九校戦準備会合の翌日、平とリリー(妖精姿)、そして洋二、忠章、吾妻姉妹及び雛見は、生徒会室に呼び出され、昨日の準備会合で決まった代表選手の座をかけた勝負について七草から説明を受けた。
「……七草会長、お話は分かりました。要は、会合で反対した人がぐうの音も出ないぐらいに圧倒的な勝利を見せつければいいと……」
平の言葉に頷く七草に対して、平の横に並んでいるH組の五人は一様に困った顔をする。
「平君、幾らなんでも圧倒的な勝利なんて無理だよ……」
自信なさ気な五人を代表して、洋二が平に声をかける。
「……うん!? 全然無理じゃないぞ。こんなこともあろうかと──もとい、九校戦に向けて奥の手を色々と考えてあるよ。相手を情け容赦なく蹂躙して、悔し涙の海に沈めてやろう……クッククククク」
悪人顔した平の不気味な笑いに、洋二らは思わず腰を引き、七草はこめかみを押さえつつ、やり過ぎないようにと平へ一言釘を刺す。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
九校戦準備会合の翌々日から、平と融合したリリーの本戦代表選手及びH組の五人の新人戦代表選手の座をかけた試合が、二日に分けて放課後に行われることになった。
九校戦において、一人の選手がエントリーできる競技は二つまでという制限はあるものの、リリーは七草の発言を受けて九校戦準備会合の面々(実施競技各部部長及び部活連執行部の関係者)に実力を示すことになり、専用施設のないミラージ・バットを除く女子競技全てで試合する。
最初の日に行われたスピード・シューティングでは、リリーを推薦した関係から七草が辞退したため、三年生の男子生徒とリリーが対戦形式で試合をすることになった。瞬間移動のアポート(物体の引き寄せ)やアスポート(物体の転送・消去)で標的破壊することは容易であったが、身体を移動させる瞬間移動よりも、衆目に晒(さら)すには問題の多い力であり秘匿する判断をした平は、リリーに対して当該競技で一般的な振動魔法で臨むようにさせた。
試合が始まると、リリーの標的であるクレーは、より早い射出速度、有効エリアの角をかすめるコースや六個同時に射出されることが多々発生し、リリーを本戦代表選手にしたくない者たちの嫌がらせを受けることになった。しかし、リリーはおよそ三十m先の空中に設定された有効エリア内に、対戦相手と同じ振動魔法のパラレル・キャスト(複数の魔法を全く同時に発動する技術)を展開する数を直ぐに増やして対応し、自らの標的を淡々と破壊して行った。その一方で、嫌がらせを理解した平(意識)が、リリーに対し対戦相手の標的を情報強化させ、しばしば破壊を妨害させた。
その結果、リリーは満点を叩き出し、相手の三年生男子生徒は新人戦の例年の予選突破ラインである命中率(八十%)にも届かない低い点数に呆然と立ち尽くしてしまった。
九校戦の優勝候補と目されていた三年生男子生徒の散々な結果に、スピード・シューティング部長が、リリーが妨害をしたのではないかと文句を付けてきた。それに対してリリーは、「互いに同じ魔法が入り交じる有効エリアである以上、互いの魔法の範囲が重なり干渉することで相手の魔法が打ち消されたのではないかえ」と、しれっと嘘を口にする。その上で、リリーは「あやつが筆頭実力者というのは間違いではないかえ?」と言って、いい笑顔を向けると部長は歯噛みして悔しがった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
リリーとは別のシューティングレンジ(会場)では、新人戦代表選手の座を競って、H組の忠章と雛見が一科生らと対戦形式の試合が行われた。こちらの試合でも、H組の二人に対してリリーと同じような嫌がらせに加え、達也がH組の二人用に調整しスピード・シューティング部に保管されていた、小銃のような競技用CADの照準補助装置に細工が仕掛けられていた。しかし、それに気がついたレベルアッパーに宿る分身精霊が、自前の照準補正アシスト機能へ切り替え、更に平が用意した奥の手により、H組の二人とも、ほとんど討ち漏らしのないハイスコアーで一科生らに勝利した。なお、忠章の方は、高圧縮空気を炸裂させて標的を破壊する魔法攻撃を、相手の標的近でわざと発生させることで対戦相手を妨害し、相手の得点を大いに落させた。
