ウマ娘 クレイジーエデン   作:いろはにぼうし

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〇本小説はゲーム『ウマ娘 プリティーダービー』の二次創作です。

〇作者は該当ゲームをプレイしておりますが、所謂エンジョイ勢のため、目に余る部分があると思います。

〇史実とは物語が大きく乖離します。

〇オリジナルのウマ娘が多く登場します。また、彼女たちの名前についても史実や実際の競走馬などを参考にしてはおりません。

〇本作において特定のキャラクターや人物を誹謗・中傷する意図は一切ございません。


上記の内容をご了承いただける方のみお楽しみいただけると幸いです。


第二話「一蓮托生の証」

【01】

 

トウカイテイオーを潰す。

 

目の前のトレーナー、紅 斗真(くれない とうま)は椅子に縛られたナイスネイチャに高らかに宣言した。

 

「え? いやいやいや。話に全くついて行けないんだけど」

「ん?そうか。じゃあわかりやすく説明するな。まずこの世にはウマ娘っていう存在が居て…」

「そこから!? いやそうじゃなくて! テイオーを潰す!? どういうこと!?」

「決まってんだろ。完膚なきまでに勝つってことだよ」

「誰が!?」

「オレとお前。まぁ走るのはお前だから、勝つのはお前か」

何を当たり前のことを。と言わんばかりの表情と口調で紅が続ける。

「トウカイテイオー。選抜レース見させてもらったがありゃ確かにヤバい。化け物だ。皇帝『シンボリルドルフ』の再来なんて言われるのも納得だ。間違いなくこのまま結果を出し続けるだろう」

紅の言葉に胸が詰まる感覚をナイスネイチャは覚える。

息苦しい。そんな感覚だ。

「だ、だったらなおさらさっきの言葉の意味が分かんないよ!それとアタシみたいな脇役を誘拐したことに何の関係が」

「誘拐じゃねぇ。スカウトだ。ばれたらたづなさんに怒られる」

「誘拐の自覚あるじゃん!?」

必死にツッコミを入れるナイスネイチャに紅は言葉を続ける。

「それに一応言っとくが。自分のことを脇役なんていうのはやめろ。オレはちゃんと理由をもってお前をスカウトしてる」

「理由って…私なんてテイオーに比べたら…」

「君のことを調べさせてもらったよ」

 と、パソコンから目を離してアグネスタキオンが紅の隣に立った。

「ナイスネイチャ。この春中央への中等部入学試験を受けて合格。面接・実技・筆記いずれも平均やや上。入学後いくつかの模擬レースに参加するもいずれも三着、よくて二着。一着を取った経験はなし。たしかに世間一般が求めるような輝かしい戦績とは言えないねぇ」

アグネスタキオンの淡々とした言葉がグサグサとナイスネイチャに突き刺さる。

 

そうだ。頑張っても頑張っても。

努力しても努力しても。

周囲はそれの一歩上を行く。

ナイスネイチャの到底到達しえない高みで、キラキラと輝きながら走っている。

 

そこに立つ能力も資格も、自分にはない。

 

「…はいはい。分かってますよ!アタシなんかじゃ到底テイオーには…」

「オレは」

紅がナイスネイチャの叫びを遮った。

「選抜レースとこの戦績を見て確信した。お前なら必ずトウカイテイオーに勝てるってな」

「‥えっ?」

思わず呆けてしまう。

それは紅の言葉がナイスネイチャにとってあまりに意味不明だったからだ。

自分がトウカイテイオーに勝っている点など1つもない。模擬レースを数度経験しても、離されるばかりで全く勝負にならなかったのだ。結果、トウカイテイオーが参加する模擬レースではいつも三着だった。

「ナイスネイチャ、お前は———」

紅がさらに言葉をつづけようとした時だった。

 

 

 

 

トントン、と扉が静かにノックされる音がした。

『紅トレーナー? 駿川たづなでーす。開けてくださーい』

 

 

(この声、理事長秘書のたづなさん…?)

