海の彼方で   作:錫樹トシアキ

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170・それは最後の輝きか、復活の狼煙か

お立ち台の上へと向かってくる熱い歓声と拍手、そして記者団だけでなく観客席からも時折飛び込んでくるフラッシュ。

相変わらず、ぎこちない笑みを浮かべて脱帽し、その右手を上げて手を振る海と、半ば無理矢理肩を組んで同じく帽子を高く高く掲げて笑顔で手を振るジェネルの姿がそこにはあった。

 

背の高い海と並んでジェネルがお立ち台に立つことも多いからか、普通のお立ち台よりも少しだけ段差をつけてなるべく同じ高さでインタビューを受けられるようにしたお立ち台にももう慣れたもので、ジェネルは得意げに背伸びしてみせながら、なるべく自分と同じような背丈でいようとする。

海はそれを多少鬱陶しそうにしながら時折チラチラとジェネルを見つめ、あまり調子に乗らないよう釘を刺したが、ジェネルにはまったく届いていなさそうだった。

 

「今季も早速飛び出しました、ファン待望のアベック弾!つい先日も文京ドームでの対エンペラーズ戦にて、二人で5得点を挙げる試合がありました。やはりお二人の打撃というものは共鳴しあってるのでしょうか?」

「僕は別にあんまりそうは思いませんけどね。ジェネルが僕くらい、あるいは僕以上に打つようになってきたんで結果的にアベック弾が増えるようになっただけだと思いますよ、正直言って」

海は司会がどうしてもこじつけたい『共鳴しあってる二人』の話をバッサリと切り捨て――

「僕が打ってるからジェネルが頑張ろうとしている、というのはあるかもしれませんけど、今日の先制弾はジェネルによるものです。僕はその後たまたま綺麗にイメージ通りの打球を打てただけですし、まずはジェネルが自分一人の力でホームランを打ったことを今日は素直に褒めてやってください」

と、しぶしぶジェネルに回した肩をぽんぽんと叩いてやりながら、司会の注意をジェネルへと逸らした。

思わぬ流れ弾にジェネルは照れくさそうにしながら司会に向けられたマイクを手に、笑顔を向けた。

 

「やっと海さんに認められるような選手になりつつあります!皆さん、こんばんわー!今日のホームラン、どうでしたかー!?」

耳に手を当てながら観客を煽るジェネル。手馴れたもので、観客の雰囲気を一気に引き込んでいく。ジェネルの声に合わせていくように歓声だとか、ところどころから『かっこよかったー!』という声や、『最高ー!』という声が球場のあちこちから聞こえてくる。まるでアイドルさながらだ。こうした観客をひきつける力というものは自分にはないものだし、こうした姿を見れば見るほど、15年ではなくても5年、10年早くジェネルが居たら――と海はその度に思い、口の中を苦くした。

 

「初球、外角高めのストレートでした。思い切り踏み込んで豪快に振ったボールは、見事バックスクリーンにダイブしたわけですが、どうでしょう。狙ってましたか?」

「最初の打席ですし、景気よくいこうって思ってちょっとは狙いました。私は海さんの前でなるべく塁に出て初回から積極的に点を狙いに行くのが仕事ですけど、海さんからは『難しいことを考えずに自分の打撃をしろ』って言われてるので。思い切っていけた結果です」

ニッ、と白い歯を見せながら司会の言葉に一言一言元気に答えていくジェネル。

いつものことではあるが、海にはそんなジェネルの姿がまぶしく見えた。本当に思っていることなのか、それとも用意した言葉なのかは分からないが、言葉に詰まることなく受け答えをスラスラとこなせるジェネルのスキルにはいつも脱帽させられてしまう。

 

自分にもこのような受け答えができたなら、どれほどメディアや世間を今以上に味方にできただろうかと海はそのたびに思うのだが、思ったからといってそう簡単にできるものではない。

ジェネルの受け答えというものは普段の様子を見ていれば天然でやっていることだということは海も分かってはいるが、普段饒舌ではない人間がこれと同じようなことを意識してやるためには、よほど道化を演じないとできるものではない。

 

「後を追うようにそのあとの打席で佳井選手がホームランを打ちました。誰よりも喜んでいたのがジェネル選手でしたが」

「そりゃー、そーですよ。1点取られた後に海さんがホームラン打ってくれましたからね。本当は私も塁に出て援護してあげたかったんですけど」

「その後7回にはジェネル選手の出塁によって満塁となったチャンスで、佳井選手のタイムリーがありました。今日はホームランとタイムリー。42歳のシーズンとして、開幕序盤から調子がよさそうですが佳井選手、そのあたりはどうでしょう」

