ブリネム国の最後の領主の息子・シャーロット。
人間とエルフという異なる種族の恋物語。
むかしむかし、あるところにそれはそれは美しいエルフのお姫様がいました。
エルフの王様と精霊の間に生まれたお姫様は、
不思議な力を使って、悪い魔物から身を守っていました。
そんなお姫様が、なんと人間に恋をしてしまいました。
これは、そんなお姫様の恋物語です。
ガルバ暦460年、ガルバ帝国に数々の小国が滅ぼされ、帝国の勢力は拡大した。
それは小国の中で比較的高い国力を誇ったブリネム国も例外ではなく、
ガルバ帝国の手にかかり滅亡した。
ブリネム国の最後の領主ジョナサンの子シャーロットは、
帝国軍の襲撃を受けながらも、両親が逃がしたおかげで何とか生き延びた。
ガルバ暦462年、春。
「はぁ、はぁ、はぁっ……」
シャーロットはガルバ帝国の兵士から必死に逃げ出した。
最後の領主の息子とあれば、決して帝国軍が逃がすはずがないからだ。
シャーロットは帝国軍の兵士から逃げていくうちに、
いつの間にかオーリ共和国の森・帰らずの森に逃げ込んだ。
何故ここに来たのかは、シャーロット自身、全く分からなかった。
しかし、帝国軍に見つからない場所と言えば、
シャーロットはここしか思い浮かばなかったのである。
森の中から楽の音が聞こえてくる。
人間のものではない事は、シャーロットの聡い目ですぐさま分かった。
そしてその楽の音に自然と惹かれた事は、言うまでもない。
「君は……エルフか?」
音を出していたのは、エルフの王・アマイスと精霊キャスタリアの一人娘、
ハイエルフの中でも絶世の美貌を持つ姫君――クリームヒルトだった。
その容姿はまさに「この世の光」と言ってよく、
シャーロットはすぐにクリームヒルトに一目惚れし、彼女と見つめ合った。
しばらく二人は見つめ合い、最初に口を開いたのはシャーロットだった。
シャーロットは真っ直ぐにクリームヒルトの顔を見ながら、こう言った。
「――俺と、結婚してくれ」
突然の結婚宣言だった。
もちろん、クリームヒルトは驚き、慌てふためいた。
相手はどう見ても人間でしかなく、エルフと釣り合うはずがないからである。
だがそれでも、シャーロットの頼みを断るわけにはいかず、
クリームヒルトはシャーロットとの結婚を自分で許可したのである。
だが、二人の結婚をクリームヒルトの父・アマイス王が許すはずがなかった。
娘を愛するアマイス王は、娘を定命の人間に渡すわけにはいかないからだ。
「我が娘と結婚したくば、魔騎士ヴァレフォールを討つがよい」
アマイス王はシャーロットに難題を突きつけ、彼の命を間接的に奪おうとした。
ヴァレフォールは魔族の中でも圧倒的な実力を誇り、
黒竜に跨って剣を振るい大地を闇に染める恐ろしい暗黒騎士だ。
なので、人間に簡単に倒せるはずがなかった。
そしてクリームヒルトがシャーロットの後を追わぬよう、
彼女を帰らずの森の木の上にある家に監禁した。
家には魔法の鍵をかけてあり、簡単には脱出できないようになっていた。
しかしシャーロットは笑いながらアマイス王の難題を引き受け、
魔騎士ヴァレフォールを討つための冒険に出発した。
こうしてシャーロットはクリームヒルトと結婚するため、
帰らずの森の隣にあったエルフの国に向かい、エルフ達に助力を仰いだ。
同行した者は少なかったが、彼らの魔法のおかげで何とかヴァレフォールの勢力圏に潜入した。
一方、クリームヒルトは黙ってはいなかった。
彼女は精霊の力を借りて脱出用の道具を作り出し、番人を無力化して帰らずの森を脱出した。
ヴァレフォールを討つために向かった、シャーロットを助けるためである。
途中でヴァレフォールのしもべの妨害に遭ってクリームヒルトは捕らえられてしまうが、
シャーロットが連れていた銀の毛並みの狼がクリームヒルトのもとに現れ、彼女を助けた。
クリームヒルトは銀狼と共にヴァレフォールの勢力圏に向かった。
そこには、ヴァレフォールのしもべの一体・悪魔アラストルがいた。
クリームヒルトは勇気を振り絞って銀狼と協力し、アラストルと戦った。
「銀狼、今よ!」
クリームヒルトが叫ぶと銀狼は素早く動き、アラストルの注意を引きつける。
その隙にクリームヒルトは呪文を唱え、空気が震え、周囲の温度が下がり始める。
そして冷気の波がアラストルを包み込み、その動きを遅くした。
銀狼はその機を逃さずアラストルの足元に飛びかかり、牙を深く突き刺した。
アラストルは炎を纏いながら振り返るが、クリームヒルトは既に次の呪文を準備していた。
彼女が指をアラストルに向けると、氷の槍が空中を切り裂き、その巨体を貫いた。
「大丈夫、シャーロット!?」
「……俺は大丈夫だ。だが、仲間達は……」
アラストルを撃退し、何とかシャーロットを救出したクリームヒルトだったが、
