「マミゾウの毛と~伊吹の血と、私の呪力をこねこね」
「ついでに悠仁の体組織に、過去に宿儺から掠めておいた呪具を触媒に魂の存在強度を高めてっと」
「最後に循環の流れに悠仁を括り付ければ…よし!これで悠仁が寝たら辿り着けるかな」
布団に反対向きに寝かせられた虎杖の背中には炎の血…妹紅が手首を切って描いた血炎の魔法陣が怪しく光っている。
当の本人は熟睡しており、特段不調は無いようだが…。
「うっわ…ドン引き……今更だがお主も魂の分野になると学者肌じゃのお……伊吹、見えておるか?このびっくりするほど禁忌だらけの外法呪術」
種類も見た目も性質も全く違う粘土同士を混ぜこぜにして一つの形にしているようなもの、『こちら側』の存在が見れば余りの醜悪さに吐き気を催す程だ。
「気持ち悪すぎて見てるだけで酒がまずくなるぞ…全く」
「まぁ暇な時間は文字通り腐るほどあったからな、自分の事…それも魂に関してはよく理解してる、今はこれだけ材料が揃っているし、やれることは多い」
「何言ってるかぜんっぜん分からん、帰っていいか?」
「まぁまぁ、多分…
「あ?」
地響きが店内に響き渡る、テーブルの上に置かれたコップからは水が零れ落ち、落下し割れる。ラーメンの器はひっくり返り、残っていたスープが床のシミへとなった。
店内にいた全員が、店外からの鋭い敵意と殺意を感じる。
咄嗟に呪具を握り締め、妹紅へと視線を流すと既に虎杖を背負って離脱の姿勢を見せていた。
「おい」
「向こう側と繋げたからな、感知された…悠仁に何か仕込んでおいて、自分達の事を探られるのは嫌ときたか」
地響きと殺意は次第に近くなってきており、このレベルとの相手をさせられると考えると死ぬほどだるい。
「ちっ…報酬は」
「金と命令権」
「…数分で撤退する」
妹紅に回収してもらっている游雲を、マミゾウから渡されていた格納呪具から取り出して、席を蹴り上げた。
窓をぶち破り、店の外に出ていち早く迫っている敵意、その遊撃者に対して迎撃の構えを行う。
最初の接敵は甚爾が担った。
落雷がごとく飛び込んでくる相手に対し、その蹴りの一発目を游雲で受けるが…その凄まじい威力をいなし切れず、店の後ろの畑へと両者もつれ込み墜落。
『游雲』が軋むという異常事態、警戒度を数段上げ向き合うは…。
「…コスプレか?」
「ーーははは、今のを受けきれますか、いや~困っちゃうなぁ」
「……は~ぁ、割に合わねぇなぁ…」
めんどくさい、殺さないでいれる自信もない。それでも『あの光景』が網膜の裏に映りこんでくる限り、あの言葉が心に呪いとしてある限り、身体が動いてしまう。
『恵をよろしくね』
「来いよ、チャイナ女」
「ええ、手合わせよろしくお願いします」
■
「マミゾウと伊吹は…」
「儂は逃げる、隠居先と会社丸ごとを霧隠れさせなきゃならん」
「一応襲撃の主犯とは協定結んでるから、後々手を出すなと言いつけておくよ」
「……幾つ厄ネタを持ち込めば気が済むんじゃ…はぁ、ほらゆくぞ、伊吹……伊吹ーー~!…伊吹?」
せっせと風呂敷に持ち物を詰め込んで、姿隠しの式を結ぼうとしていたマミゾウだが、先ほどまでべろべろに酔っていた伊吹の、その表情を見て固まる。
無言で立ち上がり、赤く火照った顔はそのまま鬼としての特徴である角を露出させる。今まで一切手を付けていなかったヒョウタンの蓋を開け、逆さにして飲み始めた。流れる滝のようにヒョウタンからは絶えることなく酒が出つづけており、そのすべてを飲み干して店の扉の方向へと向かっていく。
普段とは打って変わって、何も話さない伊吹に対して声をかけることを諦めマミゾウは姿を消す。
店の扉の奥、擦りガラスの向こう側に大きな影が差し込んだーーそして、肺に大きく息をためて…。
「懐かしい」
「今でも夢に見る、太古の記憶、友と飲み交わしたあの日を」
「だが、それは失われた幻想だ、あの日、あの時から…皆のために鬼の誇りを捨て、山を捨て、傷つき生き延びる道を選んだ優しいお前と…ずっと、会いたかった」
殺意の塊同士を隔てるのは、たった一枚の薄い扉だけ。
空間が歪んで見える風にも幻視する殺意のぶつけ合いは、伊吹が差出した拳によって火ぶたが切られた。
扉の向こうの影も、同じく握りこぶしを向かい合わせるように突き出す。間に挟まれる扉が悲鳴をあげ、建物が泣き出してしまいそうだった。
ーー影と拳が触れた瞬間、周囲の物がちぎれ飛ぶ。
「勇儀」
「…」
「再会がそんな偽の身体なのが残念で仕方がないが…」
「ーーやろっか」
幻想として失われたはずの『鬼』。
片や赤く天を貫く一本角、片や怒髪天を貫く二本角。
そして、鬼同士の勝敗を決めるのはいつだって…。
「…済まなかった、萃香」
「…」
「は?」
ーー喧嘩の筈、だった。
■
「…同郷か?『鬼』の事も調べなきゃな…」
甚爾は…あっちはあっちで凄いやり合ってるな、畑が消し飛びそうだ。にしても、こうも危害を加えに来るとは思いもしていなかった。一応羂索と手を組んでるんだよな…?
