「行ってくる!もこねぇ!」
「もこねぇ言うなもこねぇって、気をつけていけよ」
子供の成長とは早いものだ。
特に、我が子のように愛しく目掛けていた存在の成長は早く感じる。もっと遅く育てという気持ちと、早く育って大人の姿を見たいという気持ちが同居して心の板挟みが起きてしまう。
虎杖は、乳離れをしてから暫くして私の元へと預けられた。
羂索はここの所数年は連絡を取り合っていない、下手に動いて私とアイツの繋がりを知られたくないんだろう、計画をネチネチと練っている最中じゃないかな。
…去年、夏油が死んだ。五条自らの手でその生涯を終えきった。
時が経てば、この心の傷も癒えるだろうか?それとも死ぬ迄持っていく事になるんだろうか?無限の命にそんな事が許されるのか?
でも、それでも確かに言える事は…万年、億年過ぎなければ消えない傷をあの夏の登場人物達は付けた、そんな存在だったよ。
見に行くと、遺体はそのまま綺麗に…それも家入に回さず、別の場所で安置されていたのはきっと五条の指示だろう。
だから、多分だが【手に入れている】
「じいちゃんの見舞いにも行ってくるわ!」
「あ、それじゃお見舞い品も持ってけ」
「OKー!」
虎杖には私が呪術高専の教師である事を教えていないし、素性も教えてはいないが…育てた期間も、もう15年近い。15歳になった虎杖だが……なんと身長170越え、身体能力も一般人からすれば化け物級。
そして…!念願の高校生だ!
「いい子に育ったなぁ…」
「良く食べてよく動くし、あれで彼女出来ないのも不思議なものだけど…」
「……」
「彼女出来たら、私が泣いてしまうな、考えるのやめよ」
センチメンタルになっていると…ピンポーン、というチャイムの音が鳴り、こんな朝っぱらから誰だと扉を開けると……。
「おい妹紅、競馬行くぞ、どうせ暇だろ?」
顔に傷を付けた大男、伏黒甚爾がいつも通りニヤニヤと笑ってやって来ていた。
一旦いつものように家にあげ、菓子を出す。
「…私はお前のていのいい金ヅルじゃないんだが」
「捨てるほど金持ってんだろ」
「捨てるために稼いだ訳じゃない」
「……虎杖券1枚」
「2枚だ」
「チッ…分かったよ」
コイツだ、伏黒甚爾…因果の超越者。
ウチの家に入り浸るわ、虎杖にパチンコ教えるわ、普通にクズだわで……もうどうしようも無い。
家族の元へでも帰ったらどうだ、と1度言ってみたが……どうやら五条に遺言形式で息子の事を好きにしろ、と言ってしまって今更戻れないらしい。
つまりは、家なし金なし仕事なし、家庭も持たないアルティメットニートが爆誕してしまった訳だ。
ちなみに虎杖券とは、『虎杖or私の為に動く』指示権利みたいなもの。
こっちもこっちでコイツは便利に使わせて貰ってる。
「…預金は」
「15億切った」
「馬鹿か?高々10年そこらで何25億使い果たしてんだよ……あのなぁ、私もそろそろ仕事辞めるんだ、お前もボディーガードの仕事とかで1人で稼いで……ーー甚爾?」
「…マジか、お前が…仕事を辞める?」
…本当にコイツ嫌い!!
