「ちょっと遅れちゃったけど、改めて誕生日おめでとう、海くん」
「……ありがとう」
食事を終えた後、どこで買ってきたのだろうか、一目で分かるほど少し高そうな雰囲気が漂っている、たっぷりのクリームと共におしゃれに装飾された小型のホールケーキを華耶は差し出し、にこやかに祝福してみせた。
まさかこれ全部を一人で食えとは言うまいな――という気持ちや、決して安くもないであろう思わぬプレゼントに対し、海はぎこちなく笑って頷いた。
楓悟が2ヶ月ほど国内出張が決まり、家にはわずかばかりの静寂と安寧が訪れた。
いくらなんでも自由奔放すぎる気がするし、あんな親でも、自分の身に何かが起きたらどうするのだ――と海は思ったが、どうせ普段から居ないようなものなのだ。いざ家を完全に留守にされると結局、その間は愛人が家に来ることだってないのだから、思っていた以上に快適な日々が続いていた。
家が空いているならば自分が家を訪ねても気まずくないだろう、と華耶は海の誕生日を迎えた週の金曜、講義を終えてから家に乗り込んできた。
たがが外れた、と言うべきか、枷が外れた、と言うべきか――。華耶と一線を越えた夜から、金曜や土曜、翌日練習がなくてなおかつ父親が確実に居ないことが分かっている日は、華耶が海の家に訪ねてくるようになった。いつしかそれも泊りがけになっていき、それが二人の中で当たり前の関係になりつつあった。
自分もなんだかんだ言って父親のような爛れた生活に近いことをしている、という罪悪感こそ海にはあったが、華耶の『父親のそれとは違う』という言葉が海の安定剤になっていた。
この日々は決して間違っていないし、決してこの関係が楓悟のように遊びのものではないし、華耶と付き合ったからといって自分はその本質を変えたわけではない――と海は言い聞かせ、この関係を続けていた。
それでもやはり、いざ華耶を真正面に迎えると、海は普段よりも口下手になってしまうことからなかなか抜け出せなかった。
もともとの海の性格、女性関係の希薄さだけではなく、やはり、どれほど言葉を取り繕っても自分を客観視すればするほど、結局楓悟と似たようなことをしてしまっているのだ――という罪悪感はそれ相応に海の心に楔を打ち込んでいたのだ。
「6月って祝日がなくて辛いよね。その6月もやっともうすぐ終わるけどさ。夏だよ、夏。水着の季節だよ」
「国によって祝日が違うからね。6月22日、向こうじゃ祝日なんだよ」
「そうなんだ」
せっかく水着というキーワードを出したのに、海はごく当たり前のようにその言葉をスルーしたことに華耶は内心がっかりしながらも、海の言った話題に興味を示した。こうすると海はすんなり色々話してくれるから、華耶はうまく海を操縦するようにして話を引き出していたのだ。
「夏至を祝うんだよ。向こう、冬が長いから」
「じゃあ、そんな大事な日に生まれたんだね、海くんは」
「まあ、今じゃ何の意味も持たなくなっちまったけど。日本には6月22日を祝日とする理由だってないから、ただの1年の中の1日になっちまった」
「でも、代わりにあたしがこうして祝ってあげるから、意味はあるよ」
「……そうだね」
海は華耶に肯定されたときなんかはこうして、無意識にうっすらとした笑みを浮かべるようになった。それを指摘すると海は途端に不機嫌になり、また笑顔をやめてしまうものだから華耶は黙ってそのごくうっすらとした笑顔を見つめ、独占していた。
この笑顔を知っているのは、今は自分だけなのだ――そうした優越感が、華耶に幸福感を与えていた。
「じゃあ、あーんしてあげようか?ケーk――」
「要らない」
フォークで一口大に切ったクリームたっぷりのケーキを華耶は海に向かって伸ばすが、海は嫌そうな顔をして両手を前に突き出した。
距離感を詰めればこうして嫌がったり、拒否するものだから、この男の操縦は一筋縄では行かない。華耶はからかい半分、それなりに気分で海もリアクションが変わるものだからそのさじ加減が分からずに困惑しているところ半分で海の様子を見ていた。
