海の彼方で   作:錫樹トシアキ

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74・期待されて落とされた者、期待されずに置かれ続けた者

今年もYoureTUNEでの春季キャンプの特集には新たにデザインされた海のTシャツの販促がなされ、それまでの田中と清兵衛との食事シーンが好評だったせいか、キャンプの食事事情のコーナーはここにジェネルを加えた一家団欒風のコーナーが演出で設けられ、海に軽くストレスを与えた。

 

収録の際は終始ノリノリでやってみせた清兵衛だったが、カメラが回り終わると眉間にしわを寄せながら――

 

「俺がいなくなったら、このコーナーは一体誰がやるもんかね」

と、個別に食事を取りながら、個々人でしかカメラの前に出たがらない若手やベテランを遠めに見つめていた。

 

「それ、俺にも文句を言ってるような気にもなるんだけど」

海はそう言いながら引きつった笑みを見せた。

「カメラが回ってても嫌々取材に応えるのがお前さんで、カメラを前にしても何もできねぇか、自分のアピールしかできねェのがあいつらだ。なんなら、ベテランなんかはカメラの前に出てこようともしねぇ。ワンマンプレー気質の下らねぇプライドだけは一丁前にあるくせによ、自分はもう終わった人間だからだの、そういうのは若手に譲るだの言って、自己プロデュース力ってもんがないのかね。同じような顔色して、同じような態度でカメラを前に一言も喋れねェでいてよ。そのくせプレーはわがままなくせに、態度で示そうっていう気概が無ぇ。寡黙と無関心とを履き違えてるんだ、あいつらはよ。なァ、田中よ」

「……えぇ」

気まずそうに田中は一言だけそう言ってうなずき、まだカメラが回ってこないかどうか気にしながら食事を続けた。

 

「やめろよ、そういう話題を田中に振るの」

「一番いい例が目の前にいるから言っただけだろ。こいつは喋りたくても喋れなかったり、ここ一番で緊張するだけのタイプだ。あいつらとは違う」

「そのぶん、私が頑張りますから大丈夫ですよ」

笑顔で白身魚のソテーを平らげながら、ジェネルが清兵衛に向かって親指を立てて見せてアピールをする。

それを清兵衛は苦笑しながら――

 

「お前さんだってそんなこと言ってられる状況じゃねェだろ。若手、誰使うかずいぶん監督も悩んでるみてェだし、お前さんもあんまりうかうかしてられねぇんだぞ、本当は。お前さんは逆にカメラの前だけで元気すぎなんだよ」

とあしらったが、ジェネルは意に介さない様子で親指をぐっと立て――

「まあ、見ててくださいよ。しっかり実力で示してやりますから」

なんて返してみせた。

 

「強気なお嬢ちゃんだな、相変わらず。誰かに似たのかね」

「こっち見て人と人とを無理やり結び付けようとするな」

海は自分に向けられた目線を無視しながら豚の角煮を食べ、ウーロン茶で流し込んだ。

 

春季キャンプの間、ジェネルは必死さをアピールしていた。

今野の中で横嶺が完全に構想外となってしまったとはいえ、外野のレギュラー争いは常に若手を中心に熾烈な争いを繰り広げている。必死でスタメン争いに食いつかなければ、海と一緒に野球をすることはかなわないどころか、自分までもが2軍にいつどう送られてもおかしくない状況だ。

 

大きいことを言ってしまった手前、不恰好な姿は到底見せられるものではない――その思いがジェネルを少しずつ、少しずつ――日々を焦らせていった。

 

おまけに珍しくこのオフ、チーターズは中堅どころの外野手をFAで獲得した。チーム待望のリードオフマンということもあり、今年こそは少しは勢いがつきそうな予感はそこにあった。

清兵衛がセンターを守り、新加入の選手がレギュラー当確という形でレフトに回る。外野の残り1枠、ライトは誰のものになるのか――ジェネルを中心としたレギュラー争いの行方は、このキャンプとオープン戦にかかっていると言っても過言ではなかった。

 

