推しと織り成す未来のお話   作:綴れば名無し

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 ノウム・カルデアは汎人類史の未来を勝ち取った。
 幾千幾万幾億の屍を積み上げて、それでも彼らは『生きる』ために戦い勝利した。
 世界に平穏が戻り、星見の天文台はその役目を終わらせる。

 世界を救った英雄、世界を滅ぼした罪人、只のなんの変哲もない人の子、カルデアのマスターは常識を超えた出会いと別れを繰り返し、それまで送っていた日常へ戻っていく。

―――けれども、嗚呼…とても残念だけれど…貴方はもう『普通の生活』には戻れない。

 普通でいるにはあまりにも過酷過ぎた。
 平凡のままでは貴方が生き残る事は出来なかった。
 
―――だから『私』のような存在とも縁を結んで、戦うことを選んだのでしょうけれど…

 彼の手には無数の『死』の臭いが染みついてしまった。
 彼自身が手を下したのではないけれど、彼が人理の影法師に『相手を殺すこと』を選ばせた。
 刃物で刺すのも、銃の引き金を引くのも、核の発射ボタンを押すのも、同じ事だから。
 手に血が付かなければ人を殺した事にはならない等と言い訳は出来ないだろう。
 彼もそれを分かっている。だから人を殺した事を否定しないし、罪過をずっと背負い続ける。

―――名も知らぬ優しい人…全ての旅の果てで、私は消え去るつもりだったのに。

 日本へと戻った彼は両親の待つ家に一度顔を出したが、すぐに姿を消してしまった。
 魔術協会や聖堂教会、カルデアで彼との再会を待つ者達も総力を挙げて探したが、彼がその後何処へ消えてしまったのか、足取り一つ見つけることは出来なかった。
 
―――人理も摂理も本当は『私』に関係のない話。『私』は本来いてはいけないものだから、ひと時の不自由が叶えただけの夢幻に過ぎないと、貴方に言ったことを覚えているかしら。

 境界のない世界で彼と出会ったことが今の『彼女』がいる全ての始まりだった。
 最初は『両儀式』の最愛である彼によく似た『普通』や『一般』である事が気になって、ほんの少しだけ『サーヴァント』と『マスター』の関係でいることを楽しもうと召喚に応じた。
 
―――あの日の、人理の未来を取り戻した時にあの娘や他の子達と一緒に最初に見た、眩むような朝焼けの中で…皆が空を見ていたのに…貴方だけは『私』を見ていた。

 本来は召喚される筈もない存在の『彼女』が『両儀式』を介さずに人としての感情を理解していく中で、彼が『彼女』に隠していた感情に気づいてしまった。
 彼はカルデアのマスターだから、人類最後のマスターだから、世界の命運を握る唯一の存在が、そんな事に現を抜かす事を許してはくれなかった。
 辛くても、苦しくても、痛くても、悲しくても…役目から逃げずに立ち向かう。
 それは清廉で、勇敢で、美しく、残酷な姿だった。

―――皆が子供のように目を輝かせている中で、貴方だけは寂しそうな目をしていた。

 世界を救う旅が、世界を滅ぼす旅になって、少年だった彼は一足早く大人になった。
 背中を押す声に追われて、胸の鼓動に急かされて、大人にならざるを得なかった。
 ずっと彼を守り続けてきた盾の少女も、周りの大人も、古今東西の英霊達も、かつて憐憫の獣と呼ばれた存在ですら、それを止めることは出来なかった。
 
―――人間は基本的に性悪だから、物事は悪い方に転がっていく。…そう思っていたから、貴方が変わっていくことも理解して、見守る…その筈だったのにね。

 意味のある思い出を彼との間に残さないよう、ずっと陰を歩いているつもりだった『彼女』だが、彼にとっては『彼女』が傍にいること自体が何にも代えがたい思い出になっていた。
 未来を取り戻せば、英霊達と交わした契約は完了される。彼の前からいなくなってしまう。
 言葉に出さなかったが、朝焼けの下で、瞳の奥に隠されていた彼の心は泣いていた。
 周りはそれに気づかなかったか、或いは気づいていたとしても泣いているの理由にまでは気づくことは出来なかっただろう。
 
