「もう自分もチームを引っ張っていかなきゃいけない時期にありますからねぇ!ジェネルさんがいない間は自分がチームを引っ張るんでぇーッ!!」
キャンキャンと高い声を出しながら取材に答える丸毛。ジェネルが居ない間は自分がチームの中心選手だと思っているものだからか、ここぞとばかりにカメラや記者団に向かって自分をアピールしたがっているが、まるで成績が追いついていないものだからカメラマンも一応撮影はしながらも軽くあしらっている。
「あんな感じですけど、ロッカールームじゃ誰とも口利かないですからね、あの人。外面だけよくしといて、就職活動でもしようっていう魂胆なんじゃないすかね。俺はあんまり感心しませんけど」
少し離れたところで軽くキャッチボールをしながら、それを眺める海と真悟。
ジェネルもああした選手はあまり好きなタイプではないと言っていたが、真悟もまた、あまりいい感情は抱いていないようで、わざとらしく吐き捨てるようにした言い方で思いを口にした。
「そもそもお前はカメラ慣れしてないだろ」
「佳井さんほどじゃないですよ」
「そうかな」
海はやや狙って、なるべく自然を装ってボールを大きく左方向に向かって山なりに投げた。
ぽーん……と自分の頭上よりも高く外れたボールに、真悟は思わず仰け反って表情をはっとさせた。
「悪いね。拾ってきてくれるか」
「佳井さんが外したボールでしょう。……ったく」
海は手のひらで追いやるようにして真悟にボールを取りに行かせた。ボールの先には、取材を受けている丸毛や若手・中堅がいる。防球ネットをすり抜けるようにして、中堅選手や取材陣のいるところへ投げられたボールはそのいくらか手前で止まり、真悟は気まずそうにその取材陣の中へ入っていった。
「すみませんね。うちのベテランがボール反らしちゃって」
そう言って取材陣を邪魔しないようにして戻ろうとした真悟に、取材班は声をかけた。
「チームを牽引すると言えば、朝土選手の豪快な一打なんかもこの先大きな力になりそうですけど」
「えっ、俺ですか?いやいや。俺なんか、まだまだ打率が全然アレですから」
「でも、シーズン使い続ければ50本は軽いのではと言われてますよ。仮に1割台だったとしても50本も打てば、ロマンがあるじゃないですか」
「ロマンだけじゃ何もできないですよ。佳井さんくらいとは言いませんけど、せめてチーム打率のトップ5くらいには入らないと」
とたんに真悟に向いた取材に、丸毛は少し嫌そうな顔をした。
「そうですよ!ロマンだけじゃ何もできないですもんねェ!?」
いきなり肩を組まれる形になった真悟は苦笑いを浮かべながら
「……肩組みながら言うことなんですかね、それ?」
とやんわりと拒絶しながら――
「まあ、でも……俺ももうそんな若手って年でもないので、そろそろ結果で示したいとは思いますよ。結果で示してこそ人は本当の意味で背中を追ってきてくれると思うので。俺は……このチームに来てから、それを目の当たりにしてきたつもりなので」
「そうですよねぇ!追う背中にも風格ってもんがありますしねェー!!」
お前のこと言ってるんじゃないんだけどな……と真悟は肩をやたらとバンバンと叩いてくる丸毛を疎ましく思いながら、早く練習に戻ってくれるかあるいは取材陣が自分を解放してくれるか、もしくは取材班が何かを察して自分にだけインタビューをすることに切り替えてくれるかしてもらえないだろうかと思った。
「わざとらしい取材陣へのアピール作戦ありがとうございます」
真悟は若干むすっとした顔つきで海のもとへと戻ってきた。余計な世話を――と思いながら、容赦なく叩かれた肩を嫌そうに手で振り払って海を睨んだ。
「あんなんがチームの顔みたいな感じでやられるよりはいいだろ。で?もちろんカメラ慣れした対応は出来たんだろうね」
「まあ、俺は自分ではカメラ慣れしてるつもりですから」
「じゃあ、俺と大差ないってことだね。俺だって自分がカメラ慣れはいくらかしてるつもりでいる。お前、カメラの前でアイツみたいにおちゃらけられるわけじゃないだろ。だったら、俺とそんなに変わってないはずだよ」
「ま、今の俺がいっぱい喋っても口だけになるでしょう。さっきの人みたいに。まずは成績を残してからじゃないと。あの人、成績残してるかどうかで言ったらだいぶギリギリでしょう。だとしたら、俺はマジであの人くらいは打たないと」
「打てるようになったら口が達者になる見込みは?」
「……それは佳井さんがよく知ってると思いますよ」
なんとなく、自分もジェネルほどはカメラの前で明るく振舞えるわけではないことを自覚しているのか、真悟は気まずそうに言葉を濁した。
チームはここにきて5連勝をマークしていた。首位を走るバトルシップスにも昨日は延長11回までもつれ込みながら0対1でサヨナラ勝利を決め、ここにきてAクラス入りも本当に夢ではないのではないか――そんな空気を地元紙は作り始めていた。
ついにゲーム差1桁 見えたポストシーズン
勝ちたいんや!下克上や!下克上の秋や!
