「――とても気持ちはありがたいんですが、チームも大事な時期なので……ちょっとやり方というものをもう少し、考えていただけたらなと思います。気持ちはありがたく受け取りますので――」
海はかねてからメディアにそう訴えかけていたのは、試合前の応援団の行為だった。
開幕からしばらくして、海をかたくなにスタメンとして使おうとしなかった今野に対しての抗議は過熱し続けていた。
もともとは試合前のメンバー発表の際に今野の顔が映し出されるとともに海の応援歌を大音量で演奏し、ブーイングをするくらいだった。それが、前期混合戦のあとしばらくしてチーム全体の調子が下がってくると、今度は応援歌前のコールが『ホームランホームラン佳井』から『佳井を使え今野』へと変わっていった。
『佳井を使え』コールの時点で海はコメントを出し、なるべくそういった形での応援はやめてほしいと伝えていた。
試合前に自分の応援歌を演奏するだけならともかく、そのコールが徐々に今野への采配批判を強めるようなものと変わっていったことを受け、結局球団からも過度な応援へ対する声明を出すことになり、最終的には試合前、スタメンの応援歌メドレーのあとに海の応援歌を流し大声で佳井コールが行われる――というものに過激な流れはなんとか収まりつつあった。
海としては、それほど多くのファンが自分を待っているということへの思いよりも、余計なお世話だ――という思いのほうが正直なところ強かった。
自分だってスタメンに一日でも戻れるなら戻りたいし、こんな干され方をしていることに苛立って立っていたものの、だからといってこんなやり方なんか望んでいなかったし、代打に回ってからは3割前後からなかなか打率が動かない状況だって長らく続いていたこともあった。
確かに、単にアウトになるよりなら――と今までよりも多く球を選んで四球で塁に出る意識などは今まで以上に強くしているものの、これでファンの期待を受けてスタメンに戻ったところでファンが思ってるほど打てなかったらファンに失望されてしまうし、それこそ今野に何をされるか分からないのだから、こちらの調子が戻るまではそっとしておいて欲しい――と海は思っていた。
代打というものは思っている以上に打率がブレるものだ。去年の春先ほどの勢いは難しくても、それでも年間使ってくれさえすれば3割半ばくらいまでは打てる自信はあった。そのくらいの気持ちで毎日練習だって続けている。
もちろん、代打は1打席しか回ってこないという難しさだってあるから、自分の本来のポテンシャルを生かせないままでいる、という事情だってある。
それでも、限られたチャンスで真悟が成果を挙げたように、自分だってスタメンで固定してくれれば――なんてことを偉そうに言わずに、毎試合1回訪れるかどうかのチャンスをものにしないといけないのだ。
:
:
「そういう態度はよくないと思うな、僕は」
「……」
真悟は今野にぐっと力をこめて肩や腕を触られ、フォームの"型"を崩されたことに不快感を示していた。
「僕はこのやり方のほうがいいと思ってるから提案してるわけ。こうして、気持ち若干軽めに振ったほうが絶対いいと僕は思うんだよ。君、当たれば大きいんだから、こうして軽く振って中距離も意識できる打者になったほうがいいと思うわけ。君、一発当たると大きくていいんだけどねえ、その一発のために10打席も何打席も続けて空振りされちゃ、こっちだって困るんだよね」
真悟は今野の言葉に違和感を抱いていた。
あれほど試合の流れを変えるのはホームランだ、ホームランだ、と言っていた今野が、今度は自分に打率を求め始めた。
確かに、今の真悟の打率は誰が見ても納得のいくものではない。
ただ、ここに来て今野が率にこだわり始めたのは、それまで大振りを続けている割には高い打率を残していたメンバーの多かった重量級打線が今年揃いも揃って打率に苦しんでいるからだ、ということは真悟にはなんとなく想像がついた。
あれだけ入団会見のときに『打率はともかくその飛距離にまず期待したい』などと言っておきながら、今度はチームの方針ひとつで打率に苦しんでいるチーム状況を自分になすりつけようとする今野の態度は、真悟にはあまりいい気がしなかった。