と、ナイスネイチャが考えたとほぼ同時だった。

 

「撤退用意!!」

 

紅がその場にいたウマ娘4人に指示を出す。瞬間、ゴールドシップがナイスネイチャを椅子ごと抱え、持ち上げる。

「え? え? え?」

「すいませんねぇお客さん。ゴルシちゃんタクシーはカード使えないんですわ」

訳の分からないままでいるナイスネイチャをしり目に状況は動く。

「退路確保!」

「千福万来!!」

マチカネフクキタルが窓を開け放つ。外の風が一気に吹き込んだ。

「ゴルシ、悪いが適当に頼んだ!」

「ああ、お前らのこと、忘れないぜ」

ゴールドシップはそういうと窓の桟に足をかけ

「え? うそ! 嘘ですよね!? ちょ」

「大丈夫だ、ゴルシちゃんには翼がある!この胸の内にな!!」

 

 

 

そういって窓から飛び降りたのだった。ナイスネイチャを抱えたまま。

 

「きゃあああああ!!」

「高い高いすかいはーい!!」

青い空、白い雲。

1階にあった第三トレーナー室。

それでもナイスネイチャは気を失った。

 

 

 

【02】

「おーう、大丈夫か。飯持ってきてやったぞ」

「誰のせいだと思ってるんですかねぇ!?」

トレセン学園、食堂。ようやく縄を解いてもらってテーブル席に座ったナイスネイチャはぐったりと机に突っ伏していた。周囲の生徒たちが1人だけ体操着のナイスネイチャを見ていぶかしんでいるが食事を持ってきたゴールドシップの姿を認めると、まるで触れぬが吉と言わんばかりに目を逸らしていく。

「そんな怒んなって。特別にゴルシちゃん特製の裏メニュー持ってきてやったんだからよ」

そういってゴールドシップがナイスネイチャに差し出したのはパックに入った焼きそばだった。

「…なんで焼きそば?」

「バカヤロー、焼きそばはこの世の頂点に立つ食い物だぞ」

「‥変なもの入ってませんよね。飲んだら眠くなる薬とか」

「アタシをタキオンと一緒にすんじゃねーよ! アタシはいつだって焼きそばには妥協しねぇ!大海原を駆け抜けながら、常に最高の味を追い求めてるんだ! いいから食ってみろ!!」

ゴールドシップの熱意に押される形で、ナイスネイチャは恐る恐る焼きそばを割りばしで口に運ぶ。食堂の備品が一切使われていないのが少し気にはなったが。

結果は———

「っ!? おいしい!!」

「そうだろそうだろ、うめーだろ!」

おいしかった。ナイスネイチャが幼少のころ祭りの出店で食べた味に非常に近い。美味という言葉はふさわしくないけれど、おいしい。そんな味だった。

「あー、なんだか懐かしい味がする。ネイチャさん的にはあり寄りのアリですわ」

「へへ、そうだろ。なんだお前いい奴じゃねーか!斗真のいう通り、ウチのチームはいれよ! ゴルシちゃんは大歓迎だぜ」

「い、いや。それはちょっと…」

正直あのトレーナーに対しては苦手意識しかない。いきなり誘拐して縛り上げ、果てはトウカイテイオーを潰す、などと宣う人だ。

「えー、なんでだよー」

「なんでって…その言葉が出てくることがすごく驚きなんですけど」

「退屈しねーぜ、ウチは」

「心臓が持たない、の間違いじゃないんですか?」

「ちぇー」

不満げにゴールドシップは立ち上がる。どこから取り出したのか大量の焼きそばを売り子用の籠に積んで。

「え? どこ行くの?」

「今から焼きそば売りに行くんだよ。決まってんじゃねーか。三女神像の前あたりがねらい目だ。なんか謎の声に導かれて生徒たちが集まるから」

もうなんだか、突っ込むのもつかれた。ナイスネイチャが眉間に手を付けると、ゴールドシップが一言ナイスネイチャに声をかける。

 

 

 

「お前さ。いろいろ言ってたけど、結局勝ちてーの? 勝ちたくねーの?」

 

 

 

 

ナイスネイチャは驚いてゴールドシップを見る。ゴールドシップは不適に笑いながら焼きそばを抱えて去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【03】

トレセン学園 夜。

誰もいないトラックに、ジャージ姿のナイスネイチャはいた。

ペース配分に気を配りながら、時に流し、時にダッシュを繰り返す。

身体を程よく追い込み、暖めたところで、芝の上に改めて立つ。

ここは今日、選抜レースで走ったコースにとてもよく似ていた。

「…よし!」

ナイスネイチャはストップウォッチを片手に走り出す。足を踏み込むと同時にスイッチを入れて、トラックを回っていく。最初は無理なく、スタミナの消費を抑えて。

そして最終コーナーに差し掛かったところで、一気に加速。スピードを上げていく。

ゴールすると同時にストップウォッチを止める。記録は——

 

