海には浮かばなかった。今までがそうだったように、自分は最後まできっと『佳井海』というレッテルに苦しみ続ける――そんな気がしてならなかった。
薫の入団報道からしばらくして、今季はベストナインと3年連続の首位打者だけではなく2シーズンぶりに年間MVPを獲得したことを電話で告げられた海は、今年もタイトル授賞式に出席するように球団から電話がかかってきた。
結局勝てなかったのにタイトル授賞式なんかに顔を出しても――そう海は思っていたのだが、もはや世間がそれを許してくれない。まして年間MVP受賞者が欠席などとあっては球界やありとあらゆるメンツに傷がつく――結局、自分は自分の意思で生きているというよりは、社会の意思で生かされているのだ。
海は心底嫌そうな顔をしながら電話を切り、どのみち授賞式の前後、しばらく続くCMの収録やバラエティ番組などの出演予定をカレンダーに殴り書きをし、不機嫌そうにベッドに横たわった。
大体、何故タイトルを取ったらクイズ番組だとかお笑い番組だとかに出演しないといけないのだ。
何故アイドル偏重のバラエティ番組に、海の知識の中では本当に売れてるのかどうか分からない芸人たちや、売れているらしいのに全く耳に入ってこないダンスボーカルグループ、本来影に居る側なのに同じようにプロモーションや番宣のために出演させられている声優たちと一緒に出演して、『ちょっと立場のあるらしい芸人』に自分たちの働きぶりにボロクソ言われながら対決しないといけないのだ。
それが野球界のアピールにつながると言うのであれば、バラエティ番組なんかに出るよりもよっぽど、マルコやニコといったバンドを組んでいた頃のメンバーで出演するほうがいいアピールになっただろう。
一応、音楽番組のゲストとして出演する予定もあるにはあるが――BS番組だったり、深夜帯の番組だったりと、いかんせんアピールしたところで多くの人間には見てもらえそうにない。
自分が野球選手でいる限り、きっとこうして毎年オフの間は何かと面白おかしくバラエティ番組に呼ばれ続けてしまう――。
では活躍などやめてしまったほうがいいのか……そういう問題ではないことも海は分かっている。分かってはいるのだけれど、活躍すればするほど、こうしてオフの間に自分自身でいさせてもらえなくなることに海はうんざりしていた。こんな思いをするたびに、かつてスカイクロウズに移籍した同年代の選手だとか、清兵衛やジェネルのように、メディアに対しても胸を張って自分で居続けられる選手が羨ましく思った。
「海くん」
貧乏ゆすりをして腕組みをしながら、BSで海外の映画を見ているものの、苛立ちからまったく内容が入ってこない海。主人公が誰だったかすら覚えてないくらいには、海の気持ちは浮ついていた。
部屋に入ってきた華耶はそれを見て声をかけたのだが、海はその声にも少し反応が遅れてしまった。
「ん……ああ、華耶か。どうしたの」
「どうしたの、じゃないよ。顔にムカつく、って書いてあるよ」
「誰が書いたんだよ」
「そういう話してるんじゃなくて。……まぁ、それはいいや。この時期海くんがそんな顔するの、大体分かるよ。授賞式、呼ばれたんでしょ」
「うん」
無意識に眉間のしわが深まる海を見て、華耶は笑った。
「授賞式の後、また収録とかあるんでしょ」
「後だけじゃないよ」
「知ってる」
「授賞式の二日前からもう収録続きなんだっけ」
「一応、授賞式の次の日だけは……一日だけ空いてる……かな」
海はカレンダーを睨み――スケジュールを確認する。どことなくピントが合わない気がして、海はもう一度カレンダーを睨んだ。
「ちょっと、視力落ちたの?」
「もとがよすぎたんだよ。もともとずっと2.0だったからね。言【ツ】っても、視力検査じゃ2.0以上は測ってもらえないし。今は……どうだろう。ギリギリ2.0くらい……2.0が見えるかどうかくらい、なのかな。この距離からカレンダーに書いてある細かい字までハッキリ見えてたんだけど、歳かな」
「落ちた部類に入らないよ、そんなの。逆言ったらそれ、もとが遠視だったようなもんじゃん。アレだよ、海くんきっと、そうやって世界が見えすぎてたから人より余計に疲れてたんだよ。ちょっと見えないくらいがちょうどいいよ、きっと海くんには」
