ウマ娘 クレイジーエデン   作:いろはにぼうし

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〇本小説はゲーム『ウマ娘 プリティーダービー』の二次創作です。

〇作者は該当ゲームをプレイしておりますが、所謂エンジョイ勢のため、目に余る部分があると思います。

〇史実とは物語が大きく乖離します。

〇オリジナルのウマ娘が多く登場します。また、彼女たちの名前についても史実や実際の競走馬などを参考にしてはおりません。

〇本作において特定のキャラクターや人物を誹謗・中傷する意図は一切ございません。


上記の内容をご了承いただける方のみお楽しみいただけると幸いです。



第一話 「ナイスネイチャ」

この世界にはキラキラと輝くスターがいる。

 

 

例えば、それは誰よりも速い者だったり。誰より強い者だったり。

得てして才能を持っていて、そしてそれに胡坐をかくことなく、努力を続ける。

悠然と走り去る彼女の背をターフで追うたびに、思い知らされる。

 

 

「お前の努力なんて何の意味もない」

「本当のスターはお前の何倍も努力して、しかも才能をもって走ってる」

「追いつけるわけないだろ」

 

そんな声が、ずっと頭の中でリフレインしていた。

そして自分を強引に納得させてきた。

 

「アタシはよく頑張ってる」

「ここまでできただけでも、すごいじゃないか」

「もう十分。やれるだけのことはやった」

 

 

 

 

 

 

けれど、目の前に現れたあの人は私にこう言った。

 

「お前はとんでもない勘違いをしてるぞ」

「レースを制するのは、『最も早いウマ娘』でもなければ、『最も強いウマ娘』でもない」

 

 

 

 

 

 

 

 

「『最も狂ったウマ娘』だ」

 

これはアタシが彼の言う『最も狂ったウマ娘』になるまでの話。

 

 

ウマ娘 クレイジーエデン

 

 

 

 

【01】

東京都府中市、中央トレセン学園。

そこは全国のウマ娘たちの夢の舞台、『トゥインクル・シリーズ』への出場、そして華々しい勝利を目指して彼女たちがしのぎを削る場所。

そこに足を踏み入れたウマ娘たちはキラキラと輝くスターダムをのし上がり伝説となっていく…

 

(なーんて、現実そんなにうまくいかないんだけどね)

 

結局のところ、トゥインクル・シリーズで結果を残せるウマ娘など一握りだけ。

多くのウマ娘は勝利どころか出場さえかなわぬまま、その現役時代を追える。厳しいトレーニングに耐え、誰よりも努力して、そして結果は何も残らない。これが現実。

 

今日は選抜レースの日だった。

学園所属のトレーナーたちがデビューを目指すウマ娘たちの実力を測り、二人三脚で歩む相手を決める一大イベント。

 

だというのに、彼女——『ナイスネイチャ』の気は重かった。

 

(そりゃ、あんなの見せられたらさー)

 

ナイスネイチャの視線の先には大勢のトレーナーたちに囲まれる1人のウマ娘の姿が。

彼女はナイスネイチャよりも先にレースを終え、戻ってきたところだった。

「すごい、なんてしなやかな走りなんだ、『トウカイテイオー』!」

「『シンボリルドルフ』の再来って噂も、あながち嘘じゃないってことか」

「ぜひ私と契約を!」

まるでお祭り騒ぎである。その渦中の中心にいるウマ娘、『トウカイテイオー』は得意げに鼻を鳴らしながら

「はいはい、順番! 順番だよ! 吾輩の前にならびたまえー!」

と、まるでベテランのようにふるまいながらトレーナーたちの話を聞いている。

新人であるはずのトウカイテイオーにたいして、ナイスネイチャも顔を見たことがあるようなベテラントレーナーまでもが我先にと契約を取りに行っている。

 