なるほど、こうして海は干されたのか――そんな思いもあったし、自分にはもう後がない立場とはいえ、こんなやり方で自分を潰されるくらいなら、自分を押し通して球界を去りたい――ここのところ、そんな思いで真悟は練習を続けていた。
「なんならね、君には外野の素質があると思ってるんだ。肩だって強いし。足はそこまで速くはないけど、だからといって極端に遅いわけじゃない。しばらく外野で動いてもらって、捕手には何年か後また戻ってもらって、君の打撃感覚をまずは実践で養う手もあると思ってるんだ。ジェネルのような打者を目指す気は君にはない?あるならすぐにでも僕のプランが――」
「……」
遠くから今野に関して全く知らん顔をしている生駒。そして、今野のすぐそばで黙って頷いている無表情の江角。
今野からのトスバッティングを嫌々受ける真悟だが、肩の開きを縮め、グリップの位置まで変えられたスイングは、コンパクトという言葉には程遠く、もはや窮屈で、真悟のガワを被った素人のようなスイングだった。
たとえば、自分がもっと足が速く、打った後の走り出しが速かったならば、今野の言うように流して打って、三塁手と遊撃手の間を抜くか、交錯するような位置のボールを積極的に放つという手段はあるかもしれない。
野手の補強もだいぶ偏ってしまっている昨今のチーターズには1番打者を任せられるような打者がいないから、あわよくば自分にそういった率を残せる打撃を任せたいというところもあるのだろう。
随分勝手なものだ――と真悟は思った。
「――それにねえ、君、やっぱりちょっと身体が大きすぎるところはあると思うんだよ。全体的に軽くなればもっと足だって速くなると思うんだよねえ、僕は。無駄に筋肉がありすぎるんじゃあないのかな――」
無理だ――。
どんなに速い球だろうが、芯を外した球だろうが、力でなんとかスタンドまで押し切る――そのために身体を大きくしてきたし、大柄な身体をウドの大木と馬鹿にされないように筋力を徹底的に鍛えてきたのだ。今更、足を積極的に使えなんて言われても、自分のプレーを修正するには少し遅すぎる。
仮にそんなつもりで自分を見ていたならば、どうして入団してすぐにそう言ってくれなかったんだ――と不快感を胸に、今野に対してどう言葉を吐くべきか真悟は悩んだ。
「やめましょうよ。困ってるじゃないですか。仮に真悟を改造するとしても、9月に突然やるようなことじゃないはずです」
今野の指導を話半分で受けている真悟との間に海が割って入った。
「今すぐにでもやらないといけないんだよ。どうせ、もう今年も優勝だってできないんだから、来年のことは今のうちから手をつけないと」
「自分の思うような芽が生えてこないからって、他に芽が出始めてた選手の型を崩してまでやらなきゃいけないことなんですか」
海の言葉に今野は一瞬ぴくりと眉毛を反応させるが、海は構わず続けた。
「コイツは、うまく波に乗ればいくらでも打つことを監督だって見てきたはずです。コイツにはコイツの型があります。今その型をコイツが自分なりにもっと固めようとしているのに、それを一時的な事情で自分好みに崩そうとするのは、俺にはちょっと職権濫用な気がします」
海の言葉に今野は噴出し笑いを抑えながら、海と真悟を交互に睨んだ。
「職権濫用?おかしなことを。このチームの監督は僕だんだよ、君。分かる?僕がこうしろって言ったことに従うのが、君たち下々の役目なわけ。君たちは僕に使われる側なんだから。僕が監督な以上はね。それが嫌なら、コイツも、君みたいに干しちゃうけど」
「干しちゃうっていうか、とっくに干してるじゃないですか」
海の鋭い言葉に今野は思わず振り返り、海を睨みつけた。
「じゃあ聞くけど。こいつがコンパクトにさえ打てたら、こいつはジェネルくらい打つ素質があると、僕は思ってるわけ。足だって走り出しの遅さと走塁技術さえ鍛えれば、1番で使うことだって――」
「それは真悟に多くのことを求めすぎです。大体、捕手ですよ、こいつは。捕手の後釜だって育てないといけないのに、その後釜の候補を一枚削ってでもやらないといけないんですか」