月の敵対者とやらはそれ程探られるのが嫌な『何か』を隠しているか……これすらも軽い警告でしかないかの2つ。
それとあの2人、鬼とカンフーの身体は『呪骸』か?あれに関して夜蛾さんは制作方法を何処にも漏らして無い筈だが……何処にでもワープして現れるあの女が相手じゃ何処から漏れてるか分からん。
こっちが悠仁を使って、あっちの世界へと干渉したと同時に…遡行して悠仁を基点に2人分呪骸へ降ろした、多分早苗の神降ろしに近い技法だと思うけど…。
「な〜んで、こんな遠回りしなくちゃいけなくなったんだ…全部羂索のせいだろ…はぁ…」
五条への電話も繋がらない、足止め受けてんのかな?空飛んで逃げ切れるかどうか……不死者を相手にしてやってくる事は大抵封印ばっかだ、羂索で学んだ。
捕まったらどんな目に合うかも分からん、だけど全速力で逃げると悠仁に負担がかかる…。
「…ん〜…お?あぁ、メールメール…伊地知からか、《未登録の呪霊総7体の発生を各地で確認》…うわぁ、入念過ぎだろ、こっわ」
《現在、3体同時に発生した未登録の呪霊に五条さんが派遣されています、場所は北海道札幌、冥冥さんは依頼により東京の千代田区呪霊、日下部さんは京都晴明神社で接敵、東堂君は任務受託拒否しました》
《埼玉で発生した未登録呪霊に対しては東京校の3人が対応に向かっています、伏黒君と釘崎君は高専待機中で早苗さんを押さえ付けているので、妹紅さんは沖縄にて確認された未登録呪霊の対応をお願いします》
伊地知から送られてきたメールには、相手側が好き勝手やってるのが読んで取れる。
「…今の一瞬で侵入され過ぎじゃないか?どうも向こう側は『仕組み』を全部理解してるくさいし…」
卑怯にも程があるぞ全く…今まで一切姿見せない徹底ぶりだったのに、急に動き始めたな…きな臭い。戦争でも起こす気?
