海の彼方で   作:錫樹トシアキ

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86・壊れかけの日々

「いかがですか。僕は、決して彼が調子を落としたまま合流したようには見えないのですが」

「んー。まあ、春先の彼が本調子ではないのはいつものことだし、様子を見るしかないよねぇ。あんまり周りが4割だ4割だ、30本だ30本だ、ってまくしたててやらないほうがいいね。彼、当たり前のように4割打つし悪くても3割5分までには収めてくれてるけど、いくら公式球使ってるからってそんなの並大抵のことじゃないからね。どれだけ彼が打撃に悩んでも、しっかり周りの巧打者と同じくらいの率だけは残すもんだから、皆、感覚がおかしくなっちゃってるんだよね。俺もそうなりそうだけど」

「それは、放っておいてもそのうち調子が上がる、という見方でしょうか」

「まあ、信じるしかないよね。いっそボロボロになって、フロントが補強に動いてくれたほうがいいのかもしれないけどさ」

球場に戻ってきた海の足取りや練習の様子を見ながら、今野とコーチ陣が不安そうに海を眺めていた。

 

毎年、シーズンが始まって少ししてから調子を上げてくる海。春先はいつも、自分の動きに自信が持てなかったり、自分自身に大きな疑問符を浮かべがちなことはもはや恒例行事となっていたから、監督たちの目の前でややぎこちない動きで軽くノックを捌いている海というものは、良くも悪くも『例年通り』としか言いようがなかった。

 

「佳井がいるうちはフロントは動いてくれないってことですか」

「なんだか、臭いんだよねぇ」

今野の言葉に、生駒がふと疑問を投げかけると、今野は腕を組んで、やや大げさに天井を見上げて呟いた。

 

「彼ら、経費削減だ、なんだ、って言ってるけども。佳井が逆境の中でもがき続ける姿っていうのを美化しようとしてるフシない?それで、現場がどうアイツに気を遣おうと、現場がどれほど彼らのそうした思惑に振り回されようと、何も考えない観客たちは佳井見たさに足を運んで、儲けてしまうでしょう」

長い金髪をなびかせながら、腕を伸ばしてボールをすくい上げ、なんとか送球を試みる海。

ただでさえビジュアル面で客をたくさん集めることができる海と、球界トップクラスの美形とされている犬塚との連係プレーは、別に野球の勝敗などどうでもいいタイプのいわゆる『推し』を追いかけるタイプの野球ファンからしてみれば垂涎モノだった。

 

悔しいことに、その練習光景はプレーの精度を見た目以上に引き立ててしまうほどに様になっていた。少し厳しめの採点をしなければ、二人の守備というものはそれほど見た目で得をしうるものだった。

今野の言うように、そうして犬塚と海の並びはそれなりに影響があったのか、グッズも、開幕直後の試合のチケットなども売れ行きが順調だった。犬塚にはたいた1年2億5千万という年俸は、成績などを考えれば海の3億2千万という年俸と比べればやや破格の条件だが、内野の守備を安定させたかった事情だけでなく、今後のグッズ商戦まで見越してのことだったのだろう。

 

「それで佳井が本当に優勝まで導いてくれたら、アイツは本物だけど、それで優勝できない日々が続いたとしても、それでもやっぱり観客は佳井を見たさに球場に足を運ぶでしょう。たぶんそうやって、優勝しようがしまいが、後々自分たちにとって都合のいいドラマに仕立てておいて、佳井一人を軸にして、骨の髄までダシにして、一儲けしてやろうと思ってるような気がしてるように感じるのは、俺の気のせいかしら」

 

今野には、そうして本当に必要な補強にまで手を回してくれないフロントへの不満が胸のうちにあった。

もちろん、フロントからしてみれば新人や中堅を育成しきれないコーチ陣や自分に対しても不満があるだろうし、そこを突かれては反論ができない。

 

だからこそ、きっともうよほどの事情がなければ自分からは移籍しないであろうと勝手に全員が思い込んでいる海を物のように扱ったり、それでいてその海の取り扱いを自分たちに一任してしまっていることに今野は少し思うところがあったが、黙っていた。