 その理由を知ることが出来たのは『彼女』だけ。

―――『私』がこんな風になってしまったのが貴方のせいなら、貴方がそんな風になってしまったのは『私』のせいという事になるのかしらね。

 彼女がそう彼に言えば彼はきっと困ったように笑いながら「そんな事はない」と答える。
 でも彼女は知っている。それは彼が彼女を傷つけたくないから咄嗟に口から出た嘘であると…

―――執着をしないつもりだったけれど…『私』も人のように間違いを犯すわ。

 彼女は元より『 』の一部であり『両儀式』に宿った第三の人格、生まれても意味のない存在だ。故に意味のある言葉を、思い出を残さないようにしてきた。
 残された者がその言葉に引き摺られない為に、残された思い出がその人を孤独にさせない為に。
 だが彼は違った。彼が彼女と交わす言葉や思い出は、彼が彼女を大切に想う気持ちのほんの一要素に過ぎない。それほどまでに彼は『彼女』を愛している。

―――さようならカルデアの人達、さようなら人理を守った英霊達、そして…さようなら…



エピソード・セイバー『両儀式』

 

(………寒いなぁ。ロシア程じゃないけれど、真夜中だと日本の冬も特異点地味てる)

 

 日本の地方都市にて、雪の降る真夜中の山道を一人の青年が歩いている。

 厚手のジャンパーの上から首にマフラーを巻いて、半分隠れた口から白い吐息が漏れた。

 真っ黒な靴の足跡が点々と続いているが、いずれ降り積もる雪に消されるだろう。

 右手には棒状の何かを包んだ布袋が握られており、左手で傘を差していた。

 

(父さん母さん、元気そうで良かったな。…出て行くって話した時に泣かれたけど)

 

 帰ってきた息子がまだ成人したばかりで行き先も告げず家を出る。しかも現代人にあるまじき行為と呼べる携帯電話を持たないという返答に、彼の両親は息子の変わり様に鳩が豆鉄砲を食ったような表情をして引き止めようとした。

 彼はカルデアでキャスターのサーヴァントから教わった簡単な暗示を両親にかけて、季節の変わり目には必ず生きている旨の手紙を送るという約束付きで強制的に納得してもらった。

 

(……カルデアの皆は元気にやってるかな……)

 

 魔術関連の職員はゴルドルフ新所長の伝手で時計塔やその他の関連組織で働き口を紹介して貰ったと聞いたが、マシュがどうなったか彼は分からなかった。

 新所長が全力で関係各所に根回しをしているから実験動物扱いはされていない筈だが、彼は後輩の残りの人生が幸多いものであることを祈っている。

 きっと、先輩であるカドックが何やかんや言いつつも手助けはしてくれているだろう。

 傘の上に降り積もった雪を、一旦歩く足を止めて軽く振り落とした。

 

(……次はどこに行こうかな……北は殆ど回っちゃったし次は南かな?)

 

 彼が人類最後のマスターだった事を知る者は多くない。

 だがそれを知ったが最後、彼の肉体やその身に溜め込んだ経験が魔術世界に於いてどれほど価値が高いものかと知った者達が、彼を捕えようとしてくることは容易に想像出来た。

 幾ら名家出身のゴルドルフでも、遠くにいる彼を守り続けることは出来ない。

 

 だから最初は日本に帰らず、ゴルドルフの下でマシュ共々お世話になるという提案もされたのだが…彼はその申し出を断った。

 ゴルドルフやマシュ、カドックにこれ以上迷惑をかけたくないからとか、理由は色々あったけれど…一番の理由は違うところにあった。

 彼らが傍にいたら、きっと彼は別れた英霊達のことを思い出して寂しくなってしまうから。

 

(……寒いな……)

 

