海の彼方で   作:錫樹トシアキ

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118・若さの原動力(前)

〈――さてチーターズは2連勝。佳井、二夜連続のヒーローインタビューとなりました。『ひとつの勝利を着実に重ねて優勝を通過点に日本一を目指したい』とストイックに語っていましたが、何かこう、今季のチーターズにはそれが決してハッタリではない強さを感じますね〉

〈まだ開幕カードですからなんとも言えないですけど、今日も佳井選手とジェネル選手がアベックホームランを打ちましたよね。去年まではたまにあるくらいの出来事でしかなかったのが今年は早くも2試合連続ですよね。6回の逆転劇もジェネル選手のホームランを皮切りに始まったわけですし、これまでは野手というと佳井選手一人が点として存在してましたが、若手であるジェネル選手とを中心に、とてつもなく大きい波を生み出そうとしてるんじゃないかなと私は思いますね〉

〈さて、ここまで実況は佐々文彦がお送りしてまいりました。解説は現役時代スカイオーシャンズで活躍した乙島慧さんでした。ありがとうございました。それではまた明日お会いしましょう。さようなら〉

 

一番熱心に試合を見ていたはずの晴留が座っていた、テレビから向かって一番中央付近の席に今は真結と広乃――そして、二人に挟まれるような形で直人が座っている。

その横でノートパソコンで作業をしながら華耶もまた、試合を見ていた。真結が適当にチャンネルを回していると、ふと、プロのアスリートだった親や、あるいはプロのアスリートになれなかった親を持つ子供たちが次世代のアスリートになるために練習している――というドキュメンタリー番組が流れていた。

 

〈ほらほらほらほら!!そんなんじゃプロになれない!何?やめる?やめよっか、もう?やる気ないならやめよう、もう!〉

〈……やめたい〉

〈何言ってるの!プロになるって言ったでしょ!甘ったれんな!!男でしょ!!〉

〈とうとう弱音を吐き出した長男・槙に、母・光子がゲキを飛ばす。我々は、遠くからその様子を見つめていた――〉

 

真結と広乃が互いに嫌悪感にまみれた表情を浮かべながらリモコンを握り、チャンネルを変えていく。

 

「……そういえば、さ」

真結と広乃に挟まれたまま身動きの取れない直人が、ザッピングを続け画面が激しく切り替わり続けるテレビをよそに口を開いた。

「お父さんはさ、あんまり野球しろ、とか、プロになれ、とか、言わないよね」

「お父さんはそういうのあんまり言わないタイプだからしょうがないの」

「直人はさっきみたいな生活のほうが生きやすい?」

「……いや、別にそういうわけじゃないけど。僕も、ああいうの、あんまり好きじゃないし」

「そりゃそうなの」「あんなの親のエゴなの」

真結と広乃が汚物でも見るような目でテレビを睨みつけた。

 

「お姉ちゃんたちもじゃあ、習い事とかはあんまり言われなかった?」

「うちはたぶん、英語とピアノくらいなの」「ピアノも続けたかったら続ければいいし、みたいな感じだったから実質英語だけなの」

「……そういえば、そっか」

 

華耶の家系の本家――すなわち、佳井家が経営している世界的に名を馳せる企業・ヨシイエンターテインメント。

アメリカを中心とした海外にも支部を設けていることもあり、佳井家の血を引く者は、家業を継ぐ継がないにかかわらず、基本的に日常会話以上の英語を話せるように――という慣わしがあった。

単純に国際交流だとか、それこそ、都会で生活する際なんかも今は外国人と会話することも少なくないし、仕事の都合で海外に異動することだってそう珍しくない今日、英語を話せて損になることはないし、これからますます必要なスキルになってくる――という家訓らしい。

もっとも、華耶は英語が話せたことがきっかけでトラブルになり、そこから海と出会ったのだが、そのことについては華耶は当然子供たちには黙っていた。

 