横嶺が形だけ契約している状態というだけでなく、昨シーズン末でここのところは代打で活躍していたチーターズ一筋だった外野手もひっそりと引退をしていた。

うだつの上がらなかった選手たちも大鉈を振るわれ片っ端から戦力外通告を出されたことで、代打やバックアップ要員には一体誰がつくのか――そういった部分含めて、この春のメンバー争いは火花が散りそうな予感がしていた。

 

ジェネルのやる気はそうして高まれば高まるほど、功を焦り、バットからは快音が消えた。目立つ選手なものだから、コーチらはぼそぼそと「やはり口だけの選手では……」と頭を抱えていた。

 

とはいえ、同じ外野の残り1枠を争っている選手たちがジェネルほどしっかりやれているかと言われると、これもまたどっこいどっこい、という見方が多方面からの評価だった。それは勿論、海の目からしてもそうだった。

 

最後に残るのは結局守備がどれほどできるか、というところなのだろうけれど、その守備だって横ばいだ。外野の守備にはそれなりに自信と手ごたえを話していたジェネルだって、確かに判断力も悪くは無いのだが、一軍レベルの試合で後ろをしっかり任せられるかと言われたら、まだまだ判断が甘いところだってある。

 

飛距離だってジャストミートさえできれば飛ぶのはレギュラー争いをしている3人ともに大体同じくらいで、あとは監督である今野の好みや方針次第――というのが実情だった。

ジェネルの明日は一歩前に出ているように見えて、保障されていなかったのだ。

 

みな横ばいなのであれば、キャンプで少しでも成果を挙げたほうが重宝されるに決まっている。ジェネルはこれ好期と走りこみや練習をとにかく全力で行い、タフさや必死さを猛アピールをしていた。

紅白戦でも三振こそ多かったが、当たりさえすれば飛距離はどこまでも飛んでいくことはアピールしていたし、そのバットコントロールだって決して単なる大振りタイプではなく、時には器用なスイングや意表をついた流し打ちなんかもしてみせたりした。

 

試合中、ベンチからも積極的に声だって出しているし、もし横ばいなのであれば、普通に考えればジェネルがその残り1枠を勝ち取るのではないか――大体の人間がそう思っていた。

 

「どういうことですか、監督!」

 

オープン戦でも打率3割台を残し、ジェネルのレギュラー確約は堅い――大方の予想だけでなく、ジェネルもそう思っていた。

そんな中、開幕2軍スタートを通告されたジェネルはこの日、今野に食って掛かっていた。

 

納得がいかないのも無理はない。

オープン戦、4本塁打と当たってこそいたが打率が2割にギリギリ届くかどうかという、ともにレギュラー争いをしていた選手に1軍の座を譲り、自らはしばらく2軍での調整を命じられた――その事実は、ジェネルには到底納得がいくものではなかった。

 

「彼は左打者だから。何かあったとき、左打者で相手に揺さぶりをかけられるようにしておきたかったんだよ、君には悪いけどね。君がもし左打者だったらよかったのにねぇ――君が惚れてる誰かさんみたいに」

 

今野はやや罰が悪そうに薄毛の頭頂部をかき、帽子をかぶり直した。飼い犬に手を噛まれるようなことは今まであったものの、控えに左を一枚どうしても置いておきたかったチーム事情的に、ジェネルを代わりに2軍調整にするのは今野としてもやや心苦しいところがあったのだ。

 

「そんな――右か左かだけで使うかどうかなんて決められたら、たまったもんじゃありませんよ!アレですか、監督もやっぱり私が女だから信用してないんじゃないんですか!?」

「そう言われても、ねぇ」

「女性選手だから計算ができない、みたいな考え方で一軍から外したってことですか、やっぱり」

 

決してそういうわけではないのだが、まさかジェネルがこれほどまくし立てるタイプだとは思ってなかった今野は珍しく押されていた。

変に気を遣った言葉を言うとセクハラだのなんだのと言われる世の中だから、なおさら今野は言葉に詰まった。

 