「まぁ、そうかもね」
他人事のようにして足を組んだ海を華耶は苦笑しながら腕を組み、隣に座った。
「そうかもねじゃなくてさあ……。……まぁ、それはいいや。一日空いてるんだよね。じゃあ……あたしも授賞式の日と次の日……ああ、そっか土日挟むんだもんね。じゃあ……三日くらい、一緒にいようかな」
「やめなよ。真結や広乃が嫉妬する。あの二人、何かと俺と一緒に風呂に入りたがってね。お母さんとは一緒に入ってるのにどうして私たちとはダメなの、とか言ってくる。華耶一人が俺を独占すると、あいつらきっと悲しむよ」
「でも二人きりになれるチャンスじゃない。……最近、ご無沙汰だし」
「……あいつら、もう"そういうの"が分かる歳なんだからさ。晴留がいないとはいえ」
「分かる歳だからこそ、ちょっとは分かって欲しいんだよ。お母さんだってたまには一人のオンナでいたいときがあるんだよって」
「……まぁ、華耶がそれでうまくやるならいいけどさ。叔母さんあたりにまたうまいこと話つけるんだろ」
「うん。お土産、たくさん買ってきてあげないとね」
「……そうだね」
海は出来ることなら子供たちも連れて行きたいのだが――思い切った旅行をするのであれば、年末年始か正月くらいしかチャンスがないだろうな、と思いながら、携帯の通知がしばらく鳴り響いているのを横目で知らん顔をした。
「は?デート?」
海はその突拍子もない言葉に呆気に取られ――思わず持っていたスプーンを落としそうになった。
吹田の駅の近く、平日の昼過ぎの落ち着いた時間帯。空いている時間を狙ったのか、田中に呼び出された海は、田中にしてはだいぶ背伸びをした感じのある――と言うと失礼だろうが、いわゆるおしゃれなカフェの中にいた。
通知に気づいた後も『すぐに話がしたい』などとしつこくBINEで連絡を入れてくるから、契約面の問題か、何か不都合なことでも起きたのか――海は翌日、田中に指定された場所に渋々タクシーで来たのだが、その用件はあまりに予想外なものだった。
「……だから、佳井さんみたいにデートしまくってる人じゃないと聞けないんですよこういうの」
「まず俺がデートをしまくってるというその大前提が失礼極まりないね。まるで俺が裏でいろんな女と遊んでいるような口ぶりだ」
「……だって、こういうの他に相談できるような人、いないじゃないですか」
「ボール追いかけてるよりも女のケツ追いかけてそうなチームメイトが他にいるだろ。投手陣なんかにもそういうやつ、一人くらいはいるだろ」
「嫌ですよ、あんな野球を浅いところでナメてるような連中なんかに」
「……じゃあ、ジェネルなんかに聞けばいいだろ。俺なんかよりアイツのほうがきっとそういうの詳しいと思うし。デートの何を聞きたいかにもよるけどさ」
「年下なんかにそんなこと聞けますか」
ああ言えばこう言う――といった態度で海の言葉を突っぱねる田中に海は苛立った。
「……あのなあ、年下に聞く勇気すらもないなら、女なんて一生抱けないと思うね、俺は」
むっとした表情で海は応えた。
田中には出来ないことが自分にならなんでもできる――というような体で話すのをやめろと前にも言ったのに、こうだ。海は内心、そんなんだからその歳まで彼女なんかも出来たことがないんだよ――と思っていた。
「抱ッッ……?!抱くって、その……せ、せせ……セッ……いやいやいやいや、ちょっと待ってくださいよ佳井さん、お……っおお俺はまだ、デートするって決まっただけであって」
「その先まで考えてる頭だろ、お前のそれは」
「いや、そそそッッ……仮にそうだとしても、そっ……そういうのは順序というものがあってですネッッ――」
「まぁ、お前が誘ったのか、相手が誘ったかによるだろうけどさ。で?デートの誘いは向こうから?お前から?」
「……俺が誘いました」
田中は顔を赤らめながら、しぼんだ風船のようにして突然語気を弱めて控えめにそう言った。
「で、そいつは年下なのか」
「年下です」
「じゃあなおさらジェネルに聞くべきだったね」
「佳井さんじゃないとダメなんですよ」
「何が」
「相手の人、業界人なんですよ」
「ギョーカイ人」
海はわざとらしく言ってみせた。業界人だろうが一般人だろうが、別にどうでもいいじゃないか、と海は思った。
