海の彼方で   作:錫樹トシアキ

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218・佳井海が育んだもの

「……さて」

深沢の新居にようやく車を停めた海は、うんと背伸びをした。業者に頼んでおいた残りの車の輸送や荷物がこちらに届くのは明日の午前だろう。移動している間、陽は随分と沈んでしまった。照明が灯り始めた景色は、大阪のギラギラした夜とはまた違う、化かしあいのような東京の騒がしい夜を描き始める。海はそんな景色にどこか懐かしさを感じていた。

 

夕飯は晴留が作ってくれているということだった。玄関の扉を開けると馴染みの香りが漂ってくる。華耶から晴留、そして真結や広乃たちへと受け継がれたジャンバラヤの香辛料の香りだ。

 

海が少し庭の感じだとか、倉庫の周りの手入れ具合を確認している間に華耶たちは準備を進め、食卓は海を待つのみという状態だった。

食卓に戻ると、律儀に皆が手を付けずにテレビを見ながら待っていたものだから、海は少し迷惑そうにしながら急いで椅子へ向かった。

「なんだ、食べててよかったのに」

「お父さんが運転してくれてたんだから、お父さんを待ってなきゃ失礼でしょ」

「家族なんだから、失礼もなにもないだろ」

「家族だから失礼になる人だっているでしょ」

「晴留、やめなさい」

晴留の言葉に海は軽口で返したが、華耶が晴留の毒づきをそれ以上言わないようにと諌めた。

海はそんな二人のやり取りを目で追いながら、目の前の食事に手を合わせた。

「いただきます」

華耶たちも続けてそう告げ、食卓に並んだ揚げ物だとか、出前で取り寄せたオードブルに一斉に手を伸ばしていく。

 

「皆食べ盛りだから、これからはキッチンもフル回転だね」

「大丈夫だよ。私、そのあたりも慣れてきたから」

「慣れたって言っても、いつまでも家にいるわけにもいかないでしょ。いつどう結婚するかだって分からないのに」

「そんな、明日突然運命の人に出会うことなんかないって」

「でもあたしは突然出会ったし」

「あ~」

「ね?目の前にその代表がいると説得力あるでしょ?」

「まあねえ」

「だから晴留だって明日――ううん。なんならこのあと突然、ドラッグストアなんかに用事が出来て、その時に運命が変わることだってあるかもしれないんだから」

華耶と晴留の軽快なやりとりを見て、海は懐かしさを覚えた。自分の知っている食卓という姿が帰ってきたように感じられて、海は無意識にうっすらとした笑顔を浮かべていた。

直人は相変わらず口数が少なく、線も細めだが、それでも順当に高校生らしい成長具合を見せていて、食欲は人並みに見せていた。食べるものも食べていなければ、生気そのものがないというわけではなく、単にこれが直人なりの平常だということが見て取れて海は安心した。

 

吹田にいる間に琉美と諒斗の卒業式、そして柊理の卒業式を立て続けに出席し、その直後に慌しく引越し。そんな忙しいスケジュールの中で生活していた海は、食事の後すぐに眠ってしまった。

これからはこんな穏やかな日々が続くのだ――そんな安心感が余計に海の心から閉塞感を取り除いたこともあり、海の緊張の糸はぷつりと切れた。

 

翌日、引越し業者に追加の家具やら、あらかじめ車で輸送していた荷物の残りなどを運んでもらい、ようやく本当の意味で新生活がスタートした。

一応、トレーニング室には吹田の自宅にあったものはほぼ持ってきたか、あるいは代わりになるものを取り入れたので、朝からトレーニングに打ち込むことだって出来たのだが、海は朝早く、車を世田谷から杉並方面へと走らせていた。

 

なんでも、野球場のすぐそばにあった空家を改装して少年野球のクラブハウスにしてしまい、近くにある運動公園が雨天時などで使えないときはそこで練習をすることができる施設を田中と犬塚が作ったのだという。

