きっと、今年優勝してシリーズを制覇するようなら、海は今年で引退するだろう――華耶はそう思っていた。
自分が野球をできなかったからこそ、海には一秒でも長く野球を続けてほしいという気持ちと、何か野球を通じて海に野球を続けてきてよかったと思ってもらえればという気持ちとが常にせめぎ合っていた華耶。
自分から海を苦しめまいと海との約束を撤回こそしたものの、それでも心のどこかには、自分は野球をすることができなかった分、優勝旗や日本一になって帰ってきてほしい――という気持ちもどこか捨てきれずにいて、そうした自分のわがままさを華耶は恨み続けていた。
海が自分の約束を真に受け続けていることで気を病み、そして日に日に追い詰められていく姿を見ていると、実際に海に対して言葉に出したように、もう優勝だとかそういうのはいいから、自分だけのために野球をやっていてくれればそれでいい――という気持ちは間違いなく本心であって、海の野球への対し方の気持ちとしては一番最初に抱くものだ。
だからといって海がそんな言葉に素直に応じてくれるかと言われるとそんなわけがないし、何より、海をその気にさせてしまったのは自分だ。
これ以上苦しむ海を見たくないけれど、海が苦しまずに済むようになるためには、海が自分の力で栄光をつかまないといけない――もし『もう戦わなくていい』と自分の言葉で海の戦いに終止符を打つことができたとしても、竜匡がそうなったように、きっと海は勝てなかった自分を悔やみ続け、そして自分で今以上に自分を滅ぼすだろう――。
明日には大阪を発ち、広島戦への合流のため調整をするという海。
引き止められるならば、引き止めてしまいたかった。優勝する、しないにかかわらず、40歳というキリのいい年齢で引退してはどうか、と言い出せるなら、言ってしまいたかった。
海がもし竜匡のように、自分の情けなさに夜な夜な打ちひしがれて、過去の自分の綺麗な部分だけを切り取って感傷に浸り続けるようになったときには、三葉がそうしたように自分が一生かけてその傷を縫ってやる――そういう強い気持ちで華耶はいたが、それは実のところ、自分が海を私物化したいだけであったり、そうして海を慰めることに自分が浸っているだけなのではないか――?
自分の過去や佳井家の抱えている事情だとか、自分が海に対して望んだりしていること、言ってきたこと、それらの歯車がギシギシと噛み合わなくなってきている気がして、華耶は思い悩んだ。
『できない約束はしない』と何度も言っていた海。
軽率な言葉が自分を苦しめるということを分かっていたから、海はメディアの前でも軽はずみな約束だとか、メディアが望んでいるようなハッタリだとか出任せだとかもあまり好き好んで言おうとはしなかった。
華耶は、海に対して自分にできることが若い頃と違ってあまり選択肢がないことを考え――軽はずみな言葉で海をこれ以上苦しめてはいけないと思っていたし、それが後々自分を苦しめることにつながる以上、今まで以上に海のことを考えて言動をしなければ――とも思った。
チーターズが優勝争いからずっと離れずに居て、シーズン終盤に差し掛かった今もなおそこから脱落することなく『今年こそは本当にいける』という空気があることを、海も分かっているはずだ。
海が今年残りの試合、一体どんな気持ちで挑もうとしているかを考えると、華耶は海にかけるべき言葉が浮かばなかったから、海が休養を取っていたかれこれ2週間あまり、なるべく当たり障りのないことばかり話すようにし、スポーツだとか、新の事情だとかは全く話さないようにしていた。
そして、いざ、明日からまた海は命を削って戦わなければならない――そう考えたとき、送り出すための言葉が今の華耶にはなかなか浮かばなかった。
迂闊な言葉が海を苦しませかねない――海をここまで追い詰めたのが自分のせいでもあるという自覚があるからこそ、華耶は若い頃のように、単純な言葉で海を励ますということなど、できなかった。
