2018年 7月
西東京市 英集少年院運動場上空にて
特級仮想怨霊の受胎を非術師が視認。
同時に未登録の呪霊が出没
少年院内で17名の死亡が確認された。
緊急事態のため高専1年生3名と高専教師1名が派遣され
その内1名が死亡 1名が行方不明となる。
■
黒塗りの車の前で、書類の束を持つ伊地知。
補助監督官の1人である彼のその収集能力はある程度他の監督官より高い。
だからこそ、この前例の無い特殊な事例に冷や汗を垂らしつつも現状の情報をまとめきった資料を用意できた。
その内容を高専の学生3人と高専教師、七海へと解説する。
「虎杖君、釘崎君、伏黒君の依頼は救助活動です、我々の”窓”が呪胎を確認したのが3時間程前、避難誘導9割の時点で現場の判断により施設を閉鎖しました、任務内容は受刑在院者が居た第二宿舎に5名の在院者が呪胎と共に取り残されている為、その救助」
「今回の任務は非常に危険なものとなっています、呪胎型で更に一般人でも認識出来るほどの呪胎、産まれ落ちれば特級以上はあるでしょう」
「そしてその上に最悪の事態も重なってしまいました、恐らく未登録の1級から特級程の呪霊が引き合わされるように少年院へ出没」
「呪胎の生得領域を巻き込み広げながら移動中ですが現在位置不明、知性持ちかどうかも不明です、その祓除が七海さんの依頼ですね」
「出現呪霊、伊地知君の見解は?」
「概ね9割の確率で特級かと、ですが検死を行ってもらい、その殺害方法から判断すると、知性を有している確率は低いですね」
「…ふむ」
「それでも、もしかすると最悪の場合特級呪霊2体の同時祓除になるかと思われます、残りの詳細は渡した資料に……くれぐれもお気を付け下さい、七海さん」
先に到着していた高専の学生3人に目を向けながら思考する。
どう考えても1年生に務まる任務では無い、2年次の私ですら最高2級案件程度が回ってくる。
更に1人は呪術師に成り立て、伏黒君もまだ2級。
対する任務は生得領域を有する呪胎と推定特級1体を掻い潜っての5名の生死確認。
「五条さんは」
「同時に遠方任務で出張されています」
「…妹紅さんは?」
「……朝にアメリカの海外任務へ、現在は任務を終えて太平洋を横断途中との事」
無茶苦茶な話が耳に入るが、それは一旦置いておいて……やはりこの任務、虎杖君を死なすためだけに仕向けられた任務ですね…。
特級呪物両面宿儺の指を飲み込んだ少年、虎杖悠仁。上層部は即時死刑宣告の一点張りだったらしいが、妹紅さんがそれを変えさせた。ただそれに加え、新しく転入してきたと風の噂で聞いた少女も妹紅さんの介入があったらしい。
上層部もこれだけやられて、ただで済ませるには行かないことでしょう。私が呼び出された理由もわかります。
推定特級呪霊が確認された任務で、2級最高値の1年生3人だけを派遣するというのはあまりにも整合性が取れない、故に1級最弱である私に白羽の矢が立ち、こうして同行させることにした…。
「伏黒君、釘崎君、虎杖君」
3人の目を見て話す。
「今回同行する1級術師の七海建人です、3人の情報は教えられていますので互いの詳しい自己紹介は省きます、ですが言っておく事を1つだけ」
「今回の任務、絶対に戦闘を行わないで下さい」
「3級、2級程度の呪霊も跋扈している事でしょう、ですがその程度の呪霊に構うよりも徘徊する特級呪霊と呪胎の変態後に出会わせた瞬間、命の保証は出来ません」
「最悪、救助活動も中断し帰ってきて下さい、以上です」
「「はい」」
「…っ…」
…やはり君は、顔を歪ませますか。
「虎杖君、これはお願いの域に過ぎません」
「ですが……覚えておいて下さい」
「この時点から既に、私含め4人で1つの命です…美徳では無く事実、虎杖君の一挙手一投足が全員の命に関わるとだけ」
「…はい!」
■
あの日からずっと考えてる。
考えない様にしていた筈だけど、どうしても脳裏にはチラつくんだ。
じいちゃんは出来る限り、自分の手の届く範囲で良いから人を助けろって言った。最後に俺が死ぬ時に、大勢の人間に囲まれて死ねって。
俺は生き様で後悔したくなかった、…今宿儺のせいで人が死んでるかもな
って凹んで俺には関係ねぇ、俺のせいじゃねぇって、言うつもりは無い。
そしてあの日、死ぬってのを味わって…。
俺は、どっちとも考える事無く、1番初めに思い浮かんだ事は『生きたい』って…心の底から願ったんだよ。
死ぬのは怖くない?正しい死?そんなもの1つも考えれなかった。
辛い、逃げたい、呪いと関わったから、指を拾ったから。そんな言い訳ばかりが頭に浮かぶ。自分がどうして、自分だけが、自分だけでも助かりたい。
『人を助ける』事も、『生き様で後悔したくない』事も、全部投げ出してがむしゃらに拳を振るってな。
誰かの死を考えられる程、俺は強くなくて、弱かったんだ。
「……」
遺体の前で、手を合わせて祈る。
「惨いな」
「あぁ、胸糞悪ぃ」
七海さんとは生得領域に入ってから散開し、単独で生得領域が拡大している方向へと向かっていった。
そして俺達は今、捜索リストの3人の遺体と向き合っている。
「なぁ伏黒、この遺体持ち帰るっつったら、怒る?」
「当たり前だ」
「…それはコイツが少年院に入ってるからか?それとも遺族の気持ちは知らねぇって事か?」
俺は、出来る限り人を助けて……。
人を、『正しい死』まで辿り着かせたかった。
理不尽に奪われて終わる生では無く。
大勢に囲まれて死ぬ、その時まで。
「残り2人の生存者捜索を優先するのと、今背負おうとしたソイツは2度の無免許運転で下校途中の女児を轢いてる……」
「……」
「分かってる、睨むな…はぁ、私情だよ……なぁ、虎杖、俺らが救う人間の中には、将来人を殺めるやつも出てくるってのは理解してるよな?」
「俺みたいにか?」
「…そうは言ってねぇ」
「可能性ならある、それでも伏黒は俺を救った」
俺は、いつか『正しい死』を追い求めて…。
大勢の人に、宿儺の力で…俺のせいで、大勢の命を…。
正しく無い死を、振りまくかもしれない。
理不尽な死を味わって、自分の弱さと見つめあった時だ。
俺は弱い、本当に弱い、ぱっと宿儺を取り込んで死んで終わり?
