〈だぁ~かぁ~らぁ~、なんでそう海外向けのコンテンツに地味な企画ばっかり持ってくるのって話してるの?考える頭どこに置いてきた?病気かなんかで頭おかしくなってる系?〉
「アメリカの大リーグにパワーで対抗しても向こうの人たちには興味を持ってもらえません」
〈それを興味持ってもらうのがあんたらの仕事じゃんって言ってんじゃんだから私は〉
「だから言ってるじゃないですか、中松D。向こうの人が度肝を抜くような、あえてのバント特集というのは絶対悪くないと思っています。今や大リーグではバントは絶滅危惧種ですし、バントヒットやバントをめぐる攻防、バントの構えからのバスターというのは、バントの是非をめぐる論争に一石を投じるいいチャンスになるとあたしは思っています」
きょうもリモート会議で中松がいちいち華耶の意見に食って掛かって、意見をなかなか捻じ曲げない光景が続いていた。
一方で華耶もまた決して意見を退かないため、その会議は難航していた。
〈何がバントよ。そんなんだからこの国の野球はナメられるんだって。こないだの国際大会だってさ――〉
〈――中松D。日本と海外とでは動画の伸びのコンテンツが実は違います。球場でのアクシデントに関する動画は共通して高いのですが――〉
〈あーあー、そんなことくらい知ってるって!!雑魚が口挟むなよ、雑魚がさあ!!〉
〈……去年もこのバント特集を『ジャパニーズ・ニンジャ・バント』と少しコテコテの編集をした動画が海外では人気で――〉
〈去年流行ったものが今年も流行るとは限らないでしょ!いい!?私は自分のプロジェクトが流行に遅れてるって思われたくないの!!流行は!!!!一秒ごとに変化しているの!!!!!!〉
同じく、リモートで参加していた同僚が画面共有で動画の再生数や連続再生時間などをまとめたグラフを流すが、中松はとにかくNoの一点張りを繰り返していた。
同僚は中松に押し切られ、今にも泣きそうな表情で唇をぐっと噛み、つまらなさそうに少しうつむき気味にして黙ってしまった。
「じゃあ、具体的に中松Dは何を流行らせたいんですか?」
〈だから言ってるじゃん、私はもっと派手なやつをやりたいって〉
「派手って」
思わずバカにするような笑みを浮かべてしまいそうになった華耶だったが、つい吐き捨てるようにその言葉はポロっとこぼれてしまった。
派手、という具体性のない一言がそこに出てきたことに華耶はよくもまあこんな女が"やり手"として昇格できたものだ――と、仕事はできるのかもしれないが、部下を持った際に自分の頭にあることを口で表現できない中松の力量不足に内心鼻で笑い飛ばしたい気分だった。
〈だからさぁ!!!!分かれって!!!!もっとさぁ、160km/h後半投げてる投手の特集とかあるでしょって話してんの!〉
「それ、日本じゃいいかもしれませんよ。でも、向こうの今の最速記録分かってて言ってるんですか?170近い速球どころか、170投げる投手が向こうに何人いると思ってるんですか」
〈だーかーらー、それを編集とかで派手に見せるのがうちらの仕事でしょって言ってんの!!!!なんで分からないのよ、そんな簡単なこと。あれなの?あんた、今まで産んだぶんと、今の腹にいる子供に養分吸い取られてその分バカになってるってこと!?これだからすぐ産休取るやつはさー〉
〈中松D、そういうのはよくないですよ〉
〈うるさいな、あんたは自分の仕事しろって!!!!〉
〈中松D。一応言っておきますけどリモート会議って、やろうと思えばSE部門が会議の内容を抜き打ちで確認なんかして、人事に声かけたりすることあるんですよ。普段の業務でも問題ですけど、映像として記録が残っててもおかしくない場でそういう発言は本当にやめたほうがいいと思います〉
〈ハッ……バカにバカって言って何が悪いの?バント特集とかそんなバカみたいな話、私は絶対通さないから。とにかく!次の海外向け動画は直球特集!!私がそう決めたんだからとっとと準備しなさいよ!!〉
〈しかし、それじゃPが――〉
〈プロデューサーには私が話通すから!!〉
ぶつん、と音が聞こえるような勢いでそうして中松はリモート会議から退室した。
勝手気ままな中松の立ち振る舞いに華耶は中松が出て行った画面に向けて手のひらをひらひらと振った。塩でも撒きたい気分だった。
〈まぁ、別にいいですけどね。もう〉
中松をなだめようとした職員が、どうでもよさそうな表情で笑みを浮かべた。
「中松Dのこと、諦めちゃうの?」
〈12月いっぱいで退職するつもりでいます。……ここだけの話、実はオーシャンズの球団職員に転職することも決まってるんです。広報ができさえするなら、別にどこだってこういう仕事できますし〉
「そんなー」
〈そんな、ったって、佳井さんだって人のことは言えないじゃないですか。佳井さんだって年末でいったん産休に入るんでしょう?僕と同じようなもんじゃないですか〉