海はマイクを突然向けられると、どう答えるかなどまったく考えていなかったものだから、少し慌てたような素振りをして――

 

「3回のホームランはジェネルと同じバックスクリーン弾でしたよね。ファンの皆さんもこれが見たかったんじゃないでしょうか。7回のタイムリーも……まあ……結果的にジェネルが満塁策を選びましたけど、あのきわどいコースの球を選べるようになった部分は本当に成長を感じました。わざわざ僕に満塁の場面を持ってきてくれたので、そりゃあ……僕も打たないといけないですよね。本当はもう少し深いところを割るような打球にして、走者一掃できたらよかったんですけど」

と、相変わらず硬めの表情で硬い言葉ばかり並べてしまったことに海は言い終わってから思わず失笑した。

 

「相変わらず佳井選手は自分にシビアです。こういうデコボコな感じをある意味ファンは楽しみにしてくれてると思うんですが、そのあたりはどうでしょう」

海はジェネルを指差し、お前が答えろよこんな質問――という表情をジェネルに向けた。

「私が隣に立ってないと海さん、どうしてもカターくなっちゃうので。海さんが打った試合ではなるべく私も打って打って打ちまくって、海さんのヒロインをもっと楽しいものにしてあげようと思います!」

会場がドっと笑いに包まれる。海はジェネルの態度を鬱陶しく思いながらも、こうしたマイクパフォーマンスに一体どれほど助けられているものか――そう思いながらジェネルと一緒に腕を上げ、ファンからの声援に応じながら壇上を去った。

 

「――なんかのはずみでアズマローソに来てくれないもんですかね」

カリカリしながら木村は突然、そんなことを口にし始めた。

「アズマ……何?」

木村はむっとした表情を浮かべながら

「アズマローソ相模ですよ、ア・ズ・マ・ロ・ー・ソ」

とわざとらしい抑揚で言ってみせたが、海にはなかなかピンとこない。聞き覚えもなければ、自分の知っている言語ではないから、海は木村の態度に内心苛立った。

 

「知らないんですか?『集まろうぞの声に合わせて集え!蒼い大波軍団!アズマローソ相模!』って」

「ちょ、ちょ……っ」

海は突然立って大声を上げた木村を無理矢理座らせ、口元に手をやった。

 

「いくら個室って言ってもね、やっていいことと悪いことがあることくらい、分かるだろ」

「分かってますよそのくらい。……で、分からないですか」

「お前から説明してもらったほうが多分この話題、早いよ」

海はそう言うと、木村は自分のネクタイを指差した。

 

「見たことありません?」

「知らない。説明してくれ。お前の知ってる世界すべてが俺の知ってる世界じゃないんだ」

海は早くオーダーを取りに来てくれないかなと店員がなかなか来ないことに苛立ちながら、木村のライトグリーンと水色とが入り混じるやや派手な柄のネクタイを見つめ――やはりピンとはこなかった。

 

「サッカー1部リーグのアズマローソ相模です。俺実は、ずっと昔からファンやってて。でも、名古屋に居た頃は、名古屋にもチームがあるから表立ってこういうネクタイつけるわけにもいかなくて。……で、アズマローソ、知ってますよね?」

「ごめん。それだけ熱く語ってもらって申し訳ないんだけど、本当に知らない」

「えぇ?昔サッカーやってたのにですか?」

木村の『なんでそのくらいのことも知らないんだ』という態度に海は咎めるかどうかを考えたが、こんな男に文句を言っても仕方がないと思って海は黙ってその言葉を受け流した。

 

「別に日本のリーグに興味があったとかじゃないからね、どこがどう1部なのかだって実は知らない」

「そうですか」

「で、俺をわざわざ呼んで、その、なんだっけ……」

「アズマローソ」

「アズマローソサガミってとこの愚痴を俺に聞かせるために俺を呼んだのか」

「半分くらいは」

「くだらない」

海は立ち上がってその場から離れようとするが、木村は「まあまあ」と言って、海を半ば無理矢理席に座らせた。

 

「アズマローソに息子さんがいたら、2部降格まっしぐらとか言われなくていいのになって思ったんですよ。引き分け挟んで7連敗中ですよ、7連敗」

「サッカーで7連敗は……きついな」

「息子さん、なんとかしてアズマローソにレンタル移籍とかできないものですか。きっと似合いますよ、ユニフォーム。日本代表の青が似合うんですから、うちらの青だって似合いますって」

