視線を逸らし、背景に紛れる結界を身体に施してから空を飛ぶ。
鳥のように空を飛ぶ、というよりは空をぶっ飛んでいる方が近い。
私の炎は術式では無く、呪力特性だからだ。翼の形をとってはいるけれどな。
その『炎』を利用して、無限の呪力から放たれる推進力……まぁ、つまりはジェット戦闘機みたいに飛んでいる、全力を出せば際限なく速度は上がっていくが、それは理論値であり限界はちゃんとあるぞ。
呪力の放出速度と肉体の限界、それを迎えればそれ以上の加速は出来ないが……そうなる頃には、速度はおよそ時速6000kmかな…?測ってはいないけれど、多分マッハ5位は出てると思う……本当に多分だけど。
呪力強化、領域展延、縛りをフル活用しなきゃダメだけどな、それと原理的には物理に従ってるから術式で無茶苦茶な事やってる奴らのようにはいかない。
「よっと」
GooleGooleMAPで確認した地点に降り立つ、大分森の深部に立ってるんだな諏訪大社……こんな山の中だからこそ戦火に襲われず結構長い歴史を持つ神社だが…。
「…残穢は特に無し、伏黒の依頼内容は…『諏訪大社近辺で発生した異常の調査』か」
失踪の発見までのタイムリミットは3日、なんて甘い話はこの世界には無い。一分一秒でも早い発見と救助が必要になる。
「それでもまずは……聞き込みか、伏黒も調査の為に周辺嗅ぎまわってるだろうし」
結界を解除して、丁度子供におみくじを引かせている巫女さんに声をかけようと足を運ぶ。
「……あしまった、格好変えずに来ちゃった…まぁ、神社だから紅白カラーは違和感ないし大丈夫だろ……」
「……」
「……!!」
「店員さんに声を掛けられてたのってそゆことか!?しまったボンヤリし過ぎ……ーーぁぐッ!?」
境内に足を踏み入れた瞬間。
視界が、真っ暗になった。
「ぅぐぁ………なんだ…ビックリさせやがって…」
「……違う、暗くなったんじゃない…これは…!」
目が溶けている…?そうか溶けているのか。
「手も…チッ…足もか!」
伝わってくる感覚が無い、『無い』という事は失ったという事。
空間そのものが襲いかかっている様に思えるが、流石にそんな無茶苦茶な結界も術式も無い、つまり種はある。
「
身体全てを吹き飛ばして解決しなければ、強行突破するしかないが……どうだ?
「……」
「……ふぅ」
肉体が復活すると、今度はどこも溶けてなくならない。何かに喰い襲われることもない。
炎により飛び散った燃えかすを見ていると、その黒ずんな燃えカスのようなものが、うごめき森の中へ逃げていった。
そして、私は今の妙なものを知っている。
「…とんでもない穢れだな……私じゃなきゃ一瞬で魂を取り殺されてる、呪力の密度が高過ぎて呪いそのものが形を得ているなんて平安以来だぞ」
『穢れ』
よく呪力の残穢だとか、穢れが残っているだとか呪術の世界だと御用達のこの言葉だが、平安ではその様な生易しいものでは無い。
そこに在るだけで人を呪い穢れ殺す最悪の権現、神の領域に踏み込む怪異現象だ。
「不味いな…伏黒が無事か怪しい、最低でも今の穢れに引っ付かれたら伏黒だと絶対に死んでる」
そもそもここはどこだ?視界が復活したから確認できたが、さっきの諏訪大社とは打って変わって、荒廃が進み過ぎているな。ここは既に別の場所だ。
「結界…?生得領域……でもない」
「……ちっ、凄まじい技術だ…!平安以上、更に遡って神の時代に近しい力量……あの輝夜付きの医者振りだな、こんなものを相手にするのは…」
ーーだが、舐めるな…!『医者』に邪魔されない様にあれからどれだけ鍛錬を積んだと思っている…!!