 

「僕の口からは、何とも言えません」

「……俺も何も言えないです」

 

生駒も小室も黙っていた。二人とも、それぞれがチームやフロント、そして今野に対して思うところはあったが、言葉にできるほどの立場にないから、黙ることしかできなかった。

二人からしてみれば、今野ののらりくらりとした口調は何を考えているかが分からないものだから、うかつに口を滑らせてそれを告げ口されてはいけない――という思いもあった。

 

「ま、そうでしょうね。……なんかねぇ、今年は運よく投手もFAで入ってきてくれたじゃない?でもね、なんだか……上の連中、彼を変に悲劇の天才打者として仕立てようとしてる気がするんだよねぇ。なんなら、引退してからも肖像権なんかを盾にしてグッズなんか作って、彼が死ぬまで――いいや、死んでからも金づるにしそうでね。補強費だって、彼、年俸3.2億だっけ?彼にお金使っちゃったから、あと節約します、みたいな感じにされてる気がしてねぇ。あ、別に彼の給料が不当に高いと言ってるわけじゃないからね。むしろ、低いくらいだ。でも、彼にすらこのくらいしか出せないんだから、他の選手にだって当然給料は出せない、って、給料を削減する口実を作ろうとしてる気がしてならないのよね。そのくせ犬塚に2.5億払ってるんだから、滅茶苦茶だ」

 

歳を取るとこういう性格になるのだろうか――と生駒は愚痴っぽい今野を見て一瞬前野を重ねたが、そんな前野が周りから前野の精神を悪い意味で受け継いでいるように見られているとは思っても居ないことだろう。

 

「でも、守備に関しては最低限調子を上げてきたのはよかったですね、佳井くん」

「俺はそれが逆に不安だね。守備だけはしっかりしないと、って思ってるもんだから、むしろ打席で余計なこと考えてそうでね。でもって――」

ちらり、と同じくフリー打撃で妙にファールフライを連発しているジェネルを今野は見つめ――

 

「ないものをねだっても仕方ないのは俺だって分かってるんだけどねぇ、アイツがもうちょっと佳井と歳が近かったら、とは俺も思うよ。アイツは佳井を意識している。早く追いつきたいと思っている。思ってるからこそ、アイツはアイツで入れ込みすぎている。ぐんぐん伸びてきてるのはいいことなんだけど、まだモノにならないね。15年遅ければ、早ければ……とは本当によく言ったものだね。こんなこと言っちゃ前の監督と変わらないからさ、あんま俺だって言いたくないんだけどね、アイツと佳井の世代が近かった世界線で率いてみたかったね、俺も。佳井だってそんな世界があったなら、もっと気楽に野球ができただろうに」

「僕、ちょっと佳井くんに声をかけてきます」

「ああ。そうしてやってちょうだい」

今野ははぁ、と腕を組みながら、ステップの踏み方を入念に――入念過ぎるほどに確認している海と、それに駆け寄っていく小室を眺めていた。

 

開幕戦。今年も甲子園で行われるその試合は、気がつけば誰もその由来を説明できない『伝統の一戦』――エンペラーズとの勝負だった。

何かとファンも熱く、苛烈になりやすいこの試合、巨大な電子掲示板には球団広報からのお願いとして、乱暴な野次や無礼な替え歌などは自粛するようにと、わざわざ場内アナウンスつきで表示されていた。

そしてその映像には――

 

『兵庫チーターズキャプテンの佳井海です。本日はご来場いただきありがとうございます。試合観戦にあたり、皆さんに大事なお願いがあります。対戦相手を煽るような応援、選手たちに対するプレーに対しての度を越した野次や暴言は、他のお客様の迷惑となるばかりではなく、真剣に試合をしている僕たちのプレーの妨げにもなりますので、絶対にやめてください――』

 

少し硬めの表情を浮かべながら、海が試合観戦のマナーについて注意喚起する映像が流れている。

今年から試合前にはとうとうこうした観客に対するマナーの改善と警告を促す映像が流れるようになり、マナー改善に本格的なテコ入れが行う方針を強めたチーターズ。

 

