「ほんと、投げるこっちの身にもなってくださいよ!」
「その要求に答えるのがお前の仕事じゃないか」
「それはそうなんですけど、集中力保ち続けるの大変なんですからね!?」
「厳しいコースが打てないと分かったら、投手はもうそこには投げてこなくなるんだ。お前のコントロールを買ってるから俺はお前に頼んでるんだよ。俺も歳には永遠には逆らえない。明日もこの調子で頼むよ」
「もう……ジェネルさんからも一言言ってくださいよ、これじゃ心臓がいくつあっても足りません」
「海さんが捌けるボールを私も打てるようにならないと永遠に私は海さんから超一人前のバッターだと認めてもらえないですからねー。明日もこの調子でお願いね、薫ちゃん」
「ひっどいなあ、二人とも……」
秋季キャンプが始まり、海は相変わらず薫に内角いっぱいのコースを中心に、ストライクゾーン四隅ギリギリを突かれたときの打球の対策を徹底的に練習していた。
その中でも特に内角を重視していたのは、未だに相手投手からの内角攻めが終わらないこともそうだが、そんな度を越した内角攻めに冷静に対応し、頭部を狙ったような球だとかを試合中に投げられても、こうした内角攻めを常習化させておいて試合中にカッカするようなことを抑えるというためでもあった。
海につられるようにしてジェネルも同じような配球を頼むものだから、薫は相変わらず、手が滑ってコーナーから外れて海やジェネルにぶつけやしないかと冷や冷やしながらの投球を続けていた。
もちろん、仮にコーナーから大きく外れた場合にはとっさの判断でボールを避けないといけない、という練習も込みでこの練習は行われている。単に薫の制球力を買っているだけではなく、そんな薫だって時にはボールを滑らせてしまうことだってまれにあるのだから、どんな投手でも突然危険な球が来ることもあるという心構えのためにやっていることでもあった。
海も徹底的な内角攻めで何度も危ない目にあったことはあるし、世の中には『自分はぶつけてもかまわないくらいの気で投げているが、危ないと思ったなら打者はそれをよければいいだけの話。わざとぶつけることだってあるがそれは避けない打者の責任』なんてことをカメラの前で語る投手すらいるくらいだ。だからこそ、海は咄嗟の判断でボールを避ける判断力や危険察知力を高めるためにも、薫にはとにかく強気に内角を投げるようこの何年も強く言い続けてきた。
自分でも危ない球に対しては冷静になっているつもりだが、試合中に意図的に頭や膝なんかを狙って投げられてふてぶてしい態度をされると少しは苛立つことだってある。そんな手を使わないと自分をろくに抑えられない投手だっていないわけではないから、海はこうした練習を続けていた。
ジェネルも最近は打率が高いところで安定するようになったものだから、以前よりも投手からのマークはきつくなった。ジェネルだっていつ、意図的にぶつけてくるような投手の標的になってもおかしくないのだ。
海はジェネルに普段からも『それでバッターボックスの外に立つようになったら投手の思う壺だ』と言い聞かせ、そうした投手に屈しない態度を養おうとしていた。
もっとも、そんな球界にごく一握り居るかどうかの悪質な投手の対策というだけでなく、容赦なく内角ぎりぎりいっぱいを突いてくる変化球なんかを投げられても強い打球で弾き返すという姿勢を普段から整えておくのが狙いだし、内角のストライクゾーン外――自分の身体のほうからストライクゾーンに食い込んでくるような変化球を海はひたすら打ち続け、対左投手のイメージを強めていた。
最近は流したライナーやフライを打ったときに打球の勢いが押されることも少なくないから、外いっぱいを突くようなボールを強打する練習だってしなければならないのだが、そこで外ばかりに意識が向くと内角を突然攻められたときに思わぬ怪我をしたり、今まで打てた球がかえって打てなくなる気がしたから、海は内角を捌く練習を重視し続けていた。
外のボールの飛距離は相変わらず数年前ほどのキレはなかったが、それでもキャンプの間は柵を越え続けていた。