「っ!?」

 

遅い。今日の選抜レースのタイムはもちろんのこと、普段の練習のタイムに比べても。

 

当然、トウカイテイオーのタイムよりも遅い。遥かに。

ぎりっ、と奥歯の鳴る音がした。

 

「ずいぶんな顔で走るじゃねーか」

と、どこからか声をかけられた。振り返ると、トラックの外周にいつの間にやら紅 斗真の姿があった。やや疲れたような表情をしているのは気のせいだろうか。

「…ストーカー?」

「違うわ。たまたまだよ。たまたま。一応これでもトレーナーなんでな。勝手に夜のトラック使用してるような悪い子には注意しなきゃならんの」

「残念でしたー。ちゃんと許可は取ってますよ」

「トレーナーもいないのにか?見え透いた嘘はやめろよ」

「…あはは。ばれちゃいましたか。慣れないことはするもんじゃないですね」

誤魔化すように笑いながらナイスネイチャは頬を掻く。

「…効果的な練習方法とは言えねぇな。選抜レースであれだけの走りをしたんだ。タキオンのドリンクで疲労はごまかせてもダメージまでは消せない。タイム、伸びてねぇだろ」

「! なんでわかるの!?」

「だーかーらー。これでも一応トレーナーなの。それぐらいわからなくてどうするよ。斗真さんを給料泥棒扱いするんじゃありません」

帽子の位置を整えながら、紅は言う。猫のような縦長の瞳がナイスネイチャを変わらず捕え続けている。

「…自分のタイム見て、どう思った。率直に言ってみろ」

「…いやー、はは。まぁ、分相応って奴じゃないですかね。こんなもんですよ。ネイチャさんは」

「もう一度言うぞ。素直に言え」

紅の雰囲気が変わる。見透かすような瞳がナイスネイチャを見る。レースに出るウマ娘でもないただのトレーナーに、ナイスネイチャは息を呑んだ。

 

ややあってぽつり、とナイスネイチャがつぶやいた。

「…そりゃ、思いましたよ。遅いなって。テイオーのタイムと比べたらダメダメで…」

「そうか」

紅はそれだけ言った。ナイスネイチャはひどくみじめな気持ちになった。

何を話しているんだろう。こんな得体のしれない男に。

しばしの沈黙。やがて紅が口を開いた。

「目指すもんが間違ってるな。今のトウカイテイオーのタイムなんか気にするな」

「…あはは。なんだわかってんじゃん。私なんかがテイオーのタイム気にしたところで」

「違う。そういう意味じゃない」

 

 

もうその次元にトウカイテイオーは居ない。空っぽのタイムレコードなんか気にするだけ時間の無駄だ」

 

 

 

ナイスネイチャが押し黙る。紅はナイスネイチャから目をそらさずに続ける。

 

「お前が追いかけてるのは過去のトウカイテイオーだ。たしかにお前が視聴覚室でビデオ見て、記録を見て知ったトウカイテイオーのタイムに嘘はないだろうさ」

「‥そんなことまで知ってるんですね」

「タキオンは調べるときには徹底的に調べるからな。話を戻すぞ。トウカイテイオーには優秀なトレーナーが付くだろう。そしてあいつは進化を続ける。今日よりも明日速くなり、その次の日にはさらに速くなる。だから過去のトウカイテイオーのタイムなんか参考にするな。…そこにあいつは、もういない」

その言葉にきっと嘘はない。紅が話しているのはトレセンのトレーナーから見た真実。

残酷な、現実。

こうしている間にも、トウカイテイオーはどんどん先に進んでいくのだろう。

 

 

 

置いていかれる。ナイスネイチャはいつまでも。

 

 

 

「…っていうのよ」

「ん?」

 

じゃあどうしろって言うの!?

