本筋に行く前に少し遡って何があったのかを書かせてもらいます。
ーー交流戦前、里桜高校事件直前の事。
「クソ……ーーやはり西行寺とは関わるべきでは無かったわね」
悪の仙女たる霍青娥は肉体の殆どが崩壊しかけていた、羂索との協定を結びつつ『虎杖悠仁を手に入れる』目的で動いていた彼女は、それを妨げる西行寺幽々子の手により概念的な死を肉体に付与されてしまう。
自身の魂までを『死』に侵食されない為に、スペアの死体の肉をツギハギに組み合わせ、グズグズの肉塊になりながら下水道を這っていた。
「…後の為の威力偵察が高くついたわね…ーー賢者が幻想郷を現世に降ろすまでまだ一月はかかる、それまでは耐えられないか」
「ふー…」
「本当に
民間人を襲って肉体の補充を続ければ、決戦の日まで仮初の肉体での仕込みが出来る。逆に今この肉体を捨てればその間の時間、指をくわえて幻想郷で退屈するしかない。
「あ〜あ、こんな事になるのなら先生役なんて受けなきゃ良かったわ〜…あの子遊び過ぎる癖もあるから、関わってると破滅しそうなのよね」
取り敢えず、三日ほどは保たせないと…。
「あ〜イテテ、ほんっと、柄でも無く表舞台に……」
「ーーそうさ、お前はこっち側の存在だった」
「……あら」
下水道なんて場所は人気がない所か、自分以外の声が聞こえてくるなど殆ど有り得ない。
そして清掃員、設備点検、仕事をしに来た人間であれば彼女目掛けて声を掛ける事も無い。
「随分な有様だな、仙女」
「初めまして、天邪鬼さん」
天邪鬼は仙女と告げる、だが肉塊には仙女と呼べる特徴は全て失われているのだ。
初めましてと仙女は返す、天邪鬼への返事の仕方を知っているから。
「ーー貴方が霍青娥ですか」
そこにもう一人、幼さと大人の中間点、青年の声が混ざる。
「あら、あらあら…」
「……ふぅー…」
「魔理沙を殺して、俺の母さんを殺して弄んだのがお前だな」
「ーー初めまして、吉野順平」
「ええそうよ、貴方の事を何も知らない私が、何処かの誰かの家族を材料にしただけ」
下水道に淡い蒼の光が灯る、吉野順平の式神が彼の気持ちを代弁するかのように、段々とその形状を変化させていく。
海月の姿は失われ、その本質、『毒』そのものへと液状に変化していっている。
「そう言うと思ってた」
「なら、私を殺すの?」
「そうだな、そうなる」
もう、彼の人生には『殺す選択肢』が現れているのだ。
「…天邪鬼、貴方も良い宿主を見つけたわね」
「そういうお前こそ、ラスボスみてぇな奴と手ぇ組みやがって」
「あの子とはもう手を切ってあるわ、利用されそうになったし」
「へー、ご愁傷さま」
何が目的かは仙女に理解出来ていない、そこの天邪鬼から幻想郷の存在は偽の義体でこの世界へ訪れていると聞かされている筈。
人間の感情に共感は出来ないが理解は出来ている、ならここで自身を殺そうとも彼の気分が晴れるだけで…ーー。
「
「……?」
「そうだよな、呪力への知識が乏しいお前らにとっちゃ現世の技術なんて知ったことねぇよな」
「現世から目を背けていた幻想郷の馬鹿共の未熟さ故に、お前らは負けるんだよ」
ーー鬼人正邪の肉体は本物であり、義体では無い。幻想郷で微弱であった自身の能力は、現世の充満した呪力によって強化を受けていた。
それ故、吉野順平と魂での縁を結び、己の力の影響を与える事が出来る。
式神、澱月は毒こそが本質。毒の反対は…回復、等という甘い話は無い。
『薬物』
様々な薬品を精製出来る他、凄まじい中毒性を持った薬物の生成を行えてしまうのだ。
「感覚は同期してる、やっていいぞ」
「分かった」
「っ…」
肉塊を蝕む黒いヘドロは、仙女に多大な幸福感とそれを求める欲求を湧き立たせてくる。それだけでは肉体を切り捨てれば済む話だが……。
(なる…ほど、薬物以外にも……これは…!)