そんな悔いの無い死に方を、正しい死に方を出来るはずが無い。
俺がそう思えるって事は、伏黒だってそんな未来を考えてたと思う。
「何でだ?」
「……お前が、良い奴だったからだよ…理不尽に奪われるべきじゃない命だ、社会に法があって悪人が裁かれるように、呪術師は呪術を巡る因果応報の機関の一部だ」
「でも、その判断を付けるのも俺達である以上整合性はいつか崩れる、だからな虎杖」
「『私情』だ、分かったか?」
「……分かったよ」
…伏黒の言葉を全部が全部受け入れた訳じゃねぇ、なんなら今すぐにでも反論したい。
でも、受け止めれる。
それはあの日、家に帰ってもこねぇに聞いてみたい事を聞いたからで、俺はあの人に赤ん坊の時から世話になってるのに何一つ知らなかったからさ……。
取り敢えず、聞いてみたんだ。
『どうして、呪術師に…か』
『……』
『別にな、私は呪術師じゃない…ただの暇人が、暇つぶしに色んな事をしてるってだけだよ、趣味って言えばいいかな、自分の心に従って人を助けたりしてるだけ』
『それじゃ、宿儺の指が他の高校にあっても、俺じゃなかったら助けに行かなかったの?』
『あぁ、かもな』
『……っでも、それは…』
『悠仁、お前が今自分の中にある考えで迷ってる事は分かる、だから先にごめんなさいって言わせてくれ……呪術師であり、こんな私を見せたくは無かったけど…嘘をつきたくは無い』
『私にはそれ以上の理由も、理由であるものすら無い、暇だというのも言い訳だ…呪術師である以前に…私は人間として生きていない』
『生きていたいんだよ、でもそうじゃない私には何も無い、人としての道徳心も、常識も、人であり生命である基本的な部分を持っていて、理解していても私は私自身にそれを求めてはいない』
『だからな、そういう事は夜蛾さんとか伏黒とか伊吹の方が話し合えると思う、結局の所私は生きる事にも死ぬ事にも理由を求める事を、私が許してない』
『自己満足だ、自己満足だけが、それだけが私に残ってる最後の理由だよ、悠仁』
パンっ!と、手拍子が鳴った。
釘崎が呆れた表情で二人を見ていて、ため息をついて死亡者3人の遺品を拾い上げる。
「なぁ〜に男二人だけでイチャついてんだコラ、虎杖も遺品位にしとけよな」
「イチャついてるて…そんな話でも無かっただろ、…気遣いセンキュ、釘崎」
「はいはい、全く……紅一点の乙女差し置いてる時点で重罪だっての……ほら、行くぞ虎杖、伏黒!話し合ってる暇あったらさっさと…ーー」
振り返って元来た道へと戻ろうと足を踏み出した瞬間、目に入るのは壁。
さっきまであった筈の道が塞がっており、同時に…。
「うぉッ!!?」
釘崎の足元が沈み込む。
「「釘崎!?」」
急いで手を伸ばすが、あと一歩届かなかった。
すぐさま釘崎の隣に置いておいた筈の白い玉犬は何処だと伏黒が周囲を見渡すが何処にもいない。
虎杖は集中して、甚爾と伊吹の訓練によって身に付けた気配の察知法で釘崎の呪力の痕跡を掴もうとするが、生得領域内の散らばりすぎた残穢により失敗した。
「伏黒!釘崎を玉犬で……」
ポコン、と可愛らしい音が鳴るかのようにフサフサの重みある何かが虎杖の頭にぶつかり、ドサッ……と地面へと落下して…。
「ッ!!!」
生首になった玉犬を視界へと捉える。
「虎杖!!逃げるぞっ!!!」
「でも釘崎が…!!」
「探すのは後だ!!一旦離脱して…!」
ーー濃密な、死の予感。
「ンヒヒヒ」
嘲笑う声を出すのは…身体が硬直する程の圧を放つ目の前の呪霊。
唐突に出現したのは呪胎変態後。
伊地知さんの話通りならコイツは……!
(( 特級……!!! ))