ピアノは、仮に左利きで生まれてきたとしたら、右手も自在に使えないと筆記用具だとか調理器具だとか生活に直結するものだけでなく、世の中いろいろなものが右利き前提で作られているから、幼少期のうちに両方の手を器用に使えるクセがつくように――と海が考えてのことだった。

もちろん、自分が音楽をやってるからといって、生まれてきた子供たちがみんな音楽を好き好むとは思ってなかったから、基本的にバリバリとしたピアノ教室に通わせる、というよりは、比較的楽しくできるタイプの教室に通わせていた。

 

英語なんかもそうだが、『やらされている』ということを海は嫌った。自分がそうしていろいろなことを『やらされてきた』が、それを子供たちに押し付けたくはなかった。

英会話に関しても、教室にこそ通わせるが、子供たちが行きたくないと言ったときは無理して行かせないというのが、海が華耶との間に結んだルールだった。

学校や幼稚園などに行きたくないとグズるのは仕方ないとして、親の都合で習わせているものには子供には極力義務感を伴わせたくなかったし、変に親を気遣って習い事を続けさせたくもなかったからだ。

 

もしどうしてもそうした習い事が嫌だと言い出したときは、本人から意見を聞いた上で休ませたり、いつでもやめさせることも選択肢として入れることを絶対条件としていた。

晴留が一時期新体操に興味を持ったときもそうだが、そのかわり、子供たちがやってみたいと言い出したことにはその意図を尊重した上で全力で付き合ってやる――ということももうひとつ、ルールとして設けていた。

 

「……サッカーはさ、お兄ちゃんの口からサッカーやりたいって言い出したの?」

直人が首だけ華耶のほうを向いて話しかける。

「そうだよ。野球には、あまり興味なかったみたい」

「そんな昔からお父さんのこと嫌いだったんだ」

直人の言葉に華耶は笑顔で首を振った。

 

「そういうわけでもないんだけどね。本当に昔……まだ直人が生まれる前とか……真結や広乃もひょっとしたらまだ生まれてないか、生まれてすぐくらいかな……晴留が野球に夢中になって、お母さんと一緒に野球見てる間もね、たまーに……試合の様子、チラチラ見てはいたんだよ。でも、どっかのタイミングでサッカーの中継見たときかな……なんか、サッカーのほうがかっこいいって思ったみたい。ほら、小学校でもたまに、サッカーの招待券もらってきたりしたでしょ?叔父さんや叔母さんに連れてってもらったと思うんだけどさ。あれで現地で試合見てから、完全にそっちに傾いたっぽくて」

 

嘘は言っていない。ただ、子供たちの前では、新が、自分たちの物心がつく前から海への敵対心だとか、不信感だとかを抱いていたことを既成事実にしたくはなかった。

 

新には新なりの事情がある。もちろん、新が勝手に海に対して一方的に負の感情を抱いていることも事実だ。

とはいえ、海自身が気にしていた『自分が父親というものを知らない』ことや『父親で居られる時間が少ない』こと――それらが海の行動に作用した結果、新が海に対してよからぬ感情を抱くようになったこともまた事実なのだ。

だからこそ自分が海の分まで親でいようとしたのだが、海がかつて母親としてのキャパシティを超えたものを母親に求め、きつくあたったように――新もまた、自分に母親以上の感情を一時期抱いていたのもまた事実だ。

 

もっとも、新が自分に対して感情を膨らませているのは、自分を独占したいだけではなく、海から自分を取り上げたいから、という理由だとか、そういった、単に自分に対する愛情以外の部分も要素としてはあるから、こじれている――と華耶は分析していた。

最近、食事の際に口にした『日本代表に選ばれるかもしれない』という言葉だって、海が日本代表に選ばれたように、自分も日本代表に選ばれることによって自分から褒められたり愛されたい――そういう気持ちが見え隠れしていた。

