「……」
いつもどおりの朝を迎えようとした海だったが、こんなときに限ってなかなかゆっくりは眠ることが出来ず、海はあまりさっぱりとはしない目覚め方をした。
早朝4時15分前――早起きにしては少し大げさすぎる時間に起きてしまった海は一旦シャワーを浴び、華耶を起こしては悪いと地下室でギターをかき鳴らしていた。
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「娘さん、また大阪の実家に戻ってきているらしいですね」
黙々と素振りを繰り返していた海の脇で小室がつぶやく。
「ええ、まあ」
「確か、もうじき行われる英語のスピーチの大会に出るらしいですね?どうやら、全国大会に進出したとか」
「ええ、まぁ」
「えぇまあではありません。いつ行われるかしっかり覚えているんですか?」
小室の言葉に思わず手を止める海。練習に打ち込んでいたせいか、曜日感覚と日時感覚があいまいで、今日が何日で、何曜日だったか――ふと空を仰いで海は指を数え始めた。
「10……10……何日でしたっけね。なんでも、わざわざ文京ドーム貸しきってやるみたいですよ。もっといい場所があるだろうに」
これまで、オープン戦と日程がかぶっているものだから、小学校や中学校の卒業式なんかも一度たりとも行ったことがなかった海だったが、こうした仕事をしているのだから、それが当たり前だと思っていた。確かに、かつて小室や生駒の計らいで、子供の出産に立ち会ったことはあった。去年だって、晴留が家を出ることを分かっていた小室は卒業式に出るように海を強く説得したのだが、これにもチームが大事なときにそんなことなどできないと断っていた。
「行ってあげなさい。下の娘さんだって、3月に小学校を卒業するのでしょう」
「人ん家の事情にずいぶん詳しいですね、小室コーチ」
「君がどれほどプライベートを割らなくても、地元紙や取材陣が色々嗅ぎ付けてきますからね。仕方のないことです」
小室の割り切ったような態度とは対照的に、海は舌打ちをしながら靴のつま先でグラウンドを何度か蹴り――そして右足を振り抜き、砂を蹴り上げた。
「……去年も言いましたけど、オープン戦を俺の都合で穴を開けるわけには行きません。チームの士気に関わります」
「君くらいならば、そもそもオープン戦に出なくとも調子を整えてくることは皆知っています。君だって、チームの士気を気にしてはいますが――チームが今どんな状況にあるかくらい、分かってはいるのでしょう?」
小室の冷静かつ遠慮のない言葉と、冷たい表情。しかしながら、その眼の奥にはどこか笑みが隠れていて、小室なりに自分のことを気にかけてくれていることは海も理解はできたが――それでも、海は首を振った。
「……ここに居ないと、俺が落ち着かないんですよ。去年だって、俺をどうしてもっとオープン戦で使ってくれないんですかって相談したのに」
海はバットを置き、小室に対して困った様子で腕を組んだ。
ベテランの領域に入った海はオープン戦でも普段どおりのプレーをしたがるからこそ、ここ数年はオープン戦を欠場させられ気味だった。海が一つ一つのプレーに手を抜かないことはコーチやスタッフもよく知っている。だからこそ、オープン戦から怪我をされては困るのだ。
海はこれまで永いキャリアの中で怪我をしたことはなかったし、もちろんストレッチや怪我の対策、身体のケアだって怠ってはこなかった。
佳井はどんな使い方をしても怪我をしないものだ――そんな考えについつい至ってしまいがちなスタッフは、今野のあまり読めない考えとはまた別のスタンスで、海をオープン戦の間休ませたがっていた。
そうした状況だからこそ、小室は昨シーズン、どうしても海を卒業式に同伴させようとした。海はチームの士気を何かと理由にするが、小室からしてみれば、どうせ今の状況で海一人いないかどうかでチームの士気など変わらないことくらい、誰の目にも明白だった。
『晴留ちゃんだって、海さんと一緒に居たかったと思うんですよ、本当は』
『子供たちはいつか自立しなければいけないからこそ、一秒でも長く娘息子で居たいと思ってるはずですよ。そこは分かってあげてください。かっこいいお父さんだからこそ』
