「――まずは、今シーズンお疲れ様でした」
「まだ3試合残ってるいずれも負ける前提でいるから言ってるのか、それは」
「あ、いえ……うちらとの直接対決のこと言ってるんですよ。先輩の残り3試合までは追いかけられませんから」
「ああそう。こっちが100敗くらった上に3タテまで決めておいてさらに嫌味を言ってきたのかと思ったよ、俺は」
惨敗――そう表現するのが妥当だろう。0対2、1対9、そして今日の試合の6対10――。今年のチーターズの負け方をよく現したような3連敗だった。今日の負けで、かれこれ9連敗になる。
試合後、本当ならば足早に家に帰りたかった海だったのだが、今日の取材に来ていた木村に呼び止められてしまった。
球場からすぐ近くの隠れ家風の居酒屋の予約を取ってある、ということで――最初から自分を呼ぶつもりで出てくるのを見張っていたようだった。
「実際、どうなんです。今年のバッティングは。何か自分の変化を実感できましたか?今日なんかもタイムリー2つ打ちましたけど」
木村はそう言って、興味なさそうにメニューを眺めていた海からメニュー表を取り上げた。
海からしてみたらそれなりに次に何を頼もうかくらいは考えようと眺めていたのだが、話題を振られてしまった以上、仕方がない。テーブルに肘をついて手を組み、落ち着かない様子で人差し指と薬指を手の甲でタッピングしながら海は少し黙り――木村をふと見つめた。
「5回裏のタイムリー、覚えてるか?」
「ああ、満塁で打ったときのほうですね」
「ああ。投げてきたコースもよかったし、あいつの直球は手元でぐんと伸びるから、力負けするんだよ。表面上の速度以上や、画面を通して見る以上に」
「元チームメイトですもんね」
「ああ」
わざわざそこを穿り返してくれるなよ――と海は思いながら、少し不機嫌そうに返事をした。
「満塁の場面ってことは、最低でも1点はほしい。併殺なんか打ってしまったら、最悪なんてもんじゃない。でも、併殺はプレーの間に判断ミスでエラーが起きるかもしれない。別に、お前んとこの守備をけなしてるわけじゃない。一般論の話だからね」
「分かってますよ」
「去年だったら、もうちょっと流して打とうかな、なんて考えて力負けして三塁の手前くらいでボールを落としてしまってたかもしれないね」
「でも、かといってホームランも狙わなかった」
「無理して一発狙って内野フライなんかが一番かっこ悪い場面だろ、あそこは。内野フライなんかはあの場面での併殺プレーと違って、なんのミスも生まないからね。あの勢いのある直球を力負けせずに――でも、大きく振りすぎもしない、ちょうどいい打球というのが俺の中で確かにあの瞬間――あった」
そう言って海は手を解き、コップの水に手をつけて喉を潤した。手ごたえがあったぶん、少しだけ思い出して心の中に興奮が蘇ったものだから、落ち着けたかった。
「じゃあ、結構先輩的には理想の打球だったんですか?あれって」
「レフトの頭を越えるか、着地してからボールがファールゾーンのほうに転がっていくくらいのファールゾーンギリギリの球だったらもっとよかった。あそこのファールゾーンはやたらと広いから、処理に時間がかかるだろうからね。でも、正直言って――悪くない打球だったと自分でも素直に思う」
悪くない打球だった――その言葉に木村は、相当海の中で手ごたえがあったのだろうということを確信した。落ち着かない様子で先ほどから水ばかり飲んでいる海。木村はあえてその流れを茶化さないように黙って聞いていた。
「レフトは少し後ろに守ってた。そんなレフトの頭を越える打球っていうのは、フェンスダイレクトになるような球か、もしくは反応できないくらい速い打球がレフトの横を抜けるようなものだろうし。あのシフトの読みを、しっかり俺の実力でモノを言わせられたのは、悪くなかった」
「だったら、悪くない、悪くない、なんて言わずに、あの打席は自分の中で最適解だった、くらい言っちゃいましょうよ」
「負けた試合に最適解もクソもあるかよ」
