『なんだ、お前迷子だったのか?仕方ないな〜アタイがちゃんと案内してあげる!』
『チルノちゃんダメだよぉ……絶対に人里の人じゃ無いってば…』
『でも怪我してるし、このまま帰らせたら死んじゃうかもしれない!』
『う、うぅ…そうかもしれないけど…』
「……」
「チルノさん、応急手当感謝します」
「んー?ふふーん、別にいいぞ!手下の面倒を見るのもアタイの役目だからな!」
「手下…」
私は、どうやら未知の世界へとあの呪霊に引きずり込まれたようだ。そもそも言語が通じるか、意思疎通が取れるか、敵対はしていないか…と警戒していたのもつかの間。
彼女、チルノと呼ばれている少女が術式……らしき何かを発動して、氷で私の傷を塞いでくれた。それからはずっと子分と呼ばれている。
だが彼女と、彼女に付き添っている少女の善性は……恐らく疑わなくてもいい……のかどうかは、まだ判断しきれていない。
「私は七海建人と言います、貴方達は私が何者か、私は貴方達が何者かを知りません……まずは自己紹介をして、私が貴方達に害を与え…ーー」
「ななみけんと……む、むむむ…手下!今からお前はナナミンだ」
「ーー…」
「分かったら返事をしろー!」
「チルノちゃんっ!ちょ、ちょっとこっち!こっちに来て待ってて!!」
「お、おぉ?どうしたんだ大ちゃん…」
大ちゃん、と呼ばれる少女がチルノさんの腕を掴んで向こう側へと行ってしまった。
…本当に麗らかな少女にしか見えない。そんな少女が呪力を自覚して、術式を使用しているのか?
「…ななみけんとさん、貴方の言う通り…自己紹介をして、チルノちゃんを危ない目に合わせない人だって証明して下さい…!」
「えぇ、分かりました」
それから少しの間会話を交わして……彼女達が、本当に優しい子だというのを分かってしまう。
危機的状況であるのには変わりないが、こんな子供達に拾われたのを幸運というべきか…。ともかく、ある程度は分かったこともあります。
ーー別世界。
本当にここは別の世界であるという事、彼女達は妖精と呼ばれる種族であり、私が話した現実世界の常識はこの世界に殆ど通じなかった。
呪霊の存在も知らない、自然の化身であり、そしてここは現世とは隔離された世界…。
不思議なものだ、呪術という特異な世界に居たせいか…何となく受け入れられる。
「よ、良かったぁ…ななみさん…は、外来人だったんですね」
「外来人…?」
「時々、ここには外の世界から迷い込んでくる人も居るって教わってて…そういう人達を見つけたら1度人里に案内してくれって言われてるんです、その呪術?だったり、呪霊や呪術師…っていうのは初めて聞きますけど…」
…迷い込んでくる……いや、私はあの呪霊に…。
「……」
「えっと、ななみさんはどうしてここへ?」
「私は……ーー私は、山登りをしている最中に滑落してしまいまして、気づけばここに」
「だからそんな怪我を……」
心がジクリと痛む。嘘をつくのも久しぶりだ、しかもこんな子供に。
「おーーい!話し終わったかー?」
「あ、チルノちゃ〜ん!もう終わったよー!ごめんね、仲間外れにしちゃって…」
「大丈夫!大ちゃんがアタイの為に働いてくれたんでしょ?友達の働きは邪魔しないのも親友の役目だもん」
…本当にしっかりしている2人ですね、危機管理能力も大ちゃんさんが気を張っていますし、チルノさんは見知らぬ人にここまでする義理も無いでしょうに…。
「それでは改めて、私は七海……ーーナナミン、子分として宜しくお願いします」
「おう!任せろー!」
■
足が軽い。
身体が軽い、抉られた脇腹や刺された腹部、先程の戦闘の怪我はまだ傷んでいる筈なのに、気分が軽い。チルノさんに止血して貰ったからだろうか?