頑張ってね、なんて気安い言葉すらも、これまで頑張って、頑張り続けて――頑張り抜いた末に倒れ、心が壊れてしまった人間に対してかけるには、頑張ってねなんて言葉はあまりに無責任で無神経な言葉のような気が華耶にはしてならなかった。
家からはすぐ近くだが、地理的には市をまたぐことになる大型の緑地公園で華耶と海は、腕を組みながらしばらく無言で歩いていた。海の体温は、相変わらず低めだった。体温が低いのに汗が時折にじんでいて、海の身体の中のバランスが相変わらず崩れたままだということが華耶にはよく分かった。それでも、きっと海はそんなことを誰にも言わないだろうし、本調子でないことを隠し続けるだろう――。
華耶はよく、海のことを『大きな子供』と揶揄していた。それは、海が自分に単なる彼女としてだけでなく、母親としての一面を求めたこともそうだったし、時折、まだ子供っぽさを捨て切れていない一面を自分の目の前で見せるからだった。
今の海は、カメラの前だとか、あるいは、チームメイトの――それこそ、清兵衛やジェネルといった、ごくごく一部にはたまに見せたりはしているのかもしれないが、普段見せる大きな背中なんてものからは想像もつかない頼りなさというか、弱弱しさがそこにあった。
今まで、自分の子供たちは幼稚園や小学校に行きたくない、と大声でわめきだす者は居なかったが、時折、まだ幼かった頃の晴留や、真結らが、特段、重大な理由があったわけではなかったけれど、どうしても気が向かずに登園、登校を少しだけ嫌がり、静かにぐずりだすことがあった。そうした時のような、言葉には決して出ることのない『出来るものなら休み続けたい』という雰囲気が今の海にはあった。
もちろん、海の場合は自分が日本を代表する超一流の野球選手だという自覚も隣り合わせて強く存在しているし、一秒でも早く合流しなければ、という使命感だとか悲壮感だとかもある。子供たちが単純に行きたくない、というものとはまた感情の深さや理由が全然違うのだが――かつて子供たちがごくまれに自分の前で発したことのある空気が、組んだ腕を通して、冷たい体温を通して、華耶に伝わってきた。
「……ごめん。ちょっと、ベンチで休みたい」
「うん、わかった」
明かりに照らされたベンチへと向かい、海は華耶に肩を撫でられながらゆっくりと腰を下ろす。打席に立っているときとは違い、ぴんと張られてなく、うなだれるようにした背中が、とても頼りなく、身長をぐっと小さく見せた。
かつて蒲田の公園で一人雨に打たれながら逃避行をし――そして自分を初めて強く求めてきた日だってそうだった。周りが海という人物を必要以上に強いものに仕立て上げただけで、海という人間はそもそも、そんなに強くはないのだ――。
「ヘビーガンの短期留学、いつだったっけ」
「今週の土曜」
「土曜ってことは、甲子園でバトシ戦やる日か。……嫌になるね。他人のスケジュールを全部野球の試合で覚えちゃってる。一週間の曜日感覚が全部、試合ありきだ」
「野球選手だから、仕方ないよ」
ヘビーガンFC。イングランド1部で昔から強豪とされているチーム――そこの下部組織での合同練習に新は2週間、正式に参加することになっていた。
ベンチに座ってその第一声が新のことだったから、華耶は少しだけ呆気にとられた。
「凄いよな。今の日本代表が世界を相手に出来るようになった時代になったとはいえ、あんな歳でゲームの中くらいでしか見たことないようなチームのユニフォーム着てさ、それで、かつて所属してたOBがコーチとして来てくれるんだろ。夢のある話だよ」
海の口から『夢のある話』という言葉が出てきたことに華耶は胸が苦しくなった。海だって夢のある世界で、多くの人間に夢を与えている。幾度となくタイトルを獲得し、年間MVPにも二度選ばれただけでなく、シーズン二塁打記録とシーズン得点圏記録を更新し――そしてWBCSという大舞台で日本を優勝に導く一打を放った、世界にその名を刻んだ一人だ。