「変わりますかね」

「変わって欲しいね」

「ああいう映像流したもんだから、開幕戦なんかはよりいっそう打たなきゃとか思ってそうですね、アイツ」

「まぁねぇ。彼を金儲けの道具だけじゃなく、政治の道具にも使ってしまってる。あれじゃあ、他の選手によくないと俺は思うんだけどねぇ」

生駒と今野がその映像と海とを交互に眺めながら、一旦椅子に座る。

 

「硬いですね。オープン戦を休んでしまったことに対して、やはり少し引け目を感じているようでした」

「何やっても引け目を感じる男だから、そこは仕方ないでしょう」

「それは、そうですが」

小室が今野の冗談に内心『そんな風に選手を言うものではない』と思ったが、再びバックスクリーンを眺め――

 

「あの広告、どのくらいの頻度で流れるんですかね、なんて気にしてましたよ、佳井くんは」

「ほらね、言った通りでしょう」

「予想通りでしたね」

生駒も今野も不謹慎ではあるとは思っていながらもケラケラと笑いながら、椅子にドカッと座りなおす。

小室は立ったまま、一瞬二人を睨みつけたが二人には気づかれていないようだった。

 

「きっとこの先、彼以上の誰かが育ってくれるまでは、何年も佳井があの広告やり続けることになるんだ。かわいそうにねぇ。うちには他に適役がいないから」

「……本来、連盟が動いてもいいレベルの話だと思うのですが。そのあたりはどうなのでしょう」

「特別マナーが悪いのがうちらのファン、みたいな顔を連盟がしちゃっててるから、言い寄っても無駄ですよ。我々含めて、時代が変わるのを待つしかないってことでしょう」

「変わりますかね」

「変わらないかもしれないね」

「それでは佳井くんがあんまりです」

「我々が佳井に対してそう思うが思うまいが、人ってのは、そういうもんです。それが嫌なら、佳井のほうからここを降りるしかない」

今野は足を組んでため息をつきながら――

 

「とはいえ、佳井が居なくなるまでにこんな空気が変わってなかったら、きっと今度はジェネルがアイツの代わりになるんだろうねぇ。ファンってのは、勝てなきゃ変わってくれないものだからね。勝てないことの不満の表れみたいなもんでしょ、あの態度の悪さ。犬塚だって、いつまでチヤホヤされてるものか」

「勝ってもあんなもんだと思いますよ、俺は」

生駒が今野の言葉に思わず毒を吐いた。

 

「勝ったら勝ったで、勝ち続けなければすぐ文句言うのが野球ファンです。まして、血の気の盛んな人が多い土地柄ですから。客に小ぎれいさを求めても、無駄だと思いますよ、俺は」

生駒の投げやりな言葉に小室は思わず顔をしかめた。今野はベンチの天井を見上げ――ふと呟いた。

 

「30何年だったかな、うちらが優勝から遠ざかってるの。親の代、孫の代――ずーっとそういう感情引きずってる奴だっているかもしれない。勝ってみたら、変わるとでも思わないとやってられないでしょう」

「それが出来なくて前野さんは辞めたんじゃないですか」

「僕はああはならないよ。心外だね。30年沈んでたんだから、次の30年は浮かんでいたいと、思ってはいるんだよ、これでもね」

 

だったらその熱意をもう少し選手に向けてやればいいのではないだろうか――と小室は思ったが、黙っていた。どこまでが今野の本当の言葉なのか、相変わらずつかめなかった。

 

「人を率いるというものは、難しいものだね。誰もがもっと、俺の思っているように動いてくれればいいんだけど。僕がゼネラルマネージャーくらいまでのし上がることができればいいのにねぇ。こんな成績じゃあ、ねぇ」

 

今野のぼやきは、球場の歓声や大音量のBGMによってかき消され、距離をとっている選手たちには聞こえていないようだった。

小室はただ、そんな今野に対して一瞥くれてやりながら、再びバックスクリーンに流れ始めた海の注意喚起を見つめていた。

 