それも当然の反応だと思わされるほど、トウカイテイオーの走りは圧倒的だった。

後続のウマ娘を一切寄せ付けず、最初から最後まで余裕の先行。3バ身以上差を広げて悠々ゴール。しかもそれで全くと言っていいほど疲弊した様子もない。まだまだスタミナに余裕があるということか。

(そりゃトレーナーさんたちも夢中になるわ。ああいうの、主人公って言うんだろうね)

 

自分では絶対に届かない領域に彼女は、トウカイテイオーはいる。

確かに地元では誰よりも速かった。誰にだって勝てる自信があった。けれど中央に来れば、自分は何処にでもいる凡人。脇役でしかない。

 

天地がひっくり返ったって、自分ではトウカイテイオーに敵わない。

仮にデビューできたとしても、立ちふさがる壁があまりにも大きい。

 

(といっても、ネイチャさんと契約したがるもの好きなトレーナーさんなんてここにはいないんですけどねー)

 

ターフに来ていたトレーナーたちは皆トウカイテイオーに夢中だ。他のウマ娘には目もくれない。トウカイテイオーと共に走ったウマ娘たちが悔し気な表情をしているが、結果が結果だけになにも言い出せない。

 

(ま、でも何もしないで終わるのも癪だし。応援してくれてる人たちもいるしねー)

 

そう思い、スタンド側に目をやった。そこにはデビュー前にも関わらずナイスネイチャを応援しに来てくれた近所の商店街の面々が。まだレースが始まってもいないのに口々にナイスネイチャへの激励の言葉を口にしている。

 

(あはは‥期待が重いですねぇ‥ん?)

 

と、そこでナイスネイチャは気付いた。スタンド、商店街の応援団から少し外れた位置。最後尾の席に誰かいる。

2人組だ。1人は白衣を着たウマ娘。なにやら楽し気にノートパソコンを触っている。もう1人はメンズの中折れハットをかぶった男性。着崩したスーツと足を組んで胡坐のように席に座るその様からあまり気品は感じられない。むしろ粗暴に見えた。

 

(ウマ娘と契約してるトレーナー? トウカイテイオーのマークにでも来たのかな?)

 

一瞬、そんなことを考えるナイスネイチャだったが、すぐに雑念を払い、出走の準備にかかるのだった。

 

 

 

 

一瞬、帽子の男が自分に視線を向けたのに、ナイスネイチャは気が付かなかった。

 

 

 

【02】

「ふぅン…トウカイテイオーか。なるほどなるほど。確かに素晴らしい素質だねぇ。これでデビュー前とは信じがたい」

スタンド後方、カチカチとパソコンをいじるウマ娘はさきほど計測したレースのデータを見ながら興味深そうに唸る。光のない、ノイズが走ったような独特の瞳は示された数字を考察するのに、余念がない。