「昔の様なゴリ押しじゃないぞ…!待ってろ伏黒」
手を神社の石畳へと付ける。
私なりの、私だけが述べれる呪詞、私だからこそ意味を持つ言葉。
「一度手をだしゃ、大人になれぬ」
「二度手をだしゃ、病苦も忘れる」
「三度手をだしゃ、
「産まれて生きて、後の祭り、一方通行の丑三つ時」
本来、呪術師に求められるものは効率である。
必要なものを必要でないものを削って手に入れる、それは手間や費用対効果、どこまで行っても現実に付き従ったもの。
それには呪詞も含まれるが、妹紅が唱えるこの言葉はその動作から省略されたものでは無い。省いたものを取り戻しているのではなく、付け加えている。
「燃え盛れッ!」
藤原妹紅の魂には蓄積されているものがある、年々増大し、見るものの目を焼く不死の呪い。
その呪いに蓄積された、己の『人生』の軌跡。
魂はソレによって更に燃え上がり、勢いを増す。人生の輝きに呼応する様に火力を上げるのだ。
妹紅の唱える呪詞は、呪詞であり呪詞で無い。己に捧げる祝詞である。
ただ、その『旅路』を思い出し、輝きを焚べているだけ。
「火の鳥!鳳翼天翔ッ!!」
■
「あ〜その、ここら辺で神隠しの噂があってですね…ーーどこだここ」
「……」
「っ…生得領域か…!?」
遠征任務、長野の諏訪大社周辺の異常調査…楽な任務だが気は抜いていなかった筈。
聞き取り調査を進め、次だ次だと本丸諏訪大社に足を運び、そして受付をしていた巫女に話を聞こうかと事情を話そうとしていた。
けれど気づけばいつの間にか、全く違う景色が広がる場所に迷い込んでいたのだ。
「…さっき話していた…受付の人も消えている、呪霊の気配は無い…残穢も無し、人の気配も無い」
これ程巨大な領域なら、最低でも特級クラスはある……が…。
「なんだろうが、今死んでいないならまだ戻れる」
「遊んでんだか知らねぇが……脱兎!」
開けた場所は脱兎に探索させるのが1番効率がいい、どうやって俺がここに入ってきたか分からない以上、外へ繋がる場所を見つけないと話にならない。
「…頼む、複数体は帰ってこいよ…!」
本体を抱えながら見つめるのは、目の前の社。
ボロボロ、と言える程ではない。手入れも行き届いているが…寂れている。
「……」
入るか?いや、そんなリスクをとる必要は無い。でも依頼内容にあった異変には、『神隠し』と『不吉な呪い話』…。
神隠しの方は数日で帰ってきた、不吉な呪い話も噂をすればカエルの声が背後から聞こえてくるというだけ、だけど今いるこの場所と結び付けるのは簡単。
………俺だけで解決できる事案じゃないな、この社含め、祓うのは五条さんに任せるレベルだぞ、コレは。
「きゃーー!?」
任務の裏にある意図を考えつつ…。
後ずさり、気配を消していた時の事だ。
「っ!!人の悲鳴!?」
目の前の社から、人の悲鳴が聞こえた。
こんな領域に生きている人間が居ることが不思議でならないが…。
「……あ〜クソっ!行くしかねぇ!!」
脳裏に映る
「脱兎!戻れ……蟆ッ!!」
人影が映る襖の向こうへと、蟆の舌を貫き貼り付けてワイヤーの様に使い飛び蹴りを入れる伏黒。
一回転して声のする方へ向き直って、最初に視界に入ったのは…ーー。
「あー!?可愛いうさぎさんが消えちゃった!?!?…ってぎょわーー!?」
「あ、貴方誰ですか!道場破り!?妖怪襖破き!?ウチの神社に何用でございましょうーー!?!?」
慌てふためきながらファイティングポーズを取る、緑髪の少女であった。
「うちの……神社…?一体どういう…」
「え゛」
「それよりアンタ!ここはヤバい、早く逃げるぞ!!」
「ヤバい場所っていいました!? ちーがーいーまーすっ!ここは守矢神社!私が暮らしている家なんですけど!?」
「…何馬鹿な事言ってんだ」
「ばっ…何なんですか貴方!さっきから人の家に不法侵入するわ人の家をヤバい呼ばわりだわ、仕舞いにはバカって!バカってなんですかバカって!バカって言う方がバカなんですよばーかばーか!!」
「…チっ…今は巫山戯てる場合じゃーー」
ーー悪寒。
目の前の少女に手を伸ばそうとした瞬間に……感じた悪寒。
両面宿儺とはまた別種の恐怖が全身を襲う、吐いてしまいそうだ、呪いにこれだけ近く身を置いて来たのに耐えられない程の悪寒。
どんな呪霊とも比べ物に…いや、『比べられない』気持ち悪さ、怨念、憎悪、穢れ……全てが渾然一体のカオスが感情をぐちゃぐちゃに引っ掻き回している。
「ぐッ……が……なん……」
「うわっと!?だ、大丈夫ですか不審者さん!?急にどうしました…?」
「お前の…仕業じゃ…!ぅ゛……ぁぁ゛……」
止まらない、死にたい。怖い、泣きたい、苦しい。
感情が湧き出る恐怖と異物感に追いつかない、呪力で震える身体を強化しても一切変わらない苦しみが襲う。
ーー無駄だよ
だって、君に起きている事は呪いそのものなんだから
……子供の声…?
まずは、その紛い物のカエルを引っ込めて
そして、早苗にうさぎを見せてあげて
そしたら…襖を壊した事は許してあげる
「……だ…れ…………だ」
ほら、早く
従うしか無かった、印を結び、脱兎を出す。
するとさっきまでの恐怖は、嘘のように消え去っていき…ほんの少し、落ち着きを取り戻す。
「ふぅ゛っ……は゛ぁっ……ぁぁ゛………誰だ…!今誰が…早苗…って、アンタの名前か……」
「……え?」
クソっ…考えろ……知能は高かった……なら憑依型か?乙骨先輩の様に目の前のコイツに引っ付いてると考えた方が……。
「ま、待って下さい…」
「……なんだ」
「もしかしなくても、貴方…聞こえてるんですか…!?」
「…さっきの奴の声か?まぁ…聞こえてはいたが…」
早苗、と称された少女がその言葉を聞くと…目をうるうるとさせて、感極まった表情で伏黒の手をとって……。
「初めてっ……!初めて私と一緒の人に……!うぅ…ぐすっ…」
「不審者さん!自己紹介をさせて下さい!!」
「私は東風谷早苗!風祝の早苗です!とっくに絶え果てた筈の現人神の末裔……らしくて、この神社の神様と一緒に生活しています!」
「そして、神様の声が聞こえたという事は貴方も末裔ということっ!!よろしくお願いしますね!不審者さん!」
ブンブンと両腕を掴んで振る少女のまっすぐでキラキラとした目が、伏黒を貫いていた。
「……なん…なんだよ…本当に……後…不審者じゃなくて……伏黒だ」