木村は今年のユニフォームを携帯で見せびらかしながら、海にすがりつく。

「俺の権限でアイツの進路を決められるわけじゃないからね」

海は木村の手を振り払って、少し機嫌を悪くしながら荒っぽく水を飲み、コップを置いた。

 

「まあ、アズマローソが不調なのも事実ですし、それに対して俺がちょっとイラついてるのは事実です。佳井さんの息子さんが来てくれればなーって思ってるのも事実です。息子さん、なんだかんだありましたけど結局右ウイング気味のフォワードで最近使ってもらえてるらしいじゃないですか。試合結果くらいは、追ってるんでしょう」

「お前、こういうときはほんとマスコミの顔するね」

海は興味津々に身を乗り出した木村を見て、うんざりしたような表情を見せた。

木村は純粋に気になっているような表情と、メディアの人間として情報を聞き出したい、野心が前のめっているような表情――その両方が入り混じったような雰囲気でずっと海を見つめている。

 

「新のこと、どこまで知ってるんだ?どこまで、っていうか……逆に聞くなら、お前、アイツのことどこから知らないんだ?」

海は手を組んで肘をつきながら、木村を見つめた。

 

「あまりしらばっくれるなよ。知ってて聞いてるんだろ、新と俺の関係のこと。大手スポーツ誌なんだから、まったく関係を知らずに俺にわざわざアイツの話振ってきてるわけじゃないことくらい、俺にだって分かる」

木村は大きく開き、輝かせていた目をいったん閉じ――海を見つめなおした。

 

「息子さんに先輩の話を振ると露骨に機嫌を悪くするというか、その話は聞かないでくれ、一切こちらから言うつもりはない、って取材陣に断りを入れてることは、俺たちの業界では結構有名です。実際、どうなんですか。仲、そんなにガチめに悪いんですか?……うちらとしては、息子さんの活躍と、今年の佳井先輩の活躍とはなかなかシンクロしてますから、取り上げざるを得ないんですよ。ワールドカップだって、代表有力候補って言われてます。親子ともに一面を飾る日だって、あるかもしれないわけですから」

木村のうきうきした表情にもまったく反応せず、海は腕を組んで静かにため息をついた。眉間にしわを寄せて、何度か首を振り――なるべく無表情を装いたい様子で、海は木村を見つめた。

 

「アイツは、俺に敵対心を燃やしている。何でもいいから、俺に勝てる何かを探している」

「何故です」

「俺が父親として未熟だからだよ」

「先輩がですか?ええ?」

木村はおかしそうな表情を浮かべて、笑ってはいけないということを理解していることくらいは表情から察せられるのだが、それでも、おかしくて笑いそうになっているのをこらえきれずに海を見つめた。

 

「先輩が未熟なら、世の中の家庭を持つスポーツ選手なんて、みんな、父親として未熟じゃないですか。息子さん、先輩の何をそんなに……」

「俺はよその家庭を知らないし、新だってよその家庭を知らない。お前だって、俺の家庭のことも、なんなら、俺の全てをお前は知ってるわけじゃない」

海の突き放すような言葉に木村は一瞬海を睨み、言い方というものがあるだろう――と不満を露わにしたのだが、その後は言葉を飲み込んだようで、手に取ったデジタルペンを回しながらタブレット端末を開いた。

 

「……じゃ聞きますけど、早い話客観視ができない子供の反抗期ってわけですか」

「そうとは紙面に書かないでくれよ。俺は別にアイツの進路を邪魔したいわけじゃない」

「分かってますよ」

海は木村に念を押しながら、空になったコップに気づかずもう一度空の水を飲もうとし、不機嫌そうにコップを置いた。

 

「俺は今まで、自分がろくな父親だと思ったことはない。毎年、家を半年くらい空けてるんだから、子供にそう思われてしまっても仕方がない。でも新は、俺が思っている以上に俺には辛口でね」

「奥さんや娘さん、それに先輩の周りが、先輩を慕ってるからですか」

「……分からない。もっと別のことに腹を立ててるのかもしれないし、根深いところまで考えが及んでるのかもしれない。でも、深いことなんか考えずに、ただなんとなく俺が気に入らないだけということだって否定できない」

「つまりはガキってことじゃないですか。クソガキのソレですね」

「よせよ、人の子供を」

海は木村の言葉に思わず真顔で反論したため、木村も少しばかりばつの悪そうな顔を浮かべた。

 