子供たちをめぐって、この間ジェネルに言われた言葉が海によぎり、海は唇をうっすらと噛んだ。
「娘さんも、なかなか会う機会がなくて寂しいはずです。チームのことは……こうしたことを僕が言うのもよくないのでしょうけれどね……どうせ、君が何を言おうとも、監督は君を休養させたがるでしょう。君だって監督と余計な衝突なんかしたくないでしょう。それに、休養させたがっているのは何も監督だけではなく、我々コーチ陣も同じ考えです。……ここは素直に、しばらく父親でいてあげなさい。きっと、今のあなたであれば、戻ってきて一週間もあれば調子を取り戻すには十分でしょう」
「コーチは俺を買いかぶりすぎですよ」
「買いかぶってるのではありません。二、三週間、父親でいさせてやるから、一週間で何とかしろ、と言ってるんです」
「……俺を野球マシンかなんかだと思ってませんか」
咎めるわけでもなければ、責めているわけでもない、冷静な表情のままの小室。厳しい言葉の割に圧力をさほど感じないのは、小室なりの優しさや配慮をしつつも、コーチとしての顔もしなければならないという複雑な事情があるのだろう。
「どうしますか。佳井くんがその気でなければ、このままオープン戦でベンチ入りさせてもらえるかどうか分からない日々を送ることだって出来ます。しかし、さっきも言いましたが――今、君がオープン戦で怪我でもされて大きく出遅れることを皆恐れています。誰だって怪我で欠員せずに開幕を迎えることがベストですが、スポーツをしている以上、必ずしもそうもいきません。佳井くん。娘さんに少しでも思うところがあるならば、行ってあげなさい。チームを離れている理由は、地元紙に根回しをするなどして多少はでっち上げることくらいできますから」
小室のそうした優しい声に、海は再び首を振った。
「……どうですかね。俺はあの監督がが何を考えてるのか、分からなくなることがあります。時折、何の予告もなく守備位置変えてみたりする人ですから。監督が俺が地元に一旦帰ることにGOサインを出してないなら、俺はなんとも言えないです」
「監督だってきっと、君が素直に休んでくれたほうが喜ぶと思いますよ」
「……本当でしょうね」
海は半信半疑で小室を睨んだ。これがきっかけで開幕スタメンから降ろされるなんてことがあったら、きっと今野のことも、小室のことも一生恨み続けることだろう――海はそんなことを思っていた。
大体、ここで変にこの時期家に帰ってしまい、晴留の発表会や真結たちの卒業式に行くという前例を作ってしまうと、他の子供たちだって自分の卒業式や発表会に来て欲しいだとか言い出しかねない。
そこまで分別のつかない子供たちだとは思ってはいないが――晴留だけ特別扱いするというのも、海にとっては少し気が引けるものがあった。
実際、新が長い間自分に対して距離をとっているのも、新が家に父親を求めているときに父親として居てやれないことへの反発からくるものだろうとは海だって分かっていた。新のことも考えるなら、あまり小室の提案はすすんで受けられるものではない。
小室は自分が父親として未熟だったからか、この手のことのたびに、何かと便宜を図って海を父親として帰そうとした。中途半端に父親に帰る時間をもらってしまうと、小室は自分に対して一週間で調子を戻せるとは言っているものの、自分だってそう簡単に気持ちの切り替えなど出来ないのだが――とは思った。
とはいえ、オープン戦での怪我のリスクという点を気にしている以上、小室はこの場をあまり引いてはくれないだろう。今のチーターズはそれほどに、自分がシーズン前に怪我で離脱するということが何を意味するか――数年前は一旦は海の負担が軽くなったはずだったのに、結局またこうなるのではないか――と、海は乾いた笑みを浮かべた。
「ジェネルにもちょっと前に、似たようなことを言われたんですよ。子供たちだって寂しい思いをしているんだから、って」
「大爺くんにですか」
「ええ。……俺だって、そんなことくらい分かっています。出来るものなら早く引退して、父親に専念したいんですよ。野球人しながら、父親もやらなきゃいけないなんて、簡単なことじゃないんですから」