「待ちなさい。落ち着きなさいよ、君。それは君がそう思ってるだけであって、別に俺はね――」

「そうですよね。チームの低迷も皆、女性選手のせいにしたら分かりやすいですもんね。中継ぎが不甲斐ないのも女性選手のせい、野手みんな男で埋めたのも女性選手が不甲斐ないせい――そういう風に監督かあるいは上がそう判断したってことですよね?それで今度は、何かあったら佳井さんに全部低迷を押し付ければいいってことですもんね?」

 

まっすぐなタイプの人間だとは思っていたものの、それなりにジェネルを理知的な人間だと思っていた今野は、ここまで激情をあらわにするタイプだと思っていなかったこともあり返事に困ったままでいた。

 

「こう……もうちょっとこちらの言い分を聞いてくれないかな、君。僕は決してそういうつもりで采配をしたわけじゃないんだよ。2軍で様子を見ながら、君の調子がいいようなら、アイツと交代交代で、1軍と2軍を行き来させるつもりで今年は考えてて――」

「いいですよ。そんな風に慰めてもらわなくても。そのうち土下座してでも1軍に呼んでもらえるように私、バチクソに打ってやりますから」

乱暴にドアをバタン!と閉め、ジェネルは誰にも見せないようにめそめそと泣きながら廊下を歩いた。

 

今野がどう理由をつけようが、自分は勝負に負けたのだ。

結局、自分が女だから負けたのだということは、最終的に突き詰めればボロが出るだろう。女性というものは所詮そういうものだ――ジェネルはそう思うと、悔しかった。

 

もちろん、今野は決してジェネルを性別で判断したというわけではないのだが、ジェネルからしてみれば他に思い当たる理由がなかった。

仮に性別がまったく判断基準になくて、今野が言うように本当に打席の左右だけで起用するかどうかを決められては、やっていられない。

 

右だから何で、左だからどうだというのだ。打者というものはどんな方向からきたボールを打つのが仕事だし、逆に投手は左だろうが右だろうがどんな相手を抑えてこその投手だし、それができないようならばプロを名乗る資格などない――。

どんな相手にも全力で戦って勝つというのがプロであり、自分たちはそういう仕事をしている。今、その全力さを一番持っているのは自分だという強い自負が――単なるイロモノ選手ではないのだという強い自負がジェネルにはあった。

 

どんぐりの背比べ程度のメンバーにおいて左右の得意不得意のセオリーなど、あくまでも机上の空論であって、どんなボールも自分には同じように見えているからこそジェネルはその言葉が悔しくて悔しくて、そのたびに視界が歪んだ。

 

「いや……それはお前の言い方というか、考え方があまりよくないと思うよ。悔しいのは分かるけどさ……」

 

3月のはじめに8人目の子供である柊理【とうり】が生まれたばかりのため、トレーニング以外では少し家に入れることをためらっていた海は吹田の野菜カフェにジェネルを連れて話をひたすら聞いていた。

 

よくもまぁ怒られたり懲罰を受けずに無事に帰ってこれたようなものだと海はジェネルを見て思ったし、さすがに監督に対して思いをぶちまけたというジェネルの話は、絶対にどこか話を盛っていると海は思っていた。

 

気が済むまで話を聞き終えた後でケーキとプリンに手をつけ始めた海は、また思い出して悔し涙を浮かび始めたジェネルをじっと眺めていた。

 

「見返してやりたいっていう気持ちが強いのはいいことだと思うけどさ。自分が女だからどう、とかそういう思考はよくないと思うよ、正直言って。言い方悪いけどさ、思い上がってるところ、あるんじゃないかって思っちゃうよ、俺でも」

「だって、海さんはこれまで一度も2軍に落ちたことなんかないから分からないんですよ。私、あれだけ頑張ってるのに、好みで采配なんて決められたら……」

好みで采配なんて決められたら、という言葉に海は胸に棘が刺さる思いだった。なるほど、そういう風に言われてしまうと確かに自分だって監督に噛み付いたことは数多くある。

 

悔しいという気持ちは分かるのだ。

 

ただ、ジェネルの言うスタメン落ちの理由の思い込みに関してはやはり、その全てにうんうんと頷けるような気持ちはどうしても海には湧いてこなかった。今時、そんな理由で采配を決めるような監督なんて仮に居たならば、週刊誌が放っておかないからだ。