海の自宅に地下室があり、そこにトレーニング室があるという話を田中から聞いた犬塚が『それは面白い』と取り入れ、犬塚と田中とで資金を出し合って建てたのだそうだ。

さすがの海も家にピッチングマシンを置いて打撃練習……という環境はないので田中に相談したところ、ならば自分たちの練習場を使えばいい――ということで海はカーナビに言われるがままに杉並の善福寺川沿いへと来たのだが――

 

「その田中がなんで居ないんだよ」

「……まあ、ちょっとね……いろいろあったのだよ」

「いろいろって。……アイツ、新婚だろ。いろいろあっちゃいけない立場なんじゃないのか?」

「そ……そう言われると、確かに……そうなのだけども」

妙な歯切れの悪さを犬塚は見せた。

田中は随分と犬塚のことを信頼しているようだったし、自分では犬塚とは仲がいいようなそぶりでこれまで何度も話をしていたものだから、本当はそれほど仲がよくないのか、それともよほど何かこちらに話せない事情があるのではないか――と海は要らない詮索をしてしまった。会話の際にこんな詮索をして腹の探りあいをすることくらい、引退後はなくなってくれるものだと思っていたものだから、海は舌打ちをしたい気分になった。

 

「……ひょっとして、あんたも細かい事情知らないのか?」

「……まあ、細かいことはいいじゃないか。時間は限られているのだから、練習をはじめよう」

「……」

間違いなく、犬塚は何か事情を知っている――そう思いながらも、聞いたところで犬塚が自分に素直に口を割ってくれるとは思えなかったし、田中のことだ、どうせまたしょうもないことで周りを騒がせているのだろう――そう思うととたんに馬鹿馬鹿しくなり、海はこれ以上深彫りすることをやめた。

 

引退セレモニーでは一度、打席にしっかりと立ってもらい、投げられた球に対して遊びではなく真剣にスイングをしてもらうということを海は先日、球団から正式に連絡を受けていた。

その際、誰がマウンドに上がっているかをなかなかスタッフは割ろうとしなかったから、マウンドに上がっている投手が、自分が一度対戦を拒んだあの投手ではないことをしつこく海は問いただした。

少なくとも、真剣勝負をうたいながら八百長を持ちかけてくるような投手とは自分は真剣にやれない――そう強く球団に訴えた海は、もはやその相手があの投手でなければ誰でもよかった。

 

そうしてここ最近の出来事を振り返ると、今日ここに田中がいないことに海は途端に納得がいった。なるほど、田中がマウンドに上がるのならば、今日ここにいては気まずいだろうから、いなくても不思議なことではない。なるほどな、と海は犬塚を一度横目で眺めながらうんうんと頷き、犬塚の案内で施設の中を回った。

 

「っ――!」

ピッチングマシンとはいえ、久々にしっかりした速さの球に海は少し手こずっていた。秋に肉離れを起こしたのを最後に実戦から遠ざかっていて、周りとは違ってキャンプに入ったわけでもないという事実からも逃れられなかったし、何より、連続してスイングしていると、以前よりも体力が落ちていることを感じた。

まったくトレーニングをしていなかったわけではないが、プロという看板を下ろした自分がいかに『普通の人間』に帰ってしまったのかを海は痛感した。

 

次々とボタンを使ってコースや速度、変化球を調整しながら犬塚は、そんな海の打撃に口を挟むでもなく、ひたすら打たせていた。犬塚からしてみれば、むしろ海の打撃は、恐ろしさを感じていた。

 

突然速度を一気に上げると練習としての意味がないから、海には黙って、それも気づかれないように、タブレット端末を使って遠隔操作をしながら小数点単位で徐々にストレートの速度を上げていた犬塚。

最初に投げた球は130km/h台だったが、今マシンから飛び出している直球の速さは155km/hまで上がっている。海自身、トレーニングをまったく怠ってきたわけではない、と犬塚には話していたが、確かにその言葉通りなのだろう。肉離れ以来まったく練習をしてこなかった者が、155km/hの球に必死で食らいついて前に当ててきている――。

 

海の言う『トレーニングを怠ったわけではない』という言葉がどれほどのものなのか、犬塚は想像できず、ただ、後ろで時々引きつった笑みを浮かべながら、海から渡されたカメラを使って海へとその視線を向けることしかできなかった。