「……まぁ、うん」
同僚の言葉に華耶は気まずそうに笑顔を向けた。
〈産休明け、ここに戻ってくるつもりなんですか?〉
「それは……ゆっくり考えたいかな。あたしも野球に関われる仕事ならなんでもいいっては思ってるけど……どっかの球団職員ともなると、ほら、直接損得関係が発生するとこの手の仕事、よくないじゃない」
〈ああ、旦那さんがEリーグの選手ですもんね。そりゃ……そうか〉
10月。海が今年も秋季キャンプでしばらく不在にしている間にも、華耶の腹は日に日に、自らに宿った双子の存在感が増していった。
帰ってくる頃には、海はきっと『また大きくなったね』なんて言ってくるに違いない。
刻一刻と産休という一つの区切り――それも、今までは全くそう思わなかった"区切り"が近づいてくることに、華耶は海が試合から戻ってくる日や、キャンプから戻ってくる日のような高揚感やときめき、あるいは、待ち焦がれ感を感じていた。
今の状態は、これから産まれてくるはずの子供にとってもよくない。
よくないからこそ、休んでいる間は少し、今までよりも意識してリラックスできる空間で生活したいと華耶は思っていた。
そうした自分の願いに対して、三葉や美樹たちがなんとか予定を工面して自分の面倒を見てくれていることには強い安心感を覚えたが、いつまで経っても自分は娘という殻を打ち破れないのだな――とも思った。
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しばらくして、中松の指示で作った動画の再生数がさほど伸びなかったことに、中松は『自分ならもっといい素材を持ってくることができた』と言い訳をしはじめた。
ではどうして自分で作らなかったのか、という言葉を投げようものなら、『部下が上司に口出しをするな』などと激高するものだから、リモート会議はいつも怒号が飛んでいた。飛んでいた、というよりは、中松が一人で叫んでいるだけだが――。
一方で、部下が組んだ特集の再生数が伸びれば、『まぁ別にそういうこともたまにはあるんじゃない』などと偉そうな口を叩く一方、裏では上司に『私の指示です』だとか『私の信頼する部下の仕事ですから』などと取り入っているから、中松の評価というものは部下が働けば働くほど、不本意にも上がる日々が続いた。
産休に入るまでの間、普段はあまり有給休暇をあまり取っていなかった華耶だったが、年末までしっかり働こうとは思っていた気持ちもとっくに削がれてしまい、12月中旬から2週間ほどの有休をもらってからそのまま産休に入るということを選択した。
正直言って、やってられない――。そんな言葉が華耶の胸の中で蠢いていた。
それでも、自分には逃げられる場所がある。海は自分よりも厳しい環境にいながら、自分と同じように理不尽な上司に振り回され――そして、逃げることもできない状況で仕事をしている。
逃げることができるだけ、まだ自分は恵まれているのだ――そう華耶は思いながら、画面向こうの、いやに自分の髪型を意識したような編みこみポニーテールを振り回している中松と応対していた。
〈――ほんと、いいご身分だよね。休みたくても休めない人だっているっていうのにあんたはそうやって自分の都合で休むわけだからさ。給料泥棒もいいとこだよね〉
「すみません」
〈まさかとは思うけど、産休で仕事あけてまたこの部署戻ってくるとか思ってないよね?言っとくけど4月からあんたの席ここの部署にないからね〉
「そうなんですか」
〈当たり前でしょあんたみたいに使えない部下。仕事はいっつも文句と反論ばっかり、与えた仕事もろくにできないでよくもここの部署続けられると思ってるよね。要らないから、あんたみたいな売春婦まがい〉
「……」
きょうのリモート会議は一段と静かだった。
きょうの参加者は気弱な職員が多いものだから、画面の端で縮こまりながら、自分に突然話題がふられやしないかと怯えているような様子が華耶には見て取れた。
〈大体さあ、あんたみたいなヤリマンの旦那なんてろくなもんでもないんでしょ。なんだっけ?たしかCリーグでだらしない成績出してる選手だったっけ?日本人でもないくせに一丁前に日本人の名前名乗ってるあの在日クソ外人。何?あんたがあの男たぶらかして結婚したの?それとも、あんたが外人のデカいモノになら抱かれていいって思って結婚したわけ?子供作ってるのは仕事休む口実で、本当は仕事なんてどうでもいいって思ってるんでしょ?だからそんな種馬みたいな、精子に毛が生えたようなだけのクソオスと結婚したってわけだ?〉
「……」
華耶はしばらく黙りながら作業を続けていたが――
「中松D。お言葉ですが、人の夫のことを種馬だとか、クソ外人だとか……差別用語使ったり、侮辱する行為はいくらあたしでも許しませんよ」
〈別に許さなくていいよ。あんたは産休明けには違う部署移ってもらうから〉