「あー。そういうときだけ食い気味で答えるの、よくないなー。傷つくなー、あたしそういうの割とガチで傷つくなー」
「そういう歳じゃないだろ、もう」
そう言って海は自分のフォークでケーキを勝手に食べ始めた。
「あー、ひっどいなー!マジで食べた!マジで食べたよこの子!」
華耶はそう言いながら海の体を揺さぶるが、体幹をなし崩すことは出来ず、そのまま海は動じずにケーキを食べ終えた。
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「――そっか。なんかどこかで見たことあるような気がするんだよなー、って思ってたの、間違いじゃなかったんだ」
一線を越えてすぐ、高校生活の話になった際に海ははじめて自分が野球部に所属していることを話した。考えてみたら、自分が何部かだということなんかよりも先に関係が始まってしまったものだから、互いにごく基本的なところを知らないまま二人の交際は始まってしまっていたのだ。
「まあ、正直言って目立つ姿してるからね、俺」
「うん。あれ?でも……」
「でも何?なんか引っかかるようなことあった?」
『野球の話、あんまり耳に入れたくなくて――』
「あの日さ、野球のニュース見るの嫌がったじゃん」
「それは……」
「野球、好きだからやってるんじゃないの?結構今時の子って、将来の自己投資的な、ビジネスっぽい理由で野球やってる子多いものなの?」
「今時の子って、華耶だって今時の子じゃねーか」
「そりゃそーだけどさ。なんか、野球やってるっていう今の話だってさー『一応野球やってるよ』って、ぶっきらぼうにさ。『一応』って。あんまり野球やってるアピールしたくない系なのかなー、とか、色々考えちゃうよ。普通はこういうのって、ちょっと自慢げに言うもんじゃん。え?だってアレでしょ?センバツにも出てたってことでしょ?うちの野球部ってことは?」
「まぁ……うん……」
歯切れの悪い返事で、少し面倒そうに海は頬を指で掻いた。
「あー、ほら。なんかちょっと歯切れ悪い言い方するー。別にさ、怒るとかじゃないから、正直に言ってみて?野球、好きかどうかって言ったら?」
「……あんま好きじゃない……かな……。ほんとは、サッカーのほうが好きだし、野球だって、きっかけなんかなかったら、一生やることはなかったスポーツだった。嫌々やってるようなものだよ。身体だって大きいから、ベースランニングなんかもちょっともてあましちゃうんだよ。一歩が大きいから、注意してないとベース踏み外しそうになったり、変なところで踏んじゃったりするし」
「そっか」
そのとき、華耶が一瞬寂しそうな顔をしたような気がした海は、少しでも言葉を選ぶべきだったのかどうか戸惑った。
「プロ野球の現地観戦、行った事ある?」
「ないね」
「サッカーは?」
「先月、スフィダーレ川崎と大宮テルミナーレの試合を見に行った。別に好きな選手も居ないし、地元の試合くらいなら別に見るの億劫じゃないってくらいでさ、特別地元のチームに思い入れがあるわけでもないよ。」
海はあくまでも『サッカーが好きだから見に行ってる』というスタンスで華耶に話したが、華耶はそんな海の表情を見てパッと表情を明るくさせた。
「じゃあさー、今度野球見に行こうよ。ベイスタジアム横浜の試合。ペア席のチケット、取ろうと思えば取れそうだし」
「気が向いたらね」
「えー?せっかくのペア席だよ?せっまい外野席とかよりよっぽどいいよ?」
「友達と行けばいいじゃん、そんなの」
「……あーのーさーあ。あたしたち付き合ってるんだよ?ねーえ。彼女がさあ、しかも年上だよ?彼女が一緒に試合行きたいな~って言ってるのをさー、友達と行けばいいじゃんなんてさ~あ、不義理にもほどがあると思わない?世が世なら斬り捨てられてるよ?私をキズモノにしたのに、さあ」
華耶に押し切られるような体勢はもう明らかだった。深くため息をついて海は