そう言い放った海は遠い目をしながらも、自分のオープン戦出場をめぐる扱いが変わる日が来たときは、自分のキャリアはいよいよ本当に終わりに差し掛かったときだな――と思った。
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小室の計らいからもらった休息も、振り返ればあっという間だった。
真結と広乃の卒業式にも出席した他は、一応『式典などの出席のため』という名目で大阪に戻っていることまって特別家族でどこかに出かけるということはしなかったけれど、家に居て子供たちの宿題をしっかり見たり、土日にはゆっくりと家の庭で遊びに付き添ったり――もう一度やってきたオフを海は出来る限り父親で居るようにした。
秋冬のオフシーズンとは違ってテレビの出演依頼などもない。どれほど自由で気楽なものかと海は思っていたのだが、東京でのスピーチ大会のために晴留を送り届ける日がとうとう来てしまった。
晴留を東京へ送り、スピーチ大会に出席した後はすぐさま大阪に戻り、そこから再びチームに合流しなければいけない。小室の言うように一週間で調子を取り戻せ、という無茶が数日後にはやってくるのだ――。
「それじゃあ、お願いね」
「あぁ」
道中で食べるためのおにぎりやサンドイッチを手渡された海は、玄関で華耶に見送られる。
「寮生活に戻ってもちゃんと勉強するんだよ、晴留」
「分かってるよ」
晴留は複雑な表情で、キャリーバッグを手に持ちながら、華耶を見つめた。玄関の段差をもってしても晴留は華耶の頭を越していて、年月の経過を思い知る。
「高校、どんなかんじなのかまた教えてね、お姉ちゃん」「私たちも高校、お姉ちゃんのいるとこ行きたいの」
「真結も広乃も小学校卒業したばっかりでしょ。今からそんな高校のことばっかり考えてたら中学生活、きっと楽しくないよ?中学校も楽しいよ?」
「だって」「お姉ちゃんがいないと家に帰っても楽しくないの」
「だから早く」「私たちも進学したいの」
「じゃあ、飛び切り頑張らないとね。お姉ちゃん、こう見えてだいぶ頑張って勉強したんだから。啓皇、そんな簡単に進学できるわけじゃないんだからね?」
晴留は真結と広乃の頭を撫でながら――口に出して改めて実感したが、真結も広乃もあれほど小さいと思っていたのに、もはや中学校に進学したのだから、自分だって歳をとるはずだ――と思った。
「……まぁ、でも、今はビデオ通話なんかもあるしね」
直人は現実的なことを言う。
「……勉強教えてもらえないのは大変だけど」
「直人は私がいなくても勉強できるタイプだから大丈夫だよ。真結や広乃だってきっと教えてくれるから」
「……脇から二人で一気にこられると、大変なんだよ」
「心外なの」「やさしくしてるつもりなの」
真結や広乃の独特な波長よりは、分かりやすい性格をしている晴留のほうになついていた直人は少しだけ寂しそうな顔をした。
琉美と諒斗は柊理の手をつなぎながら、黙って晴留を眺めていた。
「琉美も諒斗も、いいお姉ちゃんお兄ちゃんでいるんだよ。柊理はまだ小さいんだから」
「うん」
二人とも小さく頷いた。
「新は……まあ、降りてこないよね。……じゃあ、そろそろ行くから。着いたらまたお父さんと一緒に連絡するから」
「うん」
手を振りながら晴留は玄関の扉がゆっくり閉まるのを見ながら――ガレージへと向かって歩いていった。
本当は新幹線で東京へ戻ってもよかったのだが、晴留は車で海と二人きりで過ごすことを選んだ。少しでも長く、一時的にただの父親に戻った海を独占していたい気分だったからだ。
海もまた、新幹線で二人で移動しているところを記者などに見られて子供の学業にまで詮索してくるのを嫌い、多少距離ではあるが車で移動することにした。
〈――ニューヨーク・ヤングスから契約解除されていたミッチェル・ライス投手が、浮気相手へのDVを理由に契約を解除されたのは不当であると――〉
朝7時半。ゆったり見積もって、武蔵小山のアパートに着く頃には――夕方4時……ゆっくり休憩を挟んでも、6時くらいには着くだろうか。
万博記念公園を通過し、いよいよ本格的に東へと進路をとる海の車。二人でどこかに、なんてことは記憶の中ではほとんど――いや、皆無だっただろうか。
