ゼイン。それはネットワークの中で発生したイレギュラーな存在。人類のあらゆる善意をラーニングして誕生した超知能。
やがて、それは体を持ち、力を持ち、仮面ライダーという存在となった。
仮面ライダーゼイン。それはあらゆる悪意を駆逐する救世主。
だが、ある者は予言した。完全な善意故に些細な悪意をも見逃すことは出来ず、いずれ行き過ぎた善意故に世界を滅ぼすと。
そこにあるのは正義なのか。或いは善の仮面を被った別の何かなのか。
その答えはまだ分からない。
だが、確実に言えるのは仮面ライダーゼインは今日も悪意を滅ぼす為に彷徨う。
「あぁ……」
気だるげな声であった。ベンチに力無く背中を預け、何処へ向いているのか分からない──もしくは見ているようで何も見ていない──瞳で今起こっていることを眺めている。
それは一言で言えば惨劇であった。ほんの一時間前までは楽しく、幸福な日々を送っていた無辜なる人々が理不尽な暴力に蹂躙されている。
血も涙もない機械兵団たちが人間の血と涙で濡れていく様を男は無関心に見続けている。それはまるでやりたくない仕事をやる気の無いまましているかのように。
「この次元にも居るのですね、貴方たちハンドレッドは」
悪意を感知し、颯爽と現れる正義と断罪の代行者──仮面ライダーゼイン。
「あぁ……?」
男の気だるげな声に興味の色が混じり、幾本の曲線のタトゥーが施された左目がギョロリとゼインへ向けられる。
「私は仮面ライダーゼイン。この次元の悪意を滅ぼし、救世主となるもの」
何一つ臆することも恥じることもなく宣言するゼイン。
「……いいな、お前」
男はゼインの宣戦布告を聞き、眼窩が落ち窪んだ目をゼインに向けたままベンチから立ち上がる。
二メートル近い恵まれた身長だが長身瘦躯という言葉が相応しい細長い体付きと黒白混じった艶の無い長髪のせいで枯れ木を連想させる。長身に合わせた一部分に赤い生地が使われている黒のロングコートを羽織っているが、先述の体型のせいでまるで木に引っ掛かっているようであった。
「強そうだ……俺の退屈な時間を紛らわせてくれ……」
擦れた声でボソボソと囁きながら枯れ木の男は腹部にある物を装着する。
〈ゼロワンドライバー!〉
装着されたゼロワンドライバーにゼインは微かに反応する。ゼインのゼインドライバーにも同じ技術が使用されている。場合によっては厄介な敵になりえる。
続けて取り出すのはゼインが予測していた通りプログライズキー。しかし、そのプログライズキーを使用するのはゼインは予測していなかった。
赤と黒の装飾のプログライズキー。本来ならば内蔵されている動物のデータがプログライズキーに描かれるのだが、このプログライズキーに描かれているのは何かに撃ち抜かれた地球。右側面にはプログライズキーと一体化したグリップが付けられているが、その形はまるで撃ち抜かれた地球から飛び散った破片或いは突き抜けて広がっていく衝撃のように見えた。
ヘルライズプログライズキー。男はそう名付けられプログライズキーのスイッチに指を当てる。
「トブぜぇ……! 地獄までなぁ……!」
〈ヘルライズ!〉
起動のスイッチが入れられると禍々しい赤黒いエネルギーが発生。ヘルライズプログライズキーから変身者へ流れ込む。
「おお、おおおっ! おおおおおおおおおおおっ!」
枯れ木の男は叫びながら仰け反る。起動しただけでこの衝撃。それもその筈、このプログライズキーは変身の為に創られたのではなく、ある人物が世界を滅ぼす為に創り出したもの。内包したエネルギーは世界を地獄に変える程であり、使用した者にも地獄を味合わせる。
だが、男の叫ぶ声は痛みによる絶叫ではない。ゼインのセンサーはその声に強い歓喜と興奮を感じ取った。
「き、きたきたきたきたきたきたきたっ! あああああぁぁぁぁ!」
常人ならば気絶最悪ショック死してもおかしくない破壊のエネルギーに枯れ木の男は逆に生気を取り戻していく。