新は確かに世界トップクラスの強豪のユニフォームに袖を通すが、それでも、下部組織の練習に参加するだけだ。あくまでも今はまだ、その夢の階段を昇る権利を海からもらったに過ぎない。海ほど何か重大な苦労や挫折をしてきた人間でもない。
「U-15の代表でもハットトリック。順当に行けば、U-18だって夢じゃないし、もうどこもかしこもプロが目をつけてて、次の日本代表を担うかもしれないって話にもなってるんだろ。凄いな、アイツは。日本代表が海外1部リーグのメンバー中心になることだって最近じゃ珍しくないけどさ、アイツもそうして海外に出て行ってフォワードのまま活躍できたら、凄いことだ。日本から移籍して得点王になった選手なんかもいたけど、アイツもそうして歴史に名を残したら……凄いなんてもんじゃない」
「でも、海くんだって歴史に名前を残したじゃん。海くんの一打で世界一になっただけじゃないよ。シーズン記録、二つも持ってるじゃん。歴史三つ変えてるんだよ?海くんは」
よくないことだと思いつつも、華耶は口を挟まずには居られなかった。
新のことになるとどうしても口が出てしまう自分を華耶は恥じた。明日にはチームに合流してまた戦士に帰らないといけない人間に浴びせる言葉ではない――華耶は続けざまに言いかけていた口をぴたりと止め、うつむいた。
「ありがとう。……時々さ、思うよ。アイツが言うようにさ、勝てるチームで打っていたなら、俺はもっとちやほやしてもらえたんじゃないかな、みたいなこと」
「どういうこと?」
「スカイクロウズのあの中軸の連中に俺が混じっていたなら、俺だって『4割40本打つけどチームを勝たせられない打者』だとか言われずに済んだのかな、とかさ。Cリーグは……今はどこが強かったんだっけ。コンドルスか?ワイルド……?ワイバーン……?」
「ワイルドベアーズ」
「そう、ワイルドベアーズだとか、そのあたりの、しばらく強いのが続いてるチームなんかで打ってたら、きっと俺、ここまでボロクソ言われてないんだよな、って思うよ。……何が悲しくてさ、芸能界の大御所にずっと付き従ってるだけで、別にお笑い芸人っぽいこともしてないくせに偉そうにしてるだけの熱狂的なファンのおっさんと同じ程度のことしかコメントできない芸能人かぶれに『佳井をずっと追いかけてきたがとうとうトリプルスリーもホームラン王どころか優勝旗すら何一つ獲ってはくれなかった』とか偉そうなコラム書かれなきゃいけないんだよ。梅田の劇場のコントとか、流行の漫才とかでもさ……『肝心な時に役に立たへん。佳井か!』なんてくだりがあるってのも聞いたことあるよ」
お笑いの街、ということが仇するのだろうか――確かに一部の野球ファンを自称する芸人なんかは『成績は優秀だが肝心な時にミスをする』というネタとして海は揶揄されがちだった。
これだけ活躍してなお、芸人らによる海を脚色したモノマネというと、大体はヒットを打ったときなんかよりも、ベンチで考え事をしているときの海だとか、凡退したときの表情といった、海の影の部分のほうが悪意に近いような形でピックアップされがちだった。
海はすすんでそうした情報を目耳に入れようとしたわけではないが、周囲が勝手に教えてきたり、嫌でもネット記事なんかに紛れ込んできてしまっていた。
それでモノマネなんかも少しでも似ていればいいものの、そもそも人種だって違うのだから、目鼻の顔立ちが違うし、海ほどの高身長だって滅多にいないから、海のモノマネというと『見た目がまったく異なる』ほうがかえって面白くなってしまっていた。
最近ではだらしない身体をしている芸人らが面白おかしく海の打席の様子をネタとして配信し、あえて1ミリも似ていない身体の芸人に1ミリも似せない動きばかりやらせる、ということが均整のとれた海の外見とのギャップを生み、人気になっていた。