身体に流れ込んでくる正の呪力、反転された呪力が直接魂へと流れ込んできていた、唯の呪力なら喰らってしまうのも容易……。
しかし、反転に使われるこの呪力は、妖怪の肉体も魂も破壊し尽くす、術式反転は呪霊に対して絶大な効力を発揮するが、妖怪に対しても同様だった。
呪力に適合した天邪鬼には効力が無い、吉野順平の術式回路に融合する形で存在している為、吉野順平には別口の蛇口、新しい呪力の出口が出来ている。
「……俺は、次の人生を歩もうと思う」
「でも、今までの全てを清算しなきゃ俺は次に進めない」
「アンタの本体と真人は
「ーーふふっ」
にやりと笑う仙女の身体が淡く光った。
それを見て鬼人正邪が慌てて刃物を取り出し、肉塊に突き立てようとする。
「まだ、それを達成するには遠そうね?」
「ーー順平!!転移だ!早くやれ!!」
「……!」
「さようなら、また会う事も無いでしょう」
強烈な妖力の放出と共に、その場へ大爆発を残しながら仙女は消える。ここから遠く離れた場所にあるスペアの身体は唯の肉体では無く、己の魂を分けた肉人形。
替えのきかない、最後の最後、虎の子の手段であったがあの様な形で隷属されるよりはマシだ。
「……ケホッ、ケホッ」
「…あ〜クソッ、大丈夫か?順平」
「殆ど無傷だよ、澱月が守ってくれた…正邪は?」
「ダメージは反対にして受け流した、これなら反転で治せる」
「はー…ったく、さっさと殺しておけよ、アイツらへの復讐が終わるまでの協定だぞ?その間にお前が死んでも知らねぇから」
「ーー大丈夫さ」
「あん?」
「運命に抗う事の出来ない人もいる、でも俺達は抗えるんだろ?」
「…まっ、そうだな、そんな啖呵切った」
「人には人の末路がある、呪いは廻ってるんだから…いつかは末路に辿り着くんだ、だからそれまで、宜しく」
「…ーーしょうもなくて口の減らないガキの相棒を作るのも、末路の一部かもしんねぇな!ハハハハ!」
■
ーー数時間後。
ようやく起きあがれる様になった身体を起こし、体調を調べる。
「…肉体を移しても……魂に残った毒、は……消えませんか」
ため息を深くつく、ただの偵察が本当に高くついたと嘆きたい所だ。幻想郷に戻り、仙気が高められる場所で瞑想をすれば数分で治るが、まだやりたい事は沢山ある。
現世の穢れた呪力の中では妖力も十全とはいかない、せめてあの天邪鬼の様に呪力に対して何かしらの手立てがあれば別なのだが……。
「ともかく、どうにかして虎杖悠仁を手に入れ…ーー」
言葉が喉に詰まった。
その原因は、目の前の男。
「おや」
「入り用かな?霍青娥」
「……夏油傑、どうやってここを?」
「いや〜、どうしてかは分からないけどね?マーキングした覚えのある相手に付けといた呪霊の呪力が弾けたのを感じて、その残穢を辿ってきたんだ」
「ーー呪霊…何時から私に…」
「知っても意味無いでしょ、それと…欲しかったのは虎杖悠仁だったんだね、欲しいなら私に話を通してから取りに行きなさい…なんちゃって」
「何を言って…」
「だってあの子、私の息子だし、君達幻想郷の子飼いが虎杖悠仁の身体の中にある呪物を求めているのも知っている」
「…ーー」
「なら早く私を殺せばいいでしょう?幻想郷と現世を繋ぐ唯一の鍵、賢者が隠し通した秘宝が奪われる心配は一つでも……ーー」
「ん?あ〜アレ?はは、違う違う、別に呪物は奪われてもいいんだ、というかアレは賢者が幻想郷の各勢力を炊き上げる為に用意したものだし、てか製作者を前にして間違った認識をペラペラ話すの、笑っちゃうよね〜」
「なら、虎杖悠仁は…一体、何……い、や…『ナニ』なのか、教えて下さいませんか?」
「別にいいけど、それより先に…少し、無駄話をしようか」
袈裟を緩め、魂が蝕まれていることで地に伏している霍青娥に向けて、御伽噺をするかのように語り始める。
ーーとある女の話をしよう。
京はずれの村の事だ。
苛烈にして優麗、勇猛にして儚い。