相変わらず薫以外の打撃投手はこの練習を嫌がり、今や薫はほとんど海とジェネル以外には投げていないほど、この二人に練習をつき合わされていた。秋季キャンプという、春季キャンプ以上にみっちりとした、身体を鍛えなおすようなスケジュールで動く日々なのだからなおさらだ。
「田中さん、どうしてるんでしょうね」
「春季キャンプまではリハビリらしいからね。そもそも春季キャンプに間に合うかどうかとか言われてるらしいけど。アイツのことだから、間に合わなくても間に合ってるような態度で来ると思うよ」
「気になります?田中さんのこと」
「今そこに居ないやつなんて気にしても、俺たちはどうにもできないだろ」
ジェネルの問いに海は知らん顔をしながら、名物のカツオのたたきを頬張って――その替えを皿に盛るために席を立った。
「ああ見えて、心配してるんだよ」
「見たら分かりますよ。佳井さん、どちらかと言うとそういうところって背中で語るタイプじゃないですか」
ジェネルが薫に耳打ちするが、薫もニコッと笑いながらバイキングの列に並ぶ海を見つめた。
「どちらかと言うとどころか、モロに背中で語るタイプだと思うけど」
「そう言っちゃ悪いですよ。私、だいぶ年下ですし、選手っていう身分でもありませんから」
「普段コキ使われてるんだから、少しくらい言っちゃっていいんだよ」
薫の苦笑いに、ジェネルは強気な笑みを浮かべて肩をぽんぽんと叩いた。
「……でも、私が今もこうして野球やってるのは、佳井さんのおかげでもありますし」
「ああ……中学校の講演会に来たんだっけ?」
「そうです。プロをぜひ目指してほしい、って、佳井さんが。私、確かに頑張っていればいつかプロの道に行けるとは一応思ってたんですけど……頑張ってるだけでプロになれるなら、誰だってなれるじゃないですか。そこまで甘い世界じゃないことくらい、自分でも分かってるつもりだったので。ちょっとしんどいときなんかは常に佳井さんの言葉を胸にしてました。足を怪我して高校最後の夏を棒に振るったときなんかも」
「尾美森三本柱だったっけ?今、あの二人はどうしてるの?」
ジェネルはふと、高校時代の薫の異名を思い出し――話題を生んでいたメンバーのあまり聞こえてこない近況を知りたがった。
「風師さんは地元の大学に進学して、そのまま地元で野球教室しながらインディーズでバンドやってて、小宮さんは仙台で保険の営業やりながら、土日だけ開く喫茶店をやってます。お互い忙しくてなかなか連絡取れないけど……時々皆で通話とかしたりしてるんですよ」
「そっか……動画で見たことあるけど、皆すごかったもんね。あの三人がそろってプロに行く世界も見てみたかったな」
「三人でひとつ、みたいなところありましたからね、私たち。スカウトからしてみれば、私たち一人ひとりにはあまり興味なんかなかったみたいで」
「そうかなあ」
「そんなもんですよ。結構、誇張されて表現されてたところもあるっちゃ、あるので。これでも結構頑張ってたつもりなんですけどね。メディアからは私、イロモノ扱いされちゃってて」
薫は寂しそうな笑みを浮かべながら、フレーバーつきの炭酸水を飲み干した。
「楽しそうだな、お前たち。席、移ったほうがいい?」
「合法に女の子二人に挟まれることなんてあまりないんですから、そんなこと言わずに」
とジェネルはわざとらしく薫に身体を密着させ、二人の胸を同時にゆさぶった。
「……」
海は歩道に撒き散らかされた朝方の汚物でも見るかのような表情でジェネルを睨み、そのままトレーをもって背中を反転させた。
「まぁまぁまぁまぁ、そんな顔しないで隣座ってくださいよー。どうせ他に会話弾むような人なんていないんでしょー?海さーんってばー」
ジェネルがなんとか海を引きとめようとくるっと先回りをするが、海は冷めた表情でジェネルを見下ろしていた。
「食事は一人でもできるからね」
「そんなこと言わないでくださいよー。ねえ?薫ちゃん」
「ええ、まあ……」
