海の彼方で   作:錫樹トシアキ

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54・日曜深夜ドキュメンタリー 超絶大陸

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大超

陸絶

 

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2月6日。キャンプ休養日のこの日、佳井は宜野座にはいなかった――。

 

「心配してないって言われたら嘘になりますよ、正直言って。たまたま今日が休養日だからこんなことできるわけですけど、そうじゃなかったら当然キャンプのほうが大事なわけですし。こういうときに父親として、夫としてちゃんといてやれないのはやっぱり申し訳ないですよね」

 

前日、練習を終えた佳井は那覇から大阪への飛行機で一人、大阪に戻っていた。

 

「家に着けば24時前くらいですね」

 

「さすがにもう寝ててほしいですよね。いつも俺のことばかり心配してるんですけど、こういう日くらいはさすがに」

 

 ――普段はこの時間も起きている?

 

「起きてること多いですね。気分がまだ付き合いたての頃くらいとあんまり変わってないんです。それだけ好きでいてもらえてるっていうのは嬉しいですけど」

 

 ――その結果が5度目の出産?

 

「そうなりますね。さすがに次ってなると家の部屋の数がもうあふれちゃうので(次の子供は)どうしよっか、って話はこないだしましたけど」

 

「そういう一つの区切りが1人目のときと同じような時期の子供っていうのが、ちょっと因縁っぽいよなって思います」

 

 ――2度目の双子だが

 

「やっぱりね、つらそうですよ。一人産むのだって辛そうなのに『大丈夫、大丈夫』って言うのに、あんな小さな体に二人入ってるって考えると、大丈夫なわけないじゃないですか。華耶は俺が頑張ってくれたおかげ、って嬉しそうに言ってますけど、男としてはやっぱり複雑ですよ。当日なんかは見てるだけしかできませんから。たまに本当に野球なんて続けてていいのかな、って思いますよ」

 

 ――そんな話はしたことが?

 

「えぇ、まあ。でも、絶対野球やめちゃ駄目って言われました。野球を続けてるからこそ俺なんだ、みたいなこと言って」

 

「なんか野球やってない俺が俺じゃないみたいな言い方に聞こえるかもしれませんけど、そういうわけじゃないんですよ」

 

「どんな働き方をしてたとしても、人間、理想の父親っていうものにはあんまりなれないそうで。俺はこうして野球をやってるからこそ、背中で父親っていうものを見せて欲しいって。たくさん試合で活躍して、それでたまに家に帰ってきたらその分子供たちを自分くらい愛して欲しいって」

 

「でも、父親像が俺の中にはないんですよ。だから、家にいる間ってそんなに父親としての姿って見せられてない気がします。どうしたらいい父親になれるのか知ってる人がいたらいいんですけどね。華耶は今のままでいいって言ってますけど、長男なんかはなんか軽く反抗期みたいですし」

 

翌朝6時――。妻・華耶の母と佳井は朝食の支度をしていた。

 

「得意ってほど得意ではないと本人は言ってますけど、頑張ってくれてますよ。昔一人で炊事やってたってだけはあります」

「これが得意だったら世界中みんな料理が得意って自称してよくなっちゃいますよ、お義母さん」

「ね。厳しい人なんです。ほんとは娘くらいにはおいしい料理だって作れるのに」

 

朝、あまり箸が進まなくても栄養になるように――と佳井はチャーハンを作っていた。義母の三葉は子供用のスープの味を調えている最中だ。

 

ほどなくして、妻と5人の子供たちがリビングにやってくる。

 

「(長男・新)これお父さんが作ったチャーハンでしょ」

「そうだよ」

「味が大ざっぱだからすぐわかる」

「大雑把ってなんだよ」

「(妻・華耶)大雑把っていう表現は確かに合ってるかもしれないけどね、一口目でしっかり味ついてておいしいって思えるのはやっぱいいことだと思うよ」

「(長女・晴留)そうだよ。わたしはおいしいと思うけどなー。ねぇ、広乃?」

「(次女・真結)ひろのじゃなくてまゆなの、おねーちゃん」

「(三女・広乃)おねーちゃん、またまちがえたの」

「ごめんごめん。あー、新またにんじん残してる」

「新、人参そんなに嫌い?」

 