〈オーソライズ!〉
「ひぃぃぃぃはぁぁぁぁぁぁ!」
ゼロワンドライバーにヘルライズプログライズキーを翳すことで認証され、ゼロワンドライバーは待機状態となり、同時にヘルライズプログライズキーのロックが解除される。
「ふおぉぉぉぉぉぉぉ!」
衝動に従い叫ぶ男。展開されたヘルライズプログライズキーをゼロワンドライバーへ挿し込む。
〈プログライズ!〉
内包されていたエネルギーが一時的に解放され、周囲に広がっていく。ゼインすらもその場から一歩引く程であった。
解放されたエネルギーが巨大なロボバッタを創造。これはライダモデルと呼ばれるプログライズキー内のデータが実体化したものだが、ヘルライズプログライズキーにライダモデルを存在しない。その為、ゼロワンドライバーが変身に合わせて内蔵されたデータを用いて無理矢理ライダモデルを生成したのだ。
飛び跳ねる赤く発光するバッタ。飛び跳ねた跡は粉微塵に粉砕されていく。
『Hells energy as destroy the world』
今使用されている力が如何なるものかを説明する音声。ライダモデルが男に突っ込んでいき、その体内へ侵入する。
「ああああああああああああっ!」
喉が裂けるのではないかと思う程の男の絶叫。男が叫んでいる間に一体化したライダモデルが装甲を形成、素体となる装甲が浮き上がり機械の顔が透けて見える。それは男が内側から改造されているかに見えた。
〈HELL RISINGHOPPER〉
男の絶叫が最高潮に達した時、不意に叫びが消える。そして、男の表皮が溶け落ちるかのように下から現れる赤黒い装甲。
〈HEAVEN or HELL it doesn't matter〉
両肩、両脇に付けられたバッタの足を模した推進器。その複眼は白色に濁っており、正気と狂気の曖昧さを感じさせる。胸部にはヘルライズプログライズキーと同じマークが描かれていた。
仮面ライダーゼロワンヘルライジングホッパーは変身完了と共に濁った叫びを上げる。
「うあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!」
空間が融解するように別空間に入れ替わる。夜空のように暗く底と星の見えない頭上。果ての見えない平野。何処からか照らしてくる紫の光。
ヘルライズ空間。膨大な破壊エネルギーを秘めたヘルライジングホッパーが生み出す閉鎖空間であり、あらゆるものを閉じ込める。
ゼインもまた脱け出す間もなくヘルライズ空間に閉じ込められ、ヘルライジングホッパーと強制的に一対一の戦いを強いられる。
「愚かな」
ヘルライジングホッパーの姿を見たゼインの感想はそれであった。変身というよりも遠回りな自害に等しい行為であり、正気の沙汰ではない。
「ああああああっ! はあああああはははははははははっ!」
叫びはいつの間にか哄笑に変わっている。ヘルライジングホッパーは苦しんでいるのではなく愉しんでいた。
「この感覚、相変わらず堪らねぇぇぇぇぇ!」
気色の悪いことをわざわざ声に出しながらヘルライジングホッパーは腕を振り上げる。
地を蹴り、一気に距離を詰めてゼインへ拳を突き出す。
鳴り響く骨の砕ける音。だが、砕けたのはゼインのものではない。ゼインにヘルライジングホッパーの拳は当たっておらず、掌打で上手く軌道を逸らしていた。
鳴ったのはヘルライジングホッパーのもの。伸ばされた腕が蛇行するように変形している。膨大過ぎるエネルギーは力を与える──制御出来ない程の。ヘルライジングホッパーの腕は力み過ぎて自らの力でへし折ってしまっていた。よく見れば踏み込んだ足の方も反対側と比べて短くなっている。踏み込む力が強過ぎて折れて縮んだのだ。
「いってぇぇぇぇぇぃぃぃぃやっはぁぁぁぁぁ!」
骨折を気にすることなく折れた腕をそのままゼインへ叩き付ける。ゼインは受けると同時に跳んでダメージを軽減。ヘルライジングホッパーの腕は肘から下が真横に折れた。
