海の彼方で   作:錫樹トシアキ

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171・フラッシュは影を伸ばして

〈――ホウジョウ……カナワ……ツゲ……ハカマダ……ホシコ……シノハラ…………ヨシイ〉

携帯の画面の向こうでは今日何度目かのサッカー日本代表最終メンバー発表の様子が流れている。

 

普段よりも少し早めに最終メンバーを確定させて連携の確認だとか、代表召集への心積もりだとかを整えてほしいという監督の狙いがそこにはあったようで、そのメンバー発表には多くの報道陣が詰めかけてフラッシュをまみれさせていた。

試合を終えた海とジェネルは、個室のある焼肉店でメニューが届くのを待ちながら、これから一体あと何度見ることになるか――そのうちうんざりしそうなニュースを眺めていた。

 

〈――さて、とうとう26人の青いサムライたちが決まったわけですが、来月19歳になろうかどうかというヘビーガンFCの佳井選手、選ばれましたね!〉

〈ええ。大会を前に一ノ瀬選手と清瀬選手がそれぞれ不祥事による謹慎処分、そして進藤選手の代表辞退と、前線で戦う選手のトラブルが相次ぎましたからね〉

〈今回、鹿行ケリュネイアス所属の21歳、去年8アシスト7ゴールを記録した袴田龍己選手と、こちらも同世代、20歳。若くスピードもありますがなんといっても当たり負けないこの筋肉質な身体。そしてその足放たれる超ロングシュートが武器のボランチ、ACシェニコ京都所属の星子岳人選手。思い切って20代前半のこうしたエネルギッシュな若手を多く起用したことで――〉

 

「すっごいですね。サッカーってやっぱ、若いうちからみんな代表選ばれちゃうんですね」

「足は生ものだからね。年取ってから技術や体の強さででカバーできるやつは、ほんの一握りだよ。とはいえ、ワールドカップを前にこれだけ若手のメンバーを集めたのはなかなか思い切ったことだとは思うけど。それだけ若手に有望株が集まってるのかもしれないけどね」

次々とメンバーについて紹介されていく様子をジェネルはそれなりに興味がある様子で見つめていた。

 

「今回の代表、一番年上で33歳って凄くないですか?私たちの世界じゃ33歳なんて、まだまだこれからじゃないですか。そんなに入れ替わり激しいんですか?サッカーって」

「足を削られてしまったらなかなか戻って来れないからね。俺たちみたいに道具を使うスポーツってわけじゃなくて、競技のほぼ全てが足の世界だから、仕方ないといえば、仕方ないよ。ただ、それくらい次々新しいスターが生まれてくる世界なんだろうね、今のサッカー界は。どこを見ても少年サッカークラブの募集ばっかりだもんな、街を歩いても。……あとはまあ、ほら、監督の考える戦略といかにマッチするかとかもあるし……足怪我しちゃったらなかなか復帰もできないから、それだけ不慮の怪我とかで第一線を引かざるをえなくなった選手もたくさんいるだろうし、単に監督の好みってところもあるんじゃないかな、若手中心の選出ってのは」

海はそう言いながら、先に出されたユッケを食べ始めた。

 

〈――僕は僕のやるべきことをやるだけなので。ワールドカップにおいての日本最年少得点記録がどうとか言われても、僕は点を取るのが仕事なので、記録がかかろうがかかってなかろうがやることは一つです〉

 

「こういうとこ、似てますね」

フフッ、と口元を押さえながらジェネルは海を指差した。

「他にそう答えようがないだろ。フォワードなんだから、点を取りにいきます以外の答えようがないだろ」

「いや普通はこんな年齢だったら、もっとギラギラした目をしながら、いかにもカメラ慣れしてない感じで『頑張ります』とかなんとか言うもんですよ」

「俺はそうじゃなかったよ」

海は軽く笑いながら、なおもユッケを食べ続けた。

「だから新くんもそうなったんですよー。受け継がれてるってわけです。DNA」

「それをアイツは嫌がってるんだけどね。皮肉にも」

「ええ。だから面白いんじゃないですかー」

ジェネルはけらけらと笑いながら、画面の向こうで、言葉こそ控えめだがギラギラと闘志を目に灯した新の姿と海の姿とを交互に見て――笑った。

「人の子供の事情を面白がるなよ」

「でもー」

 