器に残された人参を見て、妻が佳井に笑顔を見せた。

 

「なんかこないだ給食で出た人参が合わなかったみたいでそれからちょっとこうなんだよねー」

「別ににんじん食べなくても大人になれないわけじゃないし」

「(義母)ちゃんとにんじん食べないとお小遣いあげないよ~?」

「……わかったよ」

「お義母さん、お小遣いをエサにするのもそれはそれで」

「食べたらなんでもオッケーってことで」

「ふふっ」

 

朝7時半、小学校に向かった長女、そして、幼稚園への送迎バスに乗り込んだ長男と双子の次女、三女、次男を見届けた佳井家に、しばらくの静寂が訪れた。

 

〈それでは参りましょう!電撃ビリビリ神経衰弱~!〉

 

朝の人気バラエティ番組を見ながら、妻と佳井と義母は会話を楽しんだ。

 

「あっはは……くだらないけど見ちゃうんだよね、この番組」

「俺は絶対出たくないね、朝からこんなの」

「でもほら、お母さんが若かった頃の元日本代表のキーパーなんでしょ?このかっこいい男の人」

「そそ。ずーっと変わらないね。まさかこんなに朝の番組ではっちゃけると思わなかったけど……あー、でもほら、元日本代表選手っていったらあのほら、この選手も髪長いけど差、もっとこう……髪がすごかったあの選手……誰だっけなあ、あの人だって今もうイジられっぱなしじゃん」

「じゃあ海くんも引退後はこういう扱いになる可能性だってあるわけだね。この番組だってある日突然プロ野球選手呼んだりすることだってあるしさ、確か取材してる番組、局同じでしょ?やばいよ。そのうち本当に呼ばれるかもしれないよ、海くん」

「朝から俺がお笑い芸人と一緒にビリビリマシーンで悶絶してる姿そんなに見たい?」

「見たいか見たくないかで言われたらちょっと見たいかもしれない」

「じゃあ絶対出ない」

「なんでよ~」

 

朝10時前、番組のエンディングを見届けることなく、佳井一行は車で病院へと向かっていた。

 

「すぐ病院着くからね。頑張れる?」

「あたしが頑張らないとこの子達出てこれないから、そりゃあ頑張るよ。でも……やっぱ……しんどいな……」

「海くん、あと何分くらい?」

「10分ってところです」

「華耶。あと10分。10分我慢したら先生に楽にしてもらえるからね」

「そこから何時間も戦わなきゃいけないんだよ~。違うんだよ~、病院ついてからが戦いなんだよ~」

 

痛みには慣れたと話していた妻・華耶が、義母の手を握りながら弱音を吐く。

 

10時すぎ、市内の産婦人科に到着した佳井。

 

「お義母さん、俺が家で待ってたほうがいいですかね」

「いや、華耶はたぶん私より海くんが居てもらったほうが落ち着くと思うから、ここに居て。私が戻って家のこと見てくるから。何かあったら連絡して。」

「すみません、ありがとうございます」

 

「ごめん、こんなことしかできなくて」

「いいよ。久々に海くんにここに居てもらってるだけでも十分」

 

背中をさすりながら隣に座る佳井に、あくまでも余裕を見せようとする妻・華耶。

 

「――いや、本当に強い人だと思います」

 

シーズン中家に帰ると、いつも笑顔で迎えてくれるのだと佳井は話す。

 

「本気で痛がらないというか、生まれてくる側だってきついんだから、とか言って痛みをなんとかして耐えようとするんですよ。前の子のときなんかもそうでしたけど、シーズン中だって家帰っても、身重なのに玄関で出迎えてくれて。決して弱みを見せないんです」

 

「立ち会えなかったときもあるんですよ、出産。俺がここに居なかった間もこうして耐えてたんだろうなって思うと……俺ももっと頑張らないとって思いますよね。俺のきつさだとかしんどさなんてものよりもずっと華耶は辛い場面を乗り越えてきたわけですし」