 

気がつけばナイスネイチャは叫んでいた。

いままで抑え込んでいた感情が爆発したような、そんな気持ちだった。

「アタシだって頑張ったよ、頑張りたいよ!!みんなの応援に応えたい! 一着を取って、トウカイテイオーにだって勝って、アタシにだってできるんだってみんなに見せて! 喜んでほしいよ、喜びたいよ!!でも!!!」

「結果は結果!! アタシは全然テイオーに追いつけない!!あの子はいつだって一番で、キラキラしてて、主人公みたいで!! それに比べてアタシは何の取柄もない凡人!!そもそも立ってるステージが違う!!これが現実、現実なんだよ!!」

 

息を切らしてナイスネイチャは叫ぶ。情けなくて、悔しくて。

こんな男に話すことじゃないのはわかってる。それでも止まってくれなくて。

 

「だから!!‥‥だから…」

 

「だから、もう。いいんだよ…」

 

そう、ナイスネイチャは締めくくった。

 

 

 

 

 

 

「嘘つくな」

 

それに対して紅の返答はひどく淡白だった。

 

「じゃあなんでお前は走ってる。今日の選抜レースで見せたあの表情はなんだ。オレはウマ娘じゃない。実際にターフに降りて戦うわけじゃない。そんなオレでもわかる。———お前はあきらめてない。あきらめることはない」

はぁ、とため息1つをついて、紅はターフの中へと入ってきた。

まっすぐ歩いてきてナイスネイチャの前に立つ。

ナイスネイチャはうつむいたまま、顔をあげることができない。

 

「オレを見ろ」

 

紅が言葉をかける。優しい言い方ではなかった。けれど、命令のような鋭さもなかった。

ナイスネイチャが顔をあげる。

紅と目が合った。

まっすぐナイスネイチャを見つめている。

 

「知ってるか? あきらめた奴はシューズが泥だらけになるまで走らねぇ」

 ナイスネイチャの足元を指さす。シューズは、ぼろぼろだった。

「知ってるか? あきらめた奴は悔しさで拳を握りしめて血を流さねぇ」

 ナイスネイチャの左手を指さす。ストップウォッチを握っていない方の手だ。強く握りしめすぎて、血が流れていた。

「知ってるか? あきらめた奴はよ。泣かねぇんだ」

 ナイスネイチャは、泣いていた。悔しくて、みじめで。

 それでもあきらめたくなくて、泣いていた。

 

「勝ちたいか?」

「っ! 無理だよ‥‥アタシなんかじゃテイオーには」

「質問に答えろ」

まただ。ぶっきらぼうな言い方だけれど、鋭さはない。

まるでナイスネイチャの本音を知っているかのような言い方だった。

 

勝ちたいか?

 

もう一度、紅が聞く。その言葉を反芻し、ナイスネイチャの口は、まるで自分ではない誰かが乗り移ったかのように叫んでいた。

 

勝ちたいっ!!

 

いや、もしかしたら。

この口を動かした、心の底にいる魂こそが。

本当のナイスネイチャだったのかもしれない。

 

「よし。それが聞きたかった」

紅はそういって笑った。

 

「それじゃ早速行くとしますかね」

「行くって…どこへ?」

「決まってんだろ」

紅はナイスネイチャの左手を指さした。

 

「保健室」

 

 

 

 

【04】

「時々思うんだよなー」

トレセン学園内の保健室。夜間にもかかわらず、有事に備えてカギは開いている。

その部屋の椅子にナイスネイチャを座らせた後、紅は棚から包帯と消毒液を取り出しながら言う。

「『保健室の先生』って言葉。なんであんなに青少年の夢を駆り立てるんだろうなって」

「‥‥」

「もちろん女医な。女医に限る。男性医師には申し訳ないが、女医じゃないと夢は膨らまない。ウマ娘だとなおよし」

「…」

「少年時代に膝小僧とか擦りむいた時にさ。消毒液とか塗ってもらうわけじゃん?そんとき染みるわけだよ。子供にとって消毒液は毒薬と同じだからな。傷口に塩とはあの事よ。で、思わず泣いちゃうわけ。そしたら背の高いウマ娘の女医先生が言うわけ」

「‥‥」

「『泣かないの、男の子でしょ。先生、斗真君のかっこいいとこみたいなー』って。そりゃもう心はうまぴょいですよ」

「‥‥」

 

よし、手当をする。傷を見せろ

うん、って見せるかー!?