重苦しく息を吸って吐く、それだけで心を疲労させ、身体を傷つけていた、それが……。
「……」
心が、軽い。
「ここは、本当に澄んだ場所ですね」
湖から離れ、飛べるであろう2人が私に合わせて歩いてくれて数十分、人が居る場所へと案内してくれている。
「私達妖精は、基本的にこんな風に綺麗な自然の場所でしか生きられませんので……妖精が居る場所は、こんな感じなんです」
「ま〜アタイとっておきの場所には敵わないけどな!」
…しかし、色々憂いも考える事も多い、五条さんか伊地知君になんとか無事だと連絡をつけなければならない。それにあの呪霊の正体が、恐らくはこの世界からやってきた存在である事。
彼女の影に覆われてここへ放り出された、何が目的かは分からないが…その詳細な情報も持ち帰えらなければならない、それに…。
「………」
鉈も上着も、サングラスも向こうへ置き去りにしてしまっている。
遺品として燃やされでもしたらと考えると、胃が痛くなってきた。
「大妖精さん、外来人が元の世界へ帰還するといった事例は今までにもありましたか?」
「あんまり詳しくは知らないんですけど…ちゃんと帰れた方はいると思いますよ、それにここへ永住を決めた人も居ますし」
「……永住ですか」
「ナナミンはアタイの子分だから勝手に帰っちゃダメだぞ、アタイのちゃーんと話してからだ」
「…ふふっ…えぇ、勿論…ーー」
ーー思わず手を口に当てた。
「んー?どうかしたのか?」
「…ぁ、い…え、特に何も、申し訳ない」
「うーん…お前、ずーっと仏像みたいにカタブツな顔してるから、さっきみたいにもっと笑った方が良いと思うぞ」
「…そうですかね」
「アタイがそうっていったらそう!大ちゃんもそう思うよな!」
「へ!?え、う、うん」
…少し、気をつけなければ、余り絆されすぎるのも良くない。幾ら善良であってもここは既に私の常識が通用しない場だ。
何が起因して命を失うかも分からない状況で……ーー。
「……!」
「大妖精さん、あれは?」
視線の先、何か白くて丸いものがふよふよと漂っている。
そのままこちらへと向かってくるので、軽く拳を握り締めた。
「あれは…毛玉ちゃんですね、妖精の1種ですよ」
「あれも妖精なんですか…」
「基本、私達妖精は四季によって活動してる時間も違うんですけど…毛玉ちゃんは何時でもあんな感じです、人に対して話せたりは出来ないんですが…」
「……」
少し間抜けな顔が付いた白い毛玉、それが目の前までやってきて…ぽすん、と手の平に落ちる。
「あれ、なんだかぐったりしちゃってる…」
「ほんとだ、おい毛玉!何かあったのか?」
返事は無く、ただ細かく震えるだけの毛玉を優しく両手で支え……そして、感じた気配の方向へと視線を戻す。
それはいつも感じている気配、いつも通りの気分に戻らされるもの。
「……ヒッ…ひっ…ヒッ…ヒッヒッヒッヒッヒ…」
「な、なんだアイツ…!?」
森の木々の隙間から見え隠れする、おぞましい見た目をした呪いの集合体。
「ひじょ、ひひじょ」
「呪霊…」
「ひじょ、う……おで、ぐちは、こちらですすすす!!!」
七海、では無くそれより幼い2人の姿を認識した呪霊が、ニタリと笑い走りかかってくる。
呪霊が近づけば近づく程、チルノと大妖精の2人は変調をきたした。
「うっ…」
「っ、何…これ…!」
「…どうやら、お二人方には悪影響を及ぼす様ですね、2人は私の後ろに」
そのまま猛突進してくる呪霊に対し、拳を構える。
3級程度、鉈は必要無い。
常に冷静に、今考える事は2人の安全のみ。
「ひじょ、ひじょ、う!おで…ーー」
「ふんッ!」
呪力を纏う拳は見事呪霊の頭を打ち砕き、爆発四散するレベルで粉砕する。拳の勢いのまま奥にあった木にまで風圧で傷がついた。そのまま膝を崩して祓われていくが…。
「…」
違和感。
あの程度の呪霊を仕留める為に使った力は1割程度、出力も変えていない…が、余りにも結果が違いすぎる。