海は木村なりの思いやりを一蹴しながら、ちょうど運ばれてきたばかりの梅酒のソーダ割を飲み干した。ラベンダーとクランベリーがブレンドしてあるらしく、複雑な酸味が口の中に広がる。吐き捨てた言葉の乱暴さに二の太刀を入れるまでには海の思考を少し落ち着かせた。
「シーズン中、ああいう場面、どうしても満塁弾を打てば流れを変えられると思って大振りしたくなる癖がついてしまっていた。なにせ、7点差だ。あの場面でホームランさえ打てていれば、今日の試合は分からなくなってたと思う。でも、やっぱり俺はああいう場面は、本音としては確実性を取りたい。でも……でも、って二回言ってしまうの、俺の悪い癖だよな。でも……でも、なんだよ。確実性だけじゃ何も出来ないことも何度も何度も経験してきた」
確実性だけじゃ何もできない――そんな言葉の中に一体どれほどの悔しさがあったか、木村は想像をめぐらせた。新聞記者として就職したのはつい数年前で、それまでもスポーツ全般を追っていたから、もちろん海がそれまでどんな扱いを受けてきたかは木村なりには知っているつもりだ。
それでも、こんな仕事についているからこそ、海にしか見えていない、海の胸中にしかない悔しさや見てきた世界の凄惨さがあることだって木村には分かる。
木村もまた、運ばれてきたビールに手をつけて海の言葉を待った。
「確かにね、あの場面で打った打球は、そんな俺の欲と理想と確実性の中間に近い打球だったとは思ってる。打てるなら、いつもああいう打球が打てたらいいと思う。でも、できるならあともう少しだけ打球を伸ばしたかった、っていうのも事実だ。ホームランを狙っているわけではないにしても、あれがもしスタンドまで届いてくれたなら、なんてこともそりゃあ思うよ。相手はストレートに自信を持ってる。あそこでストレートで押してくることは分かってたんだ。曲がりなりにも、一応同僚だったからね。ああ。分かってたんだから、もうちょっといい打球じゃなきゃダメだったんだよ、あの場面は。俺の理想だけでは、結局試合になんか、勝てないんだよ」
まとまらない考えを海は酒で流し込んで、髪をかきむしった。なんとなくつかみかけている"何か"が、まだ漠然としているのが言葉にも出ていて、海はやきもきした。木村相手だからまだ感情の抑えが利いているけれど、これが華耶と話をしていたならば、きっと感情に身をゆだねて、甘えてしまっていたと思う。
それがきっと自分の弱さなのだ――海はそう思った。
「悪いね。でも、って何度も言っちゃうけど……でも、あの場面の俺の打球は、今までみたいに最悪な打球じゃなかった。敗色濃厚ムードの中でランナー二人返す事ができる打球をあそこで放てたんだ。シーズン通して、どれだけ俺自身が嫌だと思い続けてても、試合を捨ててでも意図的に大きく振り続けて、徐々に俺本来のスイングに戻しながら、そのちょうどいいところを見定める作戦が間違いじゃなかった証だと俺は正直言って思ってる。無駄に築き上げた90近くの三振も、せいぜい3割半ばを越えた程度から上がりきらなかった打率も……少しは報われるんじゃないかな」
そう言うと海はぐっと再び酒を飲み込み、深いため息をついた。少しは言い切ってスッキリしたのか、先ほどよりは少しだけ落ち着いたような表情がそこにはあり、木村もまた安心したような表情を浮かべた。
「今年はいつになく三振多かったですもんね。多いって言ってもフル出場でたかが90くらいですけど。ここ何年かは大体70、80くらいですし、なんなら去年なんかはシーズン通して出て50台でしょう。そりゃ、ファンだってめちゃくちゃ三振してるイメージ勝手に作っちゃいますよね」
「普段のスイングなら絶対当たってたようなボールだって何度もあった。でも、これまでみたい、ちょっとバットに当ててシングルヒットを打つだけじゃ、こんなチームは何も変わらないからね」
「……7回のタイムリーはどうでしたか?」
「あれは、よくなかったね」
「ええ?」
単打ではチームは変わらない――そんな話題を変えてしまうべく、木村が話題の舵を切ったが、海からは意外な返事があった。