まして、助手席に晴留が乗っていることなど、華耶が運転している間は何度もあったかもしれないが、自分が運転しているときはなかったはずだ。
静かで、かつ軽快なエンジン音を響かせながら、車はすいすいと広々とした道路を進んでいく。ラジオの音くらいしか車内に響いていないものだから、余計に静寂が気まずい。
〈――今年のワールドカップ、日本の10番はやはり鳥居選手ではないかと僕はやっぱり思ってるわけですよね。今はちょっと調子を崩しているようですけれど、彼なしでは日本のグループリーグ突破ははないでしょう〉
〈――やはりその世代の顔、みたいなのいるじゃないですか。野球なんかでも、佳井選手なんかが――〉
なんとなくつけたままにしていたラジオにふと自分の話が出たことに海は気まずさを覚え、海はハンドルをしっかり握りながら話を切り出した。高速道路を走らせている以上、片手をカーオーディオに伸ばすのも躊躇われた海は苦々しい顔をしながら、気を紛らわすために話題を切り出した。
「晴留はさ、野球やめてよかったと思ってる?たまに、高校でもう一回野球やってみたらよかったかな、とか思うこと、あった?」
「特にないかな。野球も……好きだけど、別に部活としてはもうやらなくてもいいかな、って。割と今はさ、辞めてよかったと思ってるよ。高校も……別に、もう一回やり直そうともならなかったかな」
「啓皇がそれなりに強豪だから?」
「それもあるけどさ。だってさ、中学ですらレギュラー争いについていけなかったのに、啓皇なんか行って私がレギュラー取れるわけないよ。遊びで野球やっていい空気じゃないじゃん、あれは」
「それもそうかもしれないけど。でも、レギュラー争いなんかより、野球の練習だとか、野球の空気そのものが好きなんじゃなかったのか?」
「……」
ふと、考え込む晴留。
『俺は姉さんみたいに遊びでスポーツやってるわけじゃない――』
晴留からしてみても、確かに、新は真剣にサッカーをしている。たまにリビングで華耶たちと試合の様子を録画したものを見るが、海に似たのか、周りよりもぐんと背は高いし、それでいてしっかり軸があり、しかも速い。素人目に見ても、きっと、メディアが言うように、新は将来の代表になれるだろう。
背の高い他の中学生だっているし、ガタイのいいディフェンダーだって時折見られるが、中学レベルではまるで当たり負けしていない。当たり負けをしない強さもあるし、背が高いくせに機敏なものだから、ぶつかってこようものならそれをすい、すい、と器用に上半身をそらしながら軽いボールのタッチで避けてみせる。
身軽で小柄な選手らも混じって、無理やり止めるためにスライディングで突っ込んでくる選手がいようものなら、まるで後ろにも目がついているようにそれもかわしていく。
人間として新を評価できるかどうかは別として、新は間違いなく今、この世代の中心となる能力があるだろう。
しかし、新がサッカーをやっている動機なんてものは、海に対する一方的な敵対心やライバル心がほとんどだから、本当は新はサッカーなんて好きなわけじゃなく、サッカーをやっている自分が好きなのだ――ということを晴留は感じていた。
――それが分かっていながらも、晴留には新を言い負かすことができなかった。
楽しいからというだけで野球をしている自分を否定されたことに対して、何の反論もできなかった。
遊びで野球をやっている自分はとうとう、中学時代は統率力や明るさ、練習態度を買われて野球部のキャプテンを任されたものの、出場そのものは代打で何試合か出させてもらうのみにとどまっていた。
そんな自分が高校で野球を続けて、いったい何になるのだろう。啓皇というと、甲子園にだって何度も出場しているどころか優勝経験すらある強豪だし、そんなチームに自分のような『別に試合に出ようが出まいが……』という気持ちの部員が入るということは、新のような考えを持ってきっと入ってきているであろう――きっとプロを目指すこと前提で野球をやっている者も少なくないはずの空間を壊してしまいかねないのだ。
だからこそ、晴留は高校では野球を完全に断ってしまっていた。
野球が嫌いになったわけではない。
部活というくくりで野球をやる意義を、晴留は見失ってしまったのだ。