佳井ラストランへ 栄光への階段見えた
連日煽り立てた地元紙に影響されてか、観客の応援の熱はさらにボルテージを上げていた。海が一軍に合流してまだわずか3日、しかもその間一度も出場すらなかったが、このままシーズン終わりまで本当にもつのだろうか――そんなことを海は考えていた。
「あとは俺がヒット打つだけ、みたいな短絡的な考えしてそうだよな、地元紙や応援団は。俺がヒットさえ打ったら、本当にポストシーズンに進出できて、そのままシリーズ制覇まで突き進めそうって思ってそうだよ。スポ魂系漫画じゃあるまいし」
海は足を組みながら、応援団のイケイケな雰囲気を少し冷めた様子で見つめていた。雰囲気が死んでいるよりはよっぽどいいし、長年そうしてハイかローの二つのギアしかないような観客のテンションを見続けていたのだから今更な話ではあると思っていたのだが、この雰囲気がよくない流れ一つで途端に終わってしまいそうで、海はそれを不安視していた。
「いいじゃないですか。俺、そういうの嫌いじゃないですよ」
「このコーナーは俺のもんだ、みたいな感じなの、あんま好きじゃないんだよ俺。別に俺一人で勝ってるわけでもないってのにさ。それこそ、さっきのアイツみたいなのとかさ」
「ここまで佳井さんの力で勝った試合の数数えたら、そのくらいやってもバチあたりませんって」
真悟は鼻で笑いながら、海の言葉をやんわりと否定した。
「でもさ。俺が例えば本当に決定打をこの後打ったなら分かるよ。でも、そんなことしたら、俺を精神的支柱だとかなんとか、ありもしない幻想をテレビとかは作るだろ」
「でしょうね」
「でも、そんな綺麗なもんじゃないよ、このチームは。円陣だって、カメラが回ってないときなんか、ボロボロだろ。守備から戻ってくるときにベンチから出迎えない選手ばかりだし、そもそも攻撃中にベンチに居ない選手だってたくさんいる。変に俺の存在を使って、チームや俺を美化してほしくないんだよ。仮にちょっといい話になったら、このチームが抱えている問題をファンだけじゃなくて、中に居る連中すら忘れてしまうだろ。それで勝てちゃうもんだから別にいいだろってきっとなってしまう」
「でも、佳井さんの立場からしてみたら、そうしないと世間が納得しないんですよ。球界のトップを走り続けてきた人間の宿命ですよ。いいか悪いかは別として」
「トップの宿命ね……で?お前はそこに行けそうか?」
「……行かないつもりでここに座ってたら、一生俺はベンチスタートのままですよ。10年どころか、3年後にはトップに立ってるくらいのつもりでいます。ま、言うだけなら、誰にだってできますけどね」
真悟は自嘲気味に笑いながら、むやみに外野を走って一周しながら観客を煽っている中堅選手たちを睨んだ。
「あれに混ざって空気をブチ壊してきたらいいんじゃないか」
「嫌ですよ」
海の提案を真悟は一蹴した。
試合開始直後からバトルシップス打線相手に満塁のピンチを迎え、あっさりと2点を奪われたチーターズは5回までにわずかに3安打しか出来ずに居た。
二死ランナー二塁。前の打者がバントをし、打順が先発投手に回ってきたところで、退任した今野にかわって監督に就任していた大平【おおだいら】が真悟を呼びつけた。
すぐさま打席へ向かう準備をしはじめた真悟はバットをゆるく振り、ゆっくりと打席へ歩き始めた。
相手投手の持ち味であるキレのいいストレートと、落差もありブレーキの強くかかるチェンジアップ――。それでいて、そのどちらも、どんなコースからでもカウントを取れる実力を持っている。
確実にランナーを一人返すなら、むやみに来た球を振らずに、雑に入ったボールをしっかりと叩くべきだろう。
まだ試合が5回だということを考えれば、ストレートとチェンジアップのどちらか一つを捨てて一発同点を狙いにいくことだって選択肢の一つだ。
大平が考えているのは後者のほうで、とにかく真悟には物怖じせずに一発を狙って欲しい――ということなのだろう。カバのような間抜け面をしながら、のそのそとサインを送って真悟を見つめている。