「……分かったよ。一回だけな」
そう逃げるようにして呟いた。
見に行くとでも言わなければ、絶対に退いてくれるとは思えなかったのだ。
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ここ数年、神奈川バトルシップスの圧倒的な破壊力を持つ打線は野球ファンはもちろん、地元人気の火付け役にもなっている――と華耶から教えられながら、ベイスタジアム横浜――通称、ベイスタのペアシートでその試合を海はじっと見届けていた。
試合前の高揚感だとか、客たちのざわつき、選手たちの息遣いは、相変わらず海にとってはさほど関心を引かなかった。
ただ、客席から見るスタジアムというものは、普段打席に立っているときの世界とはまたスケールの違いや、見え方――守備の反応だとか、打席でのたたずまいから漂う雰囲気だとか、そういったありとあらゆるものが全く違うように感じられた。
直接現場に立っているかどうかでこれほど見える世界が違うものか、という新鮮味こそ海にはあったが、だからと言って野球そのものが好きになるかと言われたら、それはまた別の問題だった。
「そういえばさ、海くんはベイスタでも試合したことあるんだよね?」
「まぁ、うん。地区大会でそれなりに」
「やっぱ、こんなにフェンス高いと打ちづらかったりする?打席立ったときの威圧感、みたいなのとかさ、あったりしない?」
「……別に。あんまり気にしたことないかな」
「えぇ~、なんかこう……ない?これが普通の球場だったら一発狙ったら入りそうだけど、ここのフェンス高いもんな~みたいなのとか、そういうこう、球場ならではのやつ」
「別に。ちゃんと自信持って芯で当てれば大体のボールはしっかり前に飛ぶ競技だし。別にどんな球場でも前に飛ばさなきゃヒットにならないからね」
「うわ!強者の風格だ!強打者の余裕じゃんそれ!」
海の言葉に興味津々な様子で目を輝かせた華耶だったが、海はさも当たり前の様子で、そのまま淡々と話し続けた。
「余裕って言われてもね……そんなにケースバッティングが出来るほど器用じゃないし、『難しいこと考えずに前に飛ばすことだけ考えて振ればいい』って言われてるし。俺の仕事は、別に一発を狙うわけじゃない。しっかりヒットを打ってくれっていうのが俺の仕事だから、いかにしっかりリラックスして芯で捉えるかのほうがよっぽど俺にとっては大事なんだよ」
「任されてるってことじゃん。えー、すごいなあ。試合見に行きたいなー。あたし、なんか最近高校野球からは遠ざかっちゃってたんだよね」
華耶はなぜかそのとき一瞬遠くを見て髪をかき撫で、切なげな表情を浮かべたのだが海には特にその様子は目に留まらなかったようで、『ふーん』と興味を示すこともなく
「そんな見に来るもんじゃないよ」
と吐き捨てるように言った。
「いやー、だってさー、将来のプロ野球選手の貴重な姿になるかもしれないんだよ?」
「プロになるかどうかはまた別だよ」
「なれるよ多分。見てないから何も言えないけど。なろうよ」
「なろうよって言われても、俺が決めることじゃないし。俺は別にプロになりたくて野球やってるわけでもないしね」
華耶から軽々しく飛び出した言葉に海は思わず冷たい声色が飛び出した。鼻で笑うような声を出しながら、ごまかすようにして席に置いてあったコーラに手をつけた。
「プロになってお父さん見返してやればいいじゃん」
「見返すも何も、立つ土俵が違うじゃないか」
「そりゃあ、そうだけどさ。なんかこう……別に嫌いなままでもいいからさ、野球、続けようよ。きっと、絶対いいことあるよ。あたしが野球好きだからそう言いたいだけに見えてるかもしれないけど」
「うん。そう見えてるね」
「だったら、それでいいからさ。きっと……いいことあるよ。あたしは――」
そう華耶が何かを言いかけたタイミングでスタジアムがどっと沸いた。