平が用意した奥の手は、決まった魔法しか使わない競技の特性を利用し、一時的に無意識領域内のジャンク領域を圧縮して作った仮拡張演算領域へ魔法式を丸ごと保存して、座標変数のみ提供すれば極小時間で魔法が発動できるようにしたものであった。競技では六個もの標的が同時投射される場合があり、魔法式(一連の魔法処理工程を一単位として)一つの保存だけでは間に合わないケースを考慮し、達也の協力──起動式自体から見直して仮拡張演算領域に複数の振動魔法式を保存できるよう調整──により、複数のCADなしで振動魔法のパラレル・キャストを実現させた。そんな達也の腕前に、魔法工学技師を目指す洋二は大いに感心し、色々と質問して仲を深めたのは余談である。
対戦が終わると、実施競技部の関係者から忠章に対して、対戦相手の攻撃妨害を非難してきた。それに対して忠章は、「何故か自分の標的ばかり、死角や団子状態で射出され慌ただしかったので、手数を増やした結果照準の甘いものが出てしまった」と言い訳をすると、相手は苦虫を噛みつぶしたような顔をして押し黙る。また、勝利したH組の二人が使用していたレベルアッパーが、大会本部で認められていないCADではないかという指摘が出された。その指摘──競技用特化型CADでもありえない照準精度と魔法発動速度──に対して、レベルアッパーに宿る契約した精霊のサポートによるものであり、また、レベルアッパー自体は大会本部で使用が認められているCAD──古式魔法師の精霊術具の範疇(はんちゅう)であると、事前に答えを用意していた洋二が答える。流石に奥の手である魔法式の一時保存の件まで、彼は口にすることはしなかった。
スピード・シューティングのみに絞っていた忠章と雛見は、今回の高得点での勝利で一科生に勝るとも劣らない実力を示したことで、新人戦代表選手の座をつかんだ。
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スピード・シューティングの次に行われたクラウド・ボールは、九校戦中、一日の試合数が多く、スタミナ的な意味での魔法力を必要とすることを踏まえて、男子の五セットマッチ形式で試合が行われることになった。
リリーの対戦相手は、元生徒会副会長で二年生の服部であった。二十秒ごとに追加され、最大九つのボールを同時進行で追いかけることになるクラウド・ボールは、中距離のコンビネーション魔法を得意とする服部には負けるはずのないものであった。
しかし、リリーには、サイオンの塊で作り出した、本物そっくりの低反発ボールの形をした精霊という奥の手があった。本物のボールと違って分身精霊の偽ボールの情報強化は強固であり、相手の魔法による干渉(事象改変)を受け付けない特性を有していた。そんな偽ボールが、試合開始早々シューターから幾つも射出され、服部を戸惑わせる。そして、試合半ばに九つ以上のボールが乱れ飛ぶ有り様となり、多過ぎるボールに翻弄された挙げ句、服部はサイオン枯渇により途中棄権となってしまう。
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別のコートで行われる一年生同士のクラウド・ボールは、H組の洋二と吾妻姉妹の三人が各々一科生らと対戦することになった。
H組の三人は、自前の汎用型CADを使用することにしていたので細工される心配はなかったが、H組の三人の時に限って、相手コートの選手が見えなくなる所へボールがシューターから射出されたり、身体を狙ったボール攻撃と言った嫌がらせが何度も発生した。そんな嫌がらせに対して、H組の三人は全く慌てることはなかった。それは、平が用意した奥の手、鉄壁(?)の守りがあったからである。自陣コートの床全て覆うように、圧縮空気の壁を床と固定することで、ボールが床に接触しない、即ち対戦相手は得点できない状態を、収束・硬化魔法を組み合わせて作り出した。クラウド・ボール部関係者から不正行為ではないかというアピールが出たが、大会ルールのどこにも禁止されていないと洋二が指摘し、この戦法がルール違反でないことを認めさせた。