〈――さて、続いては野球の話題です。佳井選手のお父さんと言えばご存知、チーターズ所属の佳井海選手。今日も頼れる一発を放ってくれました〉

 

「……おい、変えるか消すかしてくれ。自分のニュースなんてあまり見たいもんじゃない」

「えー、私は海さんがホームラン打った姿と、海さんのホームランをアナウンサーの人たちがべた褒めしてるのを見たいんですよー」

「じゃあせめて音量下げて俺の目線に入らないようにしてくれ」

海は不機嫌そうにしながら壁に向かってユッケを食べ始めた。こうしたときに個室というものは便利である。

 

「いくつになってもその辺はなかなか子供ですねー、海さん」

「お前は自分のニュース見ることに抵抗ないのかよ」

「ないです。あー、ニュースに映ってる自分の映像もかっこいいなー、ってなりますよ」

「ああ、そう。自己肯定ができるやつは羨ましいね」

海は自信満々な笑みでニッと笑ったジェネルを一瞥し、残ったユッケを頬張ってごくりと飲み込んだ。

 

「そういえば、映画の撮影本格的に始まったんでしたっけ?真結ちゃんと広乃ちゃん」

「……ああ、うん。あんまり細かいことまでは聞いてないけどね」

 

なんでも、時々中身が入れ替わってしまう双子の姉妹がそのたびに恋愛に振り回されるという、だいぶ前に流行った少女コミック原作の映画らしく、既に原作ファンからは不安と期待の入り混じる声が世間を賑わせている……らしい。

「実写のラブコメ映画なんて、内容そのものよりも誰が誰とくっつくかどうかみたいなところをハラハラしながら見るもんなんで、別に内容なんかみんなそのうち忘れますよ」

「そんなもんかな」

「そんなもんですよー。連載が終わったのだってもう15年も前のことです。私まだその頃中学生ですよ、中学生。ぴっちぴちの中学生ですよ?」

「別にお前は今中学生なわけじゃないだろ」

やけに中学生であることをジェネルはアピールしたので、海はそれを軽くあしらった。ジェネルは海のノリの悪さにむうと頬を膨らませながら再び話題を戻した。

 

「あの頃リアルタイムで見てた人なんて基本的にもう30近いか、30以上なんですよ。なんなら原作のシーンだってよっぽどコアなファンじゃないと細かい部分なんて忘れてますし。5年くらいならまだしも、そんな昔の漫画のワンシーンワンシーンなんか、よほど改悪でもしないかぎり違和感なく見ちゃいますって。別に戦闘シーンがあるような作品でもないですし。意外と原作つきの映画って多いですし、それらが毎回燃えてるわけじゃないってことは、案外そういうもんなんですよ。面白いかどうかは別として」

「そんなもんかな」

「そんなもんですよ」

ジェネルが自信ありといった表情でそう言い切る。

 

「……まあ、どうでもいいけど。二人が無事に収録終えてくれれば、それでいいよ」

それをあまり興味がないような表情で海はつぶやき、遅れてやってきた肉を焼き始めた。

 

「でも――」

海はふと天井を見上げて、ため息をついた。

「?」

ジェネルは少し不思議そうな顔をして、海を見つめた。

「俺はね、普通に生きることもね、尊重したい」

「普通に生きること、ですか?」

「そう。普通。俺はきっと普通の生き方はできなかっただろうから、普通っていうのが、何をもってして普通かっていうのも実はよく分からないんだけどさ」

海は焼いた肉をジェネルの皿にも取り分けながら、自分の皿にも次々焼きあがった肉を置いていく。

 

「直人がさ、辛そうなんだよ、最近。焦ってどうにかなる問題ではないことも分かってるみたいなんだけど……新はああだろ。真結や広乃が今こんなんだろ。決して勉強が分かってないわけではないみたいなんだけど、なんだか最近うつろなんだよ」

海の考えすぎな性格が誰にも遺伝しなくてよかったものだ、とジェネルは思っていたが、直人にその性格がしっかり遺伝されてしまっていたようでジェネルは内心それがちょっとだけ面白かったのだが、決して笑っていい場面ではないこともあって黙って肉を食べ、海の話を聞いていた。