うまくエンドランを仕掛けたランナーと打者のセンター返しがハマり、打球処理をしている間にランナーが帰ってくる。
センターの反応も決して悪くは無かったのだが、二人の走者の俊足を最大限に生かした作戦だった。
綺麗な送球がキャッチャーめがけて返ってくるが、それよりも2テンポほど速くホームベースへ滑り込んだその手をきっちりと審判は捉えていた。初回から2点が入り、スタジアムは割れんばかりの得点マーチが流れる。
高校野球とはまた違う、どこか狂気じみた熱気が外野から自分たちの居る内野席、ひいてはバックネット席のほうまで伝染していくことを海は感じた。
「凄いなー今の!ねぇ?海くん!今のエンドラン、あれって打者を完全に信頼してたから出来ることだよね。2アウトだったし、賭けに出たのかもしれないけど……」
何かを言いかけた華耶も、華麗な得点シーンに完全に意識を持っていかれてしまったらしい。
「それよりも、何か言いかけてなかった?」
「え?何だったっけ?」
とぼけているのか、本当に忘れているのか――どちらともとれるようなそぶりを見せる華耶。
「まぁ、別にいいけどさ」
「そうだよ。今試合中なんだからさ」
「そっちのけで俺に話を振ったの、華耶のほうじゃないか」
「あー……そうだったね。ごめんね」
ぺろっと舌を出してとぼけてみせる華耶。どちらが年上か分からなくなるようなことを突然やってのけるから、この女は分からない――と海は思った。
次の週も華耶は海の家に上がりに来た。出張が終わったはずの楓悟は相変わらず家を空けてばかりで、華耶のほうがよっぽど自分の親のような存在になっていた。
夕飯にハンバーグと野菜スープを振舞った華耶は、皿洗いを終えてからつまらなさそうにテレビを眺めている海の隣に座って、なれなれしくその膝元に擦り寄った。
「ところでさー、海くん。もうすぐ最後の夏の大会が控えてるわけだけど、意気込みをどうぞ」
「意気込みって言われても」
「なにやらプロ注目の選手なんて言われてるらしいじゃない。あたしさー、あの後海くんのこと色々調べたんだー。別に悪い意味じゃなくてだよ?試合での活躍のほうだよ?いやー、凄いじゃん海くん。甲子園の特集でもちょいちょい書かれてるみたいだよ?」
携帯の画面からネットニュースの画面を開き、監督が取材を受けてる様子などを見せ付ける華耶。
それを振り払うようにして海は不機嫌そうに足を組んだ。
「悪趣味なことしてんじゃねーよ。俺が本当は外国人だから特集してるんだろ、そんなの。俺みたいな打者なんて、そこらじゅうにいるよ。俺は別に他校のことも知らないし、他県のことも知らないし、注目選手が誰かなんて知らないし、知るつもりもないけどさ」
華耶にはそう話す海の姿がかえってたくましく見えていた。
よくもまあ、自分の取り巻く環境だとか、自分の置かれている立場に惑わされず自分のことにこれほど集中できるものかと華耶は強く感心した。
普通なら少し浮かれてみたり、露骨にライバル心を抱いてもおかしくない年頃だというのに―ー。
「外国人だろうが日本人だろうがいいじゃない。それだけ期待されてるってことだよ。いろんな期待を背負う気分はどう?」
「どうせ俺をイロモノだと思ってやってのは分かってるんだ。うざったいな、ってくらいしか思わないよ。ほっといてほしいなー、とも思うけどさ」
「よし、平常運転だね。変に意気込んだりしてなくてよかった」
子供っぽい一面も時折覗かせる海のことだし、野球をある意味では将来への自己投資として考えている海のことだから、ここでしっかり気を入れて大会に挑む――なんてことを言いそうな可能性も少しは華耶の中にあったのだが、ごくいつもどおりの海の面倒くさそうな態度に華耶は安心感を覚えた。
「正直言って、俺は俺だから。俺は俺以上のことはしないし、俺以上にはならない」
「ほんと、ブレないね。まだ若いのにさ、頑固なおじいちゃんみたいな」
華耶はそう言いながら笑った。海は褒められてるのかどうか分からないような言葉に対して眉間にしわを寄せ、華耶から目線を逸らした。
