柱が崩壊し、至る所に破壊の跡が残る生得領域内。
呪胎の肉体が転がる。
腕は千切られ、足は肉塊に、頭は潰されて全身を肉の塊へと変えた。
拳に滴る血を汚そうに振り払って蔑みの音を混ぜた声を与える。
「やはりお前、弱いな」
「我々共に、同じ特級に分類されるらしいが……俺と、お前がだぞ?」
紫の血を垂れ流すだけの肉の塊から返事は帰ってくる事は無く、そこへ宿儺は手を差し込んで、中から己の分霊、呪物と化している己の指を取り出して、飲み込んだ。
「ふむ、恐らくだがこれで…」
飲み込んだ瞬間、呪力量を取り戻す感覚と共に…術式の復元を実感した。生得領域の展開も元通りだろう。
「後は誰が干渉したかだな、見つけ次第殺したい所だが…」
バツンッ、と肉が断ち切られる音。事言わぬ肉塊が16分割。
切り分けられた肉が、崩壊していた建物の更に下へと落下していった。
暴力の集積。宿儺による暴虐は終わり、身体の支配権を持つ虎杖悠仁へと返事を求める。
「小僧」
「……」
「…はぁ、おい小僧…」
「………」
「…………!!!」
返事が無い、魂に感じる虎杖悠仁の気配は変わらないが…恐らく、呪霊との戦いで消耗しきったのか、今すぐ身体を奪い返す力が残っていない…のか?
未だコイツの謎は多い、だが……。
「ケヒ…」
伏黒恵、だったか。
「会いに行ってやるとするか」
足を踏み出し、残ったバラバラになった呪霊の死体を足蹴にする。愉快げに、楽しげに。心躍るように。自由を謳歌する様に。
その肉の最後の一欠片が落ちる瞬間、ハスキーなこの場に似つかない女声が響いた。
耳障りでいて、似た気配。ただし邪悪というよりも純粋。
「あー!!勿体なーい!」
「……」
落下する肉に飛びついて噛みつき、咀嚼し飲み込むその姿は人間では無い。だが呪霊でも無い。
「あーんッ!と、ん〜!おいし……くはないけど、妖力たっぷり!」
「お前…小僧の記憶で見た事があるな、何者だ?」
「ん〜?えっとね、私はルーミアっていうんだー…貴方に聞きたいことがあってきたの〜」
気の抜けた声に、気の抜ける態度だが…強いな。先程までは気配を感じぬ程に微弱な呪力だったというのに、呪霊の捕食を行ってからはその存在を強く肌に感じる。
捕食でそのような事を行える呪霊も呪詛師も経験には無い、未知の相手か。
興味深くはあるが、今優先すべき事でも無いな。
「…は〜ぁ、ダル………小娘、何の用だ?言ってみろ」
「私はね〜貴方を食べに来たの!でも、その前に聞かなきゃダメな事もあってねー…」
「……」
鼻で笑える戯言を真剣に受け止めさせるのは、その表情。
無表情気味の顔を笑顔に破顔させ、剥き出しの殺意と敵意を顕にし、それを相手に隠そうともしない純粋な捕食者としての立ち振る舞い。
振りかざされるあどけない笑顔から滲み出る邪悪。
似ている、ある種身の程を弁えているその姿勢。己の身の丈で生きる存在。
だからこそ、二の句を告げる頃には…。
「貴方、食べてもいい人類?」
「いいぞ、やってみろ」
先程の退屈は裏返っていた。
「あー…そうだ!美味しそうな人、呪術ってなーに?」
「……知らん筈があるまい、貴様のその術式、構築は違えど大元の稼働は呪力由来だ」
「え〜?私は妖力って言ってるんだけど……そっか、やっぱり外の世界は結構違うんだなー」
一歩一歩、歩む度に闇が広がっていく。
消失しようとしていた生得領域を飲み込み、ソレを外殻として自身の領域を広げ、周囲は全て暗闇へと。
「わは〜…あのね、さっき会ったおじさんは呪術の事知ってないと、ここじゃダメだよ、危険だよって教えてくれたんだけどさ」
「あのおじさんも、
全てが暗闇へと包み込まれ、光る赤い目だけが覗く空間。
麗らかな声とは打って変わって、裂けるほど見開かれた目が宿儺を見つめている。
「…ケヒッ、あぁ、そうだ…揃いも揃って呪術とは、呪いとはなんたるかを理解していない」
「へ〜…それじゃ、貴方はどうなのだー?『知ってるの』?」
「あぁ、教えてやろう」
「本物の呪術を」
一切の光が差し込まぬ暗闇の中で、指を添え掌印を組む。
その瞬間…呪術を使うものでは無く、呪いに生きる者、呪いで生きる者としての本能が告げた。
ーー濃密な死の予感を。
「領域展開」
風景が一変する。
骨が積まれた社、その暴虐と邪悪を表す生得領域。
「……」
呪いに生きる者は、心象を肉体という檻に閉じ込めてはいない。
その姿、在り方そのものが常に領域展開と同じ、『妖怪』としての在り方を表す。