〈3番――サード――佳井――3番――サード――佳井――背番号――25――〉

 

実にルーキーイヤーぶりの三塁起用。

駆けつけた観客も海は今年は三塁で起用されるということこそ報道などでは理解はいたものの、長年勤め上げたセカンドやショートという響きに慣れていたこともあり、どよめきと大きな歓声が沸きあがった。

 

「スタメン発表でこれだろ。期待されてるねェ、お前さんは」

「茶化すなよ」

清兵衛がベンチから手を叩きながら海を茶化し、海はそれを嫌そうにしながら振り払った。

旗を振り、大きな声で選手別のコールが起きる応援団。開幕戦ということもあり、そのボルテージは試合前からベンチに伝わってくるほどのうなりを感じた。

「まぁ、あんまり思い入れるなよ。ただでさえお前さん、今日は大事な日とか思ってそうだからな」

「その言葉で落ち着けるなら、落ち着きたいもんだね」

 

試合前から既に脈が上がり始める海。ルーキーイヤーの開幕戦、その場に立っていたときの脈の早さとは違い、緊張というよりは、閉塞感が海を襲った。

本当の老化は、こうした息苦しさから始まるのかもしれない――と海は思った。

 

きっと清兵衛も、体の痛みだとかなんだとか、そういうことを理由にはしているが、本当に一番清兵衛を苦しめているのは、一番清兵衛を傷つけているのは、そのニヤついた顔の裏に隠された――プレッシャーだとか、歳を重ねるごとに重くなっていく責任感だとか、そういったものなのかもしれないと海は改めて思った。

 

そんなことを清兵衛に話したところで清兵衛はまじめに話を聞いてくれるとは思えないし、真っ向から否定するに決まってるだろうから海は黙って冷蔵庫からスポーツドリンクを取って飲み干し、落ち着かせようとした。

自分で言った『落ち着けるなら落ち着けるもんだね』という言葉が、そのまま跳ね返ってくるような感覚に包まれ、海はその長い髪をかきむしった。

 

開幕投手を任された田中がテンポよく3人で軽く打ち取った1回表の攻撃。正直なところ、自分のところに打球が転がってこなくてよかったと海は本気で思っていた。

「……援護しろなんて言いませんから、普段どおりでお願いしますよ」

田中は海にそう声をかけ、ベンチへと戻った。

 

先頭打者がセカンドゴロ、そして空振り三振と続けて倒れ、海は走者なしの状態で今年の最初の打席を迎えることになった。

意識的に大振りをするようでは肩に力が入りすぎる――海はそう思い、なるべく普段どおりのスイングを心がけつつも、早めに引っ張ってライトスタンドへめがけてライナーを放つイメージを持ちながら打席に立った。

 

早めに田中にも援護が欲しいだろうし、相手投手も今日は球の調子がよさそうなものだから、簡単に連打を許してくれるとは到底思えなかった。

内心、これで後ろに成長したジェネルが控えてでもくれていたら、軽くスイングしてセンター前あたりにでも――などとも思ったのだが、初回からそうした気持ちで打席に立つわけにも行かない。

海は相変わらず早いままの脈を抱えたまま、バットを構えた。

 

 ――侍の魂 燃やせ――♪

 ――唯一の高みを目指し

    羽ばたけ佳井

     海の彼方へ――♪

 

相変わらず開幕戦の応援は気合が入っていて、佳井コールの度に球場が揺れ、ヘルメット越しですら耳をつんざくほどの声量がそこにはあった。

シーズン中盤にはこの声援がどれほど残っているだろうか――と少しだけ海は考えながらも、その初球、やや外角低めに投げられたストレートを見送った。

 

風はレフト方向にやや強めに吹いている。引っ張って打ったところで、横に流された球の行方を考えると、海はこの球をあまり強打する気にはなれなかった。

もちろん、流してレフトスタンドへ――という選択肢もあったのだが、まずは一球、そのボールをゆっくりと見定めたかった。

 

