〈――試合は10対3でチーターズが勝利しました。チーターズは打者5人からホームランが飛び出す猛攻撃。シーズン序盤、熾烈な首位争いにしっかりくらいつきました。両リーグともに来週から開始される前期混合戦に向け、明日からしばらく試合はお休みです。今年の混合戦ではどのようなドラマが生まれるのでしょうか。後ほど解説の本多さんに見所をたっぷり解説していただきます〉
〈さて、今日ホームランを打った佳井選手ですが、こちらの話題も見逃せません。佳井選手の長男、佳井新選手が、サッカーU-15日本代表にフォワードとして選ばれていることは皆さんご存知でしょうか。日本時間午後10時すぎまでスペインで行われていたU-15日本代表対イングランド代表でこちら、佳井新選手が見事ハットトリックを達成したという情報が入ってきています。試合は4対3で日本が勝利。将来のエースストライカー候補としてこちらも見逃せません。試合後のコメントですが――〉
「……」
喜ばしいことのはずなのに、華耶は新のニュースを直視することが躊躇われた。
ハットトリック。昨今世界の競合入りに肩を並べている日本とはいえ、普通にプレーしていても滅多に狙えるものではないものを、決して楽ではない相手どころかまだまだ格上である相手に決めたということは、親として誇りに思う出来事のはずだった。
プロの試合と違って、U-15の試合詳細というものはなかなか入ってこないから、新がどんなプレーでゴールを決めたのかは分からないし、公式ページでさえ相手チームの詳細やその試合の様子は配信されていないのだから、親としてはラフプレーだとか怪我なんかしてないかと心配になってしまう。
ではその映像が配信されたら新のプレーを見たいかと言われると――華耶の中では複雑な思いがめぐっていた。
母親として新のプレーは応援したい。だが、母親以外の自分としては新をとても許容できない――。
時間がやがて海と新との関係を修復してくれる、と思っていた華耶にとって、新の性格の歪みは、海自身は『自分もそうだった』とは言うものの、華耶にしてみれば新のそれは海の反抗心とは全く別物に感じられていた。
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海が遠征で居ない間しか、華耶は新と二人きりで会話するタイミングがないこともあり、華耶はある晩、もともと晴留の部屋だった空間に新を呼び出した。
親として、そして――愛する夫を侮辱された者として、文句のひとつでも言わないと、気がすまなかった。
最愛の人物を、等しく最愛の存在であった自分の子供に否定され、けなされるということが、華耶にとってはやはり辛かったのだ。
新はまたその話か――と不満そうに髪をかきむしり、不満そうにため息をついた。
「母さんも母さんだよ。いつも父さんの味方じゃないか。父さんのすることは全肯定するくせに、俺がちょっと父さんに楯突いたらこうだ。そんなに父さんのことだけが好きなのかよ」
「違う。お母さんは――新も、晴留も――みんなの事が好き。お母さんがあからさまに新のことやみんなのことを雑に扱った瞬間があった?」
「あの時は、俺の言うことを否定しかしてこなかったじゃないか。父さんの言うことばっかり肯定して」
「だって、新がお父さんに失礼なこと言ってたのは事実でしょ?一人の人間として、あんな言い方は絶対よくない。別に新そのものを否定したんじゃないんだよ。新が言った言葉を否定したんだよ、お母さんは」
「俺の口から飛び出た言葉なんだから、言葉だって俺みたいなもんだろ。じゃあ何だ、人格否定って奴?」
新は壁によりかかって、腕なんか組みながら華耶の言葉を面倒くさそうに聞いていた。つい何年か前までは自分の言葉には素直に聞き入ってくれていたのに、こんな態度までとられるようになってしまったことに華耶はひどくショックを受けたが、なるべく平常心で居るように心がけた。変に刺激するのは新の思う壺だからだ。