「………お前のそこまで驚いた顔、一生の中でここだけだろ、『絶望』の2文字がお前の辞書にもあったんだな」
「あ〜…その、なんでだ?」
「私の友人から…数ヶ月、まぁ4ヶ月先辺りだが招集があった、色々始めなきゃいけない事があるんだよ…虎杖の高校での生活準備もしなきゃだし、それと籍も入れる」
「は??お前が?籍を?」
「仮想婚だ、気にするな」
「…………」
「ぶふッ……そ、その顔…写真撮っていいか?額縁に飾っておきたい」
「殺すぞ」
こんな感じで毎日をダラダラと過ごしていた。羂索が関わらないと濃密さがミリもない時間になってはいたが……まぁ互いに忙しいしどうしようも無い。
この生活も、結構慣れてきた頃だ。
「この世界もそろそろ平安の戦乱を超えた地獄絵図になる、海外移住でも考えとけ」
「恵も巻き込まれるか?」
「…形見のあの子か、巻き込まれるな…呪術師だし」
「……」
「心配か?」
「いや」
「心配だろ、遺言に思い出す位なんだから」
「……」
「私はあの子を守ってやれん、傍観するだけだ…それに、どちらかというと呪術師の敵になる、守りたいならお前も舞台に上がれ、透明」
透明呼びをするのは、あの夏以来だ。その意味を理解しているのか甚爾もほんの少しだけ顔を歪める。
後ろ髪をかいて、イラつきながら菓子をつまみ…手をテーブルに叩きつけて立ち上がった。
「邪魔したな、帰る」
「おい甚爾、お前呪具残ってないだろ、揃える金が足りないなら工面してやる」
「………まだ何も言ってねぇぞ、ガキ」
「準備は入念に、不足なく揃えておけよ」
「チッ…ったく分かったよ」
乱暴に扉を開け放ち、乱暴に閉じる。バタンっ!と轟音が鳴るのを軽く耳を塞いで聞き流し、そして窓から彼なりの焦りと覚悟を感じられる後ろ姿を見ながら、入れたお茶を啜った。
「……」
「虎杖だけ、特別って訳にはいかないもんな」
覚悟は出来てるよ、でも……。
「それでも、お前は大勢に囲ませて死なせてやる」
少しだけ、私なりの贈り物を送れたらいいな。
「もこーー!!!酒あるかーー!!!?」
「………」
再び扉が乱暴に開かれると、今度はひしゃげてぶち壊れる。
「あ!ごめん扉壊した!力加減難しいな!!」
「…………イライライライラ」
「この前貰った酒、めっちゃ美味しかったぞ!もう1本無いかー?」
瓢箪を抱え、橙色の髪の毛を振り撒く幼女の様な存在。一見すれば唯の子供にしか見えない。
「……お前もお前だ、さっさと里に帰れよ…」
「
「おっと!鬼の名を軽々しく告げるか!妹紅!!」
この生活になって変わった事その1。
私の家が……アルティメットヒモ男と、ウルトラ酒カスニートが入り浸る家になった。
■
『我が軍隊は百鬼夜行、鬼の萃まる所に人間も呪霊も居れる物か!!』
なんて、夏油が行った百鬼夜行にウキウキで参加してたこの馬鹿をとっ捕まえて殴り合ったのが始まりだ。
『いいぞッ!!!かかってこいッ!』
死肉を積み上げ、人を見下し呪霊としては自我を保ちすぎている。周囲の呪霊を皆殺しにして、夏油からは放置されていた。
『いや〜…百鬼夜行をするって風の噂で聞いたから舞い上がっちゃった』
魂の感覚的に、2000年は生きているだろうか?ひょこひょこ秘境から遠出して渋谷にやって来たらしいし……『地元』と呼んでる場所を私や天元が察知出来ないという事は、こんな化け物が丹精込めて作った隔離場所なんだろう。
呪霊では無く、人では無い。呪力を糧とし人外の力を振るう。
天元と同じく『呪い』に対して進化を遂げた生物だ。今の天元の行き着く先、進化の適用と最適化された存在だと言っていい。
「滅多に現世には干渉しないんだけどな!まぁ夏油…だったか、あの男の祭りは面白そうだった、というか面白かったし…仕方ない!」
「私も百鬼夜行には参加しないつもりだったんだが、お前みたいな化け物が出てくるから駆り出されたんだぞ…後処理も大変だったし」
「飲み友が出来たから良いじゃないか」
「……その飲み友の秘蔵を全部飲み干したの、誰だろうな」
「…………」
百鬼夜行以後、こいつも虎杖に酒の飲み方教えたり悪いことばっか学ばせるし、暇ならウチに来て飲んでくし……1番の問題は……。
「なぁ、お前の知り合いだって前にタヌキの親分が来たんだが」
「おー!アイツも来てたのか、仲良くしといた方がいいぞ?便利だし」
「……なんで揃いも揃って見た目が少女なんだよ」
「真の姿、見たいか?」