鬼であれば、その肉体に角が生え怪力を有し、伝承にもある様々な能力を有する様になる。化け狸であれば変化等が、一律として妖怪は呪いの最適化と進化を繰り返し辿り着いた存在だ。
『心』という不定形なものを燃料源とする『呪力』。
その進化の先は、不定形であった筈の『心』が姿形を歪め、その呪力…妖力ともいえるものを生きる糧とする。
それ故に肉体に縛られていた筈の心は形を持ちながらも表象された。肉体の欠損に意味は無く、『心』と『呪い』が生命線。生得領域そのものが形を持った存在。
「…ーー闇符」
初めての経験、他人の
拒絶と殺意を以て、それは発動される。
「ディマーケイション」
「伏魔御廚子」
■
「釘崎!」
頼む、無事でいてくれと願い続けて走っていた。
そして漸く、道のその先に呪霊に足を掴まれ宙ぶらりんになっていた釘崎を見つける。
「伏黒!?虎杖は!?」
「後で話す!今はソイツを祓う、合わせろ!」
「ッ、OK!」
「鵺…!」
背後の影から飛び出した鵺が電撃と共に釘崎を捕まえている呪霊に突撃し、的確に腕を狙っての攻撃は釘崎をその手から解放させる。
拘束から解放され、落下する瞬間に金槌を振り被り、真っ逆さまの中でも大切に抱えていた釘2発を全力で呪霊の頭へと叩き込む。
肉に突き刺さる音と共に呪霊の絶叫が鳴り響いた。釘崎の恨みと呪いがしっかりと込められた釘が目に突き刺さると、背後から鵺がその命を奪い祓いきる。
連携の良さが光る一方、釘崎は現在落下中。
「うぉおわぁぁ!!?伏黒ー!着地任せたーー!」
「任せ…ーーうぉッっ!?」
そして一歩踏み出そうとする伏黒の足場も突如消えてなくなった。
空中に放り出された2人を鵺が回収し、滑空しながらこちらへ走ってきている黒塗りの車へと向かう。
「はぁぁ!?えぇぇ!!!?」
「ッ、クソッ!生得領域が消えた…!!」
嘘だろ、こんなに早く決着が付いたのか!?仮にも相手をさせたのは特級呪霊だぞ…!数分も持たねぇなんて想定してねぇよ!
伊地知さんも異変に気付いてくれた、最低1級術師…いや……。
「七海さん…!!鵺!降ろしたら七海さんを辺りに居ないか探せ!」
地面へと降りていの一番に傷だらけの釘崎を車の中へと突っ込み、鵺に周囲を確認させる。
呪胎の変態後が祓われたのはいい、どれだけ早くとも一応想定内だ。
だが七海さんと未登録の呪霊の姿が……無い、鵺の目で捉えられれば良いが……。
「…クー」
「居たか?」
「……」
「呪霊は」
「キュー…」
どちらともに否定の意志を伝える首振り、判断は素早くつけろと教わった。
「釘崎、虎杖が宿儺に代わってる、だから伊地知さん!今は逃げて最低でも1級術師を連れて戻ってきてくれませんか!」
「分かりました!直ぐに取り合ってきます……伏黒君は?」
「俺は残ります、連絡、経過報告役として」
「……七海さんは」
「今はまだ目視の確認はできていません」
「了解です、釘崎さんの怪我も大事になりそうな箇所はなさそうですね…急ぎます!!」
それを聞いた釘崎の反抗の声を前にして、尚も伊地知が車を発進させる。自己犠牲などではなく、確かにこの現状では連絡役が必要であり互いの役目として、この場を任せる。
振り向いて孤児院と見つめ合い、視界に入ってくるのは巨大な黒い球体。
五条に見せてもらった事がある領域展開、それとはまた違う雰囲気を醸し出してはいるが、高度すぎて理解できない結界術でもある。
あれを打ち破るすべは摩虚羅以外には無い、宿儺をなんとかったって、俺じゃ力不足がすぎる……。
「……っ」
「戻ってこいよ…!虎杖…」
「小僧は戻らんぞ」
「……!?」
風景が流転する。宙を飛び、首元に走る強い衝撃が投げられた事を理解させる。
孤児院の屋上よりも高く投げ捨てられ、咄嗟に鵺を出し屋上へと着地するが……その目の前には宿儺が佇んでいた。
「わはー…負けちゃったー」
宿儺…!!
そ…れと、掴まれてんのは…誰だ…?てか『何』だ?
黒いヘドロ…。
「私達と同じような事出来る人、初めて見た……あ〜あ、帰らないと」
「それじゃ、またね〜お
黒いボロきれから響く声も、溶けだすと聞こえなくなる。
溶けだした後からは、粉微塵に切り刻まれた人間の肉体らしき何か。
ドロドロと流れ出す黒いヘドロを地面へと投げ捨ててから、愉悦に顔を染めて伏黒の方を見た。
「今、俺は気分が良い」
「…虎杖は……」
「俺を利用しようとしたツケだな、どうやら代わるのに手こずっているらしい…まぁ、時間の問題だろうがな」
「……」
掌印を構え、十種影法術の発動を準備する。虎杖が命を懸けて俺達を助けた、なら虎杖が戻るまでの時間稼ぎを命を掛けて行う。
覚悟を決めろ…!