…ん?なんか悠仁がモゾモゾ……。
「うぉ!?誰っ!?…ーーあれ?」
「起きちゃったか、どうだった?悠仁」
「…こ、こっちが現実だよね?」
「うむ、安心しろ」
「…なんか、パジャマ姿の女の人にデコピンされた」
「……????…な、七海は?」
「ナナミンは無事だったけど、話す前に…こう、なんつーか追い出された感じがする」
……本当に厄介だ、相手方の何の情報も無いっていうのは…。
羂索はこんな相手と協力してまで、何をしたいのか…何か必要なもんでもあったのか?…まぁ、計画に絶対必要な何かを交渉にでも出されたって所だろうけどな。
「って!これ今どんな状況!?」
「逃走中、悠仁を意図的に向こう側に送ったせいで怒られてるって感じ」
「怒られてるって…」
「ちょっと加速するから、ちゃんと背負われとけ」
「へ?ーーうぉぉッ!?!?」
どうしよっかなぁ……悠仁は表向き死亡中、京都校との姉妹交流戦までは秘匿しておかなきゃだし、先生をしてもらおうと思ってた七海は連れ去られてるし…。
完全に秘匿しながら指導教育できる人材なんか居たっけな〜…。
「…」
「私か」
よし、これからの方針も決まった。悠仁を鍛えまくって、向こう側へ送り込んだ後に全員ボコボコにして貰おう。
羂索にとっては悠仁は大切に育ててきた我が子以上の意味は無さそうだが、相手側は計画の中心、要っぽいし。
計画の始動も近いし羂索との約束していた集合の日も近い、高専側から離れる時が着々と近づいてきている、これからは予定を切り詰めなきゃな。にしても顔合わせさせておきたい奴がどんな奴らだろ……話じゃ呪霊4体って言ってたけど…。
「てな訳で、晩御飯には帰るから部屋でゆっくりしてて」
「あぶばばぶべべ…!??」
「風圧で何言ってるか全然分からんな、まぁいいか」
「ぼぼぼぶぶべ!!?!?」
■
ーーー京都。
晴明神社、帳内。
「あやや!?待って下さいってばーー!?」
「待たねぇ、お前みたいな高知能の呪霊を見逃すと厄介だからな」
空を舞う黒羽に、日下部の簡易領域が重なった。意識を超えた
銀光が走り、一瞬の内に放たれた7つの筋は…。
「おっとっと…凄い技術ですね〜私じゃなきゃ落とされてましたよ」
ひらりと空を舞うカラスに届かない。
「……」
「本当に敵対したい訳じゃ無いんですって!観光なんですよ、観光…これでも記者をやってまして、色々ここの事を纏めようかな〜って」
「呪霊が記者?笑わせんな」
「呪霊とかいう奴でも無いですって!も〜…貴方にも購買して貰いたいんですよ?私の新聞」
「生憎俺は押し売り拒否してる、出版社も分からない所からのセールスは特にな」
「出版社…あ、名刺も作ってるんで、これをどーぞ」
ひらりと空から舞った白い紙、警戒しながらもそれを受け取り…目線は頭上の呪霊から離さずにチラりと確認を挟む。
「……」
そこには…。
《文々。新聞 幻想郷一の新聞屋》
「以後、お見知り置きをお願いします〜」
「…チッ」
ーーー沖縄。
「待てーー!」
綺麗な緑葉の髪色をした小さな少女が、神社内で走り回っている。田舎の、更に田舎の場所であるせいか神社といえど訪れている一足は無いようだが。
「わー!!あうんちゃんが鬼だー!逃げろ逃げろ!足速いぞー!」
そこで数名の子供が少女から逃げ回っていた。どうやら皆で鬼ごっこをしている様だ。
「捕まえー〜ました!」
「うぎゃ、あうんちゃん足早すぎるよー…」
微笑ましい光景だが…周りに大人が居れば、即座に子供をその少女から引き離すだろう。
その要因は……。
「あ〜…疲れちゃった、ねーお菓子食べよーよ!お腹すいちゃった!」
「分かったー!鬼ごっこおしまーい!あうんちゃんも一緒に食べよ〜?」
「うん!」
子供達に執拗に撫で回されている、その角。
集まった子供達は菓子パを開いて歓談を楽しんでいる。
そこへ声が掛けられた。
「ーーあー…その、お嬢さん達、私も混ぜてくれないか?」
菓子を詰めた袋を両手に持つ白髪の女性が、子供達の輪へと足を踏み入れる。
困惑する子供達の中心に、その大量にお菓子の入った袋を置いた。
「わー!お菓子〜!いいのー?お姉さん」
「うん、いいよ……お姉さんもお話に混ぜてくれるならね」
輪の中心に居た緑葉色の髪を持ち、角が生えた少女が妹紅へと擦り寄る。
「…可愛いな」
「わふっ…?」
頭を撫で回してから、一言。
「私は藤原妹紅、お嬢さんは?」
「高麗野あうん!狛犬だよー!」
「………」
「可愛い……」
「わふんっ!」
ーーー東京。
千代田区。
「ここは治安が悪いね……空気も澱みまくってるし、居るだけで気分が悪くなる…」
