海の彼方で   作:錫樹トシアキ

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44・人気選手への階段

「――どう?あたしなりに考えてみたんだけど」

「まぁ、いいと思う」

「まぁ、じゃないよー。なんかもうちょっとこうさあ、感動してくれてもいいのだよ?」

華耶が自慢げな表情で完成予想図を絵にしたものを海に見せびらかす。

 

フィンランド風のロールキャベツが3つ、チーズのソースがかかったミートボールが2つ、そしてスモークサーモンが巻かれた丸いおにぎりが2つ――それらがバックスクリーン上部のボールカウント灯をもじったデザインであしらわれている。

 

「名づけて『佳井のフルカウント弁当』!追い込まれてもしっかり危ないボールを最後まで見極めるからねー海くんは」

「……俺、確かに年間通して三振はかなり少ないほうだけど、最近は割と追い込まれる前に打っちゃうほうだった気がするけど」

「じゃあ、いつかそうなって?」

「打ち頃の球がそれより先に来なかったらね」

 

昨年まで売っていた選手プロデュースの弁当がレギュラー定着の見込みによりメニューを変更する事になった海。

別に去年まで売っていたフィンランド仕込みのソーセージのままでいいのでは、と海は言っていたのだが『これから中心選手になっていく"はずの"選手のメニューがソーセージの詰め合わせのみというのは絵的にちょっと』ということで広報に押し切られてしまった。

 

しかしながら、弁当をプロデュースしろ、と言われても海にはさほど食事のこだわりというものがなかった。

フィンランド料理以外は食べられないかと言われれば、別にそんなに母国の料理でなければ食べられないというわけでもなかったし、逆に日本に来てから劇的に好きになった食べ物があったかと言われればそうでもなく――肉じゃがや煮魚といった、しょうゆをしっかり染み渡らせた味付けの料理や、あっさりしているといわれているはずの関西風の味付けですら、海にとっては少しだけ塩辛く感じた程度で――それだって日本で暮らしてすぐに慣れてしまった。

 

フィンランドに居た頃はニシンの酢漬けが好まれて食べられていたから別に寿司だって好き嫌いなく食べられたし、日本という国はそこらじゅう歩いていれば異国の料理屋がたくさん立ち並んでいるから、それぞれの国の料理が海にとって味わい深く感じたし――強いて言うなら今でも納豆が全く食べられないくらいで、そのほかは大して極端な好き嫌いがなかったからこそ、何をもってして自分の弁当とするべきかは迷った。

逆に、日本食にもあっさり適応できたからこそ、フィンランドでは一般的な料理でも、日本ではおそらく馴染まないであろう食べ物だってあることも海は理解できた。

 

結局、客観的に食事というものを理解できる人間を頼るしかない――と思った海は華耶にその内容を任せきっていた。

 

「ロールキャベツとミートボール、どっちも肉ものがかぶっちゃうけど……あれだもんね、海くんとこのロールキャベツにはお肉のほかにご飯も入ってるから、実質肉巻きおにぎりみたいなもんだよね?」

「まぁ、うん」

どうして自分よりも華耶のほうが張り切っているのだろう、と海は不思議でならなかった。そうした華耶を頼り強く思ったが、まるで自分のことのように鼻を鳴らしながら考えてくれる華耶を見て、身体と心を入れ替える装置なんかでも発明されたらどれほど便利なものだろう――と思わずにはいられなかった。

 

「せっかくの球場グルメなんだもん。ちょっと野球っぽい要素出したほうが子供ウケだっていいだろうしさ。あたしなりにたっくさん考えたのだよ。ほれほれ、もっとあたしを崇めてくれていいのだよ?」

「……まあ、うん。華耶に頼んでよかったよ。ありがとう」

「ノリが悪いなー!えー!ノリが悪いなー!!なーんでこう、ちょっと引いてるかなー!!海くんのために考えてあげてるのにさー!!」

相変わらず感情表現が苦手な海のそっけなさに華耶は海を強く揺さぶった。

 

中心選手。

 

派手な数字が飛び交う打線の中において、海が中心選手となる日は本当に来るのだろうか――海はオフの間、少し考えていた。

FAでやってきた選手だけでなく、生え抜き選手に長期的な目線でもっと奮起して欲しい、というある種の球団からの皮肉にも思えたその言葉。

 