 

数時間後――。

 

「佳井さん頑張りましたね~!」

「二人とも元気だよ。えらいね、えらいね」

「はぁーっ……!!はぁーっ……!!よかった……よかったね、二人とも」

 

二卵性双生児。3000gほどの元気な双子が産声を上げた。

 

「華耶。頑張ったね。……ありがとう」

「ううん。頑張ったのは……この子達だから――」

 

手を握ったまま離そうとしない妻の姿は、このときばかりは一人の少女に戻ったようだった。

 

「旦那さんもこれからよりいっそう頑張らないといけないですね、野球」

「そうですね」

「すごいですよね。7人目。これからも二人で頑張ってください」

「はい」

「この後またすぐ沖縄に戻るんですか?」

「本当はもっと居てあげたいんですけど」

「うちのスタッフも総出でチーターズの応援するんで、頑張ってください」

「すみません、ありがとうございます」

 

一人目を産んだときから付き合いのあるというナースたちと談笑する佳井。

それぞれと固く握手を交わし病院を去った佳井は一度家に戻った。

 

「お父さん、どうだった?」

「お母さん頑張って、二人の子供を無事に産んだよ」

「やったー!」

「また双子なの」

「うん。真結や広乃と違って、今度は女の子と男の子」

「ふたごだ」

「いっしょだ」

 

琉美【るみ】、諒斗【りょうと】の名を書いた紙を子供たちの前に見せる佳井。

 

「ルミとリョウト。これから出来る妹と弟の事を大事にしてあげて。お父さんが仕事で居ない間も、いいお姉さんいいお兄さんでいられる?」

「うん」「わかった」

「新はお母さんやおばあちゃんの言う事ちゃんと聞くんだよ」

「……うん」

 

17時過ぎ。佳井は家を出て、そのまま再び空港へと向かった。

 

「フィンランド語でlumiとluontoから名前を取ってます」

 

「長女の晴留も、実はフィンランド語のhaluから取ってたんで。あの時と同じ時期の子だったから」

 

「フィンランド語で雪と自然です。大阪じゃ2月には雪はあまりありませんけど、向こう(フィンランド)に居たときはこの時期なんて一面雪景色ですから」

 

 ――あと数日休みを取れると球団から言われたら休むか?

 

「いや……それでもたぶんキャンプに合流しますね。清兵衛(大鈴)が残留してくれましたけど、何かと今チームも大変な時期なので。今季からキャプテンに任命されてしまったってとこもあって、さすがにキャプテンがこういうとき居ないと士気にかかわるでしょうし」

 

 ――キャプテンとしての意気込みは?

 

「ちょっと分からないですね。なったことがないものを突然ポンと言われても……っていうところはありますし。俺の一言でいきなり勝利がポンと転がってくるなら、いいですけども。そんなことで勝てるほど勝負の世界って甘くないですし」

 

 ――自分を合わせて妻、子供たち全員で9人になったが

 

「皆その話するんですけどもね。え?全員でユニフォーム着たらいいですか?」

 

 ――子供たちに野球は

 

「あんまり考えてないですね。やりたい、って言ったらやらせたいですけど、無理してやらせるものでもないよなって。常に俺と比較されて野球やってても絶対面白くないですし」

 

飛行機で大阪を発ち、その日のうちに沖縄に戻った佳井。

翌朝、その姿を再びチームメイトの前に表したのは、ホテルでの朝食のときのことだった。

 

「えーと……再び合流した佳井です。私事ではございますが、きのう妻が無事二人の子供を出産しましたことをここに報告します。母子共に健康です。ありがとうございました」

 

「今日からは父親ではなくまたプロ野球選手としての佳井海に戻るので、皆さんもこのきついキャンプを一緒に乗り切りましょう。そのためにはまず朝食をしっかり食べて練習に挑みましょう」

 

「えー……7人目の子供となりましたが、子供よりもホームランが少ない選手などとファンはともかく皆さんからも言われないように頑張りたいと思います。以上です」

 

天才打者と誰もが認めながら、なかなか次のステップを踏めずに居た佳井海。今季の目標については――

 