「お父さんが啓皇のOBだから、気を遣ってるのか」
「それは……ああ、そっか……お父さんも啓皇出身だったもんね」
「勉強は出来るほうだったっていうか、勉強くらいしかその頃のお父さんの存在意義がなかったからね」
別に、海が啓皇出身だからというよりも、試合後海が疲れ果てた表情で帰ってくる姿を考えると、もう遊びで野球なんてやれない――その思いも晴留には大きかった。
今から何か別のスポーツをするには、きっと、啓皇という地は、自分にとって敷居が高すぎる。
であれば、何かしら他の文化部なんかに入って、少しでも『遊び』が許される生活をしたかった。きっとそこいらの高校や、単なる普通の進学校なんかに通ったら、ついつい自分は『遊び』で野球を続けてしまうだろうから――
そう思っていた晴留は、とうとう高校では部活動に入ることができなかった。英語のスピーチだって、自分の中の何かを変えるために教員に申し出て参加したことではあるけれど、だからといってわざわざ英会話部に入るかと言われるとそういうわけでもないし、文化部の活動日が他より控えめであることから、自分で何かをするつもりならやっぱり部活動という枠ではなく自分なりに行動することのほうが大事なように晴留は思っていた。
「……」
「俺が通ってたときと部活、どう変わってるかな。あんまり部活なんてものも興味なかったから、もともとあった部活なんかもあんま覚えてないんだけどさ」
「お父さんはさ――」
「うん?」
「お父さんは、もとから野球やりたくて部活入ったわけじゃないんだよね。お母さんからもちょっとは聞いたことあるんだけどさ」
「もともと、サッカーやりたかったからね。高校からサッカーをやるにはちょっとどうだろう、不安要素が強くてね」
「サッカー、実際のところどのくらいだったの?」
「自分でこういう言い方をするのもなんだけど、たぶん、あの時もし――それでも俺はサッカーをやるんだ、って強い意志でサッカーをやれていたなら、今の新くらいはやれてたんじゃないかなとは思うよ。本当に強い意志があったらね。何せ、向こうにいたときは、ずっと一人でサッカーやってたから。最悪、ゴールがなくてもボールひとつあれば出来るスポーツだからさ、一人で庭で一日中フェイントの練習したりとかしてたよ」
相槌を打ちながら、晴留は黙って海の話を聞き続け、時折風でなびく前髪を指で流した。そのしぐさが、華耶を助手席に乗せてドライブしたときの様子と似ていて、海は胸が詰まりそうになった。
「近所のサッカークラブでフォワードを任されてるときなんかは、得点パターンのことだけ考えてたらよかったし……まぁ……でも、どうだろう。分からないな。自分では得意だとは思っていたけど、結局日本に来てからまともに試合形式でサッカーなんてやってないから。記憶って、美化されるものだからさ、お父さんがそう思ってるだけで、実はそうでもないのかもしれないし」
「新のこと、羨ましいとか、思ったりする?」
「……どうだろうね。別にお父さんは代表になりたくてサッカーをしてたわけでもなければ、あの頃はまだ職業としてサッカーを選ぶつもりはそこまでなかったから……まぁ――新の人生は新のものだから、別に……意識はそんなにしないかな」
海は自分とサッカーとの付き合いを振り返ってみるが、野球をするようになった年月の長さと、それに伴って徐々に遠ざかっていってしまっている幼少期の記憶の曖昧さを感じた。
自分がサッカーを続けていたらの未来なんて、分からない。どれほどの熱意でサッカーをしていたかなんて――海は自問自答を脳内で繰り広げながら、ぽつぽつと答え続けた。
「そっか。……仮にさ、サッカーやってたとして……きっとさ、啓皇だったらそのまま大学に進学するんでしょ。職業としてサッカー選ぶつもりがなかったなら、何かやりたい仕事とかあったりしたの?」
「そんなことを考えてる余裕なんてなかったよ、お父さんが晴留くらいの歳の頃は。あの頃は、その日その日を生きることだけで、精一杯だった」
海は苦笑しながら、それ以上のことは言わなかった。
晴留は海が軽く口にした言葉が決して嘘ではないだろうと思いながらも、自分の知っているスケールの言葉ではないものだから、どう言葉を返していいか分からなかった。