年頃のそういった承認欲求がいびつに膨らむのは華耶だって理解しているから、必要以上に褒めもしなければ、必要以上に突き放すこともしなかった。ここで変に自分が行動を起こせば新は変な方向にいくらでも突き進んでしまうと思っていたからだ。

 

真結と広乃は二人ともスポーツをすすんではしたがらなかった。運動音痴、ということではないのだけれど、部活動というくくりでスポーツをしようとはしなかった。

その代わりに最近は隔週で土曜日の午前、市民団体が開催している初心者向けテニス教室に顔を出してみたり、通っている中学校では水泳の授業がなかったことから、近所のスイミングスクールで週に一度泳ぎに行ってみたり、部活動をしていないなりに何かしら空き時間を有効に使う方法を二人とも模索していた。

 

真結も広乃も、新が何かしらただならぬ――純粋にサッカーが好きだからサッカーをしているわけではない、という雰囲気を感じ取っていたから、自分たちは今は何をするにも楽しんでする立場でいたい――そういう気持ちで日々を過ごしていた。

新も以前は真結や広乃にサッカーの話を積極的にしていたけれど、最近は二人に対しても積極的に話さなくなったのを見ると、せいぜい歳が二つしか離れていないのに、二人にとって新がどこか遠くに行ってしまったような気がした。

もちろん、そうしたことの理由に性別の壁というものがあるのかもしれない、ということを真結も広乃もなんとなく感じ取ってはいたけれど、別に自分たちは最近の新をややとっつきづらいと思いながらも、別に嫌いになったわけではないから、少し寂しい部分があったし、そうした気持ちからどうしても直人に構いがちになってしまっていた。