英雄に勝る剛を持ちながら、明け方のスイレンよりも美しい女が居た。
女は恵まれた容姿を隠す、己をそれだけで分かった気でいる野蛮な男女共を認めさせる為に。
女は恵まれた能力を隠す、全てが他者よりも劣っていたとして、それでも自分は誰よりも優れていると表す為に。
女は産まれ持った『優位』を隠す、それはひとえに愛を探す為、己が受ける愛をどの様なものかを理解する為。
ーー次第に女の周りには人が集まる様になった、容姿を隠し、声も、能力も、何もかもを隠してもその女には老若男女が愛を与えた。
女の敵は居なくなった、元より敵等居なかったが、彼女の敵はそうすると……ーー己のみになった。
女は愛の形を様々な物で受け取った、金、名誉、物品、はたまた形の無い『モノ』まで。
そこで、女は酷く困惑してしまう。
『探していたものがない』
と。
ーーとある女の話をしよう。
ある名家に産まれた女、貴族の出である彼女は産まれながらにして奇病を患わっていた。
幼い頃、言語を話せぬ程の年齢で詩を読み、和歌を書く異才。親から遺伝したものでも無い純白の頭髪、烈火よりも赤い瞳。
誰もが見えぬものを見て、誰も見たくないものが見えてしまう病気。
そして、己の心に巣食う『空白』という病魔。
女は病を治すため家を飛び出した、類まれなる能力を持つ彼女は幾らでも愛される事が出来る、己もまた他者を愛せた為、誰も彼も彼女は戻ってくると信じて待つ。
そうして数年後、戻ってきた女は……。
誰も彼も、老若男女が手を差し伸べ、求め、愛す、魅惑を備えた女になって帰ってきた。
ただし、病魔がどうなったのかを、語る者もいなかった。
ーーとある女の話をしよう。
傍若無人、剛健不遜の女が居た。
女は今まで全てを思い通りに動かしてきた、地位も名誉も富も力も、何もかも思い通りのままに。
女には世界で一番の美貌があった、女には世界で誰にも負けない力があった。
彼女の視界には自分より下の者しか居ない、地位の頂点に立つ者、名誉の頂点に立つ者、富の頂点に立つ者、力の頂点に立つ者。
その全てから貢がれ、尊ばれる。
女は退屈だった、いついかなる時でも女は恵まれ、尊ばれ、彼女が求めずとも皆自分から己の下へと降りていく。
ーーある時、そんな女の目の前に、己以外の存在が表れる。
全ては『下』にしかいないと思っていた為、女はソレを自分のモノにしようとする。
傍若無人、剛健不遜、幾ら退屈だからといって、自分より下では無いモノを認める性根でも無い。
ところがソレは己の手に収まらない、何度も何度も手を通り抜けて去っていく。
悲しみは無い、いつかは手に入れるから、虚しさは無い、ソレも必ず己の元へと来るから。
だが、いつしか女はいつまで経っても解消しない、身を焦がす様な愛の行き場を求める様になった。
終に女は呪いをかける、呪いというにはおこがましい祝詞の言葉をソレに与える。
『 』
掛けた呪いは己へ巡る、女は長い人生の中、初めて己の行動を省みる。
呪いは、呪いを掛けた者にしか解くことは出来ない。
今でもその呪いは巡っている。
「ちゃんちゃん」
「……」
「何が何だか分からないって顔だね!まぁ至極真っ当だけど」
「今の……話と、虎杖悠仁に…何の関係が…」
「その呪いを解くのが虎杖悠仁ってだけさ、お話はお終い、それじゃさようなら、霍青娥」
「ーーええ、次は必ず貴方から殺して使わさせて貰います、あの天邪鬼と少年も…必ず」
ーー仙女の『次』という言葉を聞いて、夏油傑…羂索は微笑んだ。
「まっ、次は無いけどね」
「っ?」
「ここまで弱ってないと出来なかった、妖怪に対しての調伏は条件が厳しいから」
「なッ!!!?」
霍青娥だったものが、羂索の手に吸い込まれていく。
渦巻きを描いて、混乱と困惑を解消するよりも前に、球体へと。
「……」
残ったのは静寂、自分以外に誰も居ないという証拠を得て……掌に収まった青く光り輝く球体を……。
ーー飲み込んだ。
「調伏完了」
「これで