薫もそのプロポーションは決してジェネルに引けを取らないのだが、薫はジェネルほど前のめりにはならず、一歩引いた感じでなんとか席に戻そうとする海とジェネルの様子を見ていた。
どうしたらあれほど自分に自信を持ってぐいぐいと前に出られるのだろう――純粋にジェネルの行動力や自信にある種の劣等感と興味関心を抱きながら薫は一度炭酸水の替えを取るために席を立った。
「ところで、こないだシエルちゃんの動画見てたんですけど」
「誰だよシエルって」
「あー。こないだの私の話覚えてなかったんですね」
「お前の話は大体くだらないからね」
「すぐそういうこと言うー。嫌われますよ、そういうの。前に話したじゃないですかー、バイリンガル系Vtunerの子ですよ。Vtuner。英語で歌ってみたシリーズの子」
「ああ……いたね、なんかそんなのも」
海は前にもどこかで聞いたことのあるような名前の響きを――あまり興味なさそうな態度でテーブルに肘をつきながらジェネルの話を聞いていた。黙って聞いているのもけだるく、皿にまだ残っていた料理を再びつまみはじめた。
「ほんと流暢ですよね、シエルちゃん。そう言えばなんかこないだ、うっすら関西弁なんかも言ってましたよね。そんなに頻繁に使うことはなかったからあまり自信はないけど関西弁も話せます、って」
薫もその話に乗った。どうやら、薫もジェネルも知ってるくらいだから、まあまあ有名どころの配信者……らしい。
「で!ですよ。なんか最近エレキギターもちょっと触ってみたくなったー、って言って、よりによって海さんのバンドの曲を課題曲にしようとしてたんですよ」
「へえ」
海は自分のバンドの曲を弾こうとしていると聞くと、腕を組んで姿勢を正した。決して初心者でも弾きやすい生易しいフレーズを弾いているわけではないから、仮に視聴数稼ぎのために自分の楽曲を使っているのだとしたら、ずいぶんナメたことをしてくれる――と海は指をぱきぱきと動かし始めた。
「関西にいる間はやっぱりこの曲を耳にすることが多かったからー、って。海さんがほら、うちらの試合を放送してるローカル局に提供した曲。えーと、何でしたっけ……」
「球場じゃなくてテレビ局に提供したほうか……たぶん、Born to Fightかな」
「たぶんそれです」
「たぶんって。お前、俺の曲にはそんなに興味がないのかよ」
「だって海さん、全編英語で歌うじゃないですかー。いちいち曲名だのなんだの覚えてられませんよー」
「……」
まあ、そんなものだろう――と海はジェネルから言われた思わぬ一撃に寂しげな表情を浮かべながら、ふと自分の曲を思い返した。
「……まあ、あの曲だったら、テレビに流れるぶん聴きやすさを重視したし……別に極端に難しいことしてるような曲でもないし、いいんじゃないの」
海は天井を見上げながら、イントロを思い出すようにして左手をぐにゃぐにゃと動かし――ふっ、とすかしたような笑みを浮かべて鼻で笑った。
「気にならないんですか?」
ジェネルはその手つきを見ながら携帯をいじりだす。
「別に、好きにしたらいいよ。どの配信者が俺のバンドの何を演奏してようが、どうだっていい。別に、俺がその動画を見に行くわけでもなければ、直接コメントを打つなんてことだってしないし。わざわざ言及だってしない。Vtunerってアレだろ?ガワの中に人がいるわけだけど、早い話、中身が見えてないってことは、そのギターを始めたってこととかだって、別に本当に弾いてるかどうかだって分からないんだろ?」
「いやそんな言い方しなくても……」
「要は関西の育ちだからって、俺の曲をダシに、視聴数稼ごうっていうんだろ?だったら、弾けるものなら弾いてみたらいいと思うよ。出来るものならね。それがそいつらの金になるっていうなら、すればいい。人の曲使ってさ」
「うーわ。視聴数稼ぎなんて!ひっどいなあ」
「佳井さん、そういう言い方はちょっと……」
「夢がないですねー、海さんは。あーあー、ほんっと、つまらない人ですねー。Vtunerもカバーもどっちも悪!みたいな」
「そこまでの言い方はしてないだろ」
「しーてーまーすー」「割としてます」