 

ナイスネイチャの鋭いツッコミが炸裂した。

「最初から最後まで何の話!? さっきまであんなにまじめに話してたのに、ここにきてからあなたの特殊性癖の話しかしてないよ!?」

「バカヤロー。トレーナーとウマ娘は心を通じ合わせることが大切なんだよ。だったらやることは一つだ。性癖暴露大会」

「ぜっっったい違う!!そもそもあなたはアタシのトレーナーじゃないし!!」

「何言ってんだ。夜間のグラウンド。未契約のウマ娘とトレーナー。何も起きないはずがなく‥」

「なんかいやらしい感じにするのやめてくれません!?」

それを聞いて紅はやれやれ、みたいな顔で首をすくめる。

「これだから中等部のお子様は。何でもかんでもそっちに結び付けやがる。口を開けばやれうまぴょいだ、うまだっちだと。トレセン学園はバチェラーハウスじゃねーんだよ。お前みたいなチンチクリンのお子様がオレの守備範囲に入るとでも思ってんのか。あと5年たってから出直してこい」

「あなたホントにアタシをスカウトする気あるの!?」

ナイスネイチャは無性に目の前の男を殴りたくなった。

「もちろんだ。オレはお前と一緒にテイオーに勝つ。そう思ってる」

が、急にまじめな顔で即答され、拳が鎮火してしまう。やりづらくて仕方がない。

「…まだわかんない。なんでアタシなんかを…万年三着だよ?」

そこだ。そこなんだよ、ナイスネイチャ。お前はそこを勘違いしてる」

「え?」

紅は「触られたくねーなら自分でやれ」と包帯と消毒液を渡し、続ける。

「たしかにお前は模擬レースをすれば三着、良くて二着。一着を取った経験はなし。タキオンのいう通り華やかさはない。おまけに田舎娘感満載で色気もない」

「後半関係ないですよね。どうして突然ネイチャさんをディスった?」

 

「だが‥‥『三着以下になったことがない』」

 

その言葉に、ナイスネイチャの包帯を巻く手が止まった。

「お前はトウカイテイオーばかり意識しているが、お前と同年代のウマ娘たちはみんなレベルが高い。テイオーが異常なだけだ。今日の模擬レースで対戦した『ナナミホワイト』、それに『マチカネタンホイザ』、『ヤマニンゼファー』とも対戦歴があったな。どいつも粒ぞろいだ。そんな魔境の中で、お前は下位に落ちたことがない」

「た、たまたまでしょ。運がよかっただけ」

「違う」

紅は断言した。

「正直に言うと、今日の選抜レースでお前を見るまでノーマークだった。よくも悪くもテイオーが目立つからな。…今日ほど自分の目が節穴だったと思ったことはないよ。ナイスネイチャ、お前自分が出た模擬レースの結果表、ちゃんと見てないだろ」

「み、見てるよ! テイオーにはいつも3バ身以上も離されて」

「はいでましたすぐにテイオーを意識する病でーす。そうじゃない。お前の『後ろ』の結果表だ」

「後ろ?」

そうだよ、と言って紅はナイスネイチャの前に手をかざす。パーの形だ。

ナイスネイチャは何のことかわからずに首をかしげる。

 

 

 

…お前、後続に5バ身差をつけてるんだぞ?

「ごっ…!?」

「特に顕著だったのは渦中のテイオーと走ったレースだ。よほど追いつこうとしたんだろうな。だが後続は『そんなお前に追いつこうとしていた』。もちろん全力でな。だが結果は」

「5バ身の差‥」

「そゆこと」

それに加えて、と言って紅は続ける。なぜだか心底楽しそうに見えた。

「驚異的なのは今日の選抜レースでも見せた末脚だ。お前は先頭集団に引っ張られてろくにスタミナが残ってなかった。息を入れる暇もない。そんな状況下で、お前は外から敵を差した。普通あんなこと、やりたくてもできないんだよ。あの末脚はお前の最大の武器になる」

「でも、結局最後まで持たなかったし」

「それはお前の身体が正しい意味で完成していないからだ。お前の身体はまだ本格化を迎えていない上に、スタミナをつけるトレーニングも不十分。トップスピードには乗り切れてないし、他のウマ娘を追い上げるパワーもない。テクニックのテの字も持っていなければ、ついでに胸もそんなにない」

「はいカチンと来ました。戦争じゃ」

だがすべてが完璧に備われば——お前はトウカイテイオーを差せる

紅の真剣な声音にナイスネイチャは、心臓を握られたような感覚を覚える。

 

差す? 自分がトウカイテイオーを?