秋季キャンプでも、本来そろそろ年齢のことを考えると集中強化メンバーから外れていてもいいはずの清兵衛と、そしてその中でもさらに中心強化選手として海は徹底的にトレーニングをさせられた。

 

今そんなトレーニングをして春まで体が維持できるものか――と海は思っていたが、フロントが

 

『あの二人をとにかく中心選手になるくらい鍛え上げなければいけない。こちらだって長年の不振に対して支援するよう資金は集めているが、そう毎年強烈な補強が出来るわけでもない。年俸にはシビアにいかせてもらう』

 

……などいろいろと監督らに文句をつけたこともあり――多少は素直に従っているそぶりをしないといけないのだと新監督の今野【こんの】から言われた。

 

『来季お前の調子が崩れたら俺のせいにしていいからな!』

 

そう見栄を張っていた清兵衛だって実際のところ、ここ数年、成績を安定させながらさらに上昇傾向にはあるものの、思うところはあるのだろう。

もっとも、決して自分の口から思うところがあるなんてことは前回のように酒にでも酔わない限り言わないだろう。

海に対して難しい事ばかり考えてる、などと豪快な口ぶりをしているが、本当は清兵衛も黙ってはいられないはずだ。だからこそ酔いつぶれたときにあんなことを口走ったのだ。

 

それが清兵衛なりに考え抜いての事なのか、普段の清兵衛どおり特に何も考えてなくあくまでも"野生の直感"で思ったとおりにだけ話している言葉なのかは分からないが――。

 

「いい。とてもいい。カイ、この12曲でCDいけそうだと思います。でも、今CDってそんなに流行らないと思いますから、やるとしたら、YoureTUNEみたいな動画サイトで、"バズり"を狙いましょう。PV、かっこよく撮影したらきっと、流行りますから。カイはイケメンですから、カイが歌っている姿をかっこよく撮りましょう。動画編集も俺得意ですから、任せて欲しいです」

 

ニコが海に向かって親指を立て――そして海に向かってグータッチをする。ニコもマルコも音楽を始めてから、海がトレーニングなどをしている間にフィンランドに居た頃の人脈をうまく使い、CD販売までの道筋を一気に立ててみせた。

 

寝る間も惜しんで海のために動き回ってたリストライネン兄弟に海はどう感謝していいか分からなかった。むしろ、兄弟は

 

「このまま仕事で疲れたーって繰り返しで、お金のためだけに働く毎日しか続かないと思ってましたから、俺たちは二人ともカイに感謝してます。売れるか売れないかより、またこうして、ライブはできないですけど、音楽を形にできるの、とても嬉しい」

 

などと言うものだから、海は来年のファン感謝祭あたりでは1曲くらい披露できれば――と思っていた。

 

「でも、意外だった。カイ、まさか自分のチームをイメージした曲なんて、作ると思ってなかった」

「……一応、拾われた身だからね。それに、チームのために描いたんじゃない。こんな俺らでもファンがいるらしいから――少しは観客たちが盛り上がれるような曲があってもいいだろと思ってね。長く使われてる曲があるから、それに張り合うつもりはないけどさ」

 

Hunting Time。

サッカーの応援団がよくやるようなチャントのように、オーオーと歌う場面を多くとった一曲だ。

 

最初からこれは球団かあるいは放送局向けを狙って書き上げた曲だったが、テーマソングまではいかずとも、少しでもファンの中で共通認識になってくれればと思って書いた一曲だった。

 

清兵衛が漏らした優勝したいという言葉。それはきっとファンも同じ気持ちだと思っている。いや、むしろファンのほうがよっぽど強く思っているはずだ。

既に20年以上優勝から遠ざかっているというチーターズ。当時小学生だったファンは、今や働き盛りの社会人になっている。その年月の流れを考えると、球団のためにやっているわけではないが――少しでも何か動かなければと海は思った。

 