一方で真悟の表情を見るに、一発を狙っているものの、自分の打率のことを気にしているような――そんなどっちつかずな表情で打席に立っている気配がした。自分でさっきあんなことを言ってしまった以上、率だって残さなければならないことを真悟は意識しているのだろう。
それは、自分の若い頃を見ているときのようだった。
自分も真悟と同じくらいの時期は、ヒットを打つことだけで精一杯だったし、自由自在にどんなコースでもヒットにできなければ、狙って長打を放つことだってできないと思っていた。その率すら残せなければ使ってすらもらえない――だからこそ、海は打率に固執した。
しかしながら、自分のヒットが勝利につながらないことを監督や観客から言われるものだから、焦って長打を強引に狙おうとして、自分の本来の打撃が出来なくなる日々だって少なくなかった。
25歳で球春を迎えたシーズン、海はそれでも代打で4割後半の打率を残した。打てなかった残りの半分と少しの打席の中には、そうして欲張ったスイングをしてしまったものも数知れない。あの年、狙って長打だってある程度は打てるようになりはじめたシーズンではあったが、それでもまだ自分の中に今よりももっと迷いを感じる日々だった。
現役を退くこんな年になってまで打席に入ったときの迷いなんてものは払拭できなかったのだから、真悟に偉そうに何か言える立場ではないだろう。人間、言われて気持ちをすぐに切り替えられるほど単純ではないのだ。
あれからちょうど20年の月日が流れた。奇しくも、あの時と同じ、代打出場メインの身分で自分は居る。たった1打席でどうやって結果を残せばいいのだ、などと不満ばかり言っていた頃の自分と、今の自分とでは何が変わったのだろうか。
守るべきもの、責任だけがそこにあって、自分というものは結局成長できなかったのではないか――そんなことを海はふと考えていた。
――一番星目指して
その闘志を燃やせ
気迫のフルスイングで
速球を砕け――♪
打席を一度外し、構えなおす真悟。二球続けてチェンジアップを見送り、わずか二球で追い込まれてしまった状態で一度間を取った真悟の表情は、どこか虚勢を張っているようだった。大きな肩幅と、甘いマスクの割にはやたらと太い腕でバットを大きく構え、独特の揺れをもつリズムでバットを動かし、次の一球を待った。
セットポジションから放たれた白球を、真悟は思い切り振った。狙っていたのはストレートだったのだろう。真ん中のだいぶ甘いコースに放たれたその白球は、バットの先端よりもだいぶ前で減速し――そのまま真悟の打棒をあざ笑うようにしてキャッチャーミットに収まった。真悟はバランスを崩しみっともなく倒れこみ、まるで新喜劇のオチのように両足を高く上げて背中から転がってしまった。
「あーあーあー何やってんだかなあ」
真悟がなかなかベンチへ戻ってこない間にグランド整備が始まった。ベンチでは丸毛や中堅選手が真悟の情けない姿に大きく不満を漏らし、半笑いでその様子を見ていた。
「代打に高揚感のないチームなんて一生勝てないですよねェー」
そんなことを偉そうに言いながら他の中堅どころや若手と偉そうにボソボソと話し始める中、真悟は悔しそうな顔でベンチへ戻ってきた。
海は一人、戻ってきた真悟をベンチの前まで出て出迎えたが、他に真悟を迎えようとする者はいなかった。
「……あんなの打てなきゃ、俺は一生スタメンにはなれないでしょうね」
「最後の一球はチェンジアップだとは思わなかったのか?」
「三球続けてチェンジアップでカウント取りに来るバカなんていないと思ってました。駄目ですね。俺はそのバカにまんまとやられてしまいました。あれがバカなら、俺は大バカです。バカです、バーカ」
真悟はヘルメットを片付け、頭を抱えた。
「一応、ないわけでもなかったんですよ。間を取って、冷静に考えて、三球続けてチェンジアップを投げてくるってことは、俺はそれだけナメられてるってことじゃないですか。とりあえず変化球投げておけばバットには当たらないって思われてしまってるってことですから。直球で勝負すらしてもらえないわけじゃないですか。向こうだってパワー系のピッチャーなのに」