「だから、外野で使おうって言ってんじゃない。こいつのリード、お世辞にも上手じゃないんだから」
リードが上手ではない、と言われた真悟は今野を睨みつけて思わず前に一歩踏み出したが、海は腕を伸ばして真悟を制止させた。
「それでこないだみたいに正捕手が怪我したらどうするつもりなんです。真悟の他にすぐマスク被ってても大丈夫そうな捕手がうちにあと誰がいるんですか」
「そのときはそのときだよ。派手にピンチになってもらって、球団代表に編成を見直してもらう。ピンチはチャンスって言うじゃない。そのくらい、今のうちらは整ってないんだから、もうちょっと本気でチーム編成を考えてくれってね。現場はこうでもしないといけないくらい自転車操業です、と僕は訴えないといけないんだよ。やれることはやった上でダメだったとアピールしないと、上の連中は動いてくれない」
「それでは誰もついてきませんよ。上すらも」
「ついてこないも何も、それを決めるのは僕だよ。監督が僕である以上、嫌なら君たちは辞めるしかない」
今野がそう言い放ち、後ろを一度振り返り――
「ま、別に僕のやり方が嫌なら、自分なりの型とやらを突き詰めればいいと思うよ。僕の目の黒いうちは、使わないけどね」
と、不敵な笑みを浮かべて去っていった。
「……そうでしょうかね」
皆が遠くで大きく打球を飛ばすジェネルの様子ばかり追っていた中、その様子を遠くで見つめていた男が一人いたことになど、誰も気づかずに。
:
:
9月も終盤に入り、残り数少ないシーズンを振り返った海。結局、指名打者制のない試合では一度もスタメンに戻ることのできなかった海は、若手の頃よりもずっと早く、自分の一年が早く過ぎていってしまったことにため息をついた。
自分の調子を棚に上げるわけではないが、自分さえスタメンだったなら取り返すことのできた試合だって一度や二度どころか、何度もあったはずだ。
もちろん、そう思っていたとしてもそんなことは誰にも言わないし、なるべく家の中でだってそんな話はしないようにしていた。軽々しく不満を口にしたら、きっとチームの中でだって迂闊にそんな言葉が出てしまうからだ。あくまでも不満は自分の心の中に留めておいて――そして、極力、あまり思わないようにもしていた。使ってもらえなかったことも、代打で偉そうなことを言える成績を残せなかったこともまた事実なのだから。
結果的にチーターズはこの時点で3位につけていた。リーグ1位をここ何年も誇っていた自慢の得点力はややなりを潜め、そして田中が抜けた後もなかなか後続の先発やリリーフ陣が整わなかった投手陣はリーグ5位の失点を生んでいた。よくもまあ3位で踏みとどまれているものだ――と、ファンも海も、チームのメンバーでさえもそう思っていた。
3位以内にさえ入ればポストシーズンに出られるのだから――そんな気持ちはメンバーの中にも、ファンの中にもあったと思う。ただ、4位につけるレッドフィッシュだって5ゲーム差でつけているのだから最後まで油断はできないし、このまま補強も、チームの空気も変わらないようなら、来年、ちょっとした弾みでチームが転落しかねないことも海は懸念していた。
自分がスタメンに戻った程度のことでAクラスに居続けられるほど生易しい世界ではないことは分かってはいたものの――つまらないことで干され続けていることや、今野の横暴な振る舞いに海は焦っていたし、どうにもならずにむしゃくしゃした。
焦ってどうにもならないが、焦る以外のことができなかった。
「海くん、これ見て――」
ドタドタ、と駆け足で廊下を走ってきて、華耶がリビングへと飛び込んできた。
「なんだよ、騒々しい」
「これ見てよ、これ……っ!!」
チーターズ今野、電撃解任 『監督が圧をかけるようではいけない』
問われる監督の素質 オーナー対監督、泥沼面談の実態
『都合が悪くなったら切るのか』今野、怒りの記者会見
変われなかった首脳陣と変われなかった新球団代表、その功罪
華耶が見せたのは、今野が今季をもって辞任するという旨が書かれたネットニュースの画面だった。
「……別に今更監督が代わったからって」