海の冷めた言葉に不機嫌になるジェネルと、さすがに苦言を呈する薫。海としてはそこまでの言い方をしたつもりはないので、ジェネルはともかく薫からも一言言われるとは思ってなく、少しばかりたじろいだ。
「ほら!これ」
ジェネルは携帯でSNSサイトの画面を開き――
『せっかく楽器やるなら、後に退けないようにと高いギターを買いました!昔お父さんもギターをやってたので、お父さんが使ってたやつと同じような形のやつを買いました!めっちゃ高かったけど頑張って弾けるようになるから!』
と、ギターケースに入ったままの、光沢のあるピアノブラックのモッキンバードの写真を見せびらかした。
「これ、高いんですか?」
薫が海と携帯とを交互に見ながら話しかける。
「そいつの価値観にもよるし、ギターなんて上を見たらキリがないから、どうとでも」
「そういう海さんの視点はどうでもいいんですよ。いっぱしの女の子がギターはじめるよーって言って簡単に出せるような金額なんですか、これ?」
海の返事を興味なさそうに一蹴したジェネルは直接海を見つめてやや前のめり気味に詰め寄ってきたので、海はそんなジェネルを押しのけてふと記憶をたどった。
「俺が新品で買ったときは20万くらいはしたかな……中古なら、安いのだと……それでも5万くらいはするんじゃないかな。中古でも最初に買うにしてはまあまあ高いモデルなんだよ、これ。安いブランドが似た形のやつをあまり作ってないから」
「そうなんですか」
「安い入門向けのギターなんて、世の中たくさんあるからね。だからいきなりモッキンバードっていうのは……そいつの父親が一体モッキンバードのどんなもんを持ってたかは知らないけどさ、よっぽど父親がギター弾いてる写真とかなんかに影響されるとか、よっぽど父親に何か思うところがあるとかじゃないと、手が出るもんじゃないと思うよ。だいたいこいつ、もともとギター弾けるわけじゃないんだろ?」
「ええ」「そうですね」
ジェネルも薫も頷いたのを見て、海はジェネルの携帯を見つめ、腕を組んだ。
「だったらなおさら、よほどこのギターに何か思い入れがあるか、形がなんとなく気に入ったからじゃないと、いきなり買おうとは思わないよ。こいつの中身が一体何歳くらいかも、どんな環境で生きてるかも知らないけど、仮に社会人だったとしても……ボディが仮に5万くらいで手に入ったとして、ここにエフェクターだとかなんだとか、色々買ってたら……こいつがどれほど配信で儲けてるかは知らないけど、いくらなんでも、企画でやるにしては赤字だと思うよ」
「それくらいシエルたんが本気でギター弾きたいー!ってなってる、ってことですよ!どうですか!胸打たれませんか!はうっ!ってなりませんか!」
「別に」
ビシッと指を立てて海に向かって突きつけてきたジェネルの熱弁を海は一言でスルーし、茶を飲んで喉を潤した。
「配信で儲けた金でやってるなら、金の使い道が危ないやつだなって思うし、配信で儲かる儲からないにかかわらず買ったんだったら……それで本当にギター弾けるようになるっていうなら、たいしたもんだって思うし、金持ちの道楽でやってるなら、ろくな死に方しなけりゃいいなと思うし」
「死に方て」
「そこまでしてギターを弾けるようになりたい理由があるならいいけど、そんなにギターやりたいならVtunerなんてやってないでバンドでもしたらいいのにとは思うけどね。結局、モッキンバード自体は配信のときは映像に出てこないわけだろ。演奏してる姿は手元くらいしか配信できないだろうし、きっとこいつもそういうつもりでいるだろうし。大体皆、こいつの中身や内面なんかより、金払って作ってもらったガワのほうが大事だから、中身が必死で弾いてることなんかより、ガワが何かしてるほうが気になるんだろ、所詮」
「あー!そういう言い方、ひどいんだ!シエルたん悲しんじゃいますよ!信者ファンネル来ますよ!今に!あーあ!海さん明日は大炎上だ!海が燃える!海が燃えて最後には塩しか残らない!塩は大地を侵食していつしか大地を枯らす!あーあ!海さんのせいで世界が終わっちゃいますよ!」