「あのね、新。お母さんは――お父さんの味方気味になっちゃうのは……否定しないよ。お父さん、若い頃本当に苦労してきたし、それをお母さんは間近で見てきたから。新には新の事情があるように、お父さんにはお父さんなりの事情があるの。お父さんがすすんで移籍したがらない理由には家のことだってあるし――お父さんもね、なかなか家に帰れない分、なんとかしようっていろいろ頑張ってるの。それは、今までだってそうだったでしょ?だからそのぶん、お父さんはお土産とか、そういうのは一切手を抜かなかったじゃない」
「それが分かってたなら、どうして関東のチームに移籍しなかったんだよ。父さんくらいの立場なら、行こうと思えば行けただろ」
寄りかかったまま厳しい言葉を浴びせ続ける新に、華耶はなるべく険しい表情を見せないようにしたが――ひどく悲しげな表情を浮かべ、ため息をついた。
「……新。新が思ってるよりもね、プロってそんな簡単な世界でもなければね、新が思ってるほど、選手の意見だけが通る世界じゃないんだよ?そのくらいは、分かるでしょ?」
「分からないね。家の都合の後ろめたさがありながら移籍できない理由って結局、俺たちに転校させたくないこととかを理由にしてるけど、他にもいろいろ父さんの都合があるからだろ」
新の突っぱねるような言葉は、海が言うように、確かに部分的には合っているのだ。新がそれを理由につけあがってる理由が華耶には許せなかったし、海本人だって関東圏への移籍を早いうちにできたならしたかったという事情があって今ここまで生きているのだから、華耶からしてみたら新の都合でここまで海のことを否定されることが、腹立たしかった。
「新がそれを認めてあげられないなら、お母さんも新の全てを認めるわけにはいかないよ。新がお父さんのこと否定したり嫌ったりしてる理由って――新が勝手にお父さんに抱いてるイメージや、思い込みだとかを色々無理矢理こじつけてお父さんを否定する理由を押し付けてるだけじゃん。自分が言いたいだけのこと言いまくって、『でもそれは事実だろ』っていう言葉で押し切って、事実だけ突きつけてちょっと自分が論破したような気分でいるの――よくないよ」
「……別に、いいけどさ。母さんは結局、父さんに手篭めにされたもんだから、父さんのいいなりにしかならないんだ。どうりで、面倒だって見きれないのにうちには子供がこんなにいるわけだ」
「新」
失望したような表情で部屋から出て行こうとした新の手首をがっちりとつかみ、華耶は新を睨みつける。
『華耶。ちょっと早いかもしれないけどさ、二人目はやめようか』
『何言ってるの。あたし……大変だけどさ、嫌じゃないよ。大事な人との証だもん』
『……ごめん』
『あーもう、謝らないでってばー。そんな顔、もうすぐ出てくる子に見せたら海くんみたいに辛気臭い性格になっちゃうじゃない』
『……そうだね』
『なーに。自信ついてきたじゃん、海くん。そうだよ。そういう顔。きっと晴留も、これから生まれてくる子も……次の子も、その次の子だって海くんのそういう表情見て育つんだから。世界で一番かっこいいパパだってね』
「どこでそんな言葉覚えてきたか知らないけどさ――お母さん、お父さんに手篭めになんてされた覚えはひとつもないよ。お母さんは――いつも、抱かれたくて抱かれてたし、抱きたくて抱いてた。お母さんがたくさん子供欲しいって思ったから、お父さんだってたくさん頑張った。一人たりとも――お父さんだけの都合で産んだ子なんていない。お父さんのことばかり味方するから今度はお母さんのことまで否定しはじめるなんてね――最低だよ、新は。そんな今のままの新を"あたし"は――応援できない」
「……勝手にしたら。母さんまで俺のこと嫌いなら、どうしようもないね。俺は母さんのことは好きなつもりなのに」
新は華耶の腕を振り切って部屋へと戻った。