自壊しながらの攻撃。たった二度の攻撃でヘルライジングホッパーの片腕と片足は使い物にならなくなる。
だが、ヘルライジングホッパーのエネルギーは何も破壊を生むだけのものではない。再び鳴り響く骨の砕ける音。それは折れた手足からなっていた。
右を向き、左を向き、矯正するかのように形が整えられていく。過剰なエネルギーが一周回って壊したものを再生させていく。
「まだまだいけるぜぇぇぇぇ!」
四肢が砕けると分かっていながらも微塵の葛藤も無くヘルライジングホッパーは猛攻を仕掛ける。腕を突き出す度に脱臼と骨折が生じ、足を振り抜く度に関節や靭帯が伸び、筋肉や腱が断裂する。しかし、壊れた箇所は片っ端から再生していく。しかし、当然ながら麻酔のような痛みを麻痺させるものはなく、壊れる度に治る度に地獄のような激痛が生じている。
「ひゃああああああはああああああっ!」
ヘルライジングホッパーはそれに怯むことはなかった。彼は痛みを愉しんでいる。
「……」
ゼインは無言でヘルライジングホッパーの攻撃を捌く。回避と防御に専念していれば相手が勝手にダメージを負っていくので無理に攻撃をする必要もない。
防御に徹するゼイン。すると、ヘルライジングホッパーに変化が生じる。
全身の装甲が赤熱したかのように輝きを発し始める。これはヘルライジングホッパー内部の処理し切れないエネルギーが臨界を迎えようとしている証。
ヘルライジングホッパーはモーションの大きい横振りのフックを放つ。ゼインは後ろへ跳んで軽々とそれを躱す。すると、ヘルライジングホッパーがゼインに背を向ける。だが、下半身は正面を見ている。振りの勢いが強過ぎて上半身が捻じれてしまっていた。
人間の腰の可動域を軽く超えており、背骨も神経も破壊されている筈なのだがヘルライジングホッパーは生々しい音を出して上半身を元の位置に戻していく。
上半身が正常な状態に戻ると同時にヘルライジングホッパーの光は限界に達した。ゼインは前兆を察知し、素早く後退する。
「あおぉぉぉぉぉぉぉん!」
ゼインのセンサーでも人か獣かも判別出来ない咆哮を上げ、ヘルライジングホッパーは大爆発を起こす。暗闇に近いヘルライズ空間を照らす程の光量であった。
爆心地にて佇むヘルライジングホッパー。体からは煙が立ち上っており、体を修復する音が聞こえて来る。
「いい……」
最高潮に達したテンションも元ぐらいの高さへ戻る。しかし、すぐさまアクセルが百に振り切れた。
「……もっとだぁぁぁぁぁ!」
〈ヘルズライズチャージ!〉
ヘルライズプログライズキーが押し込まれ、更なるエネルギーが引き出される。破壊のエネルギーが右腕へと集束していく。蒸気のような黒い煙が右腕から生じる。高圧縮されたエネルギーが一箇所に集まることで右腕の体液が蒸発、気化しているのだ。
「もっとを俺にくれぇぇぇぇ!」
〈ヘルライジングインパクト!〉
破壊そのものと化した右腕を振り上げ、ヘルライジングホッパーがゼインへ突っ込んで行く。
「付き合っていられないですね」
ヘルライジングホッパーの狂気を冷たくあしらうと、ゼインはゼインカードをゼインドライバーへセットする。
『ワイズマン!』
全てを生み出し、全ての元凶でもある白い魔法使いの力。
『執行!』
レバーが引かれ、ゼインカードがドライバーにより断裁されていく。
『ジャスティスオーダー!』
ヘルライジングホッパーと同じくゼインも仮面ライダーゼインプログライズキーを押し込み、その力を我が物とする。
ゼインの左手の中指に填められた指輪。ゼインは左手をヘルライジングホッパーへ向けた。
〈チェイン! ナウ!〉
地面、空間に魔方陣が描かれそこから伸びてきた白い鎖がヘルライジングホッパーの手足や胴体を縛り、動きを封じる。
「うおぉぉぉぉぉぉ!」