「何?ハニートラップなんじゃないかって、ビクビクしてるのか?そんなの、誰と付き合おうと同じことじゃないか」
「そんなこと、思いもよりませんでしたよ。あの子はそんなんじゃ……」
「誰なんだよ、じゃあ。そいつは」
「始球式で一緒になった子です」
「始球式?……お前、年間140何試合もやってて、その始球式ひとつひとつ覚えてられるかよ」
海は田中がもったいぶって話すことにだんだんイライラしてきて、コーヒーとケーキを追加で注文した。
「一般人じゃなくてギョーカイ人なんだろ。何だ?アイドル歌手かなんかとでも知り合ったのか?お前」
「……」
田中はゆっくりと首を縦に振る。
「……歌手で年下。いやそもそも歌手なんて年間まぁまぁ来るからな。」
「……ともです」
「あ?ハッキリ言えよ。俺もそんな暇じゃないんだよ」
「NaOtomoです」
「なおとも。……あれか、桜田門外の変のやつだったか?」
「……それは井伊直弼です。あと一応、井伊家にも井伊直政の子孫に井伊直朝が――」
「ごめん、どうでもいいやそれは。なおとも……なおと……」
自分で言い出した言葉じゃないか――と田中は不満そうにしていたが、そんな田中をよそに、忘れかけていた言葉が海の頭の中で一つ一つ繋がっていく。
「えーと……『どっちもプラスじゃ物足りない あなたがマイナスで私がプラス』って……あれだ、えーと……」
「二極性青春」
「そう、それだ」
海がふと口ずさんだフレーズに田中が指をぴんと立てる。
「なおともって……あのNaOtomoか?あの、派手な格好して歌ってる……?えぇ……?お前が……?」
「……だから、そう言ってるじゃないですか」
「デビューが高校2年って言ってただろ、確か。……まだ21歳だぞ、アイツ。年の差、いくつだよお前」
「だから俺も現実味がないんですよ。どうしたらいいか……」
NaOtomo。まさかマルコとニコがバックで演奏している歌手の名がこんなところで出てくると思わなかったから、海は驚いた。
よりによってテレビでよく見かけるあのアイドル歌手が田中なんかと――なんて言い方はよくないことも分かっていたが、何がどうあって田中がNaOtomoとつながり、NaOtomoもNaOtomoでどうして田中なんかとデートしようと思ったのか――馴れ初めも気にはなったが、なんとなく聞いたら後悔する気がして海はモヤモヤした。
マルコとニコの作るサウンドと世界観がマッチしたNaOtomoは、2枚目のシングルが1枚目ほどは売れなかったこともあって一時は一発屋などと言われていたものの、ドラマの主題歌を担当してから再びその人気を絶対的なものにしていた。今年もアニメの主題歌とドラマの主題歌の売れ行きが好調で、ドームツアーも大成功に終わったばかりだ。
高校の時からアイドル的な部分でも積極的にプロモーションが行われ、歌手でありながらもこの夏出した2冊目となるグラビア写真集も大ヒット。歌手を辞めてもすぐにグラビアアイドルとしてやっていけそうな風貌で、いまや各業界が注目する若者の一人だ。
そんなスポットライトを照らし続けられている人間に田中なんかには不釣り合い――なんて言うのは失礼極まりないが、あまりに対照的な組み合わせに海は思わず笑ってしまった。
「ああ、じゃあアレか。自分はともかく、相手が一流なもんだから、隠れてデートするにはどうしたらいいかとか、そんなことばっかり考えてるわけだ」
「……佳井さんは早いうちに結婚しちゃったから、スキャンダルだとかあんまり噂にならなかったかもしれませんが、俺はそうはいきません。相手だって、俺なんかよりずっと有名な人ですし……」
海の少し嫌味ったらしくも的確に心の中を読んでくるような言葉に田中は困った表情を浮かべながら、ぼそぼそと悩みを打ち明け続けた。
「いいじゃないか。いっぺんデカデカとスキャンダルされてみたらいい。たまには週刊誌の一面にお前が載ってみても、いいだろ。完投勝利しても一面を飾ってもらえないんだから、お前」
「そんな、他人事だと思って……」
「他人事だからな」
海は、まんざらでもなさそうな表情を浮かべる田中に対して『そのくらいで悩めるなんて、気楽でいいものだな』と内心憎たらしく思いながらコーヒーをすすった。