「遠慮しておく」
コイツの知り合いだって奴まで家に来ること。問題が過ぎる、どいつもこいつも虎杖に悪い事を教え込む馬鹿ばっかりだから。
……コイツらみたいな存在がどうして大人しくしているか、一体どういう存在なのか、というのは断言は出来ないが……。
現代になって、人の純粋な未知への恐怖による呪力は無くなった、『恐れ』は人と人の間でしか発生しなくなったんだよ。コイツらにとって『恐れ』という呪力は生命そのもの。
平安の世では元気だったんだとさ、今は死にかけより酷い状態だという。
つまり、緩やかに滅びに向かう種族だって事だ。
「前に聞きそびれたんだが、やっぱり呪霊では無いんだよな、お前」
「うむ!呪霊は『呪い』の『霊』だろ?どちらかというと呪物で受肉した奴の方が近い」
「伝説の酒呑童子やらは…仮想怨霊か?」
「多分な、私の残穢と人の恐れが強大になり過ぎて分離した」
「……ややこしい、アンタらが今まで見つからなかったの奇跡だろ」
「それなんだがな、私以外の鬼は何処かへ消えてるからなんだよ、今は残滓を追ってる…まぁ私もきっと、呪いの巡るその先へと辿り着くだろうさ」
「そうか」
なんともまぁ人外らしい感性だ、精霊や妖精に近い独特の世界観を持ってる……んだけど、コイツに限っては酒に染まり過ぎだろ…。
「……そうだ、伊吹…いつの時代でも良いんだが」
「額に縫い目のある奴と、話した事はあるか?」
「ん?んーー〜……あまりハッキリ覚えてはいないが、多分あるぞ?」
「………はぁ…そっか」
「なんだなんだ?何か隠しているな?話せよ〜」
「近寄るな酔っ払い、臭いが移る」
■
〜2ヶ月後〜
「もこねぇ!行ってくるわ!」
「おう、気を付けてな」
私も、そろそろ本格的に準備をする時が来た。
「今日もじいさんの所に行くのか?」
「うん」
「…良い孫だな、本当に」
「虎杖、じいさんはそろそろお迎えが近い、ちゃんと別れの準備をしといた方がいい」
「………そっか」
「毎日出来る限り、顔を見せてあげて…それで、ちゃんと話して、遺したい事を受け取ってこい!だからそんなしょぼくれた顔をするな」
「うん!行ってきまーす!」
そろそろ、本格的に……葬式の準備をしなくちゃならないんだ。
別に呪術がどうのこうのじゃないさ、私だって人の営みには慣れてる。虎杖のお陰で自炊も出来るようになったし、ずっと私じゃ賄えない部分を、じいさんは虎杖に教えてくれていた…感謝しないと。
「…行ったか、よし洗濯洗濯っと……働いてないのに金が入ってくる生活ってのも不思議な感じだな…」
パンパンッと、日干しした服を1度手を払い、太陽にかざしてソレを眺める。
「……懐かしいな」
赤いリボンに、白いカッターシャツ。もんぺのようなズボンに貼られた昔の私の護符。
一見すればオーバーオールの様なズボンだが、特徴的なのは色。
真っ赤な赤色に染まった、現代では到底外で着ることの出来ない派手な色。
「…袴だったって言っても信じて貰えんだろうな」
「スーツと現代服から、そろそろ卒業か」
「スーツなんかは手入れしなくてもシワだけで、汚れが目立たないから便利…だなんて言ったら、叱られるから口が裂けても言えないが……」
準備、準備、とにかく準備。仕事の引退、羂索の計画把握、じいさんの葬式…討伐任務に書類整理、乙骨に体調も聞いとくか…海外任務中だし。
「……」
「羂索、確かにいい暇つぶしになってるよ」
「どんな計画を立ててるのかは知らないが…ーー」
服を眺めながら物思いに耽っていると…。
携帯の着信音、それも通話が掛かってきた。
「……」
知らないアドレス、だが予感はする。
《…あ〜…もしもし》
《もしもし、久しぶりだね…妹紅》
聞こえてきたのは、懐かしいあの夏の声。記憶に真新しい、怪物になった男の声だ。
《……》
《羂索、お前何を隠している?》
《ありゃ、私だって分かるか…流石にだね…それと隠してるって事は無いよ、君に渡せるヒントは全て与え終えたから推理してご覧……まっ、あの子を招待したのは私だけど》
《はぁ…これも暇つぶしか……
《話が早いね》
《…見たことないものを見たい、面白いと思ったことが本当に面白いか確かめたい、それがお前の生き方、お前にとっての【生きる】だったな》
《あぁ》
《励めよ、私にも……あの時の夜空を見せてくれ》
《…もう……本当に君は面白いんだから》
《始めるよ、妹紅》
《廻る呪い、その始まりだ》