自陣コート(縦十二m×横八m)床全てを覆っているとは言え、二十四枚の圧縮空気の壁で分割して覆っており、魔法の持続時間の関係で一セット三分の間に覆い直しが発生するため、絶対に得点されないというものではない。壁の圧縮空気が透明であることが、欠点がバレるのを隠してくれていた。
H組の三人の攻撃は、簡易森羅の瞳の力による多目標同時捕捉で捉えた各ボールを、運動ベクトルを反転させる逆加速魔法で打ち返し、相手のミスを待つ戦法を基本としていた。なお、洋二は圧縮空気の壁で自陣コート床を覆う魔法式を保存しても仮拡張演算領域に余裕のあったので、幻影魔法で偽りのボールを作り出して相手を混乱させた。また、吾妻姉妹は、自陣コート床を覆う圧縮空気の壁を、時折ラケット代わりに振るった。
H組の三人の試合は別々のコートで同時に試合が始まったが、一番先に勝利を決めたのは、意外にも由美であった。由美はミニサイズの圧縮空気の壁をボールの背後に固定し、圧縮空気解放した強烈なボールを相手の女子生徒の顔面に当ててノックダウンを奪い、相手の棄権で勝ってしまった。なお、洋二及び由綺は、三セットを戦い、ストレート勝ちを収めた。
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二日目は、準備がようやく整ったバトル・ボードとアイス・ピラーズ・ブレイクの競技が行われる。モノリス・コード及びミラージ・バットは行われないため、今日でリリーの本戦代表選手及びH組の生徒による新人戦代表選手の座をかけた試合は全て終わる。
バトル・ボードの第一レースが行われる人工水路のスタート地点で、長さ百六十五cm、幅五十一cmの紡錘形ボードに、ちょこんと立っているリリーは、旧世紀の古式ゆかしいスクール水着を身につけていた。何故か通販サイトにレプリカ品が販売されていたのをみつけた平が、これが(旧世紀の)学校指定のものだと言って、リリーを騙して着させたのであった。旧スクール水着の胸の白地部分には「りりー」と名前が書かれており、Bカップと薄いリリーの胸は、水着の影響で一回り小さいものに見えていた。三年生の渡辺を応援する黄色い声援の方が多い中、チッパイとは言え美少女であるリリーの旧スクール水着姿は、一部の観客の萌え回路を刺激したのか好意的(?)な声援を得られ、リリーは喜んでいた。正に、知らぬが仏ということである。
「用意!」という合図が発せられる。スタートの空砲が鳴ると同時に、リリーをはさむ形で、横一列に並んでいた三年生の渡辺と小早川は、腕輪形態のCADに手を触れる。
ズ──ンという音を立てて、リリーが居た水面が爆発して水柱が上がる──も、上から落ちてきた大量の水塊が、水柱と上級生の二人を飲み込んでしまう。
「ヒャッホ──ッ!」と叫びながら、リリーは大量の水塊が作り出した大波に乗りボートを走らせるものの、直ぐに競技中断のイエローフラッグが振られてしまう。
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落ちてきた大量の水塊から、渡辺は何とか脱出に成功するも、小早川は水塊に飲み込まれ失神してしまったため、救助され保健室へ運ばれて行った。
救助でレースが中断されたと思っていたリリーのもとに審判員がやって来て、リリーが引き起こした大量の水塊の落下は危険でアンフェアなプレイであり失格であると言ってきた。それに対してリリーは、魔法で水面に干渉して他の選手を妨害することは大会のルールで禁止されていないこと、加えて自分が作り出したのは大波であり、過去の九校戦でも魔法で大波を発生させて他の選手を攪乱することは良く行われる戦法であり、アンフェアなプレイではないと反論する。