「4割2桁本塁打をまぐれで打ったと思われるのも嫌なので、まずはしっかり去年同様のバッティングをできるようにしたいですよね」

 

「ただ安打を放つだけではなく、長打を警戒される打者としても成長していきたいですね。ランナーが溜まった状態で外野や内野が前に出てくるという場面はやはり悔しいと最近思うようになってきたので」

 

 ――3割40本と4割20本のどちらをとるかと言われたら

 

「やはり4割20本でしょうね。4割打てて20本打てる、っていうのは、打とうと思えばホームランも打てるけどそういった場面でしっかり安打も狙ってくるという、守る側からしてみたらどう守ればいいか迷う打者だと思うので」

 

 ――自分の終わりがあるとすれば

 

「3割が遠くなったときですかね。別に常に3割打ちたいっていうわけじゃないんですけど、3割という打率を残すのがしんどくなったときは、自分のバッティングができなくなったときだと思ってるので」

 

「2割後半で20本くらいは打ててる、みたいな状況だったとしたらちょっと悩むかもしれませんけどね。でもたぶん俺みたいな打者が3割打てなくなってたら、たぶんホームランだって2桁届いてないと思いますよ」

 

フリー打撃では柵越えを意識して打つ場面も見られた佳井。

次の自分を意識しての練習をイメージしながらも、常に試合が頭をよぎる。

 

「ここまで何度もあと一歩を逃してる場面多いですからね。今年こそはファンにしっかりAクラスを報告できるようにプレーで導きたいと思ってます」

 

「って言ってそううまくいかなかったら変に切り取られちゃうんですよね。希望です。希望」

 

「あくまでも。まだ自分は発展途上だと思ってるので、ちょっと逃げになっちゃいますし、プロとしてそれはどうなんだろうっていう話にもなると思いますけど、自分のプレーで勝利に結びつく場面はやっぱこれから増やしていきたいですね。俺一人で勝てるような世界とは思ってないので」

 

~~~

 

〈――次回の『超絶大陸』は、ヴァリエ大阪に舞い降りた若き天才ストライカー・鳥居和幸。人はその縦横無尽にピッチを切り裂く彼のプレーをこう呼んだ――『ねずみ花火』――。サッカー日本代表として早くも頭角を示した鳥居の素顔に迫ります――〉

「……あのさあ」

「ん?なーに?」

番組のテーマソングを上機嫌で口ずさむ華耶を心底嫌そうにしながら海はリモコンを探した。そのリモコンが華耶の手の中にあることに、海は恐らくもう一回巻き戻して番組を見ようとしていることを察し、さらにうんざりした。

 

「俺の出たドキュメンタリー番組をさ、子供たちに見せるのはまあ分からなくもないよ」

「うん」

「なんでたまの休日に、俺が俺のドキュメンタリー見なきゃいけないわけ」

「えー?だってさ、琉美と諒斗を産んだ日がどうだったかとか思い出したくならない?」

「華耶と一緒に見るのはちょっと嫌かな。いや、逆にこう……嫌じゃない?自分のそういう場面見るって」

「え~、なんでさ?ずっとそばでいてくれたシーンとかカットされてるの悲しいけどさ、なんかやっぱこういうのっていいな、って思ったよ?あたしは」

海の言葉を全く気にしない様子の華耶は上機嫌でリモコンをジャグリングしてみせ、鼻歌交じりで再生ボタンを押した。

海はそのリモコンを奪おうとしたが、サッとリモコンを腕の後ろに隠されてしまい、空振ってしまった。

 

「それは各自鑑賞してくれよ。恥ずかしいんだよ、自分で自分のなんかこう、言ったかどうかも分からないような言葉を見るの」

「あ~、照れてやんの。だったら取材だって断ったらよかったのに」

「俺は嫌だったのに、せっかくだから受けてみたらって華耶が言うから、俺は仕方なく……」

「こうなることだって分かってたのに?」

「……」

 

そう言われると何の反論もできない海は、不機嫌そうにクッションで自分の顔を覆った。

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