 無意識に右手で握った布袋の中にある刀の存在を確かめてしまう。

 それは『彼女』がこの世界に残した彼との縁であり『彼女』が彼の傍にいた証だ。

 こんな物を持ち歩いていることをその辺を歩いている警察官に知られてしまえば、刀剣の登録やら細かい手続きをしていない彼は法律違反で逮捕されてしまうのだが、あらゆる追手から逃れている彼にそもそも只の警察官が声をかけることすら不可能に近い。

 

(……寂しいな)

 

 この刀で戦いを直視して『彼女』数多の命を切ってきた。

 彼はそれを後ろで俯瞰していた、否…『彼女』に切るよう命じていた。

 彼は自分を人殺しだと思っているし、罪の十字架は一生背負うものと覚悟している。

 異聞帯の、本来あってはならない世界の命だとしても、彼らは確かに『生きていた』のだから、世界を終らせて『生きる未来』を奪った彼は間違いなく大罪人だろう。

 

 だから彼は数多の異聞帯から未来の可能性を奪った自らの罪に対して、自ら死を選んで償うのではなく『未来に生きる』ことで贖罪になると考えていた。

 

 既に彼の心は変わり果てており、周りの望んだ『普通』の生き方では長く生きられない。

 たとえ孤独で、歪な生き方であったとしても、彼にとってはその方が『普通』と感じられる。

 

 だが、それでも彼の心に空いてしまった穴は埋められなかった。

 彼が心の奥底で密かに望んだ今の『普通』の生き方には、大切な存在が欠けているから。

 

(……会いたいなぁ……)

 

 一目見て恋に落ちた。

 世間一般で云うところの、一目惚れという奴だった。

 けど状況が状況だったから、そんな事を意識してる余裕なんて微塵もない。

 人類最後のマスターという大役を担った以上、英霊達が彼に『普通』を望んでいる限り『普通』であり続けなければならないのだから。

 唯一無二の特別な相手なんて、思うことすら烏滸がましい。

 

 『彼女』に知られれば、きっと笑われてしまうだろう。

 或いは少し困ったように微笑んで、その恋は一時の気の迷いだと諭すかもしれない。

 

(……セイバー)

 

 彼はまた足を止めた。

 傘に積もった雪を振り落とす訳でもなく、ただ足を止めた。

 服の袖を使って、目に溜まってしまった涙の粒を拭う。

 後悔してもしきれない、この思いは決して気の迷いではないと胸の鼓動が訴える。

 彼は『彼女』が好きだ。

 異性として、人として、英霊として、その存在を愛している。

 

「――――――あら…こんな雪の降る夜に、一人で泣いて…どうしたのかしら?」

 

「―――――――――!」

 

 凛とした鈴の転がるような聞き覚えのある女性の声に、彼は驚愕で目を見開いた。

 積もった重みで耐えられなくなった傘の上の雪がバサバサと下に落ちる。

 先ほどまで彼以外は誰も居ない筈だった坂の上から、一人の女性が歩いてきた。

 

「――――――どう、して?」

 

「此処にいるのかって?…ふふ、貴方を驚かせるつもりはなかったのだけれど…そんな反応をされると楽しくなってしまうわね。また次に機会があったら、こういう悪戯をやってみようかしら」

 

 暗夜の黒と降り積もる雪の白で支配された世界に、彩り鮮やかな花が咲く。

 落ち込んで下を向いていた彼は、ゆっくりと顔を上げて前を向いた。

 彼の目の前に突如現れたのは、あの日に消えた筈の『彼女』だった。

 セイバー・両儀式は、初めて会った時と変わらない微笑みを浮かべる。

 

「さっきの質問に対する答えだけれど、退去する直前にちょっと『私』という存在を書き換えてみたのよ。以前にバレンタインデーのチョコを渡した時に部屋の空間を書き換えたのと同じ要領で、物は試しにやってみたら成功したという訳」

 

「―――――――――」

 

 しれっととんでもない事をやってのけたセイバーに対し、彼は半口を開けたまま固まっている。

 その反応が益々気に入ったのか、彼女は笑みを深めて彼との距離を詰めながら言葉を続けた。

 