 

「……難しい時期なのは分かってるよ。とりあえず啓皇に行く、その後のことはその後考えればいい、って思ってる一方で、自分には武器というものがないってアイツは思ってる。たかだか15歳くらいで自分に唯一無二の武器がある人間なんて、正直言って世の中そんなにいないのにね。でもアイツ、入学して、結局自分が何したいかも分からないまま歳とるのが怖いみたいでさ。最近、学校も休みがちなんだ」

「多感な時期ですからね」

「ああ。真結や広乃は女の子だからかそんなに周りから言われなかったけど、男なんだからスポーツの一つや二つくらい、って周りから思われてるのもしんどいらしい。もうそんなこと気にするような世の中でもないのにな。新や俺のように直人はスポーツがものすごくできるわけじゃあない。かといって、何か勉強の他に得意なものがあるわけでもないし、勉強ったって、テストで点を取らないと進学できないから勉強してるだけで、勉強そのものだって最近はあんまり好きじゃないみたいだ。まあ……人並みに中学生だよ、アイツは。普通に中学生を中学生してる。でも……自分の身近な周りと比較されるのは辛いだろうな」

海はそう言いながら、肉を焼き続けた。

 

ジェネルは黙って肉を食べながら、海の言葉を黙って聞いていた。

なんとかなりますよ、なんて言葉を海に対してなら軽く言ってしまってもいいのだろうけれど、簡単にそんな言葉で片付けていい問題だとはジェネルにはとてもそう思えなかった。

学校を休みがち、という言葉が出ている以上、変に楽観視すべき問題ではないし、それを分かっていたからこそ、普段海にぶつけるようなストレートな言葉をぶつけるのは躊躇われた。

 

「焦ったってどうにもならない。夢だって、別に無理矢理見つけるもんでもない。変に夢だけあったって、世の中はその夢一つ一つをかなえてくれるほど寛容じゃない。だから、別に直人が自分の普通さっていうか……他の子供たちよりも派手じゃないことに悩んでることだって、別に俺は直人は直人のままででいいと思うし……たまたま今だけ、新や真結たちがうまくいってるだけだからあんまり気にしなくていいって、一応言ってるんだけどね」

ジェネルは海の言葉を、海が自分で言う以上にしっかり父親をしているじゃないか――と素直に関心しながら聞き入っていた。

 

「きっと、華耶だってその辺のことは俺が居ない間も直人のフォローはしてやってると思う。でも、思春期だからな。まして、自分の姉、兄が華やかな世界にいるっていうのは、どうしても考えちゃうよな」

「音楽とかはどうなんですか」

「音楽?」

「ほら、なんか晴留ちゃん、ギター始めたって言ってるじゃないですか。直人くんも音楽とかなら――」

「ああ、ピアノもさ、演奏会が嫌で辞めちゃったんだよ。演奏会に出れば出るほど、自分よりもずっとうまくて、プロとかにでもなるんじゃないかって子とかもたまに直面する。音大前提でピアノをしてる子とかとも話をしたりする。直人は別に技術をひけらかすとか、音大に進むためにピアノをやりたいわけじゃないし、そうやって常に誰かと比較されるっていうことが嫌みたいでね。よほど難しい譜面とかじゃなければ大概のものは弾けるし、だからって音大のためだけにピアノやりたいわけじゃないし、結局その後の進路なんか考えたら、ピアノは趣味のレベルで止めておきたいんだってさ。だから、今のアイツには音楽も強要したくないし、ギターならどうかなんて感じで、俺から趣味を押し付けるようなことだってしたくない。ギターだって結局、一人じゃどうにもならないから、最終的にはバンドがどうとかの話になってしまうからね。だから直人には、好きなペースで、好きなものを本人なりにやらせてやりたい」

「……そりゃ、そうですよね」

ジェネルはそれもそうか、といった表情で顔を曇らせた。

 