こんなこと、自己満足でしかないという思いもあったのだが――清兵衛が言っていた『20代があっという間だったのだから、30代なんてもっとあっという間』という言葉。

いつか自分が本当に花開かなかったとき――せめて、自分が足掻いた証として歌だけでもファンに遺せたら――。

結局のところ自己満足のほうが強いのだが――球団に対しても『そっちが出て行けというまで居座ってやる』という強い意志で一気に書き上げた曲だった。

 

~~~

 

「いいね。オオオオーオーオオーオーオオーオー……ってこれ結構耳に残るし。来季からスタメン発表のBGMに使えないか上にかけあってみるよ。話題性も十分だし」

「ありがとうございます」

球団広報がデモ音源を聴いて感心した様子を見せながら、イヤホンを耳から外した。よほど好印象だったようで、早くも鼻歌を刻み始めていた。

 

「でも、今季みたいに来年もまた打ってくれよ。曲だけ印象に残るような選手で終わってなんか欲しくないし」

「こっちだって、一発屋で終わるつもりはないですよ」

「へぇ、でも、自主レーベルねえ。音楽やってるっていうのは知ってたけど、まさかこんなにまじめにやってたなんて知らなかったよ」

球団広報が冗談を飛ばしながら海の肩を叩いた。

 

「華耶に会うまでは、ギターだけが友達みたいなもんでしたから。正直言って」

「ギター少年だったわけだ。それがいつしか野球少年にか。なんだ?お前、そのうち映画でも作る気か?」

「俺の人生なんて映画にしてたら、見所がなさすぎるでしょう」

「でも、映画にするには十分すぎるだろ、お前のこれまでの人生は」

広報はけらけらと笑いながら海の透き通った金髪を眺めたが、海は首を横に振りながら鼻で笑った。

 

「そういうのは、他のもっと明るいドラマに満ちたやつにやらせときゃいいでしょう。誰が俺の父親の話なんか聞きたがるんですか」

「ははは。それもそうだな。ま、とりあえずCD、もらっとくよ。少しでもいろんなこと試してみないといけない時期だからな。外部にまた新しい音源受注するよりも安上がりになるだろうし。上もきっとあっさり許してくれると思う。監督も代わったことだし、新チーターズはいろいろ新しいことを試すにはもってこいだからな」

「お願いします」

そう言って海は広報と別れた。

 

TV出演を控えていた海は一人、長野から大阪に向かい、そのタイミングで広報へ音源を渡しにいっていた。

あらかじめCDについての打ち合わせはしてあったから、ほぼほぼ音源を直接聞かせての最終確認だったわけだが、好感触なようで海は一安心した。ここにきてやっぱり駄目だ、と言われては元も子もないからだ。

 

ふう、と一息ついてから――このあとまた芸人とテレビ出演が控えていることに、少しだけ憂鬱げな表情を浮かべた。

 

たこ焼きを食べ歩きし、お好み焼き屋で互いに好きな具を使ってオリジナルのお好み焼きを作りながら今季を振り返る――そんな番組を果たして誰が見たいのだろうか――と海は思った。関西ローカルの番組らしいが、ローカル番組だからといって、野球選手を出演させるのであればいくらなんでももう少し野球にからめた内容にしてほしいと海は渋ったのだが――

 

『スコアボードに0が並ぶことをたこ焼きみたいだねって言うんですよ』

 

……などと下らないことを言われ、海には出演を断る気力すらなくなってしまった。

 

出演は海と、そして最近売れている若手のいわゆるイケメンお笑いコンビ2組。要は、画面に映る姿目当てに視聴率が取れればなんだっていいのだ。

なんなら、聞けば『そんなに野球って面白いですか』なんてことをイベントで言った、言わない、で問題になったコンビも混じっているそうで、どうしてそういうキャスティングをしてしまったものか……と海は頭を抱えた。

 

その後は東京に戻って、今度は食べられないものを必死でごまかしながら料理を食べる人気番組の1コーナーへの出演――。

その後は写真集の撮影、音楽雑誌のインタビュー、CM出演、バラエティ番組とクイズ番組の出演――どれもまるで野球には関係ないものばかりだった。

 

人気選手、という看板の7割ほどはまだその外見に偏っている海。どこの取材に行っても、大体は成績なんかよりもまずその外見について言われ、場合によっては成績についてだとかプレーに関してなんかは一言も言及されないまま収録を終えたり、放送ではカットされたりしてしまう。

 

今季これほど打ってなお、その成績についてはなかなか触れてもらえない海は、今は我慢の時だ――そう思いながら、それでもやはり嫌そうな顔を浮かべて一人ロケ地へと向かった。

 

12月の年の瀬を感じる風の強さが、また一年自分は生き残ったという証のように感じられた。

いつかこの風がもう少し違った意味に感じられる日がくるまでは――もう少し頑張ろうと海は思った。

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