 

30分近く延々と打球を捌き続けた海は一度休憩を挟み、ベンチ脇にあったフリーの自販機からスポーツドリンクを取り出し、口にした。

 

「取材班のやつ、忙しくて撮れないから代わりに撮ってくれなんてさ。あんたには余計な仕事を増やしてしまったね」

「構わないよ。君のスイングを久々にこうして映像に収めることが出来た。教え子にとっても、スイングはこうしてやるものだと手本になるよ」

「俺みたいなスイングなんか真似しても、理想にとらわれてかえってダメになるよ」

「ハハハ。相変わらず厳しいな、君は」

「現に、誰もついてこれなかったからね」

誰もついてこれなかった――その言葉を犬塚は重く受け止めた。

最後の1年は、スライディングした際に傷めた手がうっすらと骨折していることを隠してプレーした。続けようと思えば続けることが出来たかもしれないが、年齢も年齢だし、ここで無理をして壊れてしまうことよりも、治療にも専念したかったという事情があった。

 

チームからは引退の申し出があったとき、コーチ転身も打診されてはいたが、犬塚はこれも断っていた。チームに残り続けるという手段も確かにあったのだが、次代を担う子供たちの育成に回らなければ、チームはきっとこのままだろうという思いが犬塚にはあった。

 

いいや、それだけではない。

田中は入団以来、度々犬塚と会うたびにチームの内情を話していた。チームの垣根ということがある以上深くは話さなかったが、ただ一言――

 

『このチームは、狂っている――』

 

その言葉を犬塚ははじめ、冗談だと思っていた。エンペラーズからの慰留を振り切る形で、田中を胴上げさせるため、自分のキャリアの最後を締めくくるためにチーターズへと移籍してきたものの、自分の知っている野球という概念は、そこにはなかった。

自分自身も積極的に声を出して周りを変えていくような人間ではなかったが、これほどチームはバラバラなのか――そんな驚きと失望とが犬塚にはあった。

田中が、そして海が、心身をボロボロにさせてまでプレーを続けるのを近くで見ていた犬塚は、こんなことではいけない――負の連鎖はもっと早く断ち切らないといけない――そんな思いで子供たちの指導へ走った。

聞こえはいいが、自分は次のためにという言葉を盾に、逃げたのだ。手の骨と同時に、心までもが折れてしまったのだ。

 

ついてこれなかった者の一人に、自分はいる。自分なりの信念を胸に指導をしているが、田中や海をここまで追い詰めてしまった者の中に、自分がいる――その事実を改めて突きつけられた犬塚は、その切れ長い目を細め、うつむいた。

 

「それにしても、清兵衛の奴もひょっとしたらあんたらと一緒にやってるんじゃないかって思ってたんだけどね。やっぱりアイツは、こういうのはガラじゃないか」

「まあ、彼らしいじゃないか。……でも、君も人のことは言えないのではないかな」

「……まあね」

 

内心、清兵衛とどこかで繋がっていてくれればよかったのに――と海は思っていたが、案の定そうそううまい話などない、という事実が海にとっては少しばかりショックだった。

別に自分が引退するから会いたい、なんてセンチメンタルに便乗して感動の再会を果たしたいわけではないのだが、あれから一度も連絡もなければ、これほどスポーツ誌が引退後の選手の動向を調べていながら、どこからもその情報が上がるわけでもない。

どこで何をしているかも分からないまま時間だけが過ぎ、とうとう自分の野球人としての最後を一度は迎えたといるのに顔も拝めずにいる――。

 

一度くらい、自分は最後まで戦い抜いたということを報告したかった海としては、清兵衛について何かを知っていて欲しかったのだが、そうそう都合のいい話はないようだ。

 

「……まあ、人には向き不向きがあるからね。私は、君に指導者になれとは言わないよ。楓斗も、君は指導者にはならないだろうと言っていたからね」

「……アイツが何言ったか知らないけど、俺は指導者にはなるつもりはないよ。誰にいくら積まれてもね。俺には、俺の時間を取り戻す時間が必要だ。野球だって……きっと、これが終われば、これっきりだ。子供たちにだって野球を無理強いしてこなかったし、次生まれてくる子供にも野球を強要するつもりはない」