白髪の和風姿をした男性が扇子を仰ぎ、鉄斧を構える女性へと愚痴を吐く。今の季節だと致命的なまでに厚着であるその格好の為か、大量の汗を流しながら息を切らしていた。
「ーーそう言う割には楽しそうだねぇ…?」
「こういう所だからこそ、掘り出し物が多いかと思いまして」
曇るメガネを拭いて、懐から携帯を取り出した。
本人はそれを当たり前のように操作し、水筒から水を飲んで一息をつく。
「ふーん?」
そして、携帯を仕舞い、男は扇子をパチン、と閉じ…殺意の眼差しと向き合って提案を行った。
「どうすれば見逃してくれますか?」
「そうだねぇ……任務失敗で失う信用も含めた分の金額を出してくれたら、見逃してあげないこともないよ?」
「お生憎様、此方も古道具屋を経営しているので…値引きには煩いですよ」
「ふふっ…なら、私が示す金額は…ーー」
「『言い値』だ」
「……」
「君は、君自身の命にどれほどの価値を付けるかな?」
「では、今から提示価格に対する値引きを行わさせて貰うよ」
ーーー埼玉。
「おい!パンダ!!捕まえろ!」
「無茶言うなよ…」
山中で禪院真希が全速力で走っていた。
そこまでして追いかけ回しているのは、1匹の黒猫。
「何でこんな事になってるのー!?」
その猫から声が発せられた。そんな摩訶不思議な現象も、その猫の姿を見れば納得できる。
猫と言っても唯の猫では無く、二又の尾を持っている猫だった。
「お前が人骨運んでたからだろ!!」
「山に埋まってたんだってー!あたいがやった訳じゃないもん!!運んで持って帰ろうとしてただけじゃん!」
「嘘つけ…!てかそれも問題があるだろ!?クソっ…呪霊と話せるってのは調子が狂う…!棘!!」
真希はただ無闇に走り回っていた訳ではなく、追い込み漁の様に狗巻が潜んでいた茂みまで猫を誘導していた。
「しゃけしゃけ…【動くな】」
「フギャァッ!?」
「よっしゃぁ!!捕まえたぞこのクソ野郎…!」
尻尾を掴み持ち上げて、鬼の首を取ったように空へ掲げる。追いかけっこを始めて数十分、フィジカルギフテッドといえど、その間をずっと全力疾走を続けていた為に身体が悲鳴をあげていた。
だが、捕らえたことに感動する間も無く……。
「う゛わぁぁん!!さと゛り様ぁ……ーーなんちて」
「あん!?」
するりと、手の中から猫が滑り落ちた。
「知ってるかい?猫は液体なんだよ〜?」
ピキッ「こんのクソ猫ぉ…!!!」
猫との追いかけっこは、まだまだ続く。
ーーー北海道。
札幌の僻地にて。
そこには一面の花畑が広がっていた。元々は唯の荒地であった筈の土地に緑が芽吹き、花が咲き誇り、絶景を作り出している。ひまわりが空を見つめ、その黄色が世界へ反射していた。
そこは人間の開拓によって拓かれた場所であるのだが、その土地への建設計画が頓挫、放置され元々は荒れ放題になっていた場所だ。
その花畑の中心で日傘を立てテーブルを置き、お茶会が開かれていた。席に座るは3人、緑髪の清廉な女性と悪魔の様な…コウモリの様な羽を持つ小さな貴婦人、それと金髪で人形の様な服を身に纏い、人形の様な瞳を持つ少女。
全員が湯気が収まったティーカップに口をつけ、1口嗜み、置く。
「最悪を超えた最悪ね、身体が違うというのは」
「これも運命の旅路の1つよ、受け入れなさい」
「私はただ流される水では無いのよ、いつかは根に辿り着き、花を咲かすためにある」
「信用出来ないかしら?」
「違う、運命に振り回されるんじゃなくて、私が選んで運命を振り回すの」
「……傲慢ねぇ、貴方らしいと言えば貴方らしいけど」
テーブルに刺してある日傘を手に取り、日光を浴びないように気を付けながらテーブルを後にする。
人形の様な少女もそれに着いていき、テーブルに残るのは緑髪の麗人1人となった。
2人は花畑の外側まで足を運び、空を見上げる。
コウモリの羽を持つ少女の赤い眼が細まった。
「ーー来た」
「お前か?未登録の呪霊は」
黒い目隠しをした男が、花畑の上へと降り立った。
堂々と花畑の上を歩いているが、地面に咲く花は踏み潰される事無く咲き誇り続けている。
「貴方」
「随分と、優しいのね?」
「……」
「貴方は花の扱い方も分かっている」
「土いじりはした事無ぇよ」
「ふふっ…花は、咲かせるものよ」
「そして、愛でるもの」
己の胸の内に秘めた感情を、緊迫したその場で互いに感じ取っていた。
同じだ、この女は、この男は……。
互いに、『同類』だと。
「来なさい、今の私は気分が最悪に良いの」
「貴方の気が済むまで相手をしてあげる」
「何勘違いしてんだ、呪霊」
「お前が僕の相手をすんだよ」
「
「お前よりは綺麗な花にな」
「ーー言うじゃない」