リリーの反論を全く取り合わない審判の態度に、リリーの中の平(意識)は不審を感じ、H組生徒のサイオン等を十分に吸収したことで、リリーの森羅の瞳の力に新たに加わったオプション──相手の表層思考の読み取りを審判員に対してリリーに使わせた。その結果、二科生を嫌悪している審判員は、九校戦に二科生が代表選手となることを絶対阻止したいと考えていることを平(意識)は知る。平(意識)はリリーを通じて、スタートと同時にリリーが居た水面を爆発させた他の選手の方が、明らかに危険でアンフェアなプレイであり、リリーの行動は妨害行為回避を含む止むを得ないものであったと審判員に主張した。
結局、三年生の渡辺が、リリーが魔法で作り出したものは大波であるという意見で、審判員のリリーに対する失格宣言は取り下げられ、二人でレースが再開されることになった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「用意!」という合図が発せられる。
ボードの上で片膝立ち姿勢のリリーは、先程の件で理解した、二科生を代表選手にさせないという上級生の一科生らの考えに怒りを覚え、七草から釘をさされた手加減を放棄することを決めた。
パ──ンとスタートの空砲が鳴ると同時に、リリーの姿がかき消え、五十m先に瞬間移動する。リリーは直ぐに次の瞬間移動に入り、あっと言う間に水路のカーブの先に消える。二十秒以上遅れて渡辺が、水路のカーブを曲がるが……。渡辺が一周一kmの水路を周り終える前に、瞬間移動を多用したリリーが三周して、平均タイム十五分かかるところを三分強という最速レコードタイムでゴールしてしまった。
それをゴールを近くで見ていた観客のうち、H組のクラスメイトと二科生の一部は大いに歓声をあげたが、それ以外の者たちはリリーの異常さに驚き戸惑っていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
次の新人戦代表選手の座をかけた試合のため、水路のコース点検整備という長いインターバルがあったにも関わらず、H組のクラスメイトらは、リリーの瞬間移動による無双ぶりに興奮の余韻を残していた。
干渉力の強さが重要になるアイス・ピラーズ・ブレイクは不利であったのでパスした結果、H組の洋二及び吾妻姉妹の三人はバトル・ボードが最後の競技であった。
H組のクラスメイトらの声援の中、洋二及び一科生男子生徒の計三人は、第二レースの開始を待っていた。他の一科生の選手が、腕輪形態のCADの操作ボタン上に空いている片手を置いて、直ぐに魔法を発動できる態勢をとっているのに対して、洋二は全くそんな素振りもない。不思議なことに、洋二が身につけている腕輪形態のCADの操作ボタン部は、三角形のプレートで覆われていた。
スタートの空砲が鳴る。
三人の選手は、ほぼ団子状体で直線コースを移動魔法によりボードを走らせていたが、カーブの手前で他の一科生の二人が連携して、水路の外側の側壁へ洋二を押しやる行動に出てきた。水路のカーブを曲がるため減速開始すべき地点の近くで、一科生の二人の選手の妨害行動により、このままでは洋二が水路側壁に衝突すると思われた時、洋二の姿はかき消え、水路のカーブの視界ギリギリである三十m先の水面へ瞬間移動していた。突然、洋二の姿が目の前から消えたことに一瞬気を取られ、洋二を潰そうとしていた一人が、水路のカーブを曲がり切れず側壁に接触して水落してしまう。
バトル・ボードにおいて平が、H組の洋二ら三人に用意した奥の手は、リリーの瞬間移動の簡易版とCADの完全思考操作であった。簡易版という色々と制限のある中で、洋二は巧みに瞬間移動を使うことで、終始他の選手よりも優位に立つことに成功し、リリーの約三倍のタイム──とい言え平均タイムを五分近く短縮してゴールした。ゴールして、水路から上がった洋二は、色々な生徒から瞬間移動のことを何度も訊ねられたが、ノーコメントで押し通した。
なお、第三レースにおいて、ワンツーフィニッシュでゴールを決めた吾妻姉妹は、洋二のタイムよりもやや遅かったが、平均タイムより四分近く速かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