パソコンから目を離さないまま、彼女は口を開く。

「君はどう思う?トレーナー君」

決して視線はあげぬまま、彼女は隣の男に語り掛けた。

帽子の男は気だるげにターフにいるトウカイテイオーを見ながら言う。

「んー。まぁ、いいんじゃねぇの。悪くない。他のトレーナーが食いつくのも納得」

「おやおや。ずいぶん淡白な反応だねぇ。なにか不満でもあるかい、彼女に」

「いんや。これでも驚いてるよ、『タキオン』。あんな奴が現れるとはな。こりゃこの世代の子たちが不憫だ、ってくらいだぜ」

「フゥン? では、『彼女にするのかい?』」

「いや。まだまとう。まだ最終組が終わってねぇんだ」

「おいおい。悠長なことをしていると他のトレーナーと契約してしまうんじゃないかい?」

「だとしたらトウカイテイオーには見る目がねぇな」

「はっはっは! 自信家もここまでくると嫌味だねぇ」

タキオンと呼ばれたウマ娘——『アグネスタキオン』はそこでようやく男に目を向けた。男——アグネスタキオンのトレーナー『でも』ある男は一枚の紙きれを見つめていた。

「? なんだい、それは?」

「ん? ああ、これか」

トレーナーはアグネスタキオンに紙切れを見せる。そこには「6.6」と書かれていた。

「なんだいこれは? 君の視力かい?」

「オレはマサイ族か。『フクキタル』がオレに押し付けたんだよ。今日のラッキーナンバーだってさ」

「ラッキーナンバーねぇ。シャカール君が見たら全否定しそうなものだが。これがどうしたんだい?」

「タキオン、次のグループは何組目だ」

「6組目だねぇ」

「うしゃ。じゃあゼッケン番号が6番のウマ娘はどいつだ?」

「…全く。君も酔狂だねぇ」

そういいながらアグネスタキオンは事前に渡されていたエントリー表とターフを見比べる。

「ああ、彼女だよ。6番『ナイスネイチャ』。模擬レースでも目立った戦績はなし」

「ふぅん、ナイスネイチャ、ねぇ」

トレーナーは視線をナイスネイチャへと向けた。

 

 

 

【03】

係員に案内されながら、ゲートに入る。

呼吸を落ち着かせて、息を整える。

集中しろ。集中。

 

そう自分に言い聞かせる。

回りのウマ娘たちも緊張気味だ。

トゥインクル・シリーズにはトレーナーがいないと参加できない。

だからそもそもここでトレーナーの目に留まらなければ話にならない。ある意味ではここが大一番。

「がんばれー! ネイちゃーん!!」

「応援してるぞー!」

商店街の人たちの大声がここまで聞こえてくる。

「いやいや、まだメイクデビューでもないのに盛り上がり過ぎでしょ」

そうこぼしながらも、緩む頬をナイスネイチャは抑えられない。

「ま、そこそこがんばりますか!」

ナイスネイチャはそういって足を構える。

そしてゲートが、開かれた。

 

 

トレセン学園選抜レース 中距離 芝 晴れ 良バ場 2000m

 

 

 

『今、一斉にスタートしました! まずハナを奪ったのは4番センターステップ! 続いて3番ゴールデンライト…』

「…出だしは悪くない。出遅れもなし。まだデビュー前ってことを考えればこんなもんかって感じか」

「ふぅン。4番のウマ娘は逃げの作戦を取るようだね。しかし序盤から飛ばしすぎだ。あれでは余程スタミナがないと持たないだろう」

「3番はそれに完全にペースを乱されてるな。まぁ、前のグループにトウカイテイオーが居たんだ。結果を見せつけようと躍起になるのも無理はない」

トレーナーの男はアグネスタキオンに言葉を返しながら、バ群を見やる。

(今のところ取り立てて目立ったウマ娘はいない…。他のトレーナーもほぼこの集団はノーマーク。そりゃそうだ。トウカイテイオーほどの逸材がそうごろごろ転がっているわけがない)

けれど、とトレーナーは思う。

 

そんなんじゃ、納得できねぇよな?

 

 

(くっ‥きつい!)

1200mを通過した段階で、ナイスネイチャは集団の後方にいた。前方には5人のウマ娘。最前方2人は無理な逃げを実践したせいか、失速していないものの、最初ほどの勢いはない。あれならいずれ失速してくるだろう。問題はナイスネイチャの手前にいる3人。7番トワイライト、8番ニシキサンヨウ、そして1番ナナミホワイト。この3人が先頭集団のペースメーカー。冷静な性格なのか、この3人は逃げに触発されずに自分のペースをきっちりと守っている。

(けどこのペース…アタシには合っていない!)

ナイスネイチャの今のスピードでこの3人についていくのはわずかではあるがスタミナを消耗する。無駄な消費だ。理由は単純明快で、前方3人の方がナイスネイチャよりも基礎スピードが高い。本来ここで使うはずではなかったスタミナを脚にそそぎこまなければ、ナイスネイチャはたちまちおいていかれてしまう。

そうなれば絶望的だ。後半巻き返すチャンスはない。

(大丈夫、大丈夫大丈夫! まだついて行けてる!)