「ファンネルだかフェンネルだか知らないし、たとえが大げさすぎるんだよお前は」
思わず口を挟んだジェネルに海はさらに割り込んで言葉を重ねる。
「大体、顔を出せない事情があるからこいつらはガワをかぶってるんだろ。俺はそういう配信の世界を深くは知らないから、あまり偉そうなことも、知ったような口もきけないけど。でも、ガワをかぶってたほうが何か配信者にとってメリットがあるから顔を出さないんだろ。で、ガワがかわいいもんだから、中身が何かしてることよりもガワが何かしてることにしか本当は興味がなかったり、ガワのイメージで中身を見すぎて、変なこと考えるやつだって居ると思う。中に人が入ってることだって忘れて、どうせこいつは実在しないバーチャルの中だけの存在なんだからって、好き勝手言うやつだって出てくる。俺みたいなこういう偏見を、自分の胸の中にとどめておけばいいものを、直接本人にぶつけにいくどうしようもない奴だっていると思う。きっとそういう点では、あいつらは俺たちと似通ったところに居るんだと思う」
海はジェネルの携帯の向こうでポーズをとっているその『シエルナントカ』と、そこに寄せられている応援コメントをスクロールしていく。自分たちにもその2割ほどだけでも応援がもらえたらな――とも海は思った。
「大変な世界に生きてるなとは思うよ。常に演じていなけりゃいけないし。でもさ、俺たちは生身で戦って、直接生身にもファンから罵声を浴びせられて、時に直接モノを投げられてみたりして……家に帰ればネットニュースだとかなんだとかでもそれ以上の罵声を浴びせられる側としてみたら、こいつらに対しての罵詈雑言やセクハラの対象っていうのは、こいつらのガワだけだろ。大変な世界に生きてるよなという理解はするけど、生身を晒して戦って、目に見える日常で街を歩かないといけない人間からしてみたら、まだ楽なもんだよな、って思うよ。もちろん、頑張ってるとは思うし、俺の想像に及ばない苦労だってしてると思うけど」
「海さん、夢がない!なさすぎます!いいじゃないですかー。踊らされてやったらいいじゃないですか。皆、分かってて愛してるんですよ。ガワだけじゃなくて、中身ごと。海さんが思ってるより怖い世界なんですよー、こういう世界も。ガワがあるからこそ中身をどうにかして明かしてやろうとか思ってるやつだって居ますし、それはそれは闇深な世界なんですよ。でも、海さんが思っているほど、Vtunerの世界っていうのはそんな、海さんが普段見てる世界ほど汚くはないです」
「ああそう」
「それに、それをわかってて出来るだけ明るく、パァ!ってやってるのがこの人たちのすごいところなんですよ!私たちとはジャンルの違う、そっっれはそれはシビアな世界で、辛い辛いつっらーーーーい戦いがそこにはあるわけですよ!海さんの偏見は、それはそれはもう皆に失礼です!発言を撤回しなさい!」
ジェネルの熱弁の間に、いつの間に再びおかわりをしに席を立ったのか薫の姿はそこにはいなかった。
「でも、海さんに言われて私はシエルたんをもっと応援したくなりましたよ。モッキンバード、いきなり買うにしてはめっちゃ高いんですよね?いやー、絶ッッ対、一曲通して弾けるようになってほしいですね。ムッツリ野郎の海さんが大仏みたいな顔で弾いてた曲を、楽しそうに弾いてる姿、早く見たいなー!」
「……俺は手元の動画でも公開されない限り信じないけどね」
海はウキウキ顔のジェネルとは裏腹に、冷めた態度で残りの刺身を食べ――薫のほうを向き「……そういえば、お前も"そっち"側だったな」と言うと、薫は気まずそうな笑顔を浮かべた。
「佳井さんにトドメさすような言い方して申し訳ないんですけど……その……シエルちゃんのことは初期から追ってるので……」
と、擦り寄るようにしてジェネルのほうへと薫は席を移動すると、ジェネルは薫に肩を回して勝ち誇った表情で海を見つめた。
そんな二人を海は呆れた様子で「はいはい。じゃあ、それでいいよ。それで」と、これ以上その話題はしないでくれといった態度で残りの茶を飲み干した。