「子供たちがもし野球をしたいと言い出したら?」

「今までも止めなかったし、これからもそうだよ。辞めたいと言い出したら、それを止めるつもりもない。……でも、東京の強豪校なんて大体どこもグラウンドが別のところにあるだろ」

「グラウンドが校舎内にある強豪というと……大帝くらいかな。都立高ならグラウンドはありがちだけれども」

「ああ。だから、もし高校になっても野球を続けたくて、プロを目指してると言うのなら、そのときは家から出て行く選択肢のほうが強まると思う。その時はきっと……俺は寂しく思うだろうね。その頃にはきっと、孫の一人でも生まれてるだろうけどさ。でも、きっと最後の子供になるんだ。できれば、ずっと家でかわいがってやりたいもんだよ」

「孫……?ああ、そうか。上の子はもう成人してたのだね、君は」

「ああ。早いもので、次女三女も二十歳になるところだ」

「……随分若いうちから頑張ったのだね、君は」

「……」

海は軽く驚いている犬塚のバットに顎を乗せながら、呆然と遠くを見つめた。

 

「子供たちが誰も無理に野球を続けなくてよかったと思ってるよ。俺の姿を見てなお野球をしたいって思えるなら、よっぽど覚悟があるか、よっぽど自分に変に自信があるかのどっちかだ。子供たちが俺を見て、野球選手というものに幻想を抱かなくてよかったと思う。……でも、きっとそれは父親としてはあるまじき姿だったとは思う。子供たちは俺が思っていたよりもずっと賢かったから、俺を見て一人ひとり、自分の人生を考えてくれたからよかったけどさ。もし、俺の疲れきった姿を見て、世の中に絶望するようなことがあったなら、その時は俺は本当に父親失格だったと思う。というか……そうなっててもおかしくなかった。華耶が……嫁がうまいことやってくれたからだよ。だから、最後の子供はせめて、普通の父親としていたい」

海はそう言いながら、バットを握り締め、じっと見つめながら再びそれを下ろし――ため息をついた。

 

「……本当に最後の子供になるのだよな?君のソレは。……確か、8人目……いや、9人目だっただろう?」

「……人聞きが悪いな」

犬塚は茶化すというよりは本当に疑問に思ったようで、海の顔をじっと見つめていた。

 

「……でも、できればずっと自分のことは女として見て欲しいって言ってるからね、嫁は。それには可能な限り応えていきたいよ。俺が男として見られているうちはね」

「……私も負けてられないね。……どうにも最近、妻は私に遠慮がちでね。もうそういう次元を超えてしまったのではないかと自分で自分を決め付けてしまっている気がしたよ、ふと」

「……張り合うものでもないだろ、こんなもの」

海は犬塚の神妙な顔つきに苦笑しながら、再び打席へと向かうため立ち上がった。

 

「……え、応援歌変わるんですか?」

チーム公式応援団から応援歌を変更するつもりである旨を告げられたジェネルは突然の通達に驚いた。

今まで自分の応援歌というものは長く使われ続け、定着しきったものだと思っていたし、これからも使われるものだと思っていた。今更変更するメリットがあるのだろうかとジェネルは思っていたが、デモ音源をイヤホンで視聴したジェネルはその聞きなれたメロディに表情をはっとさせた。

 

「……いやいやいやいや。ダメですって。……ダメですって、こればっかりはマジで」

ジェネルは苦笑を浮かべながら手をブンブンと振り、音源を私に来た応援団役員に向かってなんともいえない笑顔を浮かべた。

 

「気に入ると思ったんですけど」

「いやー、気に入ってるか気に入ってないかで言われたら気に入ってますよ。いや……でも、ダメでしょう?これは」

「でも、今のジェネル選手には一番必要なものだと思っています」

「……」

応援団役員はニッと笑いながらジェネルを見つめた。

 