ナイスネイチャは自分に言い聞かせる。

最終コーナーを曲がった先、あそこで仕掛ければ。

 

 

「厳しいだろうねぇ」

アグネスタキオンがふと零す。

「何がだ?」

「後続の彼女たちだよ。おそらく最終コーナーで差す、あるいは追い込むつもりなんだろうが」

アグネスタキオンが視線を送る後続集団の中にはナイスネイチャの姿もあった。

「消耗しすぎだね。あれでは最後に加速するのは難しい。無意識下でトウカイテイオーの走りが焼き付いているんだろう。彼女の走り方・ペース配分、それこそが『正解』だと」

事実、トウカイテイオーは先のレースで圧勝した。だがそれは。

「だが中途半端な模倣は身を滅ぼす。彼女たちには彼女たちに合った走り方があるんだ。それに彼女たちには残酷な話だが」

「地力が違う」

トレーナーがアグネスタキオンの言葉を引き継いだ。

「オレよりトレーナーっぽいこと言うのやめてくんない?」

「はは、それは失敬したよトレーナー君」

頬を膨らませながら(可愛くない)トレーナーはターフを見る。

(だがまぁ、たしかにタキオンのいう通りだ。今この場にトウカイテイオーの走りを参考にできるウマ娘なんていないだろう。あれは本来重賞を走るようなウマ娘の走りだ。今の段階でそれがほぼ完成しているトウカイテイオーが異常なだけで、無理にまねようとしたって結果がついてくるわけがない。経験も身体も、何もかもが足りないんだから当たり前だ)

「けどよ、タキオン」

だが、トレーナーはあえて続ける。

「このまま終わるとは思ってないだろ?」

そしてアグネスタキオンも笑いながら答えた。

「当然さ。もちろんこのまま終わることもあり得るが」

 

「可能性とは、計り知れないものだからね」

 

 

 

残り400mを切る。先頭を走っていた2人は無理な逃げが祟って案の定失速。とうに後方集団に呑み込まれた。けれど苦しいのは全員同じ。現在三番手についている1番ナナミホワイトはそう考えていた。

(でも大丈夫…スタミナには自信がある!)

決して苦しくないわけではないが、それでもまだ踏み込める。後続のウマ娘は自分たちのペースについてこれていない。前の二人はかなり苦しそうだ。それでもスピードが緩まない分、優秀な方なのだろうが。

 ちら、とトラックの外に視線を送る。視界の端にこちらのレースを楽し気に眺めているトウカイテイオーの姿があった。けれどその視線は———ナナミホワイトを見ていない。

(———ふざけるな)

 余興の一貫のように楽しんでいるトウカイテイオーから視線を切る。

(お前の時代になんてしてやらない。ここで結果を残して私はトゥインクル・シリーズに…!)

 

 

 

それは一瞬にも満たない隙だったのかもしれない。

油断。慢心。

言葉はいくらでも選べるが、平たく言うなら、『失敗』。

レース途中にトウカイテイオーに視線を送ったほんのコンマ数秒。

 

 

 

その一瞬に『彼女』は刃を通した。

 

「なっ‥‥!?」

ナナミホワイトは驚愕した。

 

『あーっと、これは———!?』

実況席の女性が驚きの声をあげる。

 

「ほほう! これは驚いたねぇ!」

アグネスタキオンはタイピングする手を止めてその光景を見る。

 

「…面白れぇ」

帽子のトレーナーはニヤリと笑った。

 

 

 

 

「…あの子」

そしてトウカイテイオーは、初めてこの選抜レースで『個人』を見た。

 

 

ナイスネイチャ! 6番ナイスネイチャが上がっていく!ナナミホワイトを外から差した!!

驚愕するナナミホワイトの外をそのウマ娘、ナイスネイチャが抜けていく。

全身全霊で脚を踏み込み、その先…前方二人のウマ娘を目指して。

「ああああああああああっ!!」

叫び声をあげながら、それでも速度を上げていく。

(ふっ…ざけるな!?)