声色の割にはスッキリした表情を浮かべたままだったから、てっきりいい返事がくるものだと思っていた木村は、飲みかけていたビールのジョッキを思わず戻しかけ、海のほうをじっと見つめた。
自分の中の手ごたえというものがどれだけ繊細な世界で生きてるんだ――と木村は思わずにはいられなかった。
「なんでまた」
「俺が大振りするもんだから、守備が全体的に後ろについて長打を警戒してたよな」
「ええ」
「もうちょっと、右か左にズレて――右中間か左中間を割るような打球だったら、2点返すことだって出来たかもしれない。清兵衛の足があったから1点入ったようなもんだよ、あんなの」
「でも、打球は綺麗だったじゃないですか。後ろ守ってたセンターの手前にうまく落ちるような、まさに先輩っぽい打球でしたよ。清兵衛選手の足のことを信頼してるからこその打球だと思ってましたよ、俺は」
「綺麗な打球だけじゃヒットにならないんだよ。さっきも似たようなこと言ったけどさ」
「あ……」
海はそう言って木村が頼んだ味噌カツを口に運び、梅酒を飲み干した。味の濃いものどうしが口の中でぶつかり、喧嘩をする。自分のやっている野球もこんなものなのだろうか――と海は一瞬考えこんでしまった。
「あの次の打席がさ、割と似たような打球だっただろ。でも、あれはセンターに捕られてしまった」
「ええ。あれはセンターのファインプレイでしたよね。完全に読んでダイビングキャッチをしたというか」
「違うよ」
「ええ……?」
木村は海の否定に思わず声を挙げた。そう割り切ってしまったほうが絶対楽なはずなのに、この男には一体何が見えてて頭の中にどんな世界が広がっているんだ――と木村はビールを口に含み、思考のもやもやを炭酸で紛らわさなければやっていられなかった。
「あれは、素直なタイミングで綺麗な方向に打ちすぎた俺の負けだ。手本のようなセンター返しみたいな弾道だったかもしれないけど、まっすぐに綺麗な打球をはじき返すだけじゃ、ああなってしまう。せっかくのど真ん中だったんだ。ああいう場面こそ、空振りを恐れてひっぱたくくらいの度胸がないといけなかった。カウントを追い込まれてしまって、少し大振りを躊躇った俺のミスだ」
「汚いスイングじゃダメ、綺麗すぎる打球でもダメ。で、修正できなくてもダメ。それじゃ息苦しくないですか」
「そもそも、もとから息苦しい仕事してるんだよ。俺みたいな仕事してる奴は」
木村が追加で頼んだビールを海は一気に半分ほど飲み込み、ジョッキを静かに置いた。
「でも――」
つまみのししゃもをかじりながら、木村は海が続けて話した言葉に意識を傾けた。
「ニコもマルコも、華耶も、ジェネルも、清兵衛も――そして、お前も。皆さ、俺に言うんだよ。もっと素直に喜べないのか、って」
「そらそうですよ」
思わず木村は素のイントネーションで返事をしてしまい、口を押さえた。あまり小ばかにするような口ぶりをした木村の様子を気にしない様子で、海は続けた。
「これでも、たまには喜ぼうとしてるんだよ。でも、勝てなかった試合を喜んだってどうしようもないだろ。でも、勝った試合でしっかり打てなかったら、それはそれで喜んでもいられない。俺が打たなかったら負けてたかもしれない場面だって、たくさんあるんだから。俺が毎打席ホームランしか考えてないような打者に今からなったら、そんな考えも変わるんじゃないかって思ったけど、やっぱり、俺には無理だ。今日の試合なんかもそうだったけどさ、やっぱり、ケースバッティングの出来ない3番打者なんてダメなんだよ」
だったら、自分に4番を任せてくれと言えばいいのでは――?と木村は思ったが、自分がそもそも4番向きではないと思っているからそういう考えになるのだよな、と木村は出そうになった言葉を脳内で棄却した。