「こういう言い方をするのはとてもよくないと思うんだけど……俺には、直人の本当の苦悩を分かってやれないと思う。俺はなんとなくでここまで来てしまったから、それなりに一般人としての挫折を経験している華耶のほうがきっと、直人の心に寄り添ってやれると思うんだ。……こういうとき、俺は本当に父親として、金以外の何も与えてやれてないよな、って無力さを感じるよ」

海は自嘲気味に言葉を吐き捨て、口をひん曲げて笑いながら肉を食べた。

 

「普通の人が稼げないくらいのお金を稼いでるわけじゃないですかー。世田谷のおうちだってあれ、バカ高いって聞きましたよ?」

「まあうん。バカ高いね」

「普通の人は世田谷にあんなバカ広い土地買って……土地だってあれ、譲ってもらったからいいものの、普通に買ったら十億の世界じゃすまないかもしれないとかって聞きましたよ。そこにおっきい家建てて、今のうちから引退してからの生活の地盤もちゃんと作りつつ子供たちに先に住まわせておいてー、なんて、なかなかできませんよ。子供たちのためにそこまでできてるだけでも立派じゃないですかー」

ジェネルは反論しながら海の焼いた肉を拾い上げて頬張った。

 

「立派かもしれないけど、完璧じゃない」

「だーかーらー」

呆れたようにしてジェネルは前のめりになってテーブル越しにずい、と近寄った。

 

「完璧じゃないといけないっていう考えでいるから海さん、すぐにメンボロになるんですよ」

「め……メンボロ……?」

「メンタルボロボロです」

「ああ……」

ジェネルは人差し指をピンと立てて、少し戸惑っている様子の海に向かって突きつけ、むしゃむしゃと頬張っていた肉を飲み込んでから――

 

「ほんと、悪い癖ですよー、海さんのそれ。きっと華耶さんにも死ぬほど言われてきた言葉だと思いますし、私がもはやわざわざ言うような言葉じゃないっても分かってますけど。完璧じゃないといけない、なになにじゃないといけない、そういう海さんの使命感がそれこそ、直人くんの生き方を苦しめてるのかもしれないですよ。きっと、直人くん、そういう海さんの姿を見て育ってるもんだから、あのくらい頑張らないといけない、あれが最低ラインだ、って思っちゃってるんだと思います」

「……」

海は沈痛な面持ちでジェネルの顔を見つめた。ジェネルも言い終わってからしばらくして、自分が海に対してあまりに遠慮なく言葉を突きつけてしまったことに気づき、戸惑いながら表情を曇らせて、ピンと立てていた指をしまった。

 

「……ごめんなさい。海さんとこの教育方針にまではあんまり偉そうに言うもんじゃなかったですね」

「……いや、いいんだよ。多分、お前の言ってること、大体当たってるはずだから。真結や広乃が晴留を追ったのもきっと、あの二人が今お前が言ったようなこと考えてしまったのはあるだろうし」

海はコップの水を少し口に含み、胸のつっかえごと飲み干そうとした。肉の脂だけがさっぱりと取れただけで、心に刺さった棘までは取れなかった。

 

「……それでも華耶は、たくさんの子供に囲まれて生活したいって言ってたから、華耶としては、この苦境も楽しんで生きていられるんだと思う。アイツは、本当に強いね。俺に弱みなんかほとんど見せない。……いや、俺に直接見せないようにしてるだけなんだろうけどね」

海はじっとコップの水を見つめ、独白した。時折空調か何かで揺れる水が、反射する自分の顔を歪ませた。

 

「私が海さんに一方的に惚れ込んでるように、華耶さんも、海さんを今でも惚れてるんですよ。惚れてる相手だから、全力で毎日生きて頑張ってるんです。きっと」

「似たようなこと、華耶からよく言われるよ。今でも夫だけじゃなくて、彼氏だと思ってる、って」

「でしょう」

ジェネルはふふんと鼻を鳴らしながら

「海さんのこと、守ってあげたいんですよ、華耶さんは。華耶さんなりに、海さんの人生そのものを守ってあげたいって思ってるんです。もちろん、私もですけどね。だから私は、一方的に海さんの二号のつもりでいるんですけどねー」

「だから、その二号って言い方やめろよお前。下品だぞ」

すりすりと海の手をとって、わざとらしく色っぽい目遣いで海を見つめるジェネルを海は振り払った。

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