バカにされるために野球をやっているわけではないし、これほどヒットを打ち続けてなお、こうして世間によって植え続けられているイメージというものは普段から凡退したり、ものすごく得点圏に弱いというものばかりであることに、海は虚しさを覚えていたし、そんな海を見ていた華耶もまた、胸を痛めていた。
木村が言っていたように、海のイメージはデータなんかよりも大して詳しくない人々によって勝手に作られているものだ。それでも、そうした海のことを"イジり"を海本人がやめてほしいとコメントするのは、この世界では『大人気ない』だとか、『イジられているうちが華』だとか言うらしいから、海は放っておいていた。
面識も全くない人間に越えていいラインを越えてしまったネタばかりやられていることが続くようでは、球場やSNSでの誹謗中傷だって止まるわけがない――海は球団から観戦マナーの訴えをやらされ続けていることも、世間からは馬鹿にされているのではないかという気持ちにすらなった。
敗因のすべてを自分ひとりに集中しているような時代が続いているからこうなってしまったのだと思えば思うほど、だったらこんなチームで意地はって野球なんかしなければよかった――そうした気持ちが海の中では強くなってしまい、やるせなくなった。かといって、今更退けるような立場でもない。
新には、仮にこのままサッカーをするとしても、自分と同じような立場にはなって欲しくない――と海は願っていた。
「サッカーだってきっと、好き勝手言ってくる連中なんかはいるよ。でも、ヘビーガンFCは歴史が全然違う強豪中の強豪だ。サッカーってのは20チームくらいで争うし、上位にさえ食い込んでいれば、レギュラー戦で優勝こそできなくでも、カップ戦だとか、そこで成績がよければヨーロッパチャンピオンシリーズだとか――リーグ戦以外にもそれなりに機会がある。野球なんてのは部の入れ替えもなければ、せいぜい1リーグを6チームで戦うものだから、それがほとんどないじゃないか。リーグ戦やって、上位でプレーオフを何試合かだけやって、それで勝ち抜いたやつらでリーグ日本一決めて……」
はぁ、と息を吐いて、海は夜空を見上げた。
都会の割には、まあまあ綺麗な夜空がそこには広がっていた。それなりに星は瞬いていて、腹立たしささえ覚えるほどに月もよく輝いている。
「欧州サッカーなんてね、夢がある世界だよ、ほんとに。2部以下なんかは地獄だ、って聞くけどさ。それでも、1部で戦える力さえあれば、いくらでもチャンスがある。強豪だ強豪だと言われてたチームが突然中堅に落ちたかと思ったら、毎年のように入れ替え戦クラスにいてたチームが突然優勝候補になったり、新しい強豪になったりする。なんたって、人の流れが流動的だし、トップクラスのリーグだってたくさんあるから、その気になればいくらでも売り込んで行ったりして、チャンスを自分から作れる。そのチャンスを一歩ずつつかみかけているアイツが――正直言って俺は、羨ましい」
「でも、それは――」
「分かってるよ。新と張り合って生きているつもりもないし、アイツがつかんだチャンスだから、アイツには自分の力で、どこまでも突き進んでいってほしい。それでアイツが成功を――アイツなりの成功や栄光をつかめるなら、それに越したことはない」
海は華耶の反論を遮って力なく笑った。自虐的な、弱弱しい笑みがそこにはあった。
「俺は、俺自身がなんのチャンスもつかめなかっただけで――アイツが言うように、ムキになってチーターズにこだわって、それで勝てないから、自分のせいだって自爆してるだけだ。アイツが思っているほど、ここから出て行けないのは単純な理由じゃない。でもきっと、アイツにしてみたら、そんな俺の抱えてるしがらみなんてのは下らないんだろう。実際、俺だって下らないと思ってるよ、正直言って。だから、勝利と自分のことだけ考えるなら、確かに、俺はとっとと移籍しておくべきだったと思う。アイツはそれが分かってたんだよ。自分の父親がテレビでネタにされてるのだって、アイツからしてみても、きっと自分のキャリア形成にも関わってくるし、純粋に面白くないだろうしね」