簡易版の瞬間移動は、元々、廿楽の指摘を受けた平が、瞬間移動スキルを持つリリーや契約者の彼が様々な勢力から狙われることを減らすため、他者でも瞬間移動が使えるように、リリーと一緒にコツコツと簡易版開発に取りくんで来たものであった。
簡易版瞬間移動は、アスポートやアポートは使えず、術者本人の身体と接触物が移動するだけのものであり、移動できる先は目視範囲で、一回に移動できる距離も短く、インターバルが必要といった各種制限が設定されていた。
簡易版森羅の瞳の力を搭載したレベルアッパーは既に空き容量が少なく、簡易版瞬間移動を搭載することは無理であったため、宿り器をもう一つ用意して、別の分身精霊に簡易版瞬間移動の機能を保存する形をとった。平(意識)は、簡易瞬間移動機能を搭載した宿り器のことを、セカンドアッパーと命名した。
また、平がCADの完全思考操作という奥の手を用意したのには訳がある。スピード・シューティングやクラウド・ボールと違い、バトル・ボードは様々な場面変化に即応するため必要となる魔法の種類が多い。それら全ての種類の魔法を、術者の無意識領域内の仮拡張演算領域へ一時保存するには容量が不足していた。先に平が用意した奥の手である簡易版瞬間移動があれば、様々な場面を全て乗り越えられるかと言えば、平には不安が残り、CADに頼らざるおえなかった。しかし、バトル・ボードは不安定極まりない水面で行われるため、当該競技が未熟なH組の三人にとっては、CAD操作に気を取られ、水落や衝突といったリスクがあった。そこで平は廿楽に相談し、CADの思考操作技術と問題点を教示され、リリーと分身精霊の間でのイデアネットワークを介しての通信をヒントに、別に用意したセカンドアッパーの利用を思いつき、平はリリーと協力し突貫作業でCADの完全思考操作用の試作品を作り上げた。
CADの完全思考操作の仕組みは、洋二の首に付けているレベルアッパーに宿る分身精霊が、簡易版森羅の瞳の力で洋二の思考を誤りなく読み取る。その情報と彼のサイオンを、イデアネットワークを介して、洋二の腕にあるCADの操作ボタンを覆う三角形のプレート(セカンドアッパー)に宿る分身精霊'に送り込む。受信した分身精霊'は、セカンドアッパーと接するCADの感応石アンテナ(サイオン信号の受信)部に働きかけて、目的の魔法の起動式を通常ルートで洋二の魔法演算領域へ出力させるのである。
この結果、目的の魔法の起動式を選ぶため、CADを手で操作するという(ミリ秒を争う魔法発動速度的な意味で)多大なロス時間と誤操作を解消するとともに、操作時の周囲への注意力低下──命のやり取りをする場では致命的とも言える問題──を防げるようになった。その有用性と普及可能性の高さ──国内の魔法師は学生も含めれば三万人とも言われおり、ほとんどのものがCADを利用していること──に気がついた平は、リリーの目的(サイオン等の吸収と敵の情報収集)からみて、普及に限りあるレベルアッパーよりも、CADの完全思考操作特化品で、世の中に普及させることを考え始めた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
H組の洋二らが、バトル・ボードのレースを行っている最中、リリーは演習林の奥にある野外プール(流体制御の練習用)で、最後の競技であるアイス・ピラーズ・ブレイクの試合に臨んでいた。
制服姿のリリーが高さ四mの櫓(やぐら)の上に立ち、眼下を見渡すと、縦二十四m、横十二mの大きさのプールの底には、縦横一m、高さ二mの氷柱が二十四本、規則正しく配置されていた。リリーが視線を対面の櫓に立つ人物に向けると、とても高校生には見えない厳つく大柄な男子生徒──十文字が、腕を組み、目を閉じて静かに佇んでいた。リリーの相手は、当初二年生の千代田であったが、三競技続けて実力者の上級生が一年生に完負し、上級生として鼎(かなえ)の軽重(けいちょう)を問われ事態と判断した十文字が、交代を求めたのである。