「変わるよ。次の監督がどんな人か分からないけど……いや、それにしてもひどいよね。監督は辞任するのに、後任が全く未定なんてさ。でも……変わるよ。変わるはずだよ。……変えなきゃいけないんだよ」
華耶は海の手を取った。
「分かってると思うけど……絶対、選手兼任監督なんかなっちゃダメだからね。海くん……絶対、他に誰もいないからだとか、義務感だとかで引き受けちゃダメだからね。海くんは、海くんのためだけに生きるの。その最後のチャンスが来たの。だから……絶対、監督なんか引き受けちゃダメだからね」
「……分かってるよ」
海は華耶に携帯を返し、足を組んだ。
かねてより木村らが取材していた、今野の傲慢な振る舞いや、それを取り巻く周囲の情報。そして、ファンの不信感――。球団代表としても、今季は既に3位がほぼ確定しかけているということもあり、まずは今野を切って騒ぎを鎮静化させたい――そんな意図があったようだった。
騒ぎの直後、ふてくされたようにして今野は手短に『まあ、今季で解任させられることになったわけだけど、残りの試合もよろしく』と、それ以上のことは言わず、以前のように必要最低限のことしかミーティングでは言わなくなった。
ただそこには、就任した頃のような心の奥底では何かを考えている、というよりは、もはや何に対しても興味が失せた――そんな様子が見て取れ、無関心だけではなくやる気のなさが小さくなった背中には漂っていた。
選手たちとしては監督が誰になろうとあまり興味がないようで、別に今野を必要以上に惜しむようなこともなければ、大して混乱が起きるようなこともなかった。
前野が辞任したときもそうだったが、長い間監督をしているとこうなるのか、この環境がそうさせるのか、それともこのチーム特有のものなのか――まるで自分のせいではない、というような態度を取るようなことに海はどこか嫌な懐かしさを感じていた。
「ああも惜しまれないと、それはそれで悲しいものだよな」
「何同情してるんですか、あんな人なんて。あんな露骨に自分の好き好みで采配する人なんて、お似合いな最後ですよ」
海とジェネルは試合を終え、ロッカールームで着替えていた。大体最後まで残っているのが自分たちだけだから、ジェネルと海のロッカーは隣にさせられていた。
ジェネルを端の席に置き、そのすぐ隣に海の席を置く。もちろんパーテーションは設置してあるものの、海がそのすぐ隣にいることでチームは体裁を保っていたし、海が不在の間はジェネルが着替えの時間をずらすなどしてやりくりを続けていた。今日もやはり、最後に残っているのは海とジェネルだけだった。
「前野【あのハゲ】が辞めるときもそうだった。少しくらい、結果で示せてたらまた運命も変わってたのかなって思わないでもないんだよ。別に監督に変に恩義とかを感じてるわけじゃあないけど」
「いいんですよ。あんな人。ああいうのは、なるべくしてなるんです。ワガママばっかりしてた人ってのは、ワガママした分しっぺ返しがくるんですよ。そうとでも思わないと、報われなさ過ぎるじゃないですか。人生って、そうやって……苦労した分のことは見返りがなきゃ、やってられません」
「苦労が美談にされすぎるのも、どうかと思うけど」
いそいそと着替えを済ませ終わりそうになるジェネルの脇で、シャツを両手で広げたまま、動きを止めた海がぽつりと呟いた。
「……分かりました。言い方ちょっと変えます。虐げられた分、いいことなきゃ、つまらないじゃないですか。人生、傷ついて、苦労だけ増えて、それで歳だけとって老いていくくなんて……面白くないじゃないですか。……ねー、海さん。早く着替えてくださいよ。別に私は、海さんの胸板見ててハァハァしてても全然困らないんですけど、それだけじゃお腹は満たされませんし」
と、パーテーションから顔を覗かせて海の身体をジェネルはまじまじと見つめていた。
「お前……下履いてなかったらどうするつもりだったんだよ」
「エグいレベルでデカいって聞いてるのでそれはそれで興味あります」
「誰から」
「真悟ちゃんとその辺の中堅あたりが、なんかお風呂で海さんを見かけたときに見たって遠くで話してたのと、あと華耶さんが」
「なんで華耶とそういう話になったんだよ」
「そりゃ女ですから」