頼むからジェネルが週刊誌やスポーツ誌の取材に変なことを吹き込まないでくれよと海は思った。

 

「だったら、気持ちが分かる人に電話すりゃよかったのに」

「他に頼れる人が海さんしかいないんですよ」

「それはお前の事情じゃないか。交友の幅が少ない俺が言えたことじゃないけどさ、その点においてはお前も大概だよ」

海はコーヒーフロートを飲みながら、ジェネルの気が紛れるまでは時間がかかりそうだなと思い――追加でカレーを注文した。

 

「それに、監督は時折調子見て入れ替えてくれるとは言ったんだろ?じゃあ、いいじゃないか。俺みたいにああしろこうしろって嫌味を言われたわけでもなければ、別にお前は選手失格だ、みたいなこと言われたわけでもないんだから。お前のことは使わない、なんて言われたわけじゃないんだろ。俺は1軍に居続けてた代わりに、そんなことをずっと言われてたから」

「でも私は……1軍スタートできるもんだと思ってたんですよ」

「それは俺も思ってたよ。俺はいろんな事情もあって、2軍に落ちたことはないから分からないけどさ。さっきも言ったけど、監督の好みで使われたり使われなかったりしたし、晒し者みたいな使い方だってたくさんされた。だから、お前が監督の好みの都合で辛い目にあってるっていうのは分かるよ。……お前が知らない頃の俺の話なんかしても、面白くないだろうけどさ、まあ、辛かったよ。打っても文句言われる。打たなかったら文句言われる。その日々の繰り返しなんて、本当に辛かった。でも、お前は今幸いにも、打って文句を言う奴は周りにはいないだろ」

 

ソフトクリームをコップの中で崩しながら、海はそれをすくって食べジェネルの返事を待った。

 

「海さんは監督が本当に1軍と行き来させるもんだと思ってるんですか」

「あの監督が、そういうことに嘘をつくとは思えないね。お前を使うか、1軍に残ったあいつを使うかっていうのはたぶんギリギリまで考えた結果だろうし」

「本当ですかね」

「そりゃあ、俺は監督本人じゃないから分からないし、あの化け狸か狐みたいな監督が何を考えてるかなんか分からないけどさ。去年レギュラーで使い続けたドラ1をいったん2軍に下げるなんてこと、よほど叩かれる覚悟がないと出来ないと思うよ。監督はそれくらいお前に期待してるんじゃないかなとは思う。2軍で腐らずに出番を待っててほしいっていう思いがそこにあるんだと思うけどね、俺は」

「……」

「正直言って、俺は期待されて1軍にい続けたわけじゃないから、羨ましいよ。お前の話だって黙って聞いててくれてたんだろ。俺が若手の頃そんなことしようもんなら何されてたか」

「……」

 

ジェネルはそれでも表情が沈んだまま、運ばれてきたケーキやプリンに手をなかなかつけようとはしなかった。

 

「……俺の言うことも信用ならないんじゃ、どうしようもないね。いつも言ってることだけどさ、俺もそこまで暇じゃないんだよ。お前が追いかけ続けた男の言葉も信用できないくせに、俺のこと振り向かせようったって無理だよ。このままホテルに連れ込んでヤり捨てる価値すら、今のお前にはないね」

 

そそくさとカレーをかきこみ、テーブルに代金を置いて立ち去ろうとする海。

立ち上がってもなおうつむき続けたジェネルを見た海は大きくため息をついて――

 

「言っとくけど、突然会いたいなんて連絡して、毎回俺が会いにくると思うなよ。お前のそれは一人でなんとかしなきゃいけない問題だよ。悪いけどね。誰かから直接罵られたわけでもなく、周りから一定の評価もしてもらえているのに、自分は一切評価されてない、みたいな感じでヘコんでるんだったら、一生空に向かって世の中の不満でも叫び続けたらいい。お前が思ってるほど、俺だって人間できちゃいないんだよ」

 

そう言って海は店から不機嫌そうに出て行った。ジェネルは海からの厳しい言葉に打ちひしがれながら、追いかけていくのも不恰好がすぎるので、黙ってその遠ざかる背中を黙って見つめていた。

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