シャーロットの仲間は既に犠牲になってしまっていた。
一人残されたシャーロットはクリームヒルトの肩を借り、
銀狼と共に、ヴァレフォールが立てこもっている暗黒要塞に潜入した。
暗黒要塞の影が地平線にそびえ立ち、その中でヴァレフォールがその支配を誇示していた。
シャーロットは静かに息を吸い込み、クリームヒルトの合図を待つ。
クリームヒルトが手を振ると、要塞の壁に小さな裂け目が現れ、
二人と一頭は音もなく中に滑り込む。
要塞の内部は予想通り暗く、湿っていて、死の匂いが漂っている。
シャーロットはショートソードを抜き、銀狼も牙を剥く。
クリームヒルトは警戒しながら廊下を進み、ヴァレフォールの気配を追う。
すると突然、スケルトンやゾンビといったアンデッドの群れが現れ、
シャーロット達に襲い掛かってきた。
シャーロットは二刀流で応戦し、銀狼は敵を引き裂く。
クリームヒルトは彼らを支援するため、火球と雷の呪文でアンデッドを攻撃した。
「シャーロットとの結婚のため、あなたを倒す!」
アンデッドを退けた後、彼らはヴァレフォールの間近に迫る。
ヴァレフォールは嘲笑しながら立ち上がり、闇の力を解き放つが、
シャーロットとクリームヒルトは恐れなかった。
銀狼の咆哮が要塞に響き渡り、最後の戦いが始まる。
ヴァレフォールの嘲笑は、シャーロットの耳には挑戦として響いた。
彼は銀狼と目を合わせ、一斉に攻撃を開始する。
クリームヒルトは彼らの周りに保護の結界を張り、ヴァレフォールの闇の力を抑える。
シャーロットはショートソードを振るい、ヴァレフォールの攻撃を巧みにかわす。
銀狼はその隙を突いて、牙でヴァレフォールの腕を噛む。
クリームヒルトは空中に手をかざし、光の矢を放ってヴァレフォールの胸を貫いた。
ヴァレフォールは強力な魔法を発動しようとするが、
クリームヒルトの呪文が先に彼の動きを封じる。
シャーロットはとどめの一撃を加えるために前進し、
ショートソードをヴァレフォールの心臓に突き刺した。
「おのれぇぇぇっ! この恨み、絶対に許さぬぞ……。貴様だけは、絶対に……」
ヴァレフォールは恨みの言葉を吐きながら倒れ、闇の中に消えていった。
暗黒要塞の中で、静寂が訪れる。
シャーロットとクリームヒルトは互いに頷き合い、銀狼も安堵の息をつく。
彼らの勇気と力が、この夜、暗黒要塞からの脅威を取り除いたのだ。
「……まさかそなたがヴァレフォールを討ち取るとは思わなかったぞ。
しかし、確かにそなたは暗黒要塞の脅威を取り除いた。余の娘とそなたの結婚を許そう」
アマイス王は驚きながらもシャーロットの功績を認め、
シャーロットとクリームヒルトの結婚を許した。
だが突然、シャーロットの身体に真っ黒な痣が浮かび、倒れてしまう。
「シャーロット!?」
「どうやらあいつは、倒れる間際に俺に呪いをかけたらしい。
きっと、目の前で愛する人の命を奪うためだろうな……」
「目を覚まして、シャーロット! あなたは強いわよ!」
「大丈夫だ、クリームヒルト。俺が死んでも、愛は失われない……。
だから、悲しむ必要はない……。
俺は、お前を、愛してる……だから、俺の前で絶対に泣くんじゃない……」
そしてクリームヒルトがシャーロットに口づけをすると、
シャーロットはヴァレフォールの呪いによって息絶えた。
愛するシャーロットを失ったクリームヒルトの悲しみは大きかった。
そして悲しみのあまりクリームヒルトの魂は天に昇っていき、
魂だけとなったシャーロットと再会した。
ハイエルフは殺されるか深い悲しみに包まれると「死」を迎えるのである。
「お願いです! どうかシャーロットを助けてください!」
クリームヒルトはミカエルに助けを求めたが、ミカエルはクリームヒルトの頼みを断った。
人間は死ぬと転生するまでアルカディアには戻れないからである。
クリームヒルトは人間とエルフの悲嘆をミカエルに訴えながら、自らが傷つくまで泣き続けた。
すると、クリームヒルトの訴えと涙が奇跡を起こした。
シャーロットの魂が突然、天界から現世へと帰還したのだ。
そしてクリームヒルトもまた、シャーロットの後を追うように天界から現世へと帰還した。
シャーロットとクリームヒルトが蘇ったのである。
奇跡の代償としてクリームヒルトはハイエルフ特有の永遠の命を失った。
だが、シャーロットと同じ人間の運命になったクリームヒルトは、
愛するものを失う悲しみと比べれば、なんて事はないのである。
そして、蘇ったシャーロットはクリームヒルトと共にフェーン王国に渡り、
自らの功績を国王に話すと彼は認め、シャーロットに公爵の位と領土を与えた。
クリームヒルトも公爵夫人として余生を過ごし、
ガルバ暦498年、シャーロットと共にこの世を去った。
こうして、全てのハイエルフの中でクリームヒルトのみ、真の死を迎えたのだ。