「ジェネル選手さえよければ、すぐにでも音源をアップしますよ。きっと、ファンの皆だって喜ぶはずですし、きっと……ファンの皆さんも、強く望んでいることのはずです」

ジェネルはそんな役員の顔から逃げるように目を伏せ――腕を組んで考えた。

「……分かりました。お願いします。あ、でも――」

ジェネルはすぐさま引き返そうとした役員を引き止めるようにして声をかけた。

 

「今までの曲も、時々使ってくれませんか。歌詞を変えるきっかけついでにこの曲にしたいなら、今までの曲も、歌詞だけ変えて残しておいて欲しいんです。きっと、もともとの曲に愛着がある人もいるでしょうから」

「分かってますよ。任せてください」

役員はそう言うと笑顔を見せ、出口へと向かっていった。

 

「俺も応援歌変えてほしいって言えば、変えてもらえるんですかね」

脇で聞いていた真悟がため息をついた。

「えー?だって、今の応援歌も十分かっこいいじゃん。何が不満なの?」

「ネットの替え歌が気に入らないんですよ、俺のやつ」

「替え歌?」

 

 ――一割にも満たない

     外スラは空振り

      リードも二流の真悟

       速球も空振り――♪

 

「ひどいな~」

「最近だとこういうのもあるそうですよ」

 

 ――打率よりも大きい

    身長が持ち味

     顔だけはベストナイン

      夜の三冠王――♪

 

「……ひどくないですか。俺、そんな遊び人に見えます?」

「いや、先に打率のこと気にしようよ。そこだけは事実なんだから。あと外スラのことも――」

「それはそうなんですけど夜の三冠王なんて。俺、佳井さんほど激しくないですよ絶対」

食い気味に真悟はジェネルの言葉をかき消し、言葉を否定した。そういうところなんだよな――とジェネルは真悟の様子を見て、一人前になるまではまだまだかかるだろうと思ったし、きっと自分も海から見てみればこんな風に見えていたのだろうなと思うと、胸が痛んだ。

 

「まあ海さんが激しいかどうかはさておいて」

「さておくんですか」

「逆に、知りたい?」

「……逆に、知ってるんですか?ジェネルさんは」

「さあ?」

意味深な笑みを浮かべたジェネルに真悟は手玉に取られていることを悟り、むっと唇を噛んだ。

 

「ま、とにかく。応援歌変えてくださいって言っても、どのみち今の真悟くんは率を残すか、その打率に目を瞑れるくらいホームランを打たなきゃ絶対いじられっぱなしだと思うよ。もちろん、侮辱的な替え歌は広報にでも伝えてやめさせないといけないけどさ。それくらい真悟くん、これからのチーターズを背負うべきって思われてるところはあると思うんだ。見返そうよ。今季はスタメンほぼ確なんでしょ。だったら、なおさら替え歌を成績で黙らせないと。私までもともとの歌詞思い出せなくなっちゃいそうだよ」

「……そりゃ、そうなんですけど」

真悟は口をひん曲げながら、腕を組んだ。

 

「肝心の打撃コーチが、割と放任主義じゃないですか。浅井さんだって居ないから、打撃投手なんかは最近フニャチンみたいな球しか投げてこないですし」

「居ないものをいつまでも居ない居ないって言ったって、しょうがないよ。……私だって、居ないものをいつまでも居てほしいものだと思い続けてるから、人のことは言えないんだけどさ。でも……私の知ってる人は、それでも歩むことをやめなかったから。曲がりなりにも」

ジェネルのまっすぐな眼差しが真悟に突き刺さる。この状況で、どうしたらそんなにまっすぐで居られるのか――真悟はそのエネルギーが羨ましかった。

 

「言っときますけど、別に俺……悔しくないわけじゃないですからね。悔しいけど、どうにもならないことが一番悔しいだけなんですから。俺だって、自分で何もせずに悔しい悔しいって言葉にしてそれを免罪符にしてるつもりはありません」

「じゃあ、このあと一緒に練習しよっか?一緒に練習する相手がいないからひねくれてるところだって、あるんでしょ?」

「……そういうつもりで言ってるわけじゃないんですけどね」

どこか心の内を見透かされてるような気がして、真悟は少しイラっとしながら、ジェネルの後ろをついていった。

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