「時々、俺が本当にサッカーを続けられていたらこんなことに悩まなくて済んだのかなとか思うよ。サッカー続けて、フォワードを任され続けて、点を獲ることばかり……前だけ見ててプレーできたらよかったのにな、とかさ。仮にどうしても俺が野球から逃れられないんだとしたら、もっと、こんなチームじゃなくて、もっと自分のプレーのことだけ考えて、勝ち負けのことばっかり考えずに済むような場所でのびのびプレーが出来たらもっと違ってたのかな、とかとも思う。FA権の行使だって常に頭の中にある。でも、俺は"チーターズの佳井海"になりすぎてしまった」
そう言って、海は再び真剣で重苦しい表情を浮かべながら、今度は水に手を伸ばした。
酒で感情を流し込んだり、水で喉を潤して頭を冷まそうとしたり、忙しい人間だ――と木村は思ったが、きっと、こうして毎日のように思い悩み、苦しみながらこの男は野球や自分を取り巻く環境に真正面から向き合っているのだ――と木村は思った。
面白半分に記事なんかにして茶化すような気分にはなれなかったし、仮に企画がそんなことを言うならば面と向かってNOを突きつけてやろう――そう思った。
「生きるっていうことは、難しいよな」
「はぁ」
哲学的な言葉に、木村は少し気の抜けた返事をした。
「まっすぐ自分のことだけ考えて生きたいのに、人間、誰だってそうさせてもらえない。自分のことだけ考えて生きてるとか、他人のことにまで頭が回らないとか言っちゃうタイプの奴らってのは、横や後ろから来ている何かや、前にいる何かを見えてないフリをしてる奴らか、そいつらを力任せに蹴飛ばして、自分にとって都合のいい世界を作り出して、自分の身辺だけクリーンな世界にしておいてデカい面をしてる奴らだけだよ。生きるっていうのは、まっすぐだけじゃなくて、後ろや横にもしっかり目をつけて歩かなきゃいけない。引退までに稼ぐだけ稼いだら、次は自分のためだけに生きたいよ、俺は。でもそれじゃあ今度は父親失格だ。俺がいつ現役を退くかどうかは分からないけどさ、子供たちがせめて成人するまではちゃんと父親でいないといけない。自分の子供だからね。こんなことも考えずに自分のことだけ考えて生きます、なんてクズには俺はなりたくない。結果、毎日毎日、責任だけが重くなっていく」
はぁ、と深いため息をつきながら、再び注文した梅酒のソーダ割りを海は飲み干し、うなだれた。ついでに木村が注文したつまみにはなかなか手をつけようとせず、ずっと眉間にしわを寄せたまま、海は気持ちを吐露し終えた後、そうして黙ってしまった。
「3番、降りたいですか?」
「いつか俺が打たなくてもよくなったらね。でも……どうだろうね。俺自身が今、俺こそがチーターズの3番なんだ、ってこだわりを持ちつつある。きっと、3番から下ろされた日は、それはそれでへこむだろうね。面倒くさいやつだよ、俺は」
そうですよ、とは言わずに木村もまたビールを飲んだ。間が持ちそうになかったので何か飲み食いしてなければ、変に気を遣ってるのがバレそうになったからだ。
「大爺……今はジェネル、でしたっけ。あの子は佳井さんの後釜になりそうですか?」
「俺よりいい打者になるよ、きっと。俺なんかより、アイツの取材してたほうがきっと実りがあるよ」
「それでも俺は、佳井さんを追い続けたいです」
「……それはドルフィンズを扱う新聞記者が言う言葉じゃないね。自分の仕事を履き違えちゃいけないよ」
「そりゃ、そうですけど」
木村はつまらなさそうに再びビールを飲み干した。好きで追ってるんだから、追わせてほしい――そう思いながらも、それは口にせずにおいた。
「でも、なんだか少し分かった気がしますよ、俺は」
「何がだよ」
「きっと佳井さん、家でもそんな感じなんでしょう?それを奥さんがたくさん受け止めてくれた結果が佳井さんを子沢山にしたんだな、って」
「……まあね。よくできた女だよ、華耶は。アイツのおかげで俺の人生は狂ったようなものだけど……アイツがいなかったら、俺は生きる事を途中で諦めたと思う」
「生きる事を諦めた?」
木村は首をかしげながら、思わず手に取ったフライドポテトを止めた。
生きる事を諦めた、ということはそういうことなのかもしれないが――確かに、この男ならそんな事をしようとしてもおかしくない。木村は真剣な顔つきで海の表情を見つめた。