ナナミホワイトは歯をかみしめる。

(スタミナなんか残ってないくせに!すぐに抜き返してやる!!)

脚に力を込める。速度を上げる。そのままナイスネイチャを抜き返そうとして

 

「はなさ…れるっ!?」

 

それは叶わない。ナイスネイチャがぐんぐんスピードを上げていく。前方二人にも迫る勢いだ。

ナイスネイチャにスタミナはほとんど残っていない。それでもナナミホワイトは追いつけない。

 

(‥‥くそ、望み通りってわけ?)

 

ナナミホワイトは心のどこかで確信した。

 

(トウカイテイオーの時代‥‥には、案外ならないかもね)

 

 

ナイスネイチャはひたすらに走り続ける。息が苦しい。呼吸が乱れる。

ナイスネイチャは見ていた。先の一瞬、前方を走るナナミホワイトがトウカイテイオーに目を向けたのを。

すぐ後方についていた自分ではなく、遠くに居るトウカイテイオーを見ていたのを。

 

(…負けるもんか)

 

それは、いつも聞こえてきたリフレインする声とは違う声。

ナイスネイチャの心の底の本音。

 

(負けるもんか、負けるもんか、負けるもんか!!)

 

脚に力がこもる。芝を踏み込んで前に出る。

本来なら出せなかった力を酷使して、ナナミホワイトの外にハナを突っ込む。

 

負ける、もんかぁ!!

 

スピードを上げていく。驚愕するナナミホワイトを引き離して、前方の二人を射程に捕える。残り100mを切った。本当のラストスパートをかける瞬間。

(追いつく、追い抜く!)

ナイスネイチャはさらに加速する。前方二人が焦っているのが分かる。

このまま抜き去れば——。

 

 

 

そう考えた瞬間だった。

(あ…れ…?)

ナイスネイチャの視界が、わずかに歪んだ。

 

 

 

「っ!? なんてことだい! ここにきて」

「燃料切れだな」

ナイスネイチャの走りがぶれ始めたのを見てアグネスタキオンと帽子のトレーナーが言葉を交わす。

「無理もない。今の彼女が出していい力じゃない。こればかりは経験と鍛錬が必要だな」

「だがおもしろい! 実に面白いよ!!ウマ娘の可能性‥‥こんなところに原石が転がっているとは!!」

「ああ、タキオン。準備してくれ。…『あの子にしよう』」

 

 

(はは‥こういうオチですか?)

 ぶれる視界。一気に重くなる足。前方二人がゴールする姿を見ながら、ナイスネイチャの思考は回る。

(ばっかみたい。アタシみたいな凡人が熱くなっちゃってさ。いやー恥ずかしい限り)

ゴールを通過し、3着ナイスネイチャ、という声をどこか遠くに聞きながらスピードを緩める。停止してそのまま芝に大の字で横になる。乱れる呼吸と流れる汗が、体操着を揺らし、濡らしていた。

 青空がどこまでも広がっているような気がした。

(‥‥はぁー。まぁ頑張りましたよ。アタシなりに。三着、上々じゃん)

 空は遠い。ナイスネイチャが手を伸ばしても雲一つつかめない。

(そう。これがアタシ。どこまでも凡人)

 

(トウカイテイオーみたいにキラキラした存在にはなれっこない)

そこまで考えが回ったところで。

 

「君、大丈夫かい?」

 

ぬっ、とノイズの走ったような独特な瞳が空に割って入りナイスネイチャを捕えていた。

「うわっひゃあ!?」

慌てて身を起こすと、そこには白衣をきたウマ娘の姿が。

「はっはっは。あれだけ走った後なのに元気じゃないか。結構結構。けれど補給は必要だねぇ」

そういってそのウマ娘はペットボトルを渡してきた。

「…なんです、これ。ええと…」

「『アグネスタキオン』だ。なに、ただのスポーツドリンクだよ。飲めばたちまち疲労回復。優れものさ」

そういえば喉がカラカラだ。レースが終わってどっと疲れも出てきたし。

すこし麻痺した頭で考えながらナイスネイチャはボトルを受け取る。

「ありがとうございます」

そういってボトルの飲み物を口に入れる。ほのかに甘い味がした。

「これ、おいしいですね」

「そうだろう。なにせこの私が手ずから改良を加えた自信作さ!」

ん? 今何か妙なことが聞こえたような。

「ああ、ただ疲労回復効果は確かにすさまじいんだが」

 