華耶はぼろぼろと大粒の涙を流しながら、腹のあたりをさすった。反抗期というものがいつか誰かしらにやってくることも分かってはいたが、こうして直面されるとこれほど辛いものか――という思いもあったし、自棄になった新が今度は自分と海との関係にまでずけずけと口を挟んでくるとは思っていなかったから、それがひたすら悲しかった。
新が自分を一人の女として見ているフシがあるのは、間に海という存在があるからだ。長男としての寂しさや、どれほど愛情を注いでくれていても、最終的には自分よりも距離感の近い父親――。
そうしたコンプレックスが新の嫉妬を生んでいたことも、少しでも男として扱ってもらえることで承認欲求を満たしたかったことも華耶には分かっていた。
だからこそ、時間の経過だとか、新が一人の人間として経験を積み重ねていくうちにこうしたものは瓦解していくものだと思っていたが――いざ自分にその牙を突き立ててくるとこれほど心が痛むものか――華耶は苦しくて苦しくて泣き続けた。
子供というものは作ろうと思えば作れるという認識できっと新はいるのだろう。確かに、海は仲間内から聞いた話や本やネットで見聞きした話なんかよりもはるかに衝撃的に自分の身体の奥底を撃ち抜いてきたし、その夜の姿は、普段の感情を代弁するかのように、激しく、獰猛で、言葉には決して出さない情熱があった。
とはいえ、乱暴をするわけでもなければ、常に自分の身体のことを労わってくれたし――時折海に押し切られる形で抱かれてやったことだってないわけではないが、その前提には常に自分の体調などを気にかけるところがちゃんとあった。手篭めにされた覚えなど一度もないし、むしろ、海が自分を求めにくるときには、それ以上に自分から海を求めていったつもりだ。
今でも海とのバランスは、自分だけがつんのめりになっているわけでもなければ、海だって自分にわがままを通しすぎているわけではない。自分では、よその夫婦とは比べ物にならないくらいにつりあっているつもりだ。
他の家庭よりも子供の数がとびきり多いものだから、新の中ではきっと、自分たちはただれた夜を過ごしているものだという認識があるのだろう。そしてその主導権は常に海が握っているとも思っている――。
そこまでして海を、あるいは、自分を含めて、誰かを悪者として思わなければ生きていけないものか――華耶にはそれがただただ辛かった。
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〈――ダブルデュオツヴァイセカンドシーズンツーとして生まれ変わった俺の一撃を受けてみろ!!〉
〈2がいっぱいだァー!!〉
「何だよ。泣くくらい面白いアニメなのか?これ」
試合を終え帰宅した海は、リモコンを握り締めたまま涙を浮かべていた華耶の表情を見て、軽口を叩いた。テレビの映像を一瞬見た海は、あまりに素っ頓狂なシーンが続いているので華耶を見返した。
「……」
「いやまあ、なんでもいいけどさ。皆もう部屋に戻ったの?」
「試合が終わってから皆戻ったよ。宿題だとかなんだとか色々あるみたいで」
「意外と皆、その辺しっかりしてるよな。宿題忘れた、とかそういうのあんまり聞かないし、通信簿だとか連絡帳にだってそんなこと書かれたことないもんな」
「海くんに似たんだよ」
「俺は……そんなにまじめに宿題やるタイプだったかな……どうだろう、あんまり覚えてないかな」
「ごめん、思い出したくない話だったかな」
海が口に手を当てて考え事をし始める。華耶はそれを慌ててぶんぶんと手を振るが、海は気にしてないような表情で華耶の隣に座った。
「いいや。別にいいよ。でも……どうだろうな、確かに、別に好きで勉強してたわけじゃあないけど、勉強したり調べものしてる間は、現実から逃げられるからね。俺の場合、家から早く出たかったってところもあるから、勉強がその手段の一つだったわけだし。だから別に宿題をまじめにやるっていうよりは……宿題はまあ、だるかったよ。点数取るための単なる作業だったし。これが面白い、って思ったような科目だとか、興味をそそるような科目なんかは、特になかったよ」