球は随分と走っている。去年打席で相手にしたときよりも、随分調子がいい。開幕戦ということもあって万全な仕上がりでこの場に立っているのだろう。

やはり考えを変えて、まずはバットに当てて塁に出ることを重視すべきだろうか――海は一旦打席を外し、しばらく考え直してから再び打席に立った。

 

二球目――やはり外のボールだ。これを軽く振ったなら、きっと塁に出ることはできるだろう。だが、そんな戦い方ではきっと今日この投手は打ち崩せない――海は少しタイミングを遅らせて流しながらしっかり強い打球を打つつもりでそのバットを振ったのだが――ストレートが垂れない。

 

ボールの随分下を打つ形で、高く高く打ち上がったボールは少しだけ風に流され、ファールグラウンドにぽとりと落ちそうになる。

キャッチャーは風に流されたそのボールを、少しよちよちとした足取りで追いかけながらもしっかりと捉え――海は声高らかにアウトを告げられた。

 

その後田中は7回2失点と決して大荒れすることなく安定感を見せた投球を見せたのだが、打線の援護がなく、終わってみればチーターズ打線は3安打と散々な結果だった。

結局この日海は4打数無安打、1つの三振を奪われ――何も見所のない結果に終わってしまった。

 

「まぁ、あんまり気を落とすなよ。オープン戦の間居なかったんだからよ、お前さんは」

「オープン戦居なかったからこそ遅れを取り戻さないといけなかったんだよ、俺は。お前が塁に出てくれたのに、二度もチャンスをふいにした」

「144試合もあればそんな試合の1つや2つもあるに決まってんだろ。お前さんはそういうところの切り替えが下手でいかんね」

「……」

清兵衛はロッカールームでそそくさと着替え――

 

「まぁ、俺ァこの後飛田に行くからよ。お前さんは一人で気持ちを切り替えるんだな。開幕戦を地元でやるときは俺ァ決まって開幕戦のあとは飛田の一番いい女を抱くと決めてるんだ」

「性病にでもなれよ」

「ガハハ。冗談きついぜ」

海の嫌味を大声で笑い飛ばしながら清兵衛は一足早く出て行った。

 

「かーいーさんっ」

「……お前、本当にそういうのやめろよ」

ロッカールームの椅子に座ってため息をついていた海の後ろからジェネルが抱きつき、顔を手のひらで覆う。

 

「どうせ、他に相手もいないんでしょ。食事、行きましょうよ。私が付き合ってあげますから」

「情けで食事に付き合ってもらうほど、俺は落ちぶれちゃいないよ」

「じゃあ私とデートってことで」

「堂々と浮気をさせるようなことはするなって何度も言ってるだろ」

「でも、華耶さん言ってましたよ。デートするだとか抱くくらいなら許すって」

「本音と建前の違いが分からない女は嫌いだよ」

「とにかく。早く撤収しましょうよ。球場にずっとこのまま居て明日の試合待つつもりですか?その落ち込んだ顔のまま家に帰って子供たちにその顔見せられますか?」

「……」

子供のことを引き合いに出された海は、ジェネルから手渡された手鏡に映る自分の顔色を見て黙り込んでしまった。

 

「食事してる間に、ちょっとは顔色よくしてくださいよー。お父さんがそんな顔してたら家の空気悪くなりますよ」

「守るべきものが少ない人間は……生きるのが楽そうでいいね」

「……楽ですよ。楽だからこそ……言ってるんじゃないですか。私になら当り散らしていいって。どうせ華耶さんのことだって、ちょっと気を遣って、家に帰ったらなんかちょっと気まずくなっちゃうんでしょ。私には……私なりのことをさせてくださいよ。私の片思い――少しくらいは海さんの役に立てるはずです。っていうか……役に立たせてください」

 

ジェネルに手を引かれる形で海は立ち上がり――ニッ、と笑顔を浮かべるジェネルを見上げた。憎たらしいほどその笑顔はまっすぐで、そして、華耶の笑顔とダブって見えた。

 

「ホテルの予約取りましょうか」

「調子に乗るな」

海はジェネルを小突きながら廊下に出て行った。ジェネルはそれを慌てて追いかけ――海の腕を組みながら上機嫌で駐車場へと向かっていった。

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