「女だとどうして俺のこう……そういう話になるんだよ」
「するに決まってるじゃないですかー。海さんが夜どんな感じなのかとか気になりますし。華耶さんも割と包み隠さず教えてくれますし」
「分かったから黙って着替えさせてくれよ。あっち向いててくれ。気が散る」
海は背中を向け、ゆっくり着替え始めた。背中を向けたら背中を向けたで、その背筋に対する妙な生暖かい視線を感じたので海は苛立ちながらそそくさと着替えを進めた。
試合後、今野が辞任するという報告を受けた観客は特段今野に惜別の言葉を向けるわけではなく、積年の恨みを晴らすようなきつめの野次があちこちから飛んできた。試合は5-11で大勝したと言うのに、まるで負けたかのような扱いだ。
「一応さ、あれでも一度は優勝してるんだよ、今野政権。シリーズ戦だってあと一歩のところまでっていうのも二度あった。それが、あんな風にして球場を去らなければならない。別に監督を擁護するわけじゃあないけど、あれじゃあんまりだ。あんなの見てたら、俺も、ちょっと間違ったらあんな風に球界を去らなければならないのかなって思っちゃうよ。俺だけじゃない。お前だってそうなりかねない。ファンってのは、薄情なもんだよな」
ふう、とため息をつきながら、なかなかTシャツを着ずにいた海は、何かを感じてそそくさとシャツに袖を通し、振り返った。
「お前、ちゃんと聞いてなかっただろ」
「いやー、そんなことは」
「鼻の下伸びてるし顔も赤くなってる。いいか、その欲情しきったウサギのような顔を今すぐやめろ」
「えへへ」
「えへへじゃないよ。真面目な話してるんだぞ、バカ」
海はジェネルの額を仕切り越しに人差し指で突き、いそいそと着替えを済ませた。
「でもさ、真悟にも一応、ちゃんと言っておかなきゃいけないな。監督の意見突っぱねた以上、お前だってあと数年でしっかり結果出さなきゃダメだぞ、って」
「真悟ちゃん、実際どうなんですか」
部屋から出ようとした海にジェネルが後ろからついてくる。
海はジェネルを特段引き離そうとしているつもりはないのだが、歩幅が大きいのでジェネルはやや小走りですぐ隣を歩いていた。
「お前を見てたときと同じ気持ちだよ」
「同じって?」
「アイツ次第ってことだよ。お前にも、アイツにも、俺にはないまっすぐさがあった」
「そんなまっすぐですかねー、真悟ちゃん」
「俺から見たらそう見えるって話だよ。お前から見たらそうでもないかもしれないし、それも否定はしないけど。アイツは……どこまで自分自身を貫けるかだと思う。やり方とか、そういうのじゃなくて、アイツという軸そのものをね」
「じゃ、期待できるってことなんですね」
「いいや。まだそうとも言い切れない。結局はアイツ次第だよ。皆が俺の期待に応えてくれるわけじゃないから」
海はふと腕を組んで、ため息をついた。
「でも、こうやって一方的に期待される側も、辛いんだよな。晴留だって、それなりにやりたいことがあってあんな学校通ってると思うんだけどさ。別にいい学校出た分、いいとこに勤めろよなんて言わないけどさ。楽させてもらった分、いいとこに勤めなきゃ、とか思ってそうでね、アイツ。そりゃ、自分の子供だ。期待はするよ。するけどさ……きっと、期待を受ける側は、その期待に押し潰されそうになることだってあると思う。俺だって、何度もそうやって潰れそうになった。なった、っていうか、今だって時々そうだし」
「海さん……」
ジェネルはどちらの話をするか迷った。海を励ましたほうがいいのか、晴留のことを話すべきなのか――その両方をするには、話がごちゃごちゃになりそうでジェネルは迷った。
「……ま、いいや。食事、付き合ってくれるんだろ、二号」
「あ……はい!」
二号、とわざとらしい言い方をしながら海が差し出した手をジェネルは強く握った。ジェネルが横に並ぶと、海は珍しく一丁前に自分のほうから腕なんか組んでみせるものだからジェネルが少し動揺していると、海はそんなジェネルをさらに腕で引き寄せて歩いた。
海なりのリップサービスのつもりだったが、ジェネルは若干本気にして、海にやたら寄り添うような形で歩いたが、やはり歩幅が合わずに時折海に引きずられていた。