自分たちは自分たちのままでいよう――と真結も広乃も思っていたが、晴留も新も離れていったことで、思うだけなら簡単だけど、それを実行する難しさを二人は感じていた。

 

~~~

 

「代表?」

「そ。……聞いてなかった?」

「アイツ、俺が居るときにそんな話してくれないからね」

「……まぁ、うん。スペインで2週間くらいの大会が4月末にあるみたいでさ。まだ正式に決まってるわけじゃないらしいんだけど、本人に今の時期から噂が来てるってことはたぶん、本当に選ばれそうみたい」

「ふーん」

家に帰るなり、ふと華耶は新が海に代表入りの話をしたのかどうか気になり話題に出してみたところ――やはり何も聞かされていないようだった。

 

「まぁ、好きにしたらいいと思うよ。いいことじゃないか」

海は特に気にしない様子で居たが、華耶はあまりいい気分ではないようだった。

海は新に気を遣っている一方で、本来、もう少し親というものへの感謝だとか、好きにやらせてもらっているということへの配慮はないのか――と新の遠慮のなさに憤っていた。海が新に干渉しにいっても新が海を突っぱねることは明らかなのだから、新のほうから歩み寄らなければならないところなのに――そう思わずにはいられなかった。

 

「……海くんさ、ナメられてるんだよ。避けられてるっていうかさ、ナメられてると思う。海くんが新の代表収集に対してNoって言わないの分かってるから、あたしにしか代表入りのこと言わないんだよ。一応、家族なんだからさ。新は、最近なんかこう……自分ひとりで生きられるもんだって思ってるところあると思う」

「……俺がそうだったからね。俺の血を受け継いでしまったんだよ。……違うな。俺が、そうさせてしまったんだよ」

「……海くん」

華耶は海の手を取り、真剣な顔で言った。

 

「海くんが自分のお父さんとうまくいかなかったのと、新が海くんとうまくいっていないのは、似て異なるんだよ」

「違うかよ」

「違うよ。新のはもっとこう――とにかく。何度も言うけどさ。代表選ばれたんだから、当然送り出すよな?みたいな顔で新にこのままずっといられるの、よくないと思うんだ。一回、ちょっと言ったほうがいいと思う。あたしの言うことだけは、はいはいって聞くからさ、あの子」

「……」

 

父親である以上、当然、一人の野球選手でいる以上に父親で居なければいけないのだが、今こんな時期に――と一瞬思ってしまった自分がそこにいてしまった海は、一人自己嫌悪に陥った。

 

しばらくして、協会から公式発表が行われる前に、新が本当に代表入り当確であることの報告を受けた新と華耶は、日曜、デイゲームを終えた後どこにも寄らずに早めに戻ってきた海を連れ、やや郊外にある個室つきのレストランへと足を運んでいた。家では真結と広乃に留守番を任せていて、夕飯までには帰るつもりでいた。

道中、華耶は今日の試合の話もあまりしなかったし、どちらかというと、家に帰ってから夕飯何を食べるかだとか、そういう話をするにとどまった。

 

「新。大事な話があるんでしょ」

「大事な話も何も、母さんから言えばいいじゃないか。母さんはもう事情を知ってるんだから」

「自分のことくらい、自分で言わないとダメだよ」

海の隣で華耶が新に会話を促す。

向き合った新は、少し不機嫌そうにコップの水を飲み干した。

海とよく似た金髪だが、ピンと鋭く立った髪の毛は縦に長く伸びてなお鋭さを保っていて、昔爆発的に流行ったRPGの主人公のような佇まいだった。

 

大体何の用事で呼ばれているかは海も分かっていたのだが、新の口から言わせるように――とBINEできつく言われていた海は黙りながら、とりあえず頼んでおいたコーヒーとチョコレートパフェを食べ始めた。

 

「俺、試合後で疲れてるんだよ。何か用事があるなら早く済ませてくれると嬉しいな」

わざとらしく海は新に口を開かせるような言い草でパフェを崩して食べ始めた。別にパフェが食べたかったわけではなかったが、何か食べるのに時間がかかるものでも食べてないと、またすぐ気まずい時間が流れそうだったので、海はさほど好きでもない大きいパフェを一口一口食べ続けた。

写真だとここまで大きいパフェには見えなかったから、海は困っていた。これが俗に言う遠近法マジックか、清兵衛が言っていたパネルマジックというものか――と海は思った。

 

新さえこの場にいなかったら、こんな量、華耶と二人で分けて食べるのに――という気持ちと、こんな大きいパフェなんかを華耶と二人で分けて食べたのも、晴留が生まれる前くらいまで遡るだろうか――という回想で時間をごまかしながらも、しばらく沈黙は続いた。

 

「新。お父さんも早く家に帰ってゆっくりしたいところなんだから、早くしなさい」

「父さん父さんって、母さんはどっちの味方なんだよ」

「敵味方の問題じゃないでしょ。これは新の問題なんだから」

新は舌打ちをしながら、のんきにパフェなど食べている海を睨んだ。

 

「パスポート、作ってほしいんだよ」

「どうして」

「察しろよ」

「家から出て行くのか」

「ああ、出て行きたいね」

「家を出させてくれっていう話をするために、わざわざお父さんの時間を拘束したのか?」

海は少し嫌味っぽい言い方で新を挑発した。なかなか本題を言おうとしない新にやきもきもしたし、察しろよという言葉に裏打ちされる情報量の少なさに海は苛立った。誰に似たのか――と考えれば考えるほど、自分に似たのだから自分に腹が立って仕方がなかった。

「そういう話じゃなかったでしょ、新。ちゃんと用件を伝えなさい」

「……」

 

新は頭をかきながら――

「U-15の代表、当確なんだよ。ただ、海外遠征だから許可が要る。許可も要るし、パスポートだって必要なんだ」

「それで?」

海はお構いなしにパフェを食べ続ける。

「なんで分からないんだよ。母さんはなんでもはいはいって言うけど、父さんが許可しないと海外に行けないんだよ。俺にとっては、U-15なんてのは通過点でしかないし、日本代表なんてのも海外でプレーするための通過点でしかない。ここが俺にとっての最大のチャンスなんだよ。世界で戦える男になるための」

「……」

海は深いため息をついた。

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