「飲むと一気に眠くなってしまうのが欠点でね。まぁこの状況には適しているだろう」

 

遠ざかる意識の中でナイスネイチャはアグネスタキオンのそんな声を聞いた。

 

 

 

 

【04】

 夢を見ていた。

 平原の夢。どこまでもどこまでも続く、平原。

 風が心地よい。走りたくなって、ナイスネイチャは走り出した。

 この景色に果てはない。地平線は何処までも伸びていて、どこまででも行けそうで。

 夢中になって走っていると、遠くに人影が見えた。

 (…誰だろ?)

自分の前を走っている。とても速い。追いつこうにも追いつけない。けれど不思議と引き離されることもない。こちらに合わせてくれているようだ。

やがて、目の前にいたその人影は振り向いてこちらを見た。

 

 

 

けれど、遠すぎて顔はよく見えなかった。

 

 

 

 

【05】

「新薬を試すならそう言えよ、タキオン」

「何を言っているんだい。連れてくる方法は任せると言ってくれたじゃないか」

「あー、そりゃ斗真が悪いわ。ホウレンソウは社会の常識だろうが。あきらめてキン肉バスターの刑を受け入れろ」

「お前にやられたら普通に死ぬよ、オレは。悪いがアシュラバスターを体得してないんでね」

「というか、君の部屋。また物が増えたんじゃないかい?」

 

(…うん?)

 

話声がする。うっすらと瞳を開けると、体操着を着たままの自分の太ももが見えた。

どうやらどこかに座っているらしい。

 

「‥‥フクキタル」

「ギクっ! ちが、違いますよトレーナーさん!これらは全て幸運を招くれっきとした霊験あらたかな…」

「いやこんなに要らねえのよ。オレの作業スペース最初期の5分の1にまで縮小されてるじゃねーか。うし、どれか捨てよう、そうしよう」

「いやあああ! 後生! 後生ですトレーナーさん! それだけは捨てないでーー!!」

 

なにやら誰かが大騒ぎしているのが聞こえてきた。ゆっくりと顔をあげると。

 

 

おはようございます!!!!

「ひゃあああ!?」

ものすごい声量がナイスネイチャの耳を貫いた。

ちかちかする頭で目の前を見るとそこには桜色の瞳を持つウマ娘の姿があった。

満面の笑みでこちらを見ている。

 

おはようございます!!!

「おー、起きたか」

もう一度、そのウマ娘が叫ぶ。それを見て、奥にいる人物、帽子をかぶった男もこちらを見た。彼の足元には1人のウマ娘が腰に縋りつくように引きずられている。

「え?ええっと…おはようございます?」

ナイスネイチャは状況が呑み込めないままとりあえず目の前のウマ娘の言葉を反芻した。

「むむ! いささか元気が足りませんが、起きてすぐに挨拶ができるのはとてもえらいです!この学級委員長が花丸をあげましょう!! うれしいでしょう?」

 ふふん、と学級委員長を名乗ったウマ娘は得意げに胸を張る。

するともうひとりウマ娘が近づいてくる。美しい容姿の葦毛のウマ娘だ。

「おーう、おはようさん。どうだい、目覚めに駆け付けいっぱい、今ならこんがり揚げた海鮮丼山の幸スペシャルがお勧めだぜ!」

といいながらコップに入ったバナナスムージーらしき飲み物を差し出してきた。

「はい? えっと。情報量が多い文面から何の情報も読み取れなかったんですけど」

「おー。なかなかのツッコミスキルだ。これならウチでもやっていけそうだな。ゴルシちゃん的にも合格!」

 そういいながら彼女は腰に手をあててごくごくとバナナスムージーを飲み干した。

「君が飲むのかい?」

 と、椅子に座った白衣のウマ娘が目の前に置かれたパソコンを見ながら言う。アグネスタキオンだ。

「しゃーねーだろ。今コイツ縛られてんだから」

その一言を聞いて、ナイスネイチャは自分の身体を改めてみる。

 