 

「…冗談だよね?」

「オレはレースに関して嘘は言わん。自信を持てナイスネイチャ。お前は強い」

「本気で言ってる?」

「実のところ、オレがトウカイテイオーではなくお前をスカウトしてる理由は単純なんだよ。トレーナーとしてお前の方が強いと確信したからだ」

「ほんとにほんと…?」

「しつこいぞ。ただまぁトウカイテイオーだって成長する。油断は出来ねぇぞ。厳しい戦いになると——」

 そこまで行って紅は言葉を区切った。そしてふぅ、と息をついて、ポケットからハンカチを取り出した。しわくちゃのハンカチだった。

「包帯より先にこっちだったか。泣き虫め」

「っ、うるさい!」

ぽろぽろと流れる涙をひったくったハンカチで拭きながら、ナイスネイチャは言う。

どうして泣いているのか自分でもわからなかった。

「なによこのハンカチ…アイロンぐらいしてくださいよ! いい大人でしょ!?」

「うるせーな、オカンかよ。使えりゃいいんだよそんなもん」

「だ、だからモテないんですね! ネイチャさんにはお見通し! 紅さん、彼女いたことないでしょ!」

「残念でしたー。ナイスバディのウマ娘の彼女がいましたー」

「過去形じゃん!終わっちゃってるじゃん!」

「終わりは全ての始まりなんだよ。お前こそ、恋のこの字も知らんおこちゃまのくせによく言う。お前みたいなタイプはな、将来弟とかに先を越されて結婚式で泣きを見ることになるんだよ。自分そっくりなウマ娘に弟取られてあまつさえその二人が子供こさえて幸せになって、その瞬間自分が『おばさん』になったことを自覚するんだよ」

「な、なりません! ならないもん! あの子はアタシを置いていったりしないもん!」

「うわ。ブラコンだったよこいつ。認めろよ。お前の弟はとっくに姉離れしてるよ。もうお前のトモにしがみついてる時代は終わりを告げたんだよ。ほっときゃお前の知らないところでうまだっちして虹のかなただよ」

「お姉ちゃんのトモはずっと空いてます! あの子が望む限り!!っていうかうまぴょい伝説好きですね!?」

「昔彼女が泥酔して踊ってくれたんだよ。めっちゃ可愛かったぜざまーみろ」

「…その彼女さんは今頃別の男の愛バに」

「やめろ! オレの脳を破壊するな!!」

「未練たらたらじゃん!!」

なんだかアホなやり取りをしているうちにナイスネイチャの涙は引っ込んでしまっていた。

悔しい気持ちだ。だけどなんだか、うれしくて、たのしい悔しさだった。

 

 

 

「しかし困ったなー」

と、突然紅がわざとらしくおどけ始めた。

「お前は~、ナイスネイチャは~、トウカイテイオーに勝てる実力があると思うけど~?そもそもトレーナーがいないとメイクデビューできないもんな~?」

「ぐっ」

「今ここに~契約してもいいよ~っていう心優しくて器のおっきなトレーナーさんがいるんだけどな~? トレーナーじゃないっていわれちゃったもんな~?」

「ぐぅぅ!」

めちゃめちゃ腹立つ顔してるなこいつ。ナイスネイチャはそう思った。

いつの間にやらちゃっかり契約書らしき紙を持っているのもむかつく。

「…契約、します」

「んん? なんだってぇ?」

「っ! ああ、もう!!」

我慢の限界だ。

ナイスネイチャは紅から契約書をひったくった。

保健室の机のペン立てからボールペンを取り出し、殴り書きで空欄にサインする。

完成した契約書・・・一蓮托生の証を紅に突き付けながらナイスネイチャは叫んだ。

 

「契約する! 契約するよ! あなたの指示に従う! どんなトレーニングでもこなして見せる!!」

 

「その代わり、約束して! 最後まで見届けるって!!」

 

「アタシがトウカイテイオーに、勝つまで! 誰よりもキラキラしたウマ娘になるその瞬間まで!!」

 

「約束してくれるでしょ!?」

 

 

 

 

アタシの、トレーナーさん!!

 

 

 

 

その叫びに紅はニヤリと笑い、そしてその契約書を受け取った。

 

「改めて。紅 斗真だ。約束しよう、ナイスネイチャ」

 

「何があっても見届ける。最後の最後まで。お前が自分を好きになれるその日まで」

 

「誰よりも近くでお前を導こう。誰よりもお前の走りを肯定しよう」

 

「だから——同じ夢を、見せてくれ」

 

 

 

 

伝説を作るぞ、ナイスネイチャ

~っ!? うん!!

そうして二人は手を取り合った。

いつの間にか、昇りきった月が二人を照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、完璧な仕上がりになればトウカイテイオーに勝てるっつったけど。さすがに豊胸は専門外だ。他をあたれ」

「台無しだよ!!」

 




このトレーナーむかつきますね。
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