「この体は『両儀式(あの娘)』と寸分たがわぬ同じものだけれど、この体に宿っている人格はカルデアで貴方のサーヴァントとして在った『私』だけ。外側は同じだけど中身が違うから、あの娘の生き写しの姉妹みたいなものと思って頂戴」

 

「………セイバー!」

 

 彼は左手で持っていた傘を手放し、脇目も振らず駆け出す。

 それを見て『彼女』はニコリと笑いながら頷き両手を広げて―――

 花のように可憐で、雪のように消えてしまいそうな体を力いっぱい抱きしめる。

 

「セイバー…!セイバー…ッ!また会えた…!会えたっ……!」

 

「嗚呼…マスター、名も知らぬ優しい人…。私という存在が、貴方を不自由にさせてしまったのね…ごめんなさい。謝っても許されないでしょうけど…」

 

 白くか細い華奢な手を伸ばして『彼女』は少し背が高くなった彼の頭を優しく撫でた。

 彼は『彼女』の頭を胸板に埋めながら、そのゴツゴツした手で長い髪をゆっくり梳いた。

 

「…そうだよ。貴女のせいだ…以前不自由な形になってしまったのが、俺のせいだと貴女は言った…俺と同じだ。…俺もずっと貴女に謝らなきゃいけないと思ってた」

 

「謝らないでマスター。…私はもう、貴方を(はな)すつもりはないから…」

 

「俺も…俺をこんな風にした貴女をもう二度と(はな)さない」

 

 暫く彼の腕に包まれて彼の温もりを堪能していた『彼女』だが、不意に彼が髪を梳いていた手を顎に添えて顔を少し離したことに気づいた。

 まるで映画のワンシーン。主演男優と呼ぶにはあまりにも平凡な見た目の彼は意を決して顎に添えた指に力を入れて顔を上げさせる。

 静寂の中、二人の乾いた唇は重なって微かな水音を立てた。

 一秒が一分に、一分が一時間に感じるような時間の流れの中で、互いの愛を確かめ合う行為は互いに名残惜しさを感じさせながらも一度の終わりを迎えた。

 

「…ねぇマスター。これから、どこへ向かうのかしら?」

 

「うーん…まだ決めてないかな。北の方は大体行きたい所を回り切っちゃったから、時期的にも南の方にいこうかなってくらいには考えてたけど…」

 

 傘を拾い上げて、彼は彼女と二人並んで坂の上を目指して歩き出す。

 先ほどまで降っていた雪は止み、暗夜の空におぼろげな月の光が差し込んでいた。

 

「――――――ふふ、そうなのね。私としては、なるべく思い出に残るようなところがいいわ。だって貴方と作る最初の思い出なのだもの、普通の場所じゃつまらないでしょう?」

 

「そっか。…それじゃあ普通じゃないところにいってみようかな?」

 

 どのみち、二人が歩んでいく人生に『普通』なんてものは殆ど無いのかもしれない。

 だけど彼の心は先ほどまでと打って変わって、これからの未来に対する期待しかなかった。

 『彼女』も彼と同じように、新しい自分の生き方に興奮を抑えきれずにいる。

 

「ふふ、それは楽しみ。―――嗚呼、こんなにも胸が高鳴ったのはバレンタインデーのチョコを選ぶ時以来かしら?貴方はどうかしらマスター。貴方の胸はドキドキしているのかしら?」

 

「―――してるよ。子供の頃にいった遠足の日の前の夜みたいな気分だ。それかもしくは『式』に初めてチョコを貰った時、あの時は部屋が正月仕様になってて違う意味でもドキドキしたけれど」

 

「まあ、そんな返し方をするだなんて…酷い人。ふふふっ」

 

 『彼女』がどういう存在なのか、恐らく彼はその多くを知りはしないだろう。

 しかし仮に知ったところで今の彼にとってはそんな事どうでもいい。

 彼が『彼女』を好きである気持ちは未来永劫、変わることはないのだから。

 

―――――――――雪の降る夜、其れは夢のような日々への始まり。繰り返された二人の逢瀬。

 




 好き過ぎて勢いとノリで書いてしまった、異論は認めたくないけど表向きは認める()
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