拘束している鎖を力で引き千切ろうとするが、魔法によって創り出された鎖はヘルライジングホッパーの力でも手古摺る。
「その力、利用させてもらいます」
動けないヘルライジングホッパーの前までゼインは移動すると、彼の目の前でプログライズキーをドライバーへ押し込む。
『ジャスティスパニッシュメント!』
ゼインの左掌打がヘルライジングホッパーの顔面に叩き付けられる。
〈イエス! エクスプロージョン!〉
ヘルライジングホッパーの顔に張り付けられるように浮かぶ魔方陣。
「これから何が起こるか──」
〈アンダスタンドゥ?〉
鎖によってヘルライジングホッパーの体が空中へ持ち上げられる。そして、浮かび上がる魔方陣からは圧縮された魔力による爆発が生じた。
空間そのものを爆発させるエクスプロージョンの魔法。ヘルライジングホッパーの体内で爆発したに等しく、それはヘルライジングホッパーが内包していたエネルギーを誘爆。
「ひゃあああああああああああっ!?」
連鎖爆発が起こり、ヘルライジングホッパーは空中で盛大に自爆をした。
ヘルライジングホッパーの自爆によりヘルライズ空間が解除され、元の空間へ戻されるゼイン。爆心地には変身が解除された枯れ木の男が横たわっている。
「すげぇ……」
息絶えていると思われた枯れ木の男がよろめきながら立ち上がる。ゼインの計算では生身の人間ならヘルライズプログライズキーの再生速度を以てしても絶命する威力があった筈である。
「──そういうことでしたか」
だが、その計算の狂いも立ち上がった枯れ木の男を見て納得した。
枯れ木の男の目や鼻、耳、口から流れ出る血の色が赤ではなく緑色。人間の流す血の色ではなかった。
「ハンドレッドが……模倣するのは……ライダーだけじゃない……」
「アンデッドでしたか」
アンデッド。文字通り不死身の存在。様々な生物の祖であり、嘗て地球の覇権を賭けて戦い合った生命体である。
ヘルライズプログライズキーを躊躇なく使用出来る理由も理解する。死なないと分かれば恐れも無い。尤も、自ら苦痛を味わおうとする理由はゼインも未だに理解出来ていないが。
「探せばあるもんだぜ……人間を……アンデッドにする技術が……!」
緑の血を拭いながら枯れ木の男は醜悪に笑う。
「この瞬間が堪らない……! 生と死が混沌としているこの狭間……! 俺だけに許された領域だ……!」
不死身故に精神が変容してしまったのか恍惚とした様子で独り語る枯れ木の男。
「成程、理解した──貴方の精神は病んでいる」
ゼインはそんな男の精神状態を身も蓋も無い言葉で表す。
「もっと俺にこの瞬間を味合わせてくれよ……!」
男は再びヘルライズプログライズキーで変身しようとする。
「言った筈です──付き合っていられない、と」
枯れ木の男へ投げ放つのはゼインカード。それが枯れ木の男の胸に当たると、枯れ木の男の体はカードの中へ吸い込まれてしまう。
「これは──」
最後まで言い終えることなく枯れ木の男はカードの中へ封印されてしまった。アンデッドは倒すことは出来ない。しかし、それを封じる技術はある。枯れ木の男にとって不幸だったのは、ゼインカードにその技術が利用されているということであった。
ゼインは投げ放ったゼインカードを拾い上げる。ゼインカードには驚愕している枯れ木の男が描かれていた。
ゼインはそれをゼインドライバーへ入れ、断裁しようとする。だが、セットした段階で思案するかのように動きを止め、何を思ったのかドライバーから引き抜いた。
ゼインはカードを天へ掲げる。
〈テレポート! ナウ!〉
空間が歪み、カードは何処かへ瞬間移動してしまった。
ゼインは考えた。アンデッドを断裁しても中の人物が死ぬとは限らない、と。ならば誰の手にも届かない場所へ捨ててしまえばいい。
「独り、宇宙を彷徨っていなさい」
宇宙の彼方に居るであろう枯れ木の男にゼインは無慈悲な言葉を送った。
別技術同士の合わせるのもクロスオーバー感がある