「俺が18、19の頃なんて、アイツみたいに堂々としたプレーなんて、できていなかった。自分を過信しすぎているのは問題だけど、それでもアイツは、自分の中で、自分をうまくプロデュースできている。だからアイツは、堂々とひるまずにプレーができている。アイツはきっと、この後も順調に……いや、順調じゃなかったとしても、俺よりは綺麗に階段を昇って、高いところまでいけると思う。俺はとうとう、チームを日本一になんか導けないままここまで来てしまったけど、アイツはそんな低い次元のところじゃ躓かないと思う。世界で戦えるチームで、自分の力で世界を取る男になれる資質をアイツは持ってると思う。それは、正直言って事実だ。俺よりアイツは未来を持っている」

「で、それが悔しいからちょっとムキになって今年は頑張ってるところもあるってことですか」

木村の鋭い言葉に、海は思わずフフッと苦笑を漏らし、木村が一切手をつけずに居た水を手渡され、海はそれを少しだけ口に含んだ。

 

「……正直言ってね、あるよ。俺だってね、自分の人生に少しくらいはいい区切りをつけたい。確かに俺は世界一のメンバーには二度もなったかもしれないけど、それは俺だけの力じゃない。世界を戦える環境がそこにあって、たまたまあの場面で俺が打てただけの話だ。……田中が今年一年限りで戻ってきている。俺はなんとしても、アイツがいる今年のうちに自分自身にケリをつけたい。俺が何かしら理由をつけて干されるのも時間の問題だからね。だから……新が波に乗ってる今、便乗して俺も張り切らないといけないと思ってる」

「その結果が今日の猛打賞と2本塁打、ですか」

「できすぎた打席だと思うけどね。いつもはああはいかない」

海の自嘲気味な笑みに、木村は首を振って反論する。

 

「でも、ここまで打率は常に4割前後です。しかもまだ4月の末だってのに、7本塁打。これ、先輩の全盛期の勢いに迫る勢いですよ。とても42歳が出来ることなんかじゃないです。世間は誰一人として先輩を終わった男なんて思ってませんし、なんなら、世間は先輩に全盛期が戻ってきた、って思っています。今の成績で来年突然先輩を干すなんてことしたら、監督、死ぬまで一生叩かれますよ。いいや、死してなお叩かれて、墓まで荒らされますよ。……仮に世間が叩かなくても、俺が叩きます。俺が死んだなら、俺の子孫にその役割を継がせてまで」

「気持ちだけありがたく受け取っておくよ」

木村は鼻息を荒くしながら海に迫るが、海は両手を突き出して席に座るよう促した。

 

「ただ、これだけは言っておきます――」

木村は椅子に座りなおすと、海をじっと見つめて、その腕を取った。利き腕はよしてほしかったが、そういったところの配慮が足りない木村の表れがこうしたちょっとした部分の認識のズレを生むのだろう。海はこれ以上力強くつかまれたら腕をどうしてやろうかと思いながら、真剣な眼差しの木村を見つめた。

 

「先輩は自分ではそう思ってないかもしれませんけど、自分の力で二度世界を獲ってます。二度目の世界一のときは不本意な成績だったかもしれませんが、あの時だって、先輩がいたから勝てた試合はあったじゃないですか。リーグ戦だって、先輩一人の力で救ってきた試合なんか、数え切れないだけあります。先輩は4割打っても6割は打ててないとか、4割打てても試合に勝てなきゃ意味がないとか言って自分を厳しく律してますけどね、俺からしてみれば、一度だけ3割そこいら打ったくらいで自分のおかげで勝ててるんだから年俸上げろよとか愚痴ったり、バラエティ番組で偉そうな態度でゴチャゴチャと内部事情垂れ流してる甘っちょろい選手とか見てると、いつかスクープして燃やしてやるって思いますよ」

「言いすぎだよ」

海は木村を止めようとするが、木村の言葉は抑えられなかった。

 

「先輩が自分のことをクソムシだとかカス以下だとか卑下するのは勝手ですけどね、重要な試合を落としたのが先輩のせいだとかなんだとか言ってる連中は、ポストシーズンに手が届くようになるまでに先輩がどれだけ打ちまくってきたかとかを考えるべきなんですよ。一度も恩返しもできずに、よくもまあ、若手も中堅なんかも、先輩のこと影でボロクソ言えるもんだって思いますよ。……俺は、自分が正しいと思ったことを、ちゃんとデータに基づいて、事実に基づいて伝えたいだけなんです。俺だって、クソみたいな話題をスクープにするより、先輩の快挙を一度でも多く一面に書きたいんですよ」

「……気持ちだけ受け取っておくよ」

海は木村の熱い思いの丈を気持ち半分ほどに受け取りながら、なかなかオーダーを取りに来ないままの店員に思わず個室から出て呼びつけようかと迷い始めていた。

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