学生用の椅子にロープでぐるぐる巻きに縛られた自分の姿を。

 

「へ?え? な、なんじゃこりゃぁ!?」

「おお、いい反応だ。中等部とは思えねぇ」

帽子の男が楽し気に笑う。

「え? ちょ!? なにこれ誘拐!? ネイチャさん身代金なんて払えないんですけど!?」

「ちょわ!? 誘拐ですと!! どこで誰が!!」

「落ち着け『バクシンオー』。誘拐なんてなかった。大丈夫」

「トレーナーざぁんん、ずてないで~!!」

「お前はお前で人聞きの悪いこと言うんじゃねぇ!」

 トレーナーと呼ばれた男が腰元のウマ娘を引きはがす。瞳に十字の光が宿った独特な雰囲気のウマ娘だった。

 

(え? どういうこと? ここどこ!? っていうかさっきこの人のこと、『トレーナー』って言った!?)

 

帽子の男はふう、と息をつき、ナイスネイチャのそばに近づき。かがんで視線を合わせた。

猫のような瞳がナイスネイチャを捕えた。

身を固くするナイスネイチャに、男は告げた。

 

「改めまして、ナイスネイチャ。オレは紅 斗真(くれない とうま)。この中央トレセンでトレーナーをやってる」

ほれ、と手のひらにバッジを置いて見せてくる。どうやら(信じがたいことに)本当にトレセンのトレーナーらしい。

「ここはトレセンの第三トレーナー室だ。安心しろ、断じて誘拐とかではない。‥うん、ギリギリ」

すこし目を逸らすあたりまずいことをしている自覚はあるらしい。

「縛ったのはパニックになったお前さんが逃げ出すと非常に面倒くさいからだ。それ以外の理由はない。安心してくれ」

(1つも安心できないんですけど!?)

 実際彼…紅の読み通りパニックにはなっているんだけども。

 しかし縛られていてはどうしようもできない。

「え、えっと紅さんでしたっけ‥‥。そもそもなんでアタシを…?」

「お。いいところに気が付いたな」

我が意を得たりと言わんばかりの表情で紅は立ち上がり、両手を大仰に広げて言う。

「まずはメンバー紹介と行こうか。これから長い付き合いになるわけだしな」

 

「黄金の不沈艦!『ゴールドシップ』!!」

「ぴすぴーす☆」

 

「最速の学級委員長!『サクラバクシンオー』!!」

「はいッ! サクラバクシンオーですとも!!」

 

「高速の探求者! 『アグネスタキオン』!!」

「‥‥この時間、必要かい?」

 

「なんかスピリチュアル!! 『マチカネフクキタル』!!」

「あれ!? なんか私だけ雑じゃないですか!?」

 

マチカネフクキタルの抗議を無視して、紅は続ける。高らかに。

 

「俺たちはチーム『クレイジーエデン』!おめでとう! 君はその五人目に選ばれた!」

 

獰猛に笑いながら猫目の男は続ける。心底、嬉しそうに。

 

「さぁやろうぜナイスネイチャ! オレと契約し、そして!」

 

 

 

 

「一緒に、トウカイテイオーをぶっ潰すぞ!!」

 

 

 

「…はい?」

 

 

 

ウマ娘 クレイジーエデン

 

開幕。

 

 

 

 

 

 

 

 




映画よかったよね。


2024/05/29
ゴールドシップのセリフ一部修正
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