こんな事を行うには最低でも5割程度だ、私が強くなっている…訳でも無い。
「…お二人共、大事はありませんか?」
「だ、大丈夫です」
「くそぅ…アタイ最強なのに、あんな変な奴に…」
まさかここでも呪霊に出会すとは思いもしていなかったが……反応的に彼女達も初めての経験か、ならば私が連れ去られたと同様に、今の呪霊は自然発生したものではなさそうか。
「…だいぶ大きく体調を崩している様ですね、大妖精さんは…背負う方が良さそうです、失礼しますよ」
「へ!?」
毛玉…さん、を胸ポケットに添えさせて貰って、彼女を背負う。
自然の化身である為に、破壊者である人間の呪いに悪影響を受けてしまっているんでしょう。
経験はある、一般人が呪霊に取り憑かれて体調を崩している様なものだ、それがより顕著に現れてしまっていた。
「あわわわ…!」
「あー!大ちゃんだけ狡いぞー、ナナミン!私も運んでよ!」
「構いませんが、手が足りませんね…」
…仕方ない、前と後ろで持つしかないか。
まだ残穢も、呪霊の気配も強く残っている。ここに長居すると更に体調を悪くさせてしまうかもしれない。
「へぁ!?あ、ちょ…その!」
「申し訳ありません、ですがこの形でしか手段が無いので」
「それじゃアタイはおんぶだね、ちゃんと歩くんだぞ子分!」
「案内は宜しくお願いします、行きましょう」
「待って、待ってよチルノちゃん!ななみさんも…あの、その…!まってぇぇ!?」
■
「……」
木造建築の象徴である木の香り、踏み歩くと軋む床を通って『教室』へと足を運ぶ。
人里、彼女達に案内されて辿り着いた場所…最初に足止めを喰らってしまったが、今目の前に居る方の生徒だという事で私含めて通してもらった。
「なるほどな、それでここに来たのか…門番が騒いでた傷だらけ、血まみれの外来人がアンタだって訳だな」
「ええ、あの2人が言うには…寺子屋の知り合いに頼んだ方が良いと」
現代では数少なくなった寺子屋と言われる場所、江戸時代の庶民生活の基盤を教育してきた伝統ある塾だ。
ここまで来るのに街の様子はチラリと観察しておいたが……大体江戸初期の文明レベルだと思えば、唐突にテレビや携帯、使われていなかったが先進的な機材も置いてあったりした……廃材置き場に、ですが。
「あの2人を一応布団に寝かせておきましたが、あれで大丈夫ですか?」
「チルノと大妖精は妖精の中でも強いからな、すこし休めば元通りになるさ」
「…そうですか、良かったです」
教卓に軽く指を付け、ホッと胸を撫で下ろす。仮にも子供だ、それに第一発見者であり、親切にしてくれた方が無事で良かった。
「さて、あの2人を無事に届けてくれた事には感謝をするが……アンタはまだ身元不明の外来人、怪しまなきゃいけないから…取り敢えず自己紹介を頼もうか?……と、言ってもまずは私からだな」
「この人里で寺子屋にて教鞭を取らせてもらっている上白沢慧音だ、宜しく頼む」
握手を求められ、信頼の代わりとして握手を返す。
「七海建人です、こちらこそ宜しくお願い致します」
「…良い手だ、時に七海、貴方は教師とか…教鞭をとった事はあるか?」
「…?それは………えぇ、まぁ数度は」
「ふむ…… 丁度いいか… 七海、貴方が外来人である事を踏まえると、望みはやはり帰りたい、だとは思う…それも普段ならすぐ叶えられた事なんだが、今は少し事情があってだな……恐らくすぐに、とはいかないんだ」
…覚悟していた事だ、そもそも帰れるかどうかも怪しい世界で、帰れる事を知れただけでも本当に有難い。事情がどうあれ、ここまで辿り着けた事自体が行幸でもある。
「なら、私は…」
「あぁ、今の貴方は結構危機的な状況だ、ここへ来て住む場所も、お金も備えも無い、その傷も治さないといけないだろうし」
「…そうですね」
「そこで1つ、提案したい事がある」
「ここで、教師をしてみないか?」