「だからな、俺が今出来ることを考えた」
胸に指を当て位置を調節し、勢いを付けて振りかざす。
伏黒が驚愕する表情を浮かべる事も当たり前で……宿儺が己の手で抉り出したのは、己の心臓。
「小僧を人質にとる」
見せつけるように宿儺の掌に乗せられた心臓、だがその脅しを…。
「…はっ、虎杖は戻ってくる その結果自分が死んでもな、そういう奴だ」
一蹴する。
自分がどうなったとしても、アイツはその選択肢を選ぶ奴だ。
「買い被り過ぎだ、コイツは他の人間より多少頑固で鈍いだけだぞ?先刻もな…今際の際で脅えに脅え ゴチャゴチャと御託を並べていた」
「断言してやろう、奴に自死する度胸はない」
「……」
考えろ、戻ってきて待ってるのが死だとしても、虎杖は戻ってくる。
だけど死なせたくねぇ、俺はアイツに生きていて欲しい。
傷が治ってる、治癒…反転術式が使えるのか…!だが宿儺は受肉している関係上、心臓なしで活動出来るとはいえダメージはあるはずだ。虎杖が戻る前に心臓を治させれば…。
心臓を欠いた体では 俺に勝てないと思わせるんだ。
呪力は全身を使って巡らせるモノ、心臓を無くせばそれ相応に呪力操作は乱れ、弱体化する…が…。
…勝てんのか?特級の前で身動き1つ取れなかった俺が…。
ーー違う。
「やるしかねぇんだよ…!!」
「いいぞ、かかってこい」
「鵺!」
式神である鵺を空へ迂回させ、隙を伺わせる。
呪力を拳に纏わせて、 徒手空拳を宿儺へ組みにいく伏黒。
宿儺にとっても常識外の行動、愉快げに表情を変え、殴り合いにわざわざ付き合う。
それでも力の差は歴然であり、近接戦闘能力も、技術もパワーも上回られている伏黒に勝ちの目は無い。当然、宿儺が優位に立つ。式神の攻撃も交わし、拳は当たらない。
パワーもスピードも段違い、掌底が腹へと突き刺さる。
「ガほっ…」
「ほら、頑張れ頑張れ」
「ぐッ…大蛇゛っ!!」
普段の手持ちの中でも切り札である大蛇を宿儺の足元から出現させた。
噛みつかせ拘束し、そこに鵺の電撃を浴びせる。
が。
「せっかくの外だ、広く使おう」
当然の様に無傷。認識すら出来ない速さで背中を掴まれた。
再びその身を空中へと放り出される。
「っーー〜鵺ッ!」
「思考が硬い、良い術式だが宝の持ち腐れだな」
抵抗する間もなく更なる追撃を加えられる、鵺でガードを挟むがただの拳一発で破壊寸前までのダメージを与えられてしまった。
そのまま地面へと叩き落とされ、受身を取れることも出来ずに孤児院の壁に激突。
「……ぅ…ぐッ…」
ダメだ、やはり勝てない。大蛇は破壊された、鵺は現状復帰不可、手持ちに宿儺を脅かせる火力は無い。
使うしかないのか…?
「ふむ、解せんな」
「…な…にが、だ…」
「どうしてここで、そこまで命を張る?」
「…虎杖が、戻ってくると信じてるからな」
「ならばどうして、小僧を残してあの時は逃げた?命を掛けるほどの相手を残して、何故?」
「……ーー」
『恵』
『私はね… 誰かを呪う暇があったら、大切な人のことを考えていたいの』
「……」
結局、覚悟が足りてないってことか。
呪いを祓う、意義を求めるな、救え。
「まぁよい、心臓を戻そうと躍起になってるのはいいが…あまり退屈させ…ーー」
俺達は歯車で、ただ…呪いを祓い続ける。
だから避けて通れない事だってあるさ。
それでも俺は、不平等に人を助けるだけだ。
「ククッ…ハハハ、そうか、これからか」
「お前が魅せるのは、これからか!伏黒恵ッ!」
「布瑠部…ーー」
調伏の儀が始まる。
その、寸前。
「ーー…………ん」
遠くから緑の閃光が飛んで来る。
「…は!?いや、この気配…!!?」
「……ーーい!」
「……なんだ?」
「伏黒さーーん!!」
奇跡の巫女 現着。
■
早苗が高専を飛び出していった頃。
天元の空性結界に、『亀裂』が開いていた。
「
麗しい顔に、美しい身体。端整な見た目をした西洋の服を纏う麗人。
情熱を煽る見た目だが、声はどこまで行っても冷たい。
「…崩壊自体は避けられないと」
「ええ、ですが私が望む混沌はそこまで思い悩む必要はありません、それこそ生態系の変化、人類の進歩の一部分とも言える」
「問題は…」
「愉悦故に全てを弄ぶ人間と、妄執に囚われた不死者です」
冷酷に、ただひたすらに冷酷に。
楽園の管理者、己の楽園が全てである存在は暗く策略を張り巡らせ続ける。