「仮にあたしが違う部署に行くことがもう既定路線なのであれば、あたしも好きに言っていいってことですよね。じゃあ、言わせてもらいますけど――ディレクターは30間近にもなって彼氏の一人も居ないのが悔しいからあたしに食って掛かってるんですか?」
〈はぁ!?!?!?〉
「あー、それともアレですか、人を愛したことがないからあたしの同棲生活に嫉妬してるだけじゃないんですか?」
〈ああっ!?!?!?!?〉
みるみるうちに中松の顔が紅潮していくのが見て取れた。画面に噛み付くようにして顔を近づける中松を無視しながら、華耶は淡々とした表情で話し続ける。
「本当は結婚したくてもできないからあたしのことにいちいち口を挟んでおまけに髪型まで対抗しちゃったりして、それとも、そうやって男を見下しているから、そうしてあたしが旦那とイチャイチャしているのが腹が立って仕方ないからあたしのことに口を挟むのか、どっちなんですか?あー、ひょっとして腹が立つとか以前に、アレですか。悔しいとか腹が立つとかじゃなくて自分にはもっとふさわしい男がいるはずとか思っちゃって、羨ましく思っちゃってるんじゃありませんか?」
笑みひとつ作らず、淡々と言葉を並べていく華耶に対して、中松の顔はさらに紅潮し、表情もあいまって赤鬼のようになっていった。
〈黙れっつってんでしょうが!!〉
「黙れって言いながら会議システムをミュートにしてないのは、あたしが何か言ったことに対して反論したくてしょうがないから音量下げてないってことなんですよね?いいですよ、そのままミュートにしてもらっても。でもできないのは、あたしや他の職員が何か口を挟んだら言いくるめてしまいたいからなんですよね?」
〈あんた、上司にどんな口きいてるか分かってんの!?!?ああ!?!?!?〉
手元のキーボードで若干音量を下げながら、中松の言葉を華耶は軽くいなした。
「だって、もうすぐディレクターはあたしの上司じゃなくなるわけじゃないですか。あたしを他の部門に異動させるほどの権力があるんですよね?あれ?それともなんですか?そうやって言ってあたしがこの部門から自分から去るのを期待してて圧をかけてるだけだったりするんですか?」
〈ああそうだよ!!とっとと出てけよ!!辞めろ!目障りなんだよあんたは!!辞めるまでずっと言ってやろうか!?!?〉
中松があまりの声量によって音割れを繰り返しながら、ずっと怒号を浴びせ続けている。
華耶は、それが面白くて面白くてたまらなかった。思わず笑い声まで上げそうになりながら――中松に好き勝手言わせてやろうと思った。
〈とにかく!!あんたにはもうイスはないの!!クソビッチが!!!死ね!!!!〉
そう言い放って中松は会議から退出した。
それを見ながら、すぐさま華耶は自分のマイクをミュートにし、パソコンをカタカタと叩きながら、携帯で連絡を取り始めた。
「もしもし。……はい。共有ドライブに一部始終全部納めました。……はい。……はい。すみません。ありがとうございます。……それでは。……いえいえ。冗談だと思わずに聞き入ってくれたこと、感謝します。あたしは別に、減俸でもなんでも受け入れるので。……はい。それでは、また来年……ひょっとしたら、再来年ですかね?」
ふぅ、と長い一息をつき、また一段と大きくなった腹をさする華耶。安定期に入ったとはいえ、ストレスや疲労で何が起きるか分からない時期だ。
華耶は語りかけるようにしながらゆっくりと腹をさすりながら――じっとそれを見つめ、ふと眼に溜まった涙をハンカチで拭った。回線を切ってからしばらく涙があふれてきて仕方がなかった。
「……ありがとね。君たちのおかげで、あたし……もうちょっと仕事続けられそう。パパがね、本当に頑張って君たちをあたしのもとに届けてくれたんだよ。だから……パパのことも、いつか応援してあげてね」
「一仕事終えました、みたいな顔してるけど。……ああ、そっか。明日から産休だっけ?」
「年休とったからね。早めの冬休み」
仕事を終え、リビングで一息ついていると夕飯の支度をしていた三葉が話しかけてきた。
ソファに座ってじっと待っていた晴留が、華耶の姿を見るなりおぼつかない足取りで「まー、まー」と不安定な言葉遣いで駆け寄ってくる。
「晴留ー。ママだよー。ほーらこっちこっちー。また一つお姉ちゃんになるんだからね、晴留も双子ちゃんに優しくしてあげてね」
「おねー、ちゃん」
そろそろ言葉の意味も分かり始めてきたのか、晴留は自信満々な表情で笑みを浮かべた。自分に似たな……と思いながら華耶は晴留の頭を撫で、ソファで抱きかかえた。
「まーまー、いっぱい、たべた?」
「そういうわけじゃないんだけどなー……」
晴留は華耶の言ったことを分かったようで――よく分かっていなかったようだった。
たった今まで、裏では死闘を繰り広げていたというのに、子供というものはのんきで楽でいいものだな……とわが子ながら華耶は思った。