「俺のせいで、京浜東北線あたりが一時運転見合わせになったかもしれないし、荒川に警察が来る事になったかもしれない。東京ってのは、場所も、方法もいくらでもある街だったからね」
「やめてくださいよ。縁起でもない」
「だったかもしれない、って話をしてるんだよ。だから余計に、華耶のためだけでももっと頑張らないとって思ってしまうんだ。その結果、華耶がいないと何も俺は出来ないくせに、華耶が時々そうして重りになってしまう。華耶のせいなんかじゃない。俺が勝手に華耶をそう思ってしまってるだけだっていうのに」
「それはたぶん、奥さんもそれを分かってるから佳井さんを受け止め続けてるんじゃないですかね?」
「……」
木村の言葉に海は深く頷き、黙った。
沈黙が、少なくとも否定によるものではないことを意味していたことを木村は感じ取った。
「俺は佳井さんがどんな馴れ初めで二人が出会ったかはあんまり分かりませんけど……ものすごい絆なんでしょうね、きっと。俺もそんな恋愛、してみたいもんです」
「楽なもんじゃないよ」
「いいところだけ切り取って俺も似たような経験をしたいってことですよ」
「甘ったれるな」
海は木村の額をジョッキで軽く小突いた。なんとなくそれが木村には嬉しくて、海には見つからないように隠れてニヤついた。
~~~
「お帰りー。突然遅くなるって連絡きたからびっくりしたよ」
「悪いね。面倒な記者に捕まっちゃって」
少しだけ大きくなり始めた華耶の腹をさすりながら海は「悪い父親でごめんな」と呟いた。
申し訳程度に近くのコンビニでアイスクリームを買ってきた海は華耶にひとつ手渡し、残りを冷凍庫の中に入れた。きちんと子供の数分あるな――と何度も確認したそれらはすぐに大き目の冷蔵庫の冷凍コーナーを狭くさせた。
「なーに突然。そんな優しくしちゃってさ」
「普段の俺はそんなに優しくないわけ?」
「ううん。でも、ここ数年は夜凄くケダモノだったからさ。なんか、この時間帯に普通の海くんを見るのも久々だなって思って」
「……悪かったね、ほんと」
「いいんだって。求められること自体は女として嬉しいことだし。あたしが海くんの女としてまだまだバリバリいけてる、っていうのはやっぱね、嬉しいもんだよ。何度も言ってることだけど」
ソファに座った海は、華耶にこちらに来るよう手招きをし――後ろから抱きつき、海自身が椅子になるようなような形で華耶を受け止めた。
「むー。……やっぱなんか今日の海くん、不自然に優しい」
「いや……絶対それ俺の今までのこと脚色されてるでしょ」
不自然に優しい、という言葉に少しムっとした海は語気を少しだけ強めながら華耶の腹をなで続けた。
「それはそうなんだけどさあ、なんかこう……え?誰かに告げ口でもされた?」
「されてないよ。なんとなくこうしたかっただけで。……え?でも今までも何度かこうしてきたでしょ?違ったっけ?」
「いやー……なんかこう、お酒入ってるから酔ってるんじゃないかな?っていう思いしか出てこないや。なんか何度もこうしてもらってたはずなんだけど、やっぱ夜の海くんは激しいってあたしが完全に思っちゃってるから」
「ひどいな」
「……産んだ後も、懲りずに激しい海くんでいてくれる?」
「激しい俺じゃなきゃダメなの?」
突然の華耶の問いかけに、海は怪訝な表情を浮かべて即答した。優しいと不自然だと言うし、激しいと激しいでまた色々言うものだから、海はどっちにしてほしいんだよ――と思いながら華耶を呆れた様子で見つめた。
「えへへ。冗談。でも――今の子を産んだ後もあたしをずーっと、ずーーっと女として見てくれたら嬉しいな、っていうのは本当に思ってる。今このタイミング、双羽ちゃんが海くんを狙うには絶好機だと思うからさ」
「胸糞悪い成人マンガみたいな展開が今更あってたまるかよ。そういうのの見すぎだね、華耶は」
「えへへ。……で、本当に抱いてないの?」
「……何度も言うけど、人が別の女抱く前提で話進めるのやめてくれる?」
海は不機嫌そうに華耶の脇腹をくすぐりはじめた。