「でもさあ、こんなほっそい体やほっそい腕でよくそう打てるね。何?こないだの練習試合でも場外弾打ったって聞いたけど」
そう言いながらぺたぺたと海の胸板や背中を触り、覗き込むようにしてシャツをめくって腹筋や背筋などを見つめる華耶。
それを鬱陶しそうに振り払いながら、海はシャツをわざとらしくズボンの中に入れて華耶を睨んだ。
「しっかりシャープに振って芯で捉えたら、あとは余計な力なんて要らないんだよ。金属の棒振り回してるんだから、そりゃあこんな身体でも飛ぶよ。別にボールを遠くまで飛ばす競技やってるわけじゃないんだから」
「その芯で捉えるのが皆難しいって言ってるのにさぁ」
「守備に比べたら、ゆるいもんだよ。守備は1つのミスも許してくれないからね」
「どこ守ってるんだっけ?」
「一塁」
「一塁守ってる人が言うセリフじゃあないなあ」
「一塁守備を甘く見るなよ。何度危ない送球来ると思ってるんだよ。うちのショート、もともと投手やってたこともあるから送球はべらぼうに速いんだけど、送球が雑なんだよ。力むと球が上ずるみたいで。まあ、だからピッチャーから降ろされたんだろうけどさ。でもそれを捕り逃したら俺のせいにされるんだから、やってられないよ。何のためのその身長だとか言われるんだ。それと比べると打撃なんて、1回凡退しただけじゃ、そんなに怒られないからね。3割から5割くらい打ててればいいやって競技だからね。そういう心構えでいるから、力まなくていいんだよ。凡退したら死ぬわけじゃあないし」
「そうかもしれないけどさー。なんか、落ち着きすぎてて夢がないなあ。えー?今時の野球少年ってそういうもんなの?もっとこう、アツいタイプの子とかいないの?漫画に出てくるようなさ、スポ魂みたいな」
「知らないよ。うちの学校が学校なもんだから、そういう変に暑苦しいタイプだってそんなにいないっていうか、ある程度物の分別がつく奴らで揃ってるし。そんなんだから、あんま取材とか来て欲しくないんだよね。変に解釈されたり誇張されるのも嫌だし。日本語間違った使い方とかして変に使われるのも嫌だしさ。どうやっても俺は俺にしかならないし、周りも、俺に俺以外のものを求めて欲しくないんだよ」
「注目選手の憂鬱、ってやつかな」
ニヤニヤしながら肩をひじでつつく華耶を見ながら、訝しげな表情を浮かべる海。
じっと華耶を睨みつけるような形で見つめ、しばらく黙ってから海はぽつりとつぶやいた。
「……一応聞くけど、お前、学生記者やってるとかそういうのじゃないよな?」
「さすがに違うよ。今更そういうの疑わないでよー」
「大会控えてるのに俺の精神かき乱そうとしてるの見るとさすがにね。違うならいいけどさ」
「今更騙してるなんて……まあ、思っても仕方ない人生送ってるよね。ごめん。でも信じて。本当にあたし、そういうのじゃないから」
「まあ、身体差し出してまですることじゃあないか」
そう言いながら海は華耶の身体を自分の胸元へ引き寄せ、身動きが取れないようにして後ろから抱きしめた。抱きしめた、というよりは締める、という形のほうがよっぽど適切な形だ。
「ちょっ……そういうのセクハラって言うんだよ海くん!ダメだからね!そういうの本当に!」
「なんか随分からかわれてる気がするから、少しムっとした」
「そうやって体格差でマウント取るの、よくない!よくないよ!海くんってばー!」
海の腕の中でじたばたと抜け出そうとする華耶を海は無表情でホールドしながら鼻でふふんと笑った。
こうしている間は野球のことだとか、父親のことだとか、あるいは今後の進路のことだとか――そういう事を一切考えなくていいことが本当に海にとっては気楽だった。
金曜、土曜、日曜の夜が毎日のようにあればいいのに、なんてことを一瞬海は考えたが――ふと、華耶に保護された日のことを一瞬思い出し、なんだか自分の今の姿が恥ずかしくて、そうしてまた眉間にしわを寄せながら、無表情で天井を見上げた。