「で自分がナメられてると思いたくなかったからストレートに絞った、と」
海の言葉に真悟は無言で頷き、うなだれた。
「俺には、もう才能なんてないのかもしれないです。あったとしても、才能を生かせるほどのセンスがないんですよ、俺」
「バカ言え」
海はそんな真悟の頭を軽く小突き、グラウンドを見つめていた。
内心、今の打席が自分に回ってきてくれたならランナーを返せたかもしれないのに――とは思ったが、そこまでは言ってやらなかった。
真悟の空振りがきっかけになったのかどうかは分からないが、試合中盤からさらに追加点を挙げたバトルシップスは9回の攻撃を終えて8対3と5点のリードを奪っていた。
あれほど試合前は元気を見せていた中堅選手たちもあからさまにやる気をなくしたような顔をし、ベンチから声を出すなんてこともしなくなり、試合の様子すら見ていない様子だった。
大平ははじめのうちはそれをなんとなくボヘっとした表情で睨んでいたが、特に何も考えていない様子でまた打席一つ一つの様子に注目していた。
イニングの間に行われる小さなイベントに、海はこれをあと何度見られるものだろうと考えていた。
「佳井」
生駒が海の前に立った。しばらく見ない間に、またずいぶんと太ったような姿に見えたのは、生駒が太ったからではなく、それなりに長い間自分が一軍に戻ってこられなかったこともあるのだろう。それでも記憶よりもずいぶんと生駒の姿は横に大きく見えた。
「待たせたな。お前、この重たい空気をなんとかしてくれるか」
出来もしない無理難題ばかり突きつけ続けてきた生駒の姿がそこにはあった。現役生活27年の月日は、生駒をずいぶん肥えさせたし、そして唯一の良心といっても過言ではなかった小室は今、相手側のベンチでこちらをたまに見ながら、険しい表情を浮かべている。
本当にこの長い年月の中で変わらなかった――いや、変われなかったのは、ひょっとしたら自分だけなのかもしれない――海はそんなことをふと思いながら、生駒を睨んだ。
「無理だって言っても聞かないんでしょう、あんたは」
「悪いな。コーチというのはそういうもんだ」
「謝るだけなら、誰にだって出来るんですよ」
本当に申し訳なさそうな顔をした生駒に海は冷めた目で返しながら、バットを取り出した。どこか背までずいぶん縮んだように見えた生駒の姿に、海は胸が締め付けられる思いがした。
生駒が自分に対して放った言葉は一生忘れないだろうし、そんな生駒が今なおチームに居続けている――そんな不条理を胸に、海はバットをへし折りたくなるくらいに握り締めた。
「……分かってると思いますけど、俺、もうあんたが俺に抱いている幻想ほど、しっかりしてないんですからね。変に期待して、この試合の全てを俺になすりつけることなんか、しないでください。同点の場面ならまだしも」
「分かってるよ」
生駒はそう言いながら海のそばになれなれしく一度寄り、肩を二度ほど撫でた。辞めたと言っていたはずのタバコのにおいがかすかにして、海は生駒を睨んだ。
「一応聞くけど、もう折れてはいないんだよな?」
「大丈夫ですよ。折れてたら素直に一軍合流を断ってます」
「分かった。……もう一度夢を見させてやってくれ。ファンだけじゃない――ジェネルの奴にも、薫の奴にも」
「今更ちょっとかっこいいこと言って俺から点数稼ごうったって、無駄ですよ。あんたが俺に言ったこと、やったこと、俺は忘れてませんから」
海はそんな生駒の言葉を鼻で笑った。生駒もまた、自虐するようにして口をひん曲げながら笑い――
「でもこれは俺の本心なんだ。それは信じて欲しい」
と、海の肩を軽く叩いた。
「信じてもらえないだけのことをしたんですよ、あんたは。俺は別に、あんたのために打席に立つわけじゃありませんから。あんたの本心かどうかなんて、もはや俺の人生にとって何の意味も持たない」
そんな生駒に一瞥くれてやりながら、海はベンチから出て行こうとした。