(……あやつ、真由美以上の魔法演算領域を持つ強者(つわもの)じゃな……仮想魔法モデル化するに相応しい魔法が集めれそうじゃ……)
森羅の瞳の力で相手を探っていたリリーは、にやりと嬉しそうに笑う。
試合開始の合図が鳴った──にも関わらず、十文字は腕を組んだまま攻撃を仕掛けるそぶりもしない。
「……誘っておるのかえ? ……妾の攻撃など跳ね返す自信があると。ならば、先制の一手を仕掛けさせてもらうぞえ」
リリーは、敵陣上空に魔法式を顕現させて、彼女の身長程もあるドライアイスのつららを亜音速に加速し、十文字の眼前の氷柱に向かって落す。
腕組みを解いた十文字が、片腕を斜め上に伸ばして、半透明の障壁を自陣の氷柱の上に展開する。リリーの放った特大のドライアイスのつららは、半透明の障壁に跳ね返され──上空に戻って行った。
「……ベクトル反転の障壁か! ならば……」
リリーは、再び魔法式を、今度は敵陣の上空を埋めつくす程の数を顕現し、特大のドライアイスの槍を連続で降らし続けた。
「……飽和攻撃にも耐えるかえ……ならば敵陣の氷柱に直接仕掛けようぞ……」
リリーは敵陣の氷柱の一つに対して、振動魔法として干渉力を目一杯上げた攻撃を仕掛けるも、敵陣の氷柱には何ら変化が現れなかった。
「……ふむ、仮想魔法の干渉力程度では、あやつの干渉力を上回れんか……ならば外から大出力で障壁を打ち破るのみ!」
リリーは、敵陣の五十m上空に、収束魔法と光屈折魔法を組み合わせた魔法式を多数、輪状に顕現させ、眩しい程に強烈な太陽光の束の群が敵陣の氷柱の一つに集光する──前に、十文字が展開した半透明の障壁に屈折させられ、集光を防がれてしまった。リリーは直ぐに、光の束の集束点を敵陣の氷柱から、十文字が展開している半透明の障壁へ切り替えるも──発生した三千度近い高温は、多重展開された透明な障壁の表層を破壊するに留まった。
「……光も熱も防ぐかえ。森羅の瞳の力で観測してきた限りでは、何種類も系統魔法の障壁が多重展開されており、突破は難儀な障壁じゃな……しかし、これならどうかえ……」
リリーは敵陣を囲むように両手を広げ、収束・発散・移動・放出系を組み合わせた魔法式が八方から敵陣上を囲うように展開させると、大量の氷の粒を含んだ暗灰色の高速渦が発生し、そこから発した雷が閃光と轟音を放って半透明の障壁に落ちる。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
空気中に漂うイオン臭が、リリーの鼻腔を刺激する。
「……瞬間出力が強い雷でも、多重展開の障壁全てを貫くことは叶わぬかえ……素晴らしい防御障壁じゃな。妾の仮想魔法モデルに加えようぞえ」
リリーの中にいる平(意識)が、脳内会話で彼女に話しかける。
(採用決定! しかし、厄介な障壁だね。プールを損壊しないように抑え気味の仮想魔法モデルでは、相手の干渉力を上回るのは無理そうだし。勝つには、リリー本来の力を使うしかないが、さて、どの手札を切るべきか……)
長考する平(意識)の指示待ちになった、リリーが次の攻撃を仕掛けないでいると、対岸の櫓に立つ十文字が、左足を前に出し、右腕を頭の後ろに引く動作を行う。
「うん? 仕掛けてくるかえ……」と呟いたリリーは、期待で目を輝かせる。
顕現した半透明の障壁が、リリーの陣内の前列中央の氷柱に向かって飛来し激突する──前に、見えない壁に阻まれ、淡い光となって消えてしまった。リリーは自陣エリア全てに対し、事象変化を無効化する力──物質次元における事象変化をエイドス側から強制無効化──を展開して、氷柱を守っていたのであった。
「……ハハハハハハハ。素晴らしいぞえ。あの障壁は、守りだけではなく、攻撃にも使えるというのか。妾が使うのに相応しい魔法じゃ……ハハハハハハハ」
戦姫の人物設定に引きずられ、リリーが狂喜している間も、十文字は次々に半透明の障壁による攻撃を繰り返す。
(……おいおい、リリー。今の連続攻撃は、事象変化の無効化を展開したはずのエリアに食い込んできたぞ。このまま同じ箇所を集中攻撃されたら、突破されて圧倒的完全勝利計画が破綻する。やられる前にやれ、リリー!)