足を組み、相変わらず自虐的な笑みを浮かべたまま、ぼうっと再び夜空を見上げる海。
ひときわ大きく輝いている星がそれぞれどんな星だったか、ということを幼少期に母親から教えられた気がするし、受験勉強などでも星座なんかはよく勉強した気でいたけれど、『家から出るための学力』なんてものは、そのうち使わなくなるせいか急激に風化しやすいようで、それが何の星だったかは思い出せなくなっていた。
考えてみたら、それを教えてくれた若い頃の母親の顔だってもう記憶の彼方で、徐々にぼやけ始めている。
うっすらと、そういえばあれは『ベガ』という星だったな――ということだけは思い出したが、やはり自分が幼かった頃の母親の顔までは思い出せなかった。そうした記憶の中のほとんどに隣に父親がいなかったということはきっと、その頃から父親は夜遊びをしていたのだろう。
夏のフィンランドは太陽が沈まないから、本を見て教えてくれたのか――それとも、パソコンを見ながら教えてくれたのか――それすらも今となっては、ぼんやりしている。そもそも、本当に教えてくれたのは夏だったかどうかすらも――。
「……歳をとったな、と思うよ。歳をとらないのは俺も、お前も、見かけだけでさ――。最近、一塁が遠くなってきた。別に、極端に一塁到達速度が遅くなったわけでもないし、なんならタイムだってそんなに変わってない。にもかかわらず、一塁までの距離が長く感じるようになったんだよ。あと何打席、何百打席、一塁に向かって全力疾走して、二塁を目指せるほどのヒットを打てるんだろうかとか、逆に、同じ数だけ、あとどれほど、せめてゲッツーにはさせないと、一塁まで全力で駆け抜けなければならないんだろう、とかね。……気持ちが、俺の足首に絡みつくんだ。思いだとか、願いだとか、思い出だとかが、いちいち身体に足かせになってしがみついてくる。……スポーツやってる人間なんてのはね、思い出なんてのは、軽いほうがいいんだ」
「……」
「自分のことだけ考えてればいいものを、他人のことまで考えて生きてるから、いつか自分が自分でなくなってしまう。清兵衛もきっと、脇腹が痛いだとか、足を悪くしただとかなんだとか――本当は、こういう、アイツなりに何かが身体にまとわりついていたから、自分のプレーができなくなって、それをかばうようなプレーなんかをして、身体を壊したんじゃないかな、って最近思うよ。本人が直接そう言ったわけじゃないから、俺が、アイツもきっと同じだったんだろう、って思いたいだけなのかもしれないけど」
淡々と話し続ける海の手を握りながら、華耶は黙って言葉を聞いていた。
何か言うよりも、この2週間、必要以上の言葉を発しようとしなかった海の言葉をずっと聞いてやったほうが、海の気が晴れるだろうと思い――華耶はただただ、海に言いたいように言わせ続けていた。
「太陽が沈まない国で過ごしてきたからこそ、思うんだよ。ずっと太陽が沈んだままの日くらいあっていいだろ、って。……俺は、明日の太陽が昇るのが怖い。一軍に戻ってすぐ、俺はまた"世間の求める佳井海"に戻らないといけない。優勝争いしてる大事な時期に穴を開けてしまった分を取り戻さないといけない。その復帰最初の試合をコケるようなら、いよいよ俺は終わりかもしれないって、世間に――世間だけじゃない、監督にも烙印を押されるかもしれない。俺だって、終われるならとっととこんな生活、終わりにしたいけど――それでも、俺は球界を去るときは、俺の意思で去りたい。……ダメだね。歳をとると、わがままになっていけないね」
海はいつしか癖になってしまった、ヘッと鼻で嫌な感じの笑い声を挙げながら、華耶の肩に手を伸ばした。きっと、癖になってしまった以上、治らないだろう。
それからしばらく、黙ってしまい、次の言葉は互いに浮かばないまま――互いに気が済むまで、そのままじっとしていた。