「そっか、そうだよね」
「でも、華耶だって勉強はちゃんとするほうだっただろ。俺が高校生だったときだって、大学の寮で研究がどうとか、課題がどうとか、よく言ってただろ。華耶にも似たんだよきっと」
「えへへ……そっかな……」
精一杯笑顔を作って見せた華耶だったが、瞳からは再びぼろぼろと涙がこぼれはじめる。
「え……何?そんなにこれ涙出てくるタイプのアニメなの?それとも何か直前に見たの?でも、今日そんな感じの映画なんかやってた?」
リモコンで番組表を確認するが、過去の番組は見られないものだから、新聞を広げてBS欄なんかを確認しはじめる海。
あまり映画をすすんで見るということもしなかったし、自分の背が高いものだからあまり映画館でのデートなんかもしてこなかった海はざっくりとタイトルで判断しようとするが、知らない映画ばかりが番組欄に立ち並ぶ。内容まである程度知っているのは、タクシーを暴走させるシリーズものの映画くらいだ。
「ううん。ほんとに……ほんとになんでもないの。ちょっと……そういう気分なときもあるってことだけ分かってくれれば、それでいいんだ……」
「……じゃあ、別にいいけどさ」
「ね。お風呂入ろっか。お風呂。こんな顔して子供たちが起きてきたら、気まずいからさ」
風呂場に押しやるようにして華耶が海を急かす。海も確かに試合後ということもあってゆっくり風呂には入りたい気分だったが、華耶が妙に風呂を気にするものだから、何か悪いことでもしたか、あるいは、最近ご無沙汰だったか……?とばかり気にして、華耶がこのとき一体何を考えていたかなど、海には想像できなかった。
「寝坊なんて」「珍しいこともあるの」
朝、真結と広乃がぱたぱたとテーブルいっぱいにおにぎりを作りながらその数を確認しあっていた。
「ごめんね。ちょっとタイマーで起きれなくて」
「たまにはそういうこともあるの」「気にしないでいいの」
華耶は真結と広乃が厨房を占拠して料理していることもあり、黙ってテーブルで二人の様子を眺めながら、申し訳なさいっぱいにその様子を見ていた。
「ごめん、俺のせいだ」
「……海くんのせいじゃないから」
隣でぼそっとささやいた海を華耶は見つめ、首を振った。
華耶と海が昼食べる分、そして柊理の弁当をそれぞれ弁当箱に詰め、残りをてきぱきと皿に盛り付ける真結と広乃。
目覚ましで降りてきた直人と琉美と諒斗がテレビの占いコーナーにぴたっと三人そろって確認してからテーブルにやってきて、おにぎりを食べ始める。占いにはさほど興味がなさそうな柊理が、昨日の残りのスープを食べながらニンジンをよけ始める。
「ニンジンさんもちゃんと食べるの」「ニンジンさん作った農家さんが悲しむの」
「……はーい」
柊理はしぶしぶスプーンでニンジンをすくって、あまり噛まずに飲み込んだ。
「おかーさん、虫さされ?」
少しでもニンジンのことから話題をそらしたかったのか、柊理は華耶の首の腫れを指差した。
「あ――えーとね、うん。なんか最近はこの時期から蚊も出るって聞くから、気をつけないとね」
華耶は気まずそうに首のうっすらとした腫れを手で覆い隠しながら、時計を確認した。
「あ、ほらほら。もうゆっくりしてる時間ないよ。支度ちゃんとできてる?」
柊理も直人も駆け足気味で準備に戻り、それぞれが慌しく学校へと向かい始め――しばらくテーブルには静寂が訪れた。
椅子で足を何度も調節しながら、座り心地を調整している華耶を眺めて海は気まずそうに言った。
「……ひょっとして、お尻痛いよね?」
「……ちょっとだけ」
「ごめん」
「あたしがやれって言ったことだから」
「……クッション持ってこようか」
「……余計変な目で見られるから気にしないで」
そう言って華耶は立ち上がると、ズボン越しに尻の右側と左側を交互にさすりながら洗濯機へと向かっていった。
その後姿を海は気まずそうに見つめながら頭をかき、見つめていた。