興奮に浸るリリーは、まだまだ楽しみたいと不満そうなを表情を浮かべたが、平(意識)の再度の強い指示に従い、復元の力を使って敵陣の全ての氷柱を一瞬で元の水に戻した……。
リリーの視覚上を通じて、野外プールの底にある、浅い水面にゆらゆらと映る空と残った氷柱を眺めながら、彼女の中の平(意識)は反省を口にする。
(勝った……とは言え、俺はリリーの力を過信し、上級生の一科生の実力をなめていた。認識を改めないといけないな……それと、何の魔法を使ったのか追求されると厄介だ……とりあえず、相転移を操作する発散系魔法の一種ということで誤魔化すか……)
平(意識)は、頭(?)を振り、押し寄せてくる問題をそれ以上考えるのを止めた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
リリーとH組の五人が九校戦の代表選手の座をつかみ取った翌日、平達は生徒会室に呼び出されていた。
「やり過ぎです! 実力を示すようにとは言いましたが、やり過ぎないようにと言いましたよね……スピード・シューティングの彼は代表選手推薦を辞退すると言い出すし、説得するのに苦労したのよ。本当にもう……」
お怒りモードの七草に開口一番で正座を命じられた平と妖精姿のリリーはしばらく七草のお小言を神妙な顔で拝聴することになった。正座している平の頭の上で、妖精姿のリリーも正座しており、二人の姿は傍らから見ると間抜けなものであった。
七草のお小言がようやく尽き、平と妖精姿のリリーは解放──ということにはならなかった。
「……平くん! リリーさんしか使えないはずの瞬間移動が、どうして後月くんや吾妻さん達も使えるのかしら?」
七草の顔は微笑んでいるにも関わらず、目には笑いの色は全くなく、キリキリと吐けという強い意志が浮かんでいた。
「それは……企業秘密ということで」
「「「却下!」」」
七草に加え、市原及び中条の声が重なる。その様子に、五十里副会長がクスリと笑う。
「……実は廿楽先生から、瞬間移動を研究したいと申し出があった時に、稀少な瞬間移動スキルを持つリリーと契約者の俺が、他国や犯罪組織並びに国内の魔法関係者から狙われるかもしれないと言われたんです。それで、狙ってくる者達の目を、瞬間移動ができる道具に向けさせることを思いついたんです」
「レベルアッパーと同じように、リリーの分身精霊にダウンサイズした瞬間移動能力を搭載させようと、密かに実用化へ取り組んでいた訳です」
「完成した簡易版瞬間移動では、術者本人が移動できるのは直接目視できる先のみで、一回に移動できる最大距離は三十m前後と短く、接触して一緒に運べるのも人間一人程度、移動距離に比例してインターバルが長くなるといった各種制限を設定しています。瞬間移動の性能が高いと、狙われるリスクが高くなるので、あれば便利、なくても代替できるくらいのものになるように、わざと制限を加えました」
「もし、簡易版瞬間移動機能を搭載したセカンドアッパーが盗まれたり、持ち主に何かあれば、器に宿る分身精霊からリリーに精霊間のリンクで連絡が入ることになってます。まあ、一種の警報器を備えているという訳です。警報を受けて、警察などへ通報して、敵とその関係者を逮捕してもらい、危険要因を排除して行くという寸法です。セカンドアッパーを持って逃げきられても、分身精霊との契約者以外は簡易版瞬間移動の機能を使えないし、解体・分析しようものなら分身精霊が自壊するので、犯罪に悪用されることもありません」
「……と言うことで、洋二達はもしもセカンドアッパーを渡せと脅されたら、素直に渡してもらっても問題ないし、君達の身に危険が迫っても、リリーが駆けつけるようにするから安心してくれたまえ」
「ち、ちっとそんな危険があるなんて話、私聞いていないわよ!」
まなじりをつり上げた雛見が、平に詰め寄り、文句を言い始める。
椅子に座っていた七草は、両目を閉じてこめかみを押さえる。平然としている市原に対して、中条は平に食ってかかる雛見が片手に持つ、セカンドアッパーを物欲しそうに見つめる。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
結局、七草は九校戦の新人戦でセカンドアッパーを使用することは認めたが、新たに保有者を増やすさないこと、廿楽先生へ簡易版瞬間移動のことを報告し、生徒の身に危険が及ばないように制限や公表の仕方などを相談するようにと平へ厳命した。
平達が去った生徒会室で、ティータイムしていた七草が口を開く。
「……リンちゃん。あの瞬間移動かレベルアッパーを今年の論文コンペに出したら、優勝できるかしら?」
「一番の話題を取ることはできますが、優勝は無理ですね。リリーさんのような特殊な精霊スキルを論文化しても、その仮説が正しいか否か審査員に評価